IS~codename blade nine~   作:きりみや

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47.再会

「三番テーブル、お客様お待ちです!」

「料理が間に合わないわ! 誰かヘルプ!」

「順番待ちで通路が塞がれてる! 整理班投入!」

「織斑君、次はこっちのお客様よろしく!」

 

 教室内を生徒達がせわしなく動き回る。走る事は無く、あくまで丁寧に。しかし素早く。その度にメイド服が翻り、観客はその雰囲気を楽しんでいるのだが。

 

「だー!? 多すぎだ! 何でこんなに混んでるんだ!?」

 

 一夏が悲鳴を上げる。それもその筈。一年一組の模擬店は、学園祭の開始早々一気に客がなだれこみ、途切れることなく接客し続けているのだ。そしてその大繁盛の原因の一つは間違いなく一夏だ。

 

「きゃー織斑君、こっちこっち!」

「うわっ、マジで執事の恰好じゃん。いいなあ」

 

 IS学園に二人しかいない男子。その一人である一夏目当ての客が多いのだ。その勢いは予想以上であり、一年一組の生徒達は自分達の見通しの甘さを実感していた。

 

「くぅ、織斑君パワー恐るべし……」

「お蔭で大儲けだけどこれはすごいわ、ほんと」

「それにデュノアさんやボーデヴィッヒさんとかも大人気だし、この企画は大成功だね」

 

 そうなのだ。一夏の人気は当然の事として、シャルロットやラウラもそれに次ぐ勢いだった。というのも、シャルロットは持ち前の丁寧さと、人当たりの良さが受け、ラウラは転入当初の冷たいイメージからのギャップウケといった所か。そしてその三人ほどでは無いにしても、他の生徒達も結構な忙しさが続いていた。それが意外な事に静司とて同じだった。

 

「うーむ。話してみると案外普通だね川村君」

「最初は地味かなーと思って、髪切ったら切ったでちょっと怖くなったしねー」

「そうそう。クラスも違うから話す機会も中々無かったからさ。けど思っていたより普通で安心したよ、うん」

「今までどう思われてたんだ俺は……」

「え? もっと具体的に聞きたい?」

「いや、いい。やめてくれ。なんか立ち直れなくなりそうだから」

 

 あははは、と客である少女たちが笑う中、静司は居心地の悪そうに息を付く。普段と違う格好が幸いして、静司もそれなりに指名が入っているのだ。

 

「やばいよ、外の列が全然減らない! 材料足りるのこれ!?」

「待ち時間のクレームも……。嬉しい悲鳴ってやつかな?」

「呑気に喋ってないで手と足を動かして!」

 

 一年一組の教室は混沌の極みにあった。

 

 

 

 

「あらまあ、これはこれは」

 

 そんな一組の教室から少し離れた廊下で、草薙由香里は思わず苦笑いを浮かべてしまった。彼女の視線の先では異様な長さの順番待ち列と、その教室の中で目を回す一組の生徒達の姿。これは彼女としても予想外だった。

 

「うーん。流石にこれに並ぶのはちょっとねぇ」

 

 渋い顔で彼女は己の背後に居る人物に眼を向ける。白髪の混じり始めた金髪。いかにも高級そうなスーツに身を包み、厳しさを思わせる目つきをした壮年の男性。デュノア社社長、ユーグ・デュノアである。

 

「こんな厳ついおっさんが並んでたら周りの子達が怖がっちゃうわよね」

「だろうな」

 

 由香里の言葉にユーグは表情を変えずに答える。その視線は一組の教室に向けられていた。その様子を見て由香里はふふん、と笑う。

 

「どうしましょうかね。ここで並ぶのもそれはそれで面白いけど」

「馬鹿を言うな」

「馬鹿とは失礼ね」

「君に失礼を問われるとは思わなかった」

「あら、これは失敬」

 

 ふふ、とどこか悪戯っ子のような笑みを浮かべる由香里にユーグは顔を顰める。だが当の由香里はどこ吹く風だ。そんな由香里の様子にユーグが何かを言おうと口を開きかけ、しかしその動きが止まった。

 

「あら」

 

 ユーグの視線を追い、由香里はその理由を理解した。一年一組の教室の入り口近く。二人の生徒が客を出迎えている姿が見える。一人はどこか人相の悪い男子生徒。彼はどこか不慣れな様子で客の案内をしている。そしてその隣に居るのは金髪の少女。彼女は隣の男子生徒に苦笑しつつ、楽しそうに接客を行っていた。

 

「……」

 

 ユーグはその姿を暫く見つめていたが、不意に踵を返し歩き始めた。そんな突然の行動にも驚かず、由香里は後に続く。

 そのまま暫く歩いただろうか。由香里は前を進むユーグに問いかける。

 

「それでどうだった? 久しぶりに見た娘の姿は」

「……」

 

 ユーグは無言。しかし由香里は続ける。

 

「会社の事で頭が一杯で、娘すら利用してでも会社を存続させようとした。けど今は違う。第三世代開発の目途が立ち、会社にも少しながら余裕が出来た。それはあなた自身の心にもね。だからこそ聞きたいわ。今の娘の姿を見た感想は?」

「随分と説明的だな」

「そうね。あなた自身に今の状況を理解してもらう為よ。で、どうなの? 言っておくけど何も感じないとは言わせないわよ? さっきあんな目で見てたんだから」

 

 由香里の言葉にユーグは足を止め、苦虫を噛み潰したような顔になった。

 

「目ざといな」

「人を見るのは大事な事よ。特に私たちの様に社員の上に立つものにはね」

 

 不敵に笑いつつも、視線はユーグから逸らさない。そのまま数秒間二人は向かい合ったまま停止していたが、先に折れたのはやはりユーグだった。彼は再び前を向き歩きはじめる。そしてその後に続く由香里に答える。

 

あれ(・・)のあんな顔は初めて見た」

 

 楽しそうに、そしてどこか嬉しそうに笑う娘――シャルロットの姿。そんな顔は彼の記憶にある限り見た事が無い。そしてその原因は他でも無い、自分だ。そんな事は分かっている。

 

「だが、今更父親面してもあれを怒らせるだけだろう。何より、私にはもはやその資格は無い」

「……後悔はしている?」

「私が過去あれに強いたことは必要だと思ったから行った。その事に後悔は無い。そうする他無かったからだ。だが私の行為が善であるとは思っていない」

「つまり、罰を受ける気はあると言う事ね」

「もとより、君が言ったことだろう。報いを受けろと」

 

 話す事はもう無いとばかりに先を行くユーグ。その後ろ姿に由香里は思わず呆れてしまった。

 

「何というか、親子そろって不器用なこと」

 

 先ほど由香里は告げた様に、デュノア社は第三世代の開発に目途が立ったことから、以前の危機的経営状況からはある程度はマシになっている。そして余裕が生まれて改めてシャルロットの事を問うた結果はこれだ。どうやらあの親は『親子』という繋がりはもはや修復不能だと考えている。確かに彼や、彼の周りはそれほどの事をシャルロットに強いてきたのかもしれない。だが、

 

「あんな優しい子が、そう簡単に親を怨み切れるとは思えないのよね」

 

 どんな理不尽な命令でも、彼女は従ってきたのだ。それはどこか諦めを感じながらも、父と娘という関係を捨てきれなかったからこそ。

 親は親で、そんな娘の今の姿を見て何か感じた様子。出なければあんなに集中して、彼女の事を見つめまい。

 

「なら、お節介続行といきましょうか」

 

 とりあえず今は無理だ。当の娘が忙しすぎて手が離せない。だから彼女が休憩か何かの時が勝負。それまで目の前を歩く、不器用な頑固親父を適当に連れまわすとしよう。

 頭の中で算段を組みながら、由香里は楽しそうに笑うのだった。

 

 

 

 

 

 時刻は午後一時を半分程回った頃、ようやく一年一組も落ち着き、態勢を整える為にも一度店を閉める事になった。そこで一組の生徒達は交代で休憩を取る事になり、その休憩の第一陣は接客班――つまり一夏や静司達となった。

 

「おぉ~、かわむーかわむー。整備課の『打鉄の限界に迫る!』が面白そうだよ~」

「いいね、それ。僕は料理部の出し物も気になるかな?」

「しゃるるんないす~。美味しい物食べにいこ~」

「あれ? じゃあ整備課は?」

「食べながら見に行けばもーまんたい~」

 

 きゃいきゃいと前を歩く二人の少女。本音とシャルロットの背中を見つめながら静司は呆れた様に呻く。

 

「まだ食うのか……?」

 

 そんな静司の両手には各所の出し物で買った焼き鳥、フランクフルト、焼きそば、たこ焼き、わたあめ、クレープと様々な物が乗せられている。これらすべてはテンションが上がった二人が勢いのままに購入した物だ。

 

「だいじょーぶだよかわむー。三人で食べればおっけ~」

「そうそう。それにクラスの皆にもお土産お土産」

「……まあいざとなれば俺が喰えばいいか」

 

 どう考えてもこの先ずっとこれを持って歩くのは不可能だ。それは二人も分かっているだろうに、楽しそうに答えてくる。そんなお気楽な二人に静司も諦めて苦笑いを浮かべた。

 唐突にできた休憩時間。静司は本音とシャルロットと学園祭を回る事にしていた。本来なら一夏と共に行くのがベストだったのだが、当の一夏が箒やセシリア、鈴も混じった争奪戦が開始された為諦めた。流石に二人きりで回ろうと睨み合う彼女達を差し置いて、一夏を連れていったら殺されかねない。割と本気で。

それにあからさますぎると不自然だろう。故に一夏の護衛は一般客として紛れ込んでいる仲間――早い話C1達に任せることにした。彼らは一夏の近くにそれとなく紛れ込み周囲を警戒している。無論静司もいつでも一夏の所へ向かえるように、位置は仲間からの通信で把握している。これなら余程の事が無い限り安心だ。

 

『こちらC1。対象の周囲に問題なし。俺の周囲は若い子一杯。ここに就職して良かった』

『こちらC5。ねえねえ、ちょっと質問なんだけど私が制服着たらこの子達に紛れ込めるかしら?』

『こちら匿名希望。重要な連絡を一つ――生年月日を三回見直してこい』

『ふふふふふ。その声はC8ね? 待っていなさい、オシオキしてあげる』

『……こちらC12。このロリコンと変態を何とかしてくださいっす』

 

 ……安心の筈だ。いや、信じるんだ仲間を。うん。

 耳に仕込んだ通信機から聞こえるやり取りに静司が若干の不安を感じていると、不意にその腕が掴まれた。

 

「かわむー早くいこ~」

「うおっ、引っ張るな! 落ちる、食い物が落ちる!」

「と、言いつつも器用にバランスとってるね静司」

 

 因みに三人の恰好は店の時のまま。つまり執事服とメイド服であり、特に女子二人は行く先々で視線を集めている。時たま他の学年の人間に手を振られたり、写真を撮られており、二人もそれに気前よく応じている。シャルロットは若干恥ずかしそうだが。

 

「そういえばラウラはどうしたんだろうな?」

 

 メイド服を見ていて不意に発案者の顔を思い出した。ラウラは一夏争奪戦には参加せず、店の準備を手伝うとの事だった。いつもなら鈴達と一緒に一夏の元へ行っているところだからだ。思わずラウラに確認したが、

 

「発案者は私だ。私はもう少し手伝ってから休憩を取る事にした。静司達が戻ってきたら私も取るとしよう」

 

 との事だ。ラウラと一番仲の良いシャルロットや静司達もそれを気にして、ラウラと休憩を合わせようかとしたが、ラウラは「構わず楽しんでくると良い」と笑って返した。今までとは違うその反応に戸惑いつつも、折角なので言葉に甘える事にしたのだ。

 

「なんか心境の変化でもあったのかね……」

 

 首を傾げるが答えは出ない。それにいきなり深入りしすぎるのも嫌がる事だろう。なのでこの疑問は後々片付ける事にした。

 

(それに、こっちはこっちで別の問題があるしな)

 

 ちらり、とシャルロットを見やる。本音と一緒にパンフレットを覗き楽しそうに何かを話している姿を見て、これから起こる事に若干の不安を感じてしまう。しかし必要な事である事も確か。後戻りも出来ない。だから覚悟を決めるしかない。

 

「上手くいくといいけどな」

「? どうしたの静司?」

「なんでもないよ。それより先に料理部行くんだろ? 時間は限られてるし早くいこう」

「うん!」

「れっつご~」

 

 そうして次の目的地に向かい始めた静司だが、不意にすれ違った人と肩がぶつかり思わず手に持つ料理を落としかけてしまった。慌ててそれを支えつつ、ぶつかった人物に頭を下げる。

 

「すいません。不注意でした」

「いえいえ、こちらこそごめんなさい。あら、あなたがもしかして川村君?」

 

 ぶつかった相手は20代程の女性だ。柔和そうな笑顔を浮かべたその女性は静司を見ると驚いた様に目を開く。二人目の男と言う事でそれなりに有名な静司は、そういう反応は前にもあったことがある。なので静司も簡潔に答える事にした。

 

「ええ、まあ」

「なるほどねー。そちらの二人は彼女ちゃん?」

「そ、そんな彼女だなんて……!」

「まだ違うよ~」

 

 シャルロットが焦り、本音はさり気無く凄い事を言った気がしたが静司はそちらは置いておいて女性に渋い顔で返した。

 

「からかわないで下さい」

「ふふ、ごめんなさい。けどとっても仲良く見えたから。ええ、とっても」

「…………そうですか」

 

 仲良く見えた、と女は言った。それはつまり、ぶつかる前からこちらを見ていたと言う事か。別にぶつかった事はそれほど不思議な事では無い。この人ごみなのだ。こちらの姿を確認していても、ぶつかる事くらいあるだろう。だが女の雰囲気に若干の違和感――いや、不快感を感じ静司は警戒した。

 だが女はそんな静司に気にすることなく、「じゃあね」と一言告げると去って行った。後に残されたのは言い知れない不快感のみ。

 

「かわむー?」

「大丈夫だ、それより早く行こう」

 

 何かを感じ取ったのだろう。心配そうに静司の顔を覗き込む本音の頭をぽん、と叩き、静司は笑顔を向ける。まだ少し気にしている様だが、本音も頷くと三人は再び歩き始めた。

 

「B9よりセンターへ。身元を調べてもらいたい人物が居る。日本人女性。身長約160㎝。髪の色は黒。その他の特徴だが――」

 

 念の為、前の二人には聞こえぬ様に静かに報告する。白ならそれでいい。自分の思い過ごしであるのが一番だ。そう、一番なのだ。

 

 

 

 

「あれが川村静司……」

 

 静司達と離れた女はその名前を舌の上でころがし、そして口元を吊り上げる。だがその眼には嫌悪が浮かんでおり、歪な表情を浮かばせていた。

 

――この手で、彼女(・・)が与えたの罰を代行する。

 

 川村静司と共に居た女。あれも知っている。以前の罰の施行の際、巻き込まれたとされている二人。つまりあれはどうなっても良い存在。いや、むしろ居ない方が良いのかもしれない(・・・・・・・・・・・・・・・・・)。ならば自分は、自分達はそれを実行するだけ。

 それは常人が聞いたら意味の分からない思考回路かもしれない。理解できないかもしれない。しかし彼女にとって、それは当然だ。自分達が思い描いた新たな神の姿を現実のものとし、自分達が勝手に決めつけた理由で動く。

 

「え?」

 

 一瞬、視界の端に何か小さな銀色の影が映った気がした。だが周りを見てもそんなものは見当たらない。

 

「……気のせいね」

 

 女は直ぐに思考を切り替えると、自らの成すべきことの為に再び動き出した。

 

『…………』

 

 小さな機械仕掛けのリスが、密かにその様子を見つめていた事には最後まで気づかなかった。

 

 

 

 

「打鉄の限界に迫る……まさかブレードを使っての豆掴み競争だったとは」

「けど凄い難しいよ~」

「確かに絶妙な力加減と調整が必要だもんね。流石は三年生、って事なのかなぁ?」

 

 あれからしばらくの間、静司達は学園祭を巡り楽しんだ。そして今は小休止と言う事で外のベンチで休んでいた。学園祭で人が入り乱れていると言っても、これだけ広い学園だ。店も近くに無い事からか人の少ない場所は幾つか存在する。ここはその一つで、ちらほらと人が見られる程度だった。

 

「ねーむーい~」

「はしゃぎすぎた。まだ少し時間あるし、寝たらどうだ?」

「むー、そうしよ~。ということでかわむーよろしくー」

 

 隣に座る本音が首を不規則に揺らしながら呻く。どうやら疲れてしまったらしい。静司が呆れた様に提案すると、本音はこてん、と首を静司の肩に預け寝息を立てはじめた。そんな様子に静司とシャルロットは苦笑してしまう。

 

「楽しいね、静司」

「そうだな。うん、楽しい」

 

 隣に座るシャルロットが笑顔で話しかけるが静司はどこかぎこちない。そんな静司にシャルロットは不思議そうな顔をする。

 

「どうしたの静司? もしかしてあんまり楽しめなかったかな? 僕達もちょっとはしゃぎすぎたし……」

「いやいや、十分に楽しんでるよ。少し疲れただけだ」

 

 これは本当だ。静司がぎこちないのは緊張しているからである。もうじき例の時間なのだ。だからこちらもそろそろ準備をしなければならない。

 

「なあ、シャルロット。学園祭の招待券の事覚えてるか?」

「え? 覚えてるけど……。それがどうかしたの?」

 

 シャルロットは由香里に招待券を渡しており、それは静司も両者から聞いた。本来なら関連する企業の社長クラスなら招待券が無くても申請が通れば入場は出来る。だが誰でもという訳でも無いので、使う機会があればとうぞ、という事だった。

 

「あれな、使ったらしい」

「へえ、よかった。有効活用できたみたいだね」

 

 そう言って笑うシャルロット。しかしその瞳が一瞬揺れたのに静司は気づいた。気づいたからこそ、覚悟を決める。

 

「その使った相手がここに来る」

「え?」

 

 なぜ急にそんな事を? と戸惑うシャルロット。だが静司は何も言わず正面に視線を向けた。釣られる様にシャルロットもその視線を追い、そして止まった。

 

「……嘘……」

 

 静司の視線の先、そこには二人の男女の姿。片方はK・アドヴァンス社社長草薙由香里。そしてもう一人は――

 

「……っ!」

 

 その姿を認識して数秒後。シャルロットはその場から逃げ出した。顔を俯かせ、全速力で、まるで追い立てられるかのように。その動きが突然すぎて静司も止める事が出来ず、残ったのは4人の男女と居心地の悪い空気だけだった。

 

「……君が川村静司か」

 

 眼を細め、表情の読めない顔でシャルロットが駆けて行った方向を見ていた男――デュノア社長ことユーグだったが、一つ息を付くと静司に向き直った。

 

「……はい」

 

 無視するわけにもいかず静司も答える。正直に言えば目の前の男には良い印象は無い。当然と言えば当然だが。流石に睨みつけるなんて真似はしていないが雰囲気を察したのだろう。ユーグは無表情のまま淡々と感想を告げた。

 

「嫌われたものだな」

「好いてない事は確かですけど」

 

 沈黙。何故かいつもはよくしゃべる由香里も黙って成り行きを見ていた。

 そのままユーグと視線を合わせていた静司だが、不意にその肩が引っ張られた。

 

「かわむー、私はしゃるるんの所いってくるね~」

「……助かる」

 

 いつの間にか起きていたのか。本音はうん、と頷くと何時もに比べれはどこか焦った様な足取りでシャルロットが駆けて行った方向に向かっていった。

 

「それで、」

 

 本音が駆けて行った方向を見つめたまま静司は口を開く。

 

「あなたはそこで何してるんですか」

「何?」

「ここでガラの悪い男子学生を見つめるより先にやる事があるでしょう」

「だがあの様子だ。行っても意味が――」

「無いかどうかはアンタが決めるな。まず話す努力をしろ」

 

 もはや敬語すら忘れて静司は吐き捨てた。その声には苛つきが混じっている。それはまだこの場に居る目の前の男に対する苛つき。こうなる事が分かっていても、もっとうまくやれたのではないかというと自分に対しての苛つき。そして目上の者に八つ当たりをしている自分に対しての苛つきだ。

 

「本当に何もする気が無いのならわざわざここまでは来ないだろ? だったら行ってくれ。それがきっと一番いい筈だから」

「……わかった」

 

 遥かに年下の子供の八つ当たりの筈なのに、ユーグは静かに頷くと由香里に目配せする。由香里も笑って頷くのを確認すると本音の後を追った。

 後に残されたのは静司と由香里のみ。その静司は目に手を当てて空を見上げていた。

 

「あら、どうしたの静司? 今更後悔?」

「まあ多少は。後の祭りって嫌な言葉ですよね」

「ふふ、そうね」

 

 由香里は静司に近づき隣に腰を下ろす。そして同じように空を見あげた。

 

「上手くいきますかね、あの二人」

「さて、それは二人にしかわからないわね。お膳立てはした。後は本人達次第よ」

「投げやりじゃないですか?」

「下手に干渉しすぎても駄目なのよ。こういうのは」

 

 シャルロットの家庭の事情。それは今のところは現状維持のまま止まっており、卒業までに決着をつければいい、と静司も以前本人に伝えた。それは考える時間を持つためだ。だが今のままでは、考えるにしてもお互いに材料が少なすぎるだろう。故に、一度時間を置いてお互い多少は余裕が出来た今、一度話させる。別にこれだけで解決するとは思っていない。しかし今後の考え方の指針にはなる筈だ。それは良い方向に転ぶか、悪い方向に転ぶかは分からない。しかし何もせず考え込むだけでは駄目だろう。その為のお節介だ。由香里がそれを提案し、静司も悩んだが結局は協力した。

 

「やっぱり、『家族』って繋がりは大事だと思うからさ。俺はそれを姉さん達、それに親父や母さんから教えて貰った」

「……そうね」

 

 嬉しそうに由香里が静司の肩を抱く。いつもなら嫌そうに離れる静司も今は抵抗せず空を見上げ続けていた。穏やかな空気が流れ、静司もどこか安心した様子で肩の力を抜く。

 だがそれも不意に静司が目つきを鋭くし立ち上がった事で終わりを告げた。

 

社長(・・)

「ええ」

 

 由香里も気づいたのか頷く。そんな二人にはショートカットの女が近づいてきていた。服装からして招待客の一般人だろう。――通常ならば。

 女は二人に近づくと片手に持つパンフレットを振り、ごく自然を装って(・・・・・・・・)話しかけてきた。

 

「すいません。道に迷ってしまって……っ!?」

 

 ひゅごっ、と静司の横を鞭の様に何かが通り過ぎた。一瞬遅れてそれが由香里の足だと気づき、静司は思わず冷や汗を流す。

 

「っぁ……ぁ!?」

 

 女は声にならない悲鳴を上げその体をふら付かせる。そして倒れこむその体を静司が受け止めた。その拍子に女がパンフレットの裏に隠していたナイフが足元に落ちる。静司は直ぐにそれを足で隠し外から見え無くした。遠目に見れば突然倒れた女性を静司が受け止めた様にしか見えなかっただろう。

 その様子を見ながら由香里はふん、と鼻を鳴らす。

 

「うちの可愛い息子に何しようとしてくれてんのかしら全く」

「この女……髪型と服装は変わっていますが、先に報告した女ですね。しかし少ないとは言え人が見ている中で襲ってくるとは」

「そうね。とりあえずその女から色々聞き出すとしましょう。B9、各員に報告」

「了解」

 

 静司が課長他、仲間達に連絡しているうちに、由香里は女の肩を担ぎ周りに聞こえる様な声でしゃべりだす。

 

「もー、だから昨日飲みすぎだって言ったじゃない。ほら、行くわよ。子供たちの前でゲロなんてやめてよ?」

 

 周囲の少ない視線に対して、念の為の偽装をしつつ静司と由香里は女を学園の奥、一般客が入れず、学園生も近寄らないエリアまで連れて行く。

 

「さて、では色々吐いてもらいましょう」

 

 由香里のその言葉を合図とし、女は地面に投げ出された。小さく呻く女の首を静司が間髪入れず掴み引き上げる。

 

「何者だ? 何故俺を狙った?」

「…………」

「言え」

 

 ぐっ、と首を掴む力を込める。女がもがきその手を外そうとするが、先ほどの由香里の蹴りが聞いているのその動きは拙い。

 

「言っておくが俺はそれほど尋問は得意じゃない。だから単純な方法しかしらない。早い話が力押しだ」

 

 更に力を込める。女の顔が次第に青くなっていき泡を吹き始めるが、ギリギリの所で力を緩めた。

 

「げほっ」

 

 女が地面に転がり苦しそうに咽る。だがそんな事は関係ないとばかりに襟元を掴み引き寄せた。

 

「もう一度聞く。お前は何者で、何故俺を狙った?」

「っ……げほっ、お、お前……は、なんだ……!?」

「聞いてるのはこちらだ」

 

 無造作に女の腹に拳を叩きこむ。がはっ、と女は声にならない悲鳴を上げた。

 

「早く答えろ。こっちは急いでるんだ」

 

 冷たく、冷静に問う。急いでいるのは事実だ。この女の狙いが何なのか。IS学園か? 生徒なら誰でも良かったのか? 男だから狙ったのか? 静司だから狙ったのか? その答えによってこちらの行動が変わる。そんな静司を見る女のは目には怯えが浮かんでいた。ワケの分からない、正体不明の何かを目の前にして、混乱と恐怖が入り混じっているのだ。

 だがしかし、同時に彼女は理解した。この男は危険だ。だからあの方(篠ノ之束)も罰を下そうと下に違いない、と。

 

「ふ、ふふふ、はははははは」

「何がおかしい?」

 

 苛立ち気に静司が詰問すると、女は笑みを浮かべる。

 

「ほらやっぱり……あの方は正しい……!」

「あの方? 誰の事だ。とっとと答えろ」

 

 もう一度、腹に拳を叩きこみ女が咽る。しかし女は涙と鼻水。口からは涎を垂らしながらも不気味に笑う。

 

「お前は、おかしい。普通じゃ、ない。だから、だから――束様はお前に罰を下そうとしたんだ!」

 

 その瞬間、女の体が宙に浮きそして勢いよく地面に叩き付けられた。

 

「がはっ!?」

 

 先ほどとは違う、本気のその攻撃の激痛に女は地面で身悶える。静司はその首を掴み上げナイフを突きつけた。

 

「ひっ!?」

 

 その静司の顔も違う。先ほどまでの冷静な冷酷さが消え、怒りと憎悪の籠った目で女を睨みつけていた。

 

「お前はあの女の仲間か。答えろ! 奴は何処に居る!?」

「あ、あああっ」

「答えろってんだよ!」

 

 ナイフを突き出す。切っ先が女の喉元に当たり、そこから一筋の血が流れ始めた。もはや笑う余裕も無いのか、女は震え己に突きつけられたナイフとそれを持つ静司に怯えていた。

 

「答えないなら手前の首を――」

「落ち着きなさい、B9」

 

 不意に静司の襟首が後ろから掴まれ、一気に引っ張られた。

 

「社長!」

「いいから落ち着きなさい。こいつはあなたが思ってる様なものじゃないわ」

 

 静司が抗議の叫びを上げるが由香里はそれを手で制する。そして地面に倒れている女を見下ろす。

 

「考えてもみなさい。あの女がこんな奴を配下にすると思う? おそらくこいつは主義者よ」

「……主義者?」

「ええ。篠ノ之束を妄信し、彼女が全て正しい。彼女は新たな神だとか抜かして暴走する性質の悪いイカレた者ども。信者とも言うわね」

 

 由香里はそのまま屈みこみ、女の服の中身を確認する。女は恐怖に竦んだのか、もはや抵抗しなかった。

 

「こいつらの性質の悪い所はどこにでも居て、いつでもなれる事よ。きっかけさえあれば普通の人間も簡単に堕ちる(・・・)。唯の憧れが信仰に。目標が妄執に。学生も主婦も、軍人すらなりかねない。いえ、むしろ現代兵器を扱う分、軍人の方が多いのかもしれないわね」

 

 IS登場は世界を変えた。しかしそれは最強の兵器だからというだけでは無い。ISに付随する様々な技術――PIC、ハイパーセンサーといったそれらは現代の科学の進化を大いに促した。そしてその技術を作ったのが篠ノ之束。恩恵を受ければ受ける程、彼女を神格化してしまう様な連中もいるのだ。

 話しながら女の服を漁っていた由香里だが、その懐から数枚の写真を発見した。そしてそれを見た瞬間、その眼が鋭さを増す。

 

「B9!」

 

 鋭く叫びその写真を静司に見せる。静司もそれを確認し、そして目を見開いた。

 その写真には三人の男女が写っていた。中心が静司。そしてその左右に本音とシャルロット。そしてその写真に写る三人の顔には×印が書き込まれている。

 

「なんだ、これは」

 

 篠ノ之主義者。それが自分を狙った。ここまではまだわかる。臨海学校の件からも束が自分を嫌っているのは確かだからだ。だがそれならば、何故二人が? いや、答えは何となくだが予想は着いている。つまりこれは臨海学校の時と同じで自分と関わったから――

 

 

「B9! 直ぐに彼女達の所へ行きなさい! C1! 聞こえるわね、織斑一夏の警護を強化。並びに布仏本音、シャルロット・デュノアの周囲を警戒!」

 

 写真を握りしめ、走り出す。

 

「織斑一夏は任せてあなたは行きなさい!」

 

 社長の言葉を背に受けながら、強く拳を握りしめる。

 誓ったのだ。夏のあの浜辺で。また同じような事が起きても、必ず彼女達を守ると。もう繰り返さないと。皆が笑顔で居るために。

 

「無事で居ろよ……!」

 

 小さく願いの言葉を呟きながら、静司は走り続けるのだった。

 




どうにもテンポが悪い。学園祭イベントがこれほどやりにくいとは

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