IS~codename blade nine~   作:きりみや

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5.騒動へ至る土台

「報告は以上です」

 

 会議室に無機質な声が響く。それに応えたのは若い女の声だった。

 

「ふうん、これが篠ノ之束の作ったISねえ」

「正確には開発途中で凍結されていた物を博士が完成させたようですが」

「関係ないわよ。あの博士が関わった時点でこのISは普通じゃなくなる」

 

 でしょ? と、女は手元のコンソールを叩く。会議室のスクリーンに白式と一夏の姿が浮かぶ。その画像は先日のクラス対抗戦の時の映像だ。画面の中で、一夏が瞬間加速で敵に接近、零落白夜を発動し、敵ISとアリーナのシールドを切り裂く姿が映し出されていた。そして怯んだ敵ISを、敗れたシールドの向こうからセシリアが撃ち抜いている。

 

「バリア無効化攻撃、かつての姉と同じね。ほんと、イカレた能力だこと」

「その分エネルギー消費は激しそうですが」

「まあ、ね。けどあの博士よ? 何かしら対策があってもおかしくないわ」

 

 お手上げ、と女は肩をすくめる。

 

「しかし今年のIS学園は凄いですね」

「凄いところじゃないわよ」

 

 女がコンソールを再び叩く。すると画面に映し出されるのは二人の男子生徒と複数の女子生徒の情報だ。

 

「一学年に専用機持ちが一気に3人。代表候補生も3人。今までは専用機持ちは2年に2人で3年に1人だったんでしょ? これだけあれば余裕で戦争できるわよ? 実際幾つかのお馬鹿さん達が動き出してるようだし」

「ドイツとフランスにも動きがあります。やはり男性操縦者の影響でしょう」

「男性操縦者ねえ」

 

 画面に拡大されるのは二人の男性操縦者。織斑一夏と川村静司。

 

「しっかし、この二人も対照的ねえ」

「織斑一夏は注目度が高いですが、その分川村静司はぱっとしませんね」

「ま、織斑一夏の周りが異常なのよ。それよりも、」

 

 再び画面が変わる。映ったのは学園を襲撃したISとそれと戦う黒いISだ。箝口令が敷かれ、学園で厳重に保管されている筈の映像がそこにあった。

 

「こっちの方が興味そそられるわね。こっちの情報は?」

「襲撃したISはどうやら無人機の様です。機体は学園の地下に保管されています」

 

 数人しか知らない筈の機密情報が当然の様に話される。

 

「しかし黒いISについては不明です。戦闘終了後、高速でその場を離脱。追跡は不可能でした」

「ま、仕方ないわね。そっちはまた会う機会がありそうだからその時にしましょ」

「会う……機会ですか?」

「そ。それよりこの無人機。遠隔操作(リモート・コントロール)独立機動(スタンド・アローン)か。そのどちらかでもとんでもない話ねえ。やっぱ博士かしら」

「可能性は非常に高いですが、目的が見えません」

「んー、自分の作品を試したかった、とか? ま、いいわ。それは調べてみればわかるかもしれないし」

「では……?」

「ええ、あの無人機。手に入れるわ」

 

 気軽に女は宣言した。そして部下もそれを当然の事と受け入れている。

 

「しかし映像を見る限りかなり破壊されているようですが」

「問題ないわ。確かに博士は世界最高の天才。だけど、天才は一人じゃない」

 

 にやり、と女が笑う。その眼には好奇心と対抗心。そして狂気が宿っている。

 

「あの無人機。私がモノにしてあげる」

 

 

 

 

 6月初旬。

 午前最後の授業はマラソンだった。グラウンドでは生徒たちが息を切らしている。

 ISの運用は知識・技術もさることながら、体力も必要だ。故に定期的にこういった体力作りに特化した授業もある。

 

「ちょっと、熱く、なって、きたな」

「そうだな」

 

 一夏と静司は二人並んで走っていた。だが一夏は大分息切れをし始めており、逆に静司は平然としている。

 

「授業も、大分、慣れて、きたけど、やっぱり、きついな」

「そうか?」

 

 これがゆっくり走っているのなら千冬の怒鳴り声が聞こえてきたことだろう。だが二人はかなりのスピードで並走している。既に何人かの女子を周回で追い越していた。

 IS学園生は決して運動音痴ではない。だがここの異様に長いグラウンドを何十周もさせられればバテる。そんなフラフラの彼女たちを二人は追い越していく。だが一夏の顔は限界に近い。彼を動かしているのは、特に辛そうに見えない静司に対するちょっとした対抗心だった。

 

「……なんで、お前は、そんなに、平然と、してるんだっ」

「慣れだよ。一夏はしゃべりすぎでもあるが」

 

(いや、絶対おかしいだろ!)

 

 不思議な奴だ、と一夏は思う。

 静司は同じ男性操縦者でも不思議なくらいに目立たない。ISの知識は平均より少し上くらい(それでも自分よりは高いのだが)。実技も目立った成績は無い。体力は異様にあるが、本人は漁村で鍛えられたからだと言っていた。

 だが一夏は感じていた。こいつは本当はもっとすごいんじゃないか? と。

 理由は無い。言うならば男同士だから感じる勘というものだ。

 人当り良く、クラスの女子たちとも普通に話す。入学当初は一夏に人が集中していたが、2か月経ち、それぞれの人と成りを分かってくると、『普通の』クラスメイトとしてうまく溶け込んでいた。逆に一夏は専用機を持ち、千冬の弟でもあり、いつも話題の中心に居たせいか、未だにアイドルの様な扱いだった。一度それを気にして静司に話てみると、

 

「お前今の状況で不満を漏らすのは世の中の男に喧嘩売ってる様なものだぞ」

 

 というありがたいお言葉を頂いた。まあその後に「一過性のものだろ。もう少ししたら皆も落ち着くさ」とも言ってくれたが。

 突き放すようで、フォローはしてくれる。どこかのんびりとしているが、時たま何かを深く考えているのか、話しづらい雰囲気の時もある。そしてここ最近はそれが顕著であり、一夏はそれを少し気にしていた。

 

「なあ、静司」

「どうした?」

「なんか、悩み事でも、あるのか?」

「……いや、特に無いよ」

 

 本当だろうか、と一夏は思う。だが、本人が言いたがらない事を無理に聞き出すのも気が引けた。だから一夏も、

 

「そうか、まあ、何か、あったら、いえ、よ」

 

 としか言えなかった。そんな一夏に静司は笑う。

 

「その前にお前がどうにもなりそうにないな。もう限界か?」

「く、まだまだっ!」

「おう、頑張れ」

 

 結局、授業終了後、一夏は燃え尽きていた。

 

 

 

 

「アンタなにやってんのよ」

「ああ、鈴か。俺はもう駄目だ……」

 

 昼休み。食堂には一夏、箒、セシリア、鈴、そして静司が揃っていた。

 箒は一夏を一瞥し、はぁ、とため息を漏らした。

 

「だらしがないぞ一夏。男児たる者あの程度の事で根を上げるとは」

「いや無理。箒だって見ただろ? 静司の体力がおかしい」

「確かに川村さんはいつも疲れた様に見えませんわね」

 

 セシリアも感心したように頷く。

 

「何、川村ってそんなにすごいの?」

「ええ、マラソンでは毎回トップですわ」

 

 因みに次点は一夏か箒である。

 

「へえ~。アンタ意外にすごいのね……って話聞いてる?」

「……ん? ああ、ごめん。聞いてるよ。ここの学食は美味いよな」

「何の話だと思ってたのよアンタは……」

 

 呆れた様に鈴が呻く。静司はまたしても何かを考え込んでいたようだ。その様子に気づいたセシリアも怪訝そうに尋ねる。

 

「川村さん、大丈夫ですの? 気分がよろしくないのなら保健室に行った方が」

「いや、大丈夫大丈夫。問題ないよ」

「だが最近、何かをずっと考えているようだが?」

 

 箒も話に加わる。

 

「もしかして、こないだの事件の事か?」

 

 事件とはクラス対抗戦で起きた謎のIS襲撃事件の事だ。謎のISの襲撃と、それを撃退した黒いIS。一夏達も一機倒したが、最大の功労者は間違いなく黒いISだった。この事件に関しては厳重な箝口令が敷かれ、直接戦った一夏等は誓約書も書かされている。

 

「まあ気になるけど違うよ。それにあの話はご法度だろ」

 

 しまった、と一夏は周りをキョロキョロ見渡す。おそらく千冬が近くに居ないか確認しているのだろう。

 

「何やってんのよアンタは。……それで事件の事じゃなければ何なの?」

「んー、そう言われてもな。ちょっと気が抜けてぼーっとしてただけだよ」

 

 本人に何でもない、と言われてしまうと、周りも追及し難くなる。「ま、何かあったら言いなさいよ」と鈴も話を打ち切り話題は別のものになる。

 

「そういえ静司、こないだのほほんさんに連れられた後どうなったんだ?」

「なに? その変な名前」

 

 不思議そうな鈴に一夏が笑う。

 

「布仏さん。なんか雰囲気がのほほんとしてるし」

「あんたネーミングセンスないわね」

「酷いな」

「それであの後どうなったんですの?」

 

 興味深げにセシリアが尋ねる。箒も知らない話で気になったのか静司に視線を向ける。

 

 カタ、

 

「「「「?」」」」

 

 カタカタカタカタカタカタカタカタカタッ

 

 突然震えだした静司の姿に4人が目を見張る。

 

「え、えっと、何が……あったんだ?」

 

 代表して一夏が尋ねる。

 

「ド――ら―の―い――ズーーよ」

「へ?」

「ドキッ♪ 生徒会だらけの尋問大会――グサリもあるよ(はーと)」

「「「「……」」」」

 

カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタッ

 

「もういい静司! 何も聞かないから忘れるんだ!?」

「そ、そうだ! よくわからないが今のお前が尋常で無い事はわかる!」

「川村! アンタ戻ってきなさい!?」

「川村さん、意識をしっかり!?」

 

 慌てた一夏達が静司を宥めるのだった。

 

 

 

 騒がしい昼食。そして午後の授業も終わった放課後。

 

「行くわよ一夏!」

「こい、鈴!」

 

 空中で一夏と鈴が激突する。火花が散り、一夏は弾き飛ばされた。

 

「一夏! 刀身がブレている! そんなものでは何も斬れんぞ!」

「攻撃が雑です! もっとタイミングを図るんですわ!」

 

 地上では箒とセシリアが大声を張り上げる。そんな光景を静司は観客席から眺めていた。

 

「異常無し、と。」

 

 先日の襲撃事件以降、何か動きはあるかと思われたが今のところは平和だった。だがそれが静司には不気味でたまらない。

 男性操縦者。例年以上の専用機持ち。無人機の襲撃。そして静司の黒翼。

 今のIS学園は話題性に事欠かない。いつ狙われてもおかしくない。

 

「それに加えてドイツとフランスからも専用機持ちだって? 客寄せパンダ(男性操縦者)もここに極めりって感じだな」

 

 データは貰っている。ドイツからはIS部隊の隊長が来るらしい。名はラウラ・ボーデヴィッヒ。わざわざ一国のIS部隊の隊長が学園生になるというのだ。とんでもない話だ。そしてなにやら織斑千冬とも関わりがあるらしい。

 だが、静司にとって大きな問題はもう片方だった。

 フランスからの転入生。シャルル・デュノア。三人目の男性操縦者(・・・・・・・・・)

 実は彼の情報は少ない。何故ならフランス側が情報を隠しているからだ。正確にはデュノア社が、だ。

 

(今まで存在を隠されていたデュノア社の秘蔵っ子。理由は男性操縦者故に世間の混乱を恐れての事、か。どこかで聞いた話だな)

 

 言うまでも無く静司自身の事だ。

 

(しかし情報が少なすぎるな……)

 

 隠されていたとだけあって、過去のデータが中々見つからない。これにはEXISTも手を焼いている。流石は大企業といった所か。静司にとって彼は排除すべき『敵』なのか、それとも守るべき『クラスメイト』となるのか。それが判断つかない。

 

「結局、実際あってからの出たとこ勝負か」

 

 今も調査は続いている。その結果を待ちつつ、本人からも情報を聞き出すとしようと決めた。

 だがその夜、課長からの通信で静司は自分の見通しが甘かった事を知る。

 

 

 

『B9。結論から言おう。彼……いや、彼女は―――女だ』

 

「……………………………………はあ!?」

 

 

 

 

 

その日のSHRは二人の転校生紹介から始まった。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れな事も多いかと思いますがみなさんよろしくお願いします」

 

 教壇で転校生の一人が微笑む。

 その状況にクラス全員が唖然としていた。

 

「お、男……?」

「はい。こちらに僕と同じ境遇の方達が居ると聞いて本国より転入を――」

 

 礼儀正しく、優雅に微笑む金髪の彼はまさに貴公子。

 

「きゃ……」

「はい?」

「きゃああああああああああ――っ!」

 

 クラスに歓喜の叫びが響き渡る。

 

「男子! 三人目の男子!」

「しかもうちのクラス!」

「カッコイイ! 美形! 優しそうだけど儚そう。けどそこが守ってあげたい!」

 

 クラス中が歓喜に揺れる中、静司は「ああ、課長の話は夢でも幻聴でも無かったんだ」と頭を抱えていた。

 

「あー、騒ぐな。静かにしろ」

 

 面倒くさそうに千冬が命令するが、女子達が騒ぐのも当然と言えるだろう。

 

「み、皆さんお静かに。まだ自己紹介が終わっていませんから~!」

 

 真耶が慌てて隣を見る。そこにはもう一人の転校生が居た。

 輝くような銀髪と、右目を覆う眼帯。絶対零度の視線の小柄な少女は何も語らず、下らなそうにクラスを睥睨している。

 

「挨拶をしろ、ラウラ」

「はい、教官」

 

 即座に姿勢を正し、敬礼をするラウラに千冬は鬱陶しそうな顔をする。

 

「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私の事は織斑先生と呼べ」

「了解しました」

 

(ありゃ分かってないな)

 

 びしっ、とかかとを合わせ背筋を伸ばすその姿はどう見ても軍人だった。

 

(織斑千冬がドイツで軍隊教官していた時の教え子か。しかし随分と敬愛しているようで)

 

 ラウラの瞳はクラスを見るときと千冬を見るときで百八十度違う。余程尊敬しているのだろう。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

「……」

「あ、あの……以上ですか?」

「以上だ」

 

 同じ教師であるのに真耶に対する態度は生徒たちと同じ。ラウラの冷たさと、微妙なクラスの空気に真耶は涙目だ。

 

「っ! 貴様が――!」

 

 ふと、何かに気づいたラウラが一直線に一夏の席に向かい、手を振り上げた。

 

「え? ってうぉ!?」

 

 ヒュン、と容赦のない平手打ち。しかし寸前で後ろの席の静司が、一夏の制服の襟元を引っ張った事で平手打ちは宙を切る。

 

「……貴様、邪魔をするな」

「転校生の挨拶にしては物騒だったので」

「黙れ……」

 

 今にも静司を撃ち殺しでもしそうなラウラと、肩をすくめる静司。

一気に教室の温度が下がった気がした。誰もが唖然と様子を見守っている。

 そんな中、急に首を引っ張られ混乱していた一夏が、状況を飲み込み眉尻を上げた。

 

「いきなり何しやがる!」

「ふん……」

 

 そんな一夏を無視するとラウラは教壇へ戻っていく。

 後に残されたのは憮然としている一夏。展開に追いつけない生徒たち。おろおろしている真耶。そして面倒事が増えてため息を付く千冬だった。

 

 

 

「織斑、川村」

 

 SHR後。今日の授業はISの模擬戦闘訓練。その準備の為に更衣室へ行く前に千冬が二人を引き留める。

 

「デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子だろう」

 

 わかりました、と二人は返事をする。予想出来ていたことだが、静司にとっては微妙な心境だった。

 

「それと川村」

「はい?」

「デュノアはお前と同室となる。後で案内するように」

「「…………え?」」

 

 疑問の声を上げたのは静司と一夏だ。何故なら先日のクラス対抗戦後、一夏は静司の部屋に引っ越しをしていたのだ。表向きは準備ができたから、との話だったが、そんなもの最初からできている。実際は、静司を一人にして監視しても、何もボロも出さないし、お互い協力関係となったので、静司の監視が不要になったから、と楯無は言っていた。

 

「織斑は引っ越しだ」

「またかよ……」

 

 がくっ、と一夏が項垂れる。無理もないだろう。そんな一夏に千冬が追い打ちをかける。

 

「川村の方が気配りに長けているからな」

「くっ、千冬姉こそ部屋のあの汚さで気配りなんて――」

 

バシンッ!

 

「何か言ったか?」

「なんでもありません、先生」

 

出席簿で叩かれた一夏が頭を抱えていた。

 

「とにかくそういう事だ。川村、頼んだぞ」

 

 用事を終えると千冬はすたすたと去っていく。

 

「よろしくね、川村君」

「あ、ああ」

 

 屈託のない、純粋な笑みに、静司は顔を引き攣らせながら先日の通信を思い出していた。

 

 

 

 

 これは先日。静司がシャルルが女だと知らされた時の事。

 

「女ってどういうことですか!?」

『そのままの意味だ。いやーデュノア社も思い切ったことをする』

 

 あっはっは、と課長は笑うが静司はそれどころじゃない。

 

「笑ってないで、どうしてこんなややこしい話になってるのか教えて下さい」

『怒るな怒るな。まあ、結論から言うと広告塔だろう』

 

 デュノア社は世界第三位のシェアを持つ、ラファール・リヴァイヴの開発元の大企業。しかし近年はIS開発の遅れから経営危機に陥っているという。そこで男性操縦者として世に出ることでアピールしようという事らしい。

 

「んなアホな……。フランス政府もグルなんですか?」

『知らんだろう。知っていたら流石にこんな真似許すまいよ。まあ一部が買収されている可能性は否定できんが』

「けど実の娘を何でそんな事に」

『そこなんだがな、どうやらシャルルもといシャルロット・デュノアは愛人の子らしい。だが、2年前にその愛人も死亡し、父親に引き取られ、IS適性の高さからIS開発のテストパイロットになったとさ。そこに彼女の意思があったのかは不明だがな』

 

「まるで道具ですね」

 

 嫌な言葉だ、と静司は思う。

 

『B9。私情を挟むなとは言わない。だが、任務を忘れるな』

「わかってます。それで宣伝の為に男装して、学園に来たと」

『そういう事だ。だがあの社長の事だ。お前たちのデータや織斑一夏の専用機のデータの奪取でも命令しているだろうな』

「知ってるんですか? デュノアの社長を」

(K・アドヴァンス)の方で少しな。プライドの高いおっさんだったよ』

「課長も十分おっさんですよ」

『ほっとけ。それでシャルロット嬢だが、お前に任す』

「は?」

 

 何を言ってるんだこのおっさんは? 

 

『こちらの仕事はあくまで護衛。企業の販売戦略にまで口出しせんよ』

「けど織斑一夏を狙っているんでしょう?」

『狙っているのは男性操縦者と白式のデータだ。酷い言い方だが、こちらとしてはそんなものどうでもいいんだよ。男性操縦者のデータは織斑一夏発見後に、とことん調べられたが結局、詳しい事はわからず。お前のデータも偽造だ。つまり、たいしたデータは無い。白式も篠ノ之博士が関わっているとはいえ、スペックは学園が調査している。結果はコアを除けば、ただの最新鋭機というだけだ」

 

 確かに白式は異常なまでにハイスペックだ。それは第3世代の機体に関わらず、篠ノ之束によって、第4世代技術の武装を実装しているからだ。だが技術は進歩する。現在も研究・開発が進められており、いずれは第4世代が世の主流となるだろう。

 EXIST、そして依頼者の桐生としても別にそれは構わないらしい。桐生曰く、「デュノア社が第4世代開発に成功すればIS開発もまた一歩進むし、失敗してもいずれはどこかが開発するから構わない」との事。無論、表立ってはいえない事だが。

 

『もちろん、シャルロット嬢が対象に危害を加える様なら話は別だが、そうでなければ放っておいても構わないという事だ』

「つまり、シャルロット・デュノアの動向次第って事ですね」

『そういう事だ。この件に関してはお前の判断に任せる(・・・・・・・・・)。危険と判断したら排除しろ。後はお前次第だ』

「なんと投げやりな……。まあ仕事はしますよ」

『幸運を祈る』

 

 

 

 

 そんな話をしたのがつい先日。そして実際にあった本人はそんな裏を見せない笑顔で一夏と話している。

 

「これからよろしくな。俺は織斑一夏。一夏って呼んでくれ」

「うん、よろしく一夏。僕の事もシャルルでいいよ。あと……」

 

 ちら、とこちらを見るシャルロットの意図に気づき静司も挨拶する。

 

「改めまして、川村静司だ。俺も静司で良いよ」

「うん。静司もシャルルでいいよ」

 

 笑顔でこれからよろしくね、と言うシャルロットに静司は複雑な笑顔で答えたのだった。

 

「よし、じゃあすぐに着替えないとな。初日から遅刻はマズイ」

 

 更衣室につくなり、一夏は制服のボタンをはずし、一気にシャツまで脱いでいった。

 

「わあっ!?」

 

 驚いたシャルロットが声を上げる。そんなシャルロットを一夏は不思議そうに見ていた。

 

「どうしたんだ? シャルルも早く着替えないと遅れるぜ?」

「う、うん。そうだね。着替えるよ。でも、その……あっち向いて、ね?」

「? まあ着替えをジロジロみる趣味は無いけど、どうし――」

「ほら、一夏もシャルルも他人を気にしてないで早く着替えるぞ。俺は遅刻して頭をどつかれたくない」

 

 仕方なく助け船を出す。一夏は「それは俺も嫌だ!」と慌てて着替えを再開する。静司もあくまで無関心、とシャルロットに背を向けて着替え始めた。

 一夏と静司が着替え終わり、振り向くとシャルロットも着替えは終えていた。胸はさらしか何かを撒いているのか、女性特有の膨らみは目立たなくしているらしい。だが彼女は余程緊張したのか、顔を真っ赤に染めていた。

 

(本当にこんな子にスパイなんてできるのか……?)

 

 非常に疑問に思う静司であった。

 

 

 

 

「では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する!」

『はいっ!』

 

 今日は1組と2組の合同訓練なので、人数はいつもの倍。声もどこか気合いが入っている。まずは実演だ、と指名されたのは鈴とセシリア。そして相手は何と副担任、山田真耶だった。

彼女は何故か空の彼方から現れ、地面に激突するという、教師として不安になる登場の仕方であったが、

 

「ふぇ~、あれが山田先生?」

「すごい……。専用機の二人を圧倒してる」

「巨乳か!? あの巨乳に秘密が詰まっているのか!?」

 

 セシリアと鈴。専用機2機相手に、訓練機であるラファール・リヴァイヴで圧倒する姿に生徒たちが感嘆の声を上げる。

 

「山田先生はああ見えて元代表候補生だからな。あれくらい造作もない」

 

 千冬の言葉に、生徒たちも納得せざるを得ない。

 

「うぉ、凄いな今の回避。なんであんな動けるんだ?」

「PIC制御がすごい上手いんだよ。IS学園はやっぱりすごいなあ」

「確かにいつもの雰囲気とは違うな。あ、墜ちた」

 

 一夏とシャルロットと静司が見上げる先、真耶の射撃で誘導されたセシリアと鈴がぶつかり、そこにグレネードが投擲され、二人は撃墜された。

 

 墜落した二人は何やら言い合っているがそれを無視して千冬が告げる。

 

「さて、これで諸君にもIS学園教員の実力が理解できただろう。以後は敬意をもって接するように! では実技に入る。専用機持ちは織斑、オルコット、凰、デュノア、ボーデヴィッヒだな。8人グループになって実習を行う。グループリーダーは専用機持ちがやること。いいな? では分かれろ」

 

 言い終わるや否や、一夏とシャルロットの元に生徒が殺到した。

 

「織斑君、一緒に頑張ろう!」

「わかんないところ教えて~」

「デュノア君の操縦技術を見たいな~」

 

 因みに静司は専用機を持ってないのでリーダーではない。だから女子は集まらない。そう、専用機を持ってないから集まらないのだ。そうに決まっている。

 

「それに言っただろ? 俺はもう慣れたって。……慣れたんだよ? 本当に」

「誰に言ってるんだいかわむー」

 

 近くに来た本音が笑いながらツッコミをいれたが静司は気づかない振りをした。

 一方、千冬は自分の浅慮に嫌気がさしたのか、面倒くさそうに低い声で告げる。

 

「この馬鹿者どもが……。出席番号順に一人ずつグループに入れ! 順番はさっき言った通り。次にもたつくようなら今日はISを背負ってグラウンド百週させるからな!」

 

 鶴の一声といった所か。女子生徒たちは即座にそれぞれのグループに分かれた。

 静司と本音もそれに倣って移動する。そして移動先のグループは――ラウラのグループだった。

 

(嫌な予感しかしない……)

 

 実習が始まり、その予感は的中する。

 ラウラは下らなそうに女子生徒を一瞥した後、何も指示を出さずに腕を組んでいた。

 

「え、えーとボーデヴィッヒさん? 実習始まって、るんだけ……ど?」

「……」

 

 同じグループの女子が聞くが、ラウラは鼻をふん、と鳴らすだけで返事をしない。話しかけた女子は涙目だ。

 

「ご機嫌ななめだね?」

「おおかた下らないとでも思っているんだろうな」

 

 同じグループであった本音とため息を付く。いい加減女子生徒が可哀想なので、静司もラウラに話しかけた。

 

「ボーデヴィッヒさん、リーダーなんだから指示してくれないと皆が困るよ」

 

 無視。

 

「おーいボーデヴィッヒさん」

「……」

 

 再び無視。我慢だ、我慢、と静司は堪える。

 

「ボーデヴィッヒさん」

「……」

 

 イラッ、と来た。

 

「ボケビッピさん」

 

 うわあ、と周りで見ていた女子が青ざめる。ラウラの眉がぴくり、と動いた。

 

「……貴様、死にたいのなら今すぐ殺してやる」

「なかなか反応しないから名前間違えたかと思ってね。で、授業始まってるよ」

「知らん。貴様らで勝手にやれ」

「いや、リーダーだしそれは駄目だろう」

「ふん、貴様らみたいにISを玩具と勘違いしている下らない連中の相手なんかしていられるか」

 

 馬鹿にするようにラウラが冷笑する。いい加減、イライラしてきたので静司も手段を変えることにした。

 ラウラから離れ、グループのメンバーの元へ戻る。

 

「どうしよう、川村君」

「このままじゃ何もできないし勝手にやっちゃう?」

「けどやっぱり慣れてる人が居た方が……」

 

 まだこの時期では、専用機を持たない一年生は授業で数回乗っただけだ。不安げに話す彼女たちに静司は笑う。

 

「いや、ちょっと待って。いい加減俺もちょっとキレた」

 

 くくく、と昏い笑みを浮かべる。いつもの雰囲気と違うその様子に、女子達が一歩引いた。そんな彼女たちを置いて、静司は手を上げる。

 

「織斑先生!」

 

 ぴくり、とラウラが反応するが静司は無視する。今まで他のグループを見ていたらしい千冬がこちらにやって来た。

 

「どうした――何故お前らは実習を始めていない?」

「いえ、ちょっと意見が出まして」

「意見だと?」

「はい。ボーデヴィッヒさんが、下らないのでやってられないそうです」

「貴様ぁ!」

 

 聞こえていたらしいラウラが怒り、静司に詰め寄ろうとする。だが、

 

「ほう」

 

 おそらく状況を察したのだろう。千冬がラウラを睨みつける。ラウラは静司に詰め寄ろうとした動きを止め、直立した。

 

「私の授業は下らないか、ボーデヴィッヒ。随分と偉くなったものだな?」

「い、いえ、教官! 私は教官の事でなく――」

「黙れ。私はお前にリーダを命じ、実習を行えと言った。それができないのなら消えろ。目障りだ」

 

 くっ、とラウラが押し黙る。そして消え入りそうな声で答える。

 

「実習を、行います」

「ならば早く準備しろ。言っておくが二度目は無いぞ」

 

 千冬はそう告げると静司の方へやってきた。

 

「すまんな。早く気付くべきだった。お前に面倒を押し付けてしまったようだ」

「俺は大丈夫ですよ。けど念のため注意しておいてくれると助かります」

「わかっている。ではお前たちも実習を開始しろ」

 

 頷くと、千冬は真耶の元へ歩いて行った。

 

「川村君、案外えげつないね……」

「そうか? 嘘は付いてないぞ。言ってることをちょっと省略しただけで」

「く、黒い……。けどボーデヴィッヒさん凄い形相で睨んでるけど……」

「ま、先生たちが注意して見てくれるそうだし、大丈夫だろう。専用機持ちの実力者に直接教えて貰える機会なんだ。有効活用しないと」

「かわむー、おぬしも悪よのう」

「さて、なんのことやら」

 

 くくく、と笑う静司に女子達も渇いた笑みを浮かべるしかなかった。

 

「けど今日って実戦訓練だよね? あの状態のラウラさんから教わるの?」

「……しまった」

 


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