IS~codename blade nine~   作:きりみや

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大変遅くなりました
申し訳ありません

前回の予告通りあの人登場回


86.狂気再来

 暗い昏い闇の中をそれは進む。

 文字通り闇に閉ざされたそこは目の前ですら何があるのかわからない程、黒く塗りつぶされている。だが彼女はそこを躊躇なく進んで行く。

 周囲に感じるのは小さな生き物たちの気配。中には危険な生物も居るが、それは彼女には適用されない。故に彼女はそれらを気にせず目的の物を探した。

 あまり時間は無い。今も遥か上――上空では敵がこちらを探している筈だ。それに見つかることなく、目的を果たす。それが彼女の使命だった。

 やがて彼女のレーダーがそれを感知した。すぐさまそちらに進路を向け、しばらく進みそして遂に彼女はそれを見つけた。

 それは棺桶だ。いや、正確には棺桶の形に似せた武器。その名を≪主無き棺桶(ヴァカント・コフィン)≫。

 彼女はそれを収容すると直ぐに中を確かめる。だが期待していた反応は無く、あったのはある意味予想していたもの。

 

『…………しぇーりのしぼう、かくにん』

 

 その武器の主、自分達を逃がす為囮となった仲間。その遺体と彼女が使用していたIS、ブラッディ・ブラッディのコア。それだけが入った棺桶は収容されると役目を終えたとばかりに量子化し消えていく。

 それを静かに見つめていると、同じ光景を見ていた仲間から通信が入った。

 

『馬鹿ね……≪主無き棺桶≫と言う名なのに、貴方が棺桶の主になっては本末転倒じゃない』

『かてーな』

『あの子の願いは受け取ったわ。戻りなさい、レギオン01』

『りょうかい』

 

 シェーリの最後の願い――自らが撃墜された後のコアの回収。その願いを果たしたレギオン01は静かに海中を進んで行くのだった。

 

 

 

 

 黒煙が上がる空をヘリや無事だったISが飛翔していく。日は傾きはじめ、長かった一日が漸く終わり始めていた。

 

「けど、俺の場合はここからなんだよなあ」

「せーじ?」

 

 流石に疲れたので座り込んでしまった静司の隣では同じように地面に座り込んだ本音の姿がある。今はぴとり、と寄りかかる――と言うより倒れ掛かる勢いで寄り添っている。本来なら立場が逆な気もしたが今はその暖かさが心地よい。心地よいのだが、

 

「このまま本音とイチャコラしたまま終われたらなあという話だよ」

「?」

 

 きょとん、と首を傾げる本音に苦笑していると近づいてくる足音が耳に入る。そちらに目を向け、静司は小さく手を上げた。

 

「……久しぶり」

「静司……」

 

 それは鈴に肩を貸された一夏の姿だった。その後ろには箒にセシリアやラウラ。シャルロットや簪。それに他にもいくつか見知った顔が居る。

 

「生きて……たんだな」

「なんとか、な」

 

 言葉を交わし、しかし二人の間に沈黙が降りる。

 一夏の顔には喜びと、そして同時にある感情が見え隠れしている。そして静司にはその感情に思い当たるものがあった。

 一夏がこちらの生存を、そして帰還を喜んでいない筈が無い。織斑一夏という男はそういう男だ。だが同時に、織斑一夏と言う男だからこそ、捨てきれない思いもあるのだろう。

 それは川村静司が篠ノ之束を殺害したという事実。言い訳もする気は無いししようも無い。何せ一夏達の目の前でそれを行ったのだから。だからこそ一夏は戸惑っているのだろう。友人として帰還を喜ぶ感情と、幼馴染の姉を殺した事に対する複雑な感情。なまじこちらとあちらの事情を知っているだけに、一夏の困惑は深い。

 

「一夏、お前が何を考えてるかは何となくわかるけどさ、きっとお前は正しいよ」

「何だって……?」

 

 喜びと怒りと困惑。それらすべてが一夏の良さだという事は静司だってよく知っている。それに殺人と言う行為が常識的に考えて推奨される様な事では無いという事も。

 

「俺は俺のやった事に対して後悔は無い。間違っているとも思わない。この考えは変わらない。だけど、一夏の考えも正しいという事は分かってる。世間一般的な感情としてはそれが正しいという事も」

「そう、だな」

 

 一夏としても思うところはあったのだろう。目を瞑り天を仰ぎ、そして数秒。肩を貸していた鈴が心配そうに見つめる中、顔を下した一夏の眼には確かな意思が宿っていた。

 

「そうだな。理由があったのは分かってる。それが静司にとってとても大切な事で、もし同じ立場になったら俺だってどう考えるかわからねえ。だけどやっぱり、静司、俺はきっと、束さんを殺した事を許せないと思う」

 

 だけど、と続ける。

 

「お前が生きてて嬉しい、という気持ちだって本物なんだぜ? だからさ、お帰り、静司」

 

 そう言って笑い、手を差し伸べてきた。その返答に静司は一瞬ぽかん、と口を開け、しかし直ぐに気を取り直すとふら付きながらも立ち上がりその手を握った。

 

「イケメンだよなあ……」

「おいいきなり何だよ」

「いや、お前は良い奴だなと言う話」

「なんだそれ」

 

 お互い視線を交わし、そして思わず笑ってしまった。

 

「しっかし、静司。アンタ今までどこに居たのよ!」

「そうですわ! 心配したんですのよ?」

「生きていたのなら連絡をするべきだろう!」

「その眼……見えんのか?」

 

 鈴、セシリア、箒、ラウラ。一夏と静司の間の空気が柔らかくなった事で、今まで成り行きを見守っていた彼女達も会話が立て続けに静司に詰め寄る。しかもその質問は尤もであるので、静司としてもなんと答えるべきか悩むところだ。正直に全てを話していたら相当時間がかかるからだ。

 そして、

 

「静司」

「っ」

 

 鈴達の背後からのその声にびくっ、と静司の肩が震える。鈴達も振り返り、一様に肩を震わせ道を開けた。そしてその間を歩いてきたのはシャルロットだ。その後ろでは簪が涙目で付いてきている。そしてそのシャルロットはと言うと

 

「ふふ」

 

 笑っていた。笑っているのに何故だろうか? 背筋が凍る様な感覚に静司は肩を震わせる。

 

「や、やあシャルロット……」

 

 静司としてもこれは避けて通れない道だと理解している。してはいるが理解と覚悟はまた別物だ。特に本人を前にした時では。

 

「しゃ、シャルロット。それで、だな……俺は」

「……」

 

 ニコニコと笑うシャルロットに対し、ダラダラと脂汗を流す静司。鈴達も顔を青くして一歩引いて見つめる中、

 

「……っぷ、あははははははは!」

「……へ?」

 

 突然シャルロットが声を上げて笑いだし、思わず静司は間抜けな声を出してしまった。だがそんな事を気にも留めずシャルロットはお腹を抱えて笑っていた。

 

「あははは、せ、静司、あんなに格好つけてたのに、震えて、っぷ、駄目、面白すぎ、あはははははははは」

「ぉ、ぉぉぅ」

 

 突然の奇行に誰もが呆然とする中、ひとしきり笑い終えたのかシャルロットは目元の笑い涙を拭う。

 

「言いたいことは一杯あったけど、静司の変な顔見てたらどうでもよくなっちゃったよ」

「変な顔て……」

 

 釈然としない気持ちで思わず己の頬を撫でる静司の姿にシャルロットは再び笑う。

 

「うん、だから今はこれだけ言っておこうと思うよ。……おかえり、静司」

「あ、ああ。ただいま?」

 

 先ほどの一夏と同じように手を差し出され、静司も反射的に手を伸ばす。だが手が触れた途端、突然引っ張られシャルロットに引き寄せられた。

 

「うぉ!?」

 

 ばすんっ、と柔らかい音を立てて二人がぶつかる。身長は静司の方が上なので引っ張られた静司の胸にシャルロットが抱きつく様な形になった。突然のその行動に静司は抗議しようとするが、

 

「ほんっ、とうに……心配、したん、だよ……?」

「……そっか」

 

 抱きつかれているので顔は見えない。見えないが、震える声と肩を見れば彼女が泣いているのが分かる。だから静司もそれ以上は何も言わず、ただそれを受け止めた。

 

「しゃるるん、しゃるるん」

 

 そしてそんな二人に本音はいつもの平和そうな笑みを浮かべ、

 

「信じて、良かったでしょ~」

「うん、……うんっ」

 

 本音の言葉にシャルロットは泣きながら頷き、そんな姿を一夏や鈴達も笑みを浮かべて見つめるのだった。

 

「けどせーじ、浮気は駄目だよ~?」

「…………」

 

 

 

 

「川村静司だな」

 

 一夏と静司たちが話している中、不意に声がかかる。そして同時に、静司達の周りを数機のISが囲んだ。

 

「なんだよアンタら!」

 

 突然の事に一夏は顔を強張らせるが、彼女達はそれを無視して一夏達を――正確にはその中心に居た静司を取り囲んだ。

 

「生きていたとはな……。だが」

 

 ちゃきり、とそれぞれが己の武器を構え静司に向けた。その行為に一夏達が息を飲む。

 

「なぜこうするか、わからないとは言わせないぞ……レイヴン」

「……」

 

 レイヴン。それは正体不明の黒い翼のIS――つまり黒翼につけられた名前。無人機と同じく、本来のあるべきISコアの数、467個の枠外から外れたイレギュラーの呼称。

 

「救援には感謝しよう。だがそれ以上に貴様の存在は異端であることを理解しているな? 貴様を拘束する」

 

 有無を言わさぬ口調でそう言い切ると静司を囲んだ者達が一斉に距離を詰める。一夏が抗議しようとそれを遮ろうとするが、それより早く別の声がかかった。

 

「おいおい、私達を差し置いて何勝手に話進めてんだよ」

「全くね」

 

 その声と同時、新たに2機のISが静司の頭上に現れた。ファング・クエイクと銀の福音だ。2機は静司の左右に降り立つと、静司を囲む者達と相対する。

 

「私達アメリカを差し置いて、何やってくれてんだぁおい?」

「……黙れ。これは国の問題ではない。IS委員会よりレイヴンの捕獲命令が出ているのは貴様らとて知っているだろう」

「ええ、知ってるわ。けどなら尚更何故なのかしらね、彼を拘束にするのに私達アメリカを蔑にするのは?」

 

 そう、静司を囲んでいたのは確かにIS委員会によって学園に召集された者達だったが、そこにアメリカの機体の姿は無かったのだ。

 

「ならばこちらからも言わせて貰おう。お前たちはこの男と一緒に現れたな? 一体どういう関係だ? もしアメリカがこの事実を知っていて今まで黙っていたというなら問題だぞ」

「想像で勝手に問題にしてんじゃねえよ。私達だって知ったのはつい最近だ。ま、大方私達がコイツの情報を得ているから自分達も、と、いった所か? コイツの存在は色々特殊だからな。だがだからこそ勝手は許されねえぜ?」

「何だと……?」

 

 訝しげな彼女達に向けイーリスは笑い、

 

「こいつの処遇を決めるのは私達でもお前達でも無い。会議室に居るお偉いさん方だって事だ」

「そういう事よ。この件については我が国の委員から報告がある。その結果が出るまでは誰にも連れて行くことは出来ないわ」

 

 ナターシャはそう言うと、心配そうに見つめていた本音やシャルロット、それに一夏達に向け小さくウインクをし、

 

「ま、尤も監視と拘束位はするけどね」

 

 どこかいたずらっぽく微笑むのだった。

 

 

 

 

 IS委員会。国家のIS保有数や動きなどを監視する委員会であるそれは、IS条約に基づいて設置された国際機関である。委員は各国に存在し、その中でも各国は代議員として代表を立てている。通常時はその代議員が話し合うが、有事の際は通常の委員もそれに参加する。そう、例えば今の桐生やアレックスの様に。

 

『漸く亡国機業を撃退したというのにまた問題か……』

『この問題はある意味亡国機業以上だな。一体どうするつもりだ』

『それを含めて聞いてみようではないか。アレックス委員の話とやらを』

 

 うす暗い部屋に浮かぶスクリーン。そこに映る者達の顔は苦虫を噛み潰した様である。まあ無理も無いなあ、と桐生は能天気な感想を持っていた。何せ、亡国機業の撃退の報が入ったのも束の間、その立役者の一人が死んだと思われていた男性操縦者であり、その男性操縦者があのレイヴンだったのだ。彼らの混乱も仕方のない事だろう。実際、桐生とて驚いた。尤も、その驚きは静司が生きていた事の喜びと、彼が堂々と姿を晒した事に対する驚きだが。そして彼の存在について、アメリカのアレックス委員から話があると、つい先ほど連絡があったのだ。

 ちらり、と画面越しにアレックスの顔を見るが彼は無表情でありその感情は読めない。静司はアメリカ軍の機体と一緒に現れたと聞いているので、彼が何かを知っているようだが……。

 そのアレックスが漸く口を開いた。

 

『ではお話ししましょう。とは言っても概要は先ほどデータでお送りしましたが』

『ああ読んだよ。随分と突拍子も無い内容だったがね。川村静司は織斑一夏を護衛する為に派遣されたエージェントであり、そしてあの黒いISの搭乗者でもあったと。ジョークにしても笑えんな』

『残念ながら事実です。因みにあのISは黒翼と呼ぶようです』

『そんな事はどうでもいい。しかしこの内容からするに……桐生委員もこの事実を知っていたのだな』

「まあ、送り込んだのは僕ですからねえ」

 

 これは言い逃れできないと悟ると霧生も素直にそれを認めた。

 

『つまりK・アドヴァンスもグルか。そこまでして何故隠した?』

『簡単です。亡国機業対策です』

 

 え? と思わず桐生もアレックスの顔を見てしまう。少なくとも桐生とK・アドヴァンスの間でそんな話をした事は無い。

 

『……説明してもらおう』

『今回の件を見て分かるとおり、亡国機業の力は侮れません。いくらISを奪ったとは言え、その資金、資材、人員はどこから来るのかが未だ不明です。ここまでの事をする組織。どこに根を張っているか分かった物ではありません』

 

 どこかで聞いた話だなあと桐生は苦笑してしまった。それはかつて、自分がこの場で静司について説明を求められたときにした言い訳と似た内容だからだ。

 

『確かに、以前もこの場で桐生委員により一人が裁かれた。だがまだそういった者が居ると言いたいのかね?』

『可能性は否定できませんでしょう?』

『……』

 

 前例があるために誰も強くは言えない。それこそがアレックスの狙いなのだろう。しかしよくもああここまで大胆に嘘をつくものだと桐生も呆れてしまう。

 

『だが、だからと言ってだ、コアを一個人が……それも468個目のコアを所有している事を許す理由にはならん。それを許してしまえば何かと理由を付けて同様の事が起きるだろう』

『そうだ! あのコアは川村静司より徴収し、適正な審査の元、何れかの国に付与されるべきだろう!』

 

 尤もな話である。コアを個人や一企業が所有しているなどは本来あってはならないのだ。通常、企業が使用するコアは厳密にはその企業のある国の物なのだから。

 

『無論、我々とてそれは考えました。ですがそれは不可能だったのです。我々が彼を保護した経緯は読んでいただけましたか?』

 

 その言葉に桐生はふむ、と考えつつ先ほどアレックスから送られてきたデータを見る。そこには『IS学園での戦闘後、海に墜落した川村静司を銀の福音によって回収した』と書かれている。しかし静司が墜落した当初、世界はISの暴走という未曽有の大混乱の最中にあった筈だ。つまりこれの意味するところは、

 

『確かに読んだ。この時の銀の福音についても聞きたいことがある。何せあのISは凍結されたと聞いていたからな。だが今は別だ。この話が何の関係がある』

『むしろそこが重要なのです。はっきりと申し上げますと、彼とあのISを切り離すことは出来ません。ISが拒否するのです』

『拒否だと? それはパーソナライズされているという事ではないのかね?』

『違います。ISの意思が彼との離別を拒否しているのです。もし出鱈目だと思うのでしたら、現在学園で拘束中の川村静司で試してみると良いでしょう』

 

 スクリーン越しに出席者たちが押し黙る。ISが離別を拒否する。そんな話等聞いたことが無いからだ。だがISに意思があるという事は以前から言われている事であり、また、ISが突然妙な動きをする事はつい最近経験済みだ。

 

『話を戻します。まず、川村静司からあのISを切り離す事は出来ない。これを前提に話しますが、そうなると私達に残された手段は二つです。一つは彼に協力を仰ぎ、戦力とするか。そしてもう一つは――殺してでも奪うか』

『…………それはいくらなんでも極端過ぎないかね?』

『しかし我らには時間がありません。亡国機業は撤退しました。手傷も負わせました。だがそれはこちらも同じ。あの戦闘でISは複数が消失。搭乗者も殆どが負傷。機体もボロボロ。つまりお互い弱っているのであり、好機であるのと同時、危機でもあるのです。そして奴らにはこちらの想像の埒外の機体を所有している。先にまた攻められれば今度こそ敗北します……このままでは』

『その為に、川村静司に協力を仰ぐと?』

『この件に関しては既に彼の了承を得ています。彼を殺して無理して奪った所で、そのISが依然いう事を聞かなければ無駄に終わりますので。そして同時に彼から情報提供があり、こちらでもその情報に信憑性を得ています』

 

 新たなデータがアレックスより送られてきた。その内容は、

 

『ISの暴走。これは篠ノ之束によってISの意思に干渉がなされた為です。そしてそれに抗ったのは亡国機業のIS。そして黒翼と、銀の福音。亡国機業については詳細不明ですが、黒翼と銀の福音についてはその理由は判明しています。銀の福音は以前も一度暴走しており、その際、最終的にはコアの意思で搭乗者を守り抜きました。つまり一度は篠ノ之博士の呪縛より逃れた。そして黒翼についてはコアの意思がコア・ネットワークへの接続を拒否している。その為に暴走を免れた。つまりその両方にコアの意思が関連しています』

 

 そこまで話したのか、と桐生は少々驚いた。そしてそれは他の者達も同じ。

 

『ネットワークに繋がっていないだと!? そんな事が……』

『コアの意思だと? だがあれはまだ研究が……。しかしそうなると福音は一度抗ったために意思が強くなったという事か……?』

『言いたいことはあるでしょうが時間が惜しいので単刀直入に言います。確かに篠ノ之束は死亡しました。しかし博士と一緒に居た謎のISは未だ所在不明であり、ISの暴走が再び起こる可能性は捨てきれません。また、手負いの亡国機業を一刻も早く叩かなければやられるのはこちらです。故に提案致します。川村静司を戦力として迎え入れる事を。そして彼の協力の下、他のコアの暴走を防ぐ手段を探し、そして全てが終わった際、改めて彼の処遇を決定するべきです』

 

 何ともまあ……

 

「時間稼ぎだねえ。だけどここまでしてアメリカが静司君に肩入れするという事は……」

 

 桐生は一人思案する。アレックスの提案は単純だ。面倒な事は一端後にして目の前の共通の問題を片付けようと言う、言わば結論の先送りだ。それはこちらにとってはありがたいが、そこまでしてアメリカが肩入れする理由はきっと何かある。

 おそらくだがこの提案は飲まれるだろう。どの国も川村静司の持つコアは欲しい。そしてその戦力も。だから実際に静司からコアを奪えるか試し、それが不可能だと判断されたらこの提案を飲むしかないのだ。何せこれなら少なくともどこか一国が一方的に得することは無いのだから。そして川村静司自身については、彼の会社や周りの物を利用すれば何とかなる。きっとそう判断するに違いない。

 全ての結論は先送り。今は最大の敵である亡国機業を叩く為に一つになる。そう言えば良い言葉に思えるが、結局それは各国がコアを、そして川村静司を手に入れるための策を張り巡らせるための準備期間にもなる。アメリカが一歩先を行っているが為に、各国は躍起になるはずだ。そしてだからこそアメリカのこの余裕の裏に何かがあると、誰もが気づいている。気づいているが、それ以上の提案は無く、この提案が最もベターと判断されるだろう。

 

「しかし静司君、君はアメリカに何を言ったんだか……ん?」

 

 思案する桐生の元に一通のメールが届いた。その差出人はアレックス委員。

 

「……」

 

 若干の予感をしつつそのメールを開き、桐生はまず目を見開き、唖然とし、

 

「なんともまあ、凄いなあ」

 

そして笑い転げた。

 

 

 

 

 まずい。

 まずいまずいまずいまずいまずい!

 

『川村静司の処遇は保留の様だな』

『ええ。そして世界は我々の殲滅に全力になる』

『これは失態だなスコール』

『そうよね。確かに成功続きだったからこそ、あれほど作戦を。そして指揮を任せたというのに、まさか負けちゃうなんてね』

『この罪は重いぞ。折角手に入れたISも失いおって』

『虎の子のエムを預けたと言うのに、期待外れもいいところだ』

 

 頭の中で響くのはつい先ほどまで話していた相手――亡国機業の幹部たちの言葉。その全ては今回の作戦を失敗したスコールを糾弾するものだった。

 

(まずい……このままではっ)

 

 無人機の回収。そして掌握。紅椿の奪取に加えて川村静司の殺害。そして世界中からのコアの奪取。今までは上手くいっていた。いっていたからこそ、一部隊の指揮官でしかなかった自分があれ程の大部隊の指揮を任されたのだ。

 だが失敗した。そう、他でもない、死んだと思われた川村静司のせいで。

 

「くっ…………!」

 

 普段は余裕しか見せないその美しい顔をスコールは歪める。このままでは自分は完全に信用を失う。そうなればこの部隊は解散。別の部隊に吸収され、自分もただの一構成員に成り下がるだろう。いや、そうなるだけマシだ。下手をすれば……消される。

 

「どうにか……どうにかしなければ……っ」

 

 爪を噛みつつ移動するスコール目的地はリビング。そこに今の自分のチームのメンバーがいる。尤も、一人は重傷。また一人は死亡してしまったが。

 

 通路を抜け扉を開くと同時、良く知った声が聞こえた。

 

「くそおおおおおおおお!」

 

 そう叫びソファを蹴るのはオータムだ。彼女はシェーリの死亡の報を聞いてからずっとこの調子だ。二人は仲が悪いように見えていたが、オータムの怒りは本物だ。そしてその眼に微かに浮かぶ涙も。

 

「あの野郎、あの野郎さえ居なければ!」

「…………」

 

 それを静かに見つめるのがエム。彼女は体のあちこちに包帯を巻いており、腕には点滴も刺されている。そしてその隣ではカテーナが静かにモニターを眺めていた。

 

「落ち着きなさい、オータム」

「っ、スコール! けど、けどよ!?」

「シェーリを失ったことは私も悲しいわ。けど嘆いている暇はないの。このままでは私達の存続すら危ういわ。直ぐに再攻撃の準備をしないと」

「けど、戦力はどうするのかしら? 幹部からこってり絞られたんでしょう?」

 

 そう問うのはカテーナだ。スコールは小さく頷く。

 

「ええ。だけどこのまま何もしないでいるわけにはいかないわ。それはあちらもわかっている筈。敵だって痛手を負っている。この機を逃す訳には行かないの。エム、調子は?」

「…………問題ない」

 

 そう答えるエムだがその声に力は無い。彼女も戻ってからずっとこの調子だ。だが焦っているスコールはその様子を一瞥しただけだった。

 

(今の状態で戦力を整えて再攻撃にどれくらいかかる? その間に敵はどれだけ回復する? デッドラインは何時?)

 

 一体どうすれば――スコールが必死に考えを巡らせている時だった。

 

『あははは――はは――はは、見-つけた!』

「え?」

 

 突如聞こえたのは聞きなれない声。そして轟音と衝撃が走る。

 

「きゃああ!?」

「何だ!?」

 

 スコールが悲鳴を上げ、オータムが焦る。その衝撃の正体は、壁をぶち破って現れた存在だった。高級マンションの最上階であるそこに、何かが突っ込んできたのだ。

 

「ははははは! ミつけたね幽霊たち! わた――様、にかかればこんな事、朝飯前って奴だね! もう昼ご、はん――食、たけど!」

「な、何なの……」

 

 それは異様な光景だった。そして異常な言葉であった。スコールはこの喋り方に覚えがある。だが覚えがあるからこそそれは異常なのだ。だってその声の主は死んだ筈なのだから。

 

「流石――様。う――ん、くー、ゃんも中々、ね! だ、から――私は――最高!」

 

 そう、壊れたラジオの様に声を発する存在。それは銀髪の少女だった。そう、かつて篠ノ之束と一緒に居た少女。そしてその少女は、まるで篠ノ之束の様に、不思議の国のアリスの登場人物の様な服装――かつての篠ノ之束と同じ服装をしている。そして白目と黒目が逆転した相貌に狂気の光を放ち、狂ったように笑いながらゆっくりと歩き出す。その度に彼女の身体に繋がれた(・・・・・・・・・・)コードと、装甲がしゃりと揺れる。

 

「ふふ、驚い、て――ねっ! けど当然の――っだね。だって私――は、――様は、十全なん――だから!」

 

 何が起きているのか。いや、この少女に何が起きたのかスコールにはわからない。分からないが一つだけ理解したことがある。

 

「あはっ♪ 終わら、無い。まだ、ね? ちー。ゃん、ほう、きちゃん、いっ――ん。それに――――――――――――――――――――川村静司」

 

 ギンッ、とその名前を出した途端、狂った瞳が細まり笑顔が消える。その様子を見てスコールは確信した。

 

「そう、川村、静司っ! 束様を殺っ――私を殺っ、けどまだ終わって――無い。だって―――束さんはまだここに居るんだからね!」

 

 篠ノ之束が。天災と呼ばれた女が目の前に居ると。

 




最後にできたあの人がなんでこうなったかは78話冒頭参照です

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