IS~codename blade nine~   作:きりみや

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大変遅くなってしまい申し訳ありません。
ようやく落ち着いてきましたので更新再開します。


84.馬鹿

その叫びは当然ながら戦場に居た者達にも届いていた。

 

「ハ―――――ハッハハ! オイオイマジでやりやがったぜアイツ!」

「え、ええ。あそこまで断言されると聞いてて恥ずかしいわね」

 

 それはイーリスとナターシャにも同じだった。イーリスは自らのISであるファング・クェイクを駆り、レギオンビットの一機を蹴り飛ばしながら大声で笑い声をあげていた。そして彼女から少し離れた所では銀の福音を操るナターシャが同じくレギオンビットの群れへと容赦ない弾丸の嵐を叩き込んでいる。

 

「いいじゃねえか、ウジウジしてるよりよっぽど好きだぜ? 私は」

「そこは否定しないわね。……けど彼も思い切ったことをするわ」

 

 二人は静司の目的を知っていた。当然だ。なぜなら二人とその所属する組織――つまりはイレイズドが静司をここまで連れてきたのだから。

 当初、目覚めた当時の静司はまさに抜け殻の様だった。だというのに少し席を離れていた間に何があったのか、次に目覚めた時の川村静司は憑き物が落ちたかのような別人ぶりだったのだ。そしてその静司とナターシャ達はある契約を交わした。

 

「しかし彼……本気なのかしらね」

 

 ナターシャが心配げに呟く。それは別に先ほどの告白の事を言っている訳ではない。そしてイーリスもそれには気づいていた。

 

「だろうな。だからこそああしたんだろ? これで――――これでもうあいつの正体は知れ渡った。ならば選択肢は狭まるのも当然なんだ。だがそれでも選んだのなら後は自分の責任だ」

「あら、厳しいのね」

「当たり前だっ……と!」

 

 特攻してきたレギオンビットをナイフで切り伏せながらイーリスは笑う。

 

「欲しい物を得るためにはそれなりの代償が必要なもんだぜ? だがまあ、あれだ。仲間やダチの頼みならちょっとは協力してやらんこともない」

「……そうね」

 

 ナターシャも頷く。そう、そうだからこそ自分達もここに居るのだ。勿論打算はある。命令もある。だがそこには確かに情もあるのだ。だからこそ、今この場では自分達と彼は仲間。ならばやることは一つだ。

 

「邪魔はさせないわ」

「おうよ!」

 

 その宣言と同時、2機の獰猛なISがレギオンビットに襲い掛かった。

 

 

 

突然現れた川村静司。そしてそれの発した叫びのせいか、戦場は奇妙な空気に包まれていた。

 その叫びは戦場のあちこちに届いていた。当然、地上の一夏にもだ。そしてそれを聞いた一夏の反応は至極全うな物だった。

 

「…………なんだそりゃ」

 

 散々心配させて。散々混乱させて。それでやっと出てきたかと思えばいきなりとんでもないことを叫びだしたのだ。これ以外にどう反応すれば言いというのか。

 自分の顔が引きつっているのが分かる。そんな一夏はゆっくりと鈴へと視線を向ける。

 

「……………」

 

 同じだった。鈴も顔を引き攣らせ、口元をピクピクと震わせながら空の静司を見上げていた。

 

「…………一夏」

 

 そんな鈴がゆっくりと視線をこちらに向ける。

 

「私さ、前々から実は川村って馬鹿なんじゃないかと思ってたんだ。けど違ったみたい」

 

 そうして鈴はもう一度空を見上げ、何かを確信したようにうん、と頷くと再びこちらへ視線を移し、告げた。

 

「あれは大馬鹿よ」

 

 そう言う鈴の額にはこれまで振り回された事を思い出したのか、青筋が浮かんでいる。恐らくそれは自分も同じだろうな、と一夏は思った。というかそうでなければやってられない位呆れてしまっているのもある。

 顔を引き攣らせ青筋を浮かばせ怒っているような鈴。だがその顔は笑っていた。先ほどまで絶望しかなかったこの戦場で鈴は確かに笑っていた。そしてきっと、自分自身もそんんな顔で笑っているに違いないと、一夏は確信していた。

 

 

 

「な、なんともまあ……」

 

 セシリアもまたその叫びをしっかりと聞いていた。聞いていたからこそ、驚きと困惑。そして呆れの混じった声を漏らすしかなかった。

一夏程仲が良かった訳でも無かったが、だからと言って悪かった訳でもない。友人かと聞かれれば悩むことなく頷く相手だ。生きていて当然嬉しい。

 だが今はその嬉しさよりも、突然現れてとんでもない事を叫んだ事への呆れが大きかった。あんなものを堂々と聞かされてこちらはどんな反応をすればいいというのか。それともあれが今のメジャーなのか。自分は流行から遅れているのか等と、関係ない事まで考えてしまう。

 なんとなく、周囲に視線を向ける。味方のISも、亡国機業達すらも状況が読み込めず唖然としていた。それを見てセシリアは確信する。うん、やっぱり自分は正常だ。おかしいのはあそこの馬鹿だと。

 

「っくくくく……ハハハハハハハハッ!」

 

 そんなセシリアの耳に良く知った人物の笑い声が聞こえた。驚きそちらへ視線を向けると、少し離れた空中でシュヴァルツェア・ツヴァイクと戦闘を繰り広げていたラウラが大声を上げて笑っていた。

 

「ら、ラウラさん……?」

 

 思わず声を賭けるが、ラウラは顔に手をやって必死に堪える様に、しかし堪えきれずに笑い続けている。

 

「くっ、ふふははは! 何だ、何だそれは! いきなりそれか、それなのか!? いくら私でも分かるぞ! アレは馬鹿だ、大馬鹿だ! それに……真面目にやってた私達も馬鹿みたいではないか!」

「それは否定しませんが……ラウラさん!?」

 

 思わず同意しかけたセシリアだが、その眼にラウラに迫るシュヴァルツェア・ツヴァイクの姿が映り思わず叫ぶ。

 

「なら馬鹿のまま死ね!」

 

 シュヴァルツェア・ツヴァイクがプラズマ手刀を展開して一直線にラウラへと斬りかかる。セシリアは慌ててそちらに銃口を向けるが、ツヴァイクのプラズマ手刀は同じ色をした刃によって受け止められた。

 

「……まだ死ねないな。あいつには言いたいことが沢山あるのだ。今までの事や、堂々とあんなこと叫んだこれからの事。それにシャルロットの事もな。だから!」

 

 同じくプラズマ手刀を展開したラウラのシュヴァルツェア・レーゲンが唸りを上げる。受け止めていたツヴァイクのプラズマ手刀を紫電をまき散らしながら押し返していく。

 

「貴様などに後れを取るわけにはいかない。おかげさまで頭も冷えた事だしな!」

「ほざけ!」

 

 叫ぶと同時にラウラがワイヤーブレードを射出した。ツヴァイクも同じようにワイヤーブレードを射出する。互いのワイヤーが絡み合い、捻じれていく中、ラウラが脚を振り上げツヴァイクを蹴り飛ばす。

 

「がっ!?」

「まだだ!」

 

 更にラウラは肩のレールカノンを起動すると、即座にそれを発射した。放たれた砲弾は、ワイヤーが絡み合って居た為に蹴り飛ばされても距離をそれほど離すことが無かったツヴァイクに掠り、右腕部装甲を抉る。

 

「がああ!?」

 

 ツヴァイクの搭乗者が痛みに喘ぎながら憎悪の籠った目でラウラを睨むが、ラウラはそんな視線など気にせず不敵に笑った。

 

「色々アイツには言いたいことはあるが生きていた事はやはり喜ばしいことだ。知ってるぞ、日本では嬉しいときにセキハンと言うものを炊かねばならないという事をな。だから貴様程度にいつまでも構っている訳にはいかん」

 

 その様子を見ていたセシリアは安堵したように、そしてラウラと同じような笑みを浮かべて改めて敵と対峙した。

 ああそうだ。聞きたいことが、言いたいことが沢山あるのだ。だからいつまでもこんな連中に苦戦している訳にはいかない。だから今は全力で目の前の敵を叩くべきだろう。

 見れば自分の相対していた敵ISも気を取り直したのかこちらに注意を向けている。だがそれがどうした。まだ終わってない。負けてない。だったら―――勝てばいい。

 

「ふふ、そういう事ですわね。……ラウラさん、そのセキハンと言うものを作るときは私も協力しますわ!」

「いやそれはいい」

 

 ラウラの返答は聞かなかった事にしてセシリアは敵に目掛けて引き金を引いた。

 

 

 

 

「……………………」

 

 どうしよう。

 それが簪の正直な感想だった。

 川村静司。彼が生きていたことは喜ばしい事だろう。そして自分の従者である本音に告白し、本音もそれを受けた。それはとても喜ばしい事だろう。その気持ちに偽りはない。だけど今ここには彼女(・・)も居るのだ。

 

「…………」

 

 ちらり、と隣を見る。そこに居るのは橙色のISに搭乗した金髪の少女。そう、シャルロットだ。彼女は先ほどから顔を俯かせておりその表情は見えない。それが簪の不安を更に加速させる。

 川村静司が生きていたことは彼女にとっても喜ばしい事だろう。だがその後が問題なのだ。何せ彼女は―――

 

「フラれちまったなあ? ガキ」

「っ!」

 

 二人の正面。そこに滞空する2機のIS。その片方に登場する女――オータムが愉快そうに笑った。

 

「あの野郎が生きていたのは驚きだったが……お前にとっては現れなった方が良かったかもなあ? だってそうすればフラれずに済んだんだからよ。なあ?」

 

 不味い。相手はシャルロットを揺さぶる気だ。簪は慌てて反論しようとするが、それを遮る様にもう一人の敵であるシェーリが同意した。

 

「全くですね。彼も酷いことをしますね。貴方の事などどうでもよかったのですかね?」

「へえそうなのか。どうよ、ガキ。相手にされなくなった気分は?」

「っ!」

 

 駄目だ。もう聞いていられない。簪は明確な怒りを持ってオータムとシェーリを睨みつけると、荷電粒子砲の砲口を向けた。だがそんな簪の耳に奇妙な声が届く。

 

「…………ふふ」

「え?」

「ふふ、ふふふふっふふふふふ」

 

 笑い声だ。だが誰のだ? まさかと思いもう一度隣を見ると、顔を俯かせてたままのシャルロットが――――笑っていた。

 

「ふふふふふふふふふふ、やってくれるなあ、全く」

 

 そう言って顔を上げたシャルロット。その顔には紛れも無く笑顔が浮かんでいた。その事に簪は愚か、亡国機業の2人も訳が分からず混乱してしまう。

 

「まあ、ね。なんとなく分かってたけどさ。やっぱり静司にとっての一番は本音かな……って。それでも、と思ってたけど、う~ん中々大変だなあ。けど本音なら仕方ないのかな」

「しゃ、シャルロット?」

 

 おかしい。いくらなんでもこの反応は。

 訳が分からず混乱する簪だが、シャルロットは相変わらず笑ったままだ。

 

「けどね……分かっていたからこそ、そう簡単にはいそうですか、って気にもならないんだよね。それにずっと昔から気になっていたんだ。どうしてお母さんはお父さんには相手が居たのに僕を生んだんだろうって。けどその理由がなんとなく分かっちゃったかな」

 

 ぞわり、と何故か簪の背に鳥肌が走った。そしてそれはオータムも同じだったのか、少し戸惑ったようにシャルロットを見つめる。

 

「はっ、未練がましい奴だな」

「……そうかもしれないね。けどさ、とても大事な事があるんだ」

 

 そういうとシャルロットは静かに、ゆっくりと手を腹部に当てた。そこは以前、暴走した静司によって傷を付けられた場所だ。それは簪にもわかった。しかし何故だろうか、シャルロットの手は、若干(・・)その傷よりも下腹部寄りに当たっている様に見えるのは。

そしてシャルロットはそこを優しく愛おしむ様に撫でながら、

 

「静司にはキズモノにされちゃったしその責任は取って貰わないとね」

 

 ぶほっ、と簪が咽せ、戦場が再び凍りついた。

そして咽ながら簪は確かに見た。視界の端、離れた所に居たはずの黒翼が空でバランスを崩したのを。

 

「…………………………………………は?」

 

 時間にしておよそ十秒。オータムが唖然として動きを止める。そしてゆっくりとシャルロットを、そして彼女がまるで何かを愛おしむ様に撫でている腹を見て、離れた所に居る黒翼を見て、再度シャルロットに視線を移し彼女の顔が慈愛に満ちているのを見て、そして何かを確信したのか、その顔がミルミルと吊り上っていき、憎悪に満ちた眼で睨みつけた。

 

 静司を。

 

「川村静司ィ! テメェクソだクソだと思ってたがとんだクズ野郎だなぁぁ!?」

『ちょっと待てえええええええええええええええええええええ!?』

 

 思わず叫び返した静司の声を聞いて簪は気づく。

 

「あ、やっぱり聞こえていたんだ」

 

 この戦場の中でわざわざ反応したという事は、やはり静司もシャルロットの事は気にしていたのだろう。

 

「黙れこのクズ野郎が!」

『だからちょっと待てお前は何か勘違いをしている!? ってかなんで敵にこんな事言わなきゃならんのだ!?』

「そんな静司……。これの事、もうどうでもいいって事?」

『い、いやそういう訳では……』

「やっぱりクズじゃねえか!」

 

 なんだろう、この空気。

 少し前までは絶望感や悲壮感に溢れていた筈なのに、今のこれはまるで喜劇だ。なんとなく、力が入りすぎていた体から適度にそれが抜けてく。

 

「もういい黙ってろ! 今すぐ殺してや――」

「それは困るかな」

 

 オータムが目の前の簪たちを無視して静司の方へ向かおうとするが、その前にシャルロットが立ちはだかった。

 

「言ったでしょ? 静司には責任とって貰うって。だから殺されちゃ困るんだ。僕だって文句とか色々言いたいこともあるしね」

 

 右腕はショットガン。左腕にはアサルトライフルを構える

 

「それに静司がさっきあなた達が言ったように簡単に割り切れるほど器用だったら、ここまで苦労しなかったと思うんだよ」

 

 だから、と引き金に指をかけてシャルロットは笑った。

 

「目の前であれだけ盛大に言ってくれたんだ。ちょっと位仕返しもしたくなるよね? これまでの事と、これからの事。色々言いたいことがあるからとっとと墜ちてね?」

 

 そう昏い笑みを浮かべながら告げるシャルロットの顔を見て簪は小さく震えた。

 

「怖い……」

 

 

 

 

「ふざけるな!」

 

 唐突に膨れ上がる殺意。静司が気づいた時、それを発した張本人であるエムが黒翼へと襲い掛かった。

 繰り出されたのは銃剣の上段からの振り下ろし。対して静司もまた、黒翼の鉤爪を振り上げそれを受け止めた。金属音と火花が散り、衝撃に体を震わせながら二人は対峙する。

 

「そんなふざけた話など、意味が無い!」

「黙れ。こちとら大真面目だよっ!」

 

 こちらを囲むように展開されていくビットを視界に捕えると、静司は左腕を一瞬強く押し込む。そして反射的にエムが押し返したタイミングで弾かれたように背後に飛ぶ。同時にアサルトテイルを起動し、まるで鞭の様に撓らせこちらを狙うビットを叩き落とした。

 

「幸福だと? 貴様がそれを望むことなど無意味だ!」

「勝手に押し付けるんじゃねえ!」

 

 再度激突。静司は左腕の鉤爪を。エムは銃剣を押し付けあいながら睨みあう。

 

「グダグダするのはもうやめだ! それを部外者にごちゃごちゃ言われる筋合いは無い! 俺は、俺と姉さん達の為にも幸せになる! 本音といちゃついてそして揉む!」

 

 叫び、左脚を振り上げる。以前に増して刺々しく荒々しくなった足先の猛獣の様な爪がエムを襲うがエムは咄嗟に距離を取ると反撃とばかりにビットからレーザーを放つ。

 

「ふっざけるなあああああああああああああああああ!」

 

 咄嗟に静司も後退。回避行動を取るが正確無比なビットの攻撃を避けきれず、黒翼の装甲を撫でる様に掠った。火花が散り金属が焼ける嫌な匂いが立ち込める。だが致命傷では無い。まだやれる。

 

「そうだろ、黒翼」

 

 返事とばかりに視界に≪全兵装良好≫の文字が浮かんだ。そのそっけなくも戦う意志だけははっきりとした黒翼の意思に静司は笑う。そしてエムを視界に捕えると大きな翼と、その下にある小さな翼。2対4枚を展開した。R/Lブラスト。そして新たに追加された装備、小型の翼を変形させることで生まれるツインレールガンを向ける。

 

発射(ファイア)ッ」

 

 6本の光の柱と2発の光弾がエムを狙う。だがそれをエムはその砲撃を掻い潜る様に避けると、そのままこちらに銃剣を向けた。同時にビットが再び静司を取り囲むように展開されていく。

 

「また――」

 

 先ほどの様にアサルトテイルで撃ち落とそうとするが、その瞬間静司の背中に悪寒が走る。

 

「弾けろ」

 

 エムのその言葉を合図として静司を取り囲んでいたビットが一斉に自爆した。上下左右から叩き付けられる爆風と衝撃に、静司は咄嗟に身を縮ませ耐える事しか出来ない。装甲の一部が吹き飛び、まだ治りきっていない傷口が痛みを訴える。

 

「があああっ、くそっ!」

 

 やはり強い。こちらの動きを読まれ、的確に削ってくる。この黒翼が二次移行を果たしているのにも関わらず、エムはこちらの上を行く。

 だがそれがどうした。今更そんな事で引くわけにはいかないのだ。それに切札はある。出来れば使いたくなかったが、そんな事を言ってる場合ではないのだ。今はそれに賭けるしかない。

 静司は覚悟を決めると小さく呟いた。

 

「VTSⅡ。起動」

 

 

 

 

 エムは爆炎に包まれる黒翼――川村静司の姿に苛立っていた。

 何が幸福だ。馬鹿馬鹿しい。そんなくだらないことを言うために戻ってきたというのか。

 軽い失望と、憎悪。それが入り混じった瞳でエムは爆炎を見つめる。もういい。もうあれに期待することはやめよう。そもそもあの機体はここに来てからエネルギーを使い過ぎた。それこそ今まで動いていた事が不思議なくらいに。今の攻撃はその駄目押しだ。もうあの機体はまともに動くだけのエネルギーは無い。だからこれで終わり。

 判断するとエムは銃剣を構えたまま爆炎へと一直線に突っ込んでいく。トドメを直接刺す為だ。近づくにつれ爆炎の中の黒翼の姿が目に映る。装甲の一部が砕け、左の小さな補助翼の様な物は融解していた。そしてその左腕は完全に吹き飛ばされたのか跡形も無い。

 こちらの接近に気付いたのか、黒翼が硬直を解き残された右腕を構えた。だが遅い。

 

「死ね」

 

 瞬時加速を発動。その凄まじい速度と勢いで肉薄すると、その銃剣の先で黒翼を貫いた。

 ビクンッ、と黒翼が跳ね、そしてその機体から力が抜けていく。それを無表情で、若干の空しさも感じつつエムは見つめていた。

終わった。本当にこれで終わり。結局コイツもただの出来損ないに過ぎなかったという事か。そんな事を考えながら、もうどうでもいいとばかりに貫いた黒翼を撃ち捨てようとして、違和感に気づいた。

 

「…………っ!?」

 

 胸の中心を貫いた筈だ。どう考えても致命傷だ。

 それなのに血が一滴も流れていない…………!?

 

「まさかっ!?」

「遅せえ!」

 

 もしエムがいつも通り冷静であったなら。川村静司の言動に激情していなかったらもっと早く気づいたかもしれない。ハイパーセンサーで周囲を調べるくらいはしていたかもしれない。だが彼女はそれを怠った。そればかりか黒翼を倒したと思った事で油断してしまった。だからそれに気付けなかった。

 いつのまにか、己の上方から迫っていた川村静司に。

 

「くっ…………何!?」

 

 咄嗟にそれを迎え撃とうと動こうとするが、その瞬間、今まで力なく機能停止したと思われた黒翼が突然動きだし、腹に突き刺さった銃剣を握りしめた。

 

「自律機動だと!?」

 

その事にエムは気を取られ、そしてそれが仇となる。

 

「馬鹿な……」

「墜ちろおおおおおおお!」

 

 愕然とするエム。その背中に左腕だけを展開し、巨大な鉤爪を装備した静司がその腕を振り下ろした。

 

 

 

 

 静司が行ったのは酷く単純な事で、それでいて通常ならあり得ない事だった。

 エムのビットが爆発した直後、黒翼を残したまま(・・・・・・・・)ISから降りたのだ。そして自らの身体を黒翼に投げさせたのである。そしてエムは抜け殻の黒翼を貫いた事で静司を殺したと勘違いした。これは全身装甲だからこそ出来る一度限りの騙し討ちだ。それも黒翼が自ら動かなければならない。今まではそんな事はやらなかった。いや、出来なかったのだ。

 だが今は違う。静司と黒翼。お互いが本当に同じ目的――姉達の願いを叶える為にと言う想いの下深く結び合った今だからこそ。多少離れていても、二人は繋がっている。無機質な無人機とは違う。想いと感情があるからこそ、お互いを信頼しているからこそできる連携。

 

「くっぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ!?」

「おおおおおおおおおおおお!」

 

 全身が痛い。無理をし過ぎた体が悲鳴を上げているのが分かる。分かっていながらも静司は構わず動く。

 振り下ろした鉤爪はエムのサイレント・ゼフィルスの背部スラスターを砕き、左腕部装甲を抉り、切り裂いた。サイレント・ゼフィルスの砕けた装甲。そしてその下のエムの血が飛び散る。だがこれで終わりでは無い。そんな生易しい相手では無いことは承知の上だ。

 

「黒翼!」

 

 叫んだのは相棒の名前。それに反応するように黒翼が握りしめていた銃剣を握り潰し、エムに襲い掛かる。同時に膝のワイヤーブレードを静司の方へと射出した。

 

「まだだっ!」

 

 黒翼の右腕がエムを掴みあげる寸前。エムが血を吐きながら叫びプラズマナイフを抜刀。黒翼の腕を受け止める。

 

「クソっ!」

 

 静司は黒翼から放たれたワイヤーブレードのワイヤー部分を掴むと、巻き上げる力で再度飛び上がりエムに左腕を振り下ろす。生身の身体での無茶に、全身が引き裂かれるような痛みと、そして頭痛が走る。

 

「あああああああ!」

 

 エムが絶叫を上げながら腕を振る。残ったビットが振り下ろした静司の左腕とぶつかり砕け小爆発を起こした。その衝撃で静司は身を仰け反らせる。

 

「がはっ!?」

「この程度でっ!」

 

 更にエムは脚を振り上げ黒翼を蹴りつけた。バランスを崩した黒翼が距離を離したところでレーザーガトリングを斉射。黒翼を牽制しつつ更に距離とる。。

 

「……っ、黒翼!」

 

 黒翼はガトリングを避けつつ大きく迂回しながら伸ばしたワイヤーブレードを巻き取っていく。それを掴んだ静司も黒翼の下に向かいお互いが激突する寸前、黒翼が一瞬量子化し次に現れた時は左腕があり、静司が搭乗した元の黒翼の姿に戻っていた。

 

「くぅ……ッ!」

 

 割れる様に頭が痛い。そして全身もだ。普通の人間では無茶すぎる動きをし過ぎているからだ。そしてその原因こそがVTSⅡにある。

 VTSⅡ。正式名称はValkyrie Trace SystemⅡ。その名の通り、かつての禁じられた実験から生まれた禁断のシステム。そしてエムによって強制インストールされた代物であるVTシステムを黒翼が二次移行の際に改変したのだ。但し、その内容は以前とは少し違う。

 

以前のそれは過去のモンド・グロッソの戦闘方法をデータ化し、そのまま再現・実行するシステムであったが、改変されたVTSⅡは搭乗者の意識を強制的に奪い強引に実現するのではなく、同意の下でその思考と行動を補助し再現させるものへと変わっていた。

 

 黒翼との連携。2対1となるのは有利に思えるが、実際は搭乗者である静司は生身になるのだ。そんな生身の人間が空中で戦闘など出来る訳がない。更にはセンサー類の補助は生きていても、リソースは同じなのだ。つまり黒翼と静司。両者を同時に補助するとなれば当然その性能は落ちる。そしてその落ちた性能では静司は尚更まともに空中戦など出来やしない。だからこそのVTSⅡ。以前の様に暴走状態にならぬ様に制御しつつ、少ない情報から最適の行動を思考し、そして蓄積されたデータと照らし合わせて搭乗者に実現させる。当然、そんな事をすれば肉体にも思考にも負担がかかる。だからこそ多様は出来ない諸刃の剣。だが相手が相手なのだ。出し惜しみなど出来ない。

 尤も、だからと言って生身での空中戦のデータまであるのは静司としても予想外であった。つくづく、ヴァルキュリーと呼ばれる人間たちと出鱈目さを認識させられた。お蔭でこちらはボロボロだ。

 

「っ……仕留めるぞ!」

 

―――第三DFEP接続。

 

 黒翼の背鰭。その一部が光り、そして尽きかけていたエネルギーが上がっていく。それを見たエムのバイザーで隠された顔の下半分が歪んだ。

 

「何!?」

「終わりだああああ!」

 

 プラズマクロー起動。更には瞬時加速を発動。そして復活したエネルギーを両腕に回し、エムへと振り下ろす。

 

「川村っ、静司ィィ!」

「墜ちろおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 エムはプラズマナイフでその一撃を受け止めようとするが、勢いが違い過ぎた。振り下ろされた静司の左腕はサイレント・ゼフィルスの装甲を今度は前面から大きく切り裂き、更に返す右腕でも切り裂く。それには飽き足らずエムを掴むと一直線に海面へと落ちていき、そして海へと叩き付けた。

 衝撃。高く水しぶきが上がり轟音がまき散らされる。だがそれでも足りない。衝撃で角度を変えた両者は海面を斬る様に凄まじい速度で陸へと向かっていく。

 

「ッァァァァァァッ……!」

 

 最後の抵抗とばかりにエムがプラズマナイフを突き刺してきた。だがそれすら厭わず静司は速度を緩めない。

 

「これっで!」

 

 そしてついに陸に辿り着くと、静司は再度轟音と衝撃をまき散らしながら全力でエムを岩盤に叩き付けた。

 

 

 

 

 視界が暗い。その暗い視界の中、パチパチと光が舞っている。それを鬱陶しく感じながらも振り払う力は無い。与えられた傷から血が流れ、もはや力が残っていないのだ。

 がしゃり、と音がした。ゆっくりと、それこそ亀の歩みの様な速度でそちらに視線を向けると血らだけの川村静司がそこに立っていた。その男が乗る黒いISはあちこちが壊れ、血に染まっている。そしてそのISから何かが落ちた。

 

「…………」

 

 それは背鰭だ。最初見た時は何の意味があるのかと思っていたパーツ。だがようやく分かった。そして謎も解けた。

 黒翼の異常なまでのエネルギー。最初は紅椿の様にエネルギーを生み出していたのかと思った。だが違ったのだ。もっと、もっと単純な事だったのだ。エネルギーの生成でも、倍増でも無い。それはつまり、

 

「予備……電源か」

「……DorsalFinEnergyPack」

 

川村静司の言葉に思わずエムは呆れた。DorsalFin、つまりは背鰭。何て安易な名前だ。つまりこの男は単純に次々と予備電源を消費して戦っていたの過ぎないという事だ。それが異常なまでのエネルギーの正体。だが今更だ。今更気づいた所でもう遅い。

 そして静司はそんなエムへと左腕を向け、静かに告げた。

 

「俺の、勝ちだ」

 




前半はシリアスどこ行った状態。少し前の絶望はどこへ。
そしてエムさんが強くなりすぎて化け物じみてしまいました。
DFEPは要は予備電源。以前出したEパックです。そしてVTSⅡは未来予知とかではなく過去の経験とデータを利用しているだけという設定……無理があるかな?


それと更新遅くなり申し訳ありませんでした。新天地の職場はかなり慌しいですがなるべく間が開かない様にに頑張りたいと思います

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