IS~codename blade nine~   作:きりみや

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52.レギオン

「なあB9」

 

 千冬先導の下、静司が学園側が用意していると言う『安全な場所』へ向かっている最中、先ほど話しかけてきたEXISTの一人C17が静司に声をかけてきた。

 

「何だ? あまり目立つ真似はしたくない」

「わかってる。1つだけ聞きたいんだが、お前は織斑千冬はどう思ってるんだ?」

「何……?」

「お前が篠ノ之束を憎んでいるのは知ってるさ。だがその友人であり、今の世界を作ったもう一人の立役者でもある織斑千冬。それについてが気になってな。何せお前の姉達にも関わる話だ」

 

 本当にただの興味なのだろう。C17は『答えたくなければ答えなくても良い』と言いつつ静司の返答を待っている。静司は少し考え、言葉を選びながらぽつぽつと答え始めた。

 

「何も思う所が無い訳では……無い。だが俺は今の世界を呪っている訳では無いし、あの女の友人だから、家族だからと言う理由で皆殺しにしたい訳でも無い」

 

 この手で息の根を止めたい人物はただ一人のみ。何もかもを破壊したいわけでは無い。それではただの災害。あの女の同類だ。

 

「それに確かに織斑千冬は姉さん達の……いや、ある意味俺達のオリジナルだが、だからと言って姉さんを重ねようとはしたくない。したくない筈だっんだ……」

 

 同じ顔だからという理由で姉達と繋げることはしたくない。何故なら自分の姉達は全員同じ顔だったのだから。大事だったのは中身。その中身に差があったからこそ、5人の姉達をそれぞれ大切に想い、想われたのだ。

 だが先ほど、不安定な心になった時に少しでも縋ってしまった。織斑千冬の中に姉の姿を探してしまった。それが静司には悔しかった。別に織斑千冬が悪いわけでは無い。未だに姉達に縋ろうとしてしまった自分の心の弱さが悔しいのだ。あんな男の言葉でそうなってしまった自分が。

 

「だがそれでも姉さん達と織斑千冬は別人だ。例えそこに姿を探しても姉さん達はもう居ない。姉さんだけじゃない、俺の同類たちも、それを造った連中も根こそぎ消えた。あの女の手によってな。だから俺はあの女を殺す。その過程にもし織斑千冬が立ちはだかるのなら俺は――」

「いや、その先は言わなくても良い。お前の意思は良く分かった」

 

 C17はもういい、と手で静司を制する。

 

「今更それを止めようなんて思わないし、考えない。だが自分自身は大事にしろ。お前に何かがあれば俺達だけじゃなく、彼女達も悲しむんだ。それさえ忘れなければいい」

「わかってる。それはもうこないだの事件で身に染みた」

「ならばいい。……そろそろ織斑千冬と分かれた方が良いな」

 

 一度話を切ったC17が周囲を見回しながら呟く。今までは千冬先導の下なるべく人気のない場所を移動してきたが、このまま案内されるがままに安全圏に行く気は無い。問題はその方法だ。予定としては、静司の事は更識の部下である(という事にしている)C17達に任せて、一夏の所へ応援に行くべきだと進言するつもりだ。静司に対する襲撃が陽動であるなら、一夏の方にも何かが起きるかもしれないからである。織斑千冬も弟の危機となればそちらを優先するかもしれないという狙いがあった。だが逆に千冬が責任感故に静司を最後まで送り届けようとする可能性も十分にある。更にはここにはラウラも居る。場合によってはどちらか片方が一夏の所へ向かうかもしれないが、それでは駄目なのだ。

 だがそんな静司達の懸念は思わぬ所から払拭された。

 

『織斑先生!? 一夏君の居るアリーナから未確認のIS反応が!』

「何だと……っ!? 山田君、避けろ!」

 

 突然の真耶の報告に千冬が慌てて空を見上げつつ返事をしようとした。だがその眼に映った物に顔を強張らせ警告を発する。千冬の視線の先、そこには索敵を行っている真耶のラファールが居る筈だった。距離が有る為その姿はかなり小さいが、確かにそこに居るのが見える。彼女は残りの敵を探している最中だったが、その真耶に彼方から高速で何かが迫っていたのだ。

 

『え? きゃあああああ!?』

 

 千冬の警告空しく、真耶に迫ったそれは直撃しラファールを赤い炎に包んだ。通信機からは山田の悲鳴と何かが燃える音が聞こえている。上空のラファールが赤い炎に包まれ、よろよろと墜落して来ていた。

 

「教官! 私が行きます!」

 

 状況を察したラウラが千冬に許可を求める。誰がどうみても真耶は襲撃を受けたとしか思えない。そして真耶の乗るラファールは索敵特化故に武装は最低限なのだ。まともに戦えるものでは無い。更にもしそのまま真耶が墜落したら生徒や学園祭に訪れた一般客に被害が出る可能性があった。

 

「……くそっ、構わん! いけ、ラウラ!」

 

 唇を噛みつつ千冬が許可を出すと同時、ラウラはISを展開し一気に空を駆けあがった。

 

「こちらも急ぐぞ! 早く川村を――」

「いえ、ここからは我々だけで大丈夫です」

 

 千冬の言葉に被せる様にC17が前に出る。今は好機とみたのだろう。

 

「タイミング的にやはり本命は織斑一夏君なのでしょう。あちらには私たちの主(更識楯無)も居ますが、敵の力は未知数です。貴女も向かった方が良い」

「だがそれでは川村が」

「彼は私達に任せて下さい。更識の名に懸けて無事に届けて見せます」

 

 ぺらぺらと喋るC17の隣で思わず静司は呆れてしまった。名に懸けるも何のお前は無関係の人間だろうにと。

 

「明らかに川村君を狙った連中とは襲撃の質が違います。急ぐべきです」

「だが……」

 

 千冬が苦渋に満ちた表情を浮かべる。本来なら静司を届けるべきなのだろう。しかし一夏が本命となるとそちらに来るのは先程の主義者達とは格が違う相手の可能性が高い。そんな所に大切な弟が居る。それが千冬の判断力を奪う。

 

「急ぐべきです。また(・・)何かが起きてからでは遅い」

「……わかった。感謝する」

 

 結局は千冬は一夏の所へ向かう事に決めた。その決断を静司も、C17も責める気は無い。どんなに厳しく接していても最愛の家族である事には変わりないのだ。それが心配なのはよくわかる。それにC17の言い方も中々に辛辣であった。『また』とは案に以前の一夏の誘拐事件の事を含ませた言い方だ。また弟を失いかける焦り。それをストレートにぶつけてやったのだ。

 

(趣味が悪いな)

(使える物は使う。そういうものだ)

 

 C17と小さく言葉を交わす。趣味は悪いが、彼の言う事ももっともなので静司はそれ以上は何も言わない。

 

「川村! お前は出来るだけ早く逃げろよ。……後は頼みます」

 

 小さく頭を下げると千冬は一夏の居るアリーナに向け走り出した。そのスピードはそこらのアスリート顔負けであり、それだけ一夏が心配なのだろう。

 

「さて、ではこちらも動くとしよう。織斑一夏の危機ならお前が行かない理由が無い。そうだな?」

「当然だ」

 

 二人は頷くと急いで準備を始めた。

 

 

 

 

 真耶が撃墜される少し前。IS学園第四アリーナに女たちの声が響き渡っていた。

 

「覚悟しなさい、箒!」

「こちらの台詞だ鈴!」

「お二人とも、がら空きですわ!」

「くっ、専用機持ちばかりに良い目に合せてたまるかー!」

 

 

 鈴の青竜刀と箒の刀がぶつかり合い、刃越しに二人が睨み合う。両者が己が武器を押し合い硬直した隙を狙い、セシリアのライフルが鈴を狙うが、その気配に気づいた鈴は即座に背後に飛んだ。一瞬遅れて先ほどまで居た位置を銃弾が奔っていく。セシリアは舌打ちすると、ならば、と箒を狙うが箒もまた背後に飛び物陰に隠れていた。

 

「オルコットさんが狙ってる! 見つけ出すよ!」

「……そうはいきませんわ!」

 

 別の女子生徒が叫ぶが、セシリアは既に移動を開始していた。スナイパーにとって、同じ場所に居続けるのは愚の骨頂。失敗したのなら即座に移動しなければならない。

 そうしてセシリアが移動している間にも、再び鈴と箒はぶつかり合い、その周りでも女子生徒達が戦っている。妙なのは鈴と箒、そしてセシリアが何故かドレスを着ている事だ。いや、妙と言えばそもそも何で女子生徒達が戦いを繰り広げているのかなのだが、その理由を説明するかのように会場となっている第四アリーナのスピーカーから声が響く。

 

『さあ盛り上がってきました【王子争奪! シンデレラロワイヤル】! 数多のライバルを退けて、硝煙と埃に塗れた真のシンデレラとなり王子と幸せになるのは誰かっ!? 飛び入りもOK! その手に勝利を掴みとれ!』

 

 つまりはそういう事であった。これこそが生徒会の出し物であり、楯無が一夏と鈴を呼んだ理由である。楯無は一夏には生徒会の出し物を手伝う様にと。そして鈴には『綺麗なドレスを着せてあげる。そして王子役の一夏君と二人っきりで……うふ♪』と意味深な発言で鈴を釣ったのだった。それは箒とセシリアも同様だ。

 当人である一夏は今控え室でこの戦いの後の『王子役』の為に台本で台詞を必死に覚えている最中である。故にこの騒ぎの内容を良く知らないでいた。

 

『現在も参加者は増加中! 血塗られた屍の頂点で乙女の夢を掴みとる者は誰か!? 盛り上がっていきましょう!』

 

「諦めなさい、箒ぃッ!」

「それはお前だ、鈴っ!」

「お二人仲良く地にふせなさい!」

「私達をわすれないで!」

 

 乙女? 達の気合いを通り越して殺気じみ声が第四アリーナに響き渡っていた。

 

 

 

 

 そんな第四アリーナの観客席。そこでは未参加の生徒や一般客がその様子を見物していた。ある者は面白い見世物だと笑い、ある者は自分も参加すれば良かった。いや、今からでも……? と悩み、そしてある者は戦いを繰り広げる生徒達の様子を見て冷静に有望株を探していたりしていた。男一人の為にこんな馬鹿騒ぎを起こしているとなると一歩間違えれば学園の恥の様でもあるが、実際に繰り広げられている戦いはそれなりに高度なものである。ふざけていても流石はIS学園、と思わせるだけの戦いぶりではあった。

 だがそんな中、一人だけ全く異なる事を考えている女がいた。ふわりとしたロングヘアー。胸元が少し開けたビジネススーツ。長身で整ったスタイルを持ち、高い鼻と切れ長の相貌。彼女はニコニコと、見た目はアリーナの光景を楽しんでいる女性といった所だ。だがその内心は真逆であった。

 

(乳臭いガキどもが。馬鹿みたいに騒ぎやがる)

 

 侮蔑と若干の怒りを込めた評価を下すと彼女は生徒達の戦いから目を離し、観客席の出口へ向かう。何人かすれ違った客や生徒達がその美貌に見とれ思わず見つめると、彼女もニコリと笑って返しながら歩いていく。

 

(邪魔なんだよクソが。吊るしてやろうか)

 

 見た目とは全く逆の悪態をつきながら彼女はアリーナの中を進む。但し向かっているのはアリーナの出口では無い。幾つかの角を曲がり、関係者以外立ち入り禁止の表示を無視して更に奥へと進んでいく。たとえ立ち入り禁止エリアに入ったとしても、その先を知る関係者以外は注意を対して払わない事が多い。誰かがそこに居るのを見ても、その人物は関係者なのだろう、と勝手に考えて直ぐに忘れていくものだ。故に彼女がそのエリアに入って行くのを見ても止める人間は居なかった。

 

(ISを使えばもっと楽なんだがな。空にウザい眼があるからまだ無理か。まあお蔭で織斑千冬が居ないと思えばいい)

 

 彼女はそのまま禁止エリアを進んでいく。しかし角を曲がったところで巡回をしていた女性警備員と八当たりしてしまった。

 

「あれ? ここは立ち入り禁止ですよ。迷ってしまったんですか?」

 

 警備員は困ったように眉を潜めつつも彼女に引き返す様に促す。そんな相手に彼女は微笑むと、恥ずかしそうに首を捻った。

 

「いえ、探し物がありまして」

「探し物? けどこんな所にあるとは思えませんが?」

「あるんだよ、馬鹿が」

「え――」

 

 警備員が疑問の声を上げるのと同時、彼女――オータムの背中から伸びた鋼鉄の脚が警備員壁に叩き付けた。声にならない悲鳴を上げて警備員は気絶した。オータムはそれには目もくれず進んでいく。その背中に6本の鋼鉄の脚を従えながら。

 

「ISを使ったとなれば補足された可能性が高いな。めんどくせぇ。とっととヤるか」

 

 たん、とオータムの足が床を蹴る。同意にPIC制御を開始。跳ねるように通路を進んでいく。ハイパーセンサーでスキャンを行い、目的の人物がいる場所へ進んでいく。

 

(……何だぁ?)

 

 違和感を感じる。妨害が有るものだと思っていたが、先の警備員以外に誰も出てこないのだ。この先にいる人物の事を考えるとそれは異常だ。つまりそれの意味する事は。その理由に思い当たりオータムは忌々しげに顔を歪めた。

 

「はっ、鬱陶しい。とっとと出てこいよぉ!」

「あら、ばれちゃったわね」

 

 進みを止めたオータムの言葉に応じる様に、前方の角から一人の女子生徒が姿を現した。その女子生徒は口元に扇子をあて、怪しげな笑顔でオータムに向かう。

 

「確信は無かったけど、やっぱり川村君に対するのは陽動で織斑君が本命だったのね」

「だからどうしたぁ? 邪魔するなら手前を殺すまでだ!」

 

 凶悪な笑みと共にオータムが飛び出した。

 

「そうはいかないわ。私はこの学園の生徒会長である更識楯無。生徒を護る義務があるもの」

「ほざくなガキが!」

 

 間合いを詰めたオータムが鋼鉄の脚を楯無に突き刺した。肉を穿つ感触とそこから零れ落ちる生暖かい血。その感触を期待したオータムだったが、直ぐに違和感に気づく。余りにも感触が無いのだ。

 

「何っ……!?」

「ふふ、ざんねーん」

 

 小馬鹿にするような笑い声と同時に楯無の姿が崩れ、ぱしゃりと音を立てて崩れ落ちた。後に残ったのは水だけだ。

 そして驚きに眼を見張るオータムの背後に口元に扇子をあてたままの楯無が現れた。相変わらず怪しげな笑みを浮かべるその姿にオータムの怒りが増す。

 

「うぜえんだよ!」

 

 オータムはその手にカタールを呼び出すと振り向きざまに楯無に向け一閃。その体を横に切り裂いた。だが、

 

「くそっ、まただと!?」

 

 先と同じように楯無の姿は水となりその場に崩れ落ちた。

 

「残念。こっちでした」

「調子に乗るなよガキが!」

 

 オータムが従える鋼鉄の脚が動き前後左右に伸びた。突き刺す様に放たれたそれは壁、床、天井を穿つ。

 

「これは不味いわね」

 

 言葉とは裏腹に余裕のある動作で楯無はそれを背後に飛んで躱す。だがまるで触手の様に伸びた脚は楯無を追尾していく。

 

「逃がすかよ!」

「なら、逃げないわ」

 

 楯無が回避行動を止める。そしてその体が光に包まれた。ISを展開したのだ。

 

「【ミステリアス・レイディ】の力、見せてあげる」

 

 そのISは奇妙な形をしていた。通常のISに比べアーマーの面積が極端に少ないのだ。そしてその代わりとばかりに透明の液体のフィールドが展開されており、まるでドレスの様に楯無の姿を包む。更には楯無の左右には青いクリスタルの様なパーツが浮かび、そこからも展開される液体のヴェールが楯無を包んでいる。

 

「け! 殺せばいいだけだろ!」

「悪役らしい台詞ね。この時点で私の勝ちみたい」

 

 迫る脚に楯無は右手に持つ巨大なランスを振る。そのランスの表面にも水が螺旋状に流れており、その勢いで脚は勢いよく弾かれた。だがオータムもそれは予想していたのだろう。残りの7本の脚を操り楯無を襲う。右腕を、左腕を、右足を、左足を、腹を、心臓を、そして頭を狙いまるで生き物のように脚をしならせていく。だが楯無もその猛攻を巧みに躱し、躱しきれないものはランスで受け、弾いていく。

 

「これならどうだぁ!」

 

 オータムが繰り出す8本の脚。その先の形が刺突から銃口へと変わる。それに気づいた楯無が水のヴェールを前方に展開すると同時、その銃口が一斉に実弾射撃を開始した。

 

「ちっ、ただの水じゃねえな!?」

「正解よ。この水はエネルギーを伝達するナノマシンの集合体の様な物なのよ。凄いでしょ?」

 

 オータムが放った銃弾は全て水のヴェールで受け止められ楯無に届かない。それに苛立ったオータムは銃撃を続けたまま両手に持ったカタールで楯無に接近戦を仕掛けた。

 初手は右腕。振り下ろしたカタールは楯無の槍で防がれる。ならばと、その槍を狙い装甲脚からの射撃を浴びせる。衝撃で己のカタールと楯無の槍が双方弾かれれた。その隙に左のカタールを振りあげる。狙いは楯無の右脇腹から左肩への逆袈裟斬りだ。だが楯無は背後に倒れる様にしてそれを回避すると、そのままバック転の様にその体を回転させた。それと同時に回転の勢いを乗せた蹴りによって、オータムの左のカタールは蹴り飛ばされた。

 

「ふっ!」

 

 後方に飛びながらも回転した楯無が弾き飛ばされたランスを掴み、宙を蹴る。ISだから出来る空中での方向転換。槍の穂先を前方に向け、加速した一撃がオータムを襲う。

 

「これで―――」

「終わらねえよ馬ぁ鹿!」

 

 オータムの目前まで迫った槍の穂先の勢いが突如かくん、と落ちた。楯無が初めて驚いた表情をした事に満足感を覚えつつオータムは腕を振る。その瞬間、爆音と衝撃が楯無を包み込んだ。

 

 

 

 

「な、なんだ!?」

 

 第四アリーナの更衣室。そこに居た一夏は突然の音と衝撃に手に持っていた台本を取り落した。この台本は楯無に渡された物で、この後行われる生徒会主催の演劇の台本だった。題目は『シンデレラ』であり、王子役には強制的に決められた一夏の名前が載っている。しかし不思議な事にそれ以外のキャストの情報は無く、本来名前が書いてある場所には『1位』『2位』『3位』……と何故か順位が書かれている。一夏は知る由もないが、これこそが現在アリーナで行われている女たちの戦いの『賞品』であり、1位は勿論シンデレラ役だったりする。そして唯一王子役と決定していた一夏は先に台本を渡され一人必死に台詞を覚えていたのだ。

 

「廊下から……だよな?」

 

 落としてしまった台本を拾い机に直しつつ、一夏は慎重に扉へ向かった。先ほど聞こえた音と衝撃。そればまるで爆発の様だった。そしてそんなものがごく近くで起きたのだとしたらそれは異常事態だ。

 慎重に扉を開け廊下を伺う。人の姿は見えないが、10メートル程先の曲がり角、そこから煙の様な物が漂っている。それを見た一夏の警戒心が増す。一夏は廊下に出るといつでも白式を呼び出せるように準備をしつつその角へと向かっていった。明らかな異常事態に心臓の鼓動が増し、汗が流れ出る。それでも一夏は止まることなく先へと進み、そして目に写った光景に眼を見開いた。

 

「……やってくれたわね」

「はっ、まだ生きてやがったか。しぶとい野郎だ」

 

 

 そこには床に手を付き、苦しそうにしている楯無の後ろ姿とその前方で凶悪な笑みを浮かべた女が居た0。二人の周囲の壁や床がボロボロであり、所々に炎も散っている。明らかな戦闘の後だ。

 

「楯無さん!?」

「来ちゃ駄目よ、一夏君」

 

 一夏が来ていた事には気づいていたのだろう。楯無は振り返ることなく忠告する。だが一夏からすればそれどころでは無い。状況からして楯無の正面にいる女の仕業であることは明らかだ。敵意を込めた目で相手を睨むが、女はそれを見て見下した様に笑った。

 

「許せませんってかぁ? 馬~鹿が。手前程度のガキの睨みなんか怖くもなんともねえよ」

 

 けらけらと笑いながらその背中から展開した8本の装甲脚を動かす。すると女の周りに薄い糸の様な物が舞っているのが見えた。それを見た楯無が忌々しげに呻く。

 

「その糸で対象を絡め取る。そこまではデータにあった。だけどそれをそのまま爆発させるなんてね……。そのISはアメリカから奪われた【アラクネ】の筈。だけどあんな攻撃手段は無かった筈だわ」

「そうかもなぁ? 前は無かったが今はある。それだけだ」

「ええそうね。これは私の油断だったわ。だけど私もこのままでは終われないわね」

「いい加減ウゼえんだよガキ。だがそうだなぁ、いい加減時間もかけすぎたし丁度いいか。目の前に獲物も来たわけだしなぁ!?」

 

 アラクネの脚が一斉に楯無とその背後に居た一夏に向けられた。楯無が急ぎ水のヴェールを展開し己と一夏を覆う。しかしアラクネの脚から射出されたのは銃弾では無かった。8本の脚。そこから鈍い鋼色の線が飛び出し絡まり合う。やがて一本の鋼糸となったそれは一直線に伸び楯無の展開したヴェールを容易く突き破った。その事に楯無が驚く事も無視して、その鋼糸は真っ直ぐ一夏に向かった。当の一夏は突然の事にただ目の前に迫るそれを見ている事しか出来なかった。

 

(死―――)

 

 何も出来ぬまま死んでしまう。その恐怖に揺れ、白式を展開しなくてはと思うがもはやそれも間に合わない。絶望的な気持ちで一夏はその衝撃が来るのを待つだけだった。だが、

 

「それは困るわね」

 

 不意に呑気な声が聞こえた。同時に一夏の目前まで迫っていた鋼糸の軌道が急に変わる。それは一夏の横を霞めて背後の壁へと突き刺さる。

 助かった。そう安堵するが、次は今しがた聞こえた声が気になり視線を巡らせる。目的の人物は直ぐに見つけた。楯無の正面。そこにいる女のその背後に新たな人物が現れたのだ。その人物は警備員の制服を着ており、帽子は目深にかぶっているのでその表情は良く見えない。しかし声の調子と帽子から流れ出る髪の長さからそれが女性だと分かる。そしてその女性はその腕を黒く鋭利な金属に変えてアラクネの脚を切り裂いていた。

 

「んなっ!? テメエはさっきの!」

「そ、警備員のコスプレをしたおねーさんよ」

 

 そのふざけたような言葉と同時にその女性の姿が光に包まれる。そうして現れたのは全身を黒く染めたラファール・リヴァイヴだった。しかしその姿は元の形からかなりかけ離れている。両腕両足と多方向加速推進翼までもが、まるで刃の様に鋭利に尖った全身装甲の機体。

 

「あまり出張るのは得策じゃないけど、そうは言ってられなくなったのよね」

「テメエ、さっきの演技か」

「ふふ、迫真だったでしょう? まああなた達と同じであまり姿を見せたくないのよねー。だけどこうなったら話は別よ。流石に織斑一夏に危害を与える訳にはいかないし」

「お、俺?」

 

 その言葉に楯無が悔しそうに唇を噛む。一夏も自分の名前を出されて今日何度目かの驚きの声を上げた。

 

「そーよ。会長だけでなんとかなるならそれでよし。私は保険だったけど敵が予想以上だったって訳ね。その機体、随分とマ改造しているようじゃない? 保管されているスペックとは段違いね」

 

 自身も明らかに魔改造されたラファールに搭乗しているのにも関わらず、そう言う彼女の言葉に一夏は頬を引き攣らせた。それはアラクネを駆る女も同様の様だった。

 

「テメエが言うのかぁ? まあいい。纏めて殺してやるよ」

「ならばこちらは刺身にしてやるわ……と言いたいけど生け捕りしなくちゃならないのよね」

「ほざけ!」

 

 アラクネの残った脚が動きラファールに向けられる。黒いラファールもまた、その両腕を構える。

 

「私も忘れてもらっちゃ困るわ」

 

 楯無もようやく回復したのかゆっくりと立ち上がる。その眼にはもはや油断は無い。

 

「俺も――」

「一夏君が下がってて。あの女の目的は君よ」

「だけど!」

「いいから。今度こそおねーさんに任せなさい」

 

 自らも戦いに加わろうとする一夏を楯無が制する。しかし一夏は納得がいかず今すぐにでも飛び出したい気持ちだった。状況的には二対一。確かにこれなら楯無達が有利だろう。あの黒いラファールの事は知らないが、楯無が警戒していないことから仲間であると思われた。それでも、自分がただ守られているだけという状況が悔しく、そしてそれに抗いたいのだ。

 そのまま数秒の硬直が続く。だがそれは新たに加わった衝撃によって壊された。

 

「今度はなんだ!?」

 

 一夏が見つめる先、壁が破壊されそこから外が見える。そしてそこには青いISが浮かんでいた。その機体を見た一夏は不思議な感覚を覚える。

 

(あれはブルー・ティアーズ? いや、似てるけど少し違う……?)

 

 その青いISは各所がセシリアのブルー・ティアーズに似ている。色もブルー・ティアーズと同じ青だ。ただしこちらはセシリアのそれよりも大分濃い色をしている。その機体の搭乗者の顔はバイザーで覆われ見る事は出来ないが、何故か言い知れない不安感を覚える。

 

「何しにきやがった!」

「時間切れだ。もうじき応援が押し寄せてくる。撤退だ」

「偉そうに命令するんじゃねえ!」

「なら好きにしろ。スコールには伝えておいてやるが後は知らん」

「くっ……」

 

 アラクネと青いISがまるで喧嘩の様な言葉を交わすと、青いISは言葉通りその場を離れていく。アラクネの搭乗者は忌々しげに唾を吐くと、その穴から外へ出ようとした。だがそれを許す楯無達ではない。

 

「やられたままで逃がすと思う?」

 

 瞬時加速で一気に距離を詰めた楯無のランスが唸る。対しアラクネは再び糸を吐きだしそれを絡め取ろうとした。だが楯無の繰り出したランス。その表面を流れる水の勢いが急激に増し、それを弾き飛ばす。

 

「何っ!?」

「五体満足で居られると思わないでね!」

 

 まさにドリルと呼ぶにふさわしい回転で迫るその攻撃は、当たれば確かに相手の身を引き裂く力を持っていた。楯無も多少は手加減しているので死にはしないだろうが、大きなダメージを負う事は間違いない。アラクネの搭乗者の顔が驚きに染まり、楯無のランスがその腹に突き刺さる。刹那、爆発的な衝撃が走りアラクネは搭乗者ごと吹き飛ばされた。

 

「すげえ……」

 

 思わず一夏が感嘆の声をあげるが、当の楯無はその顔を歪めた。

 

「しまった……!」

「何やってるのもう!」

 

 楯無の言葉と同時に黒いラファールが外へ飛び出す。そこでようやく一夏も気が付いた。今の衝撃でアラクネは外へ出てしまったのだ。逃がさないと言っておいてこれはないだろう。

 

「楯無さん……」

 

若干の非難を込めた目で楯無を見ると彼女は冷や汗を流しつつ慌てて弁解した。

 

「あ、相手もあのギリギリでそうなる様に動いたのよ! ってそれどころじゃないわ、一夏君はそこで待ってて!」

 

 言うがいなや楯無も外へと飛び出す。一夏は若干悩んだが、今の状態で置いてかれるのはどうしても納得がいかなかった。なので自身も白式を展開し外へと出る。

 外は騒然としていた。幸い青い機体が穴を開け、たった今アラクネが吹き飛んだのは第四アリーナの裏側。一般客の入場がある表とは逆だったので人は少ない。だがそれでも零では無いのだ。突然の出来事に混乱した生徒達の悲鳴や怒号が聞こえる。そしてその中心に居るのが先程のアラクネ。その機体は既に起きあがっており、腹を押さえながら怒りに染まった顔で楯無を睨んでいる。そのアラクネに向かい合う様に黒いラファールと楯無のミステリアス・レイディ。そしてその上空では先の青いISと何故かラウラのシュヴァルツェア・レーゲンの姿が見えた。

 そのラウラがちらり、と眼下の光景を見やりそして青いISへ向き直る。

 

「あれも貴様の仲間か。山田先生への攻撃に学園施設の破壊。そして生徒への襲撃。色々と話してもらうぞ」

「随分と喋るのだな。ドイツの遺伝子強化素体(アドヴァンスド)

「! 貴様、何故それを……!」

「言う必要は無い」

「ならば、力づくでも吐かせる!」

 

 ラウラがその両手にプラズマ手刀を展開した。対し青いISも構えようとしたが、不意に眉を寄せると下をちらりと一瞥し、そして忌々しげに下を打つ。

 

「どうやら貴様の相手をする暇が無くなった。命拾いしたな人形もどき」

「何だと……」

 

 ラウラの額に青筋が浮かぶ。今すぐにでも斬りかからんとするがそれを遮る物があった。それは自らのISのハイパーセンサー。そしてそれが示すある数値だ。そしてそれを見たラウラの顔が蒼く染まる。そしてそれは下の楯無、そして一夏も同様だった。

 

「な、なんだよこれ……!」

 

 全員が見ているのはレーダー。そしてそこに映る光点だ。現在ここにいるISは6機。しかしレーダーにはその数倍の数の光点が映されていた。それが何なのか。一夏は恐る恐る空を見渡し思わず顔を引き攣らせた。

 一夏が見たのは30以上の機影がゆっくりと降下してくる姿だった。

 

 

 

 

 

「さて、お祭りも佳境ねえ。今回は博士はまだ出張ってないけど、この後はどうかしらねえ」

 

 ホテルの一室でカテーナは楽しそうに笑いながらコンソールを叩く。彼女の正面の投影ディスプレイでは様々な情報が流れて消えを繰り返している。それらを制御しつつカテーナは新たな画面を呼び出した。

 

「さて、そちらの調子はどうかしら?」

『じゅんちょう。あたらしい、てあし、なかなか、よい』

「それはよかったわねえ。なら援護とテストもかねてちょっと暴れて見ましょうか。まだ完成には遠いけど、実戦は何にも勝る勉強の場よ。」

『りょうかい。まずはえむとさんま、たすける』

「よろしくね、【レギオン】」

『……れぎおん?』

「そう。それが新しいあなたの名前よ。まあ元となった名前には色々由来があるけど、この場では単純に軍団の意味を取ってるわ。あなたは個にして軍団。そんな所ね。どうかしら?」

『……よくわからない。だけど、名前は、うれしい』

 

 うふ、とカテーナは笑う。それは狂気と母性が入り混じったなんとも奇妙な笑みだった。

 

「なら決定ね。それでは期待しているわ。上手くいけば博士がをおびき出せるかもしれないし、そしたらあちらの実験もできるものね」

『りょうかい』

 

 そうして通信が切れるとカテーナは笑みを濃くして頷く。

 

「それに、彼の動きも気になるものねえ。

 

 どこか期待に満ちた言葉を漏らすのだった。

 




オータム&アラクネ魔改造。少し前の話でカテーナに預けられた結果です
因みにオータムみたいなチンピラキャラは好きです。敵としてだけど
それとリムーバーの出番は今回は無しです。   今回は


うっかりたっちゃん
気が付いたら謎属性が。けど完璧ではない(いい意味で)と思ったので

そして無人機ちゃん(仮)に遂に名前が
ちなみに自分は怪獣レギオン大好きです。あの鼻ビームとかかっこよすぎる


そして本題。
学園祭は悩みまくりです。自分で種をまいたののもありますが、書いてるうちにどうしてもずれてきてしまうのがネックです。そのたびに修正してはいますが、この辺りの問題は評価にもダイレクトに着てますね。ここ最近で上下激しかったんで。
ただ一応悩みの山は越えたので後はもうちょっとアクセル踏んでいきたいと思います。
これからもよろしくお願いします。


PS 恋楯好きが意外に多くてちょっぴり嬉しかったり

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