IS~codename blade nine~   作:きりみや

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ある程度文字数増えてくると編集がものすごく重くなるので中途半端ですがここで


72.彼女の理由

 仲良くなった理由は良く覚えていない。お互いに他者と比べて秀でていたからか。たまたま話が合ったからか。それとも他の何かか。記憶力は自信ある筈なのにその理由だけは思い出せない。つまりはそれほど自然に、気が付いたらそんな関係になっていたのだ。

 人より遥かに優れた頭脳を持つ自分と、人より遥かに優れた運動神経を持っていた彼女。万能だと思っていた自分にも出来ない事をする彼女。だから自分は憧れた。そして同時に感じたのだ。私と彼女が居れば何でも出来ると。

 

 だがそんな想いは簡単に崩れ去った。

 

「何で……泣いてるの?」

 

 いつもの様に学校へ行き、退屈な授業を聞き流しそして帰宅した後の事。もはや日課となったその友人との戯れの為に彼女の家に向かったが、そこにあったのは予想外の光景だった。

 玄関、電気を付けておらず少し薄暗いそこで彼女は立ちつくし、そして普段は全く崩れることの無いその凛々しい顔を歪め、涙を流しながらこう告げた。

 

「父さんと母さんが……居なくなった」

 

 そうして泣き、崩れ落ちる彼女の姿はどこにでもいる少女に見えた。それが許せなかった。彼女にそんな顔をさせた、その彼女の両親たちが許せなかった。

 だから探した。ありとあらゆるものを使って、自分の力を駆使して。簡単な作業だ。日本中の交通機関にアクセスし、ありとあらゆる監視カメラ、入退場記録。カードの使用履歴……。他にもありとあらゆる方法を駆使して捜索した。もし見つけたら理由を問いただし、そして彼女に謝らせてやると思いながら。

 だが見つからなかった。どれだけ探しても彼女の両親の足取りは分からず、まるでそんな人物は最初から居なかったかのように遂にはその行方は自分をもってしても分からなくなったのだ。その現実に自分は初めて無力を感じ、そして失望した。己の無力さに。そして彼女と彼女の弟を苦しめる現実に。

 思えばそれが始まりだった。思い通りになら無い世界。彼女を泣かせた世界。彼女と彼女の弟を苦しめる世界。それを変えたいと願い始めたのは。

 家族に対する見方が変わったのもその頃だった。特に『親』と言う存在に対し懐疑的になったのは確実であり、その理由は言うまでもない。そうした観点から改めて自分の『親』という存在を見ると成程、今まで気づいていなかった、否、気づこうともしていなかった事実に気づく。常人より遥かに、異常とも言える程優れた頭脳を持っていた自分に対し、『親』は戸惑っている様だった。だがそれでも『親』達は自分を疎んでいる訳では無いらしい。ただ持て余して距離感が掴めていないだけ。だがそれでいいと思う。別段恨みは無いが、熱く語れるような恩義も無い。ならばそのままでいいじゃないか。

 だが妹は別だ。何の疑いも無く、打算も裏も無く自分を慕ってくれる妹。そのキラキラとした瞳で見上げられるのは気分が良い。それに可愛いとも思う。彼女や彼女の弟以外の誰もが自分を畏怖している中でも慕ってくれた妹。ああ、とても可愛くそして嬉しく思う。だから妹も『大切なもの』の中の一つになった。

 そう、『大切なもの』。何よりも優先されるもの。それらが今の自分の全てであり、そして始まりの理由。それ以外は――

 

 

 

 

「束さま」

「んー?」

 

 呼びかけられ思考の海から浮き上がると、こちらを不思議そうに見つめている銀髪の少女が目に入った。少女はトレイに乗せた紅茶を手に首を傾げている。

 

「どうかなされたのですか?」

「いんや、問題ないよくーちゃん。ちょーと束さん昔の事を思い出していただけだからね」

 

 束さんにも色々あったんだよー? と笑いながら紅茶を受け取り喉に流し込む。うん、何故か非常に苦いがこれはこれで味があるというものだ。

 そんな束の様子を見ていた少女は不思議そうに首を傾げていた。

 

「そういえば、お聞きしたいことがあったのですが」

「ん、何かな? 今日の気温かな? ISの秘密? 宇宙人の所在? UMAは居るか否か? どれでも答えられるけど何がいいかな?」

「何故、あの男に止めを刺さなかったのでしょうか?」

 

 少女の質問に束はピクリと動きを止めた。

 

「あの時、川村静司を殺すことが出来た筈です。なのに何故見逃したのかがわからないのです」

「ふむ。まあやっぱり気になっちゃたかー。くーちゃんは意外に鋭いね!」

 

 賞品としてこれをあげよう! とポケットから飴の包みを取り出すと少女へと放る。

 

「ありがとうございます。それでもしよろしければ理由を教えて頂けるのでしょうか?」

「うーん、そうだねえ。ちょっと気になったからかなー」

「? どういうことでしょうか?」

「うんうん。まああの黒い奴の中身があの男だったのは素直に驚きだったよ。ある程度予想はしていたけどいざ実物となるとやっぱりね」

「ですがそれが理由ではないのでしょう?」

 

 少女の問いに束はクスリ、と笑った。

 

「そうだね。気になったのは別のことさ。あの奇妙なISについては後からでも調べられる。だけどあの男が何で私の事をあそこまでボロカスに言ってくる理由がわからなかったからかな?」

 

 あの黒いISと川村静司は以前も、そして今回もこちらに対して凄まじいまでの憎悪を持って襲い掛かってきた。だがその理由が分からない。少なくとも自分は川村静司という存在など、つい最近まで知らなかったのだから。

 だが分からない事をそのままにしておくなんて事は自分には出来ない。

 

「まあああいう輩が今まで居なかった訳じゃないけどね」

 

 ISが世界に発表されてから世界は大きく変わった。そしてその変化についていけず取り残された者。変わった世界に淘汰された者達からの取るに足らない呪詛の言葉等は束は気にしない。だが川村静司は別だ。あらゆる意味で自分の予想からかけ離れていた異質な存在。彼がそうなった理由がそこにあるのならそれに興味を持つのは当然だ。

 そして理由はもう一つある。ある意味こちらの方が重要かもしれない、大事な理由。

 

「あのISはV計画の事を知っていた節がある。その辺りいい加減スッキリさせないとね」

「束さま?」

 

 小さく呟いたその言葉は少女には伝わらなかったようだ。だがそれでいい。束はにっこりと笑顔を浮かべると少女に向き直った。

 

「と、いうことでくーちゃん、お出かけの準備をしよう」

「お出かけ?」

「そうだよっ! さあナイフとランプを鞄に詰め込もうか? ああだけどそれだけじゃとても旅立ち何て出来ないよね! ということでお財布とお土産持参でレッツ外出!」

 

 何やらハイテンションで事を進める束に少女は小さく頷いた。少女にとって今の束は絶対であり反対する理由は無いからだ。

 

「それでどこにいくのでしょうか?」

「ん! それはね」

 

 そこで少女へ振り返った束は深く、深く笑みを浮かべながら告げる。

 

「このいけ好かないクソガキの所だよ。大丈夫、アポは取ってるから」

 

 

 

 

『全ては仕方の無かった事、と言いたいのかな?』

「はい」

 

 うす暗い室内。そこに映し出された者達と向かい合いながら千冬は静かに頷いた。彼女が今相手にしているのはIS委員会の面々。そして今話し合われているのは先日の事件の事である。

 

「あの黒いISがアリーナ内部へ墜落した後、機能停止したと思われた襲撃機体が再起動しました(・・・・・・・)。これ以上は危険と判断し私が破壊を指示しましたがそれに問題が?」

『ふむ……確かに生徒を護るために必要な行動ではあっただろう。だが少々やり過ぎではないかね? そのせいで件の黒いISは行方知れずとなってしまった。これはどうする気かね?』

 

 そう。あの事件の時、最後に真耶が行った一斉砲撃によって、元々ダメージが深かったアリーナは更なる大ダメージを受けた。そしてその砲撃が終わる頃にはアリーナの内部はかなり荒れており、件の黒いISの姿は既に無かった。それがIS委員会にもたらされた報告であったが、彼らはそれが気に入らないらしい。

 

『そこまでする必要はあったのかね? 聞けばその襲撃機体も黒いISも満身創痍だったのだろう? ならば君なら拿捕する事も出来たと思うが?』

「ですが現場には傷ついた生徒達が居ました。その安全を優先したが故です」

『ふむ……。提出されたアリーナの記録、それにISのログを見ても確かにおかしなところは無いか……』

 

 そうは言うが画面越しの視線はこちらを疑っている事に千冬は気づいている。そしてその懸念は正しい。提出したデータは全て偽装された物だからだ。だがそれは顔に出す事は無い。

 

『しかし折角あそこまで追い詰められていたと言うのにだ、誰も顔を見ていないのかね?』

 

 この質問に千冬はドキリとする。何故なら自分を含め、あの時現場にいた者達はその顔を見ている。そう、川村静司の顔をだ。それを今言う事は簡単だ。あの黒いISの正体は川村静司でした、と。一言いえば委員会は動くだろう。そうすれば色々な問題が解決するのも確かだ。そして新たな問題が発生する事も。

 果たしてどちらが正しいのか。不確定要素の塊である川村静司を世に広める事か。それとも庇う事か。その疑問は未だに決着がついていない。だが、

 

「…………はい」

 

 結局口に出したのは肯定の言葉だった。この問題に関しては今、ここで決着を付ける事は出来ない。

 

『……まあいい。件の黒いISについては今後も調査するとしよう。その為には君たちにも協力してもらう。だがもう一つの案件についてはどう説明するのかね?』

 

 男の声と共に千冬の手元の端末にもデータが送られてくる。それは今回襲撃を行った無人機の画像だった。やはりきたか、と千冬は小さくため息を付く。

 

『今回、数体が回収されたがこの機体には搭乗者が居なかった。これは恐るべきことだ。だがそうなると疑問がある。これに酷似した機体と君たちは以前戦闘している筈だ。なのにそう言った報告はされていない』

『もしや隠匿していたと言うのかな? それは問題だよ?』

『納得のいく説明を求める』

 

 口々にはやし立てる彼らに千冬は呆れてしまう。特にアメリカの代表だ。臨海学校の際に現れた無人機。その機体を彼らが回収しているであろう事は千冬も予想していた。だがそれを棚に上げてこちらを責め立てている。まったく都合のいいことだ。

 

「その件に関してはご想像の通りです。我々は件の機体が無人機である事を把握していました」

 

 対して放たれた千冬の余りにもあっけらかんとした報告に画面越しに彼らがどよめいた。こちらがそう簡単に明かすとは思っていなかったのだろう。

 

『何故、報告しなかった?』

「混乱を避ける為です。私がこう報告すればきっと誰かが思うでしょう。『その機体を回収しているのではないか?』と」

『当然だろう。もしそうならば――』

「そうならば誰に渡せばよいのでしょうか? アメリカですか? ロシアですか? それとも中国? 日本?」

 

 しん、と部屋が静まり返る。そんな彼らに千冬はそれ見た事か、と心の中で小さく呟く。

 

「今の状態が答えです。単純に報告だけすれば所属不明の謎の部隊(貴方達の部下)が学園に向かってきてもおかしくない。そう考えたが故にタイミングを模索していました」

 

 気まずい沈黙が続く。千冬の言う事は所詮妄想だ。だが可能性のある妄想である。無人機と言う存在が及ぼす影響は計り知れない。

 

『では君は無人機は学園に留めて置くべきと言いたいのかな? だがそれは学園を危険に晒す事に他ならない』

「ならば護ってください。IS委員会が、世界が、協力する全ての国が。そうすれば我々も安心できます」

『詭弁だな。だが確かにその所在を直ぐに決められないは確かだ。この件は今後の議題として、決定が下るまでは学園に補完。その間の解析内容は当然ながら開示してもらう。また、それにかかる警備費用などは委員会からも出資する。これでどうかな?』

 

 その言葉に他の委員たちも渋々と賛成の言葉を発する中、千冬は小さく息をつく。これでいい。無人機自体に未練は無いが、どうせ渡すと言えば今度はどこが持つかで意味の無い論争が始まるのだ。だったら少しでも学園の警備を強化する為のカードにするべきだろう。日本の委員の数人が苦い顔をしてこちらを睨みつけているが知った事では無い。大方、今まで日本政府にも情報を渡さなかった事で文句を言いたいのだろうが、そもそもたかが一教師に権限を与えたのは彼らと学園上層部。ならその手札を存分に使うまでだ。

 

『一つ、よろしいかな?』

 

 不意に一人の男が言葉を発した。その男はアメリカの委員であり先ほど隠匿について千冬に言及した者だ。

 

『何か不満があるのかね?』

『いいえ。その機体の扱いについては同感です。私が言いたいのは別の事ですとも』

 

 男は静かに笑うと千冬に視線を向けた。

 

『先日、日本のある企業が襲撃を受けました。その事は皆さんご存知の事だと思います。そう、二人目の男性操縦者である川村静司の所属するK・アドヴァンスです』

 

 ぴくり、と千冬の肩が反応した。その様子に気づいた訳ではあるまいが、男は言葉を続ける。

 

『襲撃犯は亡国機業を名乗るテロリスト共。そしてK・アドヴァンスはISを一機奪われ社屋は半壊。死傷者も多数。聞くところによると社長である草薙由香里氏も重症で面会謝絶と聞きました』

『それは知っている。勿論襲撃犯である亡国機業は各国が追跡中だろう』

『ええ。ですが私が言いたいのはそちらでは無く、その川村静司についてです。今回の事件で彼の所属する企業は大きなダメージを受けました。恐らく再建には時間がかかるでしょう。しかし貴重な男性操縦者をそんな不安定な企業に預けても良い物かと思いまして』

「何……?」

 

 男の物言いに不快感を抱き千冬が睨むが、男は気にした様子も無く大げさに首を振った。

 

『男性操縦者は貴重な存在です。一部では実験体にという話もありますが、それを含めて(・・・・・・)改めて川村静司の所在も決めるべきではないですか?』

『それは……』

『確かにそうですね』

『そもそも日本の一企業が独占している事も問題だったのだ』

 

 口々に言葉が漏れていく。これは悪い流れだと千冬も気づき始めていた。そんな千冬の意を代弁するかのように新たな声が反論する。

 

『それはここで勝手に決める事じゃないと思うんですけどねえ。元々彼とK・アドヴァンスが契約した経緯は以前も説明しましたよ?』

 

 声を発したのは桐生だ。川村静司の存在を一時秘匿し、そしてK・アドヴァンスに所属する様に仕向けた張本人である。だがアメリカの委員は小馬鹿にする様に手を上げた。

 

『状況が変わったのだ。ならばそれに準じた対応と言う物が必要だろう? だが……そうだな、確かに勝手に決めては彼が不憫だ。そこで彼に意見を聞きたいのだが?』

 

 どうかな? と問われ千冬の背筋に冷や汗が流れた。問うてくる男の眼は画面越しにも分かる程好奇心と、そして疑いが含まれているのに気づいたからだ。

 

(もしや……気づかれている……?)

 

 現在川村静司を表に出す事は出来ない。だが男の質問はまるでそんな千冬の隠し事を暴こうとするかのような雰囲気が感じられた。千冬は精一杯の精神力でその焦りを表に出さない様に制御し、首を振る。

 

「彼も先日の件で負傷しており直ぐに呼ぶことはできません。現在は更識家と共同し厳重な警備態勢の中で治療をしています」

 

 ある意味嘘では無い。ただその警備は外だけでなく、中に対しての警戒もしているが。

 男はそんな千冬の言葉にふむ、と頷くと、

 

『そうか。ならばこの件はいずれ聞いてみるとしよう』

 

 どこか面白そうに笑いながらそう答えた。男がそう答えた事により、この件は保留となり新たな議題へと移っていく。

 

『では次はISの機能停止と暴走についてだが――』

 

 議長が話を進める中、千冬はその男の映る画面を静かに睨むことしかできなかった。

 

 

 

 

 全ての議題が終了しモニターが消えた部屋。そこで男は長時間の会議で凝り固まった体を解しながら小さく笑った。

 

「まあ隠したいのはわかる。だがそれは教師故かな? それとも利益の為かな?」

 

 男の手元には幾つかの書類があり、そこには写りはかなり荒い写真が数枚添付されていた。その一枚を手に取りそして再び笑う。

 

「夏の事件で無人機を先に手に入れられた事といい、我が国は運が良い」

 

 今回の無人機は学園側が回収した物と委員会が回収した物がある。学園側が回収した物については先の話の通り、暫くは学園管理となったが委員会が回収した物は現在移送中。これから日本の研究所で各国立会いの下に解析を行う予定だ。

 先程はその所在で多少揉めたが、本音を言えばどの国もそれを持ち帰る事を恐れている。それは先日起きたISの突然停止と報告にあった篠ノ之箒のISの暴走の件があるからだ。

 

『ISはいつ制御を離れるか分からない』

 

 元々良く知らない兵器であるのに今更と言った、その疑念が各国を足踏みさせている。唯でさえ通常のISがそんな状況なのに、更に不明な点が多い無人機ならば何が起きるか分からない。もし自国に持ち帰って暴走でもされたらたまらない。そんな思いがあるからこそ、学園に暫く補完するという話は意外な程にスムーズに進んだのだ。そして解析の場所として日本が選ばれたのも、日本の立場の低さ故である。誰だって自国に爆弾は持ち込みたくない。しかしその爆弾の知識は欲しい。そんな状態なのだ。

ならば今まで米軍が回収した物はと言えば、既に機体からは離されコアだけの状態で厳重に隔離されている。いくらISと言えども機体が無ければ恐れる事は無い事は今までの研究からも分かっている。恐らく今日本にある無人機もその事が判明すればまた各国が所有を巡って喧嘩を始めるだろう。

 

「だが、今はこちらの方が気になるな」

 

 男の持つ写真。それはつい先日、学園内で撮られらもの。それを撮影したのは米国籍の生徒の一人で事件当初にアリーナに留まっていた者である。

 

「無人機は既に手に入れている。ならば次はこれだろう」

 

 男は小さく頷くと回線を繋ぎある場所へと報告する。それはそんな男の手の内にある写真には、光に包まれつつ漆黒の装甲装備している最中の川村静司の顔が写っていた。

 

 

 

 

 あの事件から三日が経った。

現在学園は休校状態。そしてそんな中、その室内は暗い雰囲気に覆われていた。そこに集まる一夏、鈴、シャルロット、箒、セシリア、そしてラウラ。6人は何も話す事も無くただ座り込んでいるだけである。

 彼彼女らが集まっているのは一夏の部屋。何故こんな所に集まっているかといえば、話の内容が内容の為に下手に外では話せないからである。

 

「静司、戻ってこないわね」

「…………ああ」

 

 鈴がちらり、と静司のベッドを見ながら呟き一夏も頷く。そう、静司は先日の事件以来部屋に戻ってきていない。そしてその理由を自分達は知っている。

 

「くそっ」

 

 どん、と一夏が床に拳を叩き付けた。その内あるのはごちゃごちゃな感情だ。親友だと思っていた少年の隠していた秘密。今まで守られていたと言う事に対する悔しさと、それに気づけなかった事に対する後悔。そして行方のしれぬことへの不安だ。

 

「今まで……あのクラス対抗戦や臨海学校の時も川村さんはあのISに乗って戦っていた……のですわね」

「くっ……」

 

 セシリアが現状を認識する様に呟き箒もまた拳を握る。箒に関してはこの場に居る者達とは違う想いも抱いていた。

 

「あの時……私が紅椿を制御出来ていれば……っ」

 

 そして参戦できていれば。いや、そもそも鈴達に攻撃を仕掛けていなければ。状況はもっと変わったのかもしれない。だがそんな箒の肩を鈴が叩く。

 

「アンタのせいじゃないわ。どちらにしろISは全部動かなくなってたんだからね。そしてそれをやったのは……篠ノ之博士なんでしょ?」

「確信は無い。だけどそうとしか考えられない。だが、いやだからこそ私はっ」

「少なくとも私は箒を責める気は無いわよ。それは皆も同じでしょ?」

 

 鈴の問いかけに全員が頷く。あの時の紅椿が異常な状態であった事は誰が見ても明らかだからだ。しかし箒の顔は複雑だ。例え一瞬でも、恋敵である少女に対して昏い感情を抱いたのは事実であるからだ。しかしそれを言い出す事が出来ず、居心地が悪そうに顔を俯けていた。

 

「けど一体博士は何を考えてるのでしょうか? 目的がわかりませんわ」

 

 セシリアの問いは尤もであり、そして誰もその答えを持ち合わせていない。だが一つ確実な事がある。

 一夏は自分の腕の待機状態の白式に視線を落とす。現在専用機持ちを始めとして、学園内でのISは使用禁止令が出ている。訓練機を含め、先の戦いの修理が終わっていない事が理由として挙げられているが本当は違う。

 

「白式……信じていいのか?」

 

 ISの予測不能な突然の行動。それを恐れたが故だ。今しがた話した紅椿の暴走や白式たちの突然の停止。そして他のIS達も根こそぎ機能停止した。その原因を調査するためにもしばらくは使用禁止令が出ているのだ。尤も、その理由も一部の者達には分かっている。そう、篠ノ之束の仕業であると。

行き場の無い怒りや後悔に一夏達が唇を噛みしめる中、シャルロットはラウラに問う。

 

「ラウラは……ラウラはあんまり驚いていないみたいだけどもしかして……?」

 

 シャルロットはまるで縋る様にラウラを見るが、帰ってきたのは否定の言葉だった。

 

「確かに前々から何かあるのではという想いはあった。だがその正体までは掴めていなかった。先日の教官との模擬戦は覚えているか?」

 

 ラウラの言葉に全員が頷く。それを確認するとラウラは端末を取り出しその情報を全員に見せた。

 

「これはその時の静司のデータだ。見ろ、左腕に明らかに異常な程の熱量が感知されている」

 

 ラウラの言う通り、データの中の静司の左腕は明らかに異常な数値を示しており、そのデータに一夏達は息を飲んだ。

 

「何度も問い詰めようと思った。だが出来なかった。静司の様子がいつもと違ったのもあるが……聞くこと自体を恐れていたのかもしれんな。だがこうなった今、聞いておくべきだったと後悔している」

「そんな事……」

 

 悔やむように顔を歪めるラウラに一夏はそれ以上の声はかけれなかった。

 

「あの後、静司はどうなったんだ?」

「わからん。教官は任せろと言っていたが正直難しいとは思う。静司が正体を隠していたのは確かだがあの時、私達の前で晒してしまった。それに更識楯無の生み出した水蒸気で視界が悪かったとはいえ、観客席にまだ人が居たのも事実。どれだけの人物がそれを見たのかは分からない」

 

 そしてそれが及ぼす影響も。そして問題はそれに留まらない。

 

「皆も聞いているだろう。K・アドヴァンス社が襲撃を受けたと」

「ああ。かなりやられて死傷者も多数出てる上にISも奪われたって」

「静司があのIS――黒翼であった以上、あの会社も何か関係がある筈だ。そしてこのタイミングでの襲撃。恐らくだが他にも静司の正体を知る勢力が仕掛けたとしか思えん」

「まさかあの人……姉さんが?」

「いや、それは違うだろう。これはドイツの部下からもたらされた情報だがその時K・アドヴァンスを襲撃したのは亡国機業の機体だ。どちらかといえば今回の学園襲撃の隙に奴らが行動を起こしたと見るのが妥当だ」

「けどそれはつまり、亡国機業は何時でも動く準備が出来ていたと言う事ね」

「そうなる。こう言っては何だが、IS学園で行事があるたびに問題が起きているんだ。私たちが準備していた様に、他の勢力がなんらかの準備をしていてもおかしくは無い」

 

 結局何も分からないまま。完全に取り残された形の一夏達が俯く中、部屋の扉が突然開いた。

 

「皆揃ってるわね。……まあ予想していた顔色だけど」

「楯無さん?」

 

 鍵がかけられていたはずの扉を何の障害も無く開いたのは楯無だった。その背後には虚と本音。そして簪も居る。

 

「皆酷い顔よ。折角イケメンと美少女が揃ってるんだから笑いなさい。ね?」

「無茶言わないで下さいよ……」

 

 とても笑えるような心境では無いが、楯無が気を使っているのも分かるため一夏は無理やり引き攣った笑みを浮かべた。

 

「よろしい。さて、それじゃあ皆、行くわよ」

「行くって……どこにですか?」

「決まってるじゃない。川村君の所よ」

 

 その瞬間、シャルロットが弾ける様に顔を上げた。

 

「静司……静司は無事なんですか!?」

「落ち着いてシャルロットちゃん。無事と言えば無事よ」

「そっか……よかったぁ」

 

 少なくとも死んだわけでも居なくなった訳でも無い。それが分かりシャルロットの顔がようやく少し柔らかくなる。しかしラウラは楯無の言葉の意味に気づいていた。

 

「無事といえばとはどういう事だ?」

「言葉のままよ。ここから先は説明するより会った方が早いわ」

「会えるんですか!? あいつは何処に!?」

「ちょ、痛いわよ一夏君」

 

 思わず一夏が楯無の肩を掴み揺らす。かなりの力の筈だったが楯無は顔色を変える事無くそっと一夏の手を離した。そんな様子を見ていたセシリアが成程、と納得したように頷く。

 

「その様子からするともしや会長は川村さんの事をご存じだったのでは?」

「っ!?」

 

 セシリアの問いに一夏が驚いた様に楯無を見る。視線の先の楯無はふう、と一つ息をつくと小さく頷いた。

 

「ええ、知っていたわ。その事も含めて話してあげるから付いて来て。……正直に言えば私達としてももはやどこまで話すべきかわからないのよ。だから本人に訊くしかないわ」

 

 

 

 

 IS学園地下特別区画。秘密裏に作られたそこで真耶はモニターを見つめながらため息を付いた。事件から三日。事後処理や通常業務の合間にここに来ているが流石にそろそろ疲れが溜まってきた。しかし彼女は弱音を吐くことなくそれを続けている。

 

「様子はどうだ?」

 

 そんな彼女に後ろから声が掛かった。振り向けば両手にコーヒーを持った千冬が部屋に入ってきた所だ。彼女は真耶に片方を渡すと同じようにモニターを見つめる。真耶はコーヒーを受け取りつつ小さく首を振った。

 

「まだ目覚めません。治療は終わっているのですが……」

 

 暗い顔で話す彼女の見るモニター。そこにはある人物の情報が映し出されている。千冬もそれを一瞥するとモニターから目を離し、正面に視線を移した。そこには分厚いガラスがはめ込まれており、そしてその奥、厳重にロックされた部屋の中央ではベッドに横たわる隻腕の少年の姿があった。そう、川村静司である。

 

「まさか隻腕だったとはな」

「左腕自体は古傷の様です。それよりも驚きなのはその腕をISで代用してきたことです。今まで全く気付きませんでした……」

「それは私もだ。それに体の傷も、な」

 

 そう、今の静司は黒翼は解除され更には普段つけていた偽装被膜(ナノスキン)も無い。それ故にその体の傷は一目で分かるのだ。そしてその体に刻まれた傷跡の多さに真耶の顔が更に暗くなる。

 

「どうしてこんなに……? まだ子供なのに」

「それは本人に訊かなければ分からないだろう。K・アドヴァンスもあの調子で問い合わせ所では無い。……あいつの持っていたISについては?」

 

 千冬の問いに真耶は頷くとコンソールを叩いた。近くの机の中央が開き、そこから解析機に収められた翼型のペンダントが現れる。同時に映し出されたデータを見て千冬は眉を顰めた。

 

「修理をしたのか?」

「応急処置ですけどその過程で何か分かるかと思いまして……。ですが結局何も分からずです。それどころか最低限の修理が終わった途端、待機状態に戻ってそれからはうんともすんともしません」

 

 静司が回収された当初は黒翼は展開されていた。しかし回収するが否やその姿は消えしばらくは静司の左腕と同化しており取り外す事が出来なかった。しかし昨日の夜、突然静司の腕から切り離されたかと思えば機体がそのままの形で真耶の前に現れたのである。まるで治せと言わんばかりのその事態にどうやら真耶は正直に直してしまったらしい。

 

「搭乗者の生体再生を行い、危険域からは脱したら今度は自分の修理を要求。それも終われば用無し、ということか。待機状態に戻り自分の回復に努めたのか?」

「なんだか酷く人間的ですね……。それに生体再生? それは織斑君が臨海学校の時にやった?」

「ああ。そうとしか考えられん。実際、川村の回復速度は異常だ」

 

 未だ目覚めないとはいえその傷が治る速度は明らかに異常だ。実際、既に目に見える新しい傷は大体は塞がっている。後は中身の問題なのだ。

 

「川村が目覚めれば詳しい話が聞けるのだがな」

「委員会との話はどうでしたか?」

 

 疲れた様に千冬は首を振った。

 

「無人機の情報の開示要求、学園のIS使用禁止と調査の継続を言い渡されたよ。ここまでは予想通りだが……」

 

 ちらり、とガラス越しに眠る静司を見て千冬は小さく息をつく。

 

「川村を逃がした件はやはり疑われていると思う。それに実際に踏み込んだ質問をしてきた者も居た。いつまでもこうしてはいられないだろう」

 

 今は誤魔化せても時間が経てば経つほどそれは難しくなる。『男性操縦者である川村静司』がいつまでも表に出てこなければ疑念を抱く者は増えていくだろう。

 

「更識家なら何か知っているかもしれませんね。楯無さんは?」

「先ほど呼んだ。ゴタゴタで中々聞けなかったが、ようやく時間が取れたのでな。……来た様だ」

 

 千冬の言葉と同時、部屋の扉が開き楯無が現れた。だがその楯無の背後から現れた一夏達の姿に千冬が眉を顰める。真耶も驚いた様子で立ち上がる。

 

「織斑先生。現状況で我々が話せる範囲の事をお伝えにきました」

「それは良い。だが何故織斑達が居る?」

「一夏君達も当事者です。それに……この話はきっと聞いた方が良い。完全に私の独断ですが」

「……」

 

 二人の鋭い視線がぶつかり合う。部屋の中が一気に張りつめた空気になるがそれを破ったのは本音だった。

 

「せーじ!」

「静司!?」

 

 声を上げガラスに駆け寄る本音にシャルロットや一夏達も続く。そしてガラス越しに写る静司の姿に誰もが絶句した。

 

「嘘……腕が……!?」

「落ちつけシャルロット。あれは見た所古傷だ。だが……」

「それ以外も傷だらけじゃないの!? 何なのよこれ!?」

「おい静司!? 一体どういう事なんだよ!?」

 

 不安そうに見つめる本音。隻腕のその姿に声を失うシャルロットとそれを支えるラウラ。そしてそれ以外にも見える数々の傷跡に声を失う鈴達と、ガラスに拳を叩き付ける一夏。その姿を見て千冬ははぁ、と今日何度目かのため息をついた。

 

「どの道今更、か。ならば構わない。その代わり知る事を全て話してもらうぞ」

「ええ。私が知る限りなら――」

 

 そう楯無が頷いた時だった。突如変化を示したモニターに真耶が声をあげた。

 

「織斑先生! 川村君のバイタルデータに変化が!」

「何!?」

 

 驚き千冬が振り返った先。ガラスの向こう側で川村静司がゆっくりと瞳を開こうとしていた。

 




時系列が! 整合性が! こじつけがぁぁ!
とすごい悩んだお話。こういう説明回は書いてて疲れます

時系列については原作読み直してネットの資料とか探しても完全には不明だったのでちょい捏造です
原作準拠ですと千冬が荒れた中学時代=両親の失踪だと思うんですが、束と同級生になったのは高校からっぽい。という事は二人の出会いも高校かと思ったら白騎士事件は千冬は中3年っぽいしあああくぁwせdrftgyふじこ
となったので今作ではそれより以前、中学以前から出会っていたことにしています。それ位……いいよね? 
いやまあ中学も同級生なのかもしれないけど千冬が丸くなったのは束とつるみ始めてからで一夏と箒が出会ったのは高1でああああ 、とずっと続くので勝手に捏造しました。

無人機の処遇等もこういう見方もありかな、と。
あと束の行動理由の一部だけぽろっと。織斑夫妻を匂わせてみたり

次回 暴露大会
ある程度かけてるので気持ち早い……かも

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