IS~codename blade nine~ 作:きりみや
襲撃者を捕らえた翌日。
勝手な作戦変更に対し、課長に叱られ、それが終わったかと思えば更識にも叱られた。まあ当然だろう。だが課長は最後に『ま、たまにはハジケるのもいいな。ビバ! 若者!』とかほざいていたが、まあいつもの事だしどうでもいいだろう。
そして様々な後処理を終え、寮に戻ってきた静司を待っていたのは千冬と一夏達だった。
「静司! 大丈夫なのか!?」
「ああ、特に問題は無いよ。心配かけて悪かった」
心配そうに尋ねる一夏に笑って返すと安堵したようだ。他の面子も安心したようにため息を付いた。
「川村、訊きたいことがある。後で寮監室へ来い」
おそらく空気を読んだのだろう。千冬はそれだけ告げると部屋へ戻っていった。静司達は寮の玄関で話す事でもないので、静司とシャルロットの部屋に向かう。静司、シャルロット、一夏、箒、セシリア、鈴。二人部屋には少々大所帯だが、仕方の無い事だ。因みに本音や楯無とは途中で別れた。揃って朝帰りなどしたら何を噂されるかわからない。幸い今日は土曜で学園は休みなので、時間をずらしても特に問題は無かった。
「しかしお前も無茶するよな。ISの砲撃を受け止めるなんて」
「そうよ! アンタには訊きたいことがあるわ!」
一夏の言葉を皮切りに、先日のアリーナの件の追及が始まった。
「生身であんな事をやるなんて、普通じゃないわよ」
「そうですわね。私もお聞きしたいですわ」
「……」
鈴とセシリア、そしてシャルロットの視線が突き刺さる。しかしこの状況は予想できた事だ。予想できたからこそ、どう答えるかも考えてきた。そう、静司の答えは――
「いや、俺も良く覚えてないんだ。無我夢中だったもんで」
酷く苦しい言い訳だった。だって、さんざん考えても納得させられる理由なんて思いつかなかったのだ。結果、無理やり誤魔化すことにした。
「夢中と言っても、普通はあんな事できないよ?」
シャルロットが当然と言えば当然の疑問を投げかける。
「あー……俺って動体視力は良い方なんだよ。うん、結構自信あるな」
苦しすぎる。
「確かに私の攻撃もうまく避けていましたが……」
「というかそもそも何でアンタそんなに目が良いのよ」
さあ、どうするか。自分の表向きの経歴を考え、導いた答えは。
「……カニ漁船で色々と鍛えられたんだよ」
余りにも苦しい言い訳。案の上全員ぽかんと口を開いていた。
「カ、カニ漁船……?」
「確かに北海道出身とは言っていたが……カニ?」
「な、なあ、カニ漁船で修行すれば砲弾逸らせるようになるのか?」
「私が知る訳ないでしょ!?」
「カニ……?」
しかし一夏も他の面子もカニ漁船など当然名前でしか知らない。なんか過酷そうだな、という認識はあるがそれがどういうものなのかが分からない。
「って、たかが漁で――」
「カニ漁を舐めるな……遊びじゃないんだ」
何時になくシリアスな雰囲気で静司はカニ漁船の過酷さを語る。その知識はどれも他人から聞いた話、ネットなどで調べた話で、作り話も多分に含まれていたが、中々ショッキングだったようで、話が終わる頃には一夏達はガクガクと震えていた。
「これ以上詳しく知りたければ、グー○ル先生に訊いてみるがいい」
「あ、ああ。疑って悪かった」
「カニコワイカニコワイカニコワイカニコワイ」
「世界には偉大な人たちが居るんだね……ボクはちょっと感動したよ」
若干顔を引き攣らせている一夏と何かトラウマになりかけているらしいセシリア。逸れに反して、何故か感動しているシャルロット。そう、カニ漁は過酷だが偉大なのだ。
「というかセシリア大丈夫か!? 眼に光が無いぞ」
「ちょ!? アンタしっかりしなさい!?」
セシリアの様子に気づいた一夏達が騒ぎ始める。何とか誤魔化せた……か? と一人安堵しているとシャルロットがやって来た。
「カニは良くわからないけど、けどありがとう静司」
その言葉には呆れが混じっている。さすがに信じ切れていないのだろう。当然と言えば当然だが。
「シャルルもIS展開してたし不要だったかもしれないけどね」
「それは違うよ。突然でもああやって人の為に動ける事そのものが凄いんだ」
「それならシャルル、お前も凄いって事だな」
「僕は……違うよ」
どこか陰のある表情でシャルルが笑う。その胸の内にあるのは静司達を騙している罪悪感。織斑一夏に何かがあれば、収集するデータが減ってしまう。そんな事を考えてしまう自分に嫌気がさしていた。しかしだからと言ってどうすればいいのか、それが分からない。
そんな自己嫌悪に陥っているシャルロットの頭に静司は手をぽん、と乗せた。
「……静司?」
「何が違うのかはよくわからんが、あんま考えすぎるなよ」
もう一度軽く頭を叩くと、静司もセシリア復活に参加するのだった。
静司が去った後、シャルロットは不思議に思っていた。
先程の自分は明らかにおかしかった筈だ。なのに何も言わず、助言だけを残した静司。
静司が触れた頭を撫でる。
(暖かかったな……)
ああやって誰かに触れられたのは何年振りだろうか。母親が死んで、デュノアとして引き取られてからは、父親にずっと従ってきた。自分にはそれしかできなかった。
(なんでこうなっちゃったんだろう)
考えすぎるな、と言われてもやはりそうはいかない。ちらり、と自分の机を見る。その鍵の掛かった引き出しには、本国で社長――つまり父親から直に渡されたある機械が入っている。
社からの催促も来ている。近いうちに自分も行動を起こさなければいけない。そして、それが成功しても失敗しても、ここには戻れないだろう。
(本当に……どうして)
シャルロットの問いに答える者は誰も居なかった。
「ほう、カニ漁船だと」
「……」
一夏達が帰った後、静司にはまだ大きな問題があった。そう、千冬への説明である。
管理人室。つまり千冬の部屋で、静司と千冬は向き合っている。
一応一夏達にと同じ説明をしたが、明らかに疑っている。当然だろう。むしろ一夏達を誤魔化せたのが奇跡な気がした。
「……」
「……」
酷く居心地が悪い。それは疑いの眼差しで見られている事もあるが、何より織斑千冬とこうしていることにあった。
入学以来、このように千冬と一対一で話す事はあまり無かった。そうでなければ自分の姉達と重ねてしまうからだ。だから、初日からあえて織斑千冬に対しての感情を意識的にカットした。だがそれも狭い部屋で向き合っていると難しい。
「私は現場を見ていない。だから当人たちに直接聞いた。無論、ボーデヴィッヒからもだ」
「はい」
当然の事だと静司も頷く。
「状況からしても非はボーデヴィッヒにある。お前の行動自体を咎めようとは思わん。だが、アイツはこうも言った。『あの男は何者ですか』と。アイツは軍人であり、私の元教え子でもある。能力は確かだ。そのボーデヴィッヒの言葉だ。私はそれなりに信憑性があると思っている」
「そう言われましても無我夢中だったので……」
疑わしいのは百も承知だ。だからと言って本当の事を言う訳にもいかない。
再び沈黙。そのまま居心地が悪い空間が数分間続いたが、千冬がため息を付いた。
「そんなに私が苦手か?」
「え?」
「普段はあまり目立たなかったから気づかなかったが、今ならよくわかる。お前は私に対して怖れを抱いている」
今更気づくとは教師失格かもな、と千冬は自嘲する。
「いえ、別にそういう事は。今日も授業中に普通に話しかけましたよね?」
「授業中は、な。お前は状況に応じて態度を使い分けているだろう。よくよく考えてみれば私はプライベートのお前を知らない」
「それは……別に教師と生徒ですし関係ないのでは?」
「そうだな。別に公私混同をするわけでは無い。だがそれを差し引いても、お前に対する情報が薄い。これは私の怠慢か? それとも――」
――それとも、お前の意図したことか?
そう、言外に含まれた千冬の問いに静司は内心冷や汗をかいていた。
どうもここ最近、色々な人に疑いや指摘を受けている。その度に静司は悩まされるのだが、織斑千冬の指摘も新たな悩みの種となりそうだ。なにせ、実際意図的に授業以外では関わらない様にしてきたのだから。
「――気のせいだと思います。だけど俺もあまり先生に話しかける事が無かったですね。今後は気を付けます」
結局、お茶を濁す事にした。このままではいずれボロが出るので、話を変える。
「そうえいばボーデヴィッヒはどうなったんですか?」
こちらが話を逸らしたことは向こうも承知だろう。だが千冬もこれ以上は追及する気が無いようだった。
「三日間の自室謹慎、これが限界だった」
「三日間……土日が休みの事を考えると実質一日だけですね」
「すまないな。この件に関しては弁明の余地も無い」
「仕方ないですよ。他国の代表候補生なんだ。いくらIS学園が基本不干渉でも、日本人が厳しい処遇を与えるのは無理がある」
学園の運営は日本人が行うが、IS委員会に監視されている。そしてその委員会には各国の人間が居るのだ。結局は完全な不干渉などできる筈がない。
「そうか。――なあ川村。お前はボーデヴィッヒをどう見る?」
ふと、千冬が思いついたかのように訊く。
「どう、とは?」
「言葉のままだ。お前から見てアイツはどう見える?」
「いきなり言われても」
と言いつつも静司は考える。ラウラ・ボーデヴィッヒという少女を。
「先生に心酔してますよね。悪く言えばそれしか見てないと思いますよ」
それが率直な感想。彼女の経歴は知っている。遺伝子強化試験体として生み出され、強さを糧に生き、しかしナノマシンの施術でそれを失った。しかし千冬のお蔭で再び強さを取り戻した少女。自分とは似ている様で、しかし別の存在。
「やはりそう見えるか。アイツは力しか見ていない。そしてその力を私が与えたばかりに私になろうとしている。全くもって馬鹿らしい」
「……」
他人になろうとする少女。それはまさに昔の自分の様な気がした。自らの意思に関係なく他人にされた自分と、自ら他人になろうとするラウラ。どうしてこうも似たもの同士がいるのだろうか。
「妙な事を聞いて悪かったな。今回の件は
ふっ、と薄く笑う千冬に見送られ、静司は退出した。
静司が退出した後、千冬はその扉をじっと眺めていた。
カニ漁船。その話の真偽は今後調査するとして、川村静司には注意が必要だろう。唯の無我夢中の行動なのか、それとも別の何かか。限りなく怪しいが決定的な物が無い。ならばそれが出てくるのを待つしかあるまい。
気になるのはそれだけではない。今日、初めて気づいた自分に対する態度。そしてラウラの話の際に何かを考え込んでいた。表面上は隠していたが、そこは世界最強の女。微妙な違和感を感じ取っていた。
今後はもう少し気を配ろう。例え川村静司が敵でなくても自分の生徒には変わりないのだから。
週末の日曜日。植村加奈子は自室のPCの前に座っていた。
覗いているのは女性至上主義が集まるSNS。そこで何時もの様に不満をぶつけ、それに対する同志の反応に満足していると一通のメールが届いた。
「あら?」
送信者はSNS内で自分と特にウマが合うHNの人物からだった。タイトルは『至急』と素っ気ない二文字。
「? 何かしら?」
知っている名前だったが為に特に考えるも無くメールを開く。そこに書かれていた文章は彼女にとって意味不明だった。
『計画は失敗。Tも捕まった。もう駄目だ、俺は先にいく』
「なんなのこれ?」
妙な文章だ。それに何かに焦って、いや、怯えている様な印象を受ける。気味悪く感じメールをゴミ箱に放り込む。
ピンポーン。
そのまま削除しようとしたとき、部屋のチャイムが鳴った。新聞の勧誘かしら? と思いつつインターフォンを取ると、備え付けのカメラに見知った女が映った。
「あら?」
『こんにちは、きちゃいました』
それは居酒屋で会うOL。しかし自分は彼女に家を教えただろうか? 酔っているうちに言ってしまったのかもししれない。
疑問に思いながらも玄関の扉を開けるとOLはにっこり、と笑って話しかけてきた。
「こんにちは。折角のお誘いなので来ちゃいました」
「誘い? 私そんな事言ったかしら?」
加奈子の言葉にOLは「え?」と驚き、
「金曜日に飲んだ時に招待したのは植村さんじゃないですか。名前も教えてくれましたし」
「そうだった……かしら?」
記憶は曖昧だ。あの日はドイツの代表候補生が男性操縦者を一人病院送りにしたと聞いて気分が高揚していた。そして帰りに何時もの居酒屋に行き、浴びるように飲んでしまったのだ。どうやらその間に彼女を招待したらしい。
「ごめんなさいね。飲みすぎて記憶が曖昧だったよう」
「凄い飲んでましたもんね。あの……お邪魔でしたか」
「いえ、折角来てくれたんですもの。上がっていきなさい」
流石に罪悪感もあり、追い返せない。大したもてなしは出来ないがお茶位は出すべきだろう。そう決めると彼女を招き入れた。
「そう、
背後でOLが笑う。それに気づかず、加奈子はふと振り向いた
「そうえいば彼方の名前は――」
「
「何を……?―――――っ!?」
加奈子が振り向いた先。そこには黒い鉄の塊――拳銃を突きつけたOLが笑っていた。
驚いた加奈子が何かを言うより早く、バシュッ! と空気が抜けた音が響き頭に衝撃が走る。
そうして植村加奈子はこの世から退場した。
カニに関しては色々おかしいのは自覚ありますが、あくまでごまかしなので、誰もまともには信じてないです。ただはぐらかされただけという状況。
後々理由に関してはフォローがあります