IS~codename blade nine~   作:きりみや

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遅くなってすいません


71.おちてゆく

 目の前の画面に表示される情報。部下から随時送られてくる報告。それらを確認しつつ、課長は口元の火のついていない煙草を噛み潰した。

 

「……状況は?」

 

 問いに答えるのは近くに居たオペレーター。彼女は額から汗を流しつつ小さく首を振った。

 

「更識楯無達の突入の際に発生した水蒸気――おそらく彼女のISの武装による物でしょうが、それがアリーナ内に流れ込んでおり詳しくは不明です。ですが」

「構わない。言ってくれ」

「……ですが、黒翼の起動信号は確認しました。確証はありませんが、状況からしておそらくblade9は……」

「知られた、か」

 

 その言葉にオペレーターは小さく頷く。ピットで待機していた静司がアリーナに放り出されたところまでは確認している。問題はその後だが、黒翼を起動したという事はかなり危険な状況だと言う事だろう。そしてそれはもはやこちらも同じだ。

 静司の正体がバレたかどうかはまだ判断つかない。だがその可能性は極めて高く、それならばこちらも動かなければなら無い。

 

「……各員に通達。現時刻をもって、ここ、技術開発部門試験2部を閉鎖する。全回線段階的に遮断。レベル3以上のデータのみ持ち出し他は全て消去しろ。ISは全て置いていく。開発中の兵装は持ち出せるものだけ持ち出せ。残りは表に回すか完全に破壊しろ。撤収準備だ急げ!」

 

 その言葉を皮切りに一気に周りが騒がしくなった。もしもの時の対応、それは自分達EXISTがK・アドヴァンスから関係を断つことである事は誰もが理解している。そして今日、それが起きたと言う事だ。そしてそれはISを失う事も意味する。

 EXISTが使用しているISは黒翼を除けば表向きはK・アドヴァンス社が所有しているものだ。疑いが掛かれば当然その所在は調査されてしまう。もしその時にISを公開できなければ、更にK・アドヴァンスの立場が悪くなる。

 

「尤も、どこまで誤魔化せるか……」

「そうですね。いくら私たちが関係を断とうとも、B9の事が世に知られれば間違いなくK・アドヴァンスは疑われるでしょう」

「そうだな。だがだからといって証拠をそのまま残してやる必要は無い。少しでも時間を稼げればそれでいい。後は由香里や桐生が交渉なりなんなりする」

「その交渉が決裂した場合は?」

「倒産、で済めばいいがISを隠し持っていた事になるんだ。下手すりゃ上層部は根こそぎ刑務所行きだな。むしろ刑務所で済めばいいが……」

「何も知らない社員には申し訳ありませんね」

「承知の上だ。悪いとは思うが今更取ってつけた様な謝罪をする暇は無い。それよりも――」

 

 不意に大きな衝撃が課長達を襲った。轟音と共にもたらされたそれに急ぎ走りまわっていた者達が思わずバランスを崩し、書類や機器が衝撃で落ちていく。

 

「っ、何事だ!」

「しゅ、襲撃! 本社上空に機影! これは……先日現れた戦艦型――レギオン!」

「亡国機業か……っ」

 

 やられた。

 学園にばかり目が行き、またしても同じ過ちを犯してしまった。無論、先日の襲撃以降警戒はしていた。警戒レベルは上がり、備えはしていたが今はタイミングが最悪だった。

 

「迎撃は!?」

「警備部が出動していますが……駄目です、間に合いません!」

「くそっ、全員撤退! 残ったデータは全て破棄しろ! bladeナンバーは――」

 

 その言葉を言い終えるよりも先に、更なる衝撃が彼らを襲った。

 

 

 

 

 眼下に映る火を上げるビルとそこから逃げ出す人々。それを冷めた目で見つめながらシェーリは隣に視線を移した。

 

「レギオン。そろそろ迎撃が入るかと思われます。あと数度の砲撃の後撤退しますよ」

『りょうかい。だけど、いい? まだ、ぜんめつ、させて、ない』

「別に虐殺が目的ではありませんから。川村静司の所属する組織。それさえ潰せば任務は終了です」

 

 シェーリの言う通り、レギオンが攻撃を仕掛けたのはK・アドヴァンス社の敷地内でも主に研究、開発を行っている棟が中心だ。勿論やろうと思えば根こそぎ破壊する事は可能なのだがそうなると時間がかかるし、K・アドヴァンス全戦力との真っ向勝負になる。負けるとは思っていないが、簡単な相手だとも思わない。そして戦いが長引けば増援が来る可能性もある。万が一の事を考えれば、最低限の目的だけ達成できればそれでよいと言う事だ。

 

「組織として活動不能なレベルまで追い込めば『今は』構いません。ISも奪っていきたい所ですがこの組織は得体がしれませんからね」

 

 そう言い前回の襲撃の事を思い出す。前回の襲撃の際は色々驚かされた。そして当然ながらそれが全てでは無いだろう。前回の襲撃以降、あちらとして守りは強化している筈。今でこそ奇襲で先手を撃てているが長時間の戦闘は避けたい。

 

「ですがそうですね。先日の意趣返し位はしておきましょう」

 

 丁度眼下では警備用のISらしき機体がこちらに向かってきている。それを見てシェーリは口元を吊り上げた。そして己のIS、ブラッディ・ブラッディの武装である棺桶《主無き棺桶(ヴァカント・コフィン)》を向ける。それに合わせる様にレギオンもその砲台の全てを眼下の施設に向けた。

 

「虐殺が目的ではありません。しかし……別に殺人を止められている訳ではありません」

 

 刹那、レギオンの砲撃に合わせてシェーリはブラッディ・ブラッディを迎撃機に向けて一気に急降下させた。

 

 

 

 

 それから数十分後。

 既に戦闘空域から離脱したシェーリとレギオンは遥か上空を飛翔していた。

 

「こちらは終わりました」

『ご苦労様。学園の方も中々面白い事になってるわよぉ』

「と、いいますと?」

 

 通信の相手は主であるカテーナだ。そしてカテーナからの報告にシェーリは成程と頷く。

 

「学園周辺全てのISが機能停止ですか。これはつまり……」

『そうよぉ。篠ノ之束の仕業よねえ。そしてこれで鈍い人でもおぼろげながらに気づくでしょうねえ。篠ノ之束がISの全てを握っている事を』

 

 ここまで表立ったISに対する干渉。それも篠ノ之束との関係性が高いと言う事が銀の福音事件で知られている無人機とセットで起きた事態。これだけ条件が揃えば気づく者は気づくだろう。ISは篠ノ之束の掌の上だと言う事に。

 

『そしてそうなると、もう一つの可能性に気づくわ。ねえシェーリ、そもそもISってなんだと思う?』

「何と言いますとその存在の中身と言う事でしょうか?」

『違うわ。そもそもISの存在意義。目的。役目……。そういったものよ。私はね、これまでの情報から一つの結論を得たわ』

 

 うふ、と通信越しのカテーナが笑う。

 

『ISはね、世界征服の為のツール(小道具)なのよ』

『……少々それは話が大きすぎるのでは?』

『そう? 限られた数しか存在しない、現行兵器を上回る兵器。それを世界中でただ一人だけが生かすも殺すも自由に出来る。しかし人々がその可能性に気づくころにはその兵器は世界中、それも強ければ強い国ほどに多く、そして強力な兵器として存在してしまった。後は博士の気分次第でいつでも世界征服できるわよねえ? だってその兵器全てを奪えばいいんだから』

 

 画期的な発明だと。強力な武器だと。世界中が求め、扱い、そして浸透していた物。だがそれは唯の便利で強力な武器でなく、自分達を追い詰める要素を持った種だった。

 

『もちろん、博士の目的が本当に世界征服なのか。それともそれすら目的の為の過程なのかは不明よ。だけど少なくとも篠ノ之束は今すぐにでも世界征服が出来る事だけは確かねえ』

 

 だけど、とカテーナは続ける。

 

『これが事実ならとても面白い事になるわねえ。今頃私達の上の人達も喜んでるんじゃないかしら? だから早く戻ってらっしゃい。これから忙しくなるわよぉ』

「了解いたしました」

 

 シェーリは頷くと速度を上げた。そしてふと自分が今まで持っていた物に視線を移す。

 

「そうえいばずっと持ってきてしまいましたが、中身は不要でしたね」

 

 そう言うとシェーリは今まで持っていた物――迎撃に出ていたK・アドヴァンスのボロボロになったISを持ち上げると、搭乗者の首を掴み上げた。

 

「き、さ……まら……」

「まだ息がありましたか。まあどうでも良い事です」

 

 そして無造作にその体を引きずり出す。既に限界に来ていた搭乗者は反抗も出来ず、強引に機体から引きはがされた。

 

「では、さようなら」

 

 必要なのはISだけ。不要なゴミは必要ない。

 シェーリは引きはがした搭乗者をそのまま空に捨てる。搭乗者は言葉も発する事も出来ないまま、遥か地上へと落下して行った。

 

 

 

 

 

 目の前の光景が信じられなかった。

 今、己の目前で起きている出来事にシャルロットはただただ呆然とするしかなかった。それは一夏達も同じで誰もが呆然とその光景を見ていた。

 寸前の所でシャルロットの前に立ち攻撃を防いだ少年。彼の事は皆知っている。いや、知っていた筈だった。つい先程までは。

 

だが、今は分からない。

 

 何故、彼は攻撃を防ぐ事が出来たのか。

 そして何故、彼の身が光に包まれているのか。

 その光は知っている。自分達にも馴染みがある物だ。何故ならそれは、ISが待機状態から量子変換される時の光と同じだったからだ。だがだからこそ分からない。何故それが今、静司の体を包んでいるのか。そして何故その光が収まった後に現れたその姿が―――――黒い翼を持ったあのISなのか。

 全身を覆う漆黒の装甲と時折流れる紅の光のライン。両手両足は大きくそして鋭い鉤爪が鈍く光を照らしている。背後には尻尾の様なものが生えておりどこか生物を思わせる造形。そして何より目立つのが漆黒の双翼。

 このISをシャルロットは知っている。知ら無い筈が無い。

 かつて、クラス対抗戦に現れたというIS。そして学園の地下で襲われた自分を、傷つきながらも助け出してくれた恩人のIS。臨海学校でも銀の福音相手に戦ってくれたIS。そして先日、何故か自分を攻撃してきたIS。その名は黒翼。それが今、目の前に居る。そしてそれを扱っているのは――――

 

「う……そ……」

「そんな……」

「馬鹿な……」

 

 鈴もセシリアも箒もその光景が信じられず呆然としている。一夏に至っては言葉も出ないのか大きく見開いた目でそれを凝視する事しか出来ていない。

 

「静司……なの……? 静司だったの……?」

 

 それは愚かな問いだ。答えはたった今、目の前で明かされたでは無いか。だがしかし、あまりにも非現実的で、あまりにも荒唐無稽なそんな事実を受け入れられない。理解が出来ない。

 だからシャルロットは手を伸ばした。震える手で、この黒いISの腕を掴みそして聞きたい。『どうして?』と。

 だがそれより早く黒翼は動いた。自身の正面。刃を叩き付けた状態のままの無人機を睨み、そして力任せに左腕を振り上げた。強引なその動きに無人機のバランスが崩れる。その胴体目掛けて何の躊躇も無く、引き戻した左腕と右腕を突き出す。

 ぐしゃり、と。機械が引き裂かれる音と共にその両腕の鋭利な爪が無人機を貫いた。ビクン、と大きく震えた無人機だが、まだ動けるのかぎこちない動きでその腕の砲口を黒翼に向けようとして、

 

「死ね」

 

 背後に居たシャルロットがぞっ、と身を震わせる程の冷たい声色。今までとは違って機械で加工されていない状態で聞いた黒翼の言葉。それは良く知っている人の声の筈なのに、どこまでも遠く聞こえた。

そして黒翼はそのまま無人機を貫いていた両腕を左右に押し開いた。先ほど以上に鈍い音と共に無人機が中央から惨たらしく引き裂かれる。強引な力で行われたそれによって周囲に部品とオイルが撒き散らされていく。そしてまるで返り血の様にオイルを浴びた黒翼はそれすら意に介さず地面を大きく蹴った。

 地面を砕きながら踏み込んだ黒翼は宙で前転する様に体を回転させ、その勢いのままラウラに迫っていた無人機の頭部へ踵落しを叩きこむ。頭部が砕かれよろけた無人機の横に着地した黒翼は左腕を振り上げそこにあるガトリングガンを発射。楯無に迫っていた無人機へと銃弾の嵐を叩きこんだ。

 

『……!』

 

 だがその攻撃は無人機の前に展開されたバリアによって阻まれた。更には頭部を潰された無人機が起きあがりその砲口を黒翼に向け、発射。至近距離から銃撃を受けた黒翼は衝撃で宙に吹き飛ばされた。

 更に、宙に飛ばされた黒翼に追い打ちをかける様にシールドを展開していた無人機も砲撃を浴びせるべくその砲口を黒翼に向ける。

 

「な、め、るなガラクタがあああああああああああ!」

 

 静司が普段からは想像もつかない憎悪と怒りを込めた叫びを発し、そして黒翼の翼が左右に大きく開かれる。その翼に灯るのは6つの光。そしてそれは破壊の光となって無人機に襲い掛かった。閃光と爆発。その凄まじさに身動きが碌に取れないシャルロット達が目を覆う。

 だが無人機は違った。再度正面にバリアを展開しそれを防ぎ切ると、黒翼を追う様に飛び上がっていく。既に一夏達の事など眼中にない様に。

 取り残されたシャルロット達はただ呆然と空に昇っていくIS達を見ている事しか出来なかった。

 

「なんで……一体どうなってるんだよ!?」

「一夏……」

「何で、何で静司があんなのに乗ってる!?」

「わかりませんわ……。それに何故あの機体だけ動くことが……」

 

 セシリアの疑問は尤もだ。今現在ここに居る機体全ては機能停止している。それが誰の手による物かは別として何故静司だけが、黒翼だけが普通に動けるのか? 

 

「それに……」

 

 セシリアが見上げた先、先ほど楯無達がアリーナ内に進入した際に雪崩れ込んだ水蒸気を突き抜けて、空へと上がった3機のIS。それは今空中で激闘を繰り広げている。

 黒翼が翼から光を放ち無人機がそれを防ぐ。無人機が放つ熱線を黒翼が紙一重で躱し、接近戦を仕掛けてきた無人機相手には己が鉤爪で迎え撃ちそして蹴りを叩きこむ。

 一撃一撃、その全てが致命打となる攻防を繰り広げるISの姿は今までの川村静司の印象とはかけ離れている。

 

「あれが本当の……静司?」

 

 呻くような鈴の声。それに応えるものは誰も居ない。そんな戸惑いの視線の先では、新たな無人機が黒翼に迫ってきていた。

 

 

 

 

「束……これで満足なのか」

 

 千冬は視線の先で繰り広げられる黒翼と無人機達の戦いを見つめながら一人呟く事しかできなかった。彼女の搭乗していた打鉄も今は機能停止しして今は第三アリーナの天井に墜落する様な形で膝をついている。

 視線を横にずらせば少し遠くに同じように墜落したIS委員会の機体たちが見える。彼女らも突然の事態に戸惑っているようであった。それもそうだろう。突然機体が動かなくなっただけでなく、相手をしていた無人機達が急に自分達に関心を捨てて黒翼目掛けて飛んで行ったのだから。

 

「川村静司」

 

 直接その瞬間を見た訳では無い。だがアリーナ内の情報を真耶から逐一受け取っていた千冬はあの機体の中が川村静司である事を理解していた。何故なら天井の淵から覗いたアリーナ内部。そこに一夏達の姿はあれど、川村静司の姿だけは消えていたのだから。

 そしてその川村静司と思わしきISはIS学園の上空で激闘を繰り広げている。彼に迫る無人機は7機。当初は10機居たが、1機は千冬によって。別の1機は委員会の機体によって。そして残る1機は川村静司によって既に破壊されている。それでも彼が不利な事は間違いない。

 だがそんな事もお構いなしに、上空の黒翼はその暴力的なまでの力を振るっている。たった今もまた、その鋭い爪が無人機を捕らえ、切り裂いた。これで残り6機。

 無人機が弱い訳では無い。だからと言って黒翼が圧倒的に強いという訳でも無い。むしろ押され気味とも言っていい。しかしその最中、黒翼は機体や搭乗者に無理がかかる程の機動と速度で無人機へと襲い掛かっている。それは普段の川村静司という少年の印象からはかけ離れた、まるで狂った猛獣のそれだ。だがその姿はどこか自暴自棄になっている様にも見えた。

 

「何故……気づけなかったっ!」

 

 今までの事を考えれば考える程苛立ちが募る。何度も現れていたのに。何故今まで気づくことが出来なかったのか。そしてなぜ彼は隠そうとしていたのか。目的は一体何なのか。

 

「お前は一体、何者なんだ……?」

 

 一度は正体を見極めようと最低な行動までしたと言うのに。事実を知った今、千冬の心にあるのは喜びや安堵ではなく、更なる疑問ばかりであった。

 

 

 

 

 頭が痛い。気持ちが悪い。かきむしりたくなるほど熱く、渇いた喉。だがそんなものはどうでもよかった。

 異常なまでの頭痛も吐き気もどうでもいい。体の奥からあふれ出てくる破壊衝動。昏い感情。それら全てを原動力に静司は黒翼の力を振るう。

 視界の端には赤い警告と共にVTシステムの文字。システムによって抉られる精神。以前はそれで暴走した。しかし今はそれすら力に変えてただ我武者羅に力を振るう。制御したわけでは無い。掌握した訳でも無い。システムの支配すら上回る程の感情がそれを成していた。

 それは怒り。この世界に存在するたった一人に向けられた狂おしいほどの怒りがシステムの支配すら上回り静司と黒翼を突き動かす。そしてその力の矛はその怒りの対象が作った人形達に向けられていた。

 

「――――――――――っ!」

 

 言葉になら無い絶叫を上げて静司は無人機に突っ込み左腕を振るう。無人機は腕のブレードでそれを受け止めるが、出力に勝る黒翼に押されていく。だがその隙に残る無人機が黒翼目掛けて熱線を放つ。閃光と爆発。その威力は黒翼にダメージを与えるに十分な量の筈であった。

 だが爆発の煙の中から現れたのは無人機を串刺しにし、それを楯として直撃を防いだ黒翼の姿。無傷とはいかないがその機体は無事だ。

 

「こんなものに……」

 

 こんなものの仲間に自分は姉達を殺されたのか。こんなもののせいで、自分は捨てる事になったのか。

 その怒りが黒翼を突き動かす。串刺しにした無人機を捨てると両翼を広げ、その翼からの砲撃《R/Lブラスト》を放つ。無人機達は件の円盤状の装置からバリアを発生させそれを防ぐが、動きが止まった。その一瞬の隙に静司は瞬時加速を発動。そのバリアにぶつかる様にして左腕を振るう。だが速度と威力を持ったそれでもバリアは破られる事は無かった。そしてそのバリアの向こうで無人機達が再度その砲口を向ける。

 

「く、だ、け、ろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 バリアと接触していた鉤爪が合わさり槍の様な形状へと変わる。赤と黒の混じった光が収束し、歪な音を立てはじめる。そして静司がその武装《クェィク・アンカー》を撃つのと無人機達が熱線を放つのは同時だった。

 黒翼の左腕の鉤爪。そこから放たれた破壊の波動がバリアを突き破り無人機達を襲い、同時に無人機達が放った熱線が黒翼を貫く。空にまるで波紋の様に光が広がり、そしてそれを追う様にして大きな閃光が撒き散らされた。その衝撃は地上にまで到り、アリーナの外壁や学園の敷地にも衝撃が吹き荒れる。

 そしてそれを起こしたIS達が一つ、また一つと墜落していく。落ちたのは3機。そして残りの2機と黒翼は空中に留まったままだがその姿は満身創痍だった。

 いくつかの装甲が剥がれ、1機は腕と足を失っている無人機と、機体の各所から火と煙を撒き散らし、装甲は砕け、その隙間から血を流す黒翼。

 残りは2機。対して機体とそして体も満身創痍の静司。更にはエネルギーももはや乏しい。だがそんなものは関係ない。そう、関係ないのだ。

 ゆらり、と黒翼を揺らすと気のせいか無人機が引いた様に見えた。その姿に静司は怒りを覚える。

 

「唯の操り人形共が……人の様な仕草をするなっ!」

 

 怒りを爆発させるようにして鉤爪を振るう。無人機もバリアを展開するが、先の攻撃で不調が起きたのか出力が弱い。一瞬の抵抗の後、そのバリアごと静司は無人機を切り裂いた。

 

『……!』

 

 どこか驚いた様に無人機のライン・アイが光る。それすら苛立ち気に感じつつ、静司は残る1機へと視線を移す。今度こそはっきりと、無人機はまるで恐れる様にその身を引いた。そしてそれを見て、静司は気づく。

 

「そうか……居るのか(・・・・)

 

 ボロボロの機体から、体から再び昏く黒い感情が湧きあがる。それが機体と肉体の限界を無視して静司を突き動かす。残る全てのエネルギーをかけて瞬時加速を発動。最後の1機へと喰らいついた。だがやはり無人機はバリアでそれを防ぐ。

 

「邪魔なんだよ……いい加減その面みせろよ篠ノ之束ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 まるで駄々っ子の様に。そのバリア目掛けて静司は両腕の鉤爪を振るう。切り裂き、蹴り、殴り、叩き、頭突きまでするその姿はもはや狂っている様にしか見えない。

 

「お前がっ!」

 

 怒りを込めて鉤爪を突き立て、

 

「お前さえっ!」

 

 昏い感情を乗せた蹴りを放ち、

 

「消えればっ!」

 

 激情のままに頭突きを放つ。

 もはや意味の無い行為。逆に機体と肉体を傷つけるだけのその行為は無人機のバリアを破る事は無い。それでも静司はただひたすらに続けた。

 どれくらいそれが続いただろうか? 静司が何度目かも分からない攻撃をしようとした時だった。

 

『…………ヘェ』

「っ!?」

 

 不意に無人機が、その先に居る人物が言葉を発した。その言葉に静司の動きが止まる。そして不意に無人機から力が抜け落下していく。落下した無人機はアリーナの天井へと落ちると起きあがる事無くその動きを止めた。

 

「…………」

 

 静司もまたその隣へとゆっくりと降りていく。そして見下ろしていた無人機から小さく声が発せられた。

 

『―――――――――――』

 

 それは短い一言。そしてそれを終えると同時に、無人機は光に包まれそして大きく膨れ上がる。

 

「っ、逃げろ、川村!」

 

 同じくアリーナの天井に居た千冬が叫ぶがそれも間に合わず、無人機は轟音と共に自爆した。

 

 

 

 

 全身を襲う浮遊感。不思議と痛みは感じず、静司は流されるがままに爆風に身を委ねていた。

 無人機の爆発は大きく、静司が立っていた天井の外壁を破壊する程だった。足場を奪われた静司はそのまま落下し、そしてアリーナ内部のピットの一つへと落ちた。

 酷い状態だと自分でも分かる。ボロボロの機体。流れる血。そして怒りと空虚が混じった心。それらが一挙に押し寄せてきてくる。

 

「せーじ!?」

 

 不意に声がした。見れば自分が落ちたピット内部に本音の姿があった。何故こんな所に? と思ったが直ぐに納得がいった。元々彼女は更識姉妹の専属整備士として今回のタッグマッチに登録していた。ならばあの姉妹がピットからアリーナへ突入する寸前まで近くにいた可能性は高い。そしてその後はアリーナ内部がロックされてしまった為に出られずにいたのだろう。つまりここは更識姉妹やラウラ達が侵入してきたピットなのだろう。後ろを見れば彼女達が開けた穴が直ぐ傍にあった。

 

「い、いま助けるから」

 

 彼女は泣きそうな顔をしながらこちらに駆け寄ってくる。普段ののんびりとした雰囲気からはかけ離れたその姿が心が痛む。一夏達と同じ……いや、それ以上に自分の学園生活の象徴とも言えた少女。きっと、自分にとって大切な人。

 

「ほ……ん…………」

 

 震えながら手を伸ばす。もう一度、やり直せないかと。今度こそ上手くやれないかと。まるで縋り救いを求めるようにして。本音もそれに気づいたのかこちらに手を伸ばそうとして、

 

 静司の足下が、崩れた。

 

「せーじ!?」

 

 きっと先の戦いの衝撃と自爆の衝撃。そして黒翼の落下のせいであろう。限界が来たピットの床は楯無達が開けた穴から広がる様にして崩れていく。そして支える物を失った黒翼もまた、それに合わせて転げ落ちていく。

 

 ああ、やはり駄目のか。

 

 まるでそれは彼女に縋ろうとした自分を責めている様で。お前にはもう無理だと。今更何をしようとしているのかと言われている様で。もう全て諦めろと言われた様で。静司はそこで今度こそ、全てを諦めた。

 落下していく最中、淵からが手を伸ばし叫ぶ本音の姿が見える。彼女は崩落には巻き込まれなかった様だ。それだけは良かった、と小さく安堵して静司は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 ただ見ているしかなかった。それが何よりも己の無力さを感じさせ、千冬は己の拳を握りしめる。

 戦いは終わった。しかしちっとも状況が好転した気にはなら無い。むしろそれ以上の問題が山積みだからだ。

 

『――――か!? 織斑――生! 織斑先生! 聞こえますか!?』

「っ、山田先生か!?」

 

 不意に聞こえたのは真耶の声。今の今までISは完全に機能停止し、通信すら不可能だった筈だった。だが通信が出来ると言う事は?

 

『良かった、やっとつながりました! 織斑先生、ISがやっと!』

「ああ、動く……!」

 

 見ればISが起動し始めている。徐々に出力を上げ通常出力まであと数秒とかからない。

 だがそこで千冬ははたと気づいた。自分達が動き始めたと言う事はIS委員会の機体もまたその筈だ。そして彼女らが動き始めればする事はまず最初は――

 アリーナへと視線を移す。アリーナ内部では動きを完全に止めた黒翼が倒れており、そしてその傍に一夏達が駆け寄ろうとしている。時間は無い。

 

(どうする……!? 私は……私はっ!)

 

 様々な物が千冬の脳裏を駆け巡る。委員会に言われた事。自分がした事。一夏の顔。束の顔。川村静司の顔。生徒達の顔。立場、しがらみ、感情、疑問。それらの奔流に頭が割れそうになりながらも考え、そして決めた。

 

「……山田先生。今どこに居ますか?」

『私は観測室です。出る前にロックされた上にISも使えなかったので――』

「なら今すぐアリーナにありったけの弾丸を撃ちこんでください」

『なっ!? まだ織斑君達が居るんですよ!? それにあの黒いISは――』

「一夏達は何とかします。だから急いでください、時間が無い」

『ですが――』

「いいですか、山田先生。出来るだけ派手に(・・・・・・・・)お願いします」

『―――っ!? わ、わかりました!』

 

 こちらの言葉に何か気づいたのか、真耶が了承する。それを確認するが否や、千冬はアリーナ内部へと侵入し、直ぐに一夏達の下へと降り立った。

 

「千冬姉!? せ、静司が!」

「静司、静司!? しっかりして!?」

「ちょっと静司! アンタ返事しなさいよ!?」

 

 一夏達は落下した黒翼の近くで必死に叫んでいる。その姿に苦い物を感じつつ千冬は出来る限り冷静に、そして冷たく告げる。

 

「ここは危険だ。逃げるぞ」

「危険!? まだ敵がいるのか!? じゃあ静司も――」

「いいや、お前達だけだ」

「なっ!?」

 

 その言葉に一夏達が信じられないと言った様子で千冬を見る。しかし千冬はあくまで冷静かつ冷酷に続けた。

 

「急げ。これは命令だ」

「何を、何を言ってんだよ千冬姉!?」

「言う事を聞け!」

「聞けるかよ!?」

「……そうか」

 

 一瞬だった。千冬は一夏を白式ごと掴み上げると地面に叩き付けた。

 

「がっ!?」

 

 驚き、反抗も出来ないまま一夏が声を漏らす。そんな一夏を抱える様にして千冬は他の面々にも告げる。

 

「急げ! 時間が無い。…………川村の事は任せろ」

「時間って……あれは!?」

 

 そこで鈴が気づく。破壊されたアリーナの天井付近。そこに武器を構えた真耶が居る事に。

 

「ちっ、早くしろ! ラウラ! この馬鹿者はお前が連れて行け! 楯無! 他の連中を頼む!」

「きょ、教官……」

 

 鬼気迫る千冬の声に鈴達が震える中、ラウラが不安そうに問う。

 

「信じて……良いのですか?」

「……私にももうわからん」

 

 答えられたのは我ながら情けない言葉だった。しかしラウラは小さく頭を下げると未だに暴れる一夏を掴み上げた。

 

「私達も行くわよ、シャルロットちゃん!」

「けど静司が!? 静司!」

 

 黒翼の傍から離れようとしないシャルロットは楯無が引っ張り、鈴やセシリア、箒達も簪に引っ張られる様にして離脱していく。

 

「やっと行ったか……。頼む、山田先生」

『……はい』

 

 直後、実戦用に換装された真耶の駆るラファール・リヴァイヴがありったけの弾薬をアリーナへと叩き込み、黒翼もろともアリーナは炎に包まれていくのだった。

 




遅くなってすいません。
言いわけすると仕事が忙しかったり、お気に入りの本が読み直したらやっぱり面白かったりなろうで追ってる作品が盛り上がりまくってて思わず読み返したり出張先で食あたり起こして寝込んだりしてました。 うん、夏に怖いのは脱水症状や熱中症だけじゃないって事ですね。みなさんもお気をつけて。

タイトル
主人公の精神的な意味で

カテーナの結論
相変わらずの捏造&独自解釈。世界征服にするには数少なくね? な気もしますが束の場合ぽんぽん作ってますし、対抗する兵器がまともに無いのでできそうだなーと

VTシステム
扱い敵には精神のリミッターはずし的な物です。この辺りはVプロジェクトとの親和性故という設定

対無人機戦
実はこれ結構難しい。無人機さんしゃべってくれないので戦闘が単調になりがちなんですよね
そんな無人機界隈でもしゃべってくれるレギオンさんの存在は助かります
最後の無人機が機能停止した辺りは次回(たぶん

次回、兎さん登場

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