IS~codename blade nine~   作:きりみや

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今回のは閑話ですらない思いつきのネタ集みたいなものです。
考えてはいたけれどあまりにもどうでもよかったのでカットしたり、入れる隙がなかったりしたネタなので時系列とかあんまり気にせず読んでいただければと。
なのでタイトルも閑話でなく小話に


小話:どうしようもない人たち

彼女の趣味

 

 

 

 夏。照りつける太陽が地上の人々の体力と水分を奪っていく季節。そんな季節にも関わらず、途方もない数の人々がひしめく場所があった。

 

「あ、暑い……死にそう……」

「人も多すぎてこれは……」

 

 年に二回、関東で行われる祭典。その会場内を歩くのは鏡ナギと谷本癒子。二人は全身にびっしょりと汗を流しながらげんなりとした様子で歩いていた。彼女達の服装は何時もの制服とは違い、動きやすい私服。流行に乗りつつも自分なりのお洒落を加えた二人の姿は道行く人々を振り向かせるのに十分だった。しかし今の二人にそれを気にする余裕は無い。それほどまでに疲弊しているのだ。

 それなのに、

 

「ナギーにゆーこ、次に行こう~」

 

 何故目の前の友人はピンピンしてるのだろうか? 

 二人は納得のいかない顔でその友人――布仏本音に視線を向ける。

 

「どーしたの~?」

「いや、どうしたもこうしたも」

「なんで本音はそんなに元気なのかなーって」

 

 えー? と首を捻る本音に対し二人はますます納得がいかない。何故なら本音は何時もの制服の様にだぼだぼの緩い長袖の服を着ているのだ。あれで暑く無い筈が無い。実際彼女も少し汗をかいている。しかしそれに堪えた様子も無く平然としている。

 

「こ、これが慣れと言うものなのかしら。興味本意で来たけどちょっと舐めてたかも」

「確かにね」

 

 しかしこれも友達付き合いの一つ。それに大切な友人の趣味なのだから知ること自体は悪く無い筈だ。それに漫画などは本音の影響もあって好きな方だし、それなりに楽しんでもいる。あとは気合次第といった所か。二人はそう言い聞かせて気を奮い立たせる。

 そうして再び進み始めた三人だが、不意に本音が人とぶつかってしまった。思わず尻餅をついた本音に二人は慌てて駆け寄る。

 

「本音大丈夫!?」

「うひひ、だいじょーぶ」

 

 幸い怪我は無いようで、相変わらずの呑気な笑みを浮かべて手を振る友人に二人はほっとする。

 

「申し訳ありません。私の不注意でした」

 

 本音にぶつかった女性は謝罪の言葉を口にすると、助け起こすべく手を伸ばし、しかしその眼が見開かれた。

 

「あなたは……」

「?」

 

 本音は訳も分からず首を傾げる。そんな様子を見た女性は直ぐに表情を戻すと本音に手を貸し助け起こす。

 

「申し訳ありませんでした。私の不注意です」

「こちらこそごめんなさい~」

 

 お互いに頭を下げると、女性は『それでは』と一言だけ残し去って行った。そんな女性の後ろ姿を本音は首を傾げながら見つめる。

 

「どうしたの?」

「うーん? どこかで会った事ある様な……?」

 

 しかし思い出せないのか首を傾げている本音にナギと癒子の二人は笑う。

 

「ま、思い出せないなら気のせいじゃない? それより次いくんでしょ?」

「そうだね。重要だったまた思い出すよ」

「んーそうだね~。じぁあ次にれっつごー」

 

 そうして三人は再び歩きだした。

 

 

 

 そこから少し離れた場所。本音たちが消えていくのを気配で感じ取り、女性は息を付いた。

 

「まさかこんな所で出会うとは」

 

 想わぬ偶然に一瞬焦ったが、変装していた為か相手は気づかなかったようだ。

 

「さて……」

 

 どうしたものか、と少し悩んだが結局はこのまま。何もしない事にする。何せ今日は祭りだ。無粋な真似は止すとする。何よりも自分が楽しむ為だが。

 

「では、気を取り直して行くとしましょう」

 

 そう言って女性――シェーリは再び歩き出す。その手に戦利品を手にする為に。

 

 

 

 

 

 

 惨劇

 

 

 

 始まりは一夏の何気ない一言だった。

 

「鈴の料理美味いよな」

 

 時刻は昼過ぎ。食堂で何時もの面子で食事をしている時に一夏が不意に思い出したかのように言った。

突然の事に鈴は一瞬止まり、そして好きな男から褒められたことに気を良くして自慢げに胸を逸らす。

 

「ふ、ふん! 当然でしょ!」

 

 ふふん、と笑う鈴の頬は少し赤い。だがそれを見ていて面白くないのは箒達だ。

 

「待て、私だって料理には自信があるぞ」

「ふむ。私も自分で作る事はある」

「わ、わたくしもですわ!」

 

 箒、ラウラ、セシリアが次々に口を開く。但しセシリアだけは若干声が上ずっていたが。

 

「ああ、確かに箒も和食の美味いよなー。ラウラも料理するのか?」

「当然だ。部隊で習った」

「部隊……?」

 

 その話を横で聞いていた静司は何か嫌な予感がしたがとりあえずスルーする事にして、目の前のラーメンを啜りつつ一夏達の話を眺めていた。因みにその両隣では本音がホットケーキを頬張り、シャルロットがテリーヌを食べている。更に本音の隣にはナギと癒子も居る。

 

「わ、わたくしだってあれから修行を積みました!」

「そ、そうか。うん、練習は大事だよな」

 

 ぐいっ、と身を乗り出し必死に叫ぶセシリアに一夏も思わず頷く。以前セシリアが作った料理を食べた事があるがそれはもう大層なお味(・・・・・)だったのだ。流石にそのままではまずいと思い指摘したのだが。

 ここまでの話の流れで静司の嫌な予感が更に増す。何となくシャルロットの方を見てみると彼女もピタリ、と停止して何かを警戒していた。反対の本音は相変わらずニコニコとホットケーキを頬張っているが、食べる速度が若干上がっていた。ナギと癒子も脂汗を流している。

 

「ま、精進しなさいセシリア。けど私には及ばないけどね!」

「な、なんですって!?」

「まて、鈴。それではまるで自分が一番上手いと言っている様にも聞こえるぞ!」

「その通りだけど?」

「それは聞き捨てならんな……」

 

 徐々にヒートアップしていく三人。ここに来て静司の嫌な予感は半ば確信へと変わり早々にスープを平らげ席から離れる事を決めた。シャルロットを見ると顔色を青くしつつ無言でコクコク、と頷く。ならば本音はと言うと静司の制服の裾を引っ張り残念そうな顔でまだ口を付けていないホットケーキを一枚差し出した。大の甘党の筈のその行動も、静司は全てを理解していた為に無言で頷くと一気に口に押し込んでぐっ、とサムズアップ。見れば癒子とナギも早々に料理を口に押し込み既にトレイを手に立ち上がろうとしてた。

 

――行くぞ。

――うん。

 

 そんな会話を視線で交わし、静司達がいざ離脱しようとしたその時、

 

「ならば勝負ですわ! この場に居る人間で決着を付けましょう!」

「いいわよ。現実って物を見せてあげるわ」

「勝負を挑まれては引けんな……」

「いいだろう。ならば審査員は静司達に任せるとしよう」

 

 そんな言葉と共に今まさに離脱しようとした者達の肩ががしっ、と掴まれる。

 

 逃げそびれた。

 

 それを理解した途端、静司達の目の前が真っ暗になったとか。

 

 

 

 

 

「と、言う事で『織斑&川村集団 チキチキ料理対決』を開始しましょう! 司会は皆のたっちゃんこと更識楯無が行うわ!」

「解説の布仏虚です。皆さんよろしくお願いします」

「どうしてこうなった……」

 

 場所と時間は変わって放課後。比較的広い学園の家庭科室で調理台を前に静司は呟いた。

 

「さて、当初は個人戦でしたが一部(静司たち)の熱烈な希望によりチーム戦に変更! くじ引きで決定した組み合わせで戦って貰いましょう」

「静司……、とりあえず個人戦じゃないだけマシと思おう。そうすればセシリアの暴挙は止められるよ」

 

 シャルロットがどこか達観した笑みで静司の肩を叩く。しかも言っている事は中々酷い。最初はバラバラの個人戦で静司達が審査員役だったのだが、それを必死に説得したのだ。少なくともチーム戦ならそれほど酷い物にはならないだろうと。

 そして何やら面白そうな気配がする、と突然湧いてきた楯無によって場が設けられ、そしてあれよあれよと見物人も集まり今に至る。広めの家庭科室には暇を持て余した生徒や教師達が見物に来ている。というかそれでいいのかエリート学校IS学園。

 

「と、言う事で早速ですが気になるチーム分けを発表しましょう。参加者の皆、さっき引いたくじを見せて頂戴!」

 

 やけにテンションの高い楯無に従いそれぞれがくじを見せる。その結果!

 

「織斑君、篠ノ之さん、凰さん、デュノアさんチームと川村君、本音、ボーデヴィッヒさん、オルコットさんチームですね」

「み、未知数過ぎる……」

 

 静司達の方を見て、誰かが言うのだった。

 因みに癒子とナギは審査員(生贄)として審査員席で死んだ目をしていた。

 

「何故だ……この組み合わせに悪意を感じるのは」

 

 たらり、と冷や汗を流す静司。そんな静司を尻目に鈴は呆れた様に、

 

「というかいくらなんでも余裕過ぎない? 一夏も箒も料理できるしシャルロットも行けるでしょ?」

「うん。大層なのは無理だけど普通の出来るかな?」

「鈴と勝負できないのは残念だがまあ良しとしよう」

 

 シャルロットは普通に頷き、箒も一夏と同じチームで嬉しいのか頷く。だがその態度をセシリアとラウラは挑発と感じたらしい。

 

「戦う前から油断など愚か者のする事だな」

「そうですわ! 私たちの力見せてあげますわ」

「いやだってさ、アンタら二人だけじゃなくって静司と本音も結構怪しいわよ?」

「何?」

「むー」

 

 思わぬ物言いに静司と本音が反応する。

 

「あんた達料理するってイメージ無いけど出来るの?」

「ちゃ、チャーハン位なら」

「私は食べるのが好き~」

「駄目じゃん。本音はまあ予想通りだけど静司、あんたも男だからって料理できないは理由にならないわよ。一夏を見習いなさい、一夏を」

「くっ……」

 

 何故か自慢げに笑る鈴の言葉に静司も呻く。確かに一理あると思ったのだ。それに同じ男としてこうやって比べられるとやはり空しいものもある。

 

「わかった。そこまで言われたら俺も唯では引き下がらない。必ず見返してやるとしよう」

「ふーん。ま、楽しみにしてるわよ」

 

 あくまで余裕綽々に自分達のチームの下へ帰っていく鈴。それを悔しそうな顔で見送る静司。

 

「と、言う事で試合開始!」

 

 そうして対決は始まった。

 

 

 

 

「さて、問題は何を作るかですわね」

 

 早速リーダー(立候補)のセシリアを中心に作戦会議を始める。それを聞く面々は皆真剣だ。静司としても流石にあそこまで言われるとちょっと悔しいと言うか見返してやりたくなる。

 

「まず皆さんが何が出来るかを把握することが重要ですわね」

「うむ。仲間の能力を知る事は重要だな。ではそれぞれ自己申告するとしよう」

「ではまず俺からかな。チャーハンや野菜炒め位なら作れる。大事なのは火力と教わった」

 

 静司が挙手し報告する。因みに教えたのは由香里他EXISTの面々である。

 

「他には何か出来ないのか?」

「鍋も時たまつくる。大事なのは火力だと教わった」

「……他には?」

「や、焼き肉もたまに作る。大事なのは――」

「……つ、次ですわ! 本音さんはどうですの?」

 

 問われた本音はうーん、と首を捻り、

 

「私も得意じゃないかなー。だけど味見は得意~」

「味見が得意って……」

「んーとねー、私が好きなお菓子は会長もおねーちゃんも褒めてくれるよ~」

「会長が? それは良い情報ですわね」

 

 会長や虚が褒めると言う事はかなり良い部類だろう。普段からは想像もつかないが、時折見せる佇まいからセシリアは楯無がどこかしらの令嬢かそれに準ずる家の者だと気づいていた。その会長が褒めるのだから、本音の味覚はかなりアテになると思われる。

 

「では次は私か。斬る(・・)のと焼くのが得意だ」

「き、斬ると焼く?」

「そうだ。あとそうだな……食材の調達も得意だ。蛇をはじめに野生の動物も捌けるぞ。どうだ? 今から調達しに行くか」

「け、結構ですわ!」

 

 ラウラなら頼めば本当にやりそうで怖い。セシリアは脂汗を流しつつ乗り気なラウラを止める。

 

「というか皆さん、人の事散々言っておいて実は自分達もたいしてできないんじゃないですか!」

 

 ジト目で睨みつけるセシリアだが静司達はとんでもない、と首を振る。そして代表して本音がセシリアの肩をぽん、と叩き、のんびりしつつどこか慈しみに溢れた表情で告げる。

 

「せっしー。料理を作れる事と料理が出来る事ってのはね、違う意味なんだよ?」

「どういう意味ですの!?」

 

 セシリアの叫びにその場にいた誰もが顔を逸らすのだった。

 

 

 

 

 興奮するセシリアを何とか全員で宥め、改めて作戦会議を再開する。

 

「とにかく何を作るかだな。ここは簡単な料理が良いと思うんだがどうだろう?」

「私は甘いのがいい~」

「私は味には拘らんがやはり栄養を補給できる物がいいのではないか?」

「そして大事なのは見た目ですわね」

 

 むう、と4人が首を捻る。中々アイデアが浮かばない。こうしてる間にも時間は刻々と過ぎていき、敵チームの料理は進んでいる。試しに隣を覗いてみれば鈴が巨大な中華鍋を振り箒が野菜を切っている。お世辞にも料理に詳しいとは言えない4人は何を作っているのか全く分からなかった。

 

「やはり作り易い定番メニューが良いと思うんだが」

「そうだね~。カレーなんてどうかな~?」

 

 はーい、本音が手を上げる。カレー。確かに定番で作り易いイメージがある。

 

「だけど普通にカレーを作ってもあちらには勝てませんわね……」

「確かに。何らかの工夫が必要だ」

 

 やめて! 超やめて! せめて普通に作って! と審査員席でナギと癒子が騒いでいるが4人には聞こえない。否、静司は聞こえてはいたが確かに普通に作っても勝てないというのは同感だったので黙殺した。要はセシリアを暴走させなければ大丈夫だろうと。

 

「工夫か。しかしカレーにする工夫とは一体……」

 

 再び悩み始めると、ラウラが思い出したかのように手を上げた。

 

「そういえば昔部下に聞いたことがある。日本では料理に大事な事として『料理のさしすせそ』という言葉があると」

「さしすせそ? 何かの暗号か?」

「略っぽいね~」

「そのような名前の調味料など聞いたことありませんわ」

「いや、何かの略らしい。何の略かは思い出せんが……」

 

 4人首を傾げる。

 

「さ、さ……索敵?」

「し……照準か!」

「すーすー、すばやく~?」

「精密に……」

「「「「……狙撃?」」」」

「んな訳あるか!?」

 

 思わず入ったツッコミは一夏のもの。どうやら様子を見に来たらしい。

 

「む、一夏さん。作戦会議中ですわ」

「そうだ。いくら一夏と言えど今は敵。スパイ行為は許せんぞ?」」

「いや、なんかもうそれ以前の問題な気がしてるんだが……」

 

 セシリアとラウラの言葉にも一夏は苦笑で返すしかない。それほどまでにセシリア達のチームは酷かった。

 

「駄目だよおりむー。こっちの事は内緒~」

「そうだぞ一夏。今回ばかりは俺も本気だ。ちゃんとお前らにも食べさせて納得させてやるから心して待ってるんだ」

「い、いや俺はいいかな……」

 

 その時の一夏の顔は引き攣っていたと言う。

 

 

 

 

 そしてそれから暫く。遂に両者の料理が出そろった。それぞれの料理が審査員席に運ばれていく。因みに審査員はナギ、癒子、山田、そして千冬である。なぜこの面子かと言えば前半二人はじゃんけんで負けた為。後半二人は楯無が引っ張ってきたからである。

 審査員たちは出てきた料理を前に一斉に首を傾げた。

 

「おぉ……」

「おいしそうだね」

「しかしなんだこの組み合わせは?」

「斬新ですね~」

 

 審査員の前に出された料理。一夏チームは酢豚と肉じゃがという何とも謎な組み合わせだった。ご丁寧にその隣には中華風スープと豆腐の味噌汁が並んでいる。明らかに料理人の二人の趣向がぶつかり合っている。

 

「だから中華に統一しろって言ったじゃない!」

「和食が一番だと言った!」

 

 なにやら鈴と箒がいがみ合い、一夏とシャルロットはそれを見て苦笑いしている。恐らく前者二人がお互いの得意料理を主張した結果だろう。後者二人は補佐である。

 

「ふむ、だが味は良いな。流石といった所か」

「美味しいですね~」

 

 千冬と真耶が料理を口に運びつつ頷く。ナギと癒子も同様だ。

 

「さあ、審査員の評価も上々。これをどう見ますか解説の虚さん?」

「はい。基本的に織斑君のチームは料理が出来る人が集まっているので予想通りだと言えます。ですが組み合わせが少々歪なのでそこが減点対象と成り得ます。料理は見た目や形も重要ですから」

 

 同じく提供された料理を口に運びながらの楯無の振りに虚が答える。本人達も自覚はあるのかうっ、と呻いている。

 

「さて、では次は問題の川村君達ですが……これは……」

 

 楯無は静司達の料理を見て首を傾げた。そしてそれは他の審査員たちも同じ。

 

「こ、これは……」

「見た目は普通……だよね?」

「確かに普通のカレーだな」

「ええ、確かに普通過ぎる程に」

 

 そう、確かに出てきたのは普通のカレー。ほのかに湯気を上げつつ、香ばしい香りが鼻をくすぐる。具材も綺麗に切られバランスよく盛られている。そう、普通過ぎるカレーがそこにあるのだがそれ故に困惑は大きい。

 

「こ、これは意外ね。これをどうみますか解説の虚さん」

「そうですね……。調理中の会話を聞いた限りですとてっきり原色豊かに彩られた悪魔のルーの中央に串刺しにされた食用カエルが魔女狩りの如く突き立てられているかとも思っていましたが…………普通ですね」

 

 虚も意外なのか興味津々にそのカレーを見つめている。だが味はどうなのか? 一斉に静司達に視線が集まる。

 

「安心してくださいまし。味見もしていますわ!」

「ああ、私たちの力の結晶。教官も是非ご賞味を」

「もーまんたーい~」

「そういう事なのでどうぞ」

 

 それぞれ自信満々に頷く。それならばと審査員たちも恐る恐るよそい、口に入れた。

 

「……た、確かに食べれる。いや、それどこか……美味しい?」

「辛さと甘さが混じりあって、不思議な感覚だけど美味しいね」

 

 ナギと癒子が信じられないと言った様子で呻く。それは教員二人も同じだった。

 

「ふむ、中々いけるな」

「食べたことの無い味ですけど美味しいです」

 

 次々に漏れる賞賛に静司達は自慢げだ。しかし一夏達は納得がいかない。

 

「そんな!? あの面子で普通の料理ですって!?」

「馬鹿な!? そんな奇跡が起こる訳が無い!」

「どういう事だ静司!? 一体どんな化学変化を起こした!?」

「はっ!? まさかこれは夢!?」

 

 言いたい放題である。

 

「けど意外よねー。てっきり虚の言った様な物か、見た目は良いけど中身が! 的な物を想像してたのだけど」

 

 トラブルを期待していたのだろう。自分もカレーを口に運びながら楯無が詰まらなそうに言う。他の見物人たちも興味本位でそれぞれの料理を食べていた。

 

「まあ味を戻すのにかなり苦労したからな」

 

 そんな静司の言葉にぴたり、と全員の動きが止まった。

 

「味を、戻す?」

「ああ。あれは中々の連係プレーだった」

 

 頷くラウラに代表してシャルロットが聞いてみる。

 

「ら、ラウラ。何があったの?」

「ふむ。実は一瞬目を離した隙にセシリアが何かをしたらしくてな。一度は酷い味になったのだ」

「う、……反省しますわ」

 

 ラウラの台詞にセシリアが罰の悪そうに呻く。

 

「それでねー、それを直す為に色々入れてみたの~」

「ち、因みにその色々って?」

「えーとねー、私はチョコレートとかナッツとか!」

「私はカロリーメイトに肉を大量にだ。無論背脂ごと」

「俺は味の補正の為にソースやケッチャプ等を大量に。後は煮込みまくる事で何とか味は元に戻したんだよ。やはり火力が重要だった」

 

 うんうん、と頷く三人だがそれを聞いていた者達の顔が引き攣っていく。チョコレート。カロリーメイトに静司の言う調味料類。それらはどれも高カロリー。つまりこのカレーは見た目以上にカロリーが高い。そう、乙女の計算を狂わせるほどには。

 

「ちょ……アンタらなんて物を作ってるのよ! 一言言いなさい、一言!」

「そうだぞ! 唯でさえ最近気になるのに……」

「酷いよ静司! そういう事は先に言ってよ!」

 

 口々に悲鳴が上がる。勿論彼女らとて、ある程度のカロリーは覚悟していた。しかし目の前にあるカレーはその想像を遥かに超える程のカロリーを秘めている。他にもカレーを食べていた者達も一斉に顔を青くしている。だが、

 

「? 何か問題があるのか?」

「だいじょーぶだよー」

「少し位なら大丈夫じゃないか?」

 

 体重などをあまり気にして無さそうなラウラ。栄養が全部胸にいっているんじゃないかと密かに疑われている本音。そしてこればかりは余り関心がなかった為にいまいち乙女の心境が分からない静司。そして、

 

「ふふ、ふふふふふ。ええ、分かっていますとも。味見するその前からその事は。しかしこの件だけは私は引けないのですわ。肉を切らせて骨を断つ。私の覚悟を甘く見ないで下さい……っ!」

 

 何やら暗い顔で笑うセシリアが居た。

 

「あ、あんた私達を道連れにする気ね!?」

 

 がたん、と鈴が音を立ててセシリアに詰め寄ろうとする。しかしその時、テーブルの上にあった誰かの食べかけのカレーのスプーンが皿から落ちた。そしてそのスプーンから落ちたカレーがテーブルに触れた。その瞬間。

 

 じゅわ

 

「え?」

 

 奇妙な、そう、奇妙な音が聞こえた。鈴は恐る恐るその音の発生した場所へと目を向ける。するとそこにはカレーの触れた部分だけが水色に変色したテーブルがあった。

 

「…………」

 

 しんっ、と沈まり返った部屋の中、カタカタカタカタカタと音が聞こえる。これは何の音だろう? 鈴は考えそして気づく。これは自分の歯の音だと。全身からダラダラと汗が流れ始め、己の指先は震えている。それは何故か? 決まっている。それは目の前の謎の化学変化を見てしまったが為だ。

 

「な……ぜ……」

 

 見れば静司もまた真っ青な顔で震えている。それはラウラも本音も同様だ。何故ならその様な事が起きる原因に心当たりは一つしかない。

 そして彼は震えるその眼でセシリアを見る。

 

「わ、私も自分のやった事でしたので何とかお役に立とうと思いまして」

 

 そして何かを入れた。恐らく静司達が再び目を離した隙に(油断した瞬間)、何かを。

 

「ですが味は大丈夫だったではありませんか! ならば問題は――」

「そういう問題では無いのだ! くそっ、分析班を――」

 

 そこまで言いかけた所で、不意にラウラが止まる。そしてそのまま顔色を青くしていくとその場に倒れた。

 

「……」

 

 誰も彼女に駆け寄らない。別にそれは彼女を見捨てた訳では無い。恐怖に身を竦み体が動かないのだ。

 

「ま、まさか……」

 

 誰かの震える声に静司もまた同じ顔で頷く。

 

「遅行性……だと……」

 

 つまり先ほど味見した時に問題なかったのは効果がまだ現れていなかったからで。そして今、ラウラが倒れたという事は。

 

「うっ……」

「げほ……」

「っぁ……」

 

 ラウラが倒れた事を皮切りに次々と人が倒れていく。効果が出るに個人差があるのか順番はバラバラだが一人、また一人とその身を床へ沈めていく。

 

「何と言う事だ……。山田君、至急丸川先生を――」

 

 この状況に流石に慌てた千冬が真耶に指示を出そうとして、しかしその身をふら付かせた。それでも何とか耐えようとしたのは教師の意地か根性か。しかしその努力も空しく、千冬もまた机を抱える様にして倒れた。

 

「うそ……あの織斑先生も」

「もはやこれは兵器……」

 

 まだ効果が来ていない生徒達の顔が絶望に染まっていく。もはや家庭科室は地獄絵図と化していた。

 

「うっ……」

「っ、本音!?」

 

 それは静司の隣にいた本音も同様で、倒れかけた本音の体を静司が何とか抱きとめた。彼女の顔も例外にもれず青く震えている。

 

「か、かわむー……」

「本音! しっかりしろ、傷は深いぞ!?」

「私も……もう、駄目かなー……今までとても楽しかったよ~……」

「そんな事……そんな事今言うな! これからもっと楽しい事がある筈だ! だから生きるんだ本音!」

 

 状況だけ見れば悲しいシーンなのかもしれないが原因が原因なだけに誰も何も言えない。まあ言えたとしてもそれぞれ自分の事で精いっぱいでもあったのだが。

 

「かわむー……覚えて、おいて……」

「もういい! 喋るな本音! 衛生兵、衛生兵はどこだ!?」

 

 叫ぶ静司の顔も次第に青くなっていく。だがそれでも本音の体を離さない。本音はそんな静司の顔に手を伸ばし、頬を撫でる様に触りながら最後の言葉を放つ。

 

「これが……テン……プ……レ……」

「本音ぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 がくっ、と力尽きる本音。そんな家庭科室の中心で静司は叫ぶのだった。

 

 

 

 

 数時間後。EXISTにて。

 

「課長、B9からの定時報告がありません」

「何!? 学園で何かが起きたのか」

「わかりません、今C1達が確認をしていますが可能性はゼロではありません。実は通信が途絶える前に一つだけ暗号通信があったのですが……」

「何? 見せてみろ」

「はい」

 

 頷いてオペレーターがコンソールを叩き静司が送った文面を移す。だがその文面を見て課長は首を傾げた。

 

『ボスケテ』

 

 そう一言だけの通信。

 

「どういう意味だ?」

「さあ?」

 

 結局彼らが事実を知ったのはそれから数時間後だったとか。

 

 因みにその事件の後、セシリアは『ブリュンヒルデを沈めた女』として暫く恐れられる事になるのだった。

 

 

 

 

 

 マジカル(物理)メイド千冬ちゃん

 

 

 

 それは学園祭が終わってから少しした休日の事。

 

「ぷはぁっ」

 

 織斑千冬はたった今飲み終えたビールの缶をテーブルへ置いた。そのテーブルの上には既に20を超える数の缶が転がっており、一緒に焼酎の瓶まで置いてある。そしてその周りを囲む様に散らばるツマミ達。千冬はその中の一つを適当に手につかむと口に入れる。そして再び飲みかけのビールを喉に流し込む。

 ふと時計を見ると時刻は夕方16時。夏も過ぎ、徐々に秋に変わりつつあるので外も薄暗くなってきている。それを見ながら千冬は新たな缶を空け一口。

 

(久々だな……)

 

 何時もは真耶と共に居酒屋なりバーなりに行って飲む。勿論、部屋で飲むこともあるがこれほどの量を自室で飲んだのは久々だった。何せ今日は朝から飲み続けているのだから。

 千冬の顔は酔いで赤く、少し視点も定まらない。しかし倒れたり潰れたりすることも無く今も変わらず飲み続けている。こんなになったのも学園祭の事件のせいだ。

 あの事件の後は本当に大変だった。事情聴取に始まり現場検証、内外への説明。今後の対策等々。特に今回の件でこれ幸いと学園への干渉を狙ってくる組織や企業の相手が大変だった。何せIS委員会も通さず直接自分の所に来るのだ。千冬は一応はただの教師であり、学園をどうこうする権利は無い。しかし千冬を落とせば学園も変わるとでも思ったのだろう。次から次へとやってくる相手に千冬のストレスは溜まる一方だった。だがそれらも否定や無視。時には脅しをかける事で片づけていき、ようやく落ち着いてきたのが週末の事。そして千冬は酒とツマミを買い込み、久々にゆっくりできる今日はひたすら飲もうと決めたのだ。

 部屋の中は散々たるものだ。あちこちに衣服や下着が無造作に脱ぎ捨てられ、その合間合間に書類や文具も散らかっている。絶望的に家事が出来ない故にこの部屋が片付くのは弟である一夏がやって来た時だけだ。一夏は姉の酷さを知っている為に片付けに来るのだ。

 

「一夏、か」

 

 自分の弟。必死に守り、育ててきたたった一人の家族。その一夏は学園に来てから色々とあったが、最近は以前より男らしくなったように見える。それは何か目標が出来たからなのか、それとも他の理由からか。そこまでは千冬にもわからない。だがそれが良い事であって欲しいとは思う。

 そしてその一夏の周りにいる少女達の事も考える。あの弟を好いて色々とやっている様だが効果は薄い。弟の朴念仁ぶりはどんなに男らしくなってきても全く変わらない。果たしてあの弟を落とすのは誰なのか。それを面白く感じる一方で、ずっと自分の背中を見てきた弟が別の場所へ羽ばたいていく事に少し寂しさを感じてしまう。

 

「ふ、馬鹿馬鹿しい」

 

 そんな感傷を振り切る様に再びビールを喉に流し込む。こんな事を考えるなんて流石に飲みすぎただろうか? いやいやそんな筈は無い。これ以上に飲んだことなど何度もある。だからそれは無い。そう考えながら空になった缶を放り、新たな缶を空ける。そして思いを振り切る様に一気に喉に流し込む。そんな千冬の眼にある物が目に止まった。

 

「そういえば、返し忘れていたな」

 

 それは普段の自分なら絶対に着る事の無い服――メイド服。学園祭で生徒達に半ば無理やり着せられ、しかしその後起きた事から誰もその話題を出さなくなった曰くつきの代物。

 自分が似合うとは思っていなかった。酷い物になるだろうとおも思っていた。しかし生徒達の反応は自分の考えていた反応とは全く違っており、その反応の仕方に千冬は言い知れぬ空しさを感じた物だ。……何せ一斉に怯えられたのだから。

 

「そういえば一夏と川村が何か騒いでいたな」

 

 最近、友人の男のせいで変な趣味に目覚めていないかと疑わしい一夏。そしてその友人川村静司。二人がメイド云々で話していた事を千冬は偶然ながら聞いたことがあった。

 

「…………」

 

 じっ、とメイド服を見つめる。

 確かに先日着た時は自分にも非があった。何せ殺気を込めて周囲を睨みつけていたのだから。だがそれが無かったらどうだったのだろうか? ふとそんな事を考える。馬鹿な事だとは思うが、少し気になった。

 普段の千冬なら絶対にしない思考。絶対に思いつかない事。しかし今日の千冬は違った。本人の考える通りかなりの量を飲んでいるというのもある。そして自身では気づいていないが、ここ最近の疲労とストレス。溜まりにたまったそれらが酔いと混ざりあい、千冬の思考は普段に比べて斜め上に向かっていた。だから、

 

「ふむ」

 

 千冬は酔いで少しふら付く足取りで、そのメイド服の下へと向かった。

 

 

 

 IS学園教員寮。その廊下を一夏と静司は歩いていた。二人の手には数枚の紙があり、その顔は不安げだ。

 

「くそー、忙しすぎたとはいえ千冬姉の授業の課題を出し忘れるなんて」

「殺されるか半殺しか……。良い予感はしないな」

 

 普段の授業で出された課題。その存在を思い出したのはどちらが先か。提出期限は週末金曜日だったために既にアウトだが、このままトンズラなんてしようものなら何が起こるか分からない。だから二人は休日返上で慌てて仕上げてきたのだ。

 

「まあ仕方ないよな。急いで持って行って一緒に怒られようぜ、静司」

「死なば諸共……。潔くいくしかないな」

 

 そうして二人は千冬の部屋へとたどり着く。しかしそこで二人は一つミスをした。早く課題を届けなければという思い。そして一夏は身内だからと言う油断。静司はこれから起きる説教に対しての不安による注意緩慢。それらが重なり合い起きたミス。それはノックもせずに一夏が千冬の部屋のドアを開けてしまった事だった。そして千冬もまた、部屋の鍵を閉め忘れていたと言う不運もある。

 

「千冬姉ごめん! 課題なんだ……け……ど…………」

「申し訳ありませんで……し……た?」

「…………」

 

 その瞬間、二人は確かに見た。

 高い身長を包み込む紺と白を基調とした服。その長い脚のくるぶしまで伸びた、ゆったりとしたロングスカート。可愛らしくフリルのついた白いエプロンの真ん中にはハート形の刺繍。元が黒い髪に良く映える純白のカチューシャ。それらを身に着け、あまつさえそのスカートの端を摘まんでいる―――――千冬の姿を。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 まるで時が止まったかのように誰も動か無い。このままではいけない。そう分かっていながらも、目の前の光景から目が離せない。当の千冬は少し頬を上気させ口をぽかん、と開き、今まで一度も見たことない呆然とした顔で二人を見つめている。

 そのまま数秒経った頃だろうか。不意に静司が動いた。ゆっくりと右腕を上げ、床に対して水平に。何事かと見つめる一夏の視線の先、その持ち上げた腕の親指が天を指す。

 それは見事なまでのサムズアップ。それを見て一夏は思う。『あ、こいつ勇者だ』と。

 

「――――――――――!!」

 

 それは悲鳴か叫び声か。何かを叫んだ千冬の腕が勢いよく近くにあった缶を掴み、そして投げる。

 二人が最後に見たのは迫りくる空き缶の底だった。

 

 

 

 

 

 

「静司に一夏!? ちょっとどうしたの!?」

 

 夕食に静司達を誘おうとやって来たシャルロットは、廊下の隅にうち捨てられていた二人を見て驚きの声を上げた。

 

「いや……俺達にもよくわからないんだ」

「何かとても素晴らしくて、けどとても危険な物を見た気がしたんだが何も思い出せない……」

「あ、はあ?」

 

 打ち捨てられたゴミの様な体制のまま、二人はしばらく頭を傾げるのだった。

 




一つ目の話
シェーリさん、何してるんですか、的な話。
何気にシェーリのオタ要素は依然オータムが少しだけ触れてたり。
しかし本当にどうでもいい話だ

二つ目のお話
セシリアの料理要素はよくネタにされるけど、ほかのメンツも大概じゃね? という話。
後半は本音の言う通りテンプレ展開。そしてIS学園最強の座はセシリアの手に

三つ目のファンタジー
魔法少女の秘密を知ったら記憶を消さなきゃね
タイトルは本当に大した意味もない思いつき。マジカル要素ゼロ。

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