追記:16年5月23日、17年3月11日、誤字報告により修正入りました
セストラルの乗り心地は、剥き出しの筋肉に跨った感触だ。パドマとハーマイオニーの2人が騎乗するセストラルに誘導され、人気のない路地へ降り立つ。
「次に乗る時は手綱が欲しいさ」
「手綱は重要だね」
クローディアと騎乗していたルーナも同意してくれた。ハリーとジャスティンの騎乗するセストラルも無事、降りてきた。
「向こうは、ネビルしかセストラルが視えないけども無事に着いているかしら?」
ハーマイオニーが魔法省のあると思しき方角を見やる。ネビルにセストラルが視える事実はクローディアは勿論、ハリーも驚いた。彼は幼いころ、祖父を看取ったと話してくれた。
長い歳月、友達でいたのに知らない事が多い。
皮肉ではなく、奇妙な友情をクローディアは感じていた。
「無事を祈るしかないよ。ジャスティン、平気?」
ハリーは重要な役目をネビルに押し付けてしまい、罪悪感で声が上ずっていた。シリウスの夢は、罠だと断じれた。何故なら、ボニフェースがいたからだ。夢にしか現れぬ彼の姿が教えてくれた。
勿論、シリウスが完全に無事という保証もない。
長時間の飛行に体が強張ったジャスティンは、必死にストレッチして筋肉を解す。彼はこっそりグロウプと遊ぶ為に『暗黒の森』へ入ろうとしていたところを出くわした。
「うん、行けるよ。しかし、懐かしいなあ。パドマとデートしたね……」
「感傷は後にしましょう。ハーマイオニー、道案内お願い」
若干、嬉しそうにパドマは古いパンフレットを眺めるハーマイオニーへ声をかけた。3年前に発行されたパンフレットを彼女は大事に鞄へしまっていたのだ。あの鞄の中身が整頓されているか、心配になった。
案内されたのは6階建ての建物、如何にも工事現場といわんばかりに足場を白いシートで覆っていた。【解体作業中につき、立ち入り禁止】の張り紙もある。
「好都合ね。念のために『マグル避け呪文』をかけておきましょう」
ハーマイオニーが杖を構えた時、正面入り口の扉が開く。一気に緊張が高まり、全員、杖を構える。現れたのは、ジュリアだ。
「意外と早かったわね」
驚いているジュリアに杖を向けたまま、クローディアは警戒を解かない。
「この建物を解体したら、その後に何を建設するさ?」
「は? ……ああ、本人確認ね。駐車場よ」
『死喰い人』がマグルの新聞を読むとは思えないが、この情報は記載されていない。現場作業員は基本、作業内容は把握しても土地の今後の活用方法は知らない。
「間違いない、ジュリアさ」
安堵の息を吐き、皆、杖を下ろす。
「ほら、ぼさっとしていないで中に入ってよ。『マグル避け呪文』はティグルって人がやっておいたわ」
「ディーダラスさんも来ているさ?」
いそいそと建物に入り、クローディアはジュリアに着いて行く。
「メインホールは4階分の高さがあるわ。上2階は、それぞれ小ホールを設けているの」
ハーマイオニーが解説しながら、正面入り口に『施錠呪文』をかけた。真正面に受付カウンターがあり、右側に上階へ続く階段があり吹き抜けで4階まで一気に見上げられる。外からの僅かな月の光と足元を照らすライトだけが頼りの状態だ。
「後、バンスとかいう魔女よ。2人とも、私に帰れ帰れ煩いから眠って貰ったわ」
受付カウンター内に、倒れこんだ2人がいた。念の為に呼吸と体温を確かめ、生存を確認した。
「ここにいるって事は、事情を知っているんだろう? ヴォルデモートがいるかもしれないのに、ジュリアは無謀だよ」
ヴォルデモートの名にパドマの表情が強張るが、ジュリアは眉を痙攣させただけだ。
「ハリーに言われたくないし……これでも貴方達が来てくれると思ったから、踏ん張っていたんですけど」
若干、不貞腐れたジュリアはカウンター奥の扉を指差す。
「この向こうに人がいるのは間違いないわね。『施錠呪文』で開けないって言っていたから」
母の身を案じ、クローディアは迷いなく取っ手に手をかける。見た目には鍵はかかっていないが、確かに開けない。
影に意識を集中し、扉の隙間から内部を確かめる。
椅子のないメインホール。発光の熱を感じるので、天井から照明が点いている。その中心に1人、2つの非常口に佇む気配が2人。完全に罠を張っている様子だ。
「正面から堂々と行くのもいいけど、普通に裏手から行くべきだと思うわ」
ジュリアの指は階段奥の通路を指差した。
「中には3人……。1人はお母さんだとして、『死喰い人』は確実に2人以上はいるさ。非常口は見張られていると思っていいさ。照明は点いてるから、ここを開けたら完全にバレるさ」
クローディアの断言に、ジャスティンは緊張の息を吐く。
「私は正面から行きたい。ハリー、私に正面を任せて欲しいさ」
頼み込まれ、ハリーは指示を仰がれた事に目を丸くした。彼女が勝手に行動すると思ったのだろう。
「……わかった。でも、まだ行かないのでね。ルーナとパドマ、ジャスティンは右の通路に行って、ハーマイオニーとジュリアは僕と左の通路に来て。見張りの奴をどうにか出来れば、クローディアに守護霊を飛ばすよ」
「守護霊って何?」
ジュリアの質問に、ハーマイオニーが搔い摘んで説明していた。それが終わってから、それぞれが是の意思を示す。
皆の反応を見て、クローディアはハリーへ相槌を打つ。彼も緊張しているらしく、杖を持つ手が他から見ても汗ばんでいた
喉の奥を鳴らし、ハリーは全員の顔を見渡す。
「非常に危険だ。今なら、引き返せるよ」
「「「「「「そういうのいいから」」」」」」
語尾はそれぞれ違っていたが、即座に返されたハリーは緊張の笑みを浮かべる。
「クローディア、この2人が起きたら説明してあげてね」
最後にそう締め、ハリー達は左、ルーナ達は左へ出来るだけ足音を立てずに進んで行った。
独りになり、改めてメインホール内を探ろうと扉に手を伸ばす。
背後から起き上がる気配がする。振り返れば、受付カウンターで倒れていたティグルとバンスが目を覚まていた。
「ディーダラスさん、バンスさん……?」
2人の雰囲気がおかしい。その笑みは、確実にクローディアを嘲笑っている。
「「クルーシオ!(苦しめ!)」」
同時に攻撃され、クローディアは脳髄を苦痛が襲いくる。脳から神経を辿って、全身に苦痛が行き渡る。反射的に痙攣した身体が地面に転がりかけ、縋るように扉の取っ手を掴む。
――まごうことなき、苦痛。
痛みの中で、『閉心術』の単語が咄嗟に浮かんだ。自らを襲う感覚を否定し、拒絶する。
――否、拒、否、拒、否、拒。
痛みが感じなくなった隙に、クローディアは無言呪文でカウンターを2人に投げつけた。『磔の呪文』に集中していた2人は、激突してくるカウンターに驚いた。
「レダクト!(粉々!)」
バンスが唱えてカウンターを粉砕した瞬間に混ざり、クローディアは影に変身して暗闇に逃げ込んだ。
「消えたぞ。『姿くらまし』か?」
「闇の帝王自ら『姿くらまし防止術』をかけておられるのだ。ありえん、ケタケタッ」
動揺するティグルに、バンスは殊更おかしそうに笑う。
『闇の帝王』と吐いたなら、2人は『死喰い人』で間違いない。操られているのではなく、『ポリジュース薬』による他人の変身だ。
倒れた姿だけを見て、本人だと断言したのは失敗である。奇妙な違和感が脳裏を掠めた。
考えを纏める前に、『死喰い人』の2人は『解錠呪文』で扉を開いてメインホールに突入した。便乗してクローディアも影のまま、着いて行く。
メインホールの中心にいたのは、ヴォルデモートだった。杖を手にし、立ったまま瞑想している。こちらに現れるなど想定していなかったので、本気で吃驚した。
しかも、母の姿はどこにもない。
「ご主人さま、小娘が姿を消しました!」
「他の子供達は予定通り、左右に非常口から現れるつもりです」
配下の報告を聞いても、ヴォルデモートは眉ひとつ動かさない。
「小娘は逃げておらんぞ。そこに隠れておる」
冷静に言い放ち、ヴォルデモートは瞼を開かずに杖を振るう。正面口が勝手に閉じた。
突如、クローディアのいる位置に照明が向けられる。
その光を受けた瞬間、身体が強制的に変化する感覚に襲われた。変身を解く光だと察して逃げようとすれば、天井の照明は次々と影を追ってくる。逃げ切れずに変身は解かれた。
変身が解けたのは、『死喰い人』の2人も同じだ。ティグルやバンスとは違い、ずんぐりとした体格の男女になった。
獲物を見つけた目つきで、2人はクローディアに掴みかかる。体格通りの遅い動きは、避けるに容易い。しかし、別の方向から魔法の縄が飛びついて来た。それを避けた拍子、男に腕を掴まれ杖を手放してしまう。次いで、女に足を掴まれた。
不格好な姿でヴォルデモートの前に引きずり出された。
「アミカス、アレクト。よくやった、後は俺様が話す」
瞼を開いたヴォルデモートは笑みもなく、自らの衣服を触手のように伸ばしてクローディアの四肢を縛り上げた。
皮膚に食い込む痛みはあったが、堪えられない程ではない。
「お母さんは? 本物の……ディーダラスさんとバンスさんはどうした……?」
必死に声を出し問えば、ヴォルデモートはクローディアを仰向けで床へ叩きつける。背中と後頭部に来る痛みと衝撃に耐え、視界を確認する。
照明のない天井部分は上の小ホールへ突き抜けており、鉄骨の部分に3人が寝かされている。人1人分の広さしかなく、寝返りなど打てば落下は免れない。
恐怖で心臓が凍り、手足が痺れる感覚に襲われる。
しかし、脳髄の冷静な部分がここに来てからの疑問を纏める。
ティグルとバンスが偽物なら、何故、ジュリアは無事なのか――。
そもそも、ホグワーツを退学する程だった彼女に卓越した魔法使い2人を眠らせられるはずもない。『死喰い人』が彼女を気遣って演技など、考えられない。
ならば、可能性はひとつ。
「……ジュリアは、あんた達側か……?」
目だけ動かし、ヴォルデモートを睨む。
「ケタケタ、今頃、気づいているよ。この子供!」
「てめえの母親を呼び出してくれたのも、ジュリア嬢だぜえ。てめえの筆跡真似るのが巧いのなんのってなあ」
女が小馬鹿にして嗤う。男も小気味良く嗤っている。しかし、ヴォルデモートに笑みはない。それどころか、内通者に気づかなかったクローディアを憐れんでいる目つきだ。
「……アミカス、アレクト。おまえ達はあちらにいる連中を捕えて来るのだ」
そちらはルーナ、パドマ、ジャスティンのいる方角だ。2人とも送りつけるのは、ハリーとハーマイオニーにはジュリアが手筈を整えているのだろう。
「いつだ! いつから、ジュリアはあんたなんぞに与していた!?」
クローディアの叫びを無視し、アミカス、アレクトは非常口へ向かう。己の部下に目もくれず、ヴォルデモートは感情なく、淡々と語る。
「貴様の杖を返してやった日。何故、都合よくクィリナスが現われたと思っておる? ジュリア=ブッシュマンのくだらん提案があったからだ」
あの日、ジュリアはクローディアの外出を手伝ってくれた。郵便局に行きたい意思を汲んでくれたのではなく、ヴォルデモートの命令だった。
「……あんた達に筒抜けだったのか……最初から何もかも……」
絶望めいた言葉を吐き、ヴォルデモートは皮肉っぽく口元を曲げる。
「哀れなり、クローディア。愚かなベンジャミンの血筋を信じたのが、そもそもの間違いだったのだ……。ボニフェースも……ベンジャミンを信じていた……。ヴォルデモート卿に仕えなかった選択をいつかは理解してくれるとな」
それはどちらのベンジャミンかと判断するより、ゾッとする疑問が浮かぶ。
「……あんた……、ボニフェースがどういう存在か知っているのか?」
瞳を覗きこんでくるヴォルデモートは、初めて嗤った。
「知りたいか? だが、俺様にばかり喋らせすぎだ。さあ、ボニフェースの遺言を渡せ。貴様が持っていると俺様はお見通しだ……さあ!!」
ヴォルデモートは手を差し出て命じた。
目線を合わされ、『開心術』を警戒して心を閉じる。お互いに睨み合う時間は、1分にも満たないだろう。
「……渡してしまえば、皆、殺されるんだろう? あんたはそういう奴さ」
「それは俺様への態度次第だ。寛容な俺様は、礼儀を尽くす者には解放を約束す――」
――ドオン!!
轟音と煙が起こり、非常口と共にアミカスとアレクト、もう1人が吹き飛ばされた。
「カロー兄弟か、また悪質な闇の魔法使いを従属させたもんだ」
「弱者しか痛めつけられん、サディストは打たれ弱い」
現れたのは、コンラッドとシリウスだ。2人の背を護るように、ルーナ、パドマ、ジャスティンも無事な姿を見せた。一先ず安堵し、クローディアは声を張り上げる。
「上だ! お母さんは上にいる! ディーダラスさんとバンスさんも一緒だ!」
5人は杖を構えたまま、天井を見上げて確認する。危険な状態を見て、パドマが息を飲んだ。
「ジュリアが裏切っていた! お父さん、ジュリアは最初からヴォルデモートと内通していた!」
クローディアの訴えに、シリウスは驚愕に目を見開く。コンラッドは機械的に舌打ちした。
ヴォルデモートはコンラッドをせせら笑う。
「流石の貴様も妻可愛さに現れたか、母親の仇すら討とうともせん貴様が!」
「……仇討ちなど、ドリスは望まないからね」
ヴォルデモートの罵倒をコンラッドは受け流し、緑の如意棒のような物を手にして突進してきた。
地面を滑るような足取りで、コンラッドが如意棒を叩きつける瞬間、ヴォルデモートは後ろへ飛び退いた。クローディアを縛っていた触手が千切れてくれた。
代わりにコンラッドの上着がヴォルデモートの触手で裂けた。裂けた拍子に、彼のポケットから手の大きさ程の砂時計が飛び出した。
砂時計はふたつの輪に囲まれ、ただの砂時計には見えない。
動揺したコンラッドが手にするより先に、ヴォルデモートの触手が砂時計を捕らえた。
「……時間……、そうか、ベンジャミンの『逆転時計』は……貴様が受け継いでいたのか!」
歯を剥き出し、ヴォルデモートは『逆転時計』を握り締める。
(あれが『逆転時計』……、……やっぱり、こいつはベンジャミンが時間を遡った事を知っている……)
誰が教えたか推測する暇はない。
ヴォルデモートの怒りに応じて、ホール中の床がメキメキと音を立てて剥がれ出す。剥がれた床は炎のように熱を帯びていた。
「教えておいてやる! 俺様は時間を操る行為を最も軽蔑する! 過去に戻れぬからこそ、時間は意味をなすのだ! そうだろう、コンラッド!」
腹の底から叫んだヴォルデモートは、憤怒に顔を歪めて『逆転時計』を握りつぶした。
「クローディア。祈沙を頼むよ。ここは私達でなんとかする」
緊張した声でコンラッドは、頬に汗を流す。普段の余裕も、機械的な雰囲気もない。
「でも……あいつが……」
反論する前に、コンラッドはヴォルデモートと交戦に入る。助太刀しようとクローディアも『呼び寄せ呪文』で杖を手にした。そこにシリウスが肩に触れてきた。
「君は母親を助けに来たんだ。目的だけを果たせ」
一瞬、戸惑いルーナ、パドマ、ジャスティンへと視線を送る。3人とも、シリウスと同意見の様子だ。
感謝してクローディアは2・3歩下がり、床を蹴って強く蹴って剥き出しの鉄骨へと跳躍した。
メインホールと違い薄暗いが、母とティグル、バンスの姿は確認できる。
〔お母さん、お母さん〕
落ちないように気を遣い、母を揺さぶる。瞼を痙攣させた母は呻きながら目を覚ます。
「クローディア……」
ぎこちなく笑った母の言葉は、血が沸騰せんばかりに体温を上昇させた。襟元を掴み、無理やり下半身を鉄骨から落とす。ぶらさがった体勢にさせられ、相手は悲鳴を上げてクローディアの腕にしがみついた。
「な……、何を……」
「母は私をクローディアとは呼ばない。あんたは偽物だ!」
――一喝。
母の偽物は狼狽し、それでも縋る手を緩めない。『ポリジュース薬』が切れ、その顔はイゴール=カルカロフへと変わった。最後に見た時より、瘦せ細って目は窪み、皺くちゃで白髪も増えて老人と見間違えそうだ。
「カルカロフ……」
――パチパチ。
軽快な拍手が壁際から聞こえる。暗闇に魔法の光が照らされ、クラウチJrとクィレルの姿を見せる。拍手しているのは、名を知らぬ魔法使いだ。
母は3人の後ろにある簡易な寝台で横にされている。
「威勢の良い嬢ちゃんじゃねえか、五月蠅くて殺したくなるぜ」
「よせ、ソーフィン。あの娘の命はヴォルデモート卿の物だ」
クィレルの鋭い咎めに、ソーフィンはやれやれと肩を竦める。
「バーティ、ここは任せる。ソーフィン、私に着いてこい。下の蝿どもなら、いくらでも殺せ」
クラウチJrの返事を聞かず、クィレルはメインホールへと飛び降りる。ソーフィンも歓声を上げながら、飛んだ。下では光線が飛び交い、治まる様子も見せない。
相手する数が減り、クローディアは僅かに安心した。怯えきったカルカロフを鉄骨に掴まらせ、立ち上がる。ティグルとバンスは起きる気配がない。
「ティーダラスさんとバンスさんは本人か?」
「ああ、そこの2人は本人だ。イゴールに変身させたのは、彼女をそんな冷たい鉄に寝かせられないしな」
母を愛おしげに見つめ、クラウチJrは杖を構える。彼の全身から殺意が放たれている。
「父娘と来てくれて嬉しいな。どっちもぶっ殺す……」
「正直だな、あんた」
軽蔑を込め、クローディアは嗤った。
「ステューピファイ!(麻痺せよ!)」
「プロテゴ!(護れ!)」
――バキ、ゴオ!
お互い叫んだ時、建物全体が何かの衝撃で揺れた。
尋常ではない事態を察し、クローディアとクラウチJrは下を見下ろす。
蛇の姿を模した炎がメインホールを駆け巡る。しかも、先ほどまでいなかった大勢の魔法使い・魔女まで戦闘に参加している。戦闘の構図を見る限り、『死喰い人』と対峙しているが『不死鳥の騎士団』とは思えない。
「いつの間に……?」
「ルーファス=スクリムジョール! 何故、ここに!?」
それは『闇払い』局の局長だ。絶句したクラウチJrは、悔しそうに母をは振り返る。
「クローディア=クロックフィード! 今は母親を返してやる! だが忘れるな! この女を本当に理解しているのは、俺だけだ! 俺が必ず、手に入れる!」
熱弁したクラウチJrはクローディアの反論する隙間も与えず、乱戦へ飛び降りた。
「……本当に勝手な奴さ」
呆れたが、誰も相手もせずに済んだ。母の傍へ行けば、余程の昏睡状態なのか全く起きない。本部に連れて行けば、誰か助けを貰えるだろう。
ティグルとバンスには悪いが、シリウスに甘えて戦線離脱させてもらう。母を背負い、さっきから助けを請うカルカロフを引っ張って廊下へ運び出す。
嗚咽しながら這いつくばい、カルカロフは窓を破って逃げて行った。
「……折角だから、私もそこから……」
割れた破片を魔法で寄せている間に、慌ただしい足音が近寄ってきた。
ジュリアだ。彼女の衣服はボロボロで、皮膚も裂けて血が流れていた。
相手していられないが、クローディアはジュリアの胸元を見るとなしに見てしまう。豊かな胸ではなく、その胸元にあるロケットに気づいてしまった。
――【S】と記されたロケット。
ゾッとした寒気が襲い、顔の筋肉が動かすのも忘れてジュリアを睨む。
「……それをあんたが盗んださ?」
ロケットへの視線に気づき、ジュリアは慌てて両手で隠す。
「……盗んだんじゃない。取り戻したのよ! 屋敷で棚に押し込められた彼を見つけたのは、私が最初だった! 彼は私に語りかけてくれたわ。いつも誰にも気付いて貰えなくて、悲しんでいたわ。助けて欲しいって、私の力が必要だって……」
愛おしげな手つきでロケットに触れ、ジュリアは悲痛に酔いしれた表情で涙した。
「何度も助け出そうとしたの。その度にあの妖精が邪魔してきたわ。それだけじゃない! よりにもよって、あんたの母親に渡した! 日本に持って帰ろうとしたから、助けた……! それの何が悪いのよ!」
そのロケットを『彼』と呼ぶ。ジニーを支配した日記の時と同じだ。やがて、ジュリアの生気を食いつくしてヴォルデモートがもう1人、蘇ってしまう。
(もう1人……?)
浮かんだ疑問は、ジュリアの告白に乱された。
「闇の帝王に仕えて欲しいって頼まれたの……。出来るだけ、情報を与えてあげてって……、でも、私、本部の場所は口に出せないし、任務内容も知らないし、闇の帝王は全然、私の事、信用してくれないし……クィレルなんかに使い道を決めるとか言われて……。私、頑張ったのよ。貴女のお母さんを呼び出したり、シリウスが使っている鏡を隠したり、この場所を提供したり、……ねえ、私が裏切っているってわかんなかったでしょう? 私の演技は完ぺきだったでしょう? ねえ、ねえ、ねえ」
壊れたレコーダーより酷い音程で、ジュリアは喋り続ける。
母を廊下にもたれさせ、クローディアは様々な怒りの感情に従う。ジュリアの胸倉を掴む。更にロケットの鎖に手をかけた。
「こんな物があるから! そんな馬鹿な事を考えるんだ! 唆されてるんだ! 捨てろ、こんな物!」
「いやよ、絶対、嫌! ここも無くなって……ジョージもいなくて……もう私には彼しかないのよお!!」
発狂したジュリアの握力は、火事場の馬鹿力と言わんばかりに強すぎる。
「ジュリア、私達は親戚なんだ。親戚のあんたをヴォルデモートなんかに渡したくないんだよ!」
「何が親戚よ! あんたなんかが、ボニフェースの孫だなんて願い下げだわ! ベンジャミン=アロンダイトの血筋にあんたはいらない!」
血族の情に訴えようとしたが、無駄だった。逆の立場だとしても、クローディアも説得されなかっただろう。仕方ない。
「は・な・せ」
影を意識し、ジュリアの身体を自由を奪う。指一本、動かせなくなり、彼女は驚愕した。
「こんな手は使いたくなかった……」
本気を出せば、影を使わずともジュリアを組み伏せる事は出来た。体力よりも、魔法で屈伏させたほうが力の差を見せつけられる。
非難めいた目つきでジュリアは、クローディアを睨む。構わず、ロケットを掴む。
鎖が千切れたクローディアの手にロケットが渡った瞬間、ジュリアは首だけ動かして彼女の手首を噛んだ。驚きと痛みでロケットを床に落とす。
ジュリアの歯は食いちぎる勢いで、遠慮なく食い込んでくる。
「ディフィンド!(裂けよ)」
ティグルの声が唱え、ジュリアの耳が破裂する。衝撃で彼女がクローディアから口を離し、そのまま吹き飛ばされた拍子に窓へ激突し、床へと転がった。
血相を変えたティグルとバンスに駆け寄られ、手首の噛み傷を癒して貰う。
「クローディア! 大丈夫かい!? ジュリアは奴らに与していたんだ。危なかった……!?」
建物が地響きを立てて崩れ始める。廊下にも亀裂が入り、ロケットが割れ目に滑り落ちてしまった。
「『姿くらまし防止術』は解けている! さあ、逃げるぞ!」
バンスは手際よく母を抱き上げ、『姿くらまし』した。
「さあ、クローディア」
ティグルに立たされ、クローディアはジュリアを心配して一瞥した。彼女は廊下の崩れると共に下へ落ちて行った。それを見た瞬間、見捨ててしまった罪悪感に脳髄が拒否反応を起こす。
胃が逆流して嗚咽したところで、意識は途絶えた。
☈☈☈☈☈
クローディアと別れた後、正面から騒音が聞こえた。一度、戻ろうとしたがジュリアの剣幕で先に進むしかなった。非常口を見張っていた『死喰い人』を時間はかかりはしたものの、割とあっさりと倒した。
しかも、ジュリアは何故かハーマイオニーを攻撃してきたが、簡単に返り打ちにする。
「容赦ないね、ハーマイオニー」
「そりゃあ、最初から怪しかったもの。ジュリアはほとんど魔法が使えないのに、騎士団の魔法使いを眠らせたなんてね。『死喰い人』がここにクローディアを誘き寄せるにしても、誰かが提案しないと思いつかないでしょう?」
ハーマイオニーの推理力にハリーは感心した。
「さっきから音が激しいけど、クローディアってばもう戦闘おっぱじめちゃったの?」
「パドマ達が追いついたんじゃない?」
ハーマイオニーの推測した直後、銀色の兎がハリー達の前へ現れた。ルーナの守護霊だ。
「……『例のあの人』がいる……」
途切れそうな声を発し、兎の守護霊は霧散した。
まさかの事態に2人の胃が痙攣する。ヴォルデモートがこちらへ来るなど、想定外だ。
(どうして? 僕を誘いこんだ魔法省じゃなく、クローディアのほうへ来たんだ?)
――あいつまでもが、彼女を選ぶのか?
見当違いな思考が纏わりついてくる。
「早く入りましょう! いざとなれば、貴方とクローディアだけでも逃げ……」
――ゴオオン。
唐突に壁が破壊され、2人は『盾の呪文』で我が身を守る。
大穴にはヴォルデモートがいた。軽蔑した目つきで、倒れたジュリアを一瞥する。杖を振るい、彼女を起こした。
起こされたジュリアは事態を把握し、低頭して伏せた。
「……お赦しください、私は……」
「最初から期待しておらん。貴様はクローディアの母親を連れて、出て行け」
冷たく言い放たれ、ジュリアは怯えと悔しさで痙攣していた。だが、命令には従い逃げるように去った。
「ハリー、名付け親を見捨ててくるとは俺様にも予想できん事態だな」
言い返そうとしたハリーは突如、腕の痛みに短い悲鳴を上げる。拷問器具(試作品)の腕輪のせいだ。
こんな状況で痛み出し、本気で苛立った。
腕輪は段々と強い光を放ち、音もなく花火のように飛び散った。
呆気に取られる間もなく、飛び散った火の粉を通じ次々と人が現れる。10人も整然と並び、彼らはハリーを護るように立つ。その中には、ダートとサベッジもおり、ホグワーツで見た『闇払い』の姿あった。
飾りのない実用的なローブを着たスクリムジョールも現れ、列の前に出る。瞬間、『闇払い』達はヴォルデモートへ杖を構えた。
「まさかの局長自ら、お出ましか!?」
驚愕したヴォルデモートが杖を構える隙もなく、まるで銃の一斉射撃のように『闇払い』は攻撃を開始した。
ハーマイオニーに腕を引かれ、非常口を盾代わりに座り込んだ。
メインホール内も交戦中だ。
ルーナ、パドマ、ジャスティンは3人がかりでクィレルと必死に応戦している。シリウスとコンラッドまでいた。知らない魔法使いとの2対1だ。
他にも、魔法使いと魔女の3人が倒れていた。
「なんて事! その腕輪は、こういう時に備えられていたんだわ!」
ハーマイオニーは激怒した。
ハリーに着けられた腕輪は、いずれ彼がヴォルデモートと対峙した時に発動する仕掛けになっていた。
拷問器具だと嘯いたのは、ドラコなどの生徒が『死喰い人』に情報を渡すのを防ぐ為だ。完全に『闇払い』から囮を押し付けられていた。
救援が来たという安堵感より、奇妙な怒りが湧く。シリウスはここに来ていたのに、何故、まっ先に自分に来てくれなかったという怒りだ。
「ハリー、ハーマイオニー。無事? クローディアはママを助けに上がったよ」
こちらへ滑り込んできたルーナに簡単な事情を聞けた。
突如、大気中の空気が変わった。
炎の燃え盛る音と共に熱気が周囲を包む。巨大な蛇の炎が邪魔者を排除しようと動きまわった。
「あれ『悪霊の火』だ! 初めて見たよ! アグアメンティ!(水よ)!」
興奮したルーナは杖から水を噴射させて、炎を防ごうとした。
ハーマイオニーもそれに倣う。ハリーも杖を構えたが、額の傷が割れた感覚に襲われた。
その感覚が正しいと言わんばかりに、今まで感じた事もない激痛に悲鳴さえ死ぬ。激痛に苦しみ何も考えられない。
「ハリー、それは気のせいだ。おまえは傷ついていない」
ボニフェースの声がした。声だけで姿がない。
――どうして、現れてくれないの?
――貴方までクローディアのところへ行ってしまったの?
そんな思考が痛みと引き換えに胸が裂けんばかりの嘆きを与えた。
――僕はここにいる。
――僕の傍にいて。
「ハリー、私がわかる!? お願い、あいつに心を許さないで!」
ハーマイオニーの懇願が聞こえた。
どんな時でも、彼女は力を貸してくれた。ハリーが皆に遠巻きにされても見捨てなかった。
――彼女も同じだ。
――彼女って、どの彼女?
チョウ、ジニー、アンジェリーナ、アリシア……。これまで関わってきた人々の顔が浮かんでは消える。
「ハリー、この前はごめんね。言い過ぎた」
のんびりとしたルーナの口調は、記憶を遡らせた。彼女はハリーに問うた。
〝クローディアと出会って後悔している?〟
その質問はハリーの胸に暖かい滴を落としてくれた。
「してない、後悔してないよ」
――やっと、言えた。
晴れた心地になり、額の痛みも胸の嘆きも消え去った。
視界が自分の意思で動き、ハーマイオニーとルーナ、シリウスの姿を認識した。身体の重力と四肢の感覚もあり、仰向けに倒れていた。
奇妙な震動で体が揺れ、崩れる音がする。
「ハリー、良かった……」
シリウスの腕に抱かれていた。この包容が安心感を与えてくれる。
「ハリー、目が赤くなってたのよ……。もう!」
半泣きで顔を喜びに歪めたハーマイオニーを押しのけ、衣服を焦がしたスクリムジョールが覗きこんできた。
「ここは崩れるから、君達はすぐに逃げなさい。ドーリッシュとサベッジに送らせる」
スクリムジョールの言葉通り、崩壊は始まっていた。
「ヴォルデモートは?」
「残念だが、逃げられたと考えるべきだ……。何人か『死喰い人』は捕らえられたので、良しとせねばらん」
苦々しく言い放ち、スクリムジョールは何故かコンラッドを見やる。彼も白い服が台無しになっていた。
「ハリーは私が……」
「おまえは私とすぐに戻らないと行けないだろう。行くぞ、阿呆」
シリウスの言葉が終わる前に、コンラッドが彼の襟首を掴んで『姿くらまし』した。
「パドマとジャスティンは?」
「既に逃がしたとも、後は君達だけだ。このまま質問を続けるなら、瓦礫に埋もれてしまうぞ」
若干、苛々した口調でスクリムジョールに現状を突きつけられた。まだ納得できない事はあったが、ハーマイオニーとルーナの安全を優先しなければならない。
渋々、ハリーはダートの手を取った。
『付添い姿現わし』した先は、『ホグズミード村』だ。
民家の灯りだけで、夜空の星々が美しい。
セストラル2頭の引く大きめの馬車が用意され、傷だらけのパドマとジャスティンが弱弱しく手振っている。2人を連れてきた『闇払い』は屋根に座っていた。
「おやおや、随分、ボロボロだねえ」
馬車の影から、ブランクが姿を見せる。声は普段通りだが、その表情はブチ切れんばかりに険しい。
「たった今、マダム・ポンフリーから連絡が来てな。セドリック=ディゴリー、クララ=オグデン、リサ=ターピン、ネビル=ロングボトム、ロナルド=ウィーズリー、ジニー=ウィーズリーは『移動キー』にて無事に学校へ帰還したそうだ」
魔法省に行ってた皆の無事をハリーは喜んだ。
例え、『予言』を奪われたとしても、皆が無事ならそれでいい。
「尚、君達は教頭先生並びに寮監から直々の説教が待ち受けているので、楽しみにしておきたまえ」
毛布を投げ渡され、ハリーとハーマイオニーは流石に神妙な態度で了解した。
サベッジがそんな2人を見て噴き出して笑う。ルーナは毛布も受け取らず、周囲を見渡し続けた。
「クローディアは?」
ルーナの疑問に全員、お互いの目を見やる。
『姿現わし』の音が弾け、祈沙を抱き上げたバンスが現れた。
「ダンブルドアから、この女性の救出後はホグワーツに居させろと言われた」
「聞いておる。さあ、中へ」
動揺せず、ブランクは祈沙を馬車へ招き入れた。
「その女性は何だ?」
ダートの質問に、ハリー達は驚く。彼の声を初めて聞いた。
「ミス・クロックフォードの母親でマグルです」
ブランクはそれだけ答え、祈沙に毛布をかけた。
再び、『姿現わし』の音が弾ける。ティグルにかかえられたクローディアだ。手足に殺傷痕がくっきりと残り、その表情も蒼白い。彼女の姿に、ハリーは背筋に冷たいモノが落ちる。
「気を失っているだけだ」
そう言いながら、ティグルも不安そうだ。
慎重にクローディアを馬車へ運ぶ。ハリー達もダートに急かされて馬車へ乗せられた。
「わしらも学校の門まで護衛するから、安心して休みなさい」
ティグルの優しい声にハリーは頷く。
7人を乗せた馬車は、大人6人に護衛されながら普段より早めの速度で走り始める。これでは、クローディアと祈沙が起きてしまいそうだった。
そんな心配は無用であった。
何故なら、ハリー達も疲労困憊を実感して意識を失ったのだから――。
閲覧ありがとうございました。
裏切り者はジュリアでした。
再登場からわかっていたという方は、感想にて挙手をお願いします!
魔法対策のほとんどない建物で暴れたら、普通は崩れますよ。超迷惑!
●ソーフィン=ロウル
『死喰い人』の中でヴォルデモートと同等の魔力保持者。『死の呪文』が乱発できるという結構なチート野郎。
映画で、その設定が紹介もされなかった残念なおっさん。
●アミカス、アレクト
カロー兄妹。
その残忍さはアンブリッジも赤子同然。