IS~codename blade nine~   作:きりみや

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珍しく2話同時更新
片方は短編です


76.サヨナラ

 戦闘による余波で荒れたアリーナ内部。そこで見た光景に一夏は絶句していた。

 荒れに荒れたアリーナの内部でも最も酷い場所。壁が崩れ瓦礫を撒き散らしたそこに一夏の良く知る二人が居る。

 

 腹を貫かれピクリとも動かないと篠ノ之束と。

 その腹を貫いた左腕をゆっくりと引き抜いた川村静司。

 

 腕が引き抜かれるとそこからおびただしい量の血が溢れだし、ごふり、と束が咽せて口からも血を吐きだす。その正面に居た静司も体をふら付かせ、数歩後退すると膝をついた。

 

「束さん……静司……」

 

 その光景が恐ろしい。ガクガクと体が震え、吐き気を催す。これは恐怖に他ならない。だがそれも当然ともいえる。ISを扱えると言っても一夏は一般的に見れば高校生に過ぎない。そんな子供が殺人の現場を――それも凄惨なその現場を見て平常心でいられる方がおかしいのだ。

 

「束っ!?」

 

 叫び声は姉のもの。今まで一度も聞いたことないような震えた叫び声で姉である千冬が束に駆け寄る姿を見て、一夏もようやく正気に戻る。

 

「束さん!?」

 

 体を動かそうとすると先ほどまでとは打って変わり、動かす事が出来た。自分達を直接操作していた束が倒れたからか? だが今はそれはどうでもいい。とにかく急いで白式を束の方へと向け、そして少し後悔した。

 

「おい、しっかりしろ束! 束!?」

 

 千冬が束の体を抱き寄せ必死に叫んでいる。その束の様子は酷い物だ。口や頭部からは血が溢れ、太ももはまるで抉られたかのようにその中身をさらけ出している。そして何よりもその腹に空いた穴と、そこから溢れる血の量が、それが致命的な傷であることを実感させた。

 

「ちー……ちゃん……」

「束!?」

 

 閉じられていた束の眼がゆっくりと開く。そしてゆっくりと、血に濡れたその手で千冬の頬を撫でた。

 

「おか、しい……なあ……。こんな……はず、じゃ……」

「いい、いいから喋るな束! 今すぐ傷の治療を……っ!」

「だい、じょうぶだ……よっ……。わた、しは……ナノ……マシンで、かい、ふくを……」

 

 確かにあれ程の傷を受けて未だに意識がある事はおかしい。きっと束は己に何らかの医療措置を施しているのだろう。だがそれを差し引いてもその傷は重症であり、その治療がたいして意味が無い事は素人の一夏ですら分かった。むしろ下手に意識を繋げてしまう分、苦しみが続いてしまうと言う事も。

 

「かい……ふくした、ら……き……と、すてきな、せか……いが……」

「どうして、どうしてお前はそうなんだ! 私は、私や一夏はそんな事は!」

「だっ……て、ない……てる姿は……みたく……な、いもん。わたしと、ちー……ちゃん、二人いれば……さいきょ……いえい」

「っ!?」

 

 その言葉に遂に千冬は涙を流し、一夏も口を押えた。

 束の動機。それはどこまでも自分勝手ではあるが、その奥底にあったのは自分や千冬。そして箒の為と言う想い。だがその想いのくみ取り方が間違っていただけなのだ。

 

「ねえ……さん……」

 

 一夏の背後に箒が降りてきた。やはり箒達も操作不能の状態から逃れられたらしい。束の前に降り立った箒は、呆然とした顔で死にゆく姉の姿を見ていた。

 

「ほうきちゃ……ん……。まってて、ね? もう……すぐ」

 

 血にまみれた束が笑い手を伸ばす。その手を見て箒は静かに、歯を食いしばりながら首を振った。

 

「姉さん……あなたは馬鹿だ……」

「え……?」

 

 それは明確な拒絶の言葉。それに束の顔が凍る。

 

「姉さんの力に頼り……甘言に惑わされかけた私が言うべき事じゃないのかもしれない。だがそれでも、それでも私はこんな状況は望んでいなかった!」

 

 そう叫ぶ箒の眼からは涙が溢れていた。それを見て束が首をかしげる。

 

「おか、しい……な? ……そんな、かおが……見たかったわけ、じゃ、な……いのに」

「それはお前が間違っていたからだ、束。誰も、誰もこんな状況は望んでいなかったんだ! 私だってそうだ! お前がどんなに暴れても、天災と呼ばれても、それでも私はお前には生きていて欲しかった! ……かけがえのない友である事は変わらないのだから……!」

 

 遂には千冬の眼からも涙が溢れ、それが束の頬を濡らす。その姿を見て、束の眼からも遂には涙が溢れだした。

 

「おかしい、なあ……こんなはずじゃ……こんなはず、じゃ……くやしいよ……くやしいよちーちゃん……」

 

 自分が望んでいた世界を創ろうとしたのに、それが真逆の結果を見せているという事態をようやく理解したのか。束の眼からとめどなく涙が溢れ始めた。

 

 

 

 

 そして、その光景を静司は黙って見ていた。

 与えたダメージは致命傷である事は確実。もはやあの女が生きながらえることは無い事は確信している。だからこそ静司の胸にあるのは――――空疎な喜びだった

 

「は、ははは……やった……やったよ、姉さん……これで……」

 

 これで?

 一体何が変わるのだろうか。それはもはや分からない。だが長年の目標であり川村静司という人物を支えていた柱の一つが消えた事で、静司の心は何処までも寂しく空虚な物となっていた。

 そんな静司の横にシャルロットとラウラが降り立った。どうやらこちらも制御は取り返したらしい。見れば一夏の近くには箒の外に鈴とセシリアが。真耶の近くには楯無と簪が降りていた。

 

「静……司」

「静司、お前は……」

 

 シャルロットとラウラがどこか声をかけ辛そうにしている。だが今はそれに反応することなく、静司は虚ろな視線で束の姿を見ていた。

 

「束さま! あああああああああああ!?」

 

 そこに突然新しい声が響く。そして空から黒い影落ちてきたかと思うとそこから飛び出した少女の姿にラウラが怪訝な顔をした。

 

「あれは……」

 

 それはラウラに少し似た銀髪の少女だ。彼女は杖を突きながらも束の元へと駆け寄ると泣きながらその体に抱き着いた。突然の事に千冬も一夏も箒反応しきれず驚く中、金の瞳を持つ少女は必死に束に叫んでいた。

 

「束さま! 束さまっ! どうして、どうして! これでは私は!」

「くーちゃ……ん、おかしい、よね、こんなの……ぜったい……」

 

 くーちゃん。そう呼ばれた少女はただひたすらに首を振り涙を流している。その光景に、姉を失った時の自分の姿を一瞬重ねてしまい、静司は歯を噛みしめた。そして激痛の走る左腕をゆっくりと持ち上げその切っ先を束と少女へと向けた。その行動にシャルロットとラウラが驚く。

 

「静司!? これ以上はもう!」

「お前も重症の筈だ! これ以上は命に関わる!」

 

 二人が叫ぶがそれを無視して動こうとする。だがそれより早く、

 

「おか、しい……こん、な、の……おか……しい、から……だか……ら……」

 

それは唐突だった。篠ノ之束の眼がゆっくりと閉じられ、そして腕が力を失い血に落ちた。その瞬間、千冬が声を上げて泣き、少女も束の腹に顔を埋めるようにして泣き叫んだ。

 

「束ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

「いやああああああああああああああ!?」

 

 死んだ。今度こそ、間違いなく。それは黒翼がモニターしていた束の様子からも間違いない。それを理解して静司の体から力が抜ける。腕を降ろし静かに……笑った。

 

 ああ、これで終わった。本当に、これで。

 そして終わったからこそ…………俺はどうすればいい?

 

 面を上げると涙でくしゃくしゃに歪んだ本音の姿が見えた。ああ、嫌だ。彼女のあんな顔は見たく無い。自分の日常の象徴でもあった少女のその姿は見ていたくない。だから静司はもう一度手を伸ばした。意味など考えていない。とにかくそうしなければと思ったのだ。

そんな時だった。その声が響いたのは。

 

「復讐達成おめでとう川村静司君。…………これで貴方は用無しね」

 

 刹那、大きな衝撃が響き静司の腹に血の花が鮮やかに咲いた。

 

 

 

 

「……え?」

 

 突如響いた声と銃声。それに驚き振り向いた一夏が見たのは、腹に穴を開けて血を撒き散らしながらゆっくりと倒れていく静司の姿だった。その突然の事態に反応できず、呆然としていた中に楯無の声が響く。

 

「一夏君、箒ちゃん!」

「っ!?」

 

 ぞわり、と感じた悪寒。それに準じて咄嗟に体を投げ出そうとする。しかしそれより早く、目の前に影が落ちてきた。

 

「逃がさねえぞガキィ!」

「お前は!?」

「ああそうだ! 亡国機業が一人、オータム様だよ!」

 

 獰猛な笑みを浮かべたオータムは自らのIS、アラクネの八本の装甲脚を白式に叩きつけた。一夏はそれに反応できず宙へと放られる。そしてそこに追い打ちをかける様に接近したオータムの手には奇妙な装置が握られていた。

 

「それじゃあこいつは頂くぜ!」

 

 オータムが握っていた装置を一夏へと押し付ける。途端に一夏の全身に衝撃と痛みが走る。そして何かが抜けていくような感覚。それが何なのかも分からずまま。一夏は地面に叩きつけられた。

 

「がはっ!?」

 

 背中に走る激痛。その痛みで一夏は違和感に気づく。そう、ISが消えているのだ。驚き見上げた先ではオータムが手のひらに白く光る菱形のクリスタルの様な物を持っていた。

 

「はっ、中々綺麗なもんだなぁおい」

「おい、まさかそれは!?」

「その通り、お前のISのコアだよ! お前に使ったのはな、剥離剤って言ってISを強制解除できる代物さぁ!」

 

 にやり、と笑うオータム。それを見た一夏の顔が強張った。

 

「て、テメエ! 返しやがれ!」

「んなわけねーだろ馬鹿が! お前はもう死にな!」

 

 オータムが脚の先にある砲門を全て向けた。生身では対処の術も無く、一夏の顔が絶望に染まる。

 

「させないわよ!」

 

 だがオータムが砲撃するより早く、飛び出した鈴が一夏の体を攫って行く。間一髪の所で死を免れた一夏だがその顔に安堵は無い。

 

「鈴! 白式が!」

「わかってる! けど今は――」

「きゃああああああ!?」

 

 響いた悲鳴。驚きそちらを向くと同じようにISを奪われ倒れた箒の姿があった。その正面に居るのは丸みを帯びたISを操るシェーリであり、その手には紅く光るコアが握られていた。

 

「そんな!? 箒まで……きゃあああ!?」

 

 注意が逸れた一瞬の隙。そこに空から降り注いだレーザーの雨が鈴の甲龍を打ち抜いた。鈴は咄嗟に一夏を庇いつつ地面へと不時着していく。それはラウラやセシリアも同じだったようで、突然の奇襲に全員がISを打ち抜かれ行動不能に陥っていた。

 

「一体……一体何なんだよ!?」

「あら? この状況を見れば一目瞭然だと思うけど?」

 

 一夏の叫びに答えたのは空から降りてきた金髪の女性だった。その姿に一夏の眼が見開かれる。

 

「お前は!?」

 

 それは金の糸を周囲に漂わせつつ宙に浮かぶスコールの姿だった。そしてその隣にはサイレント・ゼフィルスに搭乗するマドカと静かに滞空するレギオンの姿。そこにオータムとシェーリも合流していく。

 

「ここまで思い通りに事が進むと怖い位ね」

「いいじゃねえかスコール。これで目的は半分達成だろ」

「そうですね。少々物足りない気もしますが。それに……エム、貴方も機嫌を直してください。私だって我慢したのですから」

「……」

 

 スコール、オータム、シェーリ、そしてエム。それぞれが顔を合わせる。スコールは悠然と、オータムは楽しそうに。シェーリは静司の姿を見てため息。そしてエムは顔の半分がバイザーに隠されていてその表情は見えないが、どこか不機嫌そうな雰囲気があった。

 

「まあエムは川村静司の相手をするって主張していたものね。ごめんなさいねエム。だけどこの好機を逃す訳にはいかなかったのよ。篠ノ之束と川村静司がぶつかり、そして両者が力尽きる今の状況を」

「…………わかっている」

 

 まるで諭すかのようなスコールと不機嫌そうに答えるエム。だが一夏にはそれよりも気になる事があった。

 

「好機だって……? まさかお前らは」

「ええそうよ。ずーと見ていたわ。貴方達の茶番を」

「茶番……だとっ!?」

 

 束の亡骸を抱いていた千冬が涙に濡れた眼でスコールを睨む。しかしスコールは気にした風も無く微笑んだ。

 

「私達にとっては邪魔な二人が好き勝手言い合って勝手に倒れてくれるのだから良い見世物だったわ」

「貴様……!」

「はっ、世界最強の女とやらもこうなると唯の生意気なだけの雑魚だなあ? それともIS無しで相手してくれんのか? ああ!?」

「IS……そうです! 何故貴方達はISを使えるのですか!?」

 

 真耶が叫ぶ。確かにそうだ。亡国機業はずっとこの付近で先程までの様子を見ていたに違いない。だがそうならば、彼女達のISとて今世界中で起きているISの暴走に巻き込まれている筈なのだ。

そんな疑問に答えたのはどこか誇らしげなシェーリだった。

 

「篠ノ之束と敵対するのです。ならばそれに対する対策をするのは当然でしょう? 我々のISは全て篠ノ之束の呪縛から解放されています。他でもない、我が主と彼女の協力によって、ね」

 

 そう言いつつシェーリがレギオンの装甲表面を撫でるとレギオンはくすぐったそうに機体を揺らした。

 

「因みに世界中で起きている暴走はまだ止まってないわよ。貴方達の機体は博士が直接動かしていた様だけど、それ以外は違う様ね。……まあそこの少女が関係していそうだけど」

 

 スコールがちらりと見たのは未だ泣き叫んでいる銀髪の少女だ。だが直ぐに視線を戻すと『さて、』と呟く。

 

「おしゃべりはこれ位にしましょう。オータム、そのコアを持って先に帰って頂戴。エムとレギオンは残りの彼女達のISも奪ってくれると助かるわ」

「……剥離剤は?」

「生憎と三つしか用意できなかったの。だから残りの一つはあの銀髪の少女に。後は実力行使でお願いね? 中身には用が無いから殺しても構わないわ」

『りょうかい』

「……ふん」

 

 レギオンとエムが戦闘態勢を取る。その様子に鈴達も身構えるが状況は悪い。一夏と箒はISを奪われ、他の面々は先の奇襲で機体ダメージが大きいのだ。

 

「それとシェーリは博士の遺体を回収して頂戴。あれは使い道が有りそうだから」

「了解しました」

「なっ!?」

 

 スコールの何気ない言葉に一夏はぎょっ、とした。そして死人に鞭を打つような事を示唆させるスコールの言葉に怒りが込み上げてくる。

 

「ふざけんなっ! これ以上好き勝手に」

「させないと? けど貴方はもう力も何もない唯の子供なの。諦めましょうね?」

 

 口調こそ柔らかながらも冷徹なスコールの言葉に絶句してしまう。そう、確かに今の一夏にはどうする事も出来ない。護る事は愚か、戦う事すらも出来ずに舞台から引きずり落とされたのだから。

 

「さあ、では全てを終わらせましょう」

 

 スコールの合図と同時、シェーリ達がゆっくりと武器を構える。その光景を一夏はただ見ている事しか出来なかった。

 

「やめろ……やめろおおおおおおおお!?」

 

 シェーリがライフルを構え、エムがビットを展開する。レギオンがその機体各所の砲塔を起動する。それをただ絶望的な心境で見ている事しか出来ない。やめろいう言葉も、怒声も懇願も聞き入れられずシェーリ達がその牙を鈴達に向ける。鈴は咄嗟に一夏を遠ざけるべく突き飛ばしたが、それは一夏にとって絶望以外の何物でも無かった。

 

「鈴!? 逃げろ、逃げてくれ!」

「そうしたいのも山々だけど、そうもいかないでしょ……っ!」

 

 答える鈴の顔に浮かぶのは絶望的な戦いを前にした諦観の表情。それはセシリアもラウラも同じだった。そんな彼女の姿に一夏の瞳に涙が溜まる。

 そんな一夏の近くで黒い影が小さく身動ぎした。

 

 

 

 

(ああ…………)

 

 そんなやり取りを、虚ろな意識の中で静司は聞いていた。腹に空いた穴は何の因果か、自分が篠ノ之束を貫いた場所と同じ。それは間違いなく致命傷であり、今も血と一緒に命と言う物が流れ出している感覚がある。そんな自分の腹を本音とシャルロットが泣きながら押さえ、そして必死に自分の名を叫んでいる。一夏は突きつけられた絶望に涙し、鈴達は死地へと向かおうとしている。

 

 なんなんだ、この状況は。

 

 この状況を作り出したのは間違いなく自分と篠ノ之束。その事実に静司は思わず笑ってしまった。何が護衛だ。何が任務だ。感情を優先した結果がこれだ。結局、自分が最も一夏に達にとって危険な存在だったじゃないか。

 だが、これで終わらせていいはずがない。やった事の責任は取らなければならない。ブーメラン、という言葉が良く似合う。自分が引き起こした事のツケは自分が払わなければなら無い。篠ノ之束はツケを払った。ならば次は―――

 

「こく……よ……く」

 

 愛機の名を呼ぶと弱々しいながらも機体が応える。良かった、まだ見捨てられてはいなかった。ならばこれは最後の仕事だ。

 ハイパーセンサーで目標を探す。それは直ぐに見つかった。苛つく笑みを浮かべてこちらを見下ろす女の姿。それを頭に叩き込み機体を確認する。生きているスラスターはわずか。エネルギーも同様。だが奇跡的にほんの少しだけ飛ぶ力は残っていた。十分だ。

 

「せーじ!?」

「静司!?」

 

 ぐぐぐ、と顔を上げる。涙でぬれた二人の姿。だが今はそれを見ない様に務めた。それを見てしまったら、心が揺らぎそうだったから。

 奴はまだ気づいていない。そして油断しきっている。なら今だ。今意外にこのチャンスは無い。

 それは通常ではありえない事なのかもしれない。黒翼の状態は間違いなくボロボロであり、エネルギーもわずか。そして搭乗者である静司はそれを超える重症。それで動けること自体が異常ともいえる。その異常を可能にしているのは一重に静司の最後の意地に過ぎなかった。

 

「一夏……」

「!?」

 

 枯れる様な声でも何とか届いた。驚き振り向いた一夏へ告げる。

 

「必ず……受け取れ……」

「な、何を――」

 

 返事は待たない。静司は残された全てを用いて黒翼を立ち上がらせると弾かれる様にして空へと飛んだ。

 

「何!?」

「あの傷でですか!?」

 

 エムもシェーリもこちらが完全に沈黙したと思っていたが故に反応が遅れた。だが静司は二人に目もくれず目標へと一直線に、ロケットの様に飛んでいく。

 

「っ!? 何だと!?」

 

 その目標はオータム。突然の事に反応しきれなかったオータムのアラクネへ体当たりすると、静司はそのまま左腕を振るった。

 

「あああああああ!」

 

 意味の無い叫び。それに乗せて振るわれた左腕はコアを握っていたオータムの腕を裂いた。

 

「あああああああ!? テメエぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 その痛みにオータムが悲鳴を上げる。その眼は混乱と憤怒に染まり、背中の八本の脚を一斉に起動した。だがそれすら構わず、静司はオータムの腕から離れ宙に浮いたコアの一つにに手を伸ばし―――――弾いた。

 

「一夏ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

 

 

 突然の状況に皆が唖然とする中、一夏だけが飛び出した。走り、こちらへ飛んでくるコアへと手を伸ばす。だがそれより早く、それを掴もうとしている者が居た。スコールだ。

 

「くっそぉおおおおおおおお!」

 

 どう考えても距離的にはスコールが有利。それでも一夏は手を伸ばす。理屈も何も関係ない。友の決死の行動、それを無駄にする訳にはいかない。だから!

 

「戻って来い白式ぃ! 何も知らない俺でも、馬鹿な俺でも、それでもまだお前が必要なんだ! だから!」

 

 強く、強く願う。例え、今この場で自分がISを手に入れても何も変わらないかもしれない。だが敵に渡す事だけは避けなければなら無い。そして何より、これ以上敵の好き勝手を許したくない。そんな強い願いに、果たして白式は応えた。

 

「何ですって!?」

 

 驚く声はスコールのもの。白式のコアが輝いたかと思うと、それはまるで元からそこにあったかのように一夏の右腕に召喚されたのだ。

 

「遠隔コール!? こんな子供が……!?」

「うぉおおおお!」

 

 白式を取り戻した一夏がその勢いのまま天へ駆ける。《雪片弐型》最大出力。《零落白夜》起動。大きなエネルギー刃を展開した白式を構えスコールへと突撃する。

 

「くっ!」

 

 咄嗟にスコールは周囲に漂っていた金色の糸を編み込み繭の様にして己が身を包んだ。だがそれが失敗だと言う事に直ぐに気づく事になる。

 

「そんなもの!」

「しまっ――」

 

 エネルギー無効化。篠ノ之束のシールドすら破ったその力が金の繭を切り裂き、そしてその中にいるスコールへと一撃を加えた。

 

「くっ……私としたことが油断したわね……」

「スコール!」

 

 追撃を加えようとした一夏だが、下方から戻っていたシェーリのライフルがそれを妨げる。咄嗟に白式を背後に飛ばして回避すると、スコールを支えるようにしてシェーリが隣だった。見ればエムとレギオンも上昇してきている。

 

「無様だな」

「言い返す言葉も無いわ、エム」

 

 エムが小馬鹿にした様に笑い、スコールも苦笑して答えている。あの様子では致命打には至らなかったと言う事か。その事に焦燥を覚えつつも、この機会を作り出してくれた友の姿に視線を移し、そして一夏は絶句した。

 

「ガキがっ! ガキがッ! クソガキがぁぁぁっぁ! 死にやがれ!」

 

 そこに居たのは片腕から血を流しつつ激昂するオータム。

 そしてそのオータムのISであるアラクネの8本の装甲脚が全身に突き刺さり、ピクリとも動かない黒翼の姿だった。

 

「お、おい……静司……?」

 

 嘘だ。と言い聞かせる。さっきだって致命傷だったのに動いたのだ。きっとまた今度もという思い呼びかける。だが反応は無い。今度こそ、本当の終わりかの様に川村静司はまったく反応無く、自らを突き刺したオータムの蹴りを受け入れていた。

 

「死に晒せクソガキィィィィィィ!」

 

 やがて蹴るだけでは足らなくなったオータムが黒翼ごと静司を宙に放り、そしてその8本の装甲脚の先端を砲身へと変え、撃ちこんだ。その衝撃で黒翼は吹き飛ばされていき、その姿は学園の敷地外、つまりは海上まで飛ばされると、水面を数回撥ねた後に沈んでいった。

 

「あ、ああああ……」

 

 震える。いくらなんでもあの状態で海に沈んでしまっては助かる命も助からない。早く、早く救出しなければ。だがそんな一夏の想いを踏みにじるかのようにスコールの声が響く。

 

「もう油断はしないわ。それに彼も救わせない。下にいる彼女達諸共死になさい」

 

 それは文字通りの死刑宣告に他ならない。折角得た好機も動揺により無駄にしてしまった。一夏の顔が絶望に染まり、エムたちが再び動き出す。そんな時だった。

 

「……さい……」

 

 小さな、可細い声。だがその声は戦場にいる全員に聞こえた。

 

「うる……さい……。いら……ない……束さまの居ない……なんて……いや……」

 

 それは今までずっと束の亡骸の傍で泣いていた少女の声。少女はゆらり、とまるで幽鬼の様に立ち上がるとその金と黒の瞳の焦点を合さぬまままるで壊れた機械の様に呟いている。その光景を地上にいる千冬も訳が分からず、涙に濡れた眼で見続けている。

 そして、

 

「みんな……きえてなくなれ……」

 

 かっ、と少女が黒の光に包まれた。そしてその姿が変化していく。その光は紛れもないISの展開光だ。だがその規模が大きすぎる。

 

「これは!?」

「何なの!?」

 

 誰もが目を見開き驚く中、やがて光が収まりそこにISが現れる。だがその形状は何処までも異常だった。

 全身装甲に包まれた巨大なその体。そこには人の形らしい形は無く、まるで鋼鉄の猛獣を思わせる様な多脚式。背中には多種多様の砲台が有り、その形状は一夏の《雪羅》やセシリアの《ストライク・ガンナー》、ラウラのレールガンに簪の荷電粒子砲と酷似している。その他にも多種多様の砲台がまるで針鼠の様に備わるその姿は異様の一言に尽きた。

 

「まさか……コピーしている……のか?」

 

 そうとしか考えられない。それほどまでに少女が変化した姿は自分達の良く知る武器と酷似している。だが本当にそうだとすればあのISはどれ程の力を秘めていると言うのか?

 その答えは直ぐに知れることとなる。その巨大ISは背中の砲門を一斉に光らせ、更には機体の各所からビットらしきものを一斉に展開し始めたのだ。そのビットの姿もセシリアの《ブルーティアーズ》は勿論の事、エムの《サイレント・ゼフィルス》と同じ形状のものまである。それの意味する所に気づいた時には遅かった。

 

『キエテ……シマエ』

「みんな、逃げ―――」

 

 刹那、巨大ISから放たれた嵐のような砲撃がIS学園全体に撒き散らされた。

 

 

 

 

 それからどれくらいの時間が経ったのか。

 

「うっ……」

 

 一夏は朦朧としつつも意識を取り戻した。

 どうやら瓦礫に埋もれていたらしい。幸い白式は展開したままだったので押しつぶされることは免れた。

 

「そ、そうだ! みんなは!?」

 

 こうなる前の事を思い出し慌てて起きあがる。そして見た光景に一夏は声を無くした。

 

「嘘……だろ……」

 

 目に写るのは見るも無残な学園の姿。アリーナは完全に崩れ落ち、被害は校舎や他の施設にまで響いている。あちこちで火と煙があがるその光景は地獄の様だった。

 空を見上げると黒煙が立ち上り、そして先ほどまで居た亡国機業の姿は無い。恐らく撤退したのだろう。

 

「うっ……」

「っ!? 鈴!」

 

 近くの瓦礫が崩れ、そこから鈴が這い出してきた。彼女が無事な事に安堵した一夏が叫ぶと鈴もこちらを見て微笑んだ。

 

「一夏も、無事だったみたいね……」

「ああ、だけど他のみんなは……」

「―――大丈夫だ」

 

 聞こえてきたのはラウラの声。それも空からだ。見上げてみるとラウラがゆっくりと降りてきた所だった。

 

「ラウラ! 無事だったのか!」

「ああ、他の皆も無事だ。機体はセーフモードで起動しているから長くは持たないがな」

 

 話を聞くとどうやら一足先に目覚めた彼女は同じように瓦礫に埋もれた仲間を救出していたらしく、自分と鈴以外も全員無事らしい。ISを持っていなかった千冬や山田、それに箒と本音に関しては楯無と簪が庇った様である。

 

「だがその際に教官が負傷された。命に別状はないが……」

「そんな……千冬姉が!?」

「慌てるな、私は無事だ」

 

 慌てて駆けだそうとした一夏だが、その頭を掴まれた。振り返れば肩から血を流しつつもしっかりと一人で立っている千冬の姿があり安堵する。その背後には箒やセシリア達の姿もあったが全員確かに無事の様だった。だが、

 

「シャルロット、本音……」

 

 鈴の呟いた言葉にはっとする。その二人は助かっていはいたものも、その顔は昏く涙に濡れている。その光景を見て一夏はここに欠けている最後の一人の事を思い出した。

 

「静司は!? あいつ、あいつ海に落とされたんだ! だから早く探さないと!」

 

 必死に訴えかける一夏だが、それに帰ってきたのは千冬やラウラ。それに楯無の鎮痛な顔だった。その顔を見て一夏中の焦燥が増していく。

 

「私達が目覚めたのもついさっきなの。それから勿論彼を探しに行ったわ。だけど時間が経ち過ぎていて……」

「見つけることが出来なかった……」

 

 その言葉を聞いた途端、一夏の目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 その後、救援に来たIS委員会や日本の自衛隊などにより一夏達は救助される事となる。その際、詳しい事情は伏せ海に落とされた生徒が居るという事だけを伝えた事でその一斉捜索が行われた。

 

 だが川村静司は見つかる事は無かった。

 




束が外道というのなら亡国はゲスくしたかった。
しかし主人公がゾンビの様だ

それと学園祭編でリムーバーを使わなかったのはここで使いたかったからなんですよね。ようやく使う事が出来た。わーい

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