IS~codename blade nine~ 作:きりみや
構成に悩みまくった挙句時間かかりすぎました。
12/4 大幅に修正しました。大筋は同じですが展開を変えた形です。
皆様のご意見ご指摘に感謝
あれから直ぐに医者らしき者が駆け付け検査が始まった。静司はまともに体が動かせない為に結局は成すがままに調べられ、その間もナターシャ・ファイルスはずっとこちらを見守っていた。そしてそれらが終わる頃には、静司も大分意識が回復してきた。
「気分はどう?」
「最悪ですよ……」
半身を起こしつつ首を振る。その度に連動する筋肉が悲鳴を上げ声が漏れそうになってしまう。それを必死に堪えつつ、静司は周囲を見渡した。
「ここは?」
病室なのは確かだ。だが静司が聞きたいのはそこでは無い。この病室がある施設の事だ。だがナターシャは小さく首を振るだけだった。
「ごめんなさいね。それは言えないの。アメリカ軍の基地とだけ言っておくわ」
「……そうですか」
それに対しては特にいう事はない。少なくとも彼女達からすれば自分は敵か味方かまだはっきりしていないのだ。余計な情報は渡さないと言う事だろう。
そんな風に静司が納得しているとふわり、とナターシャが静司の右目、正確にはそこを覆う包帯に触れた。
「肉体の怪我も重症だけど、ここも酷かったらしいわ。もう使い物にならないかもしれないって」
「どう、りて」
力がまったく入らない訳だ。開けようにもそもそもその感覚が無いのはそういう事だったらしい。
「落ち着いているわね? 怖くないの?」
「どうでしょうね……もしかしたら納得しているのかもしれない」
長年の復讐の相手。それを倒した代償と言う事なのなら安い物だ。そう、安い―――
『せーじ』
「っ」
「どうしたの?」
不意に、脳裏に浮かんだ少女の姿に顔を歪めた。あれだけ心配してくれていたのに。結局同じことを繰り返し、一生ものの傷まで増えた。ああ、本当に不甲斐ない。
「大丈夫? どこか痛むのかしら?」
「いえ、大丈夫です」
こちらを心配そうに伺うナターシャに首を振る。もう終わった事だ。もう自分はあの場所に戻れないのだから。
「それよりも、どうやって、何故俺を?」
助けたのか? それが疑問だった。
自分が海に落とされた時、世界中でISが暴走していたはずだ。そんな状況になればどこの国も軍も学園の監視どころでは無かっただろう。それに付近には亡国機業だって居た筈だ。それなのにどうやって気づかれずに、自分を回収したのか。それが気になった。
「ふふ、それは貴方のおかげよ?」
「え?」
どこか意味深に笑うナターシャは自分の耳を指さした。ナターシャの右耳には銀色の翼をモチーフにしたイヤリングをはめられている。そしてそれが一瞬、キラリと光った。まさか……。
「ええそうよ。これは銀の福音。かつて篠ノ之束によって自我を奪われ、そして貴方達に落とされた機体。そしてその経緯でより強固な自我が目覚めた私の子よ」
「自我……?」
「そう。一度は篠ノ之束によって暴走させられたわ。けどね、その時この子は篠ノ之束の命令を振り切ってまで私を必死に助けようとしてくれた。残念だけどその頃のこの子の意識は完全に消えてしまったけれど、生まれ変わった意識にもそれは根付いていたの」
そしてそれ故に先日の暴走から逃れられた? つまりここにある銀の福音は黒翼と同じく、篠ノ之束に抗うだけの自我を得たISと言う事だろうか。
「そんな事が……」
「あるのよ、実際に。それは貴方のISだって同じでしょう? それに亡国機業も。そんな特性があったからこそ、私はある命令を受けて学園近くに居たの。篠ノ之束の捕縛、もしくは抹殺という命令を。だけどそれは貴方が果たしてくれた。そして世界中が混乱している中、墜落した貴女をこの子を使って回収したのよ。まさかあのISの正体が貴方だった事には驚いたけどね」
びっくりしたのよ? とナターシャは笑う。
「これは貴方達のおかげでもあるのよ。必死に暴走するあの子を止めてくれたからこそ今の私とこの子がある。だからあなたには特に言いたかったの。『私とこの子を救ってくれてありがとう』って。それに私達の敵でもある篠ノ之束を倒しれくれた事も」
そう言ってこちらの右手を包むように手を添え微笑むナターシャ。だが静司は静かに首を振った。
「俺は……」
そんな大層な事はしていない。あの時も、今回も。特に今回に関しては完全に自分の感情故だ。他の事なんて考えて居なかった。自分の行動によって何が変わり、そして誰が傷つつくかも考えていなかったのだから。
そんなこちらの複雑な心情に気づいたのだろうか。ナターシャは手を離すと立ち上がる。
「今はまだ疲れているでしょう? ゆっくり休むと良いわ」
そう微笑むと、去っていく。その背中を静司はただ見ている事しかできなかった。
医務室を出て廊下を歩いていると、前方に見知った顔が居た。
「イーリ」
「よお」
気さくに手を上げて返事をしたのはイーリス・コーリング。仲間であり友人でもある女性だ。彼女は腕を組み壁に背中を預けていた。
「あまり刺激するのも不味いと思ってお前だけに行かせたが正解だったみたいなだな。なんだ、アイツ。本当にあのレイヴンの中身か? 抜け殻みたいに覇気がねかったぞ」
「見てたのね。けど仕方ないわ。彼にも色々あったのだから」
「そりゃそうだけどよお」
どこか不満げなイーリスの様子にナターシャは苦笑する。レイヴン――川村静司を助けた当初はイーリスも興奮していた。それはその正体が彼だった事もあるが、自分とその部下の追撃を、仲間の助けがあったとはいえ逃げ切ったISの搭乗者に対して彼女が興味をもっていたからだ。だからこそ、先程の彼の様子には不満らしい。
「とにかく今は休ませてあげましょう。詳しい話はこれからよ」
「それはちょっと困るのだがな」
「ん? アンタは……?」
突然二人の会話に参加してきたのはスーツを着た男だ。その隣には軍服の兵士を数人引き連れている。
「アレックス委員?」
その男にナターシャは見覚えがある。IS委員会の一人だ。だが何故こんな所に? いやそれよりも、
「どういう事ですか? 困るとは」
「君たちが今話していた彼の事だよ。彼には是が非でも協力してもらわなければ困る」
『彼』その言葉にナターシャは眉を顰め、イーリスも壁から背を離し警戒した。だがアレックスは動じることなく小さく笑う。
「彼を、川村静司を手に入れた事は良くやった。彼とは前々から是非話をしたかったのでな」
「前々から……? それは男性操縦者としてでですか?」
「いや、あの黒いISの搭乗者としてだ」
今度こそ、ナターシャは眼を見開いた。アレックスの言い方では以前からその正体を知っていた様に聞こえたのだ。そしてそれは事実だった。アレックスが懐から数枚の写真取り出し二人に見せつける。
「これは以前学園で撮られた写真だ。画質は荒いが、彼が件のISを展開している最中のものだな」
「なっ!? こんなものが……」
「おいおいおい」
二人が驚くのも無理は無い。アレックスの言う通りその写真には光に包まれつつ漆黒の装甲装備している最中の川村静司の顔がしっかりと写っていたからだ。
「IS学園に無人機が現れた際に取られた写真だ。生徒の一人がこちらに送ってきた。ああ、当然その生徒は既に本国に帰還させているから情報は洩れていない。本当ならすぐにでも彼にコンタクトを取りたかったのだがずっと連絡が取れないと思ったら先日の事件だったのでね。しかし結果的には良い方向に動いた様だ」
アレックスは満足そうに笑うと歩き出す。その先にあるのは川村静司の病室だ。
「待ってください。今の彼からは」
「何を言っている? 世界中でISが暴走し、そしてどこも対処法が見つかっていない。その隙にテロリスト共が好き勝手暴れているんだぞ? 一刻も早く対処法を見つけ出しテロにも対応しなければなら無いんだ。その為にも君の銀の福音や、彼のISについて詳しく調べる必要がある。それ位わかるだろう?」
「だからこそです。第一、暴走を逃れる方法に関してはISの自我に左右される事は私の福音を調べて判明しています。勿論データは多い方が良いのは分かりますし、対処法が見つかった訳でもありません。しかしだからこそ、彼がもっと万全な状態で聞くべきです」
「随分と肩を持つな。だが所詮一兵士の戯言だ。もう時間は残されていないのだぞ? おそらく亡国機業は近いうちにIS学園を襲う。あそこには最新鋭の機体が揃っているからな。それすらも奪われたら本当に終わるぞ」
「しかし今の彼から話を聞いても碌に答えはでそうにありません。もう少し落ち着いてからにするべきです」
両者、睨み合う。お互いに視線をそらさず睨み合うその光景に、アレックスが引き攣れていた兵士達の方が焦っている様だった。
「あーもしもそお二人さん」
そんな空気を呑気な声を上げて遮ったのはイーリスだった。彼女は面倒くさそうに手をひらひらさせつつ間に割り込んでいく。
「喧嘩すんなよ。ナタル、お前はちょっと熱くなりすぎ」
「…………そうね」
いつの間にか身を乗り出して口論していた事に気づきナターシャは一歩下がった。
「それとアンタだアンタ。アレックス委員だっけか? ナタルの言う通り今のあいつに聞いてもまともに答えが返ってくるとは思えねえよ。ちょっと位時間くれたっていいだろ」
「だからその時間が無いと言っている」
「じゃあどうすんだ? 拷問でもして無理やり聞き出すか? 一度あいつと戦った事ある身から言わせてもらうが、敵にまわすとやっかいだぞアイツ。変な仲間もいるようだしな」
「それを何とかするのがお前達だろう」
「へえ? じゃあIS返してくれよ。それともナタルにやらせるか? けどそんな事したらナタルもアイツの味方して収集つかなくなるぜ? それよりも落ち着いた後、ナタルに話させて懐柔した方がいいんじゃねえか? 何せあいつはナタルのすっぽんぽんを拝んでるんだ。後はちょっと色仕掛けすりゃきっとオチるぜ。不確定だが巨乳好きって話もあるしな! いかん、ムラムラしてきた」
「イーリ!? 何を言ってるのよ!?」
ナターシャは慌ててイーリスを押さえ付けた。何を言っているんだこの友は!
だがイーリスは悪びれた様子も無く、ニヤリと笑う。
「まあそう言う訳だからよ、あと少しだけ待ってくれよ。それで全てが上手く行くなら万々歳だろ?」
「……………………いいだろう」
そのイーリスの笑顔に何を感じたのかは分からない。本当に色仕掛けがの方が有効かと思ったのかもしれない。だが一応は納得したらしくアレックスは踵を返した。
「明日だ。明日まで待つ。それ以降は流石に待てない」
「了解っと。感謝するぜ、委員さんよ」
ふん、と鼻をならしアレックスは去っていった。その背中を見送りながらイーリスは『ふむ』と頷く。
「そういう事だナタル。次あいつに会いに行くときはエロい格好で行こうぜ!」
「頭が痛いわ…………」
楽し気で緊張感の無いイーリスの言葉にナタルは肩を落とすのだった。
今日もまた、千冬はぼんやりと空を眺めていた。
周囲からは傷ついた校舎の復旧作業や、人々のざわめきが聞こえる。時折近くを通る人々が不思議そうにこちらを見ているが、それすらどうでも良かった。
空。それは今は亡き親友が新たな可能性を見出す存在――ISの舞台として選んだ場所。初めてそれに触れ、空を自由に飛び回った時の衝撃は今も忘れない。
だがその裏にあった親友の狂おしい程の感情に自分は気づいていなかった。ただ、与えられた目の前の課題を片付けていたに過ぎない。そのツケをここ数日で一気に払わされた感覚だった。
川村静司についても考える。
草薙由香里の話から知る川村静司は千冬の知るそれとは大きく違っていた。そして何よりも彼女にとって大きいのは、川村静司が自分のコピー計画の生き残りだったと言う事だ。何故気づかなかったのか。そもそも何故そんな実験が行われてしまったのか。もはや考えても意味は無い。ただ、事実だけが千冬を苦しめる。
親友と生徒。その二人が抱えていた闇にもっとも近く、しかし気づかずに時を過ごしていた自分。その存在が酷く世界にとって害悪に思えてしまい、そう思えば思う程何もしない方がいいのではないかと思ってしまった。自分が何かをすると連動する様に悪意が蠢く。そんな見えない糸に絡め取られたかの様に、千冬は気力を失っていた。
(もう、疲れた……)
両親が失踪し、一夏を必死に育て、IS搭乗者となり世界に名を響かせ、そして教員として生きて来た。その生き方に苦労はあっても不満は無かった筈だ。だが今は何故か、何もかもが徒労にの様に感じてしまう。
(もういっそ……)
全てを捨ててしまおうか。そんな危険な思考に陥りかけた時だった。
「千冬姉」
「っ、一夏? それに凰も」
いつの間にか近づいたのか。二人が直ぐ傍まで来ていた。だが二人の顔は硬い。いや、一夏に至ってはどこか怒っている様にも見える。そしてその一夏が声を荒く、一言告げた。
「千冬姉、勝負だ」
「何……?」
あまりにも突拍子もない一夏の言葉に眉をひそめる。鈴も驚いている事からするに彼女も知らなかったのだろう。
千冬ははあ、とため息をつくと首を振った。
「馬鹿な事を言うな。今はそんなことやってる場合では――」
「じゃあ何してんだよ、千冬姉は」
「っ」
驚き再度一夏の顔を見て千冬は気づいた。
怒っている。一夏が自分に対して明確に怒りを感じている事が理解できたのだ。
「さっきから何もしないでずっとボーっとしてて。それで何をしてたんだよ」
「それは……」
何も言い返せない。その事に千冬は愕然とする。自分は言った何をやっているのか? そしてそんな千冬の態度に一夏の眉尻が上がった。
「何もしてなかったんだよな? じゃあ行こうぜ」
そういって踵を返して歩いていく一夏とどこか戸惑ったかのような鈴。そんな一夏に抗う言葉は、今の千冬には浮かばなかった。
色々と外が騒がしいIS学園だが、それは学園内に作られた道場も同じだった。僅かな余暇を訓練に充てている自衛隊の兵士や各組織の兵士達など。彼彼女らが使用していたのである。だが今はそんな彼らの視線がある一点に集まっていた。
道場の中央で互いに竹刀を構える一夏と千冬である。
「一夏、本気か?」
「当たり前だ。千冬姉も本気で来いよ。真剣勝負だ」
竹刀を構えながらも千冬の困惑は大きい。ここまで来ても未だに一夏の真意が読めずに居たのだ。さらには防具をつける時間も惜しい、と一夏の強固な主張により二人とも防具は身に着けていない。その事がさらに千冬を悩ませる。
そしてそんな千冬の葛藤など知らぬギャラリー達はブリュンヒルデとその弟の対峙を何かの訓練と見たらしく呑気なものである。そして鈴はというと審判役で二人の間に立っている。そして一夏と千冬の様子を確認すると静かに頷いた。
「準備は良いわね? それでは、始め!」
「行くぜ!」
「っ」
開始と同時、一夏が一気に飛び出してきた。だがそれは千冬の眼からすれば稚拙な動きだ。容易にその動きを見切り、一夏が振り下ろした竹刀を打ち払った。
「くっ!?」
バランスを崩された一夏がよろける。そんな姿に千冬はため息をつきつつ、一夏の頭をこんっ、と軽く竹刀で叩いた。
「これで終わり―――」
「何を、言ってんだよ……っ」
「……?」
「真剣勝負だって、言っただろ!」
「何――――」
次の瞬間、千冬は一夏に斬り飛ばされた。
(がっ!? な、に――――を!?)
仰天し、崩れた態勢を立て直しつつ視線を一夏に向けると、一夏が竹刀を振り抜いている姿が見えた。更には審判であった鈴までもが竹刀片手に走り出している。
「まさか、本気か!?」
斬り飛ばされたと言っても所詮は竹刀だ。だが痛い物は痛い。それでも長年の勘で体勢を立て直すと両足で踏ん張る。だがそこに鈴の追撃が加わった。
「千冬さん、覚悟ぉぉ!」
「くっ!?」
鈴の一撃。それをギリギリで躱すが、凄まじい勢いのそれは千冬の前髪を数本持って行った。
「お前ら正気か!? それに凰は審判だろうが!?」
「そうですよ! けど最初の二人の一撃を見て気が変わりました!」
「なんだそれは!?」
「一夏が言いたいことがわかったんですよ!」
あまりにも意味不明な言動に叫ぶ千冬。周囲のギャラリー達も唖然としていた。
「油断するなよ千冬姉!」
「くっ!?」
再度切りかかってきた一夏に慌てて応戦する。突進の勢いを乗せたその一撃は、突然の事に混乱した千冬には支えきれず思わず後ずさる。
「どうした千冬姉! そんなもんかよ!」
「何を―――!?」
「そんなもんかって聞いてんだよ!」
一夏が横なぎに竹刀を振るう。咄嗟に身を屈めて避けるが、今度はそこに鈴が跳びこんで来た。
「まったくね! この程度だとは思って無かったわ! いつもはゴリラみたいに人を投げ飛ばす癖にね!」
「貴様ら二人がかりで襲いかかっている自覚はあるのか!?」
そんな事は知らんとばかりに鈴が竹刀を突きこんで来た。千冬は咄嗟に体をずらし紙一重でそれを回避しつつ横へと飛ぶ。だが、そこには既に一夏が待ち構えていた。
「隙だらけだぜ、千冬姉ぇぇぇぇぇ!」
「しまっ!?」
こちらの動きを読んでいた一夏の三度目の突進。咄嗟の事に避けることも出来ず、千冬は一夏の一撃の直撃を受けてしまった。
「かはっ!?」
衝撃で肺から息が漏れる。斬り飛ばされた千冬は道場を転がりギャラリーが居る壁へと叩き付けられた。ギャラリー達から悲鳴があがり、慌ててその周囲がから逃げていく。
「かはっ!? っ、ごほっ、ほっ」
痛い。当然だ。竹刀で思いっきり切られて痛くない人間など居ない。千冬は荒い息を何とか整えつつ、ふら付きながらも前を見た。
「どうしたんだよ、この程度じゃないだろ千冬姉!」
「い、一夏……?」
混乱する千冬の目の前に、竹刀が突きつけられた。
「なんだよ! いつも余裕かまして笑ってるくせにその面は!? 世界最強なんだろ!? 織斑千冬なんだろ!? 俺の姉さん何だろ!? だったらそんな顔いつまでもしてるんじゃねえよ!」
「そんなもの……」
唯の押しつけだ。自分はそんなに大層な人間じゃない。
だが一夏は首を振った。
「最初のあれはなんだよ! いつもなら遠慮なくぶっ叩いてくる癖に! それに俺たちが二人がかりで戦ったて本当なら千冬姉に勝てる訳……無いだろ! どんだけ腑抜けてるんだよ!?」
じゃあどうしろと言うのか。言い返そうとするが、一夏の顔を見て千冬は息を止めた。
泣いている。一夏が自分を見て泣いているのだ。
「別に年中強がれなんて言わねえよ。家族の、俺の前で位怠けてくれていいさ。酒だって飲んで良いし、片づけもゴミの分別も出来なくたっていい。それ位で俺は千冬姉を見捨てねえよ。だけど今の千冬姉は駄目だ。覇気も気力も無くて人形みたいな千冬姉なんて俺は見たくねえ。そんなの……嫌いだ」
「嫌い……」
何故だろうか。その言葉は深く胸に突き刺さった。一夏に嫌われると言う事に凄まじいほどの恐怖を感じてしまう。何せ名実ともに自分が育ててきた大切な弟なのだ。そんな弟に嫌われると言う事が何よりも恐ろしい。
「大変なのは分かってる。皆それはわかってるんだ。けどこんな時だからこそ、千冬姉には真っ直ぐ立っていてほしいんだ。皆の織斑千冬でいて欲しいんだよ。助けて欲しいなら俺達が助ける。護って欲しいなら俺達が助ける。俺が、俺だけじゃ無力なのは十分に思い知ったけど、俺にはまだ仲間が居るんだ。鈴もセシリアも、ラウラも箒もシャルロッとも楯無さん達だっている。皆で出来る事はやっていく!」
だけど、と一夏は続ける。
「それでもさ、皆千冬姉に期待してるんだよ。世界最強で格好いい俺の姉さんに憧れてるんだよ。だからさ、そんな顔はもうやめてくれよ……。何でもかんでも自分のせいだって背負い込まないでくれよ……」
「あ…………」
一夏の竹刀が震えている。それは一夏が肩を震わせて泣いているからだ。他でも無い。自分の事を想って。それが何よりも申し訳なく、そして嬉しい。
「わた、しは……」
何をやっていたのだろうか。まだ何も終わっていないのに終わった気になっていた。篠ノ之束という友、自分を構成する一つの要素が消えた事で捨て鉢になっていた。そして全て背負った気になって、全て捨てようとまで考えていた。何て、なんて愚かなのか。自分の事をこれほど想ってくれている弟がまだ居たと言うのに。それに気づいた途端、千冬の眼から涙が流れる。
「一人じゃ何もできない。それを俺はもう身に染みて分かった。だからさ、俺と俺の仲間達に支えさせてくれよ。千冬姉が真っ直ぐ立っていてくれれば俺達はそれを目印にどこにだって行けるんだからさ」
だから、と一夏は竹刀とは別の手を差しだした。それは千冬を起きあがらせる為の手。墜ちた戦乙女をもう一度舞台に上げる、救いの手だ。
「ふ……ふはははははは、はははははははは!」
「千冬姉……」
おかしい。これが笑わずにいられるか。子供だ子供だと思っていた弟にここまでやられて笑わずに居られない。
「ふふふ……。大きくなったな、一夏」
「ああ、千冬姉に育てて貰ったからな」
「そうか……。それはいい仕事をした」
そしてふっ、とお互い笑い合う。そして一夏は千冬に差しだした手を更に伸ばすが、千冬は首を振った。
「だがまだ甘い」
「え?」
「随分と好き勝手にやってくれたな?」
千冬は一夏の手では無く、竹刀を掴んだ。
「ち、千冬姉?」
「お返しだ」
次の瞬間、一夏が宙を舞った。
「嘘だろおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
悲鳴を上げながら一夏は飛んでいき、そして鈴の直ぐ隣に音を立てて落ちていく。その光景を見て鈴の顔が引き攣った。
「ああ、なんだろうな。憑き物が落ちた気分だ。ふ、私は良い弟を持ったよ」
「ち、千冬さん……?」
ゆっくりろ千冬が立ち上がる。そして竹刀を拾い上げると、まるで具合を確かめるように数回振って頷いた。
「だが一回は一回だ。鈴、お前もそう思うだろう?」
「あ、私の名前……ってそうじゃなくて!? 千冬さん、私は一撃も当てて無いし! というか本当は別の事を言いに来たんですけど」
「誰がゴリラだって?」
「あ…………」
鈴の顔が蒼白になっていく。ようやく起きあがってきた一夏も、千冬の顔を見て顔を盛大に引き攣らせた。
「言いたい事、それは後で聞くとしよう。だがまずは――――――――――オシオキだ」
にこり、とそれこそ女神の様に微笑む千冬。だが二人には悪魔の微笑にしか見え無かった。
そしてそれから数時間、IS学園の道場では笑顔で教え子にスパルタ教育を施す世界最強の女の高笑いが響きギャラリー達を恐怖のどん底に落としいれたという。
一夏の言動は身勝手かもしれないけどその辺りは家族ゆえの遠慮の無さで
そして千冬さんブラコンパワーで復活。
一夏の言動も『俺』から『俺達』に進化。一人じゃ無理ってことで
一夏と千冬周りは書くの悩みまくりエライ時間がかかってしまいました。
けど千冬視点に変えてみたらすんなりかけた罠。
12/4修正
具体的にはISでドツくのはさすがにまずかろうということで修正しました。