IS~codename blade nine~   作:きりみや

90 / 91
85.理由はそこにある

 悪夢とはこのことを言うのだろうか。

 スコールはその美しい顔を歪め、怒りに震えていた。

 たかが一機。いや、米軍の機体を入れれば三機の増援。そんなもの些細な問題の筈だった。生きていた川村静司。凍結されたと思われていた銀の福音。そして米軍の最新鋭の機体たるファング・クェィク。これらの参戦は予想外でも、こちらの有利は揺るがない。そう判断していた。

 だがそれは間違いだった。

 

『こ、こいつら急に……!?』

『Dエリア、押し返されています!?』

『そんな!? ゼフィルスが!?』

 

 次々と入ってくる報告はこちらが押されているという内容だ。

 

「こんな……っ」

 

 戦力だけで言うならば劣っている訳ではない。レギオンはまだ多数存在し、そのレギオンの武装たるレギオン・ビットも数はある。ISも何機か墜とされてはいるが、総合的に見れば劣っている訳ではないのだ。だが問題なのは士気にあった。

 亡国機業の有利。それはレギオンの砲撃故が大きかった。奇襲と、超高威力の砲撃による一撃は敵の士気と勢いを下げ、逆にこちらの勢いを増させた。

 だがその有利は、全く同じ方法で返された。川村静司の黒翼。その異常な威力の砲撃によって、砲撃型レギオンは墜とされ敵の士気が上がってしまった。それに米軍の二機の存在も予想外に大きい。特に銀の福音は広域殲滅型のISだ。あくまでレギオンの装備でしかしなく、シールドの無いレギオン・ビットとの相性は最悪だ。現にレギオン・ビットは次々と墜とされている。

 そして川村静司の対応に向かわせたエムですら、奇襲染みた攻撃により敗北した。これがスコールにとっての最大の誤算。

 

「…………私の、ミスね」

 

 歯を食いしばりつつ認める。川村静司が参戦した時真っ先に全力で潰すべきだった。自らも前に出てでも勢いを取り返すべきだった。だが最早、今更が自分が出て行った所でこの勢いは止まらない。戦況は五分五分でも士気が、勢いが負けている今、これ以上の損害は今後の作戦にも関わる。

 

「……カテーナ」

『はいはい、どうするのかしらねえ?』

 

 カテーナへと通信を繋ぐ。彼女は雰囲気はいつも通りだが、状況は把握しているのだろう。彼女の質問の意図は単純、まだ進むか、いったん引くかだ。

 

「最後の砲撃型レギオンのチャージを開始して頂戴」

『いいのかしら? チャージを開始すればエネルギーで探知されて偽装もばれるわよ?』

「構わないわ。光学迷彩に回している分も全て砲撃に注いで。…………その隙に撤退よ」

『なるほど、囮にするのね。けどそれではレギオンをまた一機失うかもしれないわよ?』

「それでも、このまま続けても戦力は減る一方。これでは今後の作戦に支障が出るわ。ならばここで一機犠牲にしてでも次に備えるわ」

『次、ね……』

「何?」

 

 どこか考えるようなカテーナの声にスコールをは眉を潜めた。

 

『忘れたのかしら? そもそもこちらのレギオン……つまり無人機のコアたる『彼女達』は篠ノ之束の『強制』的な命令から解放し、『説得』することで仲間にした者達よ? それを囮として犠牲にすることで、今後の『彼女達』にも意識の変化がおきるかもしれないわよお?』

 

 亡国機業のISが篠ノ之束の干渉を受けないのも、そして無人機としてレギオンが活動できるのも、そもそもそれが理由だ。その意思を利用するという事は、今後に影響する可能性は高い。

 

「わかっているわ。けどだからと言ってここでこれ以上戦力を減らす訳にはいかないの」

 

 ここで戦闘を続けるか、それともいったん退却して戦力を整えなおすか。スコールは後者を選んだ。

 

『わかったわあ。なら、その様に』

 

 カテーナもこちらの考えなど分かっているのだろう。簡潔に了承を告げると通信は途切れた。

 

「そうよ……ここで終わらせる訳にはいかないの」

 

 スコールは小さく呟くと自らも命令を下すべく、新たに通信を繋ぐのだった。

 

 

 

 

 声が聞こえる。

 

「織斑先生! しっかりして下さい織斑先生!」

「……っ……ぁ……山田……先生……?」

「よかった! 今助けてあげますからね!」

 

 千冬がゆっくりと目を開くと、そこに映ったのは涙目でこちらの無事を喜ぶ同僚であり後輩、山田麻耶の姿だった。

 

「私は……」

「敵の攻撃から皆を守った後に墜とされたんですよ……。けど無事でよかった……」

 

 肩を震わせながらもこちらを引き上げようとする真耶。そこで漸く千冬は自身が海に沈みかけていたことを思い出した。試しに体を動かそうとすると全身に激痛が走り、思わず顔を歪めてしまった。

 

「動かないで下さい。直ぐに安全圏まで連れて行きます!」

「安全圏…………っ、山田君、どうやってここまで!?」

 

 仰向けに倒れる自分を支えようとする真耶。その背後の空では光が、銃弾が、そしてISが舞い今も激戦を繰り広げている。当然だ、自分が墜落したのは敵の真っただ中なのだから。

 そして真耶の機体は追加パッケージであるクアッド・ファランクスをパージしたままの状態のラファール。つまり最低限の武装しか所持していない。そんな武装でこんな所まで彼女が来ている事に千冬は驚いた。

 だが当の真耶は困ったように笑いつつ首を振った。

 

「その……正体は良くわからないんですけど妙な人たちが手伝ってくれまして……」

「妙……? 山田君!?」

 

 真耶の言葉に疑問を感じる千冬だが、その真耶の後方から迫ってくるレギオン・ビットの姿を捕え思わず叫ぶ。だが、

 

「えーと、多分大丈夫みたいです」

 

 相変わらず困ったような声の真耶。それとほぼ同時にそのレギオン・ビットは突然その同大を貫かれ爆散していった。

 訳もわからぬまま唖然とする千冬に、真耶は『通信、繋ぎますね』と言うと千冬の打鉄に予想外の声が入る。

 

『ご無事ですか、教官』

「お前は……!?」

 

 その声には聞き覚えがあった。だがその人物がここに居る事が理解できない。目をぱちくりとして唖然とする千冬に更なる声がかかる。

 

『無事で何よりだ織斑先生。ここまで来て死なれては我々としても立つ瀬が無い』

「一体、あなたたちは……?」

『自己紹介は後にしよう。そこは危険だからまずは離脱したまえ。なに、援護はしてやれる』

『そいうことっす。なので早くいくっすよー』

『ねえ、今思ったんだけど撃墜されたISから亡国引っぺがしてバクッてもバレないかしら?』

『いや駄目だろ。各国から追われる事になるぞ』

『けどうちから奪われたものもあるし一機位、いいと思うのよねー』

 

 なんなんだこいつらは。

 真面目かと思えばとんでもないことを口走っている。だがその間も通信越しに何か轟音が響いており、その度に真耶に迫るレギオン・ビットが落とされている事からも、これは彼らの仕業なのだろう。

 

「な、何なんだ一体……」

『話は後だ。それより離脱を―――む?』

「織斑先生、敵が……」

 

 通信越しの声、それに遅れて真耶も何かに気づき空を見上げた。千冬も同じように空を見上げ目を細める。

 

「敵の動きが変わった……退いている?」

 

 徐々にではあるが、敵が攻め込む形から守勢に回り始めている。バラバラだった機体たちが集まっていき、そして退却を開始していた。

 

 

 

 

 

 

「はあああああ!」

 

 目前に迫りくるシュヴァルツェア・ツヴァイク。そのプラズマ手刀を同じくプラズマ手刀で受け止めたラウラが雄叫びを上げた。脚を振り上げ、ツヴァイクへとその膝を叩き付ける。

 

「このガキがぁ!」

「テロリスト風情が!」

 

 激高したツヴァイクの搭乗者が貫き手を放つ。狙われたのは顔面。鋼鉄で覆われたそれは十分な殺傷能力を秘めている。いかにシールドがあろうとも、今のエネルギーでは貫かれる可能性も十分にあった。

 

「……っ!」

 

 だがラウラは避けない。真っ直ぐとその敵の貫き手を見つめ、目を逸らさない。

 

「死ねええ!」

「っ」

 

 ツヴァイクの搭乗者が叫び、そしてその貫き手が眼前に迫る。そしてレーゲンのシールドと干渉し、一瞬だけその速度が緩む。その瞬間、ラウラのオッドアイのその金色の左目が光る。

 

とったぞ(・・・・)

「なっ……にっ!?」

 

 慣性停止結界AIC発動。多分な集中力を必要とするシステムだが、その能力は相手の動きを一時的に停止させるというもの。

 ツヴァイクはラウラに貫き手を向けたままその動きを止めてしまう。そしてそれはこの戦いにおいて致命的であった。身動きを取れなくなった敵を前に、ラウラは両手のプラズマ手刀を掲げる。

 

「堕ちろ、亡霊」

「くそおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 躊躇なく、容赦も無く振り落とされたプラズマ手刀によりツヴァイクは切り裂かれ、そして墜落していった。

 

「くっ……」

 

 漸く撃墜したが、ラウラもまた無傷ではない。それに機体ももはやエネルギーは乏しい。だがそれは敵も同じだろう。ならばここが執念場か。

 

『ラウラさん! ご無事で!?』

「ああ、大丈夫だ。セシリアはどうだ」

『私は――――っ、これで1機!』

 

 視界の端で青い光が走る。その光は敵ISを貫き、そして墜としていくところだった。

 その姿にラウラは頷く。そうだ、まだ誰も欠けてはいない。以前とは違う。今度こそ勝つのだ。

 新たに気合を入れ直し、敵を見据える。だがそこで敵の動きに変化が起きた。今まで攻め込んできた機体たちが突然その勢いを無くし、逆に退きはじめたのだ。

 

「なんだ……? 撤退か?」

 

 油断せずに周囲を見渡す。

 

『やった……やりましたわラウラさん! 敵が!』

 

 セシリアが歓喜の声を上げる。しかしラウラは油断なく周囲を見渡し、敵を見据え、そしてそれに気付いた。

 

「いや、まだだ…………くそ、最悪だ」

『え?』

 

 セシリアもラウラの様子に気づき、そしてその視線を追い、その存在に気づいた。通信越しに彼女が息を飲むのを感じつつ、ラウラは忌々しげに呻く。

 

「まだ1機、残っていたのか……っ」

 

 二人が見つけたのもの。それは遥か上空に姿を現した、あの砲撃型レギオンの姿だった。

 

 

 

 

 

『オータム、シェーリ撤退よ』

「何ぃ!?」

 

 突然入った通信に、シェーリとオータムは動きを止めた。

 

「なんでだスコール! まだ私達は!」

『これは命令よ。……これからレギオンの砲撃を囮として一気に後退するわ。シェーリ、エムの回収をお願い。オータム、準備しなさい』

「けど!」

『いいからいう事を聞いて。ね?』

 

 スコールの言葉にオータムは悔しげに歯を食いしばる。その様子を横目で見ていたシェーリは視線を正面、自分と相対するシャルロットと簪に移した。

 

「どうやらここまでの様ですね」

「撤退するのかな? けど逃がすと思う?」

 

 シャルロットがアサルトカノン≪ガルム≫と連装ショットガン≪レイン・オブ・サタデイ≫を構える。その隣の簪も、油断なくこちらを見据えていた。だがシェーリは小さく笑う。

 

「強がりはやめなさい。貴方たちにそこまで余力があるとは思えません」

「それはやってみなければわからないよ!」

 

 叫び、シャルロットが飛び出す。そしてその両手の銃口をこちらに向け、発砲。

 対しシェーリも動く。回避は最小限。ブラッディ・ブラッディの丸みを帯びた両腕の装甲は盾代わりにもなる。それを正面に構え銃弾を防ぐ。

 

「まだまだ!」

 

 腕に走る衝撃。その痺れを心地よく感じる中、接近してきたシャルロットがアサルトカノンを棄て、その手に近接ブレードを展開するのが見えた。対抗してこちらも右腕装甲からニードルを展開。それを受け止める。だがシャルロットはそこで止まらない。近接ブレードから手を離すと再度アサルトカノンを展開。そして左腕のショットガンと共に銃口を向けその引き金を引く。

 

(面白い……!)

 

 シェーリはそれを上に跳ぶ事で回避するが、それをシャルロットが追撃する。アサルトカノンを再び手放しその手に新たに現れたのは重機関銃だ。だがシェーリも負けてはいない。その引き金が引かれるより早く、追撃してくるシャルロットの進路に機雷を撒く。

 

「っ!?」

 

 シャルロットは急制動をかけ機雷から逃れようとするが、それより早くシェーリはそれを起爆。シャルロットの至近距離で爆発が起き、ラファールは吹き飛ばされた。

 

「その歳でそれほどの高速展開と切替。賞賛に値しますね」

「くっ……!」

 

 吹き飛ばされたシャルロットだが直ぐに態勢を直しこちらを睨みつけてきた。それが実に面白い。本音を言えばこのまま相手をしたいが、命令は命令だ。これ以上はいけない。

 

「どう、して……」

「?」

 

 悔しそうに、それでいて本気でわからないといった目でシャルロットがこちらを見据える。

 

「どうしてそれほどの力があるのに、こんな事をするの?」

「―――――」

 

 意表を突かれた。

 まさかこの期に及んでそんな質問が来るとは思っていなかった。

 

「……」

 

 別に答える必要はない。だが別に答えて何かが変わる訳でも無い。だからだろうか。シェーリは小さく笑うとシャルロットを見返す。

 

「私にも、大切な物があるのですよ」

「それは――」

「これ以上は言う必要はありません。それでは」

「待っ――」

 

 制止するシャルロットを無視して、シェーリは更に機雷をばら撒くとその隙に一気に離脱していった。

 

 

 

 

 

 

 IS学園沿岸部。大きく荒れ果てたそこの一角で静司とエムは対峙していた。

 二人の姿は互いに酷い有様だ。お互いに機体の各所から火花を散らし、そして血を流している。それでも両者には差があった。

 それは、大きな岩に寄りかかる様にして座り込んでいるエムと、息を荒くして、ふら付きながらも立ち、それを見下ろす静司という差。それはこの戦いの勝者と敗者の姿でもあった。

 

「痛むか」

「……当然だ」

 

 エムはふん、と鼻を鳴らして答える。だが静司も『そうか』と頷くと改めてエムに左腕を向けた。

 

「さあ、答えてもらう。…………お前は何者だ」

「今更、だな……。お前だって薄々気づいているのだろ」

 

 静司の問いにエムは小馬鹿にする様に吐き捨てる。その様子に静司は小さく頷いた。

 

「ならばお前も……あそこに居たんだな」

「……そういうことだ、Ex02」

 

 Ex02。かつての自分の呼び名に静司は眉を潜めた。だが続いたエムの言葉はそれ以上の驚きを静司に与えた。

 

「そして私がEx03……お前の後であり最後のExナンバーだ」

「何!?」

 

 自分以外のExナンバー。それは確かに存在しただろう。だがそれはEx01でしかないと考えていた。自分以降にまだ成功例が居た事は知らない。

 

「驚いているな……当然だ。何せ私はVプロジェクトが篠ノ之束によって潰された後に出来上がったのだからな」

「……どういう、事だ」

 

 カラカラになった喉から声を絞り出す。エムはそんなこちらの様子に満身創痍のまま笑う。

 

「貴様がCBシリーズと戯れていた間にも研究は進んでいた……。当然クローン計画もな。尤も、資金は限界に来ていたようだがな」

 

 それは、それは確かにありえた。自分や姉たちの様な順調な実験体が居たとはいえ、それだけで満足するとは思えない。

 

「そして生まれたのが私だ……。CBシリーズの成功例を踏まえて、極めて純然に、そして完璧に、織斑千冬という存在をコピーする為にだけに生み出された……いや、生み出される筈だった」

「どういう、意味だ」

「単純だ。私の完成を前に、あの研究所は破壊されたからだ」

 

 どくん、と静司の肩が跳ねる。研究所の破壊。それはつまり篠ノ之束の手によってすべてが、姉達が消えた日の事だ。だが何故だ? 生み出される前に研究が崩壊したのなら、そもそもエムと言う存在は居ない筈なのではないか? 

 

「不思議そうだな……。簡単な事だ。あの襲撃の際、あれだけの破壊を受けながらも地下深くにあった私の培養カプセルは奇跡的に無事だった。そして生き延びた私は――」

 

 そこで、エムが静司を見つめ、そして深く笑った。

 

「持ちうる限りの全てのデータを奪い逃げたのさ……無論、元のデータは破壊してだ」

「なっ!? 何故そんな事を……!?」

「何故? 今更何を言う。私達とは何だ? 人か? 兵器か? いや違う、私達は最強でなければならない。そうでなければ意味が無い。そしてその最強に最も近いのは誰だ?」

「まさか、お前……!?」

「ああそうだ! 逃げた私は亡国機業に拾われ! そしてその技術と奪ったデータを元に完成された! 織斑千冬のコピーとして、最強たる存在に!」

「このっ……!」

 

 静司は怒りに震え、左腕を振り下ろす。振り下ろされた左腕はエムが寄りかかる岩を切り裂き、そしてエムの首を―――刎ねる寸前で止まった。

 

「何を、何を考えている!? そんな事をして何になる!?」

「ならば聞こう! 他に何があった!? あの場で生まれ、そして潰えていた者達の中に他に何があった!? ないだろう? それ以外に無かっただろう!? 貴様とてそうだ! 与えられた拠り所に縋り、そして良い様に使われていた! それが無ければ貴様とて同じだった筈だ!」

「一緒にするんじゃねえ!」

「いいや同じだ。それが何だ? 幸福? 幸せ? そんな漠然としたものを求めて何がある? その力は何の為だ? どうして与えられたか忘れたか?」

「与えられた理由なんか知らない! もうそんなものは関係ない! だが、だがな、もしお前がそんな理由でこっちに喧嘩を売るって言うのならこちらだって徹底的にやってやる!」

 

 エムの首元に添えられた黒翼の鉤爪。それが紫電をまき散らしていく。だがエムはそれを恐れる事も無く笑った。

 

「そうだ! やれ! それが本質だろう? 私達の存在意義だろう!? ならば殺れ!」

「勝手に決めつけんな! だがな、俺は決めた。もう決めたんだよ! こんな俺を支えてくれる人たちが居るのなら、その人たちとの幸福を掴む為なら何でもやるってな!」

 

 静司が左腕に力を籠めた、その時だった。

 

「させませんよ!」

 

 不意に聞こえた声。それと同時に感じた悪寒に、静司は咄嗟にエムから距離を取った.半瞬遅れて、エムと静司の間に鋼鉄のニードルが突き刺さる。

 

「こいつは!」

 

 見上げた先、高速で落下してきたのはシェーリのブラッディ・ブラッディだ。その両腕にニードルを、そして背後には4基の≪主無き棺桶≫を展開している。そしてその両腕のニードルをこちら目掛けて振り下ろす。

 

「シェーリ!」

「お久しぶりですね!」

 

 静司も黒翼の両腕の鉤爪を掲げ応戦。鉤爪とニードルがぶつかり合い、衝撃と轟音が撒き散らされる。

 

「オータム! 今のうちにエムを!」

「ちっ!」

 

 もう一機、落ちてきたのはオータムのアラクネだ。オータムはエムを抱え上げると即座に飛び上がり離脱していく。

 

「させるかよぉ!」

「こちらの台詞です!」

 

 シェーリを打ち払い静司は追撃しようとするが、それより早くシェーリが眼前に立ちはだかる。

 

「邪魔だ!」

「お互い様です!」

 

 再度、激突。限界に近い体が悲鳴を上げる。だがそれでも黒翼は違う。まだ行けると。まだ戦えとばかりに出力を上げていき、徐々にシェーリを押していく。

 

「この力……っ!?」

「どけえええええええええ!」

 

 黒翼の両翼が広がり、その翼に光が収束していく。

 

「速い!?」

 

 シェーリは咄嗟に背後に跳ぶが一足遅かった。放たれた六本の光はブラッディ・ブラッディの肩を貫き、各所の装甲を焼いていく。

 更に静司は一瞬、腰を溜めると一気に飛び出した。そして独楽のように回転しながら、その鉤爪を振るう。

 

「出鱈目すぎるッ!?」

「ありがとよぉ!」

「褒めてませんよ!」

「知ってるよ!」

 

 辛うじてシェーリは腕の装甲で防ごうとするが、黒翼の鉤爪はそれを容易く切り裂いた。部品と火花。そしてシェーリの血が舞い散っていく。

 

「こんな……!」

「邪魔だと言っている!」

 

 ブラッディ・ブラッディの右腕装甲を破壊した黒翼は≪アサルトテイル≫を展開。黒翼の背後から槍の様に放たれたそれがブラッディ・ブラッディの腹部と脚を貫く。その痛みに喘ぐ間に、今度は一気に目前まで接近した静司が膝蹴りを叩き込んだ。

 肉を抉り、骨を砕く感触。その不快感に眉を潜める事も無く静司はシェーリを蹴り飛ばす。≪アサルトテイル≫が抜け、そこから血をまき散らしながらシェーリが地面を転がっていく。

 

 

「くっ……いいのですか! こんな所で油を売っていて!」

「何を!」

 

 血を吐き、体中からも流しながらもシェーリが飛び上がり、静司もそれを追う。途中、まき散らされた機雷は両翼のR/Lブラストで撃ち落とし、一歩も下がることなく前へ。

 

「レギオンが学園を狙っています! 今度こそ貴方の大切な物を破壊するために!」

「何だと!?」

 

 そこで漸く静司も気づいた。撤退していく亡国機業と、その少し離れた場所でこちらを狙うあの砲撃型レギオンの姿を。

 

「時間は稼がせてもらいました! 今のあなたとこれ以上戦うつもりはありませんよ!」

 

 そしてそのレギオンの姿に気を取られた隙に、シェーリは高速で離脱していった。

 

「くそ!」

 

 敵を逃した事に悪態を付く。だがまだ終わってない。そう終わっていないのだ。

 

『聞こえる、静司君』

「ナターシャさん」

 

 不意に入った通信はここまで連れて来てくれたナターシャのものだ。

 

『あの砲撃型の事は確認してるわね? あれを墜とすわ。貴方は行ける……?』

 

 ナターシャの言葉にもう一度空を見上げる。どうやらあの砲撃型のレギオンは囮役という事なのだろう。捨て置くわけにはいかないあの機体を犠牲にした撤退戦。だがそれでもあの砲撃型の付近には多数のレギオン・ビットが控えている。容易に突破できるものでは無い。

 

「なら、全て焼き尽くす」

『え……?』

「ナターシャさん。そちらは残存敵戦力の殲滅を。あの砲撃型は俺がやります」

『そんな……。だけどエネルギーは……』

「まだ、行けます」

 

 ガコンっ、と背部で音が鳴りそして視界にウィンドウが浮かぶ。

 

――DFEP、セット。

 

 浮かび上がったその文字に思わず苦笑する。黒翼はやる気満々だ。そんなこちらの様子に気づいたのか、ナターシャは呆れた様に呟いた。

 

『ほんと、出鱈目ね……。大丈夫なのね?』

「ええ。なのでお願いします」

『わかったわ。……気を付けて』

 

 通信を切ると静司は小さく深呼吸をし、そして覚悟を決めた。

 

「プラズマブラスト、SET」

 

 その言葉に黒翼が反応する。両翼が外れそれは左腕へと。そして切り離された両翼が合体し、鋼鉄の翼が形を変える。羽を折り畳むように変形していき、やがては長身の砲台と変わる。そこから7本の羽が飛び出し黒翼の前に展開。互いを光で繋ぎ光のリングとなった。それは黒翼の切札である砲台。そしてその砲台は以前に増して巨大化しており、禍々しさを増していた。

 

――砲身形成完了。収束機展開完了。チャージ開始。

 

「くっ……」

 

 砲身にエネルギーが集まっていく。今まで以上の力に砲身が揺れ、そしてそれを押さえる全身に激痛が走る。それでも歯を食いしばり、静かにそのチャージの完了を待つ。徐々に振動が強くなっていき、それに呼応するように周囲の大気が胎動していく。視界の先では件の砲撃型レギオンの砲身に光が収束していくのが見えた。

 

「っ……!」

 

 痛い、苦しい。折角戻ってきても、結局こんな目に合っている自分に思わず苦笑してしまう。黒翼だって進化したのにいつもの様にボロボロだ。

 

「だけど……!」

 

 脳裏に描くのは優しく、そして自分が求めた彼女の姿。ああそうだ。それさえあれば耐えられる。それさえあれば――怖くない。だから、

 

くたばれ(発射)

 

――チャージ完了。

 

 その知らせと同時に静司は砲身のエネルギーを全て解放した。轟音と共に放たれた眩い光は以前の数倍の太さと威力を携え、一直線に砲撃型レギオンへと向かっていく。その途中にあるレギオン・ビット達を一瞬で溶かしつくしたその砲撃は今まさに砲撃を放とうとしていた砲撃型レギオンを飲み込んでいく。

 

「くっぉぉぉぉぉぉぉ……!」

 

 発射の衝撃に顔を歪めつつ、決して砲身は逸らさずに前を見続ける静司の眼には、残骸すらまともに残さずに消滅していくレギオンの姿がしっかりと映っていた。

 

 

 

 

 出鱈目。それは先ほど自分が言った言葉だ。だがそれは間違いだった。先ほどのなんて序の口で、本当の出鱈目がそこにあった。

 

「レギオン、消滅」

 

 シェーリは呆然と呟く。まだ亡国機業の撤退は完了していない。その為の囮であった砲撃型レギオン。だがそれすら落とされてしまった。あの馬鹿げた砲撃で。

 

「…………」

 

 これはミスだ。あそこで逃げずに、あのまま川村静司を止めていれば、別の結果があったかもしれない。

 

「いえ……」

 

 それは違うだろう。川村静司に対して自分は全く歯が立たなかった。きっとあそこであれ以上戦っていても、自分は敗北していた。稼げたとしてもほんの僅かな時間だけだっただろう。

そしてこのままでは亡国機業は更なる戦力を失う。現にIS学園防衛部隊の一部はこちらの追撃を開始している。そしてその中心に居るのは銀の福音とファング・クエイクだ。

 

「…………レギオン」

『しぇーり、たいへん。みんな、きえた。このまま、まずい』

「ええ、そうですね」

 

 通信を繋いだのはレギオンの一つ。最も最初に亡国機業の仲間となり付き合いも長くなってきたレギオンⅠだ。

 

「あなたのお友達は私達を助ける為に囮になってくれました。それはとても感謝しています」

『しぇーり?』

「なので今度は私がその役目を果たしましょう。なので一つだけお願いがあります。それは―――」

 

 レギオンに対しての『お願い』を言い終えるとシェーリは静かに前を見た。そこに見えるのはこちらに迫る銀の福音とファング・クエイク。そして数機のIS達。

 

「カテーナ様の邪魔を、これ以上させません」

 

 川村静司につけられた傷からは今も血が溢れている。意識ももはや危うい。それでも迫りくるIS目掛けて一直線に飛び込んでいった。

 

「はっ! お出ましかあ!」

「墜ちなさい!」

 

 真っ先に接敵したのは銀の福音とファング・クエイク。ファング・クエイクが繰り出したナイフを≪ヴァカント・コフィン≫を展開し、盾の様にして防ぐ。だがその隙に上に回った銀の福音が光りの雨を降らす。一撃一撃の威力は致命傷では無いが、数がかなり多い。そちらにも≪ヴァカント・コフィン≫を展開し防ぐ。

 

「亡国機業め!」

「墜ちろ!」

 

 そこに突っ込んできたのは2機に追随する形で来ていたラファール・リヴァイヴと打鉄だ。動きを止めたこちらに両機は一気に銃弾を浴びせにかかる。ブラッディ・ブラッディのシールドが瞬く間に減っていく。

 

「邪魔、ですよ!」

 

 光学迷彩機雷≪ゴースト≫を全方位に射出。銀の福音とファング・クエイクは気づいたのか即座に下がったが、ラファールと打鉄は違った。

 

「砕けなさい!」

 

 自らも巻き込みかねない至近距離でそれを起爆。大爆発を引き起こした。

 

「なっ!?」

「無茶するぜ!?」

 

 その行動にナターシャとスコールが目を見張る中、爆炎が飛び上がる様にしてシェーリは2機に迫る。その機体の各所から火花を散らしながら、だ。

 

「はああああああああああ!」

 

 全てはカテーナの為。その為だけに今を捧げる。

 別に大層な出会いだった訳ではない。よくある紛争。その中で潰えかけた命。それを偶々そこを訪れていたカテーナが拾い、新たな生を受けた。そんな、よくある話だ。

 

「だが! それでも私にとってはそれが全て!」

 

 ニードル展開。≪ヴァカント・コフィン≫からも砲身を展開し連射する。

 

「知るかよぉ!」

 

 ファング・クエイクがその銃撃を掻い潜って迫り、ナイフを振るう。シェーリも左腕のニードルで受け止める。

 

「どんな理由があろうとも、敵は敵だ! そうだろ、ああん!?」

「ええそうですよ……! そしてカテーナ様の邪魔をするあなた方が私の敵です!」

 

 お互いに武器を打ち払い距離を取る。その隙に銀の福音から放たれた光弾がブラッディ・ブラッディの装甲を削っていく。それでも強引に回避行動を取りつつ≪ゴースト≫を射出していく。撃墜が目的ではない。不可視の機雷は既に知られている。ならば牽制に使い、少しでも時間を稼ぐ。

 

「ぐふっ……」

 

 だが時間稼ぎもそう長くはもたない。川村静司につけられた傷は深く、最早自分が長くない事も理解していた。

 

「それでもっ」

 

 機雷を光弾が貫き、爆発を引き起こしながら銀の福音が迫る。

 

「それでも!」

 

 ≪ヴァカント・コフィン≫で応戦するが、それが光弾の集中連射によって砕かれていく。

 

「それでも――」

「うるせえ」

 

 そして、銀の福音の放つ光弾の嵐の中を連続瞬時加速で接近してきたファング・クエイクの刃が目前で刃を振るう。

 

「私はお役に立てたでしょうか――」

 

 その言葉を最後に、シェーリの胸にナイフが突き刺さる。

 そしてそれを合図として、残り全ての射出された≪ゴースト≫が一斉に起爆し、空は爆炎に包まれた。

 

 

 

 

 

 空で広がる爆炎。その衝撃は地上まで響き、轟音は体を震わせる。

 

「くっ、そ……誰だよ……」

 

 ふらふらと体を揺らしながら歩く静司にとって、その衝撃と轟音は迷惑極まりないものだった。元々、重症だったところを無理やり出撃し、エムと戦い、シェーリと戦い、そして最後のプラズマブラストがトドメだった。もはや体は限界寸前であり、気を抜けば今すぐにでも倒れてしまう。だが、まだ静司にはやらなければならないことがあった。だからこうして歩いている。

 黒翼のエネルギーも流石に尽きた。DFEPも打ち止めだ。故に空を飛ぶことすら敵わず、荒れ果てたIS学園のある人工島をゆっくりと歩いていく。

 戦闘はもう終わりだろう。亡国機業は退却を開始し、残っていた戦力もあの爆発に紛れて撤退していった。大してこちらは追撃できるメンバーがそれほど残っていない。だからひとまずは終了だ。

 

「くっ……」

 

 右目は前回の戦いで既に見えず、そして左目も今は霞んでいる。血を流しすぎた体はフラフラであり酷使した肉体が休ませろと悲鳴を上げる。それでもひたすら歩く。

 どれだけ歩いただろうか? やがて目的の場所を見つけると、静司は小さく笑い最後の力を振り絞る。早く、今すぐにでもあそこに行かなければならないのだ。そして――

 

「せーじ!」

 

 その目的の場所。そこに居た少女の叫びが耳に届いた。そして彼女が――本音が走り寄ってくる。

 

「ああ」

 

 やっと、やっとたどり着いた。もう何か月も会ってなかった様な気がする。とても、とても長い間失っていた気がする。色々と遠回りをして、様々な人に迷惑をかけた気がする。だがそれでも、それでも辿り着けた。

 

「せーじ……!」

「やあ……」

 

 正面、手を伸ばせば届く位置に本音が居た。いつもは平和そうに笑顔を浮かべている顔に涙を浮かべて。そんな顔を指せた事の罪悪感と、その姿すら愛おしく思ってしまう愚かさ。そんなものが入り混じって静司は苦笑する。

 

「っ! その眼……」

「ん、ああこれか。まあ色々あったって事で」

 

 開かない右目を見て本音が顔を青ざめる。だがこれ以上悲しい顔はさせたくない。だから静司は笑う。

 

「なんだか……久しぶりだなあ……」

「……うん。そうだよ、久しぶりなんだよ?」

「本音は、少し痩せたか……? 駄目だな、ちゃんと食わなきゃ……」

「い、いつもいつも、傷だらけなのはせーじだよ?」

「ああ、そうか……いつも通りか……」

 

 これには耳が痛かった。確かに自分が毎回こんな形だ。

 

「うん……いつも通りのせーじだよ。いつも通り無茶するし、いつもボロボロだし、えっちなのも変わってないし」

「………………」

 

 たらり、と痛みによる脂汗とは別の冷や汗が流れた。というかいつも通りって……。

 

「だけどね、いつもみたいに帰って来てくれた……っ。だから、だからね……!」

 

 涙をぽろぽろと流しながらも、本音はくしゃくしゃな顔で笑いそして両腕を広げた。

 

「おかえり、せーじ」

「――――――」

 

 ああ、これだ。これがきっと自分が求めていたものだ。

 あれだけの事があったのに。それでもいつもと同じように、いつか躱した約束を果たそうとしてくれている。そしてそれを知れただけでも、自分は苦労した甲斐があった。戻ってきた甲斐があった。そして、これからも進んでいこうという気にもなれる。

 だから静司はゆっくりと歩み寄り、そして両手を広げる本音に寄りかかる様に倒れ込みながらこう返すのだ。

 

「ああ…………ただいま」

 




ちょっと詰め込みすぎたかな

次回、みんな大好きなあの人登場

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。