IS~codename blade nine~   作:きりみや

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あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします


83.進化の叫び

「川村静司?」

 

 その報告はスコールにとっても予想外のものだった。当然だ。とっくに死んだものだと思っていたからだ。

 亡国機業とて馬鹿ではない。川村静司と篠ノ之束。二人が死んだとされた日以降、二人の存在には気を払っていた。何故なら二人とも、その死体は消え去っていたからだ。

 篠ノ之束についてはある程度検討はついている。あの銀髪の少女が持ち帰ったのだろう。そこから蘇生などされれば堪らないが、あの時の篠ノ之束の傷は間違いなく致命傷で手遅れだった。流石にアレを回復させる手段は無いと思いたい。

 そして川村静司。こちらは最後は海に落ちていた。ならば何者かが回収した可能性も確かにあった。だが当時は世界中でISが暴走状態だった筈。そんな混乱の中、こちらに気づかれずに海中から彼を引き上げるなど不可能に近い。船が近くにあればこちらとて流石に気づく。墜落した場所も人が簡単に潜れるような深さではない。それこそISなら上記の条件を満たせるかもしれないがそのISが暴走しているのだから不可能だ。加えて最後に銀髪の少女が振りまいた砲撃の嵐。あれは当然海面にも落ちており、周囲は凄まじく荒れた。だから川村静司の死体が上がらないことも一応の納得はできた。

 

 だが、それが現れた。これはいったいどういう事か。

 

「……関係ないわね」

 

 生きていたのは誤算だがたかがIS1機だ。今の戦力なら問題あるまい。

 

「エム」

『……なんだ』

 

 戦況を見て交戦中のエムを呼び出すと直ぐに返事が返ってきた。

 

「状況は把握しているわね? 川村静司の迎撃に出て頂戴。貴女が一番近いわ」

『お前が行かないのか?』

「私は今回の作戦の司令だから、今のところ戦闘に出るつもりは無いわ。勿論、必要とあらば出るけどね」

『了解した。今相手にしている連中はどうする?』

「別の者を宛がうわ。ではよろしくね」

『―――』

 

 返事は無く回線が切られたがまあ大丈夫だろう。実際、眼前に投影された戦況モニターではエムのサイレント・ゼフィルスがビットを展開しブルー・ティアーズとメイルシュトローム。そしてストライク・イーグルⅢを牽制すると、即座に離脱していくのが分かった。残された3機もそれを追おうとするが、そちらへは別の機体を2機送り込み妨害する。

 

「さて、次は」

 

 スコールはその結果に満足すると別の通信を開いた。

 

「カテーナ」

『……驚きよねえ、まさか彼が生きていたなんて』

「そうね。それでそちらの様子はどうなの?」

 

 その質問にカテーナが通信越しに笑う気配を感じた。

 

『3機落とされたけど大丈夫よぉ。最後の1機はまだ隠したまま。ただチャージを始めると探知されてステルスシステムも意味を為さなくなってしまうわねえ。さっきの砲撃だってもっと早めにチャージしてればもっと威力があったのだけれどねえ』

「織斑千冬を墜とせただけでも万々歳ね。タイミングはこちらで指示するからいつでも発射態勢に移れるようにしていて頂戴」

『了解よぉ』

 

 通信を終えるとスコールはその妖艶な唇を吊り上げ、小さく笑いながら頷いた。

 

「今更彼が出てきたところで、結果は変わらないわ」

 

 言葉の自信とは裏腹に、それはどこか願望めいた響きが混じっていたことに彼女は気づいていなかった。

 

 

 

 

 戦況は大分不利の様だった。

 ここに来るまでにも見えたあの赤い砲撃。あれのせいでIS学園側の防衛体制は崩れ、そこにあの物量での奇襲だ。無理もないのかもしれない。だが純粋なISの数だけで言えば学園側も劣っていない。敵の数が多く見えるのはあのレギオンビットのせいだろう。

 ならばまずはあのレギオンビット。その中心となる戦艦型無人ISであるレギオンを叩く。

 

「行くぞ、黒翼」

 

 自らが搭乗する機体に告げると、確かな反応があった。黒翼の出力が上がっていき、まるで獣の様な唸りを発する。

 黒翼の姿は以前とは変わっていた。最も特徴的なのはその機体名の由来とも言える黒い翼。それは以前より刺々しく、獰猛な形状へと変化している。そしてその巨大な両翼の下には新たに一回り小さな翼が生まれていた。つまり黒翼は2対4枚の翼となっているのである。両腕両足の鉤爪も同様に以前とは違う。同じように刺々しさと、まるで鱗のような装甲。更には左腕の鉤爪に至っては以前より一回り大きい。背中には背ビレの様な装甲が追加され、更には尻尾は三本と増えている。そして頭部には背後に流すように伸びた角と深紅の眼。もはや人型と呼んでいいのかも不確かな程に獣じみていた。

 

「R/Lブラスト。ツインレールガン」

 

 それを合図として、以前より刺々しく進化した黒翼の巨大な両翼が光を蓄え始める。そしてその下の翼は縦に折りたたまれ、前に突き出す筒の様な形状に変形すると紫電をまき散らし始めた。

 

「発射」

 

 それを合図として戦場に6つの光線と2つの光弾が放たれた。

 戦場を走るその光はレギオンビット達を飲み込み、貫き、ガラクタと変えていく。一瞬にして静司の目の前は炎の華が咲き乱れた。そして静司は動き出す。

 スラスター全開。急激な加速により視界が一瞬ブレるがそれをISのセンサーが補助しクリアにしていく。

 

「な、なんだこいつは!?」

 

 真っ先に狙ったのは一番近くにいた亡国機業のISだ。機体はメイルシュトロームⅡ型。イギリスから奪われたメイルシュトロームの発展機。BT兵器を用いたブルー・ティアーズやサイレント・ゼフィルスとは別に、既存の機体の強化計画の中で開発中だったものを奪われたのだろう。

 メイルシュトロームⅡ型は慌てた様にアサルトライフル放つが狙いは正確だ。慌てながらもこちらを確実に捕えている事からも、亡国機業の練度は高い。

 静司は機体を微妙に逸らし、ギリギリのところでそれを回避する。目と鼻の先を銃弾が通り過ぎていくが恐怖は無い。今はそれ以上に清々しい気分だった。

 一瞬で肉薄すると、メイルシュトロームⅡ型も近接ブレードを展開し応戦してくるが、遅い。

 

「っおぉぉぉらぁ!」

 

 静司は接近の勢いはそのままに左腕を振りかぶり、薙ぐ。攻撃に全てを置いた黒翼のその一撃でメイルシュトロームⅡ型を駒の様に弾き飛ばした。だがそれで終わる気は無い。

 更に加速し、弾き飛ばされたメイルシュトロームⅡ型へと追いつき、それを掴みあげる。顔半分をバイザーで隠してはいるが搭乗者が恐怖の表情を浮かべたのは理解できた。だが容赦はしない。その場でくるりと回転を加え、まるで砲丸投げの様にメイルシュトロームⅡ型を戦艦型IS――レギオンへと投げつけた。

 

『―――!?』

 

 レギオンもその行動は予想外だったのだろう。いくつかのレギオンビットを巻き込みながら勢いよく飛来してきたメイルシュトロームⅡ型を避けきれず、音を立ててそれを受け止める羽目になった。衝撃で部品が砕けて舞い散り、レギオンの体制が揺らぐ。

 そしてその隙に静司は再び加速。一気にそのレギオンへ肉薄すると、両腕の鉤爪を槍の様に前方に突出し、そのままレギオンへと突き刺した。

 

「ぶち撒けろ」

 

 プラズマクロー最大出力。突き刺した両腕の鉤爪から光が伸び、その光がレギオンを内部から貫く。更に静司は抉る様に手首を回転し力任せに左右に引き裂く。

 まるで断末魔のような音は金属が強引に引き裂かれる音だ。強引に引き割かれたレギオンは2つに割れて墜落していく。それと同時に戦場に居た複数のレギオンビット達が墜落して行った。今倒したレギオンが操作していたのだろう。

 

――敵機接近。

 

「そうだろうな!」

 

 未だ健在のレギオンビット達が一斉に群がってきた。囲むようにして浴びせられる銃撃を静司は上へ下へ、左へ右へと強引な加速をかけてそれらを躱し、逆にレギオンビットへ接近すると両腕両足の鉤爪を使い切り裂いていく。気分は狩りをする猛獣だ。目についた獲物へ喰らいつき、切り裂き、叩き潰し焼き尽くす。敵の真っただ中に飛び込むことに恐怖は無かった。今は信じられないほど体が軽く、そして黒翼も今まで以上に応えてくれている。

 

「この化け物が!」

 

 レギオンビットの間を縫って接近してくるラファール・リヴァイヴ。これも鹵獲された機体だろう。そしてその背後には別のレギオンも居る。

 

「亡霊に言われる筋合いは、無い!」

 

 振り下ろしてきた近接ブレードを受け止める。そのまま弾き飛ばそうとするが、ラファール・リヴァイヴは直ぐに引くと、もう片手に持ったショットガンの銃口を向けてきた。彼我の出力差を理解して、押し合いは不利だと悟ったのだろう。

 ショットガンが火を噴く。咄嗟に回避するが、散弾のそれは微妙に黒翼を掠った。だがダメージは低い。問題ない。

 

「馬鹿め! それだけ派手に動いてエネルギーが持つわけがない!」

「っ!」

 

 ラファールの搭乗者が罵ると同時に悪寒を感じ、咄嗟に静司は上に飛んだ。一瞬遅れて先ほどまで居た場所を光が通り過ぎる。レギオンの攻撃だ。

 更に回避した先にはレギオンビットが待ち構えていた。その両腕にブレードを装備した機体が3機。一斉に襲い掛かってきた。

 

「アサルトテイルッ!」

 

 黒翼の背。その下方に装備された三本の尻尾がまるで生き物のように撓り、そして伸びる。まるで槍の様に突き出されたそれはレギオンビット3機を串刺しにしてその動きを止めた。

 

「まだだっ」

 

 R/Lブラスト。両翼の砲台を下方に居るラファールへ向ける。更には、

 

「クエィク・アンカー起動。フィン直結」

 

――第二DFEP。動力を左腕に直結。

 

 機体が応え、左腕の鉤爪が合わさり巨大な槍の様な形状へ変化していく。そして静司はそれを躊躇いも無く発射した。同時に両翼のR/Lブラストも発射する。

 

「馬鹿な!?」

 

 ラファール・リヴァイヴの搭乗者も回避行動を取ろうとしたが、黒翼の翼からから放たれた左右6本の光はまるで格子の様にそれを囲み、そしてその幅を狭めた。回避し損ねたラファールはまるで挟まれる様にして砲撃を受け、爆発を上げて墜落していく。

 更に放たれたクエィク・アンカーはレギオンへと突き刺さり、そして破壊の衝撃を走らせる。その衝撃の震源地となったレギオンは文字通り粉々に分解され炎を上げていき、更にはその周囲にいたレギオンビット達も衝撃に巻き込まれ炎を上げていく。時を同じくしてアサルトテイルで突き刺したレギオンビット達も爆散していった。

 

「よし……っ」

 

 静司は左腕を戻しつつ、その結果に頷く。だが未だ完治していない傷が痛み眉をひそめた。それでも静司は目の前に広がる未だ健在の敵に向かおうとしたが、それを遮る様にして戦場に光の羽が降り注いだ。

 光の羽は無数に居るレギオンビット達を捉え物言わぬガラクタへと変えていく。更にはそれを逃れたレギオンビット達へと今度は黄色と黒のストライプ柄の影が高速で飛びかかり切り裂いていった。

 

「これは」

 

 その正体は知っている。そして言葉を発する前にその破壊を繰り広げた主たちがすぐ横に降り立った。

 

「おいコラ、セイジ! 私の獲物まで取るんじゃねえ」

「そうよ。それに無茶しすぎては駄目よ?」

「イーリスさん、ナターシャさん」

 

 降りてきたのはファング・クェィクに搭乗したイーリスと銀の福音に登場したナターシャだ。二人はどこか呆れた様子である。

 

「貴方はまだ完治していないのだから無茶しすぎないの」

「そうだぜ。それにお前の目的はこのクサレテロリスト共を潰す事だけじゃねえんだろ? だったらとっとと用事を済ませちまえ」

 

 確かにそうだ。だが任せてしまっても良い物か? 

 そんなこちらを見透かしたように二人は笑った。

 

「貴方なりの答えを出したんでしょう? なら今は気にせず行きなさい。それに忘れたかしら? 私とこの子、銀の福音は元々広域殲滅型の機体よ? この状況は得意分野ね」

「そういうこった。ガキは細かい事は気にしなくていいんだよ」

「……ありがとうございます」

 

 ありがたい。そう、本当にありがたい事だ。ここまで言ってくれるのなら自分は自分の為すべきこと――いや、やりたいことをやらせてもらうべきだろう。

 

「後でお礼はします。ご無事で」

「ええ、楽しみにしているわ」

「折角だから日本酒希望なー」

 

 優しい言葉と明るい言葉。それに背を押されるように、静司は飛翔していった。

 復讐から、新たな目的を見つけ一歩進んだ自分。そしてそれに呼応する様にして進化した黒翼と共に。

 

 

 

 

「な、何アレ……」

 

 二度目の砲撃の後、なんとか無事だった鈴は己の見た光景に思わず呻いた。その呻きはおそらく戦場に居た殆どの人間が感じた事だろう。

 

「か、怪獣……?」

 

 ボロボロの状態で空を見上げていた一夏も同じく、目を見開いて空を見上げていた。

 ISは基本人型だ。人が搭乗するのだから当然とも言える。多少なりと変わった形――例えばクアッド・ファランクスの様なものもあるが、あれだって一応人型でもある。

 だが黒翼は違った。今までも大分獣じみた雰囲気はあったが、今はもう完全に獣のそれだ。巨大な鉤爪の両腕両足は更に凶悪な形状に変わり、尻尾は三本に増えて挙句に背ビレまでついている。極め付けが角である。あれを人型と言うのは少々無理がある気がした。

 だが一夏には黒翼の形状それ以上に驚くことがあった。

 

「生きて、た……」

 

 思わず一夏が呟く。そう、生きていたのだ。ずっと自分たちに秘密を隠し、そして死んでしまったと思われていた友人。言いたいことも聞きたいことも一杯あり、それはもう不可能だと知った時は絶望した。だから彼の分も戦おうと思った。彼が守っていたものを、今度は自分が少しでも引き継げればと、そう思った。自分も守られる側であったけれども、それでも少しでも力になれればと。

 

「あいつ……」

 

 だがその静司が生きていた。それも黒翼を援護するようにして現れた2機のIS――銀の福音とファング・クェィクを連れて。かつては敵対した事もあるあの2機が何故一緒に居るのは分からない。だが静司が生きていた事だけは事実である。彼に対して思う事は色々あれども、その事実に自分は確かに喜んでいる。

 

「負傷者の救出急げ! 体制を立て直すんだ!」

「っ、そうだ! 千冬姉は!?」

 

 周囲を飛びかう怒号。その言葉に一夏は気を取りなおした。友人の帰還は嬉しい。だがその寸前に姉である千冬があの砲撃を受けているのだ。最悪の可能性を思い浮かべ一夏の顔から血の気が引いていく。

 

「千冬姉、千冬姉はどうなったんでっ、痛っ……!?」

「一夏! 無理して動いちゃ駄目よ!」

 

 慌てて鈴がふら付いた一夏を支えるが、一夏はそれどころではない。

 改めて周囲を見渡せば砲撃の影響で周囲は散々たる様子だ。千冬の最後の一撃により直撃こそ逸れた様だが、それでも被害は計り知れない。そしてその直撃を受けた千冬がどうなったか。それを考えると一夏は居てもたっても居られなかった。そんな一夏の下に通信が入る。

 

『安心してください! 私が織斑先生を救出します!』

「山田先生!?」

 

 そう、その声は山田真耶だ。慌てて白式の戦況モニターを見ると真耶のクアッド・ファランクスが装備をパージして海に飛び出すのが理解できた。

 

『どのみち私の装備は残弾がもうありません。他の皆さんが手一杯な以上、私が行きます』

「無茶ですよ!?」

 

 誰かが悲鳴を上げた。千冬が墜落したのは敵の真っただ中だ。そして真耶のISはクアッド・ファランクスをパージした今、最低限の装備しか持っていない筈だ。その状態で敵の中に突っ込むなど無謀と言える。

 

『私だって先生ですから。生徒の不安を取り除くのがお仕事です』

「山田先生!?」

 

 一夏も思わず叫ぶ。確かに救出はして欲しい。だがその為に真耶が危険に晒される。その事実に一夏は何と言っていいのかわからない。そんな一夏の気持ちを読んだように通信越しに真耶が笑った。

 

『大丈夫ですよ。先生は本当は強いんです』

「だけど――」

『――――――なら、協力しましょう』

「……え?」

 

 突如、そこに別の声が割り込んだ。突然のそれに思わず一夏は呆けた声を出してしまう。

 

『と、いう事でいいわよね? 良いのよね? いい加減コソコソするの疲れたし良いわよね!?』

『あー駄目っすねコレ。ストレスのせいで三割増しでイカれ始めてるっす』

『まあ俺はいたいけな子供たちの学び舎を守るためなら何でもやるが』

『おお、これが『ロリコン』というものか。恥ずかしげも無く言い放つとはやはり日本の文化は凄まじい』

「な、なんなんだお前ら!?」

 

 突然割り込んできたと思ったら何やら意味不明な事を言い始めた通信に一夏が苛立ち気に叫ぶと、うって変わって低い中年男性の声が応えてきた。

 

『ああすまんな。こちとら姿隠してあっちこち放浪した挙句に戦いに出遅れたのでな。部下達が早くヒャーハーしたいとうるさいんだよ』

『あ、あのー、それで貴方たちは一体……?』

 

 真耶も状況が分からないのだろう。困惑気味に問うと、通信の越しに男は『ふむ』と、一拍置き、

 

『空で暴れてる子の保護者だ。保護者面談は妻が行ったようだし、三者面談はパパの出番だろう? さあ、先生。我々が援護するので遠慮なく行ってくれ。ISは無いが、まあそれなりに敵に嫌がらせは出来る』

『ISが無いってそれじゃ―――え?』

 

 真耶が途中で言葉を失う。その理由は単純だ。真耶の進行方向のレギオンビット。それがどこからともなく飛来した弾丸で貫かれたからだ。その様子は一夏の白式からも確認できた。

 

『対ISライフル。まあ結局、IS相手じゃあまり実用的ではないが、あのガラクタ相手には有効の様だ。それに最近優秀なガンナーを拾ってなあ』

『教官のピンチとなれば協力は惜しみません。どうぞ、進んでください』

『は、はあ』

 

 いまいち釈然としないようだが、これ以上考える時間が惜しいと判断したのか、真耶が千冬の救出に向かう。

 

「それで、結局アンタたちは……」

 

 残された一夏が発した疑問。それに対する答えは簡潔かつ、意味不明のものだった。

 

『ただのパパだ』

 

 

 

 

 銀の福音とファング・クェィク。その2機の援護と共に戦場に突入した黒翼の動きは迅速だった。迫るレギオンビットを切り裂き、砕き、貫く。妨害するISやレギオンに対しては砲撃を叩き込み一直線に学園へと迫る。そのまま一気に突破するかと思われたが、その前に1機のISが立ちはだかった。

 

「お前は……」

「……」

 

 無言で目の前に現れたのはサイレント・ゼフィルスに搭乗したエムだ。セシリア達と交戦していた筈だが、自分の参戦でこちらに回ってきたらしい。

 しばし睨みあう。相手は油断ならない敵だという事は承知している。何せかつて自分が完膚なきまでやられた相手だ。一瞬たりとも油断はできない。

 

「生きていたか」

「ああ」

 

 エムはどこか面白そうに口元を歪めると銃剣≪スターブレイカー≫を構え、

 

「ならば今度は私の手で確実に殺してやる」

 

 合図も無しに飛び出した。

 

「遠慮する!」

 

 静司もまた飛び出す。エムが振るった銃剣を鉤爪で受け止め、弾くと、エムは即座に後退しビットを射出した。数は6基。

 

――警告

 

「知っている!」

 

 黒翼が自動でそのビットを追い、視界にビットの位置が映し出された。上下に2基ずつ。そして正面からくる1基と、背後に回り込もうとする1基だ。

 

――回避推奨

 

「言われなくても!」

 

 両翼の角度を変更。右翼は上に。左翼は左にへと。そして両翼のスラスターの角度も修正。そして一気にそれを噴かしつつ機体を大きく捻らせた。

 それはその異形の姿からは想像もつかないような動き。推力に従い空中で複雑に回転した黒翼はビットから一斉に放たれたレーザーを紙一重で回避した。

 

「お返しだ!」

 

 回避行動を終えるが否や直ぐに体制を立て直し、そして第二翼を変形。レールガンに変えるとそれをエム目掛けて放つ。

 

「ふん」

 

 紫電をまき散らし放たれた超高速の光弾だが、エムもそれを容易く回避した。今はそれでいい。一瞬、エムがレールガンに気を取られビットの動きが鈍ったその隙にビットの囲いから静司は離脱すると右腕をビットへと向けた。右腕部装甲がスライドし、そこから二門のガトリングガンの砲門が姿を現す。

 

「墜ちろ!」

 

 躊躇いなく発射。ビット達が即座に回避行動を取るが1基を捕える事に成功した。サイレント・ゼフィルスと同じ深い青色のビットが蜂の巣となり火を上げ爆発する。だがその爆発を切り裂いて再度エムが猛スピードで迫ってくる。その手の銃剣には光が溢れ、銃口がこちらを向いていた。

 

「死ね」

「上等だ」

 

 静司も即座にR/Lブラストを展開。砲門を全てエムへと合わせる。そして両者同時に光を放った。

 

「っ!!」

 

 エムが放った極太の光が静司の顔のすぐ横を通り過ぎていき、黒翼の装甲が余波で融解していく。

 

「ちっ――!」

 

 静司が放った6本の光はエムを掠めるが、必要最低限の動きで直撃を避けたエムがそのまま突っ込んでくる。そして両者は再度激突した。

 

「今更戻ってきて、何をする気だ」

「何……?」

 

 叩き付けられた銃剣。そしてそれを左腕の鉤爪で受け止めた静司。二人は至近距離で顔を突き合わせつつ、スラスターを全力で噴射し押し合う。

 

「今更お前に何ができる? いや、そもそも何をする? お前の目的であった篠ノ之束はもう居ない。ならお前が戦う理由なんて、実はもう残っていないのだろう? それともまた織斑一夏やその周りを守りに来た? そうやって作られた理由が無いと何もできないのか」 

「今日はよくしゃべるな……っ」

「目的を終えて抜け殻になったお前がわざわざこうやって戻ってきた。もう今まで通りな生活など不可能なのに。それは過去に居た場所を大切にしたいという淡い感情故か? 下らない。そもそもお前は日の当たる場所に居るべきではない」

「勝手なことを……! ならお前は何だっていうんだ」

「それを言う必要はない」

「それが勝手だって言うんだよ!」

 

 プラズマクロー展開。右腕をエム目掛けて突き出すが、エムもまた片手にプラズマナイフを展開するとそれを受け止めた。

 

「お前の出番はもう終わった。後はどこまでも落ちていくだけだ。いい加減気づいたらどうだ? お前に普通の生活など有り得ないと。お前にできるのはただ戦う事だけ。お前に刻まれたのはそのための知識と力。余計な事を考えず、ただ戦うだけの人形、そうだろうEx02? そしてそんなお前を私が殺してやる。だからもう、消えろ!」

 

 奇妙な感覚だった。何故エムがここまで自分を殺害する事に拘っているのかはわからない。エムの言葉には殺意が込められているが、だが同時に何か別の感情が見え隠れしている様に感じた。それが何なのかはまだわからない。分からないが―――だからと言って聞いてやるつもりも無い!

 

「何の為に――」

「何?」

「何の為に戻ってきたかと、お前は聞いたな。だったら教えてやる」

 

 ぐっ、と一瞬力を込める。反射的に押し返してきたエムの力を利用して、静司は一端距離を取った。

 

「お前は好き勝手言ってくれたが、俺はちゃんと目的をもってここに来た」

「ふん。織斑一夏を守る、か? 今更それをしてお前に何の得が――」

「それが間違っているんだ」

 

 エムの言葉を遮り、静司は笑った。

 

「確かに俺は助けに一夏達を『助けに』来た。だが俺の組織はそもそもお前らのせいで壊滅状態だ。今更任務も何も無い。だから、『守る』とかそういう事に関してはもう俺にとってそれはついでなんだよ」

「何だと……?」

 

 訝しげなエム。その様子が面白く、静司は装甲の下の唇を歪めた。

 

「俺は、俺の為にここに来た。それが姉さんたちの望みであり、黒翼の望みであり、そして何より俺の望みだったからだ」

 

 いいだろう、教えてやる。自分がここに居る理由。何よりも大切であり、新たな自分の目標を。やっと気づけた俺たち(・・・)の願い。それを達成するための第一歩を。

 静司は覚悟を決めると構えを解いた。その行動にエムが不審げに睨みつけるが最早気にしない。そんな事よりもこれからすることの方が自分にとってはるかに大事だからだ。

 すーはーと深呼吸をすると静司はきっ、と顔を上げそして下方へ向いた。その視線の先にはIS学園の司令室がある。

 

 さあ言ってやろう。俺がここに来た理由を。

 

「本音ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 ビシィィッ、とその方向を―――本音が居る方向を指さすと、ハイパーセンサーで捉えた彼女がびくっ、と肩を震わすのが見えた。その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっており、思わず苦笑いしてしまう。

そしてその本音目掛けて、静司は力の限り、叫んだ。

 

「好きだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 戦場が、凍った。

 

 

 

 

 その言葉を聞いた時、今日何度目かわからない涙を流した。

 

 いくらなんでも卑怯だろう。別に自分はムードとかそういう事を気にする方ではない。ただ一緒に居れて楽しく過ごしていく中で、そういう事があれば良いな、とは思っていた。だから直接その言葉を求めた事は無かった。

 だけど違った。ああ、違ったのだ。実際にその言葉を聞いた時に感じたのは言いようも知れない歓喜と感動。胸を焦がす想い。それらが入り混じって体が震える。涙が溢れる。

 ああ、だめだこのままでは。不意打ち気味に告げられたその言葉。それに自分は答える義務がある。いや、義務なんて関係ない。自分だってずっと同じ思いを抱いて居たのだ。だから自分も応えよう、帰ってきてくれた彼に。そして想いを告げてくれた彼に。

 だから本音は、涙を流しながらも満面の笑みを浮かべて天に向かって叫んだ。

 

「うんっ!」

 

 

 

 

 その本音の顔を見て、静司は静かに息を吐いた。

 流石に緊張した。ここまで来て拒否られたらどうしようかと密かにビビっていた。もしそんな事になったらクエィク・アンカーとプラズマブラストで穴掘ってそのまま埋まっていたかもしれない。

 だけどそうはならなかった。想いは通じた。それは彼女の顔を見ればわかる。だから静司はよし、と小さくガッツポーズをするとエムに向き直る。

 

「な、何を……」

 

 当のエムは状況についていけなかったのか、大変珍しい事にあんぐりと口を開けていた。そんな敵の間抜け面に気をよくしつつ、静司は笑う。

 

「―――そういう訳だ。復讐編、クサれテロリスト殲滅編が終わったらボーナストラックOVAファンディスクでのイチャイチャ編だ。姉さんたちの願い。そして俺の幸せの為にとっとと潰すぞ亡国機業」

「…………お前本当に川村静司か?」

 

 あまりにも……あまりにも以前と違う静司に対して、思わずエムが言葉を漏らす。

 そんなエム目掛け、復讐を終え、一歩先に進んで新たな目標を見つけた静司と、それに呼応するように進化した黒翼は再度飛びかかっていった。

 




守りに来た→△
助けに来た→○
告りに来た→◎

主人公&黒翼ヒャーハー回。
復活&進化&告白はワンセットと前々から決めていました。
福音戦で黒翼が移行しなかったのもこの為。
好きだ嫌いだの話はあやふやにしないではっきりさせるときは主人公に言わせようという事で色々ネジが飛んでます

DFEPって何ぞ? と思われるかもしれないけどヒントはあります。
黒翼さん大暴れの種明かしと共に次話くらいで解説

それとお知らせ的なものを
転勤決まりました。しかも今月。今度は名古屋です。ばっちこい手羽先
急いで新しい家さがし&引っ越し準備進めているけれど転勤知らされたのが12月の最終週だったので肝心の不動産屋が休み突入してるという素敵仕様でした。
明後日から名古屋でそのまま家さがし&引っ越し&引き継ぎに急ピッチで突入という感じでドタバタしてるので、もしかしたら半月か一月ほど空くかもしれません。え? 今までも同じ?……すいません。けど今回の話はギリギリ書けて良かった。

そんな感じですが今年もよろしくお願いいたします。

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