IS~codename blade nine~   作:きりみや

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溜め回


78.きょうだい

 暗く電子的な光が満ちた部屋で少女の声が響く。

 

「束さま……束さま……」

 

 少女の名はクロエ・クロニクル。彼女はその金の瞳をギラつかせながら目の前の機械に縋りついていた。

 その機械はまるで棺桶の様であり、中には液体が満ちている。そしてその中には彼女の最愛にて敬愛する女性が浮かんでいた。

 

「駄目です……束さまが居なくては……だめなのです……。その為なら、その為なら……!」

 

 縋りつくクロエの手元にあるディスプレイには中身の人物の心電図が映し出されている。しかしそれはとうの昔にピクリとも動かなくなった。だがクロエはそれの意味するところを理解しようとしない。理解できない、したくないのだ。

 

「束さま……っ!」

 

 もはや狂ったかのように言葉を吐きだすクロエだが、その脳裏では黒鍵を用いて必死にある情報を集めていた。生前の最愛の人が残した資料、そして探すデータに類似した資料。ありとあらゆるものを集め分析している。

 Valkyrie project。Valkyrie Trace System。インストール。ソフト。ハード。ISによる洗脳。コアネットワークについての解釈。人間の記憶について。脳の構造、その他ありとあらゆるものについて。

 

「束さま……っ!!」

 

 狂い始めた少女の声は何時までも部屋に響き渡っていた。

 

 

 

 

 空をISが飛んでいく。あれはラファールの索敵仕様だろう。何故直ぐに分かったかと言えばここ最近毎日の様に見ていたからだ。

 

「IS…………」

 

 意味も無く呟く。その存在。その影響。そして自分とそれが今後どうしていくべきなのかを。それは一夏がここ最近ずっと考えていた事だ。

 

「俺は……」

 

 親友は消えた。幼馴染の姉は死んだ。そして自分の姉は気丈に振る舞いながらも時折抜け殻のように空を見上げている。友人達もそうだ。セシリアやラウラも顔色は沈み、本音やシャルロットに至っては目も当てられない。そして箒もどこか思いつめたような顔をずっとしている。

 そんな中、自分はずっと考えていた。何も知らなかった自分。隠していた親友。幼馴染の姉の暴走とその目的。そして亡国機業。

 正直に言えば未だ静司の事を理解は出来ていない。確かに家族を殺されたのなら恨むだろう。自分だってもし姉である千冬がそうなったら相手を恨む。だがそれはあくまで『もしも』の話。実際にそれに直面していないが故に、あそこまで激しい憎悪を持つと言う事が理屈では分かっても、感情が理解しきれていないのだ。

 束にしてもそうだ。あそこまでして千冬と箒。そして自分の事を想っていた束の事を一夏は恨むことが出来ない。同時に何故そこまで、という思いもある。姉と束が深い友好関係を築いていたのは知っていた。だが自分が知っていたのは表面上のものだけであり、その内にどんな想いがあったのかまでは知らなかった。

 そう、自分は何も知らなかった。何も知らずに自分の想いだけを吐きだしてきた。

 だが、それは本当に悪い事なのだろうか? 知らない事は罪なのか。なら何故言ってくれなかったのか。言ってくれなければ何も分からないではないか。知ろうとしなかった事が間違いか? むしろ知らないままの方が良かったのか? 少なくとも束はそうしようとしていた。しかしそれは静司によって崩され、そして潰えた。

 一体自分はどうすれば良かったのか。ここずっと悩み続けていたそれに未だ答えは無い。だが当初よりは大分冷静になってきたお蔭で、今の自分がすべきことの一つははっきりしている。それは――

 

「ここにいたのね」

 

 不意に声がした。一夏は仰向けに寝ていた状態から顔をそちらにずらすと、自分の良く知る少女がここ、IS学園屋上に来たところだった。

 

「怒られるわよ? アンタは重要人物なんだから」

「鈴」

 

 ぷりぷりと怒りながら現れたのは幼馴染である鈴。彼女は腰に手を当て呆れた顔をしながらこちらにやってきた。

 

「一夏、ここ最近ずっとそうやって空見てるわよね」

「そうだな……」

 

 鈴の言う通り、一夏はここ数日間暇さえあればこうやって空を見上げていた。これは危険な行為だ。再び亡国機業が攻め入ってきた時、真っ先に狙われるからだ。だが、

 

「ここなら直ぐ見つかるかと思ってさ」

「……え?」

 

 小さく呟いた声は突然吹いた風により鈴に伝わらなかったらしい。鈴が不思議そうな顔をするが一夏は小さく首を振りつつ起きあがる。

 

「それより鈴、何か用があったんじゃないのか?」

「何よ、用がなきゃ来ちゃいけないわけ?」

「いや、そうじゃないけど」

 

 眼を吊り上げた鈴の様子に一夏は慌てて首を振った。そんな一夏の様子に鈴は『はぁ』とため息をつく。

 

「さっき通達があったわ。私はこのまま学園にて待機だって。多分セシリア達も同じような通達があるんじゃないかしら」

「待機? それって」

「ええ。早い話ここで戦力となれと言う事よ。亡国機業はアンタの白式を狙っていずれ必ず来るわ。だからそれに対する戦力と言う事ね。それに学園には30機のISもある。更には複数の専用機と今では学園の防衛戦力として自衛隊や各国のISまでね。一夏、なんでここにそんなに戦力が集まるかわかる?」

「亡国機業……その襲撃が確実だからここで戦う?」

「正解よ。あの連中は現在、神出鬼没に色んな場所を襲ってはISを奪ってるわ。流石にそれがこれだけ続くと各国も自衛為にISを使わざるを得ない。けどそれでも戦力を一気に増強している亡国機業の奇襲に対して対応できるか考えると不利だわ」

「だから確実に襲ってくるここで仕留める、か? だけどそんなことしてたらどんどんISが奪われていくぞ」

「わかってる。だけどここにある戦力を亡国追撃に分散させても捕まえられなければ意味が無いわ。むしろ逆効果で各個撃破の可能性もある。だから確実に来るであろうその時に為に私たちは備える必要がある。なんでまだここが襲われないかは不明だけどね。どこの国もね、もう自分達だけじゃどうにもなら無いって分かってるのよ。だから必ず来ると分かっているここに賭けるしかない」

「なら、俺も……!」

「……正直に言えば一夏は外される可能性が高いわ。奴らの第一優先目標は間違いなく白式なんだから」

 

 言いにくそうに事実を述べる鈴の言葉に一夏は歯噛みした。言いたいことは分かる。狙いが自分の白式ならば戦うべきでないのは確かだ。敵は既に紅椿を手に入れている。そこに白式まで奪われれば目も当てられない。だが、

 

「それでも、それでも俺は自分だけ逃げ隠れするなんて出来ない」

 

 顔を上げはっきりと告げると鈴は小さく苦笑した。

 

「一夏ならそう言うでしょうね。けどそれを決めるのは私達じゃないわ。だから言いたいことがあるなら作戦を決める連中に言う事ね」

 

 作戦の決定者。それは流石に分からないが、その人物に影響を与えられる人物なら知っている。他でも無い、姉である千冬だ。一教員ながらも世界最強の称号を持つ姉の言なら考慮される可能性は高い。だがその為にはまず千冬と話さなければなら無い。

 

「千冬姉……」

 

 姉の事を考えて一夏の顔が歪む。自分と同じく、いや、自分以上に思い悩んでいる姉の姿は一夏の不安の一つだからだ。

 

「だけど、これもそのままじゃいられないよな」

 

 静司の事も束の事も知るには遅すぎた。だがまだ姉は居るのだ。だから今度こそ、自分は間違えてはいけない。そして思い悩む姉の力になりたい。

 決意を新たにすると鈴がにやり、と笑った。

 

「行くのね。なら仕方ないわねー。私も行ってあげる」

「いいのか?」

 

 驚いた様な一夏に鈴は「ふふん」と笑った。

 

「前にも言ったじゃない。何かある時は一緒に行ってあげるって。あの時は結局千冬さんには聞けず終いだったけど今度こそ、ね?」

 

 そう言って笑う幼馴染の姿に一夏も顔を綻ばせた。そうだ、まだ失っていない物はここにもある。それを護る為にもいつまでも立ち止まってはいられない。

 

「よし、行こうぜ鈴」

「OK!」

 

 快活な鈴の返事に心が少し軽くなったのを感じつつ、歩き出す。だが最後にもう一度、振り返って空を見上げた。

 

「今度こそ必ず護る……静司、お前の分もだ」

 

 その呟きは誰にも聞かれる事は無く、風に流れて行った。

 

 

 

 

 IS学園。その中にある道場で箒は一人瞑想していた。剣道着こそ着ていないがその傍らには竹刀が置いてある。彼女の姿はピクリとも動かず、ただ静かにその正座を崩さない。

 

「答えは出ましたの?」

 

 不意に良く知った声が耳に入り箒は目を開いた。いつの間にか近づいたのか。すぐ目の前にセシリアが立っていた。それもその手に竹刀を手にして。

 

「まだのようなら、よろしければお手合わせして下さらないかしら? こう籠ってばかりでは窮屈でして」

「セシリアが……?」

 

 突然何を、と思う。それに今はそんな気分になれない。だから断ろうとしたのだが、

 

「行きますわよ!」

「なっ!?」

 

 こちらの用意も待たずにいきなりセシリアが斬りかかってきた。箒は慌てて竹刀を手にすると片膝の状態でその一撃を受け止めた。

 

「な、何をする!?」

「まだまだですわ!」

 

 こちらの話などまったく聞かない様子で斬りかかってくるセシリアに箒も眉尻が上がる。素早く立ち上がると冷静かつ、鋭く竹刀を振るい、型も何もなっていないセシリアの一撃を弾き返した。

 

「くっ!?」

「その程度で私に接近戦など!」

 

 だんっ、と強く踏み込む。竹刀が唸りを上げ風を切りながら振り上げられた。そして目を見開くセシリア目掛けて――落とす!

 

「はぁっ!」

「きゃああ!?」

 

 咄嗟にセシリアは竹刀を横にしてそれを受け止めたが威力までは消せなかった。余りにも強力な一撃に尻餅を付き竹刀が床に転がっていく。そして痺れる手を涙目で見ていたセシリアに箒は竹刀を突きつけた。

 

「まだやるか?」

「……降参ですわ」

 

 セシリアが両手を上げると箒もため息をついた。手を差し伸ばしセシリアが立ちあがるのを助けてやる。

 

「まったくとんでもない馬鹿力ですこと」

「それを言うなら突然襲いかかってきたお前はなんなんだ」

 

 箒の不満は尤もである。だがセシリアは特に気にした様子も無く、

 

「そうですわね、気分転換でしょうか?」

「お前……!」

「怒らないでくださいな。私も、そしてあなたにも必要かと思いまして。一瞬で終わってしまいましたがやはりお強いですね」

「っ」

 

 箒の肩が震える。だがセシリアはそれを気にした風も無く汗をタオルで拭いながらその場に改めて座った。

 

「気分転換は本当ですわ。先ほど一夏さんと鈴さんの姿を見ましたが……正直に言ってとても距離が近く思えました。今日だけではありませんけど。それでこのもやもやを解消したかったものでして」

「それは……」

 

 それは気づいていた。何時からなのかは分からない。だが確実に一夏と鈴の距離は自分達の知らない所で縮まっている。そしてその事実が自分に焦燥を与えていたのだから。

 自分のこれまでの事を思い出し暗く沈む箒だが、その顔を見てセシリアははぁ、とため息をついた。

 

「お姉さま……篠ノ之博士について、箒さんの考えは纏まりましたか?」

「…………」

「まだの様ですわね。私の意見としましては……ご家族を前にして言うのも酷かもしれませんが一つです。許せない、と」

 

 ビクッ、と箒が震える。

 

「私は篠ノ之博士の普段を知りませんし親しくもありませんが科学者としては尊敬していました。ですがあれだけの事をしでかし、そして今もその影響が響いている。その存在を許す事は出来ません」

 

 それに、とセシリアは続ける。

 

「川村さんも川村さんです。事情があったのは分かりました。ですがだからと言って学園で暴れて良い理由にもなりません。なりませんが……もう、文句も何も言えなくなってしまいました」

 

 その理由は言わなくても分かる。川村静司という存在はもう居なくなってしまったからだ。そして篠ノ之束も。

 

「さて、私は言いました。それでは箒さんはどうですか?」

 

 再びの問い。対し箒は小さく首を振るしかできなかった。

 

「分からない、分からないんだ。確かに姉さんは酷い事をした。世界を混乱させた。それは昔からそうでそんな姉さんを私は疎ましく思っていた……思っていた筈なんだ」

 

 なのに、その姉が居なくなったことで感じたのは果てしない空しさだった。言葉に表せない寂しさがそこにあった。

 姉のせいで一夏と引き離された。姉のせいで生活はがらりと変わった。姉のせいで世界は混乱した。

 だけど、そんな姉が最新鋭のISをくれた。ずっと気にかけていてくれた。そして自分達の為に世界すら変えようとしていた。

 

「私は姉さんが居なくなって嬉しいのか、悲しいのか。それすら分からないんだ」

 

 そう、それこそが箒の苦悩。家族が死んだと言う事実に対し自分が感じているあやふやな感情。それが箒を悩ませている。

 

「なあセシリア、私は一体どうすればいい?」

 

 それは縋る様な問いだ。そんな助けを求める子羊の様な箒に対しセシリは柔らかく微笑み、

 

「知りませんわ」

 

 ぶった切った。

 あまりにも清々しいほどのそれに箒は唖然とするが直ぐに喰ってかかった。

 

「お、お前! 普通こういうときは何か色々とアドバイスするものではないのか!?」

「何を期待しているのですか。私は気分転換に来ただけですわよ? それと発破でしょうか?」

「は、発破……?」

 

 ええ、とセシリアは頷く。

 

「先ほども言いましたが一夏さんと鈴さんが良い感じでピンチですわ。ここは一度休戦して遅れを挽回するために作戦を練りますわよ」

「こんな時に何を言っているんだお前は!?」

 

 激昂した箒が目を吊り上げ叫ぶがセシリアはどこ吹く風だ。逆に冷静に箒に問う。

 

「では、一人で悶々と悩み続けてるのが正解と?」

「それは……っ! だが!」

「ええ、少々酷い物言いでした。箒さんはご家族も絡んでいるのですからね。ですがもう状況は待ってくれませんわ。先ほど通達がありましたが、私はIS学園の防衛戦力……と、言うより対亡国機業の戦力として出撃する事になりました。他の皆さんも同じですわ」

「戦力……? だがそれなら私は……」

 

 紅椿は奪われた。ならば今の自分に出来ることは無い。

 だがセシリアは首を振る。

 

「何を言っているんですか? 貴方は篠ノ之博士からもう一つ貰っているものがありますでしょう? 適性Sという世界でも有数の力が」

「っ!?」

「驚いていますか? 流石に分かりますわよ。いきなり適性がCからSに変わるだなんておかしいですもの。ええ、これには確かに色々思う所がありますわ。ズルいとかセコイとか私たちの努力って何? とか色々と」

「う……」

 

 それは箒自身も何となく思っていた。思っていたからこそ適性については基本黙っていたのだがいつのまにかバレていたらしい。罰が悪く恐縮してしまう。

 

「別に責めたいわけじゃありませんわよ? 確かにそう思った事もあるのは事実ですけどコネだって力です。社会に出ればそれは嫌でも分かります。必要なのはそのコネだけに縋るか、そこから努力するかです。紅椿は奪われても学園にはまだISは有りますわ。さて、箒さんはどうします?」

「私にも、戦えと……?」

「決めるのは自分ですわ。ですが博士に、お姉さまに頂いたその力を今度こそ正しい事へと使うべきではと、私は思います」

 

 それに、と一拍置いてセシリアは笑った。

 

「恋敵兼仲間はやはり心身強い方が倒し甲斐がありますもの」

 

 うふ、と笑うとセシリアは立ち上がった。

 

「それでは私はこれで。作戦会議の方はまた今度にしましょう」

 

 そう言って去っていくセシリア。その背中はこんな状況でも凛々しく見えて箒にはそれが眩しく見えた。

 

「姉さんがくれた、力…………」

 

 手のひらを天井へかざす。その手に宿った力。与えられたその力は紛れも無く姉がくれたもの。その力を今度こそ正しい方向へ?

 

「出来るのか……私に」

 

 わからない。だけど、もしそれが出来た時、自分が姉に対して感じている感情が何なのか分かるかもしれない。だから、

 

「やるしか、ない……」

 

 そう呟き、箒はかざした手を握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 暗い、昏い夜の丘の上にその女性は居た。闇に溶け込む様に黒いナイトドレス。腰まで伸ばした漆黒の髪。大きく開いた胸元には翼をあしらったペンダントがかけられている。両腕は肘まで伸びる黒の手袋で覆われ、黒い帽子を被りそこから垂れた薄布によりその表情はうっすらとしか見えない。

 空からはいつかのように激しい雨が降り続き騒音を撒き散らしている。それでもその女性の姿だけははっきりと認識できた。

 

「馬鹿が」

 

 女性にしては少し低めのアルトの声。その言葉が胸に突き刺さる。

 

「お前は何もわかっていない」

 

 こちらを心底見下すような声。そして女性は手をゆっくりと振るった。その瞬間、その女性の背後に全く別の光景が写る。それは全ての始まりの場所。某国にある研究施設の光景。そしてそこには楽しげに話す五人の女性と一人の少年の姿があった。

 

「やめろ……」

 

 それを見て声を漏らす。何故なら黒衣の女性が何を見せようとしているのか理解しているからだ。だが女性は構うことなく再び腕を振るう。すると再び場面が変わり炎に焼ける研究施設の姿が写った。そしてそこには横たわる五人の―――

 

「やめろ」

 

 声に反応したかのように変化が起きる。変化した光景中では、五人の女性が何かと戦っていた。そしてその背後には守られる様にして倒れる少年の姿。そして彼彼女らの遥か上空からは無骨な色のミサイルが迫ってきている。ここから何が起きるのか。それが分かっているからこそ力の限り叫んだ。

 

「やめろぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 見たく無い、あんな光景は二度と。目を瞑り耳を閉じて蹲る。そんなこちらに黒衣の女性はゆっくりと近づいてきた。そして目の前まで来ると首を掴み、持ち上げた。

 

「がはっ!?」

 

 苦しい、息が出来ない。苦痛にあえぐ正面、薄布越しに見える女性の顔に浮かんでいた感情は怒りか、失望か。

 

「――――――」

 

 囁く様に、言い聞かせるように何かを呟く。その言葉の意味もわからぬまま、意識は闇に落ちて行った。

 

 

 

 

 

「ぅ……」

 

 ゆっくりと体が浮き上がっていくような感覚。それに後押しされる様に視界が白く染まっていく。それらを刺激として覚醒を始める肉体に引かれる様に、目を開いた。

 

「こ、ここ……は……?」

 

 まず見えたのは簡素ながらも清潔な天井だ。そして白いカーテンと何かの機械。辺りには消毒液の匂いが満ちており少し離れた所からは誰かの話声が聞こえる。

 

「ぁ……」

 

 声が上手くでない。一言しゃべるたびに異様に痛いのだ。それに全身にも痛みが響く。その痛みに身悶える様に体を動かしてある事に気づく。

 視界がおかしい。遠近感がうまくつかめない。その原因は直ぐに分かった。視界の右半分、つまり右目部分に包帯が巻かれているからだ。だがその包帯の下の目も開こうとしても開けなかった。

 

 ここはいったい、どこだ?

 

 それが分からない。それに自分の状態もだ。起きあがろうにも体は言う事を聞かず、ただ身を揺する事しかできない。それ以前に意識が朦朧としていて思考がいまいち定まらない。視界も微妙にぼやけている。

そんな時だ。物音に気付いたのだろう。カーテンの向こうから足音が近づき、そしてゆっくりとそれが開かれた。

現れたのは金髪の女性。どこか柔らかい雰囲気を持ち優しく微笑するその姿に、夢の中で見た別の何かを重ねてしまう。

 

「ツ、ヴァ……イ、ね、え……さ……ん」

「目覚めたようね。川村静司君」

 

 女性―――ナターシャ・ファイルスは優しく微笑み川村静司の頬を撫でるのだった。

 




セシリアさんの漢気。いや乙女だけど
他の面子の今についてはまた次回です。

そして金髪巨乳(願望)ナタルさん再登場

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