IS~codename blade nine~   作:きりみや

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59:キャノンボール・ファスト

「あら、一夏。何してんの?」

 

 週も半ば。何時もの面子での放課後の特訓も終わりそれぞれが寮に戻って行った頃。鈴はアリーナの更衣室に忘れ物をしたのに気づき慌てて戻ってきたのだが、その道すがら一夏に遭遇した。彼女の記憶が正しければ静司と一緒に自室に戻った筈なのに未だにここに居る事に疑問を感じ、そのままストレートに問う。

 

「鈴か。いやもう少し特訓しようかと思ってな」

「へえ、けどなんでまた突然?」

「いや、皆頑張ってるし俺ももうちょっと頑張らなきゃいけないと思うんだよ」

 

 少し気恥ずかしげに言う一夏。そんな一夏に鈴は笑みを浮かべる。

 

「あんたにしては殊勝な心掛けね。さっきも散々扱かれたのに」

「ああ、あれはキツかった……」

 

 思わず一夏が遠い目をするのも仕方の無い事かもしれない。何せつい先程まで箒、鈴、セシリア、ラウラによる鬼の様な特訓をずっと行っていたのだから。特に厳しいのがラウラであり軍隊仕込みのスパルタ教育であった為、特訓の最後の方では一夏は息も絶え絶えだったのだ。それなのにまだ訓練を行おうとするそんな姿に鈴はどこか嬉しく感じてしまう。

 

(やっぱ一夏には強くなって欲しいものね。私に並び立つくらい!)

 

 つまりはそういう事である。そんな鈴の心中になど気づくはずの無い一夏は「じゃあまたな」と手を上げてそのまま行ってしまおうとしたので、鈴は慌ててその手を掴んだ。

 

「ちょっと待ちなさい一夏。特訓は良いけどそんなフラフラでまともな特訓できると思ってんの?」

 

 そう、一夏の足取りはどこかおぼつかない。多少休憩して体力が回復したものも、やはり蓄積した疲労は堪えているらしい。

 

「あー、確かにキツイな。だけどちょっと位なら――」

「馬鹿ね。そんな状態で無理しても何も得る物なんて無いわよ。体を壊したらどうすんのよ」

「だけど――」

「あーはいはい。言っても聞かないのは分かってるわよ」

 

 しっしっ、と一夏の抗議を払いのける。じゃあどうするんだ? といった顔の一夏に向け鈴はニカッ、と笑い、

 

「私が付き合ってあげる」

 

 そう宣言するが否や一夏を引っ張って行った。

 

「お、おい鈴。こっちはアリーナじゃないぞ」

「知ってるわよ。あんた肝心な事忘れてるけどもうこの時間はアリーナの使用時間過ぎてんのよ」

「……あ」

 

 本当に忘れていた様で思わず間抜けな声を出す一夏に鈴ははぁ、とため息を付きつつそのまま外へと引っ張っていく。そして丁度いい広さの場所を見つけるとそこへ一夏を引っ張り込んだ。

 

「こんな所で何をするんだよ」

「組手よ」

 

 鈴は足場を確かめるように何度か地面を踏みしめた後、一夏に向かって手招きをする。だが一夏は戸惑い顔だ。

 

「いや、何でいきなり組手なんだよ」

「まあ正確には組手とも言わないんだけどね。とにかくかかってきなさい」

「そうじゃなくて、どちらかと言えば剣の方がいいんじゃないか?」

「こんな所でIS展開したらそれこそ千冬さんに殺されるわよ? それにいちいち竹刀持ってくるのも面倒だし。白式の二次形態で追加された装備の《雪羅》があったでしょ。あんたアレを射撃が防御ばっかで使ってるけど、あれも接近武器なんだから上手く活用しなさい」

「まあ確かにそうだけど……」

 

 一夏の戦闘スタイルは《雪片弐型》をメインに据えており、そこに《雪羅》のシールドと荷電粒子砲を織り交ぜる戦い方だ。だが《雪羅》には《零落白夜》と同じ能力を持つエネルギークローが備わっている。つまりエネルギー無効化の爪だ。それをもっと戦闘に織り交ぜれれば、一夏の戦い方の幅は広がる。

 

「あんたは剣での間合いに慣れ過ぎてるからね。武器無しでの戦い方のレクチャーをしてやるってんのよ」

「いやだけど女の子に飛びかかるのはちょっと」

「ふん、なめんじゃないわよ。軽くいなしてやるからとっととかかってきなさい」

 

 ふふん、と笑う鈴だがその内心では一夏にちゃんと女として扱われている事に嬉しさを感じていたりする。しかし一夏はそんな鈴には気づかず、逆に少し馬鹿にされた気がしてむっ、としていた。

 

「いいぜ、だったらやってやる。後悔すんなよ?」

「さーて、そう上手くいくかしらね?」

 

 構える一夏とあくまで自然体の鈴。数秒の沈黙の後、先に動いたのは一夏だった。全速力で飛び出し鈴を抑え込もうとする。二人の間には体格差があるのでそれを利用して抑え込む算段だ。だが、

 

「甘いわね」

 

 一夏が鈴を抑え込もうとした瞬間、鈴が先に一夏の手を掴み引っ張り込む。同時に一歩前進し一夏の脚をひっかけた。

 

「うぉ!?」

 

 一夏は自分の突撃の勢いのまま盛大に地面に転がり込んでしまう。

 

「な、なんだ今の? 太極拳? それともカンフーか?」

「あんたねえ、中国人なら誰でもカンフーやってるとか思ってんの?」

「え、違うのか?」

「違うわよ馬鹿。さっきのは単純に一夏の勢いを利用して転ばせただけ。初歩的な体術よ」

「むう……」

 

 納得がいかないよう様に唸りつつ一夏が立ち上がる。それに対して鈴は再び手招きをした。

 

「言ったでしょ。軽くいなしてやるって。伊達に代表候補生やってないわ。さあ、もう一度来なさい」

 

 一夏は頷き構え直すと、再び鈴に向かって突進する。ただし今回は警戒して勢いは弱めだ。

 

「はっ!」

 

 なので今度は鈴が前に出た。小柄な体躯を活かし身を沈める様に低くして突っ込み一夏の前に躍り出る。焦った一夏が慌てて掴もうとするがそれよりも早く鈴の肘鉄が一夏の腹にめり込んだ。

 

「うげ!?」

 

 眼を見開き一夏が背後へ転がる。地面に手を付き腹を押さえながらぜえはあと荒い息を付く。手加減はしていたので全く動けないという訳ではないらしい。

 

「警戒するのは良いけど隙だらけよ。ほら、次」

「お、おう……!」

 

 それから暫くの間、掴みかかろうとする一夏と、それを簡単に防ぎ逆に一夏を地にふせる鈴と言う構図が続いた。そして何度目かの攻防の後、一夏が地面に倒れこんだ。

 

「か、勝てない……」

「だから言ったでしょ。代表候補生を舐めちゃいけないわよ」

 

 どこかすっきりした顔で鈴は笑うと一夏の横に座る。直ぐ隣で荒い息を吐く一夏の体温を感じ、どこか気恥ずかしさを感じつつも離れる事は無い。一方の一夏は、同年代とはいえ何度も地面に伏せられたせいか若干落ち込み気味だった。男としての矜持が傷ついたらしい。

 

「ねえ、一夏」

「……なんだ?」

 

 未だ荒い息を付きながら一夏が応じる。そんな一夏を微笑ましく思いながらも顔には出さず、口に出すのは別の事。

 

「無茶しすぎないでよ」

「なんだよ、急に」

「そのまま意味よ。一夏は放って置くとどんどん無茶しそうだし。前科ならいくらでもあるでしょ」

「う……」

 

 クラス対抗戦。VTシステムの暴走。そして臨海学校。思い当たる節はあるのか一夏が声を詰まらせる。

 

「だけどあの時はしょうがなく……」

「それでも他にやり様はあったかもしれないでしょ。それにこれはアンタの為にも言ってるのよ」

「俺の為……?」

 

 首を傾げる一夏に、鈴は言おうかどうか悩む。今から言う事は一夏にとっては許されなく、そして厳しい事だからだ。しかしここまで言って何も言わないと言うのもおかしいだろう。それに何より一夏は知っておかなければならない。そう感じ口を開く。

 

「もしこれ以上一夏に何かがあったら、一夏の自由は奪われるかもしれないのよ」

「な、なんだよそれ」

 

 鈴の言葉に一夏はぎょっ、とした様子で起きあがった。

 

「世界で二人しかいない男性操縦者なのよ? それがポンポン負傷なりなんなりして見なさい。重大な何かが起きる前に一夏を軟禁なりなんなりして、安全な檻の中に放り込んでもおかしくないわ。実際、一夏が初めて発見された時にも似たような話はあったでしょ?」

「確かにそれはあったけど……けど今は大丈夫だろ」

「それは千冬さんや篠ノ之博士が居るからよ。ISの生みの親にして下手したら世界を相手取れそうな篠ノ之博士。それと親しい唯一とも呼べる友人である千冬さん。この二人の不評を買ったら何がおきるか分からない。だから一夏は今ここ居る」

 

 だけど、と鈴は続ける。

 

「クラス対抗戦に始まり、臨海学校での撃墜。あんな事続けてたらいつかは言われるかもしれない。『男性操縦者を安全な所へ』って。一夏を取り巻く状況はきっと一夏が思っている以上にシビアなのよ」

「……なら、静司はどうなんだ?」

「同じよ。いえ、場合によってはもっと酷い。おそらく静司が発見された時も一夏と同じような話があった筈。それでも学園に居れる詳しい理由は私にもわからないわ。けどアンタと言う前例があったからってのが大きいと思う。後は静司の所属する会社が何らかの交渉なりなんなりをIS委員会とかとしたのかもしれないけど。だけどね、それは逆に言うなら一夏が居るから静司が居れるという事にもなりかねない。もし世界が一夏達男性操縦者の保護と研究に、善悪も関係なく本気になれば真っ先にその研究対象になるのは静司よ」

 

 織斑一夏と川村静司。同じ男性操縦者でも価値は全然違うのだ。言葉にせずとも一夏は鈴が言わんとしている事が分かり拳を握りしめる。

 

「なんだよそれ。そんなの俺や静司には関係ないだろ……! そんな事をしたら絶対――」

「言ったでしょ、善悪も関係なく本気になったら、って。それはつまり力づくって事よ。そしてその力に対抗しきれるほど個人の力は強くない。勿論そんな事になれば千冬さんが反抗するかもしれない。篠ノ之博士が何か行動を移すかもしれない。けどそうなればそうなる程、対した後ろ盾の無い静司にそれが集中するのよ」

 

 小さく風が吹いた。揺れる髪を押さえながら鈴は一夏に振り返る。一夏の眼は不条理な事に対する怒りと、自分自身では何も出来ないのかという怒りが籠っていた。

 

「だからこそ一夏。アンタは強くならなきゃならない。世界がそんな馬鹿げた行動に移さない様に。一夏と一夏の周りの世界を守る為にも。きっとアンタが目指すべき強さってのはそういうことなんじゃないかしら……ま、ここまでの話は仮説の一つだけどね。実際はそうならずにもっと平和な解決方法があるかもしれないわ」

 

 暗くなった雰囲気を誤魔化すかのようにわざとらしく明るい声で締めくくると鈴は立ち上がろとした。だがその細い腕が不意に掴まれる。

 

「え、一夏?」

「ありがとうな、鈴。心配してくれて」

 

 真っ直ぐ、それも間近で真剣な表情をする一夏に鈴の顔が一気に赤くなる。

 

「な、なによそんなにマジになっちゃって」

「大マジだ。確かに鈴の言ったことは仮説かもしれないけど、つまりそれはあり得るって事でもあるんだろ? 俺は少し甘く見てたかも知れない」

 

 だから、と一夏は拳を握り胸の前にかざす。

 

「だから俺はそんな俺の周りの人達を護る為に強くなりたい。どんな不条理も乗り越えるだけの強さを。自分自身も、友人も、千冬姉も勿論……鈴の事も」

「なっ……!」

 

 真剣な眼差しの一夏を前に鈴の心は一気に跳ね上がった。何せ面と面を向かってこうまで言われて照れない訳が無い。いや、それよりも友人と自分の名前を分けたと言う事はつまり自分は友人とは別の特別な存在という事だろうか? そうなのか? そうだと言いなさいああけど流石に聞けない!

 そんな思考が暴走中の鈴を一夏が怪訝そうに見つめる。

 

「どうした鈴? いきなり黙り込んで」

「な、なななななんんんでもなないわよ?」

「いや、どうみてもなんでもあるだろ。どうしたんよ本当に」

「い、いいから! それよりそろそろ良い時間だし帰るわよ! ああ! 今日の夕飯何食べようかな!?」

 

 誤魔化す様に大声を上げつつ歩き出す鈴。一夏もそれを慌てて追いかけていく。

 

「おい鈴、置いてくなよ!」

「あんたが遅いのよ! ってうわ!? 走ってくんな!?」

「どうすりゃいいんだよ!?」

 

 二人はギャーギャー言い合いつつ寮へと戻っていくのだった。

 

 ちなみに鈴は忘れ物の事は完全に頭から抜け落ちていた。

 

 

 

 

『だ、そうだぞB9』

「…………」

 

 そんな二人を遠くから隠れて見ていた静司は小さく息を付いた。一夏が残って訓練しようとしていたことは気づいていたので、姿を見られぬように隠れたままずっと見ていたのだ。

 

『まだまだ青いなー。だけどああいう青さは好きじゃない。それに凰鈴音が言って事もあながち間違いじゃない』

「C1、何が言いたい」

『別に。ただ良い友人を持ったな、と思っただけだ』

「……そうだな。だからこそ一夏も、その周りにもこれ以上危害を加えさせない」

『それが仕事でもあり、お前の望みでもあるか。そこにお前自身の為ってのも入れて置けよ』

「…………わかっている」

 

 そう、小さく答えると静司も自室へと戻って行った。

 

 

 

 

 そしてキャノンボール・ファスト当日。

 会場となった市のISアリーナはその巨大さにも関わらず超満員と呼べる具合であり、圧巻の一言だった。時折花火が上がり、出店も数多く出店している。まさにお祭りだ。

 

「しかし凄い数だな」

「すごいね~」

 

 静司と本音はIS学園生の控室からその超満員の客席を眺め二人そろって口を空けていた。

 

「例の如くIS産業関係者や各国政府関係者も来てるって話だからね。警備もかなり厳重だよ。それに――」

 

 その隣で説明をしていたシャルロットが目配せをする。その方向に眼を向けると奇妙な集団がそこに居た。

 観客でも企業や政府の関係者でも無く、当然IS学園の関係者でも無い。各々が別々の軍服を着た女性達が何やら話し込んでいる。

 

「IS委員会の召集で集まった追加の警備だって。どれも軍人だよ」

「……なるほどね」

 

 おそらく打ち合わせをしているのだろう。会場の熱気からは隔絶された冷たい雰囲気がそこにあった。

 

「ちょっと怖いね~」

「まああの人たちも仕事だからね。警備に参加してくれているんだから文句は言えないよ」

 

 果たしてそうだろうか、と静司は思う。確かに警備も彼女らの任務の一つだろう。だが本当の目的はおそらく別の所にある。つまり篠ノ之束の無人機や亡国機業。そして自分の黒翼だろう。

 

(だが守ってくれると言うならこちらも利用させてもらう)

 

 目的は同じようで若干違う。だが彼女らとてあからさまに警備を無視することは出来ない筈だ。それに政府関係者も居る事から彼らの警備役として他にもIS持ちは居る筈。もしもの時はそれらを利用すると言う事は事前にEXISTの面々と更識家とも打ち合わせている。もちろん何も起きないのが最も良いのだが。

 

「そろそろ開会式だよ。行かないと!」

「ごーごー」

「ああ、今行くよ」

 

 二人に連れられるようにして静司は会場へと向かっていく。

 

「僕たちのレースは二年生の後だね。その後に静司達訓練機のレースで、最後が三年生だね」

 

 歩きながらプログラムを確認するシャルロット。こう言う細かい所は彼女らしいと言える。

 

「しゃるるんがんば~。追いつけ追い越せぶっちぎれ~」

「うん、ありがとう本音。静司も頑張ってね」

「努力するよ。シャルロットも頑張れよ」

「うん!」

 

 訓練機と言っても全員がレースに出場するわけでは無い。今日までの授業の中で各クラス毎に何名か選抜され参加することになっており、静司も選ばれていた。

 

「かわむーの機体は私が調整してあげるね~」

「ああ、助かる」

「…………いいなぁ」

 

 訓練機組の機体調整はクラスの人間が手伝う事になっており静司は本音に頼んでいた。疑似的なコンビの様な物だがそんな二人を見てシャルロットは羨ましそうに小さく呟く。

 

「おーい静司!」

 

 遠くで一夏が呼んでいる。どうやらクラス毎に一度整列するらしい。こういう所は学校らしいな、と思いつつ静司達は一夏の元へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

『間もなく、一年生専用機部門のレースを開始します!』

 

 大会は順調に進んでいた。二年生のレースは抜きつ抜かれつのデッドヒートであり、観客を興奮させるには十分な内容だった。そしていよいよ一夏達の出番がやってくる。本来はこの大会は一年生は参加しない物だったが、今年は専用機持ちが多い事や男性操縦者の存在と注目故に特別参加となっている。客の目的も珍しい男性操縦者と、それの扱う第四世代機ISが大きく、アナウンスが流れると更に会場が沸いた。

 

「じゃあ行ってくるね」

「ああ、頑張ってな」

 

 ピットへ向かうシャルロットを見送った静司の携帯が鳴った。

 

『B9、時間だ。もし何かが起きるとしたらここが一番可能性が高い』

「了解。これよりポイントへ向かう」

 

 これもあらかじめ打ち合わせしていた事。今までの事からも行動を起こすなら一夏達の出番である今が最も可能性が高いのだ。静司は携帯を切ると目的に向かうべく席を立つ。

 

「かわむー、行くの?」

 

 隣に座っていた本音がどこか心配そうに声をかける。彼女には事前に話していた為に、これから静司が何をしに行くかを知っているのだ。

 不安な顔をさせてしまっている事に罪悪感を感じるも、静司は頷いた。

 

「それが仕事だからな。シャルロット達の応援、代わりに頼むよ」

 

 ぽんぽん、と頭を軽く叩くと本音はその静司の手を手に取った。

 

「ねえ、せーじ(・・・)。こないだせーじは色々話してくれたよね? サイレント・ゼフィルスの事を」

「……ああ」

 

 彼女は何処か不安げに言葉を紡ぐ。

 

「私ね、少し怖いんだ。せーじは何時も無理や無茶をして怪我してるけど帰ってきてくれてた。だけどね、せーじの話を聞いてから、サイレント・ゼフィルスがの人がせーじをどこかに連れてって行っちゃうんじゃないかって」

 

 本音の言葉に静司は直ぐに答えられなかった。彼女とて気づいているのだ。今までに静司から聞いたサイレント・ゼフィルスの情報からも、その搭乗者が静司の過去を何か知っている。いや、もしかした大きく関わっているのかもしれない事を。そしてもし、彼女の予想が正しければ、静司がそのままサイレント・ゼフィルスと共に消えてしまうのではないかと。

 

「前にも言ったけどもう一度……ううん、何度でも言わせて? 私に『おかえりなさい』って言わせて欲しいな。それでももしせーじが帰ってこないなら――」

 

 握った静司の手を頬に寄せ、本音はうん、と頷く。

 

「今度は私が迎えに行っちゃうよ?」

「そう……か。そう、だな」

 

 ここ最近の億劫とした気持ち。解けない疑問や苛立ちも、今だけは忘れた。ここまで真っ直ぐに心配してくれる目の前の少女に対してのみ、今の自分の意識を全て向ける。そうしなければ余りにも失礼だと、そう感じた。

 

「大丈夫。俺はちゃんと帰ってくるよ。だから安心して待っててくれ」

「本当に?」

「本当だ」

 

 握られていない手でそっと、本音の髪を撫で、そのまま彼女が握る手を離させる。本音は未だ心配そうな顔だが、静司は無理やり笑顔を浮かべると手を振った。

 

「そろそろ行かないとまずい。だから行ってくるよ」

「……うん。いってらっしゃい~」

 

 どこか無理した笑顔を浮かべた本音に見送られ、静司はポイントへと向かっていった。

 そしてレースが始まる―――

 

 

 

 

 IS学園教師、榊原 菜月はラファール・リヴァイヴに搭乗して空に浮かんでいた。

 場所はキャノンボール・ファストが行われている会場から数キロ離れた地点。視界の一部に大会の様子を映し出しつつ彼女は周囲の警備を行っていた。

 

「うーん若いっていいなあ。私もあの年の頃は燃えるような恋をしてたのよね」

 

 29歳かつ独身。生徒には優しく品行方も方正。容姿も悪くないのだが致命的なまでに男運が無く最近少し焦っている彼女は、大会の様子を見てしみじみと呟いていた。

 気の抜けた雰囲気の彼女だが仕事はちゃんとしている。定期的に決められた経路を飛行しつつ周囲を索敵。他の警備とも連絡を取り問題の無い事を確認する。

 

「もう少したてば交代ね。うちのクラスの子達の応援もしたいものね」

 

 彼女の受け持っているのは三年なのでまだ少し時間がある。だが彼女は手を抜くことなく真面目に仕事を続けていた。そういった真面目さと優しさが生徒に人気のある理由だったりする。

 

「しかし本当に来るのかしらね。これだけ厳重な警備なのに」

 

 警備についているのは自分達教師陣だけでは無い。生徒会長である更識を筆頭とした更識家の面々。地元警察。各国政府関係者や企業関係者の警備。果てはIS委員会に召集された者達まで。ここまで厳重にしている中で、襲撃してくる様な者が果たして本当に居るのだろうか? 疑問はあるが手は抜かず彼女は警備を続ける。そんな中。

 

「ん?」

 

 ラファールのレーダーに不意に反応が表示された。数は二つ。それが遥か遠くから少しずつ近づいてくる。同時に彼女の下に管制室から連絡が入った。

 

『榊原先生。そちらに接近する物体があります。警戒を』

「了解しました。こちらでも確認しています。他の警備の方たちに連絡をお願いします」

『既に連絡済です。直ぐに応援がそちらに向かいます』

 

 よし、これで良い。自分はISを扱う事は出来るが織斑先生や山田先生の様にはいかない。だから無理に一人で対応しようとはせず、応援を呼べばいい。自分の判断が間違っていない事を確認すると、接近する相手に向かい警告を送る。

 

「接近する機体に警告します。こちらはIS学園警備班。当空域は許可なく飛行する事を禁じられています。直ちに地上へ降り、こちらの誘導に従ってください」

 

 少し待ってみるが反応は無し。広域周波数で送ったので聞こえて無い事は無い筈だ。つまり聞く気は無いと言う事か。しかしたった2機でどうするつもりなのか?

 そんな彼女の疑問は次の瞬間一気に吹き飛んだ。

 

「なっ!?」

 

 突然片方の反応が巨大になったかと思うと、今度はそれが分裂したのだ。そしてそれらは一気に加速し彼女の下へと迫る。

 

「くっ、一体何が――」

 

 起きているのか。彼女がそれを口にする前に、彼方から放たれたビームがラファールを襲う。菜月は咄嗟に機体を傾け、直撃は免れたが右肩とスラスターが貫かれ爆ぜた。

 

「痛っ……っ!?」

 

 痛みに喘ぐ時間は無い。速度を上げた敵は目前まで迫ってきていた。そしてその姿を見て菜月は目を見開く。

 

「サイレント・ゼフィルス……! それとあれは!?」

 

 迫ってくるのは深い青色のIS、サイレント・ゼフィルス。その姿は事前に資料でも確認しているので間違いない。だが彼女が驚いたのはそれ以外の機体だった。

 前方は鋭い鋭角の前後に長細い機体。その上下左右にはまるで花の様に開いたユニットが取り付けられ、赤く光っている。全体的に角ばったフォルムの彼方此方に砲台が見え、機体の背部は数段高くなっており、そこにも砲台が取り付けられている。

 まるで戦艦の様で、しかし戦艦とは明らかに違う巨大な何かがそこに居た。そしてその周りでは学園祭の際に襲撃してきた、逆三角形の胴体をもつ奇妙な兵器が飛んでいる。

 

「邪魔だ」

 

 サイレント・ゼフィルスの搭乗者が小さく呟く。それに呼応する様にその戦艦の様な巨大な機体の砲台が一斉に光りはじめ、周りの兵器群も一斉にその武器を菜月へ向ける。

 菜月のラファールが撃墜されるのには、数秒とかからなかった。

 

 

 

 

 

『どうやらお出ましらしい』

『そのようだな。それも随分と面白い物を引き連れているそうだな。学園の教師が落とされただと』

『まあそっちはどうでも良い。それより仕事の時間だろう? 一応生徒達を護る役目を負っているんだ』

『まあそういう事だな。……例の黒い奴は?』

『まだどこからも発見の報は無い。出し惜しみしてるのか、この場には居ないのかまだ判断はつかないな』

『ふん、面倒な事だ。ならあの面白い連中の相手を程ほどに(・・・・)するとしようか』

『了解。後は手筈通りに』

『お偉いさん方も居るんだ。最終的にはそちらが優先と言う事を忘れるなよ』

『当然だ』

 

 これは、彼女らの中だけで交わされた秘密の会話。学園にも更識家にもこの通信の内容は洩れていない。もしそんな事があれば面倒な事になるからだ。

 

『ではいくぞ《ストライク・イーグルⅢ》』

『《メイルシュトローム》向かうわよ』

『お先に失礼、《テンペスタⅡ型》』

『《アグニ》目標を穿つ』

 

 

 そうして彼女ら――IS委員会によって召集された面々も動き出す。その内にそれぞれの思惑を乗せて。

 




やっと物語が動かせた……

鈴の言ってることはそういう事もあるだろうな、と思って書いてます。なので鈴の言うとおりあくまで仮説の一つです。

そしてずっと出したかったISっぽいのにISじゃない謎兵器が出せた
周りにいるのは件のレギオン・ビットです

そして悪巧み?してる人々。基本的に利益優先

亡国機業が今まで介入してこなかった理由とかその他諸々とか色々説明するのに前2話も使うという愚かさよ……

そしてタイトルの割にレース描写は無いという

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