IS~codename blade nine~   作:きりみや

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8.おろかものたち

「何? 彼らもう失敗しちゃったの?」

「正確に言えば失敗寸前ですね」

 

 大小様々な機械が整然と並ぶ研究室。一番大きなモニターの前に腰かけた女は部下の報告に呆れた様に呟いた。

 

「せっかくお膳立てしちゃったのに想像以上に役に立たなかったわねえ」

「同感です。1名が捕まり、残りのメンバーは身を隠している様ですが、時間の問題でしょう。むしろ未だに捕まっていないのが奇跡です」

「所詮は寄せ集めだから練度もバラバラなのよ。けどあの連中の事だから、諦めて逃げるって選択肢も無さそうねえ」

 

 まったく早漏共め、と女はうめく。

 

「処分いたしますか?」

「……そうねえ、けどまあ折角だしもうちょっと放っておきましょうか。そもそもそんなに期待してた訳じゃないし、どうなっても構わないわ」

「かしこまりました。では、その様に」

 

男たちを焚き付け学園を襲撃させ、出方を見る。それが本来の目的だが、女は対して期待していなかった。所詮は戯れ。その程度の事。こちらの計画に影響はない。

 

「そういえば、貴方の方はどんな感じ?」

「こちらは問題ありません。植村加奈子の情報は習得済みです」

「よしよし。貴方のそういう完璧な所は大好きよ。生徒会長が居なくなるのは月曜からだったかっけ。ならそろそろ準備しなさい」

「かしこまりました。しかし何故こんなまわりくどい方法を?」

 

 自分の尊敬する目の前の女性なら、そんな小細工をせずとも目的を達成できる。そう信じた顔で助手は訊く。

 

「私は天才だけど妥協はしないのよ。それに過程も楽しんでこその人生じゃない」

 

 そうでしょ? と笑う女に助手は頭を下げるのだった。

 

 

 

 

 アリーナの出来事の後。

 自室に帰ったシャルロットの頭を占めるのは先ほどの事だった。

 生身でISの攻撃を防いだ静司の力。そしてあの眼。

 

(なんだったんだろう……)

 

 今でも少し怖い。先ほど先生には、寮に戻ったら気を付けてあげて、と言われていたが、正直に言えば会うのが怖かった。だが静司はルームメイトだ。いずれ会わなければならない。

 

(嫌な子だ、ボク)

 

 このまま救護室で寝ていくれれば会わなくて済む。一瞬そんなことを考えてしまった自分を嫌悪する。彼は友人を、そして自分を庇って倒れたのだ。感謝こそすれ、怖がるのは彼に失礼だ。

 

(うん、そうだよね。帰ってきたらお礼を言って、紅茶でも入れてあげよう。それで話を聞いてみよう)

 

 そう決めて立ち上がった時だった。

 

コンコン

 

「うわぁ!?」

 

あまりにもタイミングが良かった為に思わず間抜けな声を出してしまった。

 

「デュノア、織斑だ。話がある」

「あ、はい! 今行きます!」

 

 誰も見ていないのに恥ずかしい。それを誤魔化すように大声で返事をすると扉を開ける。

 

「……どうした? 顔が赤いぞ?」

「き、気にしないでください!」

 

 わたわたと慌てるシャルロットを千冬は怪訝そうに見るが、どうやらスルーすることにしたらしい。部屋の中を覗き込む。

 

「まだ川村は帰ってないか」

「……はい。先生の所にも何も連絡が?」

「ああ。丸川先生も先ほどから電話に出なくてな。大事は無いという話だったが放っておいてもおけんだろう」

 

 養護教員に連絡が取れないのは結構問題なんじゃないかな、とシャルロットは疑問に思う。だがその疑問も千冬の言葉で吹き飛んだ。

 

「アイツには訊きたいことがあったのだがな」

「訊きたいこと……」

 

 十中八九先ほどのアリーナでの一件だろう。

 

「……デュノア。お前も専用機持ちだったな。率直に訊くがどう思った?」

「それは……静司の事ですよね?」

「ああそうだ。私は話を聞いただけで現場を見ていない。だから実力者であり、同室のお前から話を聞きたい」

 

 静司の事をどう思ったか。それはついさっきまで考えていた事だ。その答えは『恐怖』。だが友人を怖いという事を他人にいう事に躊躇いがあった。お礼を言おうと、そう決めたばかりなのだ。だから、

 

「えっと、正直驚きましたが、近すぎてボクも良く分からなかったんです」

 

 結果誤魔化すことにした。嘘をついている訳では無い。実際、一瞬の出来事だったので最初は何が何だか分からなかったのだから。

 シャルロットの返答に千冬は「そうか」と頷いただけだった。

 

「あれ、千冬姉?」

「む?」

 

 部屋の前で二人、黙り込んでいると一夏と箒にセシリア。そして鈴がやって来た。4人の目的もこの部屋の様だ。

 

「どうかなされたんですの?」

「ああ、デュノアと川村に話があってな。それと織斑先生だ、馬鹿者」

 

 どこに持っていたのか、出席簿で一夏の頭を叩く。「痛い……」と涙目の一夏を無視。

 

「で、お前らはどうした?」

「そろそろ川村さんが帰って来たかと思いまして。……やはり心配ですし」

「そうね。それに訊きたいこともあったし」

 

 セシリアと鈴が神妙そうに答える。訊きたいこととは千冬の質問と同じだ。彼女達も代表候補生であり、専用機持ちの実力者。心配ではあるが、それ以上に疑問が強い。

 

「だが、当の本人が帰ってきていないな」

「え、まだ?」

 

 頭を擦りながら一夏は不安になる。あの出来事から結構な時間が経っている。まだ帰らないという事はやはり重症だったのだろうか。不安そうにする一夏達に千冬はため息を付いた。

 

「まだ何も分かっていないからそう早とちりするな。私が先生に連絡してみるから待っていろ」

 

 そして、そうだな……考え、

 

「丁度いい。お前ら川村とよくつるんでいたな。アイツをどう思う?」

「どうって……良い奴だけど……多分」

「多分って何よバカ」

 

 一夏の答えに鈴が呆れた。

 

「いやだって時たま酷いし」

 

 こないだも見捨てられたよな~と遠い目で語る一夏。

 

「まったく、いつも一緒に居る癖にそんな事も答えられんのか一夏。川村は…………良い奴だな。うん、そうだ」

 

 箒が一夏に突っ込むが途中から、あれ? と首を傾げる。

 

「アンタらねぇ、川村って言えばアレでしょ。…………眼鏡?」

「鈴さん、流石にそれは酷くないでしょうか?」

「うっさいわね! じゃあセシリア、アンタ言ってみなさいよ」

「そうですわね、反射神経が凄いと思いますわ。ビットが2機しか無かったとは言え、私の攻撃に耐えましたし。後は…………か、髪が長いですわね」

 

 あんたもそれほど言えてないじゃないの、と鈴が呆れる。シャルロットも余りに酷い反応に苦笑い。

 

「みんな、流石にそれは酷いよ……」

「じゃあシャルルはどう思うんだ?」

 

 う、と墓穴を掘った事に気づく。せっかくさっきは誤魔化したのにまた似た質問だ。だが今回は先程のアリーナの事でなく、普段の静司をどう思うかという質問だ。あえて今日の事は考えず、今までの印象を口にする事にした。

 

「良い人って言うのは同意かな。一緒に住んでると分かるけど、結構いろんな事に気が付いて助けてくれるよ。あと運動神経も良いよね。マラソンの時はビックリしたなぁ。それと布仏さんと仲が良いね。よく話してる所を見るかな」

 

「……貴様ら。転入したばかりのデュノアがこれだけ答えられるのに、なんだお前たちの答えは」

 

 呆れた様な、白い目で言われ一夏達は慌てた。

 

「あと、あれだ! カレーが好き!」

「こないだから揚げ定食を美味しいと言ったな!」

「ラーメンも捨てがたいって一昨日言ってたわ!」

「けどやっぱり牛丼だと昨日聞きましたわ!」

「それってつまりなんでもいいんじゃ……」

「誰が川村の食生活を語れと言った。馬鹿共が……」

 

 千冬は額に指を当て首を振る。駄目だこいつ等。早く何とかしないと。そんな空気が漂っていた。

 

「あ、そういえば少し気になってたんだけど一夏とはみんなファーストネームで呼び合ってるけど、静司は違うよね」

「え? ……あれ、そういえばそうだな」

 

 一夏とシャルロット以外は全員静司を名字で呼んでいるし、静司も同様だ。勿論、一夏に対しての女子達の態度は好意の現れであるが故なのだが。しかし来たばかりのシャルロットは別として、いつも一緒に居るグループ内で、1人だけ違うという事にシャルロットは少し違和感を感じていた。

因みにシャルロット以外の女子達は既に全員下の名前で呼び合う仲だ。毎日一緒に居るうちに打ち解けたのだろう。

 

「言われてみればそうね。なんでかしら?」

「別に呼びたくないという訳では無いが、意識したことが無かったな」

 

 う~む、と首を傾げる箒たちにシャルロットは苦笑する。

 

「勿論、男性と女性がファーストネームで呼び合う事は絶対じゃないし、人それぞれの気持ちや考え方だからたまたまかもね」

 

 そんな気持ちだなんて私は……。と顔を赤くしいやんいやんと首を振る箒たち。そんな光景にあはは、と笑ってしまう。だが一人だけ違う反応が居た。

 

「織斑先生?」

 

 千冬は何か難しい顔で考えている。声をかけると「まさかな……」と呟き首を振った。

 

「わかった。すまなかったな妙な質問をして。川村の事は私から聞いて――」

 

 言いかけたところで千冬の携帯が鳴る。ちょっと待ってろ、とジェスチャーすると電話に出た。

 

「織斑です。……丸川先生? ええ、はい。…………わかりました。ありがとうございます。では、よろしくお願いします」

 

 通話を切るとふう、と一息。

 

「丸川先生からだ。川村は起きて問題も無いようだが、念の為精密検査を受けに病院へ行ったそうだ」

 

 精密検査という言葉に一夏はぎょっ、とした。

 

「どこか悪いのか!?」

「落ち着け馬鹿者。念の為と言っただろう。お前は忘れがちだが、3人しかいない男性操縦者。何かあったら困るからというだけだ。心配するな」

「ああ、そういうことか」

 

 安堵のため息を漏らす一夏達。学園にも検査の機械はあるが、あくまで緊急用だ。餅は餅屋という事だろう。

 

「帰るのは遅くなるそうだが、その際は私に連絡が来る。遅すぎなければお前らにも連絡してやるからひとまず部屋に戻れ」

 

 わかりました、と全員が部屋に戻っていく。シャルロットも部屋に入るがその背中に千冬が声をかけた。

 

「デュノア」

「はい?」

「もし川村が……いや、なんでもない。忘れろ」

「は、はい……」

 

 気にするな、と手を振り去っていく千冬。それを不思議そうにシャルロットは見送るのだった。

 

 

 

 

『囮で釣るとは言ったけどまさか今日からやるとわね。体は大丈夫なの?』

『問題ないですよ。頑丈に出来てるんで』

『限度があるでしょうに』

 

 IS学園より、少し離れた街の中。静司は無線を通じて楯無と話しながら夜の商店街を歩いていた。高性能な機器のお蔭か、囁くような声でも話せるので街中でも怪しくない。

 現在の格好はジーンズに黒のシャツ。その上にパーカーを羽織っている。既に外出禁止時間は過ぎているので、制服姿だと何かと不都合がある為、事前に着替えたのだ。学園に通報でもされたらたまったものでは無い。

 

「課長、任務失敗です! B9が補導されました!」

「なにぃ!? 保護者として迎えに行かなければ! ネクタイはやっぱピンクか!?」

 

 こんなアホな展開が目に浮かぶ。あの人たちは来る。絶対に楽しみながらやってくるに違いない。そんな事させてたまるかこんちくしょう。

 

『どうしたの?』

『ギャグ補正って理不尽ですよね』

『……良くわからないけど苦労してるのね』

 

 おねーさんは応援してるわ、と楯無は笑った。

 

『しかし本当に良かったんですか?』

『本人の希望よ。それにフォローはしているから安心しなさい』

 

 しかし、と思いつつ静司は横を見る。

 

「ん~? どうしたのかわむー」

 

 そう、静司は本音と街を歩いていた。もちろんこれには理由がある。

 IS学園を監視しているのは何も件の襲撃者だけではない。各国の様々な機関がその動向を監視している。更に今年は話題の男性操縦者が入学している。注目度は高い。

 そんな状況で話題の男性操縦者が一人で街をふらふら出歩いていたら? ここぞとばかりに各所からツッコミが入る事だろう。当初は、静司が勝手に学園を抜け出した事にしようとしたのだが、やはり理由としては無理がある。学園の管理体制を疑問視されかねない。

 そこで理由をでっち上げた。

 

『学園周囲に男性操縦者を狙う者が居るの。放っておくのは危険な為、川村静司君には理由を話して、囮として協力してもらうことになりました。念のため家の者をすぐ横に付けています。は? 男性操縦者を危険に晒すな? 分かってるわよそれぐらい。けど敵を放って置くほうが危険と判断したのよ。何せ貴方達みんな揃って学園覗き込んでるくせに、件の連中に気づいてなかったでしょ? 何の為に覗き見を許してると思ってるのよ。役に立たないなら排除するわよ?』

 

 楯無のこの物言いに、他の組織達は口を閉じるしかなかった。下手に反論すると、『もしかして気づいてたのに放って置いたの? 仲間なのかしら?』と返ってくるため口出しできないのだ。本来、IS学園は不干渉がルール。それでも暗黙の了解で彼らは存在するのだ。それに相手はロシアの国家代表。敵に回したら更識家だけでなく、国クラスの猛者を相手にしなければならない。結果、彼らは折れた。

 

 そして対外的な『保険』として誰かを静司のそばに付けなければならないが、誰が適任かと考えた時、手を挙げたのが本音だった。

 更識家のメイドであり、静司とも仲が良い。それに何より彼女の雰囲気からまさか敵も護衛だとは思うまい、という判断だ。

 

「で、実際の所、布仏さんの実力はいかに?」

「えっとね、スパナは意外に攻撃力あるよ~」

「スパナは殴るものじゃありませんっ!」

 

 あれ~? と首を傾げる本音に、静司は別の意味で不安を感じた。

 

「けどこうやってかわむーと歩くのって初めてだね~」

「ま、いつもは学園の中だからね」

「わーい、『でーと』だね~」

 

 ひゃっほう、と本音が笑う。本音もまた、レギンスとシャツ。その上にカーディガンと軽装ではあるが私服だ。デートに見えない事は無い。

 

「いやいや、一応これお仕事だから」

「ひどい! 楽しみにしてたのに~」

 

 大きな声で嘆かれ、思わず静司はたじろいだ

 

「え、あ、いや、すまない。だが――」

「……うひひ、かわむーひっかかった~-」

 

 わーい、と本音が笑いそこで騙されたことに気づく。

 

「意外に悪い子だな、布仏さんは」

「そんなことないよ~。かわむーは真面目すぎなんだよ」

「大事な仕事だからな。気を引き締めないと」

「う~ん、そういう意味じゃないんだけどなあ」

 

 ぬう、と悩んだかと思うと突然、とりゃ! と静司の腕に引っ付いた。いきなりの事に静司も目を見張る。

 

「どうしたんだ急に?」

「んーとね、うまく言葉に出来ないけど、かわむーは少し無理してない?」

 

 え? と本音の顔を見るといつになく真面目な顔の彼女と目があった。

 

「任務は大事。それはわかるよ? だけど私はどれが本当のかわむーかわからないときがあるよ」

「それは……」

 

 ふと、先日のC1との会話を思い出す。『何者で、何になりたいか』本音の質問はこれと同じ意味な気がしたのだ。

 

「クラス対抗戦の時ね、かわむーは大丈夫だ、って言って戦いに行ったよね? あの時ずっと怖かったけど、かわむーがそういってくれた時に安心できたんだよ~」

 

 勿論心配だったけどね。てへへ~と笑う。

 

「あの後私もかわむーの戦いを見せて貰ったけど、あれが本当のかわむーなんだなーって思ったんだ~。だけど戻ってきたかわむーはまた別のかわむーだったから、どっちが本当のかわむーで、けどかわむーはかわむーで……あれ? わかんなくなってきちゃった~」

「落ち着け。どっちも俺だろ? 何か変だったか?」

「変って言うかなんだろう? 何か違うな~って思っただけだけど言葉に出来ないや」

 

 なんだろうね~? と本音が笑う。だが静司にもそれは分からない。だが彼女が何か重要な事を言おうとしている。それがわかるから続きを待つ。

 

「んー、ん~~~~~、よしかわむー、秋葉へ行こう! …………どうしたの、かわむー? 地面で寝るのは汚いよ?」

 

 ずさーっ、と静司はコケていた。ちょっと大事な話をされていた気がしたのに、もはや雰囲気ぶち壊しだ。さすが天然。予想が掴ん!

 

「な、何故そうなるっ」

「何となく~。アニ○イト行って虎の○行ってソ○マップ行ってま○だらけ行ってガンダ○カフェ行ってラジオ会館で○-BOOKS行ったり、フィギュア見たり、ドール見たりした後に、メイドカフェでお茶しよう~」

「多くね? よくわからんが、名前的に明らかに内容被ってね?」

「気にしない気にしないー。んっとね、楽しもうってことだよ~。かわむーもこっちにひきこんでやる~」

 

 こっちとはどっちだろうか。けど何故か踏み込んだら抜け出せない底なし沼が本音の後ろに見えた気がした。

 

「何でもいいから一度本気で遊んでみようよぜぃ。たぶんそういう事~」

「よくわからんが……まあ、考えとくよ」

 

 けど護衛もあるしなあ、と思うが流石に今口に出すほどKYでは無いつもりだ。

 

『あら? デートの約束? うらやましいわね本音ちゃん』

 

 えへへ~、といまいち感情の読めない笑いを浮かべる本音に苦笑しつつ、静司も考える。彼女が言おうとしたことは何だったのかと。

 確かにストレスは溜まっているかもしれない。これは自分でも不思議だった。今までもっと過酷な任務に付いてきたこともある。それに比べれば、ここは護衛とはいえ普段は学園生活を送っているだけマシなはずだ。では一体自分の何が無理をしているのだろうか?

 そんな事を考えつつ、商店街を抜け、大通りに出た時だった。

 

「―――っ、布仏さん」

「む、りょうかい」

 

 ふと視線に気づき本音に声をかける。本音も意味を察したのか真面目な顔に戻った。

 

『会長』

『ええ、こちらでも確認したわ。まさか初日から現れるなんてね』

『余裕がない証拠ですよ。学園の方は?』

『虚と丸川が見てるわ。織斑君は大丈夫』

「了解です。C1」

『こっちもOKだ。学園はC5に任せた。もう少し歩くと右に路地に入る道がある。そちらに誘い込め』

「了解」

 

 C1との通信を終えると、隣に立つ本音にも確認する。

 

「布仏さん、行くよ」

「うん。私はできる子~」

 

 言葉は緩いがその顔は少し緊張している。腕を掴む手にも力が入る。

 安心させるように笑いかけると静司たちは路地に入っていくのだった

 

 

 

 

 

『そのまま真っ直ぐ。100メートル程で右に曲がれ』

「了解」

 

 大通りから一本外れた路地を静司と本音は歩いている。夜という事も相まってか、路地に入ると途端に急に暗い雰囲気となるが、それでも誰もいない訳では無いので動きやすい場所に敵を誘導する必要があった。

 仲間と、そして敵の視線を同時に感じながらも静司は先程の事を考えていた。

 

 自分とは何者か。本当の自分とは?

 

 そう聞かれても静司には自分は自分でありblade9だとしか答えられない。しかしその答えにC1は飽きれ、本音は疑問を呈した。だが、静司とって、自分が自分である事。そしてblade9である事は己のアイデンティティに繋がる事。それを否定は出来ない。

 

(そうだ。俺は俺になったはずだ)

 

 10年前。自分は何者かも知らずにただ生きていた。

 7年前。狂った人間達によって兵器にされた

 4年前。自分は何者でもなく、全て(・・)にされた。

 3年前。その全ても灰にされた。

 そして2年前、自分は自分の生き方を取り戻した。その筈だ。

 

(なら……この苛つきはなんだ?)

 

 分からない。それがさらなる苛つきを呼ぶ。そんな悪循環。そのストレスは徐々に、しかし致命的な量として溜まっていくが、解決方法がわから無い。

 

(ああもう、今は目の前の任務に集中すべきだろっ)

 

 結果、静司は後回しにした。任務と言う名目で自分の問題から目を逸らしたのだ。

 自分の隣の少女を横目で伺う。彼女はかなり緊張している様だった。当然だろう、と思う。学園に入学して2か月。彼女とは何かと話す機会が多い。最初は考えが読まない謎の人物だったが、実際は更識家の従者という事を除けば、少々天然の入った普通の少女だった。

 そんな彼女はこんな戦場寸前に来ている。緊張するのは当然。ならば、自分がフォローするべきだろう。

 

「布仏さん、今更だけどその服に合うな」

「ふぇ? あ、ありがとう?」

 

 緊張してたからだろう。突然関係の無い静司の言葉に本音は驚いた様だ。

 

「いつもだぼだぼの服着ているからな、ちょっと意外だった」

「うーん、私はもっと余裕ある服が好きなんだよ~」

 

 2人とも寮には戻っていないので、楯無が用意した服を着ている。何故楯無がそんなものを持っていたかと聞いた所、演劇部からちょっとね、との事だ。

 

「そういや、いつも着ぐるみみたいの着てるな。なんなんだあれ?」

「えー!? かわむー知らないの!? キツネイヌニャンチューだよ~」

「混ぜればいいってもんじゃないよな!?」

 

 え~、と本音が不満そうに口を尖らせる。それから服を摘まみ、

 

「あれくらいの方がいいよ~。この服はちょっとキツいのだよ~」

「キツい……」

 

 本音が摘まむのは胸元。つまり服のサイズと胸のサイズが合っていないらしい。そういえばISスーツの時も意外に見事な物をお持ちだった気がする。

 

「……そうか。やっぱり自分に合った服が一番だな」

「どうしたのかわむー? 顔が赤いよ~?」

「気のせいだ」

 

 そんな他愛もない話だが、少しは緊張はほぐれた様だ。まだ少し表情は硬いが、先ほどよりは自然になっている。

 やがて二人は指示通りに進んでいくと、人の気配が無くなった。たどり着いたのは少し広い道路を挟むように、建設途中の大型商業施設が立ち並ぶエリアだ。

 

『元々は大型アウトレットを建設する筈だったが、経営難で計画は停止。今は放置中のエリアだ。店も何も開いてないのでめったな事では人は寄り付かない。チェックも済んでいる』

 

 つまりここには静司達と襲撃者達しか居ない、という事だ。おそらく様々な機関が遠距離から監視はしているだろうが。

 そして静司と本音が歩く前方に男が一人現れた。

 

「川村静司だな。同行してもらおう」

 

 歳は30代半ばか。長身の体躯はがっちりとして鍛えられているのが分かる。顔つきも精悍で、とてもじゃないが堅気には見えない。

 そして静司達の背後にも男が数人、物陰から現れた。

 

「なんだよ、いきなり」

 

 目的は知っているが、まだ合図が来ていないので、何も知らない学生を装う事にする。予定では、引きつけるだけ引きつけた後でC1達が一網打尽にする手筈だ。前方と、そして背後の男たちに注意を払いつつ、会話を続ける。

 

「分からなくも無いだろう。お前の立場を考えればな」

「……俺がISを扱えるからか」

「そうだ。お前の存在は我々の希望。この世界を変えるための糧となってもらう」

「希望に対して糧となれとは……アンタら無茶苦茶だなおい」

「黙れ。お前は何も思わないのか? 何故女が優遇される? それはISだ。あの兵器の登場によって私たちは一方的に弱者とされた、それが許せるのか」

「社会に苦言を呈したいのなら選挙に行くなり、政治家になるなりして好きに言えよ。今の社会が好きかと言われたら正直微妙だけど、だからと言って進んで糧になる訳ないだろボケが」

 

 静司が軽く挑発すると男の顔が歪んだ。それは紛れもない怒り。腕を掴む本音の力が強まる。それを見た男の目が更に鋭くなった。

 

「お前が嫌でも私たちが今を許さない。それになんだ、その女は? 怯えてるだけではないか。これが社会の強者? 女尊男卑? ふざけるなっ!」

 

 びくっ、と男の覇気に本音が震える。彼女は念の為の防衛策として打鉄を待機状態で隠し持っている。本来なら打鉄に待機状態は無いのだが、今回の為に急遽設定したのだ。しかし、訓練では無く実戦。そして男の雰囲気に飲まれてしまっている。そもそも元来彼女は戦い向きの性格ではないのだ。そんな本音の頭を軽く叩くき「安心しろ」と笑うと静司は男を鼻で笑った。

 

「八つ当たりするなよ自己中。今分かったけど、アンタ単に女が嫌いなだけだろ」

「そういう話ではない。ISを動かせるというだけで、今まで無力だった女共が調子に乗った、この世界が許せないだけだ。女など前にでるべきでは無い」

「いつの時代の考え方だよ。アンタは時代から取り残されている」

「ならば私が元に戻す。お前の秘密を解析し、男のISで知らしめてやる。上に立つべきなのが誰なのかをな」

「下らないな。魔王にでもなるつもりか? 『世界が気に入らないから俺が上に立って好き勝手するんだー』ってか。率直に言うと――ダッサいな」

「ふん、言ってろ。お前はまだ自分の存在価値を分かっていないだけだ。お前次第で世界は変わる。何を言おうと連れて帰る」

「生憎と、最近は自分の世界すら不明瞭なんだ。付き合ってられないな」

 

 男と静司の間に緊張が走る。背後の男たちもゆっくりと近づいてくる。合図はまだ来ない。だが、静司はともかくとして彼女に手を出そうとすれば会長は黙っていない筈だ。

 

「おら、おとなしく付いてこい」

「君には礎になってもらう」

「今まで良い思いしてきたんだろ? 俺達にも分けろよ」

 

 圧倒的優位と感じている背後の男たちは笑いながら近づく。だが、彼らの言葉に違和感を持った。

 

「おい、後ろの連中はアンタと随分毛色が違くないか」

「私が言ったのは私の考えだ。男がISを扱う事に別の価値を見出す者も居るのだよ」

 

 それに、と、男はそこで初めて怒り以外の感情を顔に表す。

 

「彼らの言うとおり、今までさぞかし良い思いをしたのだろうな。こんな時間に女を侍らせてこんな場所へ来るくらいだ。色仕掛けでもされたか? 股を開いて懐柔したのか? ん? 答えてみろ、そこの女」

 

 それは下卑た笑い。男である静司ですら嫌悪化を抱く、最低な笑み。

 本音も眉を寄せて嫌悪感を露わにする。

 

「かわむーは友達! そんなことしてないもん!」

「口では何とも言えるな。いや、下の口でも色々したのか?」

 

 男たちが笑い声を上げる。本音は眉を寄せ、男たちを睨んでいるが、手は震えていた。

 

「まあそれは後で直接聞いてみよう。私は女は好きではないが、欲求の処理の道具としては優秀だとは思っているよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛?」

 

 こいつらは何と言った?

 直接聞く? 欲求? 処理? 道具? 誰が誰に? 

 横を見る。本音は顔を蒼くして、しかし泣きも喚きもせず、合図を待っている。ああ、そうだ。彼女は強い。しかし、同時に弱くもある。

 無茶をすれば叱り、しかし心配してくれた。人をからからかったかと思えば、今は震えている。強くて、弱い。それは人間として当然の事。

 そんな、自分とは違って(・・・・・・・)とても人間的な彼女を男たちは壊そうとしている。

 自分が自分になってから、会社の仲間以外に出来た大切な人を汚すと言う。

 そんなクズの様な連中が――――――許せない。

 

『こちら楯無。準備できたわ』

『こちらC1。こっちもだ。だがお前の方は計画変更が望みか。あーあ課長に怒られるかね』

『え?』

 

 ああ、なんてナイスなタイミングだろう。そしてナイスな仲間だろうか。通信は繋がっているので彼らにも静司達の話は聞こえていた。そして楯無は分からなくても、C1は理解している。だから静司は答えた。

 

「数は?」

『そこに居る7人の他に18名。全員武装している。それと、北に50メートルの地点に黒いバンが停車しているが奴らの仲間だろうな。中は見えないが、多くて4名』

「了解。あまり無理を言うのも悪いし、ここの連中だけで良い。時間はどれだけ作れる?」

『5分だ。いけるな?』

「当然」

『ちょ、ちょっと貴方達? 何をしようと――』

 

「何を一人でブツブツ言っている?」

 

 男が訝しげに静司を見る。それに静司は薄く笑いながら答えた。

 

「アンタたちに自分の発言の迂闊さを教えてやる準備だ」

「? 何を言って――」

 

 男が静司に手を伸ばそうとし、しかしその手を止めた。眉を顰め耳に手を当てる。

 

「おいどうした。おい! 何も聞こえないぞ」

 

 男が突然使えなくなった通信機に怒鳴るが反応はない。

 

「聞こえなくしたからな」

「何っ?」

 

 静司の言葉にいよいよ不信感を持って男が振り返る。それとほぼ同時、

 

 ポンッ、ポンッ、ポンッ

 

 どこかから妙な音が響いたかと思うと、静司達を囲む様に煙幕が張られた。

 

「な、なんだよこれ!?」

「まさか……罠!?」

「気づくのが遅せえよ」

 

 ゆっくりと静司が動き出す。眼鏡を外し、髪をかきあげその鋭い、猛獣の眼が男たちを射抜く。感情のフィルターが外れる。IS学園の川村静司という仮面が外れ、EXISTの川村静司――blade9の顔が表に出る。

 

「かわむー……」

本音(・・)はISを展開。防御体形でじっとしてろ。直ぐに済む」

 

 そして男たちに向かい、宣言する。

 

「来い――喰い散らかしてやる」

 

 

 

 

「ちょっと、どういう事!? って通信が通じてない!」

『悪いな嬢ちゃん。ちょっと計画変更だ』

 

 突然静司達と通信が途切れ、さらには煙幕。楯無は予定外の事態と、それを引き越した静司とC1に苛立っていた。

 

「説明を要求するわ」

『簡単な話だ。あの馬鹿共がB9を怒らせた。止まりそうにないからそれに合わせて計画変更だ』

「そんな理由で……。EXISTって言うのは随分と適当な組織ね?」

『気持ちはわかるが怒るなよ。別にいつでも好き勝手に動くわけじゃぁない。だが今回は色々まずかった。悪いがB9は止まらんよ』

「色々……? しかし彼ならちゃんと命令すれば止まるでしょう?」

 

 楯無の中での静司のイメージは『任務に忠実な強戦士』だ。確かに無人機との戦いでは暴力的な力でねじ伏せ、その姿に圧倒された。だが普段の様子から、彼が作戦を狂わせるほど勝手な行動をとるとは思えなかった。

 

『いいや、止まらないね。一つ教えてやろう。B9の本質は猛獣だ。敵対する者には容赦が無い。そしてあの馬鹿共が禁句をかましやがった』

 

 禁句とは言うまでも無く、女性を道具としてしか見ていない言葉。そしてそれを本音に対して言ったことだろう。

 

『猛獣は凶暴だが、自分の仲間には情が厚い。あの嬢ちゃんがあいつにとってそうだったってことだ。 俺もさっきの街中での話を聞いてたが意外に聡明じゃないか。B9の問題を薄々感じとっている。それだけアイツと触れ合って来たって事だ。そんな嬢ちゃんに対しての暴言。こりゃ、男としてキレなきゃならんね』

「あの暴言は正直私も撃ち殺してやろうかと思ったわ。だけど今はそういう私的な感情を殺す場面でしょ?」

『それ位俺もB9も理解してるさ。理解して、だけどそれを捨てた。結局ガキなんだよ。俯瞰するように、任務の為だと感情を割り切っているつもりでも、それを完全に制御できるほど大人じゃない。自分自身が見えてないから、どこまでが制御すべき感情なのかもあやふや。多分後でアイツは一人反省会始めるぜ?』

 

 くくく、と何故か嬉しそうに笑うC1に楯無は怒りを通り越してあきれ始めた。

 

「ならば叱って、感情を暴走させるのを止めるのが貴方達大人の役目じゃないのかしら?」

『おー痛いところを突くね。まったくもってその通り。これは俺の独断でもあるから後で課長に怒られるな。……また帰るのが遅くなってカミさんにも怒られる』

 

 けどな、とC1は考える。

 静司は感情をもっと出すべきだ。任務の為、任務の為とあくまでblade9としてしかあろうとしない静司に、C1はもどかしさを感じていた。これでは桐生と協力してわざわざ(・・・・)IS学園に入学させた意味が無い。

 

『ま、経緯が変わっただけだ。仕事はしっかりこなすさ』

「……わかったわ。こちらも敵を排除する」

『おお~物わかりの良い嬢ちゃんだな。どうだ? この後オジサンと飲みに行かない?』

「あ、ごっめーん。そっちに流れ弾が」

『え? っちょ!? うぉぉぉぉぉぁっ!?』

「通信終了っ、と」

 

 C1がいるであろう位置(正確な場所は知らない)に部分展開した4門ガトリングガンを撃ちこむと、楯無は通信を終了し、そして呟く。

 

「これって親バカってやつなのかしら?」

 

 疑問に思う所だが今は忘れよう。このエリアの敵を殲滅すべく、楯無は飛びたった。

 

 

 

 

 男たちには訳が分からなかった。

 突然途切れた通信。そして張られた煙幕。だがそれ以上に不可解な事が目の前で起きている。

 

「1人目だ」

 

 専用機も無く、後ろ盾もない為狙いやすい。それだけの理由で自分たちが狙った相手。

 その川村静司が仲間の一人を地に沈めていた。

 

「な、なんだよコイツ!?」

「弱いんじゃなかったのか!?」

 

 悲鳴を上げながらも男たちも武器を構える。静司はそんな連中を冷たい目で見据える。

 

「成程……軍人か傭兵崩れの寄せ集めか。まるでチンピラだな」

 

 男たちの武器はナイフや銃と言った実戦的な物だ。構えも様になっている。だが、それだけだ。なんの脅威も感じない。

 

「時間もあまりない。くたばれ」

 

 言うが否や、男たちの中に飛び込む。その勢いのまま放たれた蹴りが鳩尾に突き刺さり一人倒れた。

 

「2人目。どうした? その程度か」

 

「てめえ!」

 

 ナイフを持った男が斬りかかる。だがそれも軽く体を逸らし、回避するとその腕を捻りあげる。男が苦悶の声を放ちつつナイフを取り落す。その男の腹に拳を突き入れ意識を奪い取る。

 

「3人目」

 

 男が落としたナイフを拾う。大型の軍用ナイフを逆手に構え薄く笑う。

 

「なんなのだ……お前は!?」

「さてね」

「くっ……多少傷を負ってても生きていれば構わん! やれ!」

 

 再び動く。次に狙うのは銃を持った男。男は顔を引き攣らせながらも引き金を引いた。

 

 ギィィッン!

 

「っぅぁっあああ!?」

 

 男が悲鳴を上げる。引き金は引いた。しかしそれより早く静司が投擲したナイフが拳銃に突き刺さり、そのまま発砲したため、銃が砕け散ったのだ。破片が男の体に突き刺さり、血を流す。そんな男の顔面に容赦なく拳を突き入れた。

 

「かわむー!」

「ああ、わかってる」

 

 本音の叫び声、その意味を見ずとも理解し横に跳ぶ。一瞬遅れてそこにSMG(サブマシンガン)のフルオートが叩きこまれた。

 

「調子に乗るな……!」

 

 銃を撃ったのは静司と話した男だ。男の放つSMGの銃弾が静司を追いかけるが、それを左右に跳んで回避しながら静司は距離を詰める。その動きはまさしく獣だ。

 

「ちぃ!」

 

 距離を詰め、静司がSMGを蹴り落とす。男は半歩下がるとナイフを抜いた。対する静司は無手。しかしその顔に恐怖は無い。

 

「この状況だ。我々が罠にかかったのはわかる。だが――お前は何者だ? その動きは……その眼はなんだ」

 

 男は恐怖していた。専用機が無いから狙いやすい? 何を馬鹿な。生身で、元とは言え軍人を圧倒するその動きはとてもではないが一般人では無い。

 

「その質問は最近の俺の課題になりつつあるんでノーコメントだ。時間も無いしな。そういうわけでくたばれ」

 

 そして動く。真っ直ぐに男に向かって距離を詰める。男も迎撃の為ナイフを構え、そして二人がぶつかった。

 初手は男。下から振り抜いたナイフを、静司はその手を蹴る事で機動を逸らす。空いた隙に静司が体を滑り込ませる。だが男は笑った。もう片方の手で腰から抜いた自動拳銃を静司に向ける。

 

「馬鹿め!」

「お前がな」

 

 男が引き金を引いた。乾いた発砲音が響き、悲鳴が上がる。

 だが、

 

「なっ!?」

 

 悲鳴を上げたのは男。静司は左腕で男の銃口を包み、そのまま発砲させたのだ。

 静司の左腕はISの部分展開でもある。人間用の銃弾など弾くのは容易い。だがそんな事を知らない男にとっては意味が分からなかっただろう。

 

「おらぁっ!」

 

 目を見開き、硬直している男に頭突きをかます。怯み、一歩離れた男の顔を左腕で殴り飛ばす。

 

「っぁ!?」

 

 声にならない悲鳴を上げて、男は地に沈んだ。

 これで5人。しかしまだ2人残っている。

 

「ふざけるなよっ!」

「化け物め!」

 

 その二人も又、アサルトライフルを静司に向ける。静司も腰を沈め構える。が、

 

「させない!」

 

 今まで静司の指示でISを展開しつつも、初の実戦でもあり動けなかった本音が遂に動く。打鉄で静司の前に飛び出すと銃弾を受ける。

 

「っ!」

 

 シールドで守られている為、本音自身に怪我はない。それに訓練でISの銃弾を受けた事はある。だが、それはあくまで訓練。殺気の籠った銃弾は少女にとって十分な脅威だった。

 

「けど……私は出来る子!」

 

 自分を奮い立たせるように叫び、打鉄を突進させる。男たちも間近でみるISの威圧感に顔を引き攣らせた。

 

「えーい!」

 

 そのまま振るわれた打鉄の腕が男二人の意識をまとめて刈り取った。

 静寂。

 男たちは全員地に沈み、静司もまた、心を落ち着かせる。高揚した気分を沈め、状況を分析しようとして気づく。

 

「布仏さん!」

 

 男たちを倒した後、動かなくなった打鉄に静司は慌てて駆け寄った。シールドがあるので怪我は無い筈だが、もしもという事もある。

 そして静司が打鉄の正面に回り込むと同時、打鉄の操縦席から本音が飛び込んできた。

 

「だ~いぶ」

「うぉっ!?」

 

 避けることも出来ず、そのまま受け止める。受け止められた本音は「おぉ~」と笑いながらVサイン。

 

「えへへ、役に立った~?」

「あ、ああ。ちょっと驚いたが頑張ったな」

 

 それは静司の本心だ。今回の作戦に辺り、流石に心配だったのか楯無の会権権限、もとい裏工作で学園の打鉄を待機状態で持ってきていた。しかし、本音の性格が性格なので、もし事が起きても防御に徹し、身の安全を図る筈だったのだ。しかし彼女は動いた。それも静司を守る様に。恐怖を感じたはずだ。例え武器は人間用で安全が保障されていても、結局は人を傷つけるのは人の意思なのだ。その暴力的な意思の前に突然晒されれば恐怖を感じるのも当然だ。実際腕の中の彼女は少し震えていた。

 

「悪かった。俺がもう少し手際よくやってれば――」

 

 実際、感情に任せて動いていたのは事実だ。だが、

 

「それは違うよかわむー」

 

 ノンノン、と指を振る本音に静司は首を傾げる。

 

「私が役に立ちたかったからだよ~。守られるのは嬉しいけどそれだけじゃ本当のかわむーとお話出来ないから」

 

 いまなら少しわかるかな~、と本音は笑う。

 

「やっぱりかわむーは戦ってる時がイキイキしてるよ。それが良い事なのか悪い事なのかは私には分からないけど、ずっと自然だったかな~。……口調はちょっと怖いけど」

 

 にゃはは、と笑う。しかし静司はわからない。戦っている時が自然なら、普段の自分は一体何者なんだろうか? まだ自分を取り戻せていないのだろうか。

 

「それは違うよかわむー」

「!?」

 

 口には出して無い筈だ。それなのにこちらの思考を読んだかの様に本音が口を開く。

 

「かわむーはかわむーだよ。ただ、どうするときが楽で楽しいかな~って考えてみようよ。そうすればきっとすっきりするよ~」

「すまん、意味がよくわからん」

「ならばわかる様に頑張ろう~。えいえいおー」

「……おー?」

 

 声が小さい~、と叱る本音を抱きながら静司は考える。楽で、楽しい。任務とはかけ離れた言葉だが、どこか心地よい言葉だ。自分は案外怠け者なのかもしれないな、と笑ってしまう。

 周囲は煙も晴れてきた。局地的な通信妨害もそろそろ晴れるだろう。男たちが倒れている理由は目の前にあるISで各国に対して理由を付けてもらうとしよう。どの道彼らを尋問するのはEXISTと更識家。得た情報は必要な部分だけを開示してやればいい。

 

『こちらC1。脅威は全て排除……ってか何やってんだお前ら? 羨ましいぞ畜生』

『あらあら、本音ちゃん大胆ね』

 

 2人から通信が入る。どうやら敵は全て無力化したらしい。これでやっと帰れる。

 

「よし、じゃあ布仏さん、ISを待機状態にしてくれ」

「……」

「布仏さん?」

 

 何故か反応が無い。彼女の顔を見ると不満そうに口を尖らせていた。

 

(なんだ? 俺は何かしたか!?)

 

 わからない。最初は今のこの抱き上げている状態かと思ったが、飛び込んできたのは彼女の方だし、その後も大人しく収まっているので違う気がする。

 

「布仏さん?」

「……むー」

 

 マズイ! これはいつかの『ドキッ! 生徒会だらけの尋問大会。グサリもあるよ♪』に連行された時と雰囲気が似ている。何故だ!? いや、何が彼女をこうさせた!? 考えろ、考えるんだblade9! 全ての知識と経験を総動員して状況を打開せよ!

 

(そういえば昔、姉さんが言ってたな)

 

 曰く、女性とは覇気がある男が好きだと。そんなの好みじゃないかな? と聞いたところ一番上の姉が甘ったれるな! と怒った。しかし2番目の姉は『あれは彼女の考えだから人それぞれよ?』と言ってたしやっぱり違うのか? では3番目の姉が言っていた『ユーモアだ! 笑いを制して天下を取れ!』というあれか? しかし笑いどころなどあったか? ボケればよかったのか? だがよくわからん。今度新喜劇のDVDでも借りてこようか。

 そんな風に半ば現実逃避しているのも実はもう一つ理由がある。

 本音が降りようとしないのだ。何故か彼女は自分の腕の中で不機嫌そうにしている。それはつまり、意外にナイスなバディをお持ちの本音と密着している事を意味している。これは中々マズイ。特に意識し始めるとマズイ。

 

「えーと……布仏さん。理由を聞いてもよろしいでございましょうか?」

 

 結果、下手に出ることにした。blade9の名が泣いている。

 

「……本音」

「へ?」

「さっきは名前で呼んでくれたのに名字に戻ってるのだよかわむー」

「あ」

 

 それは先程、男たちと戦う前。確かに名前で呼んだ。完全に無意識だったのだが、彼女は覚えていたようだ。

 

「えーと、つまりはそういうこと?」

「そういうことなのだよ」

「「……」」

 

 なんだろう。この妙な空気は。

 別に名前で呼ぶことは構わない。だが、改まって言われると何故だか言いづらい。しかし言わなければこのまま進まないだろう。

 

「わかった。……本音(・・)、これでいいか?」

「うんうん。おーけーなのだよ、かわむー」

 

 わーい、と喜ぶ本音。『あれ? 俺はそのままなの?』と首を傾げるが『かわむーはあだ名だからいいのだよ~』との事。そんな二人は他愛もない話をしつつ、楯無達がやってくるのを待つのだった。

 




タイトルは敵はもちろんの事、主人公の事もさしていたり

2013/6月一部加筆
打鉄の待機状態は急きょ設定したという事に
ちなみにその作業をしたのは布仏姉妹だったが、本音が趣味で着ぐるみ型にしようとしたのを姉が一括して止めていたりする、と言うのも書こうとしたけど雰囲気ぶち壊しなので没に

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