IS~codename blade nine~   作:きりみや

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69.それぞれの想い

「いつまでこうしているつもりですか」

 

 薄暗い会議室。その中央で椅子に座った千冬は自分を取り囲むように映し出されたモニターを睨みつけた。そのモニターには様々な国のIS委員会のメンバーが映し出されている。

 IS委員会に呼び出されて3日。千冬はその間ずっとこの者達と話している。だがその内容は余りにも下らない世間話が殆どであった。

 

「私はてっきり裁判でも始めるのかと考えていたのですが?」

『ふむ、例の川村静司に対する()()()()()()()の件かね? 安心したまえ。こちらとしては学園内での指導内容にまで口をはさむ気は無いよ』

 

(よく言う……!)

 

 上っ面だけの言葉に苛立ってしまう。本当は違うだろうに。自分が篠ノ之束と親しいが故に、手を出すのを恐れているのだ。だが貴重な男性操縦者に対し、やり過ぎた千冬に対して何もアクションを起こさないのでは、『男性操縦者の保護』を掲げる委員会の面子に関わる。だから呼び出しなどと言う面倒な手段を取って自分達の力を示そうとしている。その男性操縦者を囮だのなんだのとしようとしている癖にだ。

 

『君の考えている事は分かるよ。そしてその通りだと言っておこう。私たちは弱さを見せてはいけないのだよ。危険な兵器でもあるISを取りまとめる組織が弱さを見せては人々が疑問を抱く』

「その力の示し方がたかが教師を3日間拘束する事ですか」

『君がそれを言うのかな。唯の教師ではいざ知らず、織斑千冬と言う名はそれだけ意味を持ってるよ』

 

 沈黙。それは千冬が言い負かされた事を意味していた。

 

『まあ川村静司の件は一応彼の所属であるK・アドヴァンスからも特に抗議は来ていないので公にはなら無いだろう。君の拘束も今日で終わりだ。ご苦労だったね』

 

 結局、態々学園まで離れて千冬が来た理由はそれだけだった。単に委員会のスタンスを見せつける為だけのパフォーマンス。そんなくだらなさに千冬の苛立ちは増す。

 

『最後にこれは唯の興味なんだがね、君が川村静司にあんな指導をした理由を聞いていいかな?』

「……関与しないのではないのですか?」

『そうとも。だからこれは興味だよ』

 

 答えたくなければそれでいい。そんな雰囲気をにじませ問われた言葉に千冬は一瞬迷った。今ここで。川村静司に対する疑いを吐露してしまえば。そうすれば委員会も動くかもしれない。正体不明の黒いISの情報は彼らも欲しがっている筈だ。そうすれば危険な可能性を孕んでいる奇妙な生徒を一夏の傍から――

 

(私は何を考えている……)

 

 自分の思考の愚かさに嫌気がさしてしまう。確かにあの黒いISは危険だ。だからこそその疑いがある川村静司に対してゆさぶりをかけ、正体を見極めようともした。だが一夏達を護ろうとしていた記録もある。どちらがあの黒いISの本当の姿なのか不明なのに、そんな売る様な真似をしていいのか?

 それにもし本当に川村静司があの黒いISだった場合。自分は自分の生徒を売る事になる。他でも無い、弟たちの為という免罪符を持ってして。そんな事が許されていいのか? 

 今更何を。既に自分は手を下しただろうという思いと。

 だからこそ同じ過ちを繰り返してはいけないという想い。その二つがせめぎ合い千冬は小さく唇を噛んだ。

 

『どうしたのかね?』

 

 こちらの沈黙に声がかかる。千冬は静かに顔を上げ、そして何かを決意して口を開こうとして――そこで一夏の顔が過った。

 

「……いえ、私が加減を間違えた故の出来事です。彼我の実力を正確に認識して指導を行わなかった私のミスです」

 

 結局何も言わなかった。言えなかった。

 一度は言ってしまおうかと思い、そうしようとした。しかしその瞬間弟の顔が過ったのだ。それも件の川村静司と楽しそうに笑う顔が。

 

『ふむ、そうか。まあ度々あっては困るから注意してくれたまえ』

「はい」

 

 質問者は特に興味が失せたのかあっさりと質問を終えると引き下がっていく。

 

(これで良かったのか……? 一夏?)

 

 千冬は自分の行動が正しかったのかどうか、判断する事は出来なかった。

 

 

 

 

 

「今日はこれ位にしとくか」

「そうね。使用時間もギリギリだし上がりましょうか」

 

 タッグマッチまで一週間を切った夕方のアリーナ。一夏と鈴はタッグマッチに向けた訓練を終えると、アリーナを後にした。タッグマッチまではあと少し。各ペアも訓練と調整に余念が無く、一夏達もその一つだ。

 

「やっぱり遠距離戦がネックだな」

「確かに私の甲龍もどちらかと言うと中近距離向けだしね。一夏の射撃はあまりあてになら無いし」

「おい鈴、それは酷くないか?」

「事実でしょ」

 

 ああでもない、こうでもないと意見をぶつける二人。タッグマッチに向けて二人きりで特訓する事が増えた二人は以前に増して一緒に居る機会が多かった。その事を鈴は密かに喜んでいるのだが一夏は当然の様に気づいていない。

 

「そういえばあれから千冬さんと話はしたの?」

「いや……まだだ」

 

 話はやがてISの事から普段の事。そして千冬の事へと移っていく。先日の出来事から数日間学園を空けた千冬だが既に戻ってきている。それを知るなり一夏と鈴は千冬の下へと向かっていた。他でも無い、千冬の真意を聞く為にだ。その時ばかりは一夏の気合いも十分であり、例え千冬がいつもの様に強固な姿勢を取ろうとも引く気は無かった。そう、いつものようならば、だ。

 

「あんな千冬姉の顔、初めて見たよ……」

 

 沈痛そうに一夏が俯き、鈴も顔を暗くした。

戻ってきた千冬。その顔にはありありと何かを抱えているのが見て取れたのだ。その様子に戸惑った二人を前に、千冬は一言『すまなかった』とだけ言って去っていった。余りにも意外なその姿と、一瞬の出来事だったが故に二人は追うに追えず。その後もこの出来事が心に引っ掛かり聞く事が出来ないでいた。

 

「駄目だな、俺。絶対に聞き出すとか言ってたのに何時もと違う千冬姉を見ただけでこれだ」

「何言ってんのよ。あんな千冬さんの姿見たら誰だって戸惑うわ。山田先生だって焦ってたじゃない。……けど千冬さん、静司とは話したんでしょ?」

「ああ、そこは静司に聞いた。話したと言っても謝罪だけだったらしいからそれ以上は何も、ってらしい。静司も対して気にしてないとは言ったけどさ、あいつも様子がおかしい気がするんだよな」

 

 片や血を分けた家族。片やこの学園唯一の男の友人。とても近くに居る二人の筈なのに、その二人の抱えている事。考えている事が分からない。その事が一夏の心に焦燥を生む。だがそんな姿に見かねた鈴が一夏の背を思い切り叩く。

 

「なにしけた面してんのよ!」

「痛ってえ!? 何すんだよ!」

「アンタがいつまでもそんな顔してるからでしょ。私らはカウンセラーでも何でもないの! 分から無い事は分からない! だから訊く! 訊けないのなら訊けるようになるまで待ってやりゃいいし、それでも駄目ならどこかに閉じ込めてでも聞き出すのよ」

「いくらなんでも無茶苦茶だぞそれ!」

「じゃあどうすんのよ? 言って置くけど私は何時までもこんな過ごしにくい空気が続くのは絶対嫌よ。もしそうなる様なら実行してやるわ」

 

 ふふん、と胸を張る鈴に一夏は唖然とし、そして笑ってしまう。なんだそれは。無茶苦茶じゃないか。だけど、

 

「いいぜ、鈴。だったら俺も乗ってやるよ。そうだな……このタッグマッチが終わってもまだ続いてたら二人でやってやろうぜ」

「へえ、やる気満々じゃない。ならその時には気合い入れて行けるよう、タッグマッチも全力で行くわよ!」

「ああ。…けどやっぱ鈴は凄いな」

「な、なによ急に」

 

 突然褒められた鈴が驚く中、一夏は続ける。

 

「鈴には助けられてばっかだからな俺。今も、こないだも、臨海学校のときだって。本当に感謝してる」

 

じっ、と一夏に見つめられ鈴は嬉しいやら居心地が悪いやらと視線が右往左往してしまう。

 

「もしかして私をペアに選んだのも?」

「ああ。そんな鈴になら背中を預けられるって思ったんだ。鈴とが一番合うってさ」

 

 この言葉がトドメだった。鈴は顔を真っ赤にし、あふれ出る喜びを隠す事も出来ず一夏から顔をそむけた。そんな鈴の顔を一夏が不思議そうに覗き込む。

 

「ん? どうした鈴。顔が赤いぞ?」

「う、うっさい! こここここれは、武者震いってやつよ!」

「いや武者震いって顔が赤くなるもんなのか?」

「なるのよ!? それでいいの!」

 

 顔を赤くする鈴と首を傾げる一夏。そんな奇妙な空気はしばらく続いた。

 

 

 

 

 そんな一夏と鈴の姿を簪は遠くから眺めていた。今日は本音と一緒に機体の調整を行っていたのだがその休憩に自販機に向かう所だったのだ。その途中で廊下で何やら盛り上がっている二人を見かけたに過ぎない。

 

「あ~、おりむ~だね~」

「うん。それに中国の候補生の子も……」

 

 隣の本音に答える簪の表情は複雑だ。それはつい先日まで織斑一夏に対して感じていた感情。男性操縦者、織斑一夏の登場によって倉持技研のIS開発の優先順位が変わり、自身の機体が後回しに。その結果、自分が専用機を手にする事が遅れた事だ。

 当初こそ恨みはしたが今はその気持ちは薄れている。姉との和解で心に余裕が出来たと言う事もあり、自分の恨みが逆恨みに近いと言う事も分かっていたからだ。だがだからと言って今まで悪く思っていた感情が簡単に全て無くなる訳でも無く、簪は一夏に対してどうすればいいのかわからなかった。

 

「おりむーの事まだ怒ってる?」

「……ううん、大丈夫」

 

 こちらの考えている事を察したのだろう。本音が顔を覗き込んでくるが首を振って答えた。実際、怒ってる訳じゃないのだ。単にどうすればいいのか分からないだけ。

 

「そういえば、川村君はどうしたの?」

 

 そこでふともう一人の男性操縦者にして、特殊な経歴の男子生徒の事を思い出した。

 

「せーじは定時報告だって~」

 

 本音の答えに成程、と簪は頷いた。彼が通常の学生で無い事は知っている。ただの男性操縦者でなく、その男性操縦者である織斑一夏やその周りを護る為に学園にやって来た戦士という事を。

 簪がその話を最初に聞いた時、何を馬鹿な事をと思った。続いて、そんな堅気で無い人間が学園に紛れ込んでも違和感しか無いのではないかと。いや、そもそもそんな人間が学生に等なれるのかとも思った。

 しかし川村静司は織斑一夏と友好を深め、そして今、自分の隣にいる本音達とも仲が良いと聞く。それが簪には驚きであった。特に本音に関しては、その川村静司に対し友好以上の感情を持っている事が分かるために尚更驚きだ。それに事実を知って彼と共に居る本音の事も。

 

「本音は、怖くないの?」

「ぬ? なーに~?」

「川村君と一緒に居る事が、怖くないの?」

 

 つい先日のリス達。あれは川村静司本人を狙っていたと言う事は後から聞いた。それに今までも彼は幾度も戦場に向かい、傷つき、そして相手を傷つけてきた人間だ。そんな人物に想いを寄せている本音に対して疑問と不安が簪の中にあった。

 だが本音はそんな簪の問いに首を振る。

 

「せーじは怖くないよ? むしろ面白いよ~」

「けど臨海学校のときだってっ」

「確かにあの時は大変だったね~」

「本音、真面目に答えて」

 

 心配なのだ。本音に何かが起きないか。

不安なのだ。一度は自分から遠ざけたものなのに、今度はそれが失われてしまうのが。自分でも我儘だと思う。初めは自分から遠ざけていたのに、今はそれを失う事を恐れている。

 

「せーじの事が怖くないのは本当だよ? それよりも私は、せーじや皆が居なくなっちゃう方が怖いかな」

 

 いつも通りの呑気な笑顔。しかし今はそこに憂いの様な物が混じっていて、思わず簪は息を止めてしまった。

 

「かんちゃんが心配してくれることは嬉しいけど、やっぱり私はせーじと一緒に居たいな~って。それにかんちゃん達とも。そんな世界を護るために戦ってるのだから、せーじの事は怖くないよ」

「けど、また巻き込まれたらっ」

「うん。それはちょっと大変だけど、それはせーじのせいじゃないから。…………せーじ本人がそう思ってないから大変なんだけどね~」

 

 『せーじ』と。その名を呼ぶ時だけはどこか嬉しそうな本音の顔。よくよく思い出してみれば当初は『かわむー』と呼んで居た筈だ。それがいつの間にか下の名前に。それも本音がよく他者を呼ぶ時に使う仇名では無く、名前そのものを呼んでいる。

それに気づきそして簪は悟った。今更自分が何を言っても無駄なのだ。そんなものが通用しない位、その想いは強い。それがどこか羨ましくもあり、そして少し嫉妬してしまうが仕方の無い事だ。自分はつい先日まで本音の事も避けていたのだから。

 

「そう……なんだ……」

「うん!」

 

 力強く頷くと本音は先を歩いていく。振り返り、「早く行こうよ~」と何時もの調子で話しかけながら。

 本音の気持ちはわかった。これは今更自分があれこれ言うべきことでは無いと言う事だろう。ならば、この大切な友人の為に出来る事をしよう。今も昔も、変わらず付いて来てくれるこの大切な友人の為ならば、自分もきっと怖くない。

 少しずつ変わり始めた簪。彼女は心にそう決めると本音を追っていった。

 

 

 

 

「あ」

「……む」

 

 それは偶然だった。静司は定期報告を終え、一夏達を見守れる場所へ戻ろうと廊下を歩いていると、前方から千冬がやってきたのだ。千冬の方も偶然だったらしく、一瞬驚いた顔になる。

 

「……こんにちは」

「……ああ」

 

 仮にも担任と生徒だ。何も言わないのも不自然であるので挨拶をするがどうしても自然に出来ない。それはあちらも同じようでどこかぎこちない返事が返ってきた。

 

(気まずいな……)

 

 先日の出来事の後戻ってきた千冬から謝罪を受け、自分もそれを受け取った。だがそれからも微妙な空気が二人の間に流れている。

 千冬は静司に対する疑いと、教え子に手を出したと言う罪悪感。

 静司は千冬に疑いをかけられているのではと焦りと、隠し騙しているが故に起きてしまった先日の事件の事。お互いがお互いに対し複雑に絡み合った感情を抱いているが故に、不自然になってしまう。

 

「川村はアリーナか?」

 

 そんな硬直状態から先に声を発したのは千冬だ。静司はそれに頷く。

 

「はい。俺達一般生徒はタッグマッチは参加しませんけどサポートやレポートの提出はありますのでその資料探しに」

 

 これは本当だ。専用機持ち達がタッグマッチに時間を費やす分、一般生徒はそのサポートや『ISタッグ戦』をテーマとしたレポートの提出をしなくてはならない。

 

「そうか……」

「…………」

 

 再び沈黙。やはり気まずすぎる。この空間に居るのが耐えられなくなり、今度は先に静司が動いた。

 

「では自分はこれで」

 

 頭を下げ千冬の横を通り過ぎていく。だがそれを引き留める様に千冬の声が背中にかかった。

 

「待て、川村」

「…………なんでしょう?」

「何故、何も言わない? 何故私を責めない?」

 

 その言葉には葛藤の様な物が込められている。千冬自身も悩んでいる証拠だろう。そんな風に悩ませている事に罪悪感が更に増す。今まではこんな事無かった筈なのに、先日の事件以降、自分の精神も大分不安定になってきている自覚はあった。

 

「……別に理由はありません。あれは模擬戦のようなものだったので事故は付きものです」

「嘘だ。あれは模擬戦のレベルを超えていた。あれではまるで……くそっ、私は何を言っている……っ」

 

 行動を起こした本人が自分の発言の愚かさに頭を押さえている。ああ、だがやめてくれ。今の自分の前でそんな顔を……姉と同じ顔でそんな顔をしないでくれ。今まで意識して連想しない様にしていたのに。ここ最近の度重なる出来事でその縛りが消えかかっている。何よりも、織斑千冬という存在が初めて見せるその不安と苦しみの表情が姉達の最後の顔とダブってしまう。意識して無い筈なのに。織斑千冬と姉は別人だと、今まで問題なく接してこれたのに。

 いっそ全て明かしてしまおうか? ここで全てを吐露してしまえば。いや、全てでなくとも自分が篠ノ之束に狙われている事を話してしまえば自分をとりまく環境は大分楽になる。そうすれば――

 

(駄目だ……)

 

 例え明かしたとしても織斑千冬に篠ノ之束が止められるとは断言できない。そもそも篠ノ之束はこれまで一夏すら危険に晒しているのだから。それに全てを明かしてどうなる? 庇護してもらうか? 駄目だ。そもそもそれこそが自分の役目。ならば協力してもらうか? それも駄目だ。それはつまりその協力者を危険に連れ出すと言う事に他ならない。結局どの選択肢をとっても危険なのは変わらない。ならばせめて、その矛先だけは――

 だから静司は顔をそむけた。織斑千冬に背を向けて小さく、首を振り、

 

「織斑先生。貴方は一夏や生徒の事を考えていればいい。それで、良いんです」

「何を――」

「俺から言えるのはそれだけです」

 

 そうだ。それが何よりも重要な事。自分の任務でもあるし願いでもある。自分は避雷針だ。危険から守り、そしてその危険の矛先をこちらに向けさせる。その為に居るのだから。

 今度はもう立ち止まらず千冬の下から去っていく。

 

「…………馬鹿者。お前も生徒だろうに」

 

 去っていく静司の背中にその千冬の呟きは届かなかった。

 

 

 

 

「私たちの戦術はほぼ間違いなく対戦相手にはバレますわ。ですがやはりこの陣形で行くべきだと思いますの」

「そうだな。セシリアは遠距離。私は近距離。これは機体特性から見ても仕方あるまい」

 

 放課後の教室。箒とセシリアはデータを前に二人顔を突き合わせていた。

 専用機持ちタッグマッチ。そのパートナーとして望んだ一夏が鈴と組んでしまった為に、二人は組むことになったのだ。

 

「相手もそれを突いてくるはず。ですがそう簡単にはやられませんわ。確かにブルー・ティアーズは近距離向けではありませんが、だからこそ相手を近づかせない戦いには慣れていますもの。それに箒さんの紅椿は間違いなくこの学園内でも最上位の機体。うふふふふ、わたくしたちを選ばなかった事を後悔させてやりますわ」

 

 不気味な笑いを漏らすセシリアの眼には一夏を倒す事しか浮かんでいない。だが箒はうかない。

 

「セシリア……なぜ一夏は鈴と組んだと思う?」

 

 それこそがここ数日箒の心をしめる疑問。何故鈴だったのか。そこに特別な理由はあるのか? それとも唯の気まぐれか? そこが分からない。これが一夏のペアが全く知らない2年3年だったり、生徒会長だったりしたらここまで気になら無かったのかもしれない。どうせいつもの調子で無自覚の内に相手に気に入れられ強引に押し切られたのだろうと。

 だがそれが鈴となると別だ。いつも一緒にいるメンバー。その中でも幼馴染という、自分と同じ関係性を持つ鈴を一夏自身が選んだ。それが箒の心を揺らす。

 

「そうですわね。それは一夏さんにしか分かりませんわ。ですが先日の様子からすると適当に選んだ訳では無さそうですし。悔しいですがここは鈴さんが一歩リードしてると言う事でしょう」

「何故だ! 今までそんな様子はっ」

「私の知る限り有りませんが、知らないところではあったかもしれないでしょう? これは私も不覚でした」

 

 箒の問いにあくまで冷静に回答するセシリアに苛立ちが増す。

 

「何故そんなに冷静なのだ……っ」

 

 セシリアとて一夏に想いを寄せている筈だ。なのに何故そんなに冷静でいられるのか。

 

「そうですわね。わたくしとしても意外でした。しかし最早過ぎてしまった事は仕方ありませんわ。今はわたくしたちを選ばなかったことを後悔させる程に一夏さんを圧倒してやろう、という気持ちがありますの。そうすればわたくしたちの魅力に一夏さんが気づいてくれるかもしれないでしょう?」

 

 これが通常の生徒と代表候補生として訓練を積んできた生徒の違いなのだろうか。だが箒にはその切替の速さを真似できそうにない。

 

「箒さんが疑問に思うのは尤もですし気持ちはわかります。ですが今は相手を倒す事だけを考えていきましょう。そしてわたくしたちを選ばなかった事を後悔させてやりましょう」

 

 まるで諭すようなセシリアの言葉に箒は頷くことは出来なかった。

 

 

 

 

「ん? ラウラ、それ何?」

「うむ。連携と言う事でドイツでの訓練データも引き出そうと思っていたら部下が寄越してきてな」

 

 夕食も終え、自室に戻ったラウラとシャルロット。そこでラウラがシャルロットに見せたいものがあると声をかけたのが切っ掛けだった。

 

「なんでも連携と言えばやはり合体技。それに必殺技だそうだ。そこでその資料を送ってくれたのでな。シャルロットと共に研究しようと思ったのだ」

「必殺技か~。確かにあったらかっこいいけど、実戦的なのかな?」

「わからない。だがまあ参考程度にはなるかもしれん」

 

 ラウラは送られてきたデータを投影スクリーンに映し出す。画面上は幾つかの項目を選ぶようになっていた。

 

「…………なにこの『○クラ大戦合体技集』って」

「ふむ、解説によるとこれを喰らった相手は物理的なダメージと精神的なダメージを受けるとか。ならまずはこれから見てみるとしよう」

「嫌な予感しかしないなあ」

 

 シャルロットは今までの経験から碌な事にはなら無い気はしていたが、それでも持ち前の人の良さでラウラに付き合う。

 

「そういえばラウラ、今回のタッグマッチだけど一番ラウラが警戒してるのってどこ?」

「ふむ。やはりあの生徒会長のペアだな。悔しいがあの女の実力は本物だ。そして今までずっと参加せずにいた妹の力も未知数だからな。警戒するに越したことはない」

「やっぱりそうだよね。それに2年3年の先輩たちもいるし」

「ああ。それに一夏達のペアも厄介だ。一夏は実力的にはまだまだだが、あの《零落白夜》だけは警戒しなくてはなら無い」

「確かに。それに箒とセシリアのペアも脅威だよ。箒のISは第四世代だし、セシリアも偏向射撃をマスターしてから凄く強くなった」

「うむ。こうして考えると私たちのペアは一番変化が無いな」

「そうだね。だけど負けるつもりは無いんでしょ?」

 

 シャルロットの挑戦艇な問いにラウラはふっ、と笑った。

 

「当然だとも。私達なら勝てる」

「うん。ラウラにそう言って貰えると僕も嬉しいよ」

 

 確かに目に見える機体の強化も無く、武装の追加も大きくは無い。しかし自分とラウラにはそれに勝る連携がある。最悪だった出会いから時を経て、シャルロットとラウラの間には確かな信頼関係があり、そしてお互いが何をしようとしているのかが直ぐに分かる。それが強みだ。

 

「勝とうね、ラウラ」

「ああ。…………だがシャルロット一つだけいいか?」

 

 突然ラウラが難しい顔になる。

 

「何? ラウラ」

「もし、もしだ。もし『何か』が起きた時はシャルロットには思う様に動いてほしい」

「? どういう事?」

「確信がある訳では無い。だが今までの事からするとまた何かが起きるかもしれない。その時は、後悔しない様に動いてほしいのだ」

 

 ラウラはどこか考える様に言葉を選びながら話している。詳しい理由は分からない。だがそれがとても大事な事だと言う事はシャルロットにも理解できた。

 

「わかったよラウラ。だけどできればそんな事態になる事は避けたいな」

「そう、だな。ああ、本当にそう思う」

 

 二人頷く。何も無ければそれにこしたことは無いのだから。

 

「妙な事を言って済まなかった。それでは研究に戻るとしよう」

「うん。何か参考になると良いね」

 

 こうして二人はラウラが持ってきたデータの検証に移っていった。その後、二人の部屋から何とも言えない悲鳴が響いたのだが知る物は居ない。

 

そんな彼ら彼女らの様々な想いを胸に、タッグマッチが始まる――

 




前回大きな変化とか書いてましたがすみません。
少々長くなり過ぎたのでキリの良いところできったので次回に(たぶん)持越しです。
途中までできてるのでたぶん早めに投稿……できるかな?
月末売上地獄も終わったので

因みにラウラのデータは毎度おなじみクラリッサさんより提供。
ネタ元わからない人はグーグル先生に聞けば腹筋崩壊できると思います。
自分は当初、姉と共に居間でやっていましたが空気が凍りつきました。

次回はようやくバトル回。

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