IS~codename blade nine~   作:きりみや

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74.激情

Valkyrie project。

それはかつて行われていた世界最強たる戦士の量産計画。ヴァルキュリーと呼ばれる世界最高レベルのIS搭乗者達。それと同レベルのものを作り出す為の計画だ。そしてその計画には主に織斑千冬を初めとしたブリュンヒルデのデータが使われていた。

 その計画は二つの方法を持って行われていた、1つはクローン。織斑千冬のデータを元に同レベルの肉体を作り出す、いわば『ハード』面の開発。

 そしてもう1つが知識。織斑千冬を初めとした歴代ヴァルキュリーのデータを直接被験者の脳に刻み込み、オリジナルと同等の能力を与えようとした『ソフト』面の開発。

 最終的には統合される予定だったその計画だがそれは困難を極めそして遂には成功することなく終わりを告げた。他でも無い、篠ノ之束によってこの世から物理的に葬り去られたからだ。

 だが―――――

 

 

 

 

「気分はどうだ? 殺し損ねた……お前の失敗の象徴を見る気分は!」

「五月蝿い黙れよお前。いい加減目障りだって言ってるんだよ!

 

 炎が晴れてくる中一夏は見た。全身を装甲に包む黒のISとそれに相対する女性の姿を。

 

「束さん……静司……」

 

 意味が分からない。

 それが今の感情を表すにもっとも適した言葉だ。それも当然かもしれない。一度に多くの情報が出過ぎている。

 親友だと思っていた少年は自分を護る為に来たという。そして例の黒いIS――黒翼こそがそれで更には姉のコピーと来た。そして同じようなコピーを皆殺しにしたのが姉の親友である束。いくらなんでも無茶苦茶過ぎる。それを今すぐ理解しろと言うのは幾らなんでも無茶な話だ。そもそもそんな荒唐無稽な話、唯の作り話にしか思えない。

 だが、だがならば今目の前の光景をどう説明付ける? 今自分の目の前でぶつかり合う二人はとても冗談には見えない。束はいつもの何を考えているか分からない笑みを捨て、目を吊り上げ憎悪に満ちた眼差しで黒翼を睨み、その黒翼は顔こそ見えないが怨嗟の声を撒き散らし束へ迫る。そんな二人の様子が告げている。『これは全て事実だと』

 つまり『川村静司』という存在は姉のコピーを造るという恐ろしい計画の一部であり、そしてそのコピー達を殺し計画を消し去ったのが『篠ノ之束』。それが全て。それは……それはあまりにも――――キモチワルイ。

 

「っ、違う!」

 

 一瞬脳内に浮かんだ思いを必死に否定する。だがそれでもそんな思いは完全には払拭されず、思考の端でまるでこびりついたかのように離れない。

 姉は、姉の技術は姉だけの物。それはかつて自分が言った言葉だ。故にVTシステムの時自分は取り乱した。あれは姉のものであり、ふざけた理由で使われてはいけないと。

 だが今、その言葉を吐くことは出来ない。もし二人の話が本当ならば、それは川村静司という少年に対しての存在否定になりかねないのではと思うからだ。だが、だからと言ってその実験を許せるはずもない。そんな堂々巡りの思考で一夏は混乱していく。

 姉は……千冬はどう思っているのだろうか? まるで答えを求めるように千冬に視線を移し、そして一夏は後悔した。

 

 揺れている。

 

 あの凛々しさと安心感を兼ね備えていた姉の瞳が大きく開かれ、そして揺れていた。それは紛れもない動揺の証。姉は口に手を当て酷く動揺していたのだ。そんな千冬の状態に一夏は唇を噛みしめた。他でも無い。自分の情けなさにだ

 

(馬鹿か俺は! また千冬姉に頼ろうとした……。それじゃ駄目なのに!)

 

 だが、ならばどうすればいいのか? その答えは分からない。きっとこれは鈴達に聞いても、真耶に聞いてもきっと分からないだろう。その答えは自分で探さなければなら無いのだから。だが目まぐるしく変わる状況はそんな一夏に思考する暇も与えない。

 

「っ!? 織斑先生! 二人が!?」

 

 真耶が悲鳴を上げる。静司と束はお互いにぶつかり合いながら移動していく。壁を突き破り、通路を溶かし、天井を破壊しながら徐々に上へと――生徒達が居る場所へと移動しているのだ。

 千冬もそれに気づいたのだろう。ぐっ、と唇を噛みしめると面を上げ、叫ぶ。

 

「生徒達を避難させる! 上に居る者達に伝えろ! 私達も直ぐにあがるぞ!」

 

 その声は大きくも、どこか力弱く感じた。

 

 

 

 

 地下を高速で駆ける。振り下ろした鉤爪は防がれ、予想だにしない角度から迫る刃を紙一重で躱す。至近距離でガトリングガンを撃つがそれはすべてシールドに阻まれ代わりとばかりにミサイルが飛んでくる。

 ISという自由に空を飛びまわれる兵器が戦うには余りにも狭すぎる地下の通路を静司と束は高速で移動していた。驚くべきは束のIS、いや、ISと言っていいのかもわからない兵装の性能だ。何故ならそれには装甲らしい装甲は無いからだ。あるのは束の周囲に浮かんでいる巨大な機械の腕とそれが握るブレードや銃器。そしてその横で浮かぶ数々の武器。そして当の束は両手の指で高速で投影型のコンソールを叩きその腕や武器たちに命令を送っている。その姿はISに搭乗するというより、ISを操作するのに近い。

 

「お前さえっ、居なければ!」

 

 現在は静司の黒翼が束を追いかける形だ。狭い地下で翼を広げその両翼から光を放つ。放たれた光は壁を焼きながら束へと迫るが、その正面でシールドに阻まれるといともたやすく霧散した。そして散っていく光を突き破る様に、宙に浮く鋼鉄の腕が持つ剣が黒翼へ迫る。

 

「それはこちらの台詞だよっ!」

 

 突き出された刃を天井を蹴って躱す。だが躱した先へ束の周囲に浮く重火器から一斉に銃弾が放たれた。咄嗟に瞬時加速を発動。機体を縦に捻りつつ、まるで自分自身が槍の様に真っ直ぐに伸びた黒翼と、その先端にある凶悪な様相の鉤爪が束に迫る。だがまたしてもシールドに阻まれその爪は届かなかった。

 

「邪魔なものを!」

 

 通常のISの常識を超える異常に強固なシールドが張られている。だがそんなもの知った事では無い。破れないのなら威力を上げるまでだ。

 《プラズマクロー》起動。鉤爪に光が灯りそれは高熱の刃となって体現する。そして再び鉤爪による一撃を加えようとした所で、前方を行く束が急に上へと方向転換した。そのせいで一撃目は空振りに終わり、静司はそのまま壁に激突した。

 

「見た目通り馬鹿みたいだねっ!」

 

 静司が突っ込んだのはエレベーターシャフトだ。そこを上昇しながら束が馬鹿にした様に叫び、その砲門をこちらに向けると一斉に火を噴いた。通路以上に狭い空間に誘い込まれた矢先に放たれたその砲撃が黒翼を襲う。

 

「それが、どうしたぁぁぁ!?」

 

 対して静司が取った行動は回避でも防御でも無い。放電を続ける両腕の鉤爪を掲げ、そしてそのまま砲撃へと突っ込んだ。途端に全身に衝撃。しかし掲げた両腕の鉤爪が生半可な威力の銃弾を焼き尽くしで猛スピードで上昇していく。それでも当然無傷とは言えず、機体の各所に被弾し機体管制から警告が流れる。だが知った事では無い。

 

「本当に、馬鹿だねぇっ!!」

 

 対し束も宙に浮かぶ機械の両腕に剣を持たせるとそれを迎え撃つ。

 激突。エレベーターシャフト内を火花と閃光。そして衝撃が襲い、破壊を撒き散らしながら二人は上昇していく。

 

「お前を殺せば……全てが終わるっ……!」

「その考え方が馬鹿だって言ってるんだよ!」

 

 お互いに罵り合いつつ上昇する二人だがいずれ終わりは来る。お互いの刃をぶつけ合ったまま二人はエレベーターの天板をも突き破り遂に地上へと躍り出た。一瞬見えた様子からここは第二アリーナの近くだ。すぐ横にはアリーナが見え、そして遠くには校舎の姿も見えた。

 

「いい加減ウザいから離れてよっ!」

 

 束がコンソールを高速で叩くと光が生まれそして新たな腕が現れた。そしてその腕の拳が黒翼の腹部を捉える。

 

「がはっ!?」

 

 衝撃で息を詰まらせる。そしてもう一度放たれた拳によって黒翼は殴り飛ばされた。衝撃のままに飛ばされた黒翼はアリーナの壁にぶち当たり、それすら貫いてアリーナ内部の観客席へと叩き付けられた。

 

「こ……のぉっ……!?」

 

 痛みに喘ぐ時間は無い。壊れた壁の向こう、アリーナの外で束の周囲の火器が再び煌めいている姿見えた。咄嗟に横に飛ぶのに遅れ半瞬後、先ほどまで居た場所に砲撃が叩き込まれ破壊を撒き散らした。

 

「いい加減しぶとい。ゴキブリみたいな奴!」

「黙れ! 災厄ばかり振りまく存在が!」

 

 観客席を蹴り上げ再度上昇。束へと鉤爪で斬りかかる。だがそれは四本に増えた鋼鉄の腕によって容易く防がれた。鬱陶しい腕だ。そして何より、その腕の向こうで馬鹿にする様に小さく睨みつけるように笑った束の姿に怒りが増していく。

視界の端にはシステムエラーの警告と『Valkyrie Trace System』の文字。そう、黒翼に深く根付いたあのシステムは今もまた起動している。だがそれに囚われて暴走する様な事は無い。そんなシステムの干渉を上回る程の感情が、それを押しこめている。それどころかシステムから送られてくる知識、情報すら糧に束へと迫る。

 

「お前は今日、この場でどんな手を使ってでも必ず殺す! 逃がしはしない!」

「はっ! よく言うよ被害者気取りのクソガキの癖に!」

 

 距離を離し《R/Lブラスト》を放つ。だがそれはやはりシールドに阻まれ届かない。

 

「何だとっ!?」

「違うとでも言うのかな!? もしや自分の存在が正しいとか、本当にそう思ってる!?」

 

 束がミサイルポッドを展開し発射。咄嗟に回避行動に入りつつ、追ってくるミサイルをガトリングガンで撃ち落とす。

 

「さっきから聞いてれば逆恨みも良い所だよ! お前はちーちゃんのコピーだ! あの実験は有ってはなら無い物だ! それの産物であるお前が私達に被害者面をするな!」

 

 ミサイルを全て打ち落とし再度接近。やはり鉤爪は腕で防がれるが、その隙に《アサルトテイル》を起動。同じく高熱のプラズマを展開したそれが腕を貫き破壊した。

 

「VTシステムの存在をちーちゃんが知った時、どれだけ悲しんだか知ってるかな!? 知ってる筈ないよね、それを知ってればそんな風に罵れない筈だよっ!」

 

 残る三本の腕の内一本が突如変形した。全ての指を合わせる様に固まりそしてドリルの様に回転し始める。そしてその腕を突きこんで来た。

 

「V計画は有ってはなら無い物なんだよ! あの計画が、あの存在がちーちゃんを悲しませる! いっくんを不安にさせる! そんないっくんを見て箒ちゃんも戸惑う! そして私を怒らせる! そんな計画を潰して何が悪い!? 私は正しい選択をした!」

 

 突きこまれたその腕を寸前で回避するが少し掠ってしまった。途端に装甲が削れ、爆発的な衝撃が全身に走る。

 

「なのにその残滓がまだここに居る! 何なんだよお前、悲劇のヒーロー気取り? カワイソウナ僕を見て? ふざけるなっ!! それがどれだけ許せない事か分からないかな!? お前は被害者じゃない! 私達にとっては加害者以外の何物でも無いっ! お前の存在自体が有ってはなら無いんだよ! だから私はお前を消す! ちーちゃんも、いっくんも、箒ちゃんも楽しく過ごす為の世界にお前は必要ない!」

 

 衝撃で揺れる機体。その隙にドリルの腕が振りかぶられ、今度こそこちらの中心にその矛先を突き込もうと放たれる。だが、

 

「黙れ……」

 

 対し静司も左腕を変形させる。鉤爪が合わさり槍の様な形状へ。矛先に光が集まり周囲が帯電していく。そしてその矛先でドリルの腕を迎え撃った。

 

「非常識の塊の癖に……今更常識ぶるなぁああああああああああああああああああああ!」

 

 《クェィク・アンカー》零距離起動。ぶつかり合った矛先を中心に爆発的な威力の衝撃波が放たれた。光が撒き散らされ、衝撃でアリーナが崩れていく。そして一瞬の拮抗の末、黒翼が微力ながら勝った。ドリルの腕の表面が波打ち、そして内部から破裂する様に破砕されていく。衝撃はそれに留まらない。束の周囲に浮かんでいた武器たちも衝撃で破壊されていき、一気に武装が減っていった。だが束本人は無事だ。その驚きに目を見張る姿目掛けて静司は再度鉤爪を叩き付ける。

 

「例えお前が正しくても!」

 

 一度必殺の威力を放った鉤爪に先程の様な威力は無い。故にシールドは破れずただ叩き付けるだけだがそれすら構わず腕を振るう。

 

「世界中がお前の行動を認めても! 例え後ろ指を指されようと!」

 

 善でも、悪でも。白でも、黒でも関係ない。そもそも束の言う事には一つ決定的な間違いがある。自分は実験そのものを恨んでいるのではない。あの実験が禁忌と言う事くらい知っている。だから静司の中にある想いは唯一つ。そう、唯一つだけなのだ。

 

「俺は! 俺は姉さん達を殺したお前を殺す! 本音達を傷つけたお前を殺す! 俺から全てを奪おうとするお前を殺しつくす! そうだ俺は――」

「それが勝手だと言うんだよ! 被害者気取りのガキ! だからこそ私は――」

 

 束も残った最後の腕を振るう。そしてお互いに武器を叩き付け合い、叫ぶ。

 

「「お前の存在自体が許せないっ!」」

 

 

 

 

 

「姉さん……」

 

 大急ぎで地上へ戻った箒達が見たものは、お互いに罵り合いつつ死闘を繰り広げる二人の姿。その姿に箒は胸を締め付けられる。

 正直にいえば自分は静司とはあまり仲良くない。いや、どちらかというと関わる事が少ないと言うべきか。別に嫌っているとかそういう訳では無い。だが気がついたら自然にそういう形になっていた。そしてその事を今まで深く考える事は無かった。

 だが、だがもしかしたら何も考えて無かったのは自分だけで本当は川村静司は自分を見て色々考えていたかもしれない。静司の言葉が正しければ自分は姉達の敵である人物の妹。そんな存在が眼の前にいて、彼は一体何を思ったのか。それは箒には分からない。

 そして姉の事を考える。昔はとても好きだった。自分でも懐いていたと思う。だがいつの間にか疎遠になり、姉がISを発表し自分の生活ががらりと変わってからはそれがより顕著になった。自分は姉を恨み遠ざけようともした。しかしそれでも姉は気にせず時折電話を寄越してきた。こちらの事を気にしていた。ISを頼めば本当に持ってきてくれた。それなのに自分は姉に対しては何もしていない。ただ何時も与えられるだけ。自分はただそれを享受していた。どうせ姉は何時もの道楽気分だろうと。勝手にそう思い込んで。

 だが今空で戦っている姉はそんな自分の考えとは遠く離れたものだった。

静司は姉は人を殺したと言った。それも聞く限りかなりの数を。そしてその人物の中に静司の姉が居たと言う。それを聞いてまず思った事。それは人殺しに対する嫌悪。もとより姉に対して複雑な感情を頂いていたが故にそれは大きく感じてしまった。

 だが今は聞いてしまった。姉の言葉を。行動の理由を。それを聞いて自分はどう感じた? 一瞬でも嫌悪感を感じて悪いと思ったか?

 答えはわからない。嫌悪感は未だ残っている。だが初めてみる姉の感情的な姿に動揺し、うまく答えがまとまらないのだ。このままではいけないと思う。今、頭上の二人は文字通り死闘を繰り広げている。そしてこの戦いはおそらくどちらかが倒れるまで―――そう、死ぬことでしか終わらない。それだけは分かった。

 もし姉が勝ったらどうなるのだろうか? 静司は死に、そしていつも通りの生活が戻ってくるのか? 答えは否だ。あの一夏が友人と思っていた人物の死を前に、普段通りでいられるとは思えない。きっと何かが壊れるという予感がする。

 ならば静司が勝ったら? 姉は死に、そして二度と会えない。もしかしたら世界の為にはその方が良いのかもしれない。姉は世界に災厄を振りまきすぎた。心の底でもいつかはそういう日が来るのではと思っていた。

 だがその姉が戦う理由が、千冬や一夏。そして自分の為だと言う。それなのに姉の死を考える自分と言う存在に箒は底知れぬ嫌悪感を感じた。

 何が正しいのか分からない。だが今目の前で繰り広げられている戦いはきっといけない物だ。そうだ、だからこそ止めなければなら無い。一夏も、千冬も今はどこか呆然としてる。ならば姉を止められる可能性があるのは自分じゃないか。それがきっと一夏の為になる。だから、

 

「姉さん! もうやめて下さい!」

 

 剣道で鍛えられたせいだろう。箒の叫びは大きく響き、その声に静司の黒翼と束、その両方が振り向いた。そしてその途端、先ほどまでの憎悪に満ちた顔を捨て束は何時もの無邪気な笑顔に戻る。

 

「駄目だよ箒ちゃん。コレはやらなきゃいけない事なんだ」

「そんな事ありません! 何か、何か別の方法があるはずです! 川村も! もうやめてくれ!」

「…………」

 

 静司は無言。それに言いようも知れない不安を感じつつ箒は叫ぶ。

 

「姉さん達に何があったのか、まだ正確にはわからない! だけどこんな状況は私は望んでない! もっと他の方法で――」

「あるよ」

「え?」

 

 突然返された言葉に声が詰まる。そんな箒の顔を見て束は「うふふ」と笑った。

 

「本当はね、もっとこっそりやろうと思ってたんだ。だけどそうだね……。もう色々知られちゃったんだし、だったらもういいかなって」

 

 何だ、この悪寒は。とてつもなく嫌な予感がする。自分は何か、押してはいけないボタンを押してしまった。そんな予感が急速に湧いてくる。

 

「箒ちゃん、私もオトナだからそれなりに知ってるんだよ? 何の痛みも無しに望む結果は得られないって」

「ねえ……さん? 何を……」

 

「だから無人機を送ったり色々やったんだ。早く強くなって欲しかったからね? まあ少しズルもしたけど概ね順調だったし、そろそろ始めてもいいかな?」

「何を考えている……!」

「お前は黙ってろよ」

「せーじ!?」

「静司!?」

 

 鉤爪とせめぎ合っていた機械の腕が突然爆発し、黒翼が吹き飛ばされていく。本音とシャルロットが悲鳴を上げ、一夏達も息を飲む中、束は空中で笑った。

 

「そうだね……丁度いい相手も居るし、これは最後の痛みだよ。安心して、痛みの後にはきっと箒ちゃんやちーちゃん。いっくん達にとってとても良い世界になる筈だから。前にも言ったよね? 種は撒き終えたって。後は邪魔なアレを消せば万事うまくいく」

「束! 一体何を考えている!?」

「そんなの決まってるよちーちゃん。私は何時だって、箒ちゃんやちーちゃん。そしていっくんの事を考えるよっ! だから――始めよう」

 

 底知れぬ姉の笑顔。それを見て箒は気づく。束が『ある』と言ったのはこの事態の解決方法では無い。束が望み、そして自分達が望んでいると思っている結果を得るための手段であり、結局その内容には川村静司の抹殺が含まれている事に。

 

「姉さん!?」

 

束の指がコンソールを叩く。その瞬間、一夏達が光に包まれた。

 

「なっ!? 白式が!?」

「紅椿!? どうして勝手に」

「どういことよコレ!?」

「わたくしも……一体これは!?」

「馬鹿な、制御できん!」

「そんな……っ!?」

「まさか……」

「お姉ちゃん!?」

 

 一夏、箒、凛、セシリア、ラウラ、シャルロット、楯無、簪。そのそれぞれのISが本人達の意思なく突然展開された。それらは直ぐに出力を上げていくと宙に浮きあがっていく。そしてそれぞれが武器を展開し構え始めた。そしてその矛先に居るのは、黒翼。それを見た瞬間、黒翼が、静司が力のかぎり叫んだ。

 

「このクソ野郎がぁあああああああ!」

 

 刹那、8機のISが黒翼に襲いかかった。

 

 

 

 

 

 IS学園。何かと問題の多いこの学園を監視している者達が居た。女を中心としたその者達の名は【名もなき兵たち(アンネイムド)】。それはIS学園に多く存在する貴重なデータやISを機さえあれば奪う為に組織された米軍の特殊部隊だった。

 彼女らは今慌ただしく動き回っている。何故ならつい先程、突然IS学園内に警報が響いたかと思えば地下から何かが飛び出してきたからだ。そしてその正体を確認して彼女達は驚愕した。世界中からその身を追われている天災、篠ノ之束。そして今ある意味最も注目度が高いとも言える黒い翼のIS。それがセットで現れたのだ。しかもその両者は戦っている様に見えた。これは好機だ。

 

「タイミングを見て奇襲をかける。博士と黒いIS。その両方を確保する。両方が不可能な場合は博士を優先して確保だ」

「ですが上層部からISの使用を控えるようにと……」

「例の制御を乗っ取られるという話か? だがその張本人が目の前に居るんだ。そんな隙も与えず拘束すればいい。これは千載一遇のチャンスだ。他の国も動いているし先を越される訳にはいかん」

「了解しました」

 

 命令を下すと部下が下がっていく。その様子に満足しながら隊長である彼女は自らのISをチェックする。機体の名はファング・クェィク。但し通常のそれと違い、ステルス仕様の特殊型だ。機体色もイーリス・コーリングが使うタイガーストライプでは無く、ネイビーブルーの目立たない物である。

 

「退屈な任務だったがようやく面白くなってきたな」

 

 機体反応は良好。これなら今すぐにでも飛び立てる。後はタイミングだ。静かに笑いつつ学園の様子を見ようとした時だった。不意に視界の端に奇妙な物が見えた。

 

「少女……? なぜこんな所に」

 

 それは銀髪で杖をついた少女だ。目は閉じているが体はこちらに向けている。その奇妙な様子に警戒しつつ、ふと思う。何故誰もあの少女の存在に気づかない?

 それを確かめようと部下に声をかけようとした時だ。閉じられていた少女の眼がゆっくりと開く。そしてその姿に思わず声を上げそうになった。

 黒と金。その少女の瞳は白めの部分が黒く、黒目の部分が金色なのだ。その異様な姿に危機感が跳ね上がる

ISを戦闘機動。即座にライフルを構えると躊躇なく引き金を絞った。対IS用のライフルから放たれた銃弾が少女の居た周囲を粉々に砕いていく。よしこれで良い――

 

「隊長!?」

「何をっ!?」

「え……?」

 

 銃撃による粉塵が晴れていく。するとそこに少女の姿は無く、代わりに無残に引き裂かれた部隊の車両や、血を流す部下達の姿があった。馬鹿な! さっきまではそんな所に無い無かった筈なのに!

 混乱する中、またしても視界の端に移る少女の影。ぎりっ、と歯を噛みしめると銃を向ける。同時にハイパーセンサーで探索するがそこに少女以外の姿は無い。今度こそと銃弾を叩き込む。だが、

 

「あああ!?」

 

 またしても少女の姿は消え、そして現れたのは銃弾で引き裂かれた部下の姿。そんな光景に益々混乱していく隊長の視界に更に異様な物が写る。

 それは自分を取り囲むように佇む大量の銀髪の少女の姿。それらがゆっくりと近づいてくる。

 

「――――――――――っ!?」

 

 声になら無い悲鳴。そして闇雲に銃弾を撒き散らしていく。

 

『ワールド・パージ完了』

 

 血と涙に溢れる思考の中、どこからかそんな声が聞こえた。

 

 

 

 

「さて……」

 

 軽くウォーミングアップ(・・・・・・・・)を済ませた彼女は歩き出す。銀の長髪の閉じられた相貌。可愛らしく着飾られた服と歩行を補助する杖を使用するその姿は中々に異様だった。

 

「束様も始められたようですし、私も始めるとしましょう」

 

 所詮、幻覚を見せる事など機能の一つに過ぎない。この力の本来の目的は別の所にある。そして遂にそれを行うときが来た。

 

「あの方達にとって不要な物を世界から切り離す。これはその始まり」

 

 小さく、言い聞かせるように呟くとクロエ・クロニクルは自らの役目を果たす為に歩き出した。

 




前回の展開から逆転劇を望まれた方も多いともうけどそう簡単には終わらせません
少し辛抱してくれるといいなぁ、と。

一夏の反応も普通は不気味に感じると思うんですよね。いきなりコピーだの言われたら

あと今回の罵りあいは当初からやりたかった事の一つ。書いてて一番楽しかった。
束の言葉はある意味正論。けどそんなの関係ねえ! な主人公でした

そしてアンネイムドさん友情出演と主人公ベリーハードモード突入(え

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