IS~codename blade nine~ 作:きりみや
タグの通りアンチ要素があるので万人受けする内容でないことは承知でしたが、それでも続けてこれたのは読んで下さり色々と感想下さる方たちのお蔭です。
これからもよろしくお願いします。
目前に迫る敵を一夏は焦る気持ちを抑え冷静に見返す。敵の両腕は近接ブレードに変形しており、こちらを切り刻まんとそれを振り上げていた。そんな敵機に対して一夏も《零落白夜》で迎え撃つ。まるで裁断機の様に振り下ろされる敵の攻撃に対し、《零落白夜》を水平に一気に振り抜いた。バチィッ、と互いの武器がぶつかり合った音が響き、互いの距離が詰まる。その異様とも呼べる姿。そして中身の無い無人機と呼べる存在。目と鼻の先にある敵機の姿に一夏は顔を曇らせた。
(これにも束さんが関わっているのか……?)
無人機と束の関係はもはや疑いようも無い。一夏もそれ自体は理解している。否、鈴に叱られて理解させられた。しかしならば目の前のこの機体も束が用意したもので、束は襲撃者達の仲間と言う事だろうか?
だが一夏はその可能性は低い気がしていた。別に以前の様に、ただ否定するだけの様な現実逃避している訳では無い。良くも悪くも、自分の知る篠ノ之束という人物はそれほど他者に興味を示さない。例外は妹である箒と友人である千冬。その弟である一夏位だった。そんな彼女だったからこそ、他者とつるんでまで事を起こそうと考えるとは思えなかったのだ。
だがそうなると別の問題が浮上する。学園祭に紛れて侵入し、自分を襲おうとし、そしてこんな無人機の様な兵器を持ち出す者達とは一体何者なのか?
「こいつらを倒して調べるしかないんだよな!」
―――接近警報!
つば競り合いを続ける一夏の背後に新たな敵影が2機。一夏は慌てて目の前の敵を蹴ると距離を離し上へと逃げる。しかしその先にも更に1機、先回りした敵が銃口を構えていた。
「この野郎!」
囲まれた一夏と白式。それに対し一夏が取った行動は回避でも防御でも無く突進。白式に命令を送り瞬時加速を発動させた。一気に視界が変わっていく中、加速された思考で相手との距離を測り、斬る!
防御する暇も無かった敵は文字通り真っ二つに両断され墜落して行った。
「よし、これで――」
「馬鹿一夏! 止まってるんじゃないわよ!」
聞こえたのは鈴の怒鳴り声。同時に自分の横を巨大な何かかが通り過ぎていった様な感覚と真横から金属がひしゃげる様な音が響いた。驚き目を向けるとそこには胴体を巨大なハンマーで殴られた様に陥没させた敵機の姿があった。その敵は頭部の黄色に光る部位を不規則に点滅させながらよろよろと一夏に近づこうとし、しかしその体を縦に真っ二つに断ち切られた。そして真っ二つに裂けた機体の後ろから《双天牙月》を振り下ろした鈴の甲龍の姿が現れる。
「こんだけ敵が居んのよ、一機倒したからって油断しちゃ――」
「ああ、駄目だな!」
答えつつも一夏が左腕の荷電粒子砲《雪羅》を鈴の背後に向けて撃つ。ぎょっ、とした顔の鈴の真横を通った破壊の光は鈴の背後から迫っていた別の敵を撃ち抜き撃墜した。
「……やるじゃない」
「お互い様だろ」
若干悔しそうな鈴と、汚名返上とばかりに笑う一夏。だが敵はまだ全て倒された訳では無い。二人の周囲では、箒の紅椿が敵と剣戟を交わし、ラウラのシュバルツェア・レーゲンがレールガンで敵を撃ち抜いている。距離を離した場所ではどこか動きがぎこちないセシリアのブルー・ティアーズが敵の猛攻を回避しつつビットとライフルで敵を撃ち抜いている。他の場所でも楯無のミステリアス・レイデイ、謎の黒いラファール、おそらく二年三年の専用機らしき機体。そして訓練機のラファールや打鉄が戦闘を繰り広げていた。
「最初は数が多いと思ったけど、性能は対したことないしこっちの味方も増えたからだいぶ楽だな……」
「だからと言って油断して客に被害が行ったら意味ないわよ」
「その通りだ。長引けばそれだけ危険が増す」
「ラウラ」
二人の横にラウラが舞い降りる。続いて箒、セシリアもだ。皆を見回し不意に一夏は首を傾げた。
「そういえばシャルロットはどうしたんだ?」
彼女とて専用機持ちであるし、そもそもこんな状況を見て放って置ける人物で無い事は知っている。しかし白式が感知できる範囲にはシャルロットのラファール・リヴァイヴカスタムⅡの反応は無かった。
「シャルロットは別用だ」
「別用って何よ?」
「後で話す。それより今は目の前の敵だ」
有無を言わさぬラウラの様子に鈴も仕方なしに引き下がる。敵は減ってきているがまだ残っている。話は後で聞けばいいと判断したのだ。その辺りの切り替え方は流石は代表候補生といった所か。
「ん?」
不意に視界の端に新たに空に上がった機影に眼が移る。そしてその搭乗者を見て一夏は思わず声を上げた。
「千冬姉?」
「え、うそっ?」
「教官?」
各々もそれを確認して小さく驚く。確かに状況故に千冬が出てくるのはおかしくないが、てっきりいつもの様に指揮をしているかと思ったのだ。
千冬が搭乗しているのは打鉄。その手に巨大な物理ブレードを手に空へと上がると同時に通信が来た。
『一年の専用機共、無事だな』
「あ、ああ。それより千冬ね――」
『ならあとは全て任せろ』
「教官、いくらなんでもそれは……」
突然何を言っているのか。一夏も鈴も、そしてラウラも首を傾げる。だが答えは直ぐに分かった。視界に捉えていた千冬の打鉄が文字通り消えたのだ。そして数瞬遅れて近くの敵が急に真っ二つに割れた。
「は?」
意味が分からず一夏が間抜けな声を漏らす。だが事態はそれだけに留まらない。更に一機、二機と敵が破壊されていく。そしてその合間合間に千冬の打鉄が見えるので、千冬の仕業なのだろう。縦横無尽に飛ぶ千冬は瞬時加速で敵に突撃し斬り伏せ、そしてまた瞬時加速で別の敵へと。次々と破壊していく。
「……あれ打鉄だよな?」
「……その筈だ」
「デタラメですわ……」
「す、凄まじい……」
「というか何でエネルギーが持つのよ」
各々が呆然と声を漏らす。それに鈴の疑問も最もだ。あんな動きをしていれば直ぐにエネルギーが尽きる。だがそれが分からない千冬では無い。よくよく見れば、敵が直線状に並んだ瞬間に瞬時加速を行いまとめて複数機を切り伏せている。呆れるほどのデタラメさだった。
(これが千冬姉)
千冬の強さは今まで何度も見て来たし十二分に分かっては居たが、改めて実感し身が震える。そして同時に白騎士事件を思い出した。
かつて日本に迫った1000を超えるミサイルの半数以上を破壊し、捕らえに来た各国の戦闘機や戦艦を根こそぎ無力化したあの事件。この事件でIS恐れられたのはISの力だけでは無い。これだけの事をしでかしながら、死者は皆無と言う異常性。そんな異常な記録を叩きだした技術にもだ。
常識的に考えればこれだけの事をしでかして、捕らえに来た各国の部隊に死者が皆無と言うのはありえない。だがそのありえない事を成してしまった。ありとあらゆる戦闘機の武装を破壊し、戦闘不能なレベルにする様に手加減しつつそれらを相手取り、勝利した。それを成し得てしまう技術と力があったからこそ、世界はISの異常さを知り、今の世界になったのだ。そしてその白騎士の正体は、おそらくは束と千冬。確証はないが十中八九そうであろうと一夏は考えている。それだけの技術を持つ千冬なら、例え訓練機でもこれ程の戦果を出すのも容易なのかもしれない。
気が付けば敵の殆どは千冬によって斬られ地に落とされていた。そして残りの敵も千冬の手によってその時を終わろうとしている。だが不意にその敵の動きが止まった。それを見た千冬が何かに気づき、咄嗟に急停止したかと思うと背後に飛んだ。
『全員、敵から離れろ!』
「!?」
突然の命令にも関わらず戦場に居た全員が従ったのは、普段の授業による厳しい指導のお蔭か。訳が分からずも、全員が反射的に動いた。それに少し遅れて敵機が赤く膨れ上がり、轟音と共に爆ぜる。
「自爆した?」
戦況が不利と悟ったかそれとも別の理由からか。倒した機体も、既に撃墜済みの物も次々に自爆していく。幸い爆発の規模は大きく無くこちらにも学園にも被害は殆ど無かった。後に残ったのは火と煙を上げる無残な残骸だけだ。
「全員無事だな」
ふわり、と一夏達の隣に千冬の打鉄が舞い降りる。機体のスラスターは火を噴いており、今にも壊れてその力を無くしそうな程である。やはりなんの調整もされていない訓練機でのあの動きは負荷が高すぎたのだろう。
「千冬姉、敵は」
『本命には逃げられた。こいつらも時間稼ぎが終わったと言う事だろう』
千冬が空を見上げながら苛立ち気に答える。その視線の先を追うと件の黒い翼のISの姿は見えるが逃げられたのか敵の姿は無い。
『織斑先生私らの獲物まで盗らないで下さいよー』
『まあそれでも対した獲物でも無かったですが』
「黙れ。そんな事を言っていた場合か」
何やら迎撃に出ていた二年、三年の専用機持ち達が漏らした不満を千冬は一蹴した。しかし彼女らのその余裕な様子に一夏達は複雑な心境だ。苦戦とまでは行かなくとも、自分達が手こずっていた相手に対してあの反応。それは彼我の実力差を表しているからだ。
一夏がそんな事を考えていると、上空の黒い翼のIS。そして黒いラファールが高度を上げ始めた。何時の様に撤退する気だろう。
「待ってくれ!」
思わず呼び止める。幸い声は届いた様で、二機は空中で静止しこちらを見下ろした。
「無事だったんだな……逃げれたとは聞いていたけど心配だったんだ」
思い出すのは臨海学校の事。あの黒い翼のISは銀の福音を倒した後、戦闘で追った深手をそのままにアメリカ軍からの追跡を受けていた筈だ。その後、追跡は撒いたとは千冬から聞いていたがあの傷だ。本当に無事だったのかは不明だったのだ。
「だけど何で何時も助けてくれるんだ? そもそもお前……いや、あなたは誰なんだ?」
「……」
それは一夏にとって重要な質問だ。いつも自分達を護ってくれるからというだけでは無い。それだけの事を成すその力。それに憧れと若干の悔しさを感じていたのだ。だが黒い翼のISは何も答えない。話はそれだけかと言わんばかりに一夏達から顔を逸らした。
「ちょっと、無視は酷いんじゃない!?」
「そうですわ。それに貴方も怪我をしていますし治療を」
鈴とセシリアも声を上げる。箒とラウラも同意の様で黒い翼のISを見つめていた。
『
「え?」
そんな一夏達に何かを感じたのか、それとも気まぐれか。黒い翼のISは機械によって変換された声で一言だけそう言うと今度こそ黒い翼のIS――黒翼と黒いラファールはその翼のスラスターを吹かしそこから離脱していったのだった。
「こく、よく? もしかして名前か何かなのか……?」
「っぽいわね。っていうか結局何者か分からなかったじゃない!」
「そうだな。だが敵では無い……そう思いたいものだ」
ラウラの呟きにセシリアと箒も頷く。しかし千冬だけは厳しい目で黒翼が消えていった空を見つめ続けていた。
流石にあんな騒ぎの後では学園祭の続行は不可能だった。とは言っても、元々昼も過ぎてほとんどの出し物も閉店ムードの最中の出来事であった為、生徒達も渋々ながらも納得した。一般客も一部を除きそれほどパニックと言う事は無く、中にはISでの戦闘を間近で見られて興奮する者や、感心する者も居た。それらの一般客は口々に興奮や不安の声を漏らしながらもIS学園から去っていく。無論、その際には教師陣のISがハイパーセンサーによる厳重なチェックを通ってからだが。だが幸い捕らえた侵入者以外には怪しい者は居らず、特に混乱も無くそれは終わった。そして現在は現場検証と事情聴取が行われている。
「川村は何処だ?」
「川村君は彼らの目的の一つだったと言う事もあり、一時的に学園から遠ざけました。後ほどこちらに帰ってきます」
千冬の問いに答えのは虚。静司の秘密を知る更識家に仕える人間である。実際の所は、静司は学園から撤退しつつ各国の追跡を逃れるために色々を行っていた為に戻ってくるのに時間がかかるのだ。だが流石に臨海学校の時の様に軍の部隊が追跡に来ることは無く、多少面倒ながらも無事に撒いていた。
そしてここにも二人、事件の重要人物が向かい合っていた。
「そろそろ私は帰る。件の新型の件もあるしな」
「そう、ですか」
ユーグ・デュノアとシャルロット・デュノア。複雑な関係の親子である。二人は早々に事情聴取を終え解放されたのだ。
二人から少し離れた所では理沙ことC12が念の為に護衛に付いている。そして千冬や他の更識家もだ。
「……」
「……」
お互いに無言の時が流れる。お互いに何を話せばいいのか分からず、しかしこのまま終わってはいけない。そんな想いに突き動かされてシャルロットが声を上げる。
「あ、あの」
「何だ?」
「そ、その……先程の答えを聞く日を楽しみにしています」
答え――それは先程自分を襲った侵入者に対し立ち塞がった事。その理由とそれに至った心の内をいつか聞ければと。シャルロットは願った。
「ああ、そうだな」
ユーグは相変わらずの難しい顔をしていたが静かに頷く。そんな彼に声がかかる。更識家の者で、念の為護衛していくので帰る準備をとの事だった。そんな声を聞いてシャルロットは若干の寂しさを感じてしまった。だがそれを表に出さない様に無理やり笑顔を作ると小さくお辞儀した。
「それでは、また」
「ああ」
次にいつ会おう。そんな親子なら何の問題も無さそうな約束も出来ないのが今の二人の距離。それを改めて実感しつつ、シャルロットは護衛に連れられて去っていく父の姿を見送る。
「一つ、言い忘れた」
不意にユーグが立ち止まる。但し顔をはこちらに向けずにだが。
「お前が望むなら、敬語でなくても構わん。
「――っ!」
顔は見えない。どんな心境で言ったのかもわからない。だけどその言葉はまるで、まるで自分の事を娘と見てくれている様で。
これはきっと喜びだろう。間違いなく自分は、今の言葉が嬉しいのだ。だから、だから今自分は涙を流しているのだ。だから自分も答えよう。父の言葉に対して、それにあった形で。
「うんっ!」
涙でくしゃくしゃになった笑顔で、シャルロットはそう答えたのだった。
「これで一歩前進……かしらね。色々あったけどまあ良しとしましょう」
遠くからその様子を見ていた由香里が満足そうに頷く。その近くではC1が呆れた様な顔で控えていた。
「この為だけにここに学園に来たんですか?」
「まさか! 勿論静司に会うのも含まれているわよ? 後未来の娘候補達」
「達ってアンタ……なんて羨ましいっ」
「ふふふ。今すぐに警察に突き出すわよ? それより報告!」
「いや、待てよ……? そうなれば俺は所謂『
ブツブツ呟くC1の腹に由香里のハイヒールが突き刺ささる。由香里は笑顔に青筋を浮かべながら再度命令する。
「ほ・う・こ・く」
「りょ、了解……。えーと、会社の方は先の報告通り人的被害は少ないです。施設の一部が盛大にぶっ壊れていますが、まあ大丈夫でしょう。問題は奪われたデータです」
「静司に関連するデータの一部ね。と言う事はVプロジェクトについても?」
「おそらく。全てとは言いませんが、概要さえ掴まれてしまえば芋づる式に知られる事でしょう」
「それは嫌な話ね。私達にとっても。
「全て更識家に引き渡しています。流石にこれだけ公にやられるとうちでこっそり、という訳には行かないんで。勿論尋問には参加しますがね。で、連中が持っていたのがコレ」
そう言ってC1が端末を操作し由香里に見せる。その内容を見て由香里は眉を潜めた。
「完璧では無いにしてもハイパーセンサーの簡易スキャンから逃れるためのステルスシステムね。こんなものをあんな連中がどうやって手に入れたのかしら?」
「確かに何名か軍関係者が居ましたよ。とは言っても末端が殆どですし、こんな物手に入れられるとは思えませんね。第一本来これはかなり高価な上に未だ試作段階ですよ? まあ施策故に完璧では無いんですが、そう簡単に手に入れられるものでも無い。と、なると考えられるのは一つ」
「サイレント・ゼフィルスとアラクネの連中の仕業ね。囮、陽動の為の主義者だとしたら連中を尋問しても大した情報は得られないわね」
ちっ、と苛立ち気に足元の石を蹴る。結局、何かを知っているであろう本命には逃げられた挙句、こちらは黒翼だけでなくB2のラファールまでもが衆目に晒す事になった。
「それと気になる点が一つ」
C1が若干の戸惑いを含ませて続ける。彼のそんな珍しい様子に由香里は悪い予感がした。
「そのサイレント・ゼフィルスの搭乗者、どうもValkyrie projectの関係者の様です」
「なんですって……?」
それは彼女を動揺させるには十分な報告だった。
薄暗く陰気な部屋。桐生はその部屋で椅子に座り、複数のモニターと対峙していた。モニターの数は幾つもあり、そこには老若男女様々な顔が映し出されている。これらは全てIS委員会のメンバーだ。
『学園への襲撃、これで何度目だ?』
『やはり日本に任せるのは失敗だったのでは』
『更識家とやらも存外役に立たないですね』
(勝手な事を言うなあ)
外面はニコニコとしながらも、内心で桐生は呆れていた。そもそもIS学園の運営を丸投げしたのは自分達だと言うのに。
『やはり兼ねてからの案を進めるべきだ』
『IS学園に部隊を常駐させるという案ですか? ですがどこがそんな人員を出すのです?』
『我々に任せて貰えば――』
『ふん、貴様ら等に任せられるか。私の国から出す』
『ふざけないでいただきたい。そんな事なら私が手配します』
(本当に、勝手だ)
今度はあからさまにため息を吐いてしまう。彼らが揉めている案とは『非常時に備えてIS学園に部隊を配備する』という件だ。だが元はと言えば、IS学園の運営及び警備は日本が負う事になっていた。早い話、面倒なものは丸投げされていたのだ。学園の警備も本気でやろうと思えばISが必要となる。しかしそうなるISとその搭乗者を学園に常駐させなければならず、それを当初は誰もが拒否したのだ。ISはまさに日進月歩と言う様に進化が進んでいる。そんな中、子供のお守りに自国のISとその搭乗者を派遣するという事を嫌がったのだ。
だが今、そんな意見を忘れたように揉め事が起きている。その原因は一夏や静司達にあった。一夏の近くにが篠ノ之束の妹であり、現代最新鋭のISを持つ篠ノ之箒が居る。これは各国とも喉から手が出る程欲しい物だ。最悪データだけでも取り続けたい。それは一夏の白式とて同じだ。
そしてもう一つの理由が無人機と黒翼の存在。どちらもどこに所属しているのかも知れず、しかし興味深い能力を持った兵器。これに関する調査と、あわよくば捕獲。それはどの国も考えている事だ。そしてここ最近の学園のへの襲撃の連続によりその声は大きくなり、今回の件で更に油が注がれた。早い話、学園を守る為という名目の下に学園内での調査や活動を考えているのだ。表向きにはIS学園はどの国にも属さないという事になっている為、今まではそれが出来なかった。だが今が好機と見たのだろう。桐生の眼の前では醜い争いが続いていた。
『いい加減にしないか。争う為に集まった訳ではあるまい』
いい加減話が進まないと思ったのだろう。委員長の声で一度が声が収まる。
『確かに今までIS学園と更識家に任せきりだったのも事実だ。しかしそれでも今までは問題なかった。しかし今、具体的に言ってしまえば男性操縦者の登場以降、同じやり方では駄目だと言うのも事実』
『ならば――』
『まあ待ちたまえ。だからと言っていきなり乗り込んでも反感を買うだけだ。それだけならまだしもお互いに足を引っ張っては仕方あるまい?』
『……』
正論だ、と桐生は頷く。しかしならばこの騒ぎをどう収集つけるのか?
『常駐は突然は難しいだろう。だから要所要所で派遣すればいい。メンバーは各国から募り、然るべきタイミングで派遣する。連携などの訓練は必要だろうがそれでどうだろう?』
つまり常時待機でなく、必要時だけに投入するという事。確かに今まで騒ぎが起こったのは決まってIS学園で何かしらのイベントがある時ばかりだ。敵もあからさまにそれを狙ってくるのだからこちらもそれに対応するという事か。
『言いたいことはわかるがね、敵がそうそうタイミングよく来るかね?』
『しかし今までの事件が事件ですから。勿論今までのがそう思わせるフェイクと言う可能性もありますが、一先ずはそれでも良いかと』
他の面々も不承不承という感じではあるが同意する。ここで争い続けても得は無いと判断したのだろう。それに常駐となればそれなりの規模が必要になるが、その間自国の守りが薄くなるのも確かなのだ。
『それではこの件はその様に進める事とする。承認を』
『異議なし。承認します』
『同じく。承認します』
(大有りだけど仕方ないね。これから彼らはさらに大変になるだろうなあ。出来る限りフォローしたいけど下手に反対すると疑われそうだ)
表向きでは同意しつつも、内心ではこの先の展開を悩み始める桐生だった。
日も暮れ、夜空に月が上る頃。静司は密かにIS学園に帰還していた。これまで各国の追跡を逃れ、その後が逆にこっそりと侵入すると言う面倒事を行っていた為に大分遅くなってしまった。今までならもう少しスムーズだったのだが、今回は学園祭と言う事もあり普段よりも各国、各組織の監視も厳しく中々難儀した。そしてようやく、学園内部から更識家の手を借りつつ帰還したのだ。
暗がりの学園敷地内。しかし遠くから音が聞こえる。到着前に聞いた話だが、どうやらアリーナで打ち上げパーティーをしているらしい。あんな事があった後だと言うのにとも思ったが、どうも中途半端に終わってしまった学園祭の続きという訳らしい。それと生徒達へのガス抜きも兼ねているとか。確かに楯無も学園祭の前に生徒達のガス抜きが必要だと言っていた。そうでなければいつか不満や抑圧が爆発する。教師陣もそれが分かってるからこそ許可したのだろう。そしてこれが本音の言っていた『学園祭の後の面白い事』だとあたりをつける。
そんな人気のない敷地内を歩きつつ、静司が考えるのは先程の敵の事だ。あの奇妙な感覚を感じたサイレント・ゼフィルスとその搭乗者。あれは一体なんだったのか。何故敵に対して安らぎなどと言う場違いな感覚を覚えたのか。疑問は尽きない。
何となく、直ぐにアリーナに行く気にはならず校舎へと足を向ける。夜の校舎は人気が無く、非常灯の薄暗い明かりがどこか不気味さを醸し出していた。そのまま当ても無く歩いていく。そして歩いている内に一つ、目を引く者があった。
『ISの歴史』
それは一年四組の出し物。恐らくはISに不慣れな一般客向けに作ったのであろう。教室の外から中にかけて年表や、実際の部品など様々な物が解説付きで展示されていた。
「……」
ふらり、と教室内に入る。当然ながら人気は無く展示物たちが非常灯と月明かりに照らされているだけだ。そんな教室内をゆっくりと見回し、そして一つの写真に眼が止まる。それは年表の一部であり、そこだけは大きなパネルで一人の女性の姿が映し出されていた。
『IS開発者。稀代の天才。人類の新たな道標――篠ノ之束』
そこには笑顔で、しかしどこか小馬鹿にしたような顔の篠ノ之束の姿が写っていた。だがそのパネルと共に書いてある言葉が静司の心をざわつかせる。
(全ての始まり……)
ISの生みの親。自分や姉達の様な存在が生まれた原因。主義者が肯定する者。自分が否定する者。誰かが崇め、誰かが恨む。そんな混沌とした存在。
(ならば奴は?)
サイレント・ゼフィルスの搭乗者はどうなのだろうか? 篠ノ之束を崇めているのか、恨んでいるのか。それとも何とも思っていないのか。そして何故自分そんな事を考えてしまうのか。なぜこれほどまでに気になるのか。
ゆっくりと左腕を伸ばす。左腕の偽装が消え鋼鉄の腕が現れる。その尖った指先が写真の束の顔に突き刺さろうとして、しかしその手を止めた。
「馬鹿か俺は」
これは唯の写真。しかしこのクラスの生徒達が一生懸命作ったであろう物だ。それを悩んだ挙句の八つ当たりの様に壊すなどもっての外。
「本音たちの所へ戻ろう」
パネルから目を逸らし教室から出ようとして、不意に立ち止まる。自分の進路方向の先。そこにいつの間にか女子生徒が立っていた。
肩にかかるより少しセミロングの髪は癖毛らしく大きく内側にハネている。細く少し垂れがちの眼はどこか虚ろだ。そして実用性しか見ていなそうな長方形の眼鏡をかけた少女を静司は知っていた。
(更識簪?)
そう、それは楯無の妹である更識簪だった。彼女は静司の顔は見ず、その左腕だけを凝視してた。
「何か用か?」
「っ」
話しかけるとびくっ、と肩を震わせるが直ぐに首を振る。
「……忘れ物を取りに来ただけ」
「……そうか。悪かったな邪魔して」
軽く頭を下げると静司扉へ向かう。必然的に簪に近寄る事になると彼女は慌てて一歩引いて道を作った。その反応に一瞬首を捻るが直ぐに合点がいった。
(メガネかけても怖いものは怖い、と言われたこともあったっけ……)
髪を切って以来、その人相の悪さからか相応数の生徒達にビビられた静司だ。眼鏡をかけて大分緩和されているものの、慣れていない相手だとやはり怖がらせてしまうらしい。なんだか久しぶりの感覚である。無論、嬉しくないが。
なんだか空しい気分になりつつ教室から出ていく。そんな静司の背中に声がかかる。
「……あなたはISを憎むの?」
「……いや」
おそらく先程の場面を見られていたのだろう。腕を見ても驚かないと言う事は、更識家として自分の事を知っているからか。
「……なら篠ノ之博士?」
「…………何故そんな事を聞く」
振り返ると簪が再度肩を震わせた。そして目を逸らしたまま問う。
「……あなたの腕を見て少し気になっただけ。忘れて」
それだけ言うと簪は教室へ入って行く。そんな背中に今度は静司が問う。
「なあ、君はどうしても許せない事ってあるか?」
そんな静司の言葉に簪は足を止めた。
「納得できない事なら誰にでもあると、思う」
「なら、それに対して君はどうするんだ?」
「……見返す」
それだけ言うと簪は教室の中に消えていった。後に残された静司は「そうか」とだけ呟くとアリーナに向けて歩き出すのだった。
「あ、かわむー」
「静司! 遅かったね」
「まあ色々あって……ね?」
アリーナの中が結構な騒ぎになっていた。どうやって準備したのか、あちこちに料理が並び立食式で各々が口に運んでいる。会場には音楽が流れ、興の乗った生徒同士が躍っていた。端の方では何故かIS同士が躍っており、それを周りは声を上げて笑って見物していた。そして何より目を引くのは結構な数の生徒が仮装をしている事にあった。それは純白のドレスから謎のミイラ女まで様々であり、なんでもござれといった所か。
「何だこのカオスな騒ぎは……」
「打ち上げだよ~。中止にするかもって話も合ったけど、無理やり実行~」
「あ、あはははは」
本音の答えにシャルロットは苦笑い。しかしそんな二人もしっかり仮装していた。シャルロットは頭に犬耳を付け、何やら巫女の着る袴の様な物を着ていた。
本音は黒いローブに身を包みとんがり帽子を被っている。片手にはよくわから無い杖の様な物を持っていた。
「本音はまあ分かるとして、シャルロットは何のコスプレだそれ?」
「え、えっと犬耳巫女娘……」
顔を赤くして恥ずかしそうに答える。というか本当に恥ずかしいのだろう。それを見てこれは本音の差し金だと気づく。
「そして私は魔女だよ~。わるいこはいねーが~?」
「いやそれ違うから」
わーい、と杖を振る本音に思わず突っ込む。それから未だに恥ずかしそうに俯くシャルロットの頭をぽんと、叩く。
「親父さんとは大丈夫だったか?」
「う、うん! 良い事もあったかな」
ぱあぁと顔を明るくする様子に静司も安心した。この様子なら大丈夫だろう。そんな静司の顔を本音は覗き込む。
「ん~? かわむーも大丈夫?」
「っ、あ、ああ。問題ないよ」
相変わらず鋭い。顔には出してないつもりだったがどうやら少し感づかれたらしい。だからそれを誤魔化す様にとんがり帽子の天辺をぽんぽんと叩く。本音は「わ~」と驚いてるのか、楽しんでいるのか分からない様な声で頭を振っていた。
と、不意に遠くから叫び声が聞こえた。
「一夏! 待ちなさい!」
「逃がさんぞ!」
「おほほほ、お二人とも邪魔ですわ!」
「ふむ、こういうのも悪く無い」
「だ、だから順番に踊ればいいじゃないか……ってうわあ!?」
声の先を見れば何時ものメンバーによる何時もの様な光景が広がっている。それぞれドレス(シンデレラだろうか?)を着た鈴、箒、セシリア、ラウラが互いを牽制しながら一夏を追っている。周りは何時もの光景だと言わんばかりに面白そうに眺めていた。
「なんというか、いつもながら大変だな……」
「皆元気だね~」
「あ、あはははは……」
しかしいつも通りのこの光景こそが自分の居たい場所、戻りたい場所へ戻ってきたという実感がわく。それは勿論隣にいる彼女達の存在もそうだ。だから今は、今だけは他の事を忘れてこの幸せを実感したい。
「じゃあ私達も踊ろう~。しゃるるんも手~」
「え? それは良いけど三人でどうやって踊るの?」
「てきと~でおっけ~」
本音が静司とシャルロットの手を引っ張っていく。それに慌てて付いていくシャルロット。それらを眺めながら静司はしばし、心を休めるのだった。
「で、何踊るんだ? というか俺ダンスなんて知らないんだが」
「えーとね、カバディ!」
「それ踊り!?」
その来訪者はカテーナにとって予想外だった。亡国機業の実働部隊。そのメンバーが寝泊まりするマンションの一室、カテーナにあてがわれたその部屋にやって来たのは謎の多いメンバーの一人、エムだ。
「あの黒いISに付いて教えろ」
部屋に入るなり開口一番エムが発した言葉にカテーナは思わず笑ってしまう。
「エム、流石にそれはいきなり過ぎる気がするわねえ」
「知った事か。それよりも知っている事を教えろ」
「ふうん?」
エムがここまで執着するのは珍しい。その対象は織斑千冬だけかと思っていた。しかしつい先程手に入れた情報の事を思えばそれも当然だろう。そう、K・アドヴァンス社から手に入れた情報を考えれば――
「いいわよ。だけど一つ、私も教えて欲しい事があるのよねえ」
「……」
エムは無言。だがそれはこちらを促している物だと察し、カテーナは続ける。
「答えるのは情報を教えてからでいいわよぉ。どちらかと言うと確証が欲しいだけだからねえ」
「何……?」
「うふ」
そう笑うとカテーナは手元の端末を叩く。そして部屋の巨大スクリーンに入手したての情報を表示した。
エムはそれを無感動な目で見つめていたが、やがてその眼が見開き次第に口元が吊り上っていく。
「ふ、ふふふふふははははは! そうか、そういう事か!」
普段のエムを知る者が今のエムを見たら驚く事だろう。カテーナもここまで大きな反応を示すエムは初めて見た。それほどまでにエムの心を動かす情報がそこには合ったのだろう。
ひとしきり笑い終え、しかし相変わらず笑みを浮かべるエムにカテーナは問う。
「喜んでいただけたようねえ。では私の質問よ。エム、あなたは何者?」
エムはその問いに眉を潜める。
「ふん、気づいているのだろう?」
「ええまあね。けど確証が欲しいのよ。他でも無い、あなたの言葉で」
そのカテーナの言葉にエムはいいだろう、と答えると昏く、どこか邪悪さを感じる笑みで口を開く。
「私はな、この男の
ちょっぴり簪登場。そして予想外に長くなった学園祭に一区切り。
本当は束の話を少し入れたかったのですがキリがよくなかったので次話以降に入れようかと思います。