IS~codename blade nine~   作:きりみや

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前回のあとがきであんなこと書いたけど何もないわけじゃないのよ



75.『馬鹿め』

 その日、ジェリー・ホイップルはいつもの様に仕事をする為に出社していた。彼女が務めているのはアメリカにあるIS技術研究所。そして仕事は既存ISの効率化。第三世代の開発競争は続いているが、それ以外にも今ある技術をより洗練する為の研究は必要であり、彼女の仕事こそがそれだった。

 いつもの様にオフィスへ向かいコーヒーを入れる。早番の同僚に声をかけつつデスクの上の資料を適当に確認し、そして実験棟へと向かう。そんないつも通りの一日。今日はイーグル型の精密検査が予定されている。そう言えばこないだIS学園で何か問題が起きていたからその関係だろう。

そういえばあそこには男性操縦者が二人居た。研究者間では二人目を実験台としてくれればいいのにという意見も多いが彼女は別だった。一人目である織斑一夏。あちらこそがIS適性の謎を解く鍵になるのではないかと思っている。だから実験するなら織斑一夏の方だ。実は密かに『もし織斑一夏を好きなように解析できたら』という妄想の実験プランは作ってもいた。陽の目を見ることは無いだろうが、それを眺めながらISについて色々妄想するのが彼女の最近のお気に入りだ。

どこか一般人とズレていながらもこれが彼女の日常。だがそんな日常は前方から顔を歪ませて走ってきた研究員の言葉で破られる事となる。

 

「しゅ、主任! ISが……っ!」

「何が起きたの!?」

 

 ただ事では無い。即座にそれを理解して研究員をつれて走り出す。

 

「突然動きが止まったかと思ったら、この研究所内のデータを吸い出し始めたんです!」

「何ですって!? 停止信号は!?」

「試しましたが駄目です! 受け付けません!!」

 

報告に驚きつつも走る。この先はあと二つのドアを抜ければIS実験室だ。だからそこへ向かう為にドアにたどり着き、そして開こうとした所でそのドアは突如反対側から破られた。

 舞い散る破片とその衝撃に背後へと倒れ込む。そして顔を庇った両腕の隙間から見えたそれに、ジェリーは驚きの声を上げた。

 

「イーグル!?」

 

 それはアメリカの第二世代IS。灰色の機体がその搭乗者を乗せたまま扉を突き破り現れたのだ。そしてそのイーグル型ISはジェリーの正面で浮遊している。搭乗者は意識が無いのか、どこか虚ろな目で虚空を眺めていた。

 

「い、一体何が……」

『入手したデータより危険人物を推定。ジェリー・ホイップル―――該当』

 

 それは紛れも無く虚空を見つめる搭乗者から漏れた声だ。だがそこには感情は込められておらず、まるで機械の様に淡々とした声だった。

 

『対象を確認。排除します』

「え?」

 

 その言葉を理解するより早く、凄まじい速度で振るわれたイーグル型の腕のジェリーの首の上を横切った。

 

「う、うわああああああああああああ!?」

 

 ごとり、とジェリーの体が倒れ込む。その体は首から先は無く、周囲におびただしい量の血を流し始めた。それをみて研究員が悲鳴を上げて後ずさる。

 

不要物の排除(ワールドパージ)、完了』

 

 その腕を真っ赤に染めたイーグル型はそう呟くと再び進みだした。

 

 

 

 

 

「経過は順調ですね」

 

 クロエ・クロニクルはつい先程アメリカの特殊部隊が壊滅した場所で静かにそう呟いた。

 彼女の周囲は血に染まっており、その中心には動きを止めたファング・クェィク。ネイビーブルーだったその機体色も今は返り血で赤く化粧されている。そんな光景には興味もくれずにクロエが見るのは自分の視界に映し出される情報だ。

 現在、世界中のISは通常の機能を停止させこちらからの優先命令に従って活動している。その命令とはシンプルに言ってしまえば二つだ。

 

 一つ。ありとあらゆる企業、組織、軍隊から情報を奪い取りここへ集積する事。

 そしてもう一つ――今後の世界に不要な者達を排除する事。

 

 篠ノ之束が望む世界。自分の命の恩人が願う世界。それを造り出す為だけに用意されたこの機体【黒鍵】を自分は受領した。己の命を救う代わりにISと同化するという手段をもってして。だがこの事に恨みも後悔も無く、むしろ感謝と尊敬しかない。だから自分は、自分を救ってくれた神の如き存在の手伝いをするのだ。

 

「束さま。集積したデータの中から必要な物を精査いたしました」

『おっけーさすがくーちゃん仕事が早くてかわいいね! どこかの馬鹿とは大違いだ!』

 

 帰ってくる束の声。それはいつもの様に無邪気の様で、どこか張りつめた雰囲気がある。その原因は紛れも無くあの男、川村静司のせいだろう。主たる人の心を煩わせるその存在に強い殺意を抱く。叶うなら今すぐにでも自分が向かい殺してやりたい。だがいまは駄目だ。大切な役目を請け負ったからにはそれを完遂するのが恩に報いる事なのだから。

 

「では当初の予定通り、戦闘データ。機体データ。武器データ等を纏めたものを白式と紅椿に転送いたします」

『おっけーおっけー。じゃあちゃきっとよろしくねーあとで褒めてあげよう!』

「ありがとうございます」

 

 主たる人物の様子は相変わらずどこかおかしい。だからこそ自分は自分の仕事をこなす。あの人の手をこれ以上煩わせない為に

 

 

 

 

 

 悪夢。

 目の前で怒っている状況を表すにこれ以上に適した言葉は無いだろう。

 

「くそっ!? 何故言う事をきかん……!?」

「止まれ……止まれぇぇぇぇぇ!」

 

 突如としてISを展開させられた一夏達。それが強制的に動きだし、そして黒翼に襲いかかっている。ラウラがワイヤーブレードを射出し、それを躱した黒翼の元に鈴の甲龍の衝撃砲が叩き込まれる。そしてバランスを崩した黒翼に楯無、簪、セシリアの銃撃が襲いかかっていく。

 

「駄目、完全に制御できない!」

「逃げて!?」

「どうしてこんな……っ!」

 

 彼女達の顔に浮かぶのはどれも悲壮だ。そしてそれは千冬も同じだった。ほんの少し前まで、一緒に生活し授業を受けじゃれあっていた教え子たち。それが今、目の前で強制的に殺し合いをさせられているのだから。

 

「やめろ……やめてくれ……」

 

 眼の前で明かされて行った真実達。そのどれもが千冬の胸を深くえぐる。川村静司とVプロジェクトの存在。それを消す為に殺戮を行った束。黒翼の正体。束の行動理念。その何もかもが千冬を苦しめる。

 一体自分はどうすればいい? 束を罵ればいい? それとも忌まわしい実験の生き残りである川村静司を束と共に今度こそ消せばいい? 違う、そんなんじゃない。それは結局責任から逃れているに過ぎない。それは許される事では無い。たとえ全てでは無いにしても、今のこの状況を、今の世界を創った事に千冬は加担した様な物なのだから。

 白騎士事件。それに加担する事でISの有用性を認めさせた。そもそも何故あんな馬鹿げた事件に協力したか? それは言ってしまえば束の為だった。

 他者より優れ過ぎていたが故に理解者が少なく、本人もそれをしようとしない。故に世間からは煙たがられ、本人も時折周りを巻き込んで迷惑をかけていた。

だがそんな束がISを発明した。宇宙空間での活動を想定したマルチフォームスーツとしてそれを紹介された時、千冬は嬉しかった。あの束が人の為になる様な物を作った事に。

だが現実は思い通りに行かない。束が開発したその画期的な発明は碌に注目されず、相手によっては一笑される程だった。それが悔しかった。何故、理解しようとしないのか。何故、認めないのかと。

だから束に協力した。してしまった。当時14歳だった小娘は親友の発明を認めさせてやりたいという想いで白騎士事件の片棒を担いてしまったのだ。その束の本当の真意すら知らぬまま。

今思い返しても軽率であったと思う。考え無しだったとも思う。他にもっと方法を探るべきだったとも思う。だが両親の失踪以降、なんだかんだで明るさを振りまいていた束に救われていたの事実だったのだ。その事に感謝し、自分も何かをしてやりたいと思う事は間違いだろうか? 

 結局、束と千冬はお互いを想いあってしまったが故に決定的なミスを犯し、そしてそれを直す事は無かったのだ。一夏の入学後に起きた複数の事件。特に臨海学校の時には束に忠告もした。だがそれだけだ。本当なら、あそこで本気で止めておくべきだったのだ。それをしなかった事がツケとなり、今目の前の地獄として帰ってきている。

 

「束……っ! もうやめろ! 一夏達はこんなこと望んでいない!」

「ちーちゃんは優しいなあ。だから安心していいよ! 全て終わればちーちゃん達の敵はこの世から消え去るんだからね!」

 

 上空で笑いながら静司達の戦いを見つめていた束は狂った様な笑みで返す。そして手元のコンソールを叩くと千冬達の前にスクリーンが映し出された。

 

「なんだ……これは」

「嘘っ……ISが!?」

「そんな……」

 

 映し出されたのはニュースの映像だ。そしてそのどの画面でも突如と始まったISの暴走を取り上げている。世界中に存在するISコア。その全てが制御を離れ、あるコアはハッキングを続けありとあらゆる情報を奪い、あるISは突如として動きだし何処かへと攻撃を仕掛けている。その光景に千冬、真耶、本音が顔を青ざめさせる。

 

「今ね、世界中の情報という情報を集めてるんだ。どこかの大統領の愛人の名前から、次の宝くじの当選予定番号まで全てをね! やったねちーちゃん、大金持ちさんになれるよ!」

「ふざけるなよ束! そんな事を――」

「ちーちゃんたちの親の事もわかるかもしれない」

「っ!?」

 

 千冬の息が詰まる。束はそんな千冬を見つめながらまるで聖母の様な笑みを浮かべている。

 

「見つけたらどうしようか? まずは言い訳位は聞いてみないとね? それから二度と逃げられない様に足を捥いでおこうか? それともいっそ他の連中みたいに―――殺す?」

「な……ぜ……」

 

 戦慄が走る。束は……友人がここまで簡単に殺人を口にする事に。そして気づく。束の浮かべるその聖母の様な笑み。あれはおかしい。本来の束はもっと無邪気に、それこそ子供の様な笑みを浮かべる様な人間の筈だった。だが今は何かを隠す様に作り物の笑顔を張り付けている。その理由は何だ?

 

「束……お前は苦しいのか?」

 

 問いに束はきょとん、とした顔をした後また笑った。

 

「ちーちゃんは鋭いなあ。まあ別に見聞きもしたことない知らない連中がいくら死のうが構わないよ? ただね、気分悪いのは本当かな? …………あの時を思い出すから」

 

 あの時。それは束がV計画をこの世から消し去った筈の日の事だろう。束は笑みを消して視線を戦闘中の黒翼へと移すと気分悪げに鼻をならした。

 

「私に人を殺させたのはアイツらだ。ちーちゃん、私にスイッチを入れさせたのはね、アイツらなんだよ」

 

 ね、そうでしょう? と首を傾げて見せる束に千冬は何も言う事は出来なかった。だが束は構うことなく笑顔に戻る。

 

「それともう一つ。集めたデータはねある程度精査をしてからいっくんと箒ちゃんのISに送られているのです! ぶいぶい!」

「何?」

「私の作った中でも最高の機体達。その中の最後の一機の役目でね? 第二の私たりうる処理速度と力を兼ね備えた子に頑張ってもらっているのです。いやー私一人でも出来ない事は無いけどちょーと面倒だし効率って大事だよねっ! ああ、今度ちーちゃんにも紹介するよ」

「そ、そんな事をしてどうするつもりなんですか!?」

 

 今までは千冬と束の会話に入って来れなかった真耶だが流石に看過できない話に叫ぶ。

 

「んー? ああ、いつかのおっぱい魔人か。しかも隣にもおっぱい子魔人連れてるしちーちゃんを誘惑する気かな?」

「そうじゃありません! 博士はデータを織斑君達の下に集めてどうする気ですか!?」

「答えろ、束」

「ちーちゃんに言われちゃ仕方ないね! けど簡単な事だよ。いっくんと箒ちゃんには新しい世界の王様になってもらわなきゃね」

「王……?」

「そっ! 余計な連中を全て消した後も油断は出来ないしね? けど世界中の情報が全て手に入るのならいつでも先手を打てる。対抗策を打てる。そして勝利できる。つまり世界は私たちのものだガハハハ! ってねっ!」

「馬鹿か! そんな事になれば誰もがISを捨て――」

「捨てれるかな本当に? 時間と共に深く根付いた技術と武器を。自分で作った訳でも無いのに我がもの顔で調子に乗っていた連中が、今更それを捨てる事なんて本当に出来ると思う? けどそうしたらISを持つ私達に今更錆び臭い旧式兵器で立ち向かって来るだけだからどっちでもいいと思うんだ。どうせ勝てっこないんだし」

「まさかISを世界に配布したのは……」

「勿論この為だよ! 単純な方法なのに誰もかれもが引っかかって最高だね!」

 

 つまり、つまりは束の目的は最初から最後まで一つ。

 

「さあちーちゃん! 新しい世界を手に入れよう!」

 

 自分勝手な理想郷を創る事だった。

 

 

 

 

 

 青いレーザーが肩を貫く。形容しがたい痛みと熱さに声を漏らしてしまう。それでも静司は機体を無理やり動かし上昇していく事で続く攻撃を回避した。

 

「ああぁ……!?」

 

 震える様な声はセシリアのものだ。制御できない自分のISが傷を負わせた事に顔を青くし震えている。だが静司にはそんな彼女にかける言葉も暇も無い。

 逃げた上空。そこへ甲龍が襲いかかる。振り下ろされた《双天牙月》を左腕で受け止めるが、同時に左右に接近警報。

 

「くっ……避けて!」

「制御できない!」

 

 それは楯無のミステリアス・レイデイと簪の打鉄弐式だ。両者が射撃武器を手に迫りそして引き金が引かれた。

 押しかかってくるガトリングガンと荷電粒子砲。咄嗟に鈴の甲龍を蹴り飛ばし距離を取ると下へと逃げる。眼前を銃弾の嵐と光が交差していく中、背筋に悪寒を感じた。

 

―――高エネルギー反応確認。

 

 機体が数瞬遅れて警報を発する。そして背中越しに見たのはラウラのシュバルツェア・レーゲンが大型レールカノンをこちらに向けている所だった。

 

「ちぃぃっ!」

 

 緊急制動。方向転換。PICでも殺しきれないGが一瞬襲う。それを歯を食いしばりつつ耐えて黒翼を横へと飛ばす。だが少し遅かった。

 轟音。その巨大さに比例した砲撃音と共に放たれたレールカノンが右足に掠った。途端に走る衝撃と痛み。右足の鉤爪が砕け、他の装甲も剥がれ落ちていく。凄まじい痛みが走り黒翼がバランスを崩す。

 

「このっぉぉぉお!」

 

 錐揉み回転する機体の制御に全力を回しつつ、静司は状況の不利さを実感していた。

 そもそも専用機を8機相手にすること自体が異常なのである。通常ならばあっと言う前に撃墜されて当然である。静司が未だしぶとく生き残っているのは一重にこの状況を何度もシミュレートしてきたからに過ぎない。

 篠ノ之束と敵対する以上常に最悪を想定する。それがEXISTの出した結論でありその為に何度も行ってきたシミュレート。社に居ない問も暇さえあれば頭の中や携帯端末で何度もそれを繰り替えしてきた。その経験が今も静司を繋いでいる。

 だがそれも完璧とは言えない。そもそもそのシミュレートの結果は散々だったのだ。それも当然ともいえる。専用機複数相手に単機で勝てる者なんてこの世界に何人いると言うのか。更には簪の存在もある。静司が今までシミュレートしてきたのは一夏達と最近では楯無のみ。つい先日完成した打鉄弐式相手にはやっていないのだ。故に簪の行動パターンの予測は甘く、その隙を他の機体に突かれてしまう。

 そしてもう一つ。静司を追い詰める要因があった。それは一夏と箒の白式と紅椿だ。この2機の動きが想像以上に早く、手強い。そしてそれは時間が経つごとにより洗練されていくのだ。静司は知らない事だが、今この2機は世界中から集められたデータを元にそのシステムを更新し続けておりそれが原因である。

 

「静司!」

 

 丁度その2機が態勢を立て直したこちらに突っ込んできていた。白式の手には《雪片弐型》がそして紅椿の両腕には《雨月》と《空裂》が握られている。

 

「何で止まらねえんだよ白式! それにさっきから変なデータが……!」

「姉さん、やめて下さい姉さん!」

 

 叫ぶもそれは意味は無く。2機が黒翼へと襲いかかる。白式の振るう刃を咄嗟に左腕の鉤爪で受け止めお返しとばかりに蹴りを叩き込もうとするが、それは驚異的な反応で白式が動き上に逃げることで躱された。そしてその背後から迫る紅椿。《雨月》の先端が光り、そして刺突と同時に放たれたレーザーが静司のわき腹を貫く。

 

「ぐっ……っのぉ!」

 

 痛みを堪えつつ紅椿が振るう《空裂》を右腕受け止める。だが刃が当たった所から放たれたエネルギー波が弾け、右腕装甲が砕けてしまう。このままでは不味い。

 

「離れ、ろ!」

 

《アサルト・テイル》起動。背後から突如として飛び出した尾が紅椿を弾き、同時に白式も弾く。2機が宙に舞い、姿勢を崩した隙に距離を取ろうとした時だ。どんっ、という衝撃と共に黒翼のわき腹付近にラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡがぶつかった。そしてそれに乗るシャルロットは涙を流し、悲痛な声で、

 

「い、嫌っ……! もう嫌だよっ!」

 

 叫びと同時、ラファールのシールドから姿を見せたのは69口径のパイルバンカー《灰色の鱗殻》。切り札であるそれが黒翼のわき腹に直接叩き込まれた。

 

「がああああっ!?」

「いやあああああああああああああああ!?」

 

 漏れる呻きと己のやった事に悲鳴を上げるシャルロット。装甲を貫いたそれは肉体にも響き黒翼のわき腹から血が噴き出す。その返り血を浴びてシャルロットの眼から光が消えた。だがそれでも動こうとするラファールを、痛みをこらえながらも殴り飛ばし距離を取る。だがその行動によりさらに傷が広がり血が失われていく。

 

「ごふっ……」

 

 咽て口から血があふれ出る。装甲内部に溜まったそれを黒翼が自動で排出していく中、周囲を囲む8機のISの姿に顔を歪めた。

 

「静司! とにかく逃げろ! 制御が利かないんだ!」

「冗談を……言うな!」

 

 白式が動きだし《雪片弐型》を振るう。咄嗟に鉤爪で防御。押し込まれてくる刃を押し返しつつ獰猛な表情を浮かべる。そんなこちらに一夏が驚いた様に目を見開いた。

 

「ようやく……ようやく何だよ。今度こそあの女を殺すまで、逃げられる訳がねえだろぉぉぉぉ!」

 

スラスター全開。そして一夏に向けて瞬時加速を発動させた。本来なら一瞬で移動するための技術の推力を全て白式を押し返す事だけに使う。その瞬間的な力で雪片弐型ごと白式を押し返した。

 

「何でだ!? 何でだよ静司!? 殺す以外にも何か方法が――」

「無い! 今のお前達がいい例だろ!? 強制的なISへの介入までして好き勝手に暴れる様な奴を野放しにする事自体がおかしいんだよ!」

「だからって殺さなくても良いじゃねえか! お前が恨んでいるのはわかる! だけど殺せば全て解決するのかよ!? そうすればお前は満足なのか!?」

「当然だ!」

 

 白式が凄まじい速度で再度迫り刃を振るう。対して黒翼が、静司がそれに応戦する。刃を受け止め蹴りを繰り出す。白式がそれを避け左手の多機能武装腕《雪羅》から荷電粒子砲を放った。咄嗟に静司が身を捻りそれを躱しつつ両膝のワイヤーブレードを射出。弧を描いて放たれたそれが白式を絡め取るべく迫るが《雪片弐型》と《雪羅》両方を駆使して白式は器用にそれを弾いた。そしてその両方に零落白夜を発動させると再度激突する。

 

「その為に……その為だけに生きながらえた! それを果たそうとして何が悪い!」

「ふざけんなよ静司! じゃあ今までの生活は、学園での事はどうでもいいって事かよ!? お前にとっては何とも思っていないっていうのか!?」

「そんな訳があるか!!」

 

 両腕の鉤爪に光が灯る。《プラズマクロー》を起動したその腕で零落白夜を受け止めるが、一瞬でその光が消えた。零落白夜のエネルギー無効化だ。加えて右腕は先の紅椿の攻撃で破損していたのが拙かった。遂にはその鉤爪ごと右腕の武装が完全に破壊されてしまう。

 

「叶うならここに居たいさ! 一夏達と友人で有りたいと思った! 彼女達と共に生きたいとも願った! だがそれら全てを壊しに来たのがあの女だろ!? 全てを奪おうとしている元凶を殺して何が悪い!」

「なら諦めるなよ! 一緒に誰も犠牲にならずに済む方法を探せよ!」

「そんな簡単に解決する段階はとうに過ぎた! 何より、俺は姉さん達を殺したあの女を許す事など無い!」

 

 二人が刃と爪を打ちつけ合う間にも他の機体達が黒翼へと襲いかかる。ブルー・ティアーズのビットからのレーザーが翼を穿ち、甲龍の衝撃砲が装甲を砕く。シュヴァルツェア・レーゲンのAICに動きを止められ、ミステリアス・レイデイのナノマシンを使った爆発技《清き熱情》が全身を打つ。その爆発が晴れた所にラファールと打鉄弐式の銃弾とミサイルの雨が更に襲いかかり確実に黒翼の装甲を砕いていく。

 徐々に削られていく機体と体力。もはや装甲を突き抜け各所から血を流しており、それを見て攻撃を仕掛けた本人達が悲鳴を上げている。あのラウラですら涙を流しながら必死に止めようとしている姿に抉られるような痛みを感じた。

 だがそれでも。それでも逃げると言う選択肢は無い。例え何があっても。どんな手を使ってでも自分は目的を果たす。そう決めたのだから。

 

「静司……それでも俺はお前を止めたい! だけど、だけどその方法はこんなんじゃないのに! 何でこんな事に!」

「一夏。お前は何も悪くない……。悪いのはきっと、こっちの都合に皆を巻き込んだ俺達だ」

 

 頭が痛い。血が流れていく。視界が狭まっていく。それでも動こうとする意志は消えない。そんな静司に白式がその《雪片弐型》の切っ先を構えた。その刃には零落白夜の光が灯っている。

 

「やめろ……これ以上やったら本当に静司が……だからやめろ白式! アイツにはまだ言ってやりた事が山ほどあるんだよ! 文句があるんだよ! 友達なんだよ!? だからやめろ白式ィィ!?」

 

 そんな一夏の叫びは叶わず、白式はその大型ウイングスラスターを吹かし瞬時加速を発動させた。そして眼にも止まらぬ速さで駆け抜けた白式は遂に黒翼の腹を目指し、

 

「ありがとう一夏。そして……すまん」

 

 猛スピードで激突した両者はバランスを崩し、アリーナへと墜落していった。

 

 

 

 

「せーじ!?」

「一夏!?」

 

 奇しくも、二人が墜落したのは最初のアリーナ、本音や千冬達が居る近くだった。本音と千冬は急ぎその場に駆け寄り、そして絶句する。

 

「せーじ!? いや、いやだよ!」

 

 墜落し出来たクレーターの様なその中心。力を無くし、項垂れるかのような姿の黒翼と、そのわき腹に雪片弐型を突き刺し、返り血で赤く染まった白式の姿そこにあった。

 それを見た瞬間、本音は直ぐにその場へ駆け寄る。落下の衝撃か熱気が籠る中を構わず進み二人の元へと辿りついた。

 

「あ……ああ……」

 

 白式の一夏が掠れるような声を漏らしながら《雪片二型》を抜いた。それは操られていたとはいえ、己の機体がやった事に対する恐怖の呻きだ。そしてそんな一夏の正面の黒翼はぴくりとも動かない。

 

「せーじ、せーじ!? お願いだから何か言って! せーじ!」

 

 泣きながら縋りつく様に黒翼に向かい叫ぶ本音。黒翼の装甲は度重なる激しい動きとダメージのせいか熱く、触れれば火傷しそうな程だったが、それに構わずただひたすらに身を案じる。その手には火傷が出来、黒翼の各所から流れる血によって汚れていく。

 やがてだ。その声が届いたのか小さく黒翼が動いた。機体を軋ませながらもゆっくりと面を上げ、装甲越しに本音と顔を合わせる。その動きが止めとなったのか、頭部装甲に亀裂が入り砕け散った。そして血と汗に塗れた静司の顔が現れると涙で滅茶苦茶だった本音の顔に希望がさした。

 

「ほん……ね……」

「せーじ! 大丈夫? 痛い? 早く、早く治療を」

 

 慌てつつもなんとかしようとする本音、その頬を黒翼の鉤爪が優しく撫でた。

 

「せーじ……?」

「離れ……ろ……」

「どうして――」

「何だ、まだ生きてたんだ」

 

 頭上から降り注ぐ声。咄嗟に振り向くと少し上空から篠ノ之束がゆっくりと降りてくるところだった。

 

「本当にしぶといね。いい加減見てて不快だよ? いい加減最後に……なんの真似かな、それは?」

 

 束の顔が不快気に歪む。その原因は黒翼の前に立ちふさがる本音だ。黒翼を庇うように前に立ち、そして束を見つめている。

 

「もう、やめて」

「はっ! 何を言い出すかと思ったら今さらだよこのおっぱい子魔人。邪魔だからどいてくれないかな? お前なんかに構ってる程暇じゃないんだよ」

「いや」

「ああもう鬱陶しいなあ。ちーちゃん、こいつどけて貰っていいかな?」

 

 真底鬱陶しそうに束が千冬に言うが千冬は首を振り、そして束に近づいていく。

 

「いや、駄目だ。束……お前ももう終わりにするんだ」

「なんで? ちーちゃんはコレの存在を許せるの? けど駄目だよ。よしんば許してもこいつが居る限り第二第三のV計画が始める恐れがあるんだから。憂いは消すべきでしょ?」

「それでも駄目だ。何があっても川村は私の生徒である事に代わりは無い。だからもうやめてくれ束。……私はこれ以上見ていたくない」

「ちーちゃん、それは現実逃避ってやつだよ。これの存在は絶対に何時か明るみに出る。その時にも同じことを言える? 二度とあんな事は起きないと断言できる? 出来ないよね? だから私は動いたんだから。ちーちゃん。物事ってのは望んでいようがいまいが容赦なく訪れるんだよ。だから先に対処ておくのが一番いいんだ」

 

 そして束はその周囲に鋼鉄の腕を展開させた。その腕は先の戦いで残った最後の一本。それに剣を持たせてゆっくりと黒翼に近づいていく。

 

「待て束!」

 

 千冬がそれを止めようとするが、突如目の前に展開された鋼鉄の楯によって遮られた。それは真耶も同様だ。更には横に、後ろに楯が展開され二人は閉じ込められた。

 

「ちーちゃんにはあんま見て欲しくないしね。……で、お前はいい加減邪魔だしそろそろどいて」

「いや!」

 

 逃げることも震えることもせず本音はその場を動かない。その姿に束のいら立ちが増していき、本音の直ぐ傍まで近づき機械の腕を振り上げさせた。

 

「あっそ。ならいっそそいつごと……」

「く、くくく……ははは、はははははは……!」

 

 突如黒翼が、静司が笑い声を漏らし始めた。その事に束が眉を顰め本音も驚いた様に振り向く。当の静司はボロボロの体を震わせながら小さく笑い声を漏らし続けている。

 

「何がおかしいのかな? それともとうとう狂ったかな?」

「はっははは、いや……違う。まさか、お前が現実逃避を……語るとは思わなかっただけだ」

「何を――」

「だが、認めよう。胸糞悪いが、認めてやる……お前は確かに天才だ……唯の人にここまでの事が出来る訳が……無い」

 

 突然褒めだした静司に束は一層不審げに眉を顰めた。一夏も本音も意味が分からず唖然としている。

 

「何なのかないきなり? まさか今更命乞い?」

「まさか……な。俺が、言いた……かったのは違う。篠ノ之束……お前は確かに天才だが……だからこそ、言ってやる――――――――――馬鹿め、と」

「ふん、そんな負け惜しみなんて情けないね。もういいからさっさっと消えてよ」

 

 そうして束が振り上げた腕の標的を静司へと代える。本音が静司を庇うように動き出す。一夏が目の前で起きるであろう惨状に悲鳴を上げる。そんな中、小さく静司が呟く。

 

「――――――った」

「何?」

 

 振り下ろされる刃。それを見据えながら静司は――――――――笑った。

 

「この瞬間を、待っていたと言ったんだ!」

 

 刹那、静司が目の前の《雪片二型》を白式から奪い取る。そして駆け寄ってきた本音を優しく押し、安全圏へと避難させると奪い取ったその刃を振るった。

 

「え―――」

 

 そして驚きに目を見張る篠ノ之束の体を斜めに切り裂いた。

 

 

 

 

 篠ノ之束は間違いなく天才だ。そしてその技術に底は見えない。ああ、悔しいが認めるしかない。あの女は間違いなく天才だと。

 臨海学校の時も、先程の戦闘も自分は一度たりとも篠ノ之束本人に傷をつけるに至らなかった。それは彼女が常時展開しているシールドにある。どれだけ攻撃しても破れない異常な強度のシールド。あれがある限り自分この手は届かない。

 破る手段はシールドの強度を上回る攻撃を加えること。それこそ《プラズマブラスト》でなら可能だと思われた。だがあれには時間と隙が出来過ぎてしまう。故にそれは使えなかった。

 だがここにはもう一つ。そう、もう一つだけ篠ノ之束のシールドを破る手段があった。

 

 エネルギー無効化

 

 そんな反則染みた力。その力を持つ白式。そう、それこそが残された最後の手段。だからこそ静司はひたすらに耐えた。専用機達の戦いの中も少しでも力の消費を押さえつつ、己の反撃の機会を。奇跡の様な一撃を加える為のチャンスを。

 そしてそれは来た。完全に油断した篠ノ之束が近づき、そして白式が零落白夜を展開した状態で直ぐ近くに居るという奇跡の様なチャンスが。このチャンスを逃す訳にはいかない。

 痛みも出血も何もかも押しのけて動く。白式から《雪片二型》を奪い取り、零落白夜の光が残ってる隙に篠ノ之束へと斬りかかった。

 

「え―――」

 

 振るわれた刃はシールドを物ともせず切り裂き、そして遂に篠ノ之束に、届いた!

 

「言った筈だ……! どんな手を使おうとも、何があろうとも、今日この場で、貴様を、殺すと!」

 

 手の中の《雪片二型》から光が消える。本来の持ち主以外が持ったことにより白式からエネルギー供給が断たれたのだろう。静司が使用できたのは、それまでのほんの奇跡の様な一瞬に過ぎない。だがもう十分だ。

 

「うおおおおおおおおお!」

 

 《雪片二型》を捨て、温存していた力を振り絞り、前へ。右肩から左わき腹にかけて切り裂かれ血を流す篠ノ之束へと跳びかかる。鉤爪を握りしめ拳の様にした左腕を振るう。今までなら防がれた一撃。だが、

 

「がっ!?」

 

 届いた。拳は篠ノ束の腹を打ち、数本の骨を砕き、そして背後へと殴り飛ばした。

 こちらの攻撃が通じる。なら今しか、この一瞬だけが最後の勝機!

 

「このっ、馬鹿にしてええええええええ!」

「お前が言うなあああああああああああ!」

 

 腹を押さえつつ束が叫ぶ。そして片腕で傷を押さえつつもう片方の手でコンソールを高速で叩く。機械の腕が動きだしその刃を静司の顔面目掛けて突き出した。

 

「させるかあああああ!」

 

 左腕の鉤爪が合わさり槍と化す。そこに全てのエネルギーを集めつつ生き残った全てのスラスターを吹かす。暴風の様なエネルギーの奔流を撒き散らして黒翼が駆ける。その槍と剣がぶつかり、そして剣が砕けた。破片が飛び散りそれが右目付近に当たり血が噴き出て視界が失われる。だがまだ左目が残っている。

 

「いつまでも、いつまでも邪魔をする!」

「そうだ! お前を殺す為になら何度だってやってやる!」

 

 武器を失った束の動かす機械の腕を左腕が貫く。爆散して炎が撒き散らされる中を突っ切って束へと左腕を振るう。束は咄嗟にコンソールを叩きそこに鋼鉄の楯を展開させた。だがその程度で止まらない。止まる理由にはなら無い。

両膝のワイヤーブレードを射出。一本は避けられたが、もう一本は束の太ももへと突き刺さった。痛みに束が悲鳴を上げつつも更にコンソールを叩き展開した宙に浮く銃が膝の基部ごとワイヤーブレードを破壊した。

 

「逃がすかぁ!」

 

 咄嗟にワイヤーを掴みとる。そしてそれを手繰り寄せる様にして束に迫りつつ、邪魔する楯を突き破った。

 獰猛なる死の矢の様に迫りくる静司と黒翼。その姿に束は顔を青ざめさせて叫ぶ。

 

「お前さえ、お前さえ居なければ全て上手く行ったのに!」

「誰がどれだけなんとも言おうと、お前は姉さん達を殺した。だから……死ねェぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 互いに放つ怨嗟の絶叫。そして遂に黒翼の左手が篠ノ之束に届く。それだけに飽きたらず、高速で駆けた黒翼はそのまま束を連れたまま地表すれすれを飛び、そしてアリーナの壁へと叩き付けた。轟音と衝撃が撒き散らされ、アリーナの壁が崩壊していく。

 

「束!?」

「せーじ!」

 

 千冬と本音が駆け付けた時、丁度吹いた風が衝撃により撒き散らされた粉塵を飛ばし二人の姿が露わになっていく。そして二人の姿を見て息を飲んだ。

 

 そこには壁に叩き付けられたまま血を流し項垂れる束と、その腹を貫いた黒翼の姿があった。

 




ワールドパージ(物理)
千冬さんストレスマッハ
コノシュンカンヲマッテタイタンダー!

な三本立てでお送りしました。
束シールドを強固にし過ぎた故に倒す方法は正攻法じゃ無理という事で絶望のそこからの一手。
そしてタイトルは臨海学校の時と似てるのは意識的。

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