IS~codename blade nine~   作:きりみや

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65:不審

「なんなのだこれは!」

 

 千冬が目の前の机に書類を叩き付けた。ばしん、音が響き、隣に居た真耶が肩を震わせる。

 

「上層部……まあ言ってしまえば委員会からのお達しだよ。先日のキャノンボール・ファストの襲撃を踏まえ、各専用機持ちのレベルアップを図るための合同タッグマッチを開催する。これは決定事項だね」

 

 千冬の前に座るのは桐生と名乗る男。IS委員会の一人だ。そして彼が持ってきた資料が千冬の怒りを買っていた。

 

「委員会にそのような権限は無い筈だ」

「権限は無い。けど力はある。そんな事今更だろう?」

「だからと言ってこれは幾らなんでも軽率すぎる!」

 

 だんっ、と手を机に叩き付け抗議する千冬に桐生はうんざりとした顔になる。彼とてこの内容がふざけているのは知っている。だがこれを決めたのは自分でなく、IS委員会全体なのだ。

 

「織斑千冬さん。あなたの言いたいことは分かるよ。というかはっきり言ってやってもいい。レベルアップなんて唯の建前で、本当の目的はキャノンボール・ファストの時と同じさ」

 

 桐生はテーブルのコーヒーに口を付けると一息つく。その先を代弁したのは真耶だった。

 

「あの、黒いISの事ですね……」

「半分正解かな。正確にはそれを含めた諸々の懸案事項の種って所かな?」

 

 桐生は千冬が机に叩き付けた書類を一枚抜き取り二人の前でひらひらとかざす。

 

「幾度となく学園に現れる謎の黒いIS。不定期に現れる異常な性能を持つIS。そして先日現れた亡国機業の巨大IS。これらを全て……は無理でも、どれか一機だけでも捕獲なりなんなりしたいのさ」

「そしてその為に生徒に餌になれと言うのか……っ!」

「正確にはあなたの弟さんに、だろうね」

「貴様っ!」

「織斑先生落ち着いて!」

 

 今にも飛び出しそうな千冬を真耶が必死に抑える。だが桐生は自らの表情を崩さず静かに頷いた。

 

「その反応は分かるよ。僕だって抗議したさ。意外かい? まあ結局意味が無かったんだけどね」

 

 肩を竦める桐生に千冬もぐっ、と押し黙る。目の前の男に文句を言っても何も変わらないのは分かっているのだろう。だが分かっていても納得できない事はある。そんな千冬の気持ちを代弁する様に真耶が桐生に尋ねた。

 

「けど確かに滅茶苦茶です。それに餌だなんて……」

「ま、言い方は悪かったけど似たような物だろう? けどこれはチャンスでもあるよ。ここで一気にカタが付けば織斑一夏は自由の身だしね。先日の襲撃以来、ずっと学園に軟禁状態なんだろう?」

 

 そう、一夏はキャノンボール・ファストのあった日、夜に再びの襲撃を受けて以来学園から外へ出る事を許されていない。あれから2週間以上、一夏は学園から一歩も出ていないのだ。それは一夏の身を守るための措置ではあるが、確実に一夏のストレスを溜める結果にもつながっていた。

 

(尤も、今までホイホイ外出してたのが異常だったんだけどねえ)

 

 口には出さないが桐生はそう考えている。一夏の外出の度に護衛である静司達EXISTが大変そうにしていたのは桐生も知っている。だがそれでも許されていたのは、千冬や篠ノ之束に対する配慮もあったのだろう。下手に反感を買いたくなかったのだ。静司が外出を許されたのは、K・アドヴァンス社への用事以外はそんな一夏と一緒に出掛ける事が多かった為だ。

 だが度重なる襲撃に流石に配慮がどうのとも言えなくなってきたのが現実だ。故に一夏の行動は今は厳しく制限されている。

 

「正直に言うとね、意見は大きく割れているんだよ。これまで通り男性操縦者二人を学園に通わせるか、それともこれ以上何かが起きる前にその体を調べつくすか(実験材料にするか)

 

 千冬の眼が鋭くなり、真耶も肩を震わせる。

 

「織斑一夏と川村静司。この二人以降相変わらず男性操縦者は見つかっていない。まあ世界中の男を調べつくした訳じゃないから分からないが、段々と焦り始めているのも事実だよ。そしてその焦りが非人道的な行為に移る可能性だってゼロじゃあない。織斑一夏が見つかった時だっていろいろ言われただろう? 世間の目は冷たいだろうけど、そんな物どうとでもなるしね」

 

 だから、と桐生は続ける。

 

「そんな事になる可能性を少しでも減らす為にも『脅威となる対象』を早急に排除する必要がある、と言う事だねえ」

 

(ま、結局これも建前なんだろうけどね)

 

 確かに男性操縦者にとっての脅威を排除することは早急に対処すべき課題だ。だがその裏にあるは、あの異様なIS達を手に入れたいというIS委員会とそれに参加する各々の思惑がある。それは口に出さずとも目の前の二人も理解しているだろう。

 

(ま、嫌われ役は今更だしねえ)

 

「つまり」

「ん?」

 

 桐生の思考を千冬の言葉が遮る。彼女は何かを考える様に、思い出すかのように口に手を当てつつ言葉を続ける。

 

「生徒達――取り分け男性操縦者に対する脅威として認識されているのは『全身装甲の異常な性能のIS』『黒く巨大な翼を持ったIS』そして『亡国機業とそれに所属するIS達』と言う事だな?」

「まあそんな所だね」

「け、けど黒い翼のISはっ」

「あれは先日一夏達に襲い掛かりデュノアを撃墜した。それに所属も目的も不明である以上、脅威の一つと見なされる。そうだな?」

「そうだねえ。間違っていないよ」

 

 脅威というよりも興味を持たれてしまったと言うのが正しいけどね、とは桐生は口には出さない。

 

「なら、ならばその脅威が一つでも減れば、委員会側も考えは変わる可能性があるな?」

「織斑先生……?」

「うーん、今回の専用機タッグマッチは無理かもしれないけど、それでも今後は多少はマシになる可能性はあるねえ。敵の性能もそうだけど、敵の数が多いと言うのがネックだったしね」

「……そうか」

 

 頷き何かを考え込む千冬と不思議そうにそれを見る真耶。そして桐生は相変わらずニコニコと笑みを浮かべてはいたが、その眼が少し細まり、探る様な目で千冬を見つめていた。

 

 

 

 

「はあ、はあ、はあ」

 

 息が荒れる。肉体が無理な行使に悲鳴を上げる。身に纏った鋼鉄の鎧が異様な重さを感じさせ、その重さに押しつぶされそうになりながらも静司は体を強引に動かした。

 

「どうした静司!」

 

 目の前を砲撃が通り抜けていく。その余波で機体をふら付かせながら、静司は空を――砲撃が飛んできた方法を見上げた。そこではラウラがその両肩のレールカノンを構え、悠然と陣取っている。

 

「動きが鈍いぞ!」

 

 一発、二発。続けて放たれるレールカノンをギリギリで躱していく静司の顔に余裕は無い。

 

「ぐっ……」

 

 偽装皮膚の下、まだ完治とは言い難い傷が疼き全身に痺れる様な痛みを撒き散らす。だがそれを無理に抑え込み、静司は己の搭乗するIS――打鉄の手に握るライフルを連射した。

 

「ふん」

 

 だがそれらはラウラに当たる前に空中で静止してしまう。ラウラのAIC(停止結界)だ。この展開は読めていたので静司は打鉄の物理ブレードを手に一気に距離を詰める。ブレードを握る左手に力を込める。だがその瞬間、頭の中に別の光景がフラッシュバックの様に映し出された。

 炎、躯、姉、血。それらが一瞬過り頭痛に眉を顰める。だがそれを押し切る様に静司はブレードを振るった。

 対しラウラは両手にプラズマ手刀を展開するとその一撃を受け止める。鉄の焼ける匂いと微かな閃光。至近距離で睨み合う両者だがラウラの眼は訝し気だ。

 

「どうした静司。やけに動きが鈍いな」

「気の、せいだ!」

 

 尚も頭に浮かぶ光景。それらが昏い闇となって脳裏を支配しようとする。だがそれらを振り切り、静司はブレードを振り切った。

 

「っ、やるな!」

「こんっのぉぉ!」

 

 ラウラが空中で立て直しを図る隙に更に前進。脳裏に過る余計な物を振り切る様に雄たけびを上げながらラウラへと突っ込んでいく。対し、ラウラもその両手のプラズマ手刀を構えそれを迎え撃った。

 再度の激突。だが今回はラウラに軍配が上がった。もとより二機の間には明確な性能差がある。ラウラが本気で迎え撃てば出力が迎えられた打鉄では相手になら無い。静司と打鉄の一撃は逆に弾かれ、その衝撃でアリーナの壁へと叩き付けられてしまった。

 

「ふう、終わりか」

 

 模擬戦終了のアラームが鳴る。打鉄のシールドエネルギーがゼロになったのだろう。それを確認するとラウラはゆっくりと降下していく。

 

「む?」

 

 その最中、記録してたシュバルツェア・レーゲンの戦闘ログを確認していたがその眼がある項目で止まった。

 

「打鉄の出力は……? いやこれは……」

 

 ラウラが見ている項目。それは先程静司がラウラを弾いた際に記録されて打鉄の瞬間最大出力だ。そしてその項目では、打鉄のスペック以上の出力が記録されていた。

 

 

 

 

 静司とラウラがお互いに戻ってくると早速先程の模擬戦の検討が行われた。真っ先に声を上げたのは鈴とセシリアだ。

 

「静司! アンタもっとしっかりしなさいよ。全然動きが鈍いじゃない」

「確かにいつもとは少し違う感じがしましたわね」

 

 二人の言う事は尤もであり、箒やラウラ、それに一夏も小さく頷いた。その横でシャルロットが心配そうに尋ねる。

 

「静司、本当に大丈夫? 体調が悪いとかかな?」

「いや……何でも無いよ。2週間ぶりだから感覚がつかめなかっただけだ」

 

 安心させるように笑う静司だが、シャルロットの顔は心配げなままだ。だが気遣う為に近づいたせいで、シャルロットは先日の真夜中の病室の事を思い出してしまい顔が赤くなってしまう。

 

(せ、静司はどう思ってるんだろう)

 

唇の感覚にシャルロットが一人顔を赤くする。だがそれを思い出すと、同時に何故か黒翼の事を思い出してしまう。あの黒翼の眼を。

 聞いてみたい。聞いて、真実を知りたい。しかしそれを無理に聞き出す事を静司は望んでいない。もどかしさにシャルロットが悩む中、そんな事はつゆ知れず、一夏が腕を回しながら首を捻った。

 

「確かに久々すぎて俺もちょっと体が鈍ったかも……」

「軟弱だぞ、一夏」

 

 箒の一言に一夏は無茶言うなよ、と思わず呻く。

 キャノンボール・ファストでの事件以降、学園はしばらく休校状態となっていた。それは亡国機業の巨大ISとサイレント・ゼフィルスによって、防衛に当たっていた教師陣が軒並み撃墜されたからであり、その回復と機体の修理に時間がかかったのだ。教師陣は比較的軽傷だったので座学自体は一週間ほどで開始されたのだが、IS訓練はそうはいかずアリーナも使用禁止となっていた。一夏達一年の専用機持ちも機体修理が必要であり暫くの間はISに乗れず、アリーナも問題があった時に止める筈の教師陣が総崩れだったので使用禁止にされていたのだ。加えて一夏や静司に至ってはその存在の重要性かあら暫くの間は厳重な警護下にあり、学園と寮の往復以外の自由な行動は許されなかった。

 

「やっと訓練機も全部修理が終わって、アリーナの使用もOKになったとはいえ、やっぱり暫く乗らないと感覚が鈍るな」

「それを何とかする為にこうして放課後までやってるんでしょ。さ、一夏! 次はアンタと私よ!」

「待て鈴! 次は私と一夏だ」

「お二人共、抜け駆けは許しませんよ」

 

 鈴と箒とセシリアが一夏の取り合いをする中、ラウラはやはりどこか少し顔色が悪い静司に声をかける。

 

「静司。先ほどの打鉄の出力だが」

 

 ラウラがデータを端末に映し出し、静司とシャルロットも振り向いた時だった。新たに現れた人物にアリーナがざわめいた。

 

「千冬姉?」

 

 一夏達も気づき、そして驚く。新たに現れたのは千冬だった。その事自体は特別珍しい訳では無い。教員である千冬が放課後のアリーナを見に来ることは今までもよくあった事だ。

 だがその千冬がISスーツを着ているとなると話は別だ。彼女が授業以外でそれを着ている所はこの場に居る誰もが見た事が無かった。

 

「織斑達は模擬戦か」

「あ、ああそうだけど千冬姉は」

「織斑先生だ。馬鹿者」

「す、すいません」

 

 ぎろり、と睨まれ一夏が慌てて言い直す。他の者達も千冬の視線に押されて慌てて佇まいを直した。

 

「そ、それで織斑先生はどうしてここに?」

「修理が完了した打鉄の一機が調整不足との話があった。その調整の為にも一度動かしてデータを取ろうと言う事だ」

 

 千冬が見上げた先、アリーナ上部の観測室では不安そうな顔の真耶の姿が見える。

 

「千冬ね……織斑先生が? なら俺と模擬戦やりませんか!」

 

 一夏が手を上げた。世界最強とも言われる千冬との模擬戦。これは誰にとっても魅力的な物だ。例え勝てる可能性は皆無でも、その戦いには大きな意味がある。

 

「ちょ、一夏ずるいわよ!」

「そ、そうだ。お前も捨てがたいが千冬さんとの模擬戦は……!」

「わたくしも興味がありますわ!」

 

 途端に揉めだす一夏達に千冬は嘆息した。

 

「貴様らはそこの織斑を取り合っていた最中だろうが。織斑もとっとと相手を決めてやれ。アリーナの使用時間とて無限では無い」

 

 う、と押し黙る一夏達。確かについ先程まで一夏を取り合っていたのに、千冬が来たからと言って無かった事にするのは周りから見ても微妙だろう。

 

「あ、なら僕とはどうですか?」

 

 そこでシャルロットが手を上げる。彼女とも千冬との模擬戦には興味があるのだ。だが千冬は首を振る。

 

「デュノア、お前は病み上がりだろう。いくら直ったとはいえ、暫くは安静にしていろ。お前も分かっているから模擬戦には参加してなかったのだろう」

「う、それは……はい」

 

 シャルロットは残念そうに頷いた。千冬の言う通り、シャルロットだけは静司や一夏達の模擬戦に参加していなかった。理由は千冬の言う通りであり、静司が止めたと言う事もある。

 そうなると残ったのはラウラと静司だ。そこでラウラが立候補しようとするが、それを遮り千冬が静司に声をかけた。

 

「川村、丁度いいから相手を頼む。ボーデヴィッヒ、お前は記録を。山田先生も記録しているが、ハイパーセンサーでも記録を残してくれ」

「は、はい!」

 

 自分が相手で無い事の空しさと、何故静司なのだろうかという疑問。それを感じながらもラウラは頷いた。

 

「川村、お前はいけるか?」

「……はい」

 

 千冬の問いに静司は小さく頷いた。

 

 

 

 

 正直に言えば、自分はこの本音と言う少女が苦手だ。

 別に性格が悪いという訳では無い。むしろ彼女はそんな言葉から最も離れた位置に居る存在かとさえ思う。何時ものんびり、気の抜けた笑みを浮かべてこんな自分に構ってくる。それを苦手と感じても鬱陶しいと感じる事は無い。なら何故苦手なのかと言えばそれは姉の存在があるからだ。

 この笑顔も。自分に構ってくるのも。そのどれもが姉の差し金なのではないか。そんな風に思ってしまい素直に彼女の好意を受け取ることが出来ない。だがそんな自分にお構いなしに構ってくるのが布仏本音という少女。それが更識簪にとっての認識の筈だった。

 

「…………」

「…………」

 

 無言。その言葉がピットに流れる。自身の未完成IS【打鉄弐型】の調整を行っていた更識簪はちらり、と隣を盗み見た。

 そこに居るのは布仏本音。更識家の使用人である、自分の専属メイドでもある少女。彼女は何処か心非ずという様子で遠くを見つめていた。簪はその視線を追ってそして納得する。本音が見ているのはピットの正面にある巨大なスクリーン。その先に移る川村静司だったからだ。

 川村静司。その存在は簪も良く知っている。それは更識家故に裏の情報は知ろうと思えばある程度知る事が出来るからだ。勿論、権限が無い故に知れない事も多々ある。あくまで更識の裏の顔は姉である楯無が取り仕切っているからだ。

 簪が知っているのは川村静司が唯の男性操縦者では無く、一夏達の護衛としている事。少々特殊な生い立ちをしているのか、その腕が唯の腕では無い事。そして何度か一夏達の窮地を救っている事。それぐらいだ。

 正直に言えば、当初その話を聞いた時簪は興奮した。正体を隠して仲間を守る。そんな姿が自分の好きなヒーロー物の主人公の様だったからだ。まあその幻想も川村静司の顔を見て砕け散ったが。

入学当初は顔が見え無い程の無造作な前髪。今でこそお洒落な眼鏡をかけてマシになっているその顔。だがほんの一時期、川村静司は髪を切った直後その素顔のまま登校してきた時、簪は偶然その顔を目撃していた。そして震えた。歓喜でなく恐怖にだ。その時の川村静司はヒーローなんて言われたら詐欺で訴えても良い位、そう、人相が悪かった。簪も思わず半泣きになって逃げだしたものだ。

 少しして眼鏡をかけてからはマシになったものも暫くの間、簪は本音の話の中で川村静司の話が出る度に一人小さく震えた物だった。静司が聞いたらいたく沈みそうな話である。

 だがどういう訳か、その人相の悪い男に本音が気を寄せているらしい。それは簪も分かっていた。何せ、本音がこちらに構って来る時に幾度となくその話題が出るからだ。曰く、肉料理が大好きだ。曰く、織斑一夏と何かをやらかし織斑先生に怒られていた。曰く、こんな風にしてたら頭を撫でてくれた等々。『護衛としての川村静司』の話は無かったが『学生としての川村静司』の話を本音はよく簪にしていた。その時の本音はとても楽しそうであり、見ていてこんな少女を疑って素直になれない自分が恥ずかしくなる事もあった。

 彼の登場から本音が簪と居る時間は確かに減った。しかしそれは蔑ろにしているなどでは決してなく、要所要所では自分の傍に居る。故に簪も、何時も顔を合わせている本音の様子がおかしい事には直ぐ気づいた。そしてその原因が川村静司とその周りに起因している事にも。

 

(何かあったのかな……?)

 

 どこか心配する様な表情を時節浮かべるその姿に簪は疑問に思いつつスクリーンを眺める。どうやらこれから模擬戦を行うらしい。しかもその相手は、

 

「織斑先生?」

「……うん」

 

 思わずつぶやいた言葉に本音が頷く。だが言ってしまえば教員と模擬戦を行うだけなのに、何故本音がここまで心配するのかが分からなかった。

 

「何か、あったの……?」

「かわむーね、怪我してるんだよ」

「え?」

 

 本音の回答に思わず食い入るようにして画面を見つめる。確かに少々顔色が悪い気もするが、怪我らしいものはここからでは伺えない。

 ふと周りを見渡すと他にもピットに居た生徒達もスクリーンに注目していた。彼女らは口々にこの模擬戦に関して話し合っている。

 

「織斑先生の模擬戦だって!」

「珍しいわね。それで相手は……ああ、彼か。織斑君じゃないのが残念ね」

「だよねえ、男性操縦者ってだけであまりぱっとしないもんね」

「専用機も無いし何で川村君なんだろうねー。絶対織斑君とか他の専用機持ちの方が面白いのに」

 

 キャッキャッと好き勝手に話す少女達に簪はなんだか嫌な気分になった。彼女達の言いたい事も分からなくはないが、あの言いぐさは無いだろう。それに誰かと対比され陰で色々言われる、というのはまるで姉と自分を見ている様で殊更嫌だった。

 少し不安になって隣の本音を見てみると彼女はそんな事は気にもせずスクリーンに集中している。聞こえてないのか、聞こえても気にしていないのか。どちらかは分からない。

 画面の中の二人はお互い打鉄に搭乗し向かい合っている。静司は打鉄の物理ブレードを構え、千冬は自然体で悠然としていた。お互い何故か飛翔せず、地に足を付けている。

 そして模擬戦が始まった。

 

「っ!」

 

 その瞬間、ピットに居た全員が息を飲んだ。それは簪も同様で目の前に映し出される光景に眼を見開く。

 模擬戦の開始と同時に静司と千冬は動き出した。そしてお互いに真正面から打ちあったのだ。一瞬の鍔迫り合い。押し負けたのは何と千冬だった。静司は打鉄のスラスターを全開にして千冬の刃を押し戻したのだ。だが千冬がその程度でやられる訳が無い。千冬は背後に一歩引くと片足を軸としてその身を半回転させる。近接ブレードで静司の攻撃を受け流しつつ引き込むように回転しつつ、その力を乗せた蹴りを叩きこむ。

 胴体に一撃を喰らった静司が吹っ飛び地面を転がっていく。そこに追い打ちをかける様に千冬が地上を走っていく。静司も転がりつつ身を起こすと、目前の千冬が振り下ろしたブレードを打鉄の物理シールドで防いだ。その隙にシールドを残して自らは横に周りブレードを一閃。しかし千冬はそれを容易く躱し、己のブレードを引き込むと、まるで槍の様に突き出した。

 

「危ないっ」

 

 思わず声が出てしまう。だが静司は自らのブレードを立て、ブレードの腹でそれを受け止めた。衝撃を吸収しきれなかった静司が再度背後へ飛ばされて行き、アリーナのシールドに叩き付けられた。

 

「……」

 

 しんっ、と静まり返る。それは千冬の猛攻故か。それとも吹き飛ばされながらもそれを防いだ静司故か。

 叩き付けられた静司だがまだ体は動く様で肩で息をしながらもブレードを構えている。しかしその顔は開始当時よりも悪くなっている。

 

(え?)

 

 そこで簪はおかしなことに気づく。静司の顔色が先程から余りよくないのがわかる。そう、画面越しでもわかるのだ(・・・・・・・・・・・)。なのに直接相対している筈の千冬は、そんな事をお構いなしに攻撃している。

 この模擬戦がどういった意図のもとで行われているのかは分からない。だがあんな状態の生徒相手にやる攻撃ではない様に思えた。

 

「せーじ……」

 

 隣で本音が呟く声。それに不安を覚えながらも簪は画面を見つめ続けた。

 

 

 

 

 今、自分は教師として最低の事をしているだろう。

 それが分かっていながらも千冬は刃を降ろす事は無かった。

 

『お、織斑先生!? やり過ぎです! それに川村君の様もおかしいですしここは――』

 

 真耶からの通信をカットして千冬は正面を見据える。そこでは体をふら付かせながらもこちらを睨む生徒、川村静司の姿あった。

 

(川村……お前は何者だ?)

 

 千冬の脳裏に浮かぶのは先日友人から来た電話とあるデータ。そのデータには例の黒い翼のISの網膜データと一致率が高い人物のリストが有り、そしてその中には川村静司の名があった。

 

『ねえちーちゃん。あの黒いISが出現した時……もう一人の奇妙な男は何処に居たのかな?』

 

 その疑問は千冬とて持った。当時、自分も急ぎ確認しようとしたが更識楯無からの連絡で無事に保護されたと聞き、自分は現場に向かったのだ。だから自分はそう答えればいい。川村静司は何も関係が無い、と。

 だが千冬にはそれが出来なかった。それは今までにも自分も幾度か川村静司に対して覚えた違和感があった故だ。それに川村静司は千冬と似た動きをする。その理由はK・アドヴァンス社での訓練で千冬を元にしたデータを使ったからだと本人は以前言っていた。そのこと自体は珍しくは無い。だがもし違うとしたら? そして先日の黒いISのVTシステム。あらゆるものが悪い方向へ繋がってしまう。

 だがもし本当にそうだとしたら、協力者はどれだけいると言うのだ? 臨海学校でのアリバイ。キャノンボール・ファストでの楯無の証言。それらを鑑みるに相当な数が居るのではないだろうか? だがもし本当に楯無が協力者というのなら危険が無いのではないかとも思う。

 これらはどれも憶測だ。協力者など居ないのかもしれない。楯無も真実は知らず、騙されているのかもしれない。そもそも静司があの黒い翼のISの搭乗者だと言うのも唯の妄想かもしれない。だが可能性がゼロでは無く、それを甘く見る事は出来ない。だから千冬は自ら確かめるために来たのだ。

 

「来るか」

 

 正面の静司は息を荒らげながらこちらを睨んでいる。先ほどの千冬の蹴りは二つの意味がある。一つは通常の攻撃として。そしてもう一つは、静司の腹部にダメージを与える為だ。先日千冬は黒翼の腹部を切り裂いている。そこにダメージを加えれば何らかの反応があるだろうと言う狙いだったが、見た所静司には蹴りとしてのダメージはあっても腹部に怪我がある様子はうかがえない。

 

(やはり、もっと直接的に確かめるしかないか)

 

 限度はあと一撃。そこで見極める。そう決めると千冬はブレードを引き、居合いの様に構えた。そして踏み出そうとして、その身を凍らせる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 正面の静司。それもまた同じ構えをしたのだ。その形はまさしく自分のそれであり、千冬は鏡を見ている様な感覚に襲われる。だが千冬がそれ以上に注目したのはその眼だった。そこに籠っているのは敵意と悲しみ。そしてどこか狂気が混じった濁りの様なモノが渦巻いている。

 

「いき、マス」

 

 大きな音を打ち鳴らし静司が飛び出す。千冬もそれに合わせて前に出た。接近は一瞬。二人はお互いの間合いで一気に刃を振り抜き、激突。

 

「ッ……ふ!」

 

 大きな衝撃と震動。一瞬の激突の後、勝ったのは千冬の一振りだった。静司のブレードは弾き飛ばされ宙に舞い、静司はよろけるように体をふらつかせた。

 勝負はついた。これが実戦なら千冬はここからさらに一歩踏み出し、返す刃で敵を斬り倒す事だろう。だがこれは模擬戦。それも生徒相手だ。通常ならそんな真似はしない。そう、通常なら。

だが川村静司への不信。友人の指摘。そして自分の発した言葉。

 

『なら、ならばその脅威が一つでも減れば、委員会側も考えは変わる可能性があるな?』

 

 それが千冬に一歩を踏み出せと言う。それで全てが判明するのだと。違っていても殺す訳では無い。ならば学園の、そして弟の安全と幸福の為にも全てを今、ここで明らかにすべきでは無いかと。

 だがそんな時間にしてはほんの一瞬、その躊躇の中に千冬は見た。ふら付いたと思われた静司がその身を起こし向き直すのを。その左腕を構え、こちらに襲い掛かろうとしているのを。そしてその眼にある―――殺意を。

 

「っ!」

 

 だんっ、と千冬は一歩を踏み込んだ。そしてその刃を、致命的な一撃を静司目掛けて振り下ろし――その腕が止まった。

 

「そこまで、です。勝負は、尽きました……」

 

 見れば静司も体を硬直させている。体が動かないのだ。そしてその理由である少女は息を荒らげつつ自らもプラズマ手刀を展開し二人を押さえていた。その眼に眼帯は無く、金色に光っている。

 

「AICか」

「はい。っ、静司!」

 

 静司の体からだらりと力が抜ける。ラウラが慌てて支えると静司は打鉄を解除し膝をついた。そんな静司を開放しつつ、ラウラは戸惑いを含んだ目で千冬を見つめる。

 

「教官、何故ここまで? 貴方なら静司の様子は分かった筈です……」

 

 自分を慕い盲目的とまで言われたラウラのその言葉に千冬は小さく首を振り自らもISを解除した。

 

「少々、熱くなりすぎた様だ。私は戻る」

「教官!」

 

 ラウラの言葉に振り向くことは無く、千冬はその場を後にした。

 

 

 

 

「静司!?」

 

 膝をついた静司に駆け寄ったシャルロットはラウラとは反対側に駆け寄りその肩を貸した。

 

「大丈夫、せい――っ!?」

「大丈夫だ。大丈夫……だから」

 

 静司が支える手を握り締めるようにしてうわごとのように呟く。まるでそうすることで自らを繋ぎとめているかのように。

 そんな姿が心配で思わず覗き込んだ静司の顔を見てシャルロットが息を飲む。そこにあるのはどこか苦しげな表情。そしてその眼はやはり、

 

 あの時見た黒翼の物と酷似していた。

 

 

 

 

「織斑先生!」

 

 アリーナの廊下を歩く千冬に声がかかる。振り向くとそこにいたのは同僚であり後輩でもある真耶の姿だ。彼女は戸惑いと、そして怒りの混じった顔で千冬に詰め寄る。

 

「どうしてあんな無茶をしたんですか!? あれは唯の打鉄のテストではありませんでした!」

 

 彼女の抗議は尤もである。何せ本当にテストじゃなかったのだから。だが千冬はその事には触れず再び歩き出す。

 

「織斑先生!」

「先程のデータを纏めて後で私に送ってくれ。以上だ」

 

 未だ抗議の言葉を発する真耶から顔をそらし千冬は廊下を進んでいく。先ほどの対戦を思い出しながら。

 

「川村静司……あの眼は……」

 

 自分が見たあの眼。自分に一歩を踏み出させたあの眼は一体なんだったのか。一つ判明したのは川村静司に対する疑惑が増したと言う事だけだった。

 




イベントの度に事件が起きるのに対策せずに懲りずにイベントを行うIS学園の執念は凄まじいと思ってたので無理やり理由づけ
というか、やっぱり襲われるの狙ってんじゃないかとも思ったり。

一度書いてみたかった静司VS千冬
千冬が若干酷いかもしれませんが、実際敵か味方かよくわからんものが大切な弟の近くにいれば多少無理してても正体見極めようとするんじゃないかなぁ、と
VTシステムは完全に消えたわけではないので千冬に煽られて時たま表に出そうになったり

そしてやはり簪にビビられていた静司でした



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