IS~codename blade nine~   作:きりみや

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束主義者に関しては色々ご意見を頂きました。少々あからさますぎたかなとは自分でも思います。一応役割がある故にやられるだけや、束アンチの為だけに登場したわけではないので、学園祭編を楽しんでいただければ幸いです。その中で頂いたご意見を自分でも考え、若干当初の予定と変更しましたが大筋は同じです。因みに件の主義者は少々尖った思考なので苦手な方が「あーなんか変なのがあばれてる」と思っていただれば。


48.『彼』が見たもの

 ふってわいた休憩時間の使い方。一夏のそれは箒、鈴、セシリアの誰が一緒に学園祭を周るかで最初は揉めた。三人とも引く気は無く、お互いを牽制しつつ一夏を何とか引き込もうと狙う姿は狩りをする獣の如く。一組の生徒達は、もはや見慣れたその様子を面白そうに見物していた。因みに彼女達は参加する気は無い。え? だって怖いし。見てる方が楽しいし。

 一夏にとってはなんとも居心地の悪い空間が暫く続いたが、結局は一夏の提案でそれぞれ時間を分けて周る事になった。箒達も二人きりになれる、と言う事でそれを了承した。

 そしてじゃんけんで順番を決め、今は鈴と周る時間だ。

 

「ほら一夏、次行くわよ!」

「ちょ、早すぎだろ鈴」

「時間は有限なのよ。さあ動いた動いた」

 

 執事服とチャイナ服というなんとも奇妙な組み合わせの二人が連れ添って歩く姿は中々目立つ。元々一夏も男性操縦者という理由で目立つのに加えて、鈴も中国の代表候補生だ。その存在を知っている人々はその二人の姿を珍しそうに眺めていた。

 鈴もそれが分かっているので、一夏の腕を引っ張りあちこちを連れまわしている。それはまるで一夏が自分の物だとアピールしている様でもあった。その姿に女子達は盛り上がり、企業関係者などは興味深そうに眺めている。

 

「待ち時間がある所は却下ね。サクサク行けるところにしましょう」

「まあ時間も無いしな。そうだ、弾も呼ぶか? 久々に三人で――」

「はぁっ!?」

「……なんでもない」

 

 ぎろり、とものすごい形相で睨まれた一夏は続きを言うのを辞めた。理由は分からないが何か危険な事が起きる。そんな予感がしたのだ。

 

「ほら、アホなこと言ってないで早く行くわよ」

「アホって……。まあ弾なら大丈夫か」

 

 信頼なのか投げやりなのか。招待した友人の事は自分自身で何とかしてもらう事にした。元々弾は社交性もあるし、もし本当に何かが合ったら連絡がくるだろう、と一夏も納得する。

 

「しかしどこも混んでるな……。何でだ?」

「お昼も過ぎたから飲食系へ流れてた客がそれ以外に周り始めたんでしょ。うちのクラスの中華喫茶だってそうだったし。まあ元々アンタらのクラスのせいで少なかったけど」

「ははは、鈴。学友とはいえこれは勝負だ。情けは無用」

「……それは否定しないけどその勝負の景品ってアンタなのよね」

「それは言わないでくれ。やる気無くすから……」

 

 がっくし、と項垂れる一夏に、鈴は自業自得だと言わんばかりにふん、と鼻をならす。

 

「そういえば千冬さんはあの服着ないの? 山田先生は着てたじゃない。ウチのクラスの子も千冬さんのメイド姿見れるかも! って大いに盛り上がってたのに」

「ああ、それには深い事情がある」

「なによそれ?」

 

 鈴が訳も分からず首を傾げる。

 

「最初はな、着る予定だったんだ。そりゃ千冬姉も嫌がったさ。『こんなもの着れるか!』って。だけどクラスの皆もこの機会を逃したら次は無いと思ったんだろうな。何度でも諦めずに交渉を続けたんだ。褒め殺し、泣き落とし、最後は土下座までした」

 

 ぐっ、と拳を握る一夏。それはその苦労を直ぐ傍で見てきたからこそ感じる感傷。初めは呆れていた一夏も、女子達のその鬼気迫る情熱は心に響くものがあった。その内容がどうであれ。

 

「そ、その情熱は凄まじいわね」

「ああ。千冬姉もこのままだとどんどんエスカレートすると思ったんだろう。最後には渋々了承したんだ」

「え? じゃあなんで着てないのよ? というか姿をあんまり見てないわね」

 

 少なくとも鈴は朝にちらりと見かけた以外で千冬の姿を見た記憶が無かった。先ほど一組を覗いた時もだ。

 その事を聞くと、一夏は静かに頷き続けた。

 

「そして衣装合わせの日。俺と静司は当日のお楽しみ、って事で女子達の姿は見せて貰えなかったから人から聞いた話になるんだが、その、つまりだ……凄かったらしい」

「そりゃ千冬さんのメイド姿なんて見る人が見たら鼻血流してもおかしく――」

「違う、違うんだ鈴」

「は?」

 

 ふるふる、と首をふる一夏だが鈴はいよいよ意味が分からない。

 

「俺と静司は話を聞いただけ。実際に姿を見た訳じゃないから詳しくはわからない。だけどのほほんさん曰くだが『だっだっ、だっだっだだん』だったらしい」

「……何そのサングラスのマッチョがショットガンぶっ放してそうな表現は」

「他にもある」

 

 曰く、あれは危険すぎた。

 曰く、マスケット銃で狩りに来そうだった。

 曰く、スカートの下には絶対暗器がありそうだった。

 曰く、……………………怖い。

 

 ふっ、と一夏は渇いた笑いを漏らす。

 

「千冬姉も恥ずかしかったんだろうな。それを誤魔化す為に威嚇というか威圧というか。とにかく舐められない様にしたんだろうけど、それがある意味大成功過ぎて。千冬姉も皆の反応見て、何も言わずそのまま消えたらしい」

「千冬さん……」

 

 きっと似合っていない訳では無かったのだろう。あのスタイルだ。それは考えられない。つまり問題は千冬の羞恥心。溢れる羞恥を怒りと殺意に誤変換してしまったが故の悲劇。千冬とて、可愛いだのなんだのは言われたくなかったのだろう。だがだからといってどこかの殺戮マシーン並に怖れられればそりゃ多少はショックだったのかもしれない。

 それを理解したからこそ鈴はほろり、と泣いた。なんか色々悲しくて。次会ったら優しく接しよう。そんな失礼な事を考えながら。

 

「そ、それより空いてる所に行きましょう。こんな所で駄弁ってるのはもったいないわ!」

「そ、そうだよな! ……あ、そうだ。なら剣道部に行かないか?」

 

 妙な雰囲気になってしまったのを振り払うがごとく、鈴が強引に話を替えた。一夏もこれ幸いと乗っかる。だが一夏の提案に鈴が胡散臭そうに答える。

 

「はあ? なんでいきなり剣道部?」

「あそこ滅茶苦茶空いてたんだよ。それにあそこなら相性診断できるぞ」

「えっ」

 

 その言葉に鈴の顔がぼっ、と赤くなる。思わずその頬を押さえ

 

「そ、それはつまり一夏は私との相性が気になるって事……?」

「当たり前だろ? 何を今更」

「い、今更ってアンタ……!」

 

 もはや鈴の顔は文字通りタコの様に茹で上がっている。何時にない積極的な一夏の言葉。これは、これはもしかしてそうなのか? 学際デートで伝説の桜の木の下でトキメキがメモリアルしてしまう感じのあのイベントの予兆なのか!? フラグは!? フラグはどこ!? 

 本音と遊ぶことが増え、微妙にゲーム脳になりつつある鈴がうんうんと唸っている横で一夏は深く頷き、

 

「やっぱIS戦闘での連携は相性が大事だもんな」

「………………は?」

「いやだからさ、戦闘で連携するときにはやっぱり相性が大事だろ? 何か違ったか?」

「…………」

 

 つまり恋愛感情とかそういう訳では無く、あくまでIS戦闘の上での相性。ただそれだけ。

わかっていた。分かっていた筈だ。一夏はこういう男だと。自分の事にはとことん鈍感で唐変木で天然だと。だけどなんだろう、この気持ち。メモリアルなトキメキというよりバイオレンスなドキドキに支配されつつある私のハート。

鈴がもう少し冷静ならば、一夏が鈴との連携を前提にその言葉を発したと言う事に気づいたかもしれない。少なくとも鈴の前、箒とセシリアと周った際はそんな事は言っていない。しかし悲しきかな、それ以上の展開を予想していたが故に鈴はその事実に気づけていなかったのだ。

 

「ふふ、ふふふふふふふふふふふ…………よし殺そう」

「え?」

 

 ゆらり、と昏い目で笑う鈴に一夏がビビり一歩引く。

 そんな二人が廊下で向かい合っているものだから周囲は何事かと見物する人が集まってきた。IS学園生は見慣れた光景なので苦笑いだが、一般客は違う。奇しくも二人は執事とチャイナ服という珍しい格好をしている事もあって、何かのイベントかと勘違いして声援を送る者まで居た。

 

「ふふふ、逃げちゃだめよ一夏」

「いや、なんだかものすごい嫌な予感がするんだが」

 

 じりじりとにじり寄る鈴と一歩下がる一夏。まるで決闘の様に向かい合う二人とそれを見つめる好奇の目線。そしてついに鈴が飛び出そうとした時、二人を遮る様に目の前に扇子が現れた。

 

「こらこら駄目よ。こんな所で取っ組み合いは」

「む……」

「会長?」

「いやん、一夏君。楯無で良いわよ」

「は、はあ」

「い・ち・か・君」

「分かりましたよ、楯無さん」

「はい、よろしい」

 

 うふふ、と笑うのは更識楯無。IS学園生徒会長だった。

 

「何の用ですか?」

 

 一夏の二人きりを邪魔にされた鈴が嫌そうに聞く。そもそも楯無対して鈴はあまり良いイメージを持っていない。無論、IS操縦者として。そしてこの学園の生徒会長としては素直に尊敬するところもある。だがそれ以上に、ここ最近一夏を独占していた事への恨みの方が大きい。

 

「用も何も、流石にこんな所で暴れられたら危ないでしょ? だから止めに来たのよ」

「う……」

 

 至極最もな理由を言われ鈴は思わず呻く。が、

 

「まあ、面白そうだから混ぜて貰おうかと思ったんだけどねー」

「ってなんなんですかそれ!」

 

 続く楯無の言葉に鈴のこめかみに青筋が浮かぶ。

 

「諦めろ鈴。この人はまともに相手にしては駄目だ」

「アンタは何悟ってんのよ!」

「それだけ仲良しって事よねー。一夏君」

 

 挑発する様な楯無の言葉に鈴のボルテージはますます上がっていく。今にも噛みつかんばかりの雰囲気だ。

 

「で、本当は何しに来たんですか」

「あら、理由は言ったじゃない?」

「かいちょ……楯無さんの言う事はそう簡単に信じない事にしたので」

「うわ酷い! 誰の入れ知恵?」

「静司と二人で決めました」

「……川村君め」

「で、結局なんなんですか?」

 

 一夏が若干警戒しながら問うと、楯無は口元に扇子を当て薄く笑う。

 

「んー実はね、一夏君に協力してもらいたいなーと思って」

「お断りします」

「ちょ、早い! 早いわよ一夏君!」

「嫌ですよ! だって絶対ロクな事じゃない!」

「大丈夫よ、生徒会の出し物を手伝ってもらうだけだから」

「嫌ですって。それに今俺は鈴と周ってるし、クラスの事もあるんですよ」

「クラスの件は大丈夫。話を通して置いたから」

「勝手に何やってんですか!?」

「おねーさんをなめちゃいけないわよ。後は鈴ちゃんの件よね」

 

 うふ、と笑いながら楯無が今にも爆発しそうな鈴に何かを耳打ちする。すると鈴の顔色が変わった。

 

「それはマジなんですね?」

「マジよ。大マジ」

「わかったわ」

「お、おい鈴?」

 

 嫌な予感がしたのだろう。一夏が恐る恐る鈴に声をかける。だがもはや手遅れだった。

 

「一夏、生徒会を手伝うわよ」

「はあ!?」

「はい決定。それじゃあ行きましょうか」

 

 うふ、と笑う楯無と先ほどとは別の光を目に宿した鈴。その二人に嫌な予感を感じながら一夏は引っ張られて行った。

 

 

 

 

 畳が敷かれた静かな室内。壁には掛け軸が駆けられ、扉には障子が張られた少し大きめの茶室。

 

「どうぞ」

 

 そう声を発したのはこの場には合わない洋風のメイド服を着た銀髪の少女、ラウラだ。彼女は緊張した面立ちで自らが立てた抹茶を正面に座る人物――千冬に差し出した。

 

「お点前頂きます」

 

 千冬が答え上品に、そして完璧な作法で受け取る。その姿にラウラは思わず見惚れてしまう。そんなラウラに構うことなく、千冬はラウラの立てた抹茶を味わい小さく頷いた。

 

「結構なお点前で」

 

 お決まりの言葉で締めくくりお互いに一礼する。そうしてようやくほっとした様子のラウラに千冬は少し嬉しそうに頷いた。

 

「大分上手くなったじゃないか」

「本当でしょうか?」

「ああ。不味いなら不味いと私ははっきり言う」

 

 確かに、とラウラも頷く。始めて立てた時はそれもう酷く、千冬はそのままストレートに感想を告げラウラは軽く凹んだものだった。しかしその後、厳しくかつ丁寧に千冬によって教えられてきた為にラウラの腕は上がっていた。

 

「しかしクラスの方は良いのか? まだ学園祭は終わっていないが」

「ええ。再開の準備も思ったより早く終わったので、後は先に休憩に出た皆がある程度戻り次第再開になりました。なので私も遅れながら休憩を頂くことに」

「そうか。随分と繁盛していた様だしな」

「……教官も参加されれば良かったのでは?」

「やめろ……。あれは思い出したくない」

 

 苦い顔をする千冬だがラウラは首を傾げる。クラスの皆は恐れていたがラウラからすればそれも千冬の魅力の一つと思っていた故に気にしていなかった。

 

「そうですか……残念です。そういえば他の茶道部の人達はどこに行ったのでしょうか?」

「あいつらも休憩中だ。日本の文化と言う事で海外から来た連中も結構興味があった様でな。午前中は忙しく休憩も碌に取れなかったらしいから一時閉店だそうだ。私は留守番みたいなものだな」

 

 それはおそらく顧問が千冬だと言う事も関係したのだろう。それが分かるからラウラも頷いた。

 

「だとすると私がお邪魔したのも悪かったのでは?」

「構わんさ。最近ゆっくりとお前と話す機会は無かったからな。何か聞きたいことがあって来たんだろう?」

「……お見通しなのですね」

「まあな。これでもお前の元上官だ」

 

 二人の間に沈黙が落ちる。千冬はせかす訳でも無く、静かにラウラの言葉を待った。やがて覚悟を決めたのだろう、ラウラがゆっくりと口を開く。

 

「教官は……篠ノ之博士の事をどう思っているのでしょうか?」

 

 予想してたのだろう。千冬はゆっくり目を閉じた。

 

「臨海学校の件だな」

「……はい」

 

 臨海学校での福音追撃戦。その最初の戦いの時の千冬の選択の事だ。千冬はより確実性のあったセシリアでなく、箒を選んだ。それは篠ノ之束が関わったが故だろう。

 

「それに無人機の件もあります。例の写真の件もありますが、私はやはりあれは博士の物でないかと考えています。しかしそうなると何故、あの様な行動を取るのでしょうか? そして教官はどのように考えているのでしょうか? 私は、私は教官を敬愛しております。ですが……いえ、だからこそ知りたいのです」

 

 自分の中の疑問を吐きだしたラウラは千冬の返答を待つ。千冬はラウラの言葉をゆっくりと飲み込む。そして小さく頷くと眼を開いた。

 

「ラウラ、お前が疑念を持つことは正しい」

「っ、しかし!」

「聞け。臨海学校の選択、あれは間違いなく私のミスだ。それに無人機も恐らく……いや、確実に束の物だろう」

 

 ふっ、とどこか自嘲めいた笑みを浮かべ千冬は続ける。

 

「結局私も盲目的だったのかもしれん。束との関係はいうならば腐れ縁の、しかし大切な友人だ。だからこそあいつの意見を信じ通した。無人機とて、何か理由があるのではと考えてしまう。そのしわ寄せを喰らうのが一夏やお前達だったと言うのに」

 

 目の前の千冬は何時もの頼りに満ちた威厳のある姿でなく、どこか儚い物に見えた。

 

「結局私はISに乗るしか能の無い人間だ。教え子たちを導き、成長させる筈の立場であるのに苦難へと導いてしまった。我ながら嫌気がさすさ。学園に居るのだって、ISの技能があったからこそだしな。だからこそ憧れたのかもしれない。あいつが私のこんな力に憧れた様に、あいつの頭脳に。結局私はそんな人間だった」

 

 だから、と続ける。

 

「私は敬愛されるような人間じゃない。唯の馬鹿でしか――」

「いいえ、違います」

 

 千冬の言葉を遮る様にラウラが口を開いた。

 

「先ほど教官は私の立てた抹茶を褒めて下さいました。しかしそれは教官が指導してくださったおかげです。何も分からず、滅茶苦茶だった私を見捨てずに丁寧に指導してくれたが故に、私は褒められたのです。ドイツの時も同じです。落ちぶれていた私を今の居場所に連れて行ってくれたのは間違いなく教官の御力です。だからこそ私は貴方に憧れたのです」

 

 いつになく饒舌なラウラに千冬が目を見開くが、ラウラは止まらない。

 

「だからそんな事は言わないで下さい。あなたは私にとっては優秀で敬愛できる指導者である事は間違いありません。だからこそ、私は教官から直接話を聞きたかったのです。教官があの時の事を悔やんでいる事は分かりました。篠ノ之博士に対する思いも。それを直接聞けただけで満足です」

 

 完璧な人間など居ない。それは数か月前、自分の思い描いていた『完璧な織斑千冬』という押し付けがましい想いを捨てた時に理解した。そう、千冬とてなんでもわかる訳でもないのだ。だからこそ見誤った。

 

「……まさかお前に慰められるとはな」

「ですが本音です」

「だが私は完璧では無い。それでもお前は私を信じるのか?」

「ならば、もし間違っていると思ったなら今度は私が止めましょう。私が、私が憧れる教官の傍で居たいが故に」

 

 その言葉に思わず千冬は笑ってしまった。それも豪快に、大声で。だが馬鹿にするような笑いでは無い。余りにも意外過ぎるその言葉が面白く、そして嬉しくもあったからだ。

 

「くく、くくく、成程……それは良い。私が私が教えた教え子に導かれるというのは面白い」

「わ、私は本気です!」

「ふふ、わかっている。お前が本気だと言う事はな。嬉しいんだよ、私は。あのラウラがこうまで言ってくれるようになった事がな。これはやはり一夏や静司達のお蔭か?」

「それは――かもしれません。少なくとも以前の私とが違うのは確かです」

「そうか。それは中々感慨深いな。……しかしだからといってお前達に任せきりにする訳にも行かない。だからこそ、私も準備を進めている」

「準備とは?」

「お前達ばかり戦場に出す訳には行かない。その為に――」

 

 不意に携帯の着信音が響いた。千冬が取り出し通話に出ると、みるみるその顔が厳しくなっていく。

 

「間違いないんだな? ……ああ、わかった。私も直ぐにそちらに行く。ラファール一機準備してくれ。パッケージは先日届いたミナミシステム社の物だ。アレを使う」

 

 携帯を切ると千冬はラウラに向き直る。

 

「問題が起きた。この話はまた今度だ」

「敵、ですか?」

 

 ラウラも先程の千冬の様子から何か良く無い事が起きている事は気づいている。下手に誤魔化すのは逆効果だと悟ったのだろう。千冬は簡潔に答えた。

 

「ああ、侵入者だ」

 

 

 

 

『会長が織斑一夏を確保。警備はC2のチームが当たれ。最優先だ』

『了解よ』

『C5は嬢ちゃん達に付け。怪我でもさせたらB9がキレるぞ』

『当然っす。そのB9は?』

『嬢ちゃん達の方に向かっている。他は全員C1の下に入り残りの馬鹿共を見つけ出せ』

『C1了解。しかしこの中から馬鹿だけを見つけるのは困難ってレベルじゃないと思うんですが』

『分かっている。学園側が索敵専門パッケージで現在学園に居る全ての人物のフルスキャンを行う。その結果をこちらにも回す様会長が手配した。事前に登録された入場券所有者の顔写真と一致しない、もしくは登録していない奴は片っ端からつまみ出せ』

『成程。しかしそんな事出来るなら、最初からやってた方が良かったんじゃないんすか?』

「それは無理よ」

 

 自らも耳に仕込んだ無線での会話と聞いていた由香里が、C1の発した疑問に答えてやる。

 

「フルスキャンは確かに便利だけど負荷も大きいわ。ISにも、使用者にとってもね。通常のハイパーセンサーですらISの補助が無ければ情報量が多すぎて人間の頭じゃ処理しきれないの。だから高速機動や偵察調査専門の場合はそれに特化したパッケージを使用してるのよ。より効率よく運用できるようにね。それでも常時そんなの使ってたら使用者が意識を失うわ」

『つまり要所要所でしか使えないと』

「そういう事。それでも得る情報を正確に取捨選択しないと酷い目に合うから初心者には使えない代物よ」

『便利なんだか不便なんだか』

「物は使い様って事。IS学園だって馬鹿でも無能でも無いわ。学生が持っていた入場券も招待者や譲渡者の情報は事前に顔写真付きで登録されてる。それと照らし合わせればそれなりに絞れる筈よ」

『しかし相手が正規の方法で侵入していたら判別できないっすよ』

「その時こそB9の出番よ。彼の目的を忘れたの?」

 

 B9こと静司の任務。それは織斑一夏及びその周囲を脅威から護る事。その手段として『男性操縦者』である自分を囮に使う事も考えている。事実、以前にそれの成果も出しているのだ。これは親だの子だのは関係ない。信頼しているからこそ、その任を負わせる。それは全員理解している。

 

『一応聞いただけっすよ。フォローもするっす』

「よろしくね。彼女達の無事さえ確認すればB9も冷静になるでしょう」

 

 今の所侵入者の目的は静司と二人の少女達。ならば最優先護衛対象である一夏には余り近づけない方が良い。それよりも半ば巻き込まれた形の二人を優先とした。彼女らの安全を確認すれば、静司も冷静に対処できるはずだと言う考えもある。

 

「大切なものが増えた故、ね。けどそれがあの子の活力の一つ」

 

 ふふ、と非常時にも関わらず笑ってしまう。あの静司が復讐やEXISの仲間の為以外で必死になる事が母親代わりの自分には少し嬉しいのだ。

 

「しかし妙ね……」

『そうだな。以前も感じた事だが、雑すぎる』

 

 由香里の呟きに答えたのは夫でもあり、C1達を指揮している課長だ。

 

『どんな方法で侵入したのかはハッキリとしてないが、そうそう簡単に侵入できる筈はない。それなのにあっさりと侵入した割に、ナイフで突撃というのは単純すぎる』

「ええ。手引きがあったとしても、こんなにあっさり露見するのは妙よ。これだけの事をしでかす奴が、こんな単純な方法を使うかしら」

 

 侵入までは見事なのに、それ以降が杜撰過ぎる。これではまるでわざと騒ぎを起こしている様にも思える。

 

「考えられるのは陽動だけど、そうなると厄介ね。主義者とは別の意思が潜んでいる可能性が高いわ」

『そしてそいつらは学園に侵入し、侵入させる手段を持っていたと。だとすると狙いは何だ? 一番あり得るのは織斑一夏だが』

「そうね。けどありえ過ぎるが故にあからさま過ぎる」

 

 可能性は幾らでもある。それ故にこの騒ぎの終着点がどこか分からない。それがもどかしい。

 

『……今は考えるより行動だ。捕まえた連中を片っ端から尋問してでも情報を聞き出す』

「結局それしか無いわね。変化が合ったらすぐに報告を」

『了解だ』

 

 

 

 

 父や静司達の居た場所から逃げ出したシャルロットはお祭り騒ぎの人ごみの中を一人歩いていた。その顔は少し青ざめ、視線は下を向いている。

 

「どうして……」

 

 どうして、父があんな所に居たのか。何故、今更会いに来たのか。そもそも本当に会いに来たのか? もしかしてたらまた自分を利用するために直接来たのかもしれない。

 

「嫌だよ、もう」

 

 もうあんな思いは嫌だ。友人や大切に想う人たちを騙し、利用する様な事はしたくないし考えたくもない。だからこそシャルロットは逃げたのだ。それがなんの解決にもならないとは知っているのに。ならばこれからどうすればいいのだろう? このまま逃げ続ける? いや、ダメだ。

 

「あ~、しゃるるんめっけ~」

「え?」

 

 不意に背中に重みを感じたかと思うと一気にそれが増し思わずシャルロットはよろけた。しかしそこは代表候補生。抜群のバランス感覚で態勢を立て直す。

 

「ほ、本音?」

「おふこーす」

 

 自分を押しつぶそうとした人物、それはいつも通りの笑顔の本音だった。彼女はまるでおんぶをねだる子供の様にシャルロットの背中に乗っかっている。

 

「ちょ、何するのさ本音」

「ん~しゃるるんの髪良いにおい~」

「話を聞いて!」

 

 はたから見れば美少女メイドが二人じゃれ合っている様にしか見えない。その光景に通りがかった人々も暖かい物を見る様な目だ。

 

「ちょ、本音! 恥ずかしいから本当にね!?」

「ねむー」

「寝ないで!?」

 

 その視線に耐えられなくなったシャルロットは出来るだけ人の少ない方を目指す。この広い学園だ。いくら学園祭と言ってもそんな場所は幾らでもある。

 人ごみを抜け、ようやくそんな場所にたどり着いたシャルロットは背中の本音を無理やり引きがはがすと近くのベンチに置いた。

 

「はぁ……まったく何してるんだよ本音」

「ん~? 気持ち良かったよ~」

「その言い方何か恥ずかしいからやめて……」

 

 相変わらずのんびりとした様子の本音にシャルロットはがっくりと肩を落とす。そして本音の隣に座ると少し笑った。

 

「全く、元気づけたいにしてももうちょっと方法を考えて欲しかったな」

「あり、ばればれ?」

「うん、ばればれ」

 

 ふふ、とお互い笑う。本音は相変わらずのほほんとした様子だが、それでもいつもとは少し違う、こちらを気遣う様子が見れた。

 

「おとーさんの事苦手なのかな?」

「苦手……うん、そうだね。他にも色々理由は有るけどやっぱりそれが一番かな」

「……」

「苦手で、何を考えているのか分からなくて。そもそも本当に娘と思って貰えているかもわからない。だから、怖いんだ」

「むぅ~そんな人をいきなり呼んでくるなんてびっくりだもんね~。かわむーも先に言っておいてくれれば良かったのに~」

「確かにそれは僕も思ったなあ。いきなり過ぎたから僕もいきなり逃げちゃったし。けど――」

「うん。意味も無く呼ぶなんて事は無いと思うよ~」

「そうだね。K・アドヴァンス社の社長も絡んでたし、きっと何か考えがあると思う。だけどやっぱりいきなりは、ね」

「けどやっぱりお話しなきゃ分からないよ。だから頑張って~」

 

 そういって本音が視線を移す。釣られる様にシャルロットもそちらを向くと、そこには親でありデュノア社の社長でもある人物、ユーグが立っていた。

 その姿に思わずシャルロットは身を強張らせてしまう。歯がガチガチと震え、今にも逃げ出したい衝動に駆られる。だがそんなシャルロットの膝に急に本音が頭を乗せた。

 

「へ? 本音?」

「私はここでお昼寝~zzz……」

 

 言うが否や本当に寝てしまった。その行動に思わずきょとん、としてしまう。だがその重みが、温かさが今は有難かった。逃げそうになった心を押さえ、父と向き直る。当のユーグは本音の行動に未だに戸惑っている様だった。そんな様子に、相手も同じ人間なんだとシャルロットは改めて思い直し、気合いを入れる。

 

「何をしに、来たんでしょうか?」

 

 それは娘が父に発する言葉としては余りにも硬い口調だった。しかし二人にとってはこれはいつも通りである。

 

「K・アドヴァンスの社長に連れられて来た」

「そうですか。だけどそれだけじゃ、無いんでしょう? あなたがそれだけで動くとは思えません」

 

 ぐっ、と拳を握る。逃げては駄目だと。膝の上の暖かさ。友人達との楽しい日々。そして大切に想う人の事を思い浮かべながら。

 

「また僕に何かをさせる気ですか? だとすれば僕はもう――――従いません」

 

 それは初めての面と面を向かった反抗だった。そのシャルロットの様子にユーグは静かに首を振った。

 

「そういう為に来たわけでは無い。だが、そう思われても仕方ないのだろうな」

「何を今更――」

「正直に言えば、私もどうすればいいのか分からない。連れられるままに来て、そして何も思いつかなかった。社長という肩書きも今ここでは役立たずだな」

「……」

「だが分かった事がある。お前は先程私を恐れていた。そしてそうさせたのは私だと言う事だ。そして逆に――」

 

 今日、私と出会うまでのお前は今まで見た事も無いような笑顔を浮かべていた。

 

 その言葉は小さく、また風が吹いたためにシャルロットは正確に聞き取れなかった。だが父が何か、今までとは違う重要な事を言った事だけは分かった。だからこそ、聞いてみたい。その言葉を。

 

「今なんて――」

 

 不意に、ユーグの顔が厳しくなる。手でシャルロットを制し背後へと振り返る。不思議に思ってシャルロットもそちらを見ると、私腹を着た数人の女がこちらを見つめていた。格好こそは普通だが、何か不吉な感じがした。

 

「何者だ、貴様ら?」

 

 ユーグが静かに問う。だが女たちは何も言わずゆっくりと近づいてくる。懐からナイフを取り出しながら。

 

「っ!?」

 

 その様子にシャルロットの肩が震える。あの女たちは何者なのか。どうしてあんな物を持ち出しているのか。父との対面で思っていた以上に精神を疲労していたのか、体が直ぐには動かなかった。

 

「……え?」

 

 一瞬、こちらをちらりとユーグが見たかと思うと一歩、動いた。それは凶器を持つ女達とシャルロットの間を塞ぐ場所。そこに自ら移動したのだ。そんあ父の行動の真意が読めず、いや違う。その行動が信じられなくてシャルロットは戸惑う。

 

「悪いが」

 

 女たちが徐々に近づくスピードを上げていく。その様子を真っ直ぐ見つめながらユーグは告げた。

 

あの子(・・・)を怯えさせるような存在は――――私一人で十分だ」

 

 凶器が振り上げられる。ユーグが腰を落としそれを迎え撃つかのように構える。その光景を目にシャルロットは――

 




女同士の友情、しかし難しい。だって自分男だし! というのは言いわけですが。
けどやっぱり努力・友情・メイドは大事だと思う。
そして微妙に鈴を意識してた一夏
臨海学校からの悩みを話したラウラ
後悔しつつ何か考えてる千冬
出番のなかった某二人
そんな感じで学園祭、次回は静司が頑張ります。 たぶん

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