IS~codename blade nine~   作:きりみや

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68.選択の日は近く

 ()()()()()基地。

 限られた者しか知らないその基地の自室でイーリスはつまらなそうにテレビを見ていた。その様相はだらしが無く、下は下着のみで上も黒のタンクトップだけ。そして机に脚をのせつつチビチビとノンアルコールビールの缶に口をつけている。

 テレビでは丁度IS学園について触れられており、先日のキャノンボール・ファストの時の騒動の映像が流れている。アレだけ頻繁に問題が起こるのだ。IS学園に関しての事件はもはや世間に広まっており、それについてコメンテーター達が無責任な持論をぶつけ合っていた。

中でも目立つのはやはり男性操縦者についてだ。一連の事件は彼らを狙ったものでは無いか。もっと警備を厳重にするべきだ。いや、他の生徒の為に学園から遠ざけるべきだ。いっそ片方だけでも実験材料に――。

尤もな意見から過激すぎる意見まで。それらの言い合いを番組が演出やテロップで無理やり盛り上げるその光景をイーリスは冷めた目で見ている。

 

「クソみてぇな番組だな」

 

イーリスは一度その男性操縦者である織斑一夏に出会ったことがある。状況故に対立していたが正直に言えばああいう子供は嫌いでは無い。子供ゆえの無鉄砲さ、と言えばいいのだろうか。自身もそういう所がある故にどちらかと言うとあの気概は気に入っている。だがそれ故に無責任に適当な事をいう者達に呆れてしまうのだが。

 

『イーリス、居る?』

「ナタル? いるよー」

 

 不意に扉の外から聞こえた声に答えるとナターシャが入ってきた。ナターシャ・ファイルス。友人でもあり戦友でもある、(シル)(バリオ・)(ゴス)(ペル)の搭乗者だ。彼女は入るなりこちらの様子を見て眉を顰めていた。

 

「だらしがないわよ」

「いいじゃねえか。今日は非番だ」

「……まあいいわ」

 

 納得したわけでは無いだろうがそれより優先したいことがあるのだろう。ナターシャは持っていた封筒をイーリスに手渡すとその向かいの椅子に座った。イーリスは首を捻りながらも封筒の中身を取り出し、そしてその内容に眉をピクリと動かす。

 

「許可が下りたわ」

「みたいだな」

 

 ナターシャの硬い声にイーリスは頷き、そして笑う。

 

「ようやく、か。何時からだ? それにメンバーは」

「出発は明日。メンバーは貴方と私。それにサポートチームが付くわ」

「ISを2機か。こりゃ上も本気かね」

「当然よ。そうでなきゃ困るわ」

 

 並々ならぬ気配を漂わせて拳を握るナターシャ。その視線がテレビに移り顔を険しくした。

 

「好き勝手に言ってるわね。どうせ他人事なのかしら」

「だろうな。だが今はそれでいい。世間があのテロリスト共と黒づくめの鴉野郎に気を取られているなら、私たちはその隙に兎を狩る。そうだろ?」

「……ええ」

 

 ナターシャは頷くと立ち上がり扉を出て行く。

 

「出発は明朝よ。準備しておいてね」

「あいよ」

 

 部屋から去っていくナターシャの手。それが強く握られているのを見つめながら、イーリスは返事をした。

 

 

 

 

「な、なんだコレ?」

 

 一夏が登校一番に漏らしたその言葉は学園の殆どの生徒の言葉を代弁する物だったに違いない。朝、いつもの様に起床し、昨日無理やりやって来た楯無の姿が無い事に首を傾げつつも着替えて朝食。そこで鈴達と出会い昨日の夜は何も無かったかどうかと言う事を執拗に問い詰められつつも朝食を終えいざ登校したらこれだ。

 一夏の視線の先ではブルーシートと立ち入り禁止のテープが張られた廊下があった。そこは焼け崩れており、何か爆発があったかのように窓ガラスも割れ中庭にまで飛び散っていた。鈴や箒達も流石にこの状況は意味が分からず唖然としている。

 

「あ、山田先生」

 

 丁度自分のクラスの副担任の姿を見つけ声をかけると、真耶は疲れた顔で振り向き笑顔を浮かべた。

 

「あ、織斑君。おはようございます」

「おはようございます。一体何があったんですか?」

 

 一夏の問いに真耶は困ったように首を傾げた後、申し訳なさそうに告げた。

 

「ごめんなさい。言えないんです」

「言えないって何で」

「箝口令が出ていますので」

「箝口令って尚更何があったんですか!」

「ですから言えないんです」

「いやだけど」

「やめておけ、一夏」

 

 食い下がる一夏を止めたのはラウラだった。不満そうに振りかえる一夏を諭す様にラウラは首を振る。

 

「私達だって今まで何度かあっただろう? そしてクラスの者達に訊かれても決して答えなかった。そういう事だ。今回は私たちが知らない側に回っただけに過ぎない」

「それは、そうだけどさ」

 

 一夏も自分が無茶を言っていると気づき引き下がる。

 

「すいませんでした。山田先生」

「いえ良いんですよ。気になるのは当然なんですから。それに箝口令と言っても一時的なものですから、後で何らかの説明はあるかと思います。」

 

 真耶は気にした様子も無く首を振ると仕事へと戻っていく。そんな背中を見つめつつ一夏はふと気づいた。

 

「そういや静司は無事なのか?」

 

 そんな一夏の疑問に答えたのはまたしてもラウラだ。

 

「無事だろう。もし何かがあればもっと大騒ぎしていていい筈だ。というより携帯で聞けばいいではないか」

「おお、そうだった。では早速――」

 

 携帯を取り出し静司にコールしようとした一夏だがその肩が突然がしっ、と掴まれた。驚き振り向くと箒と鈴とセシリアの三人が直ぐ近くの掲示板を見つめながらも腕だけはこちらに伸ばし掴み上げている。

 

「な、なんだよいきなり?」

「どうしたの皆?」

 

 一夏が慌て、シャルロットも不思議そうに首を傾げつつ掲示板に視線を移し、そしてああ、と納得した。一夏も釣られて掲示板に視線を移すとそこには昨日まで無かった連絡事項が一つ。

 

『専用機持ち学年混合タッグマッチ』

 

「一夏」

「わかってるわよね」

「逃がしませんわ」

 

 ようやく事態を理解した一夏が冷や汗を流す中、三人の少女が一夏に詰め寄っていくのだった。

 

 

 

 

 病室の扉をノックすると中から快活な少女の声がした。それを確認してから静司は静かに扉を開けるとベッドの上で上体を起こした簪とその横で椅子に座りリンゴをむいている楯無の姿。そして何故かそのリンゴを食べている本音の姿があった。

 

「本音ちゃん、美味しい?」

「美味しいです~。かんちゃんも食べよ~。はい、あ~ん」

「や、やめて本音。恥ずかしい、から」

 

 何やら和気藹々とした雰囲気に思わず拍子抜けしてしまう。更識姉妹の関係は戻ったのだろうか? そんな疑問が浮かぶがそれよりもまずやる事がある。

 

「更識簪さん」

「は、はい」

 

 静司の眼光に怯え少し震える簪にどこか空しさを感じつつ、静司は彼女に頭を下げた。

 

「昨日はすまなかった」

「え? え?」

 

 突然のその行動に簪は慌てるが静司は顔を上げない。

 

「あの時俺が早く対処していれば――」

「あーはいはいストップ」

 

 静司の懺悔を止めたのは楯無だった。彼女は静司に歩み寄るとぺしん、とその頭を軽くはたいた。

 

「病室で辛気臭い話は無しよ。というか川村君、来て早々それは無いでしょう」

 

 言葉こそ叱っているがその顔はどこか呆れた笑い顔だ。静司も楯無に促され顔を上げた所で、ようやく当の本人である簪が狼狽えている事に気づいた。

 

「す、すいません」

「だーから、辛気臭い顔しないの。本音ちゃん、ゴー!」

「はーい」

 

 ひょい、と立ち上がった本音がとてとてと、のんびりと走るという器用な真似をしつつ静司の背後に周ると『えーい』と掛け声と共に覆いかぶさった。

 

「…………理由を聞こうか」

「せーじもリンゴ食べる~?」

 

 ひょい、と目の前に出されたリンゴは事もあろうに手づかみだった。静司はそれを数秒見つめ、そして困ったように楯無と簪へ視線を移すと楯無は面白そうに笑っており、簪は少し驚いた様な顔をしていた。

 

「よく本音から話を聞いてたけど、本当に仲良いんだ」

「私はせーじのおねーちゃんだからね~」

「設定まで出来上がってるのね。しかもいつの間にか下の名前で呼んでるのが定着してるのよ。妬いちゃうわ」

「………………真面目な話をしに来たんですが」

 

 ぐったりして思わず漏らす言葉だったが、楯無は首を振った。

 

「ま、何を言いに来たのかは分かってるわ。その上で言うけど私は今回の件をどうこう言うつもりは無いわ。かんちゃんはどう?」

 

 話を振られた簪も、少し静司に怯えつつも小さく頷いた。

 

「元々、私が首をっこんだのが、問題。貴方の、せいじゃない」

 

 たどたどしく伝えられる言葉。しかしだからと言ってそれで心が晴れる訳では無い。自分がもっと早く黒翼を使って敵を排除していれば、軽傷とは言え彼女はこうして入院する事は無かったのだ。

 

「だから、あなたは気にして無くていい。それに結果的におねえちゃんとも話せたし……」

「聞いた!? ねえ聞いた川村君!? かんちゃんがおねえちゃんって呼んでくれたのよ! これだけでご飯三杯はいけるわ!」

「お、おねえちゃんはしゃぎ過ぎ……」

「だって嬉しいんだもの! タッグマッチも頑張りましょうね!」

 

 笑顔で簪に抱き着く楯無と、戸惑い呆れながらもずっと恐れていた姉の本性を目の当たりにして今までの悩みって何だったんだろう? と反省する簪。

 

「タッグマッチって例のやつですよね。もしかして?」

「ええ、私はかんちゃんと組んだの。但し、未完成のISに関しては私は助言とデータ提供するだけだけどね」

「あの子は私の手で完成させる。けど独りよがりは駄目だって、さっき本音にもお姉ちゃんにも言われたから……」

「私も手伝うんだよ~」

 

 相変わらず静司の背中に居る本音も主張する。

 

「そういう事。確かに色々あったけどかんちゃんはこうして無事。あのリスについても今学園内を捜索しているからもう二度とあんな真似をさせないわ」

 

 そこだけは目を細め、真面目な顔で宣言する楯無。それは静司としても同感だ。もう二度とあんな真似はさせない。もしその時は――

 

「まあね、あなたに問題が無かったとは確かに言えないわ。でもその理由はあなたならよくわかってるだろうから私からは言う事は無い。それにね、少し嬉しいのよ?」

 

 ぱっ、と懐から扇子取り出しを開く楯無。そこには『学園謳歌』と書かれている。

 

「あなたがそこまでこの学園に居たいと思った。それはここが楽しいからでしょう? 生徒会長として嬉しいに決まってるじゃない」

「けど俺は――」

「とにかく! 今は過ぎた事より先の事を考えましょう。次のタッグマッチの警備についてとかね。……だけど今の川村君は頭が凝り固まって駄目そうだし、本音ちゃん、ちょっと散歩して来てくれる?」

「はーい」

「いや、俺は……」

「れっつごー」

 

 躊躇う静司だったが相変わらず上に乗っかったままの本音の催促に観念する。最後にもう一度だけ、簪に頭を下げると本音と共に出て行った。

 

「…………おねえちゃん、わざとらしすぎ」

「やっぱり分かっちゃった? 嬉しいのは本当だけどね」

 

 二人が居なくなった病室。そこで姉妹は先程までとは打って変わって難しい顔をしていた。

 

「言った事は全部本当の事よ。かんちゃんだってそうでしょ?」

「うん。今回は私だって悪いんだし、それであの人を責めるのは」

「そういう事。まあ彼はそう簡単にはいかないでしょうけどね。無理やり明るくしてみたけど効果は微妙だし、そこは本音ちゃんに任せましょう」

「うん」

 

 

 

 

 廊下を歩く人々がこちらを何事かと見ている。ある者は驚いた様に口を開き、ある者は微笑ましそうに笑っている。そんな中を歩く静司の心境は色々複雑だった。

 

「なあ本音」

「やだ~」

 

 乗っかる、というよりもはやぶら下がるに近い背中の本音。どこにその腕力があるのは疑問である。

 

「せーじが難しい顔するのをやめたらいいよ~」

「……」

 

 ぐぅの音も出ない。静司は諦めてそのまま歩き続ける事にした。といは言ってもあてなどないのだが。

 

「かんちゃんがね」

 

 そんな静司の背中で本音が口を開く。

 

「かんちゃんが一杯話してくれたんだ~。今まではちょ~とかんちゃんも色々難しくて、色々考えてたらしいんだけどね、今日会ったら一杯話してくれて、ごめんなさいって」

 

 おそらく姉に対するわだかまりが薄れてきて余裕が出来たのだろう。どんな幻想を姉に抱いてきたのかは知らないが、あそこまで妹にぞっこんな姿を見たら確かに考えるのも馬鹿らしくなるかもしれない。

 

「けどそれは結果論だ」

「そうだね~。けどその結果が良い物だったら認めちゃうのもありだと思うよ?」

「それは無理が過ぎる。もし簪さんの身に何かあったらそんな事は言えない」

「けど今回は大丈夫だった。だからいい結果論~」

「だが」

「そうだね~難しいよね~」

 

 本音はのんびりとしてはいるが馬鹿な子では無い。自分の言っている事が無茶があるのは分かっているのだろう。だから静司の言葉を否定はしない。ただ可能性を示唆するのみだ。

 

「ねえ、せーじ。10年後の自分って考えたことある?」

「10年後……?」

 

 問われ少し考えてみる。しかし何も思い浮かばない。それでも必死に考えてみて思いついたのは、どこかの空で黒翼を展開して施設を破壊している自分の姿だった。暗い、暗すぎる。

 

「まあそれなりに収入はあるけどな……」

「なんだかとってもネガティブな未来想像してる?」

 

 ぎゅ、と首に絡められた腕の力が強まり思わず息を止めてしまう。

 

「そういう本音はどうなんだ?」

「私はね~月に行きたいな~」

「月?」

 

 意味が分からず問い返すと、うひひ、と笑いながら本音が続ける。

 

「そう。ISは元々宇宙開発用だったでしょ? だからその機能をもっと充実させていつかは月の開発に行きたいね~。目指せムーンシティ~」

「もしかして整備課志望なのも?」

「そうだよ~。私は操縦は苦手だけどそっちは得意だしね~」

 

 成程、とどことなく静司は納得する。そもそもISの数自体が限られているのだ。IS学園生と言えども、卒業後実際にISに乗って仕事をするような者は数える程度しかいないだろう。本音はその一部でなく、そういった人々をサポートする側に周りたいと言う事か。それも戦闘用ではなく、宇宙開発という新たな世界を創るために。

 

「そして月で超巨大キツネ型ISを建造します」

「……ちょっと待て。俺の感動を返せ」

 

 ぐっ、と拳を握る本音の言葉に思わず力が抜けそうになるのを必死に支えた。そんな物宇宙開発に必要ないだろうに。というか建造ってなんだ。

 

「そんな物造ったら世界中から狙われるぞ」

「じゃあその時はせーじが守ってね~」

 

 言われふと想像する。月から迫る眠そうな顔をした巨大キツネ型IS。その周囲を飛び回り襲いかかる敵を倒す黒翼。爆炎と驚愕に彩られるその舞台を作り出した少女がキツネ型ISの中身で炬燵に入って壁紙収集をしている、そんな絵を。なんだこのシュールな光景は。

 

「いや駄目だろ。というか俺もなのか」

「じゃあせーじが操縦する~?」

「俺がそれやったらそれこそ地球侵略を狙う悪魔王になりかねないだろ。最後は地球代表の一夏に斬られる未来しか想像できん。……というか何の話だこれは」

「『もし』の話だよ~。ありえるかもしれないけど、ありえないかもしれない。そんな意味の無い話~」

「っ……」

 

 一瞬、息が詰まった。たった今、自分が呆れたこの問答は結局は同じ。

 

「起きた事もこれからの事も備えるのは良い事だけど、『もし』『けど』っていう言葉は使いすぎるのはよくないよね」

「……」

「せーじだってその事は本当は分かってると思うし、今までもいっぱいお話してきたからこの話はここでおしまい」

 

 この先は言うまでも無いと言う事だろう。静司とて分かっている。必要なのは次に何をするかと言う事を。しかしその次こそが問題でもあるのだ。次に何かが起きた時、自分は今の居場所を捨てる覚悟があるのかどうか。

 

「大丈夫だよ」

 

 そんなこちらの考えが分かったのかどうかは分からない。本音が耳元に口を寄せ、囁く。

 

「どこに行ったって私は帰りを待ってるし、迎えにだって行けるんだよ?」

 

 その言葉どこまでも暖かく、しかしそれ故に自分自身の境遇との温度差も感じてしまう。そんな自分が嫌になり静司は何も答える事は出来なかった。

 

 

 

 

「なあ、俺はどうしたらいいと思う?」

「それはとても贅沢な悩みだと思うなあ」

 

 昼の食堂ではどこか憔悴した様子の一夏とその正面に座るシャルロットとラウラの姿があった。

 

「誰と組むか、でしょ? 皆の気持ちはわかるから僕も下手な事は言えないかな」

「そうだな。まあ考えるとしたら戦術性だ。一夏はまだ射撃が甘い。ならばそこをカバーできる相手が必要だ」

「射撃かぁ、だとするとやっぱセシリアかな」

「そうだね。だけど連携という意味では箒や鈴も行けるんじゃないかな? 幼馴染なんでしょ?」

「う~む……。っていうか二人はもう決まったのか?」

 

 悩んでいたい一夏がふと聞くと、シャルロットとラウラは顔を見合わせて頷いた。

 

「僕はラウラと出るよ」

「うむ。シャルロットとなら心強い。息もあってるしな」

「息が合う、か」

 

 またしても考え込む一夏。ふと疑問に思いシャルロットが聞いた。

 

「そういえばその箒達はどうしたの?」

「騒ぎ過ぎて先生に怒られて、罰としてアリーナの清掃活動だって」

「ありゃりゃ」

 

 ご愁傷様、と苦笑するシャルロット。アリーナは広い。それをたった三人で掃除と言うは骨が折れるだろう。その隣ではラウラも『ミスをしたのなら罰は当然だろう』と頷いていた。

 

「くそー、静司が専用機持ってれば迷うことないのにな。というか結局静司はどうだったんだ?」

 

 おそらく箒達に振り回されて考える余裕が無かったのだろう。一夏の問いにシャルロットは答えてやる。

 

「昨日の内に生徒会長の指示で場所を移したんだって。午後位に戻るそうだよ」

「そっか。それは良かった。と言う事は朝に楯無さんが居なかったのもそのせいなのかな」

「そうだろうな。それに例の惨状について先ほど正式に発表があったが、新しい教材用装備の運送事故らしい。まあどこまで本当かは謎だが」

「まあ、ね。けど静司が無事で良かったよ」

 

 これは本音である。朝、一夏達が去ってから念の為直ぐに真耶に確認したので間違いない。

 

「で、一夏はどうするのだ?」

「うーむ……」

「まだ決めかねてる感じだね」

 

 腕を組んで難しい顔で悩む一夏。どうやら相当悩んでいる様だった。

 

「結局は一夏が一番組みたい相手を選ぶのが良いだろう」

 

 見かねたラウラが助け船を出すが、その内容はラウラらしかぬもので思わず一夏もシャルロットも驚いてラウラの顔を見た。そんなラウラは少し気恥ずかしそうに頬をかいている。

 

「別に適当に言っている訳では無いぞ? 戦術的には私の言う射撃の穴を埋める案も、シャルロットの言う連携もどちらも重要だ。そして一夏がそのどちらも選べないのなら、単純に組みやすい相手を選ぶのが良い。それが自然に連携にも繋がり、一夏の穴を埋める役割もするだろう」

「な、なんかラウラにしては珍しい意見だね」

「言うなシャルロット。私自身もそう思う。だがそう言ったお互いの信頼関係が大事だと言う事を私はこの学園で学んだ。もちろん戦術性も大事だが、だからこそシャルロットと組むことはとても満足している」

「ふふ、ありがとう」

 

 ラウラの言葉を純粋に嬉しく感じ、シャルロットが笑う。ラウラは気恥ずかしそうに顔を逸らしたが耳が赤かった。

 

「一番、か……」

 

 そんな二人を眩しそうに見つめながら、一夏が一人小さく呟いた。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、それで、」

「一夏、さんは、」

「どう、すんのよ!」

 

 流石に授業中まで掃除するわけにはいかない。箒達は午後の授業が始まるとほぼ同時に戻ってきた。かなり疲れ切っており、鈴はフラフラと自分の教室に戻り箒とセシリアもぐったりとしていた。そうこうしている内に静司も戻り、皆に心配されつつも通常通りの教室に戻った一年一組の教室。だがそれも今日の授業が終わるまでだった。

 SHRが終わり、千冬不在の為に副担任である真耶が今日の授業が終わったのを告げるのと同時、扉が勢いよく開き息を切らした鈴が現れたのだ。そしてそれに呼応する様に箒とセシリアが勢いよく立ち上がる。それを見てクラスメイト達は『ああ、始まった』と顔を見合わせたのだった。

 

「つまり一夏を取り合ってるわけか」

「そういう事だね。所で静司、本当に大丈夫なの?」

 

 静司に事情を説明していたシャルロットが気遣わしげに問うが、静司は大丈夫だと小さく笑い返す。だがその笑いがどこか陰がある事に気づいていないのは本人だけであり、それが余計にシャルロットの不安を煽る。

 

「静司、顔色が余りよくないぞ」

「ラウラまでか。本当に大丈夫だよ」

 

 静司はそう答えるが、ラウラは視線を逸らさない。そしてその視線は時折左腕に向けられている事に静司は気づいていた。気づいていながら、しかし何も気づかない振りをする。ラウラはしばらく何かを考える様にこちらを見ていたが、

 

「そうか、無事なら良い」

 

 そう答えると静司から視線を逸らした。

 

(やはりそうなるよな……)

 

 静司が千冬と対峙した際、ラウラはモニタリングをしていたはずだ。ならばあの時のこちらの左腕――感情の高ぶりと共に抑えきれなかった黒翼の駆動熱を感知されていてもおかしくない。実際、今日半日ではあるが同じくモニタリングしていた真耶はどこか悩む様な視線を静司に送っていたのだから。あれは何かを言おうとして、しかし言えない顔だった。だが何か疑いに近いものを感じられているのは確実だろう。

 

「おりむー、早く決めないと大変だよ~」

 

 そんな本音の言葉に静司は思考をやめ顔を上げた。一夏達は相変わらず揉めている様である。だが、

 

「そう、だよな。よし……決めたぜ!」

 

 先程から何かをずっと悩んでいたような一夏がようやく顔を上げた。それに反応して箒達三人は自信満々に笑う。というか何故あそこまで自信を持てるのか気になると同時に羨ましくも思ってしまう。

 

「ふ、当然だろう! では早速訓練に――」

「流石は一夏さん。わたくしが勝利を導いてあげ――」

「鈴、俺と組んでくれ」

「ほら、とっとと訓練行くわよ。時間はもう無……………………え?」

 

 箒とセシリアは勿論の事、何故か鈴までもがぽかん、と硬直して一夏を見つめる。それは周りで見ていたクラスメイト達も同じで、いつもの様になあなあで決着がつくのかと思っていた所に思わぬ展開だったために全員が停止していた。

 

「へ? あれ、いち、か? うぇ、あんた、へ?」

 

 あれだけ自信満々だったのになぜか慌てている様な鈴の様子からすると、勢いだけはあったものも心の準備までは出来ていなかったようである。

 

「誰と組むかって、考えてさ。一番自然に感じたのは鈴だったんだよ。だから頼むよ、鈴。それと箒とセシリアはすまん! 俺は鈴と組む」

「え……あ……」

「…………な、何故ですの!?」

 

 未だ呆然としている箒と納得がいかない様相のセシリア。一夏はその剣幕に押され、思わず後ずさる。

 

「と、とにかく決めたから! すまん!」

 

逃げるように一夏が鈴の手を掴むと鈴は『ひゃっ!?』と跳ねた。

 

「何やってんだ? それより訓練行くんだろ?」

「え、ええ。そうね! そうなんだけど……」

 

 未だ混乱しているのか一夏と箒達と、そして周りとあちこちに視線を回しながら顔を赤くしていた鈴を一夏が引っ張っていく。

 二人が去って行った後、暫くは静かな空間が続き、そして爆ぜた。

 

「おぉぉぉぉぉ!? ついに、遂になの!?」

「まさか他クラスの凰さんがリードかぁ~。けどまだきっとチャンスはあるよ!」

「しかし織斑&凰ペアね。これは面白そう……」

 

 突然の展開に驚く者。箒とセシリアを気遣う者。今からタッグマッチを楽しみにする者。そんな喧噪の中、セシリアの昏い声が響く。

 

「ふふふふふふふふ、そうですの。そういう事ですの。こうなったらわたくしと組まなかったことを後悔させてやりますわ……」

 

 瘴気を放ちながら笑うセシリアの様子に周囲が引いていく。そんなセシリアの隣で、箒は一夏達が消えていった扉を呆然と見つめ続けていた。

 

 

 

 

「エム、入るわよ」

 

 亡国機業の拠点の一つである高級マンションの一室。スコールはノックもせずに部屋に入るとその住人に声をかけた。

 

「まだご機嫌ナナメなの?」

「何の用だ」

 

 この部屋の住人であるエムは忌々しげにスコールを睨む。だがスコールはどこ吹く風だ。

 

「貴方の様子を見にね。けどその様子だとまだ機嫌が悪そうね」

「誰のせいだと思ってる」

「私でしょうね。しばらく軟禁状態だったものね。けどね、エム。貴方達も悪いのよ? あの黒いISについて隠してたりするから。勿論カテーナやシェーリも同様に軟禁中よ。まああの二人は何時もの研究ばかりであまり意味が無かったけど」

「ふん……」

 

 キャノンボール・ファストの際、エムと黒翼――つまり川村静司との会話はスコールによって盗聴されていた。故にエムが黒翼に対し並々ならぬ感情を抱いている事が発覚し、体内に埋め込まれたナノマシンを盾に詳細を聞きだされたのだ。それ故にエムはここ数週間ずっと機嫌が悪かった。

 エムは顔を合わせる事も無くベッドに寝転んだまま虚空を見つめている。そんなエムにスコールは小さな端末を投げた。死角を狙って投げた筈のそれをエムはちらりとも見ずに受け止める。

 

「軟禁は今日で終わりよ。そしてそれが次の作戦」

「また襲撃でもするのか。馬鹿の一つ覚えだな」

「そうね。だけど今回はいつもと少し違う。貴方も喜ぶはずよ」

「何……?」

 

 そこでやっとエムが顔をスコールに向けた。スコールはその美しい顔でまるで女優の様に笑い、作戦内容を告げる。

 

 

「不確定要素であり今後の障害と成り得る人物。篠ノ之束と川村静司の捕獲。もしくは抹殺よ」

 

 

 起きあがったエムが見つめる中、スコールは謳う様に続ける。

 

「但しタイミングは重要ね。片方だけ先に片付けると片方に警戒される。学園生活を送る川村静司を暗殺するのは簡単だけど、それで篠ノ之束が警戒して表に出てこなくなったら困るわ。逆も然り。まあ、そもそも篠ノ之束が表舞台に出てくる様にしなければなら無いのだけどね」

「ならどうする気だ」

「色々考えはあるわ。だけど貴方達から聞いた話を考えると結構簡単に出てくるんじゃないかと思うのよ。他でも無い、川村静司が餌となって」

 

 くすり、とスコールは笑うとエムに背を向けた。後は端末の作戦書を読めと言う事だ。だがエムは一つだけ、言わなければなら無い事があった。

 

「あいつの相手は私がする」

「シェーリもそう言ってたわ。そこは二人で話すなり早い者勝ちなりしないさいな。それじゃあよろしくね」

 

 そう言い残すとスコールは去っていく。一人残されたエムは渡された端末を強く、強く握りしめ、やがてはみしり、という音と共に砕け散った。それを一瞥する事も無く、エムは立ち上がる。

 その顔は口元が吊り上り、狂気を孕んだ笑みを浮かべていた。

 




当作品の楯無さんはシスコンレベルMAX。その溺愛ぶりに簪は悩んでいるのがあほらしくなったとさ。
そして本音さんのSR計画


次回、タッグマッチ開始。
この長きにわたるどんより展開に大きな変化、かも



おまけというか没ネタ

 足元に転がる砕けた端末を見てエムは気づいた。

「集合時間が、わからない」

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