IS~codename blade nine~   作:きりみや

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64:お前はやりすぎた

 昼間は快晴だった空も、日が暮れていくにつれ曇っていきやがて雨が降り始めた。月の光も遮る土砂降りの雨は外を暗く染めるのと同時に自分の心も暗くさせる。そんな鬱屈した気分にさせる窓から視線を外し、ラウラは目の前で横たわる少女に視線を向けた。

 

「シャルロット……」

 

 ベッドで眠るルームメイトにして大切な友人は今は深い眠りの中だ。その顔色は少し青く、加えて腕から伸びた点滴の管が痛々しい。

 あの事件の後、シャルロットは市の病院へ緊急搬送されつい先程まで手術が行われていた。傷は深かったものも、奇跡的に重要な臓器等は無事であり手術は無事に終わった。負傷した当時ISに乗っていたと言う事もあり緊急保護機能が事態の悪化を遅らせていたと言うのも大きい。

 現在病室にはラウラしか居ない。一夏達もシャルロットの様子を心配していたのだが、彼らは今事情聴取を受けていた。国際的にも許可なくして街中でISを展開する事は禁じられている。戦闘行為などもっての外だ。それを堂々としてしまった一夏達は今分厚い書類を前に苛立っている事だろう。ラウラはあくまでコース上でしか戦っていないのでそれは免れたが、それでもサイレント・ゼフィルスとの戦闘については根掘り葉掘り聞きだされた。そして先ほどようやく解放され、親友の病室まで来れたのだ。

 今この病院は厳重な警戒態勢が引かれている。中は勿論、外では自衛隊から出向してきたISや学園のIS。更には協力を申し出た米軍のIS等が警備をしている。もっとも、米軍の場合は別の狙い――再び何かが襲ってきた時にそれを捕獲しようという魂胆もあるのだろうが。実際ラウラにもその命令は下っている。しかしラウラはおそらく生まれて初めてその命令を拒否した。こちらの機体も破損しており、戦闘行動は難しい。そんな最もらしい理由を付けたが本音は別、この友人の傍に居たかったのだ。

 

「くそ……」

 

 シャルロット。出会った当初は酷い態度を取っていた自分にも関わらず、ルームメイトとして暖かく迎えてくれたかけがいの無い親友。本国の部下とも、千冬の様に尊敬する人間とも違う。正直に言ってしまうと鈴やセシリア達といった友人達とも少し違う。友人は居るか? と聞かれた真っ先に思い浮かぶ大切な存在。それが彼女だった。それ故にシャルロットが撃墜されたいう話を聞いた時、ラウラは目の前が真っ暗になったような感覚に襲われた。

 自分にもっと力があれば。そう考えずにいられない。そうすればサイレント・ゼフィルスにもっと対抗できたかもしれない。暴走した黒翼相手に親友がこんな事にならずに済んだかもしれない。そんな無力感に歯を食いしばる。

 そして考えるのは黒翼の事。一夏達は怒っていたが、ラウラは黒翼を責めることが出来ずにいた。

 事情聴取前に少し聞いた話から、黒翼は暴走状態にありそれがVTシステムの時と似ていたと聞いていたのだ。一度そのシステムに飲まれたこのとのある自分だからこそわかるが、あれはそう簡単に抗える物では無い。何故黒翼にそれが搭載されていたのかは分からないが、少なくともそれは黒翼の搭乗者の本意でないと思うのだ。

 今まであの謎のISは幾度と現れ一夏や自分達を救ってきた。そんな人物が己のピンチだからと言って周囲にまで被害を及ぼすような危険なシステムに頼るとは思えないのだ。勿論、何か別の目的があって今までこちらを助けていたのかもしれない。だがそれでも突然のあの行動は本意とは思えない。

 ならば原因は何か? 一つは自分の時の様に密かに組み込まれておりそれが起動したと言う事。そしてもう一つ、それはサイレント・ゼフィルスに何かをされたか。

 

「ん……」

「シャルロット! 眼が覚めたのだな!」

 

 小さく声を漏らしてゆっくりとシャルロットが目を開く。ラウラの顔がぱあっ、と明るくなりシャルロットの手を握った。

 

「ラウラ……? ここは……?」

「病院だ。撃墜されたのは覚えているか?」

「撃墜……。ああ、そうか。僕はやられちゃったんだね」

 

 弱々しくも微笑むシャルロットの様子に先程の罪悪感の様な物が胸を過るが、それを圧しとどめてラウラは頷く。

 

「どうだ? まだ痛むか? ああ、痛いのは当然だったな……。何を当たり前の事を言っているんだ私は」

 

 珍しく慌て得ているラウラの様子にシャルロットは苦笑した。

 

「うん、ちょっと痛いけど大丈夫だよ。僕の状態はどんな感じなのかな?」

「医者の話だと内臓器官はどれも無事らしい。どれも致命傷は避けられたから時間が経てば元通りだ。だが……」

 

 そこで少しラウラがどもる。不思議そうにシャルロットが見つめる中、言いにくそうに口を開く。

 

「傷跡は残ってしまうかもしれないらしい。だ、だが傷跡を隠す技術は無い訳では無い! 今すぐには無理らしいがそれならきっと!」

「そっか……」

 

 女性として、肌に傷が残ると言う事は耐え難いものだろう。流石にラウラでもそれ位分かる。故にシャルロットをあまり落ち込ませない様に言葉を続けるが、シャルロットは小さく頷いただけだった。だが不思議とその顔に怒りは見えない。

 

「ねえラウラ。ラウラはあのIS……黒翼の事をどう思う?」

「それは……」

 

 ラウラの心中としては善とも悪とも取れない微妙な物だ。しかしそれを実際に撃墜され傷つけられたシャルロットの前で言うのは躊躇われた。

 

「僕はね、実はあまり怒って無いんだ。そりゃ傷は悲しいけどね、きっとこれはあの人も望んだことじゃない。そう、思うんだ」

 

 おかしいかな? とシャルロットは笑う。

 

「少しだけ、少しだけあの人の目を見たんだけど、凄い悲しい目をしてた。抗おうとして、けどどうにもなら無くて苦しんでいる目。それにね、僕の名を呼んだんだ」

「名を?」

「うん。その瞬間なんかね、おかしいんだ。ありえない筈なのにまるで――」

 

 そこでシャルロットは声を落した為にラウラにはシャルロットの言葉の最後を聞き取る事が出来なかった。

 

「とにかくあの人は必死に止めようとしていたんだよ、きっと。だけどどうにもなら無かった。それが何となく分かるから、怒るに怒れないんだ」

「そうか。シャルロットがそう思うならそれでいいのではないか? 私もシャルロットの意見と同じだしな」

「そうか。ふふ、なんか嬉しいな」

 

 ふふ、と二人笑い合う。そしてラウラははたと気づいた様に時計を見た。

 

「そろそろ一夏達の事情聴取も終わるかもしれん。シャルロットが目覚めた事を伝えれば安心するだろう」

「そうかな? じゃあ悪いけどお願いしていいかな? ところで……静司は?」

 

 当然と言えば当然の問い。ラウラは小さくため息を付いて首を振った。

 

「連絡が取れない。どうも事件の際に別途保護されたらしくてな。一夏達とは違う場所で今も守られているそうだ」

「無事なのかな?」

「わからんが、あの会長は『大丈夫だ』と言っていたが……。とりあえずもう一度連絡を取れるか確認してみるから待っててくれ」

「うん。よろしくね、ラウラ」

「任せろ」

 

 最後にもう一度シャルロットの手を握るとラウラは病室を出ていく。

 

「静司……うん、そんな筈……無いよね……?」

 

 背後でシャルロットが何かを呟いていたが、それをラウラが聞くことは無かった。

 

 

 

 

 

 分厚いガラスの向こうで青い顔をした少年が横たわっている。その少年の周りでは数人の医師たちがせわしなく動き回っていた。

 そんな光景を川村章吾――皆からは課長と呼ばれる男は静かに見つめていた。その隣にはC1やC5、それにC12他数名の姿もある。

 

「シャルロットちゃんが目覚めたそうよ」

「そうか。なら後はこっちだな」

 

 C5からの報告に頷きながらガラスの向こう側にいる少年――静司を見つめる。

 

「大きな傷への処置は完了。黒翼の方で件の生体再生も行われた結果もありますが、一命は取り留めました」

 

 医療担当者の安堵しつつもう一つの懸念事項を問う。

 

「VTシステムの方は?」

「今は安定しています。ですがこれはあくまで治まっているだけでありシステムが削除されたわけではありません」

「そうなんすか? さっきは直ったと思ったんすけど」

「それにVTシステムと言っても、ラウラ・ボーデヴィッヒの時とは少し違わなかったかしら?」

 

 C12とC5の疑問は最もであり、課長としても気になる所だった。

 

「まだこれは確証が無いので推測の域ですが、blade9……静司とVTシステムの親和性が高かったのが原因かと」

「親和性?」

「はい。静司はVプロジェクトの被検体として歴代ヴァルキュリーの戦闘技法等をインストールされてきました。そしてVTシステムとはその過程で生まれたいわば副産物です。インストールが対象者の脳に直接情報を刻むのに対して、VTシステムは機械にあらかじめインストールされた情報を元に、システム発動時は搭乗者の意識を管理下に置きその力を発揮します」

「ああ。それがどう繋がる?」

「つまり静司の脳内に刻まれた情報と、VTシステムが搭乗者を無理やり動かす情報はほぼ同じと言う事です。故にシステムが起動した際に静司の中にある情報と、システムの持つ情報が結びつきそれが異常を起こしたという事でしょう。静司からすれば送られてくる情報は『既に知っている情報』とまだインストールされていなかった為に『知らない情報』が入り乱れていたせいで混乱したのだと思います。お蔭で完全に乗っ取られた訳ではありませんが、代わりに自分を制御する事も出来ず中途半端な状態で暴れ狂ったんです」

「そうか……。だがならどうして元に戻った? システムは消えていないのだろう?」

「それは――」

「やっぱり愛? 愛の力なの?」

 

 C5がぐっ、と身を乗り出す。彼女も静司が一時的に正気に戻った時の状況は聞いている。興奮気味に鼻息を荒くするが、医療担当者は首を振った。

 

 

「そんな非科学的な物ではありません。これも仮説ですが、要は静司と黒翼は酷い混乱状態にあった。いわば精神は不安定だったんです。そこに精神的な強い衝撃……自らの手でシャルロット・デュノアを傷つけた事で思考の優先順位が変わったのでしょう。そしてその動揺状態で布仏本音が行った行動が追い打ちをかけたでしょうね。よくあるでしょう? 壊れたテレビをドつくと直るって」

「おい、科学はどこ行った科学は。どう聞いてもそれはフィジカルだろが」

「というか人の息子を壊れた電化製品扱いするな」

「しかし今はそうとしか言えないんですよ」

「まあお前がそう言うならそうなんだろうけどよ。……しかし精神に強い衝撃だ? デュノアの嬢ちゃんに件は納得いくが、のんびり嬢ちゃんに関しては納得いかねえな」

「あら? どうして?」

 

 C1はぐっ、と拳を握り熱く語る。

 

「あの嬢ちゃんの口づけで目覚めただと? その前にあの胸に抱かれてたんぞあいつは。それなのにそっちじゃなくて口づけ? キッス? ベーゼだぁ!? つまり胸はもういいのか胸は! 少なくとも一年前のあいつならあんな胸に抱かれりゃ一発昇天してもおかしく無かった筈なんだ……! だがそうならなかったと言う事は……」

「慣れ……っすかね?」

「なんて贅沢な奴だ羨ましい!?」

 

 ギャーギャーと喚くC1を尻目に課長は成程、と手を打った。

 

「成程口づけが。つまり愛しいパパである私が静司に熱いベーゼをかませば静司も一発復活という事だな! よしならば早速」

「静司にトラウマ植え付ける気っすか!? ヒゲジジイは大人しくしてろっす!」

 

 飛び上がったC12の蹴りが課長に突き刺さり悶絶する。そんな光景に医療担当者は肩を落とした。

 

「一応ここ病室なんですがね」

「暗い気分を払拭したいのよ。何だかんだでやる事はやるから、アンタらも静司の事を頼んだわよ」

「…………」

「? 何よ……?」

「C5が……ライアさんが真面目だと!? 一体どこで改造手術を受けたんですか!?」

「うふふふ。OKわかったわ。ちょっとおねーさんとお話しましょうか」

 

 がしっ、と相手の首を掴み引きずっていくC5ことライアと喚く男。そんな騒がしい光景にガラスの向こう側の医師たちが迷惑そうにしているその横で、静司の体が小さく揺れ、そしてゆっくりと目を開き始めた。

 

 

 

 

 一夏の事情聴取が終わったのは夜も21時を過ぎた頃。長きにわたるそれに疲れ果てていた一夏であったがこれでもマシな方である。なにせ鈴達はまだ続いているのだ。これは一夏とは違いそれぞれが各国の代表候補生だった為に、本国の担当者達からの事情聴取と言う名の説教及び情報収集の為だ。事情が事情なので街中でのIS使用は仕方のない所はあった。しかし建前は必要なのである。

 一人解放された一夏だが、流石に当初の予定通り自分の誕生日会とは行かなかった。そもそも本来の開始時間もとっくに過ぎている。慌てて一夏は参加者だった蘭に電話をして謝ったのだが蘭はそちらは全然気にしておらず、一夏の無事を泣いて喜んでいた。その事に罪悪感を感じつつ、また今度日を改めようと言う話になりその場は治まった。そしてそんな時、ラウラからシャルロットが目覚めたと言う話を聞いて、一夏は急いで病院へ向かっていた。とは言っても自由な行動は許されておらず、護衛付であったが。

 今一夏は両脇を黒服のSPに挟まれた状態で車に乗り、シャルロットの居る病院へ向かっている。SPは共にIS搭乗者であり、いつでも戦闘に移れるように緊張感を漂わせていた。その事に息苦しさを感じるが仕方ない。むしろ病院に向かう事を了承してくれただけでも恩の字だろう。

 

「あの、すいません。我儘言って」

「気になさらず。あなたの安全は必ず守ります」

 

 礼を言ってもSP達は視線を合さず簡潔に答えるだけ。そんな彼女らに更なる息苦しさを感じ、一夏は小さくため息を付いて窓の外へ視線を移す。

 外は土砂降りの雨で先が全く見えない。確認できるのは時たま走る車や街灯の発する光のみ。ISのハイパーセンサーならもっと見えるのだろうな、と一夏が考えた時、急に車が停止した。思わず前のめりになり前の席に鼻をぶつけてしまう。

 

「ど、どうしたんですか」

 

 鼻を押さえながら聞くがSPは答えず扉を開けると外に出た。

 

「直ぐに来た道を戻れ。それと本部に連絡を」

「了解」

 

 SPの言葉に運転手が頷き直ぐに今度は急速に車体をバックさせはじめる。その勢いに揺られる中、慌てて一夏が叫ぶ。

 

「ど、どうしたんですか!?」

「敵です」

「敵っ!?」

 

 前方で淡く光る二つの影。先ほどのSPがISを展開したのだろう。と言う事は敵はその更なる前方か?

 

「なら俺も!」

「必要ありません。あなたは自分の事だけを考えて下さい」

「けど!」

 

 尚も反論しようとする一夏だが急激に車体が横に振られドアに叩き付けられた。運転手が無理やり車体を反転させたのだ。

 

「掴まっていてください!」

 

 アクセルが踏み込まれエンジンが唸りを上げる。後ろに引っ張られ様なGを感じ一夏は慌ててドアにしがみついた。だが不意に、目の前、フロントガラスの目と鼻の先に光が落ちたかと思うと、ボンネットが火を噴いた。車は急速にバランスを崩し横滑りしつつブレーキがかかる。

 

「うわああああああ!?」

 

 やがて車体はガードレールにぶつかり動きを停止した。その時の衝撃でもガラスも割れなければ、車体内部に目立った損傷はない。どうやら相当頑丈な車の様だった。だが今もボンネットからは火を噴いており、このままでは危険に見える。一夏は慌てて扉を開けて外に出ると運転席へ向かう。

 

「大丈夫ですか!?」

「に……げ……て」

 

 運転手は頭部をぶつけたらしく血を流しながら呻く。一夏は直ぐにシートベルトを外すと運転席から引っ張り出そうとして、そしてその視線に気づいた。

 

「なんだ……?」

 

 周囲は土砂降りの雨。人通りは少なく、また昼の事件の影響か車も全然走っていない。そんな道路の先に傘をさした少女が立っていた。何故か嫌な予感がして一夏は後ずさる。

 

「だ、誰だ」

「……」

 

 少女はゆっくりと近づいてくる。その顔は傘で隠れて見えないが嫌な予感はどんどん増していく。

 

「織斑一夏。私や、あれ(・・)とは違う。もっとも恵まれ、そして最も愚かな男」

 

 ゆっくりと、言い聞かせる様な少女の声。その声を聞いた途端一夏の体が硬直した。今の声。それは余りにも似ている。そしてその想像を肯定するかのように、少女が傘を捨てその顔を晒す。

 きつく鋭い相貌。整った顔立ちと漆黒の髪。雨に濡れ薄く笑う少女の顔は自分のよく知る人物と酷似していた。

 

「ち、千冬姉……?」

「いや」

 

 雨の中少女が近づく。近寄れば近寄る程、その顔が千冬に酷似している事がわかり一夏は混乱した。

 

「今日は挨拶に来た。貴様とそしてあいつに」

「あいつ? お前は一体……」

「織斑マドカだ」

「え……?」

 

 少女が何を言っているのか分からない。織斑マドカ? その名字は紛れも無く自分と、そして千冬の物と同じ。だが一夏にとって家族は千冬のみだ。だがただの同姓と言うには余りにもこのマドカと名乗る少女は似すぎている。

 

「死んでもらう。お前はそこに居るのに相応しくない」

 

 少女が鉄の塊を取り出す。それは無骨な拳銃でありその銃口を一夏に向ける。

 

「そこは私の席だ」

 

 引き金に指がかかる。一夏は反応できずただそれを見ている事しかできなかった。このままでは撃たれる。それが分かっていながらも混乱した思考では全く動けない。そして引き金が引かれ、致命的な弾丸が一夏の頭に当たる、その直前。

 

「させないわ」

 

 静かに、そして冷徹に響く声。一夏の眼前に水の楯が突如出現しその銃弾を受けとめた。唯の水ではこうはいかない。そして一夏はその水に心当たりがあった。

 

「楯無さん!」

「はあい、一夏君、無事ね」

 

 それはミステリアス・レイデイを纏った更識楯無。彼女はその槍をマドカに向けたままゆっくりと歩み寄る。

 

「中々興味深い話ね。是非おねーさんにも聞かせてくれないかしら?」

「……邪魔が入ったか」

 

 少女は銃を捨てると一歩下がる。同時に彼女の背後に新たな影が舞い降りた。

 

「お前は!?」

 

 一夏が驚くのも無理はない。マドカの背後に降り立ったのはかつて学園祭に現れ、そして今回も現れたと聞く、奇妙な形の人型兵器だったからだ。

 

『エム、あっちは、終わった。だけど、そろそろ、帰る』

「ふん」

 

 不満そうに小さく鼻を鳴らすが、この雨の中で楯無との相対は危険と判断したのだろう。マドカが光に包まれる。そしてサイレント・ゼフィルスを展開したマドカの姿に一夏は更に驚く。

 

「サイレント・ゼフィルス!? まさかお前が!」

「そういう事だ」

 

 言うが否やマドカと人型兵器は空へ浮き上がる。楯無も一夏を庇いながら戦う余裕は無いと判断し、静かにマドカを睨みつけていた。

 

「女、あいつに伝えておけ」

「……何かしら?」

「プレゼントは気に入ったか? とな」

 

 言い捨てると2機は一気に急上昇。夜空へと消えて行った。

 

「楯無さん、あいつらは」

「まだ詳しい所は不明よ。悪いけど一夏君、お見舞いは中止ね。やはり今外出させるのは危険すぎるわ」

 

 有無を言わさぬ楯無の言葉に一夏は頷く事しか出来なかった。

 

 

 

 

 外の雨は更に激しくなってきた。シャルロットは横たわりながらそれを眺めていると、以前の事を思い出してしまう。

 それはかつての愚かな記憶。人形の様に命令に従い、学園のデータを盗みだそうとして、そして拉致された時の事だ。あの時の天気も今日の様に大きく荒れていた。

 

「そういえば、あの時も助けてもらったんだよね」

 

 黒翼。思えば助けられてばかりのその存在。その事が頭から離れない。あの時見た目の事が、そして名前を呼んだその声が、シャルロットの心をかき乱す。

 

「……?」

 

 思考に沈んでいたシャルロットだが、不意に気配を感じた。時刻はとうに日をまたぎ深夜の2時。自分は疲れているのにも関わらず中々寝付けなかったのだが、こんな時間に見舞いが来るとは思えない。若干の緊張を持って、顔を窓から病室の扉へ向ける。そしてそこに立っていた人物にシャルロットは目を丸くした。

 

「静司……?」

「ああ」

 

 そこに居たのは間違いなく静司だった。どこか顔が青く、何故か足取りがおぼつかないが見間違えようが無い。

 

「ど、どうしたのこんな時間に。それにどうやって……」

「会長の計らいでな。遅くなって済まなかった」

 

 謝罪の言葉を口にしつつベッドへ近づく。だがやはりその足はどこかふら付いており、それがシャルロットに不安を抱かせた。

 

「静司、怪我してるの?」

「……いや、ちょっと疲れてるだけだ」

 

 嘘だ。明らかに静司の様子はただ事では無い。しかしそれを聞いても静司が話そうとしない事は何となくだが分かった。それが少し悲しい。

 

「傷の具合はどうだ?」

「うん、ちょっと痛むけど薬が効いてるからそれほど苦しくないよ」

「そうか、良かった……本当に……」

 

 俯き拳を握りしめ震える静司。それはまるで懺悔をするようで、病人として寝ている筈のシャルロットの方がいたたまれない気になってしまう。

 だからシャルロットは笑顔を浮かべた。好きな人のそんな姿は見たく無いから。

 

「静司、せっかく来てくれたんだからそんな暗い顔しないで? 僕……私は顔が見れて嬉しいよ?」

「っ、ああ、そうだな……本当に……俺は毎回成長しない」

 

 そっと手を伸ばす。静司はその手を受け止めそしてまるで祈る様に握りしめた。そんな静司を前に、シャルロットしても自分の中にある疑問をぶつける事が出来ない。今はただ、手に伝わる温もりだけを感じていたい。

 

「何か……何か出来る事はあるか?」

「ううん、大丈夫だよ。そんなに気にしないで」

「だが……」

 

 やはりどこか静司の様子はおかしい。何かしないと崩れてしまう、そんな危うい空気を感じた。だからシャルロットは少し考え、じゃあとお願いを口にする。それを言うのはかなり恥ずかしかったが。

 

「そんな事で良いのか……?」

「うん。中々寝付けなくてね。昔お母さんがね、寝れない時にやってくれたおまじないなんだ」

「……わかった」

 

 戸惑いつつも静司は頷くとゆっくりと顔を近づける。その事に今更ながらシャルロットは緊張してしまう。

 額にキスしてほしい。それがシャルロットのした『お願い』だった。母の話も嘘では無い。しかし今更ながら自分が大胆な事を言った事に赤面してしまう。その間にも静司の顔は近づきそして額に触れようとして、その瞬間シャルロットは顔を上げた。

 

「え?」

「ん」

 

 それは一瞬。だが確実にお互いの唇が触れ合う。驚いた静司が慌てて顔を離すとシャルロットは悪戯が成功したかのような笑みを浮かべた。

 

「な、何を……」

「えへ、やっちゃった」

 

 戸惑う静司に対してシャルロットは笑う。

 

「静司ったら意外に大胆だね?」

「ちょ、ちょっと待て。今のは」

「今のは? 何かな?」

 

 ぐっ、と焦る静司。その額には脂汗が浮かんでいる。そんな様子を見てシャルロットは噴出した。

 

「あはは、嘘だよ静司。今のは僕が顔をずらしたんだから」

「……シャルロット。なんでこんな――」

「うん、やっと悲しい顔以外の静司が見れた」

「っ……」

 

 息を飲む静司の手を再びシャルロットが握る。

 

「言いたいことはあっても。何か言え無い事があっても。それは仕方の無い事だって言うのは僕だってよく知ってる。でもそれが悲しい事や苦しい事を引き起こしても、そこで立ち止まってちゃ駄目だよ。それを教えてくれたのは、静司や本音。一夏やラウラ達だよ? だから僕は今ここに居るの。だから静司も……ね?」

 

 後悔ばかりじゃ、懺悔ばかりじゃ何も動かない。それは自分も同じだったのだから。例え静司が今こうなっている理由が正確には分からなくても、その考えだけは変わらない。

 

「僕もすぐに傷を治すよ。それでまた、皆で色々やって笑いあおう?」

「……あぁ」

 

微笑むシャルロットに、静司は小さく答えるのだった。

 

 

 

 

 それから少しして、シャルロットは気が緩んだのか眠りに落ち静司も病室を後にした。

 

「話は終わったのかしら?」

「ええ。ありがとうございます、会長」

 

 待ち構えていた楯無に静司は頭を下げる。だがその足がふらつき思わず倒れそうになったのを楯無が慌てて支えた。

 

「無理し過ぎよ。本当なら絶対安静なんでしょう?」

「それでも、俺には来る義務があったんです……」

 

 シャルロットの前では我慢していた痛みに息を荒らげる。そんな静司に肩を貸し、楯無は廊下を歩いていく。

 

「本当はこんな状態の静司君に言うべきじゃないでしょうけど、いずれ知る事だから伝えるわ」

 

 ベンチまで行くと静司をおろし楯無も横に座る。そして懐から数枚の写真を取りだした。

 

「先ほど一夏君が襲われたわ」

 

 ばっ、と振り返る静司を落ち着きなさい、と制する。

 

「護衛が少し怪我をしたけど一夏君は無事よ。今は厳重に警備されたIS学園に戻ってる」

 

 ただね、と一拍置き楯無はその写真を静司に渡した。

 

「それが襲撃者よ。私のミステリアス・レイデイが捉えた映像を映した物だけれど……」

 

 楯無の言葉は途中から頭に入らなかった。静司の視線はその写真に釘付けにされている。

 雨の中で有る為、少々画素は荒い。それでもその襲撃者の顔はよくわかる。そしてその顔は自分がよく知る物であった。

 

「馬鹿な……」

 

 予感はしていた。サイレント・ゼフィルスは以前からそのような雰囲気を醸し出しており、今回に至ってはVTシステムまで持ち出してきた。そこまでして静司に拘る理由。その理由は予感と同時にありえないと思っていた物。しかしそれが今、目の前にある。

 

「心当たりがあるのね。そいつから伝言よ。『プレゼントは気に入ったか?』だそうよ」

 

 かつて静司は本音に自分の素性を話した。しかし楯無が知らないと言う事は彼女は他人には決して洩らさなかったのであろう。そんな彼女の律義さを感じつつ、静司はその伝言内容に怒る。

 

「知っている……知ら無い訳が無い…………だがっ!」

 

 くしゃ、とその写真を握りつぶす。そうだ、自分はこの写真が意味する事を知っている。動揺もしている。だが、

 脳裏に浮かぶのは死んでいった姉達の顔。そして教壇に立つ織斑千冬の事。そうだ、自分はこの二つを分けて考える事が出来る。出来る筈なのだ! だから今更同じ顔が出てきた所で――

 

「うっ……!?」

 

 途端に頭痛が走る。VTシステム暴走時の感覚が蘇り、視界が炎に染まる。復讐と嘆き。様々な感情が入り乱れ、心を乱していく。

 だがだ、

 

「これ以上……」

 

『負けちゃ駄目。まだ何も失ってないんだから、ここで負けちゃ駄目だよ?』

 

 これ以上、負けては居られない。

 

『それが悲しい事や苦しい事を引き起こしても、そこで立ち止まってちゃ駄目だよ』

 

 これ以上、同じところで同じことを繰り返している訳にはいかない。

 

 そうだ、この襲撃者は喧嘩を売ったのだ。それも最低最悪な形で。それはつまり、篠ノ之束と同様に憎むべく……敵。

 頭痛がする。吐き気がする。例え別人だと分かっていても、姉と同じ顔――いや、違う。姉と同じ存在である相手を敵とする事に身が切り裂かれるような苦しみ感じてしまう。

 

 それでも、やらなくてはならない。

 

「やらせて……たまるかっ……!」

 

 必ず、ツケは払わせる。例え誰であっても。

 例え、自分や姉達と同類だとしても。

 

 必ず。

 




ラウラとシャルロットの関係ってまさに仲の良い親友って感じで好きなんですよね

前回静司が戻った理由⇒ショック療法でした。但し本音はそんな話は知らないのでああったのは偶然という話。やはり愛なのか。

シャルロットのターン
書いててちょっといきなり大胆すぎたか? と思ったけどよくよく考えると一緒に風呂入ったり真後ろで着替えたりとか原作の方が大胆だったという罠

そしてヒロイン二人に感化され凹みながらキレるという色々忙しい主人公でした。
これまで散々凹んできて更なる凹む要因もあったけどそれ以上にキレた。そういう意味でこの話のタイトルをつけてます。
 そしてこれで6巻終了です。7巻以降はこれまで以上に原作から乖離します。大分物語も核心に近づいていますので、これからもお付き合いいただければと思います。

余談ですが合間合間に書き溜めた物をなろうに投稿しました。活動報告でも触れてるので気が向いたら見てやって下さい

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