こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。
タイトルに毎回悩みます。

追記:16年8月8日、17年3月11日、18年11月18日、誤字報告により修正入りました。


1.試験結果

 約束の時間通りにセシルの家を出れば、意外にもスタニスラフが待ち受けていた。彼の登場はパドマ、リサ、ルーナは勿論のこと、見送りに玄関に出ていたセシルの家族を驚かせた。

「御機嫌よう、皆さん。さあ、クローディア。僕がエスコートします」

 恋人の仲を見守る視線を一身に受け、クローディアは苦笑して皆に学校での再会を誓う。スタニスラフの手を取り、彼と共に『姿くらまし』した。

 

 視界の先に着いたのは、木々の配置に見覚えがある緑の茂った森だ。

「ここは……お父さんの家がある森さ?」

「正解です。入口までご一緒しますので、歩きましょう」

 丁寧にクローディアの手を離し、スタニスラフは歩き出したので彼女も続く。彼もコンラッドの生家を知っているのは想定外だ。

「スタニスラフはお父さんの家に行った事があるさ?」

「いいえ、入口まで案内できるだけです。中には入れませんよ。貴女と過ごせるのは僅かな時間です」

 残念そうにスタニスラフは目を伏せる。その回答に奇妙な疑問が浮かぶ。何故、彼が護衛として現れたのかだ。成人していても、彼は外国人だ。クローディアの護衛よりも重要な任務があるはずだ。

「……私に用事があるさ? スタニスラフ、口で直接伝えたい事とか?」

 スタニスラフは足を止めず、意識だけをクローディアに向けた。

「……悪い報せと良い報せがあります。どちらを先に聞きたいですか?」

 緊張だけを含ませ、その声は焦燥感を募らせる。

「悪い報せを頼む」

 感心の意味で微笑んだスタニスラフは教えた。

「……良い覚悟です。……巨人との同盟が崩壊しました。『死喰い人』達は巨人の集落を襲い、その人数を半分にまで減らし、生き残り者を問答無用で『例のあの人』に下らせたそうです」

 ハグリッドとマダム・マクシームが必死で紡いだ同盟が崩された。

 信じ難い状況に脳髄の奥が痙攣した。しかし、気絶するには至らない。ただ脳が揺れる気持ち悪さが不快だ。

「だったら、ホグワーツにいるグロウプは狙われないのか?」

「幼いグロウプは戦力にも欠けるので、『例のあの人』は目もくれないだろうというのがダンブルドアの判断です」

 どの道、学校内にいるグロウプを狙うには手間がかかりすぎる。

「良い報せは、セオドール=ノットとその父親は無事にダームストラング敷地内に入りました」

「……それは良かったさ……」

 信頼してはいないが、セオドールの安否はそれなりに心配していた。国外逃亡を勧めたのは、クローディアなのだ。故に成功して貰わないと後味が悪い。

 もっとも逃げ切れるかは、あの親子次第だ。

「セオドール=ノットは貴女に感謝すべきでしょう。この国が『例のあの人』の手に落ちても、更に遠くへ逃げる算段がつくのですから」

「不吉な事を言わないで欲しいさ」

 イギリス魔法省の敗北。冗談に聞こえない台詞に思わず悪態を吐いた。スタニスラフは歩みを止めて、笑顔も消した。

 ただならぬ雰囲気にクローディアは動揺せず、目線だけで警戒した。

「……僕と結婚して下さい」

 唐突な求婚、クローディアを驚きすぎて硬直する。その心理描写を表すように木々から葉がボトボトと落ちていく。

「いきなり、何を言うさ?」

 精一杯の質問に、スタニスラフは憂いのある瞳で見つめ返す。

「不安なんです。……明日にでも、僕が死んでしまうんじゃないかと……、そうなる前にやりたい事とやるべき事をやり遂げたいんです」

 声や表情、仕草に確かに怯えがある。そして、求婚に対して真剣そのものだ。だが、クローディアの心は躍らないし弾まない。

 現状に不安がないのではない。スタニスラフを愛していないので、求婚が嬉しくない。一瞬だけ、ジョージの顔が過ったのは精神の保険だ。

「ごめんなさい」

 真摯な態度には、真剣に返す。

 クローディアは斜め四十五度で頭を下げ、断った。

 風と草木が揺れる音に2人の沈黙が強調される。

「わかっていました……。ありがとう、気持ちがスッキリしました」

 失恋に悲しむような眉の寄せ方をしたが、スタニスラフは微笑む。こちらが晴れやかになれる程、爽やかな笑顔だった。

 

 家の入口である水溜まりに来た。クローディアは前回の要領で家の敷地内に入り込むが、スタニスラフはそれを見届けるのみ。そのままお別れだ。

「時間通りだね、クローディア。無事で何より」

「ほっほお、確かにコンラッドの言うとおりじゃな。久しいの、クローディア。また厄介になるぞ」

 家にいたのは、コンラッドとスラグホーンだ。この2人の組み合わせに段々と慣れてきた。

「こんにちは、スラグホーン先生。お元気そうで何よりです」

 礼儀正しくクローディアはスラグホーンを歓迎する。しかし、コンラッドの家であるだけで、彼女の自宅ではないので奇妙な気分がした。

 認めたくないが、ブラック家の雰囲気に親しみを覚えていた。

 2階に用意された部屋には、既にクローディアの荷物が運び込まれていた。ベッロも寝台を我が物のように占領中だ。いつでも会話したいのか、『説明書』を敷いていた。

 『説明書』を作成した事をコンラッドに教えていないと気づき、クローディアは一階へ下りようとした。その必要なく、相手がやってきた。

「スタニスラフとは話したかい?」

 扉にもたれたコンラッドは、【日刊予言者新聞】をその手に僅かな緊張を含ませて問うてきた。

 一瞬、スタニスラフの求婚かと疑ったが、別の事柄だ。

「巨人との件、ノット親子の無事だけさ」

 その2件を口にしたクローディアに、コンラッドは表情を崩さず新聞の記事を見せつけた。

「……では、それにアメリア=ボーンズの件を足しなさい」

 スーザンの叔母だ。

 引っ手繰るように新聞を奪い、クローディアは記事を読んで焦燥感で胃が痙攣した。非情なる事態に思わず、唾をひとつ飲み込む。

 スタニスラフの態度が普段より重かったのは、これも要因だ。

「……スーザンには……もう伝わったさ?」

「それは私の関知しない事だ。いずれは知れるだろうね」

 確実にスーザンは悲しむ。亡骸を見る事さえできない。面識のないボーンズ氏に黙祷を捧げ、クローディアは新聞をコンラッドにつき返した。

 そして、亡骸という言葉でクローディアはドリスを脳裏に浮かべる。

「お父さん、お祖母ちゃんの遺体は……」

 言い終える前にコンラッドの目の温度が下がる。それ以上、口にするなという無意識の命令だ。

「全てが終わったら、墓参りにへ連れて行ってあげよう。場所はルシウスに知られている。何らかの監視が着いているはずだ。今、行くのは危険すぎるよ」

 一応の納得をして、クローディアは口を噤んだ。

 

 夕食にはカボチャの煮付けとお吸い物、秋刀魚の丸焼きが並んだ。季節外れの秋刀魚の登場に嬉しい。しかも、味も良い。

 悲報が伝えられても、コンラッドの手料理のお陰で活力が蘇る。

 食事に集中するクローディアとスラグホーンの2人と違い、コンラッドは紫のパンフレットを眺めながら食していた。魔法省公報から配布されたモノだが、彼女はまだ目を通していない。

「お父さん、後で読むさ」

 指摘されたコンラッドはパンフレットを閉じ、無言で食事を続けた。そのパンフレットは何故かベッロが尻尾で床に落としてまで読み耽った。

 食事は終わり、コンラッドは食器を洗う。その間にスラグホーンは風呂へ向かい、クローディアは食卓を台拭きで拭き終える。

 ベッロが読み終えたパンフレットを拾い、椅子へ腰掛ける。

 魔法省公報から提案された安全指針のほとんどは、『不死鳥の騎士団』では既に実地されている。

 1.一人で外出しない。

 2.暗くなってからは特に注意すること。外出は可能な限り暗くなる前に完了するよう段取りする事。

 3.家の周りの安全対策を見直し、家族全員が『盾の呪文』、『目くらましの呪文』、未成年の家族の場合は『付き添い姿くらまし』術などの緊急措置について認識するよう確認する事。

 4.親しい友人や家族の間で通用する安全の為の質問事項を決め、ポリジュース薬使用によって他人になりすました死喰い人を見分けられるようにする事。

 5.家族、同僚、友人又は近所の住人の行動に異変を感じた場合は、速やかに魔法警察部隊に連絡すること。『服従の呪文』にかかっている可能性がある。

 6.住宅その他の建物の上に『闇の印』が現れた場合は、入るべからず。ただちに『闇払い局』に連絡する事。

 7.未確認の目撃情報によれば、死喰い人が『亡者』を遣っている可能性がある。『亡者』を目撃した場合、または遭遇した場合は、ただちに魔法省に報告する事。

 安全指針の7項目に『亡者』の名があり、クローディアは疑問を浮かべる。反射的にコンラッドを呼ぶ。

「お父さん、『亡者』ってロケットを隠していた洞窟にいる奴らさ? 湖の中にいたって言っていたけど、何処にでも現れるさ?」

「そうだよ、『亡者』は意識のある死体だ。意識があるから、闇の帝王に従っていたほうが良いと考えられる。ただし、個人の感情はないよ」

 ゾンビとの違いが判断しにくい。しかし、ヴォルデモートが『亡者』を生み出しているのではないと理解できた。それよりも、自分でロケットと口にしてから強烈な閃きが起こる。重要な閃きだが、クローディアは背筋が凍った。

「お父さん……、あのロケットの事だけどさ。ジニーを支配した日記のように、ジュリアを虜にしてたさ。つまり、ヴォルデモートが既に蘇っているのに、ロケットも他人の命と引き換えにヴォルデモートとして形を得られるって……どういう事さ? 分身の術みたいなもんさ? 魂を分けた……」

 

 ――――ガタガタ、バッタン。

 

 言い終える前に騒音が起こる。敵を疑い、身構えて2人して振り返る。青ざめたスラグホーンが尻もちをついていた。

 傍でカサブランカの宿り木まで倒れている。音の原因は宿り木だ。カサブランカがいなくて幸いだった。いたとしても、あの翼なら問題なく逃げられる。

 何故かはわからないが、スラグホーンはその場に倒れ込んだ。この時、クローディアは彼が転んだのは室内スリッパの履き心地が悪かったのだと思った。助け起こそうと、彼女は一歩踏み出す。

 しかし、コンラッドの手に妨害された。

「スラグホーン先生、何に動揺されました?」

 機械的な口調から、緊迫な雰囲気が醸し出される。その質問に答えなければ、我が身に危険が及ぶ。そんな気迫が込められている。

 呼吸の仕方を忘れたようにスラグホーンは、わざとらしい程に荒い呼吸を繰り返す。顔色が青を通り越して白くなった。

「……何の事だか……わからない……」

 荒い呼吸の隙間に無理やり言葉を吐くスラグホーンに、コンラッドは納得しない。恩師に距離を詰めた元教え子は、視線を合わせる為に屈んだ。

 クローディアは『開心術』を使おうとしていると推測した。スラグホーンも同様だったらしく、シワのたるみで隠れそうな眼が警戒の色を帯びた。

「スラグホーン先生、私は『開心術』を使いません。尊敬する師である貴方にそのような無礼は働きたくない。ですから、お答えください。貴方は何に動揺して腰を抜かしたのですか?」

 機械的な口調に冷淡を帯びさせ、コンラッドはもう一度質問を繰り返す。

 クローディアから見えないが、コンラッドはおそらく微笑を浮かべている。何故なら、スラグホーンも口元を痙攣させて笑っているのだ。

 おもしろい事があるから笑うのではない。反射的、自己防衛による笑みだ。

「……ち、違う。誤解だ、コンラッド。私は足を滑らせただけだ……何にも動揺なんてしてないよ。やれやれ、どっこいしょ」

 無理やり起き上がるスラグホーンへコンラッドは手を差し出す。だが、恩師はその手に触れず起き上がった。彼の動きに合わせて、元教え子も立ち上がる。

「分霊箱(ホークラックス)」

 何の前触れもなく、コンラッドは呟く。否、この場のクローディアとスラグホーンに聞こえるハッキリとした声量だ。

「クローディア、魂を分ける魔法だよ。正しくは分割した魂の断片を隠した物、それを『分霊箱』を呼ぶ。『分霊箱』に納められた魂の断片は、本体の死を防ぐ……」

「やめろ、コンラッド!」

 言い終える前にスラグホーンの一喝が説明を遮った。怒声のようだが懇願に近い叫びだ。

 呆気に取られたクローディアは、口を挟まず状況を整理する。

 トム=リドルの日記、【S】のロケットはヴォルデモートの分霊箱。少なくとも彼の魔法使いは魂を3つに分けている。死を回避する魔法など、ムーディの口でさえ聞いた事ない。しかし、この2人が知っているならば知る人ぞ知る魔法なのだ。

 では何故、世にあまり知られていないのか? 習得が難しい為か?解剖の多い『魔法薬学』の教授だったスラグホーンがここまで拒むなら、精神的負荷が強い可能性もある。

「クローディア」

 脂汗の滲んだスラグホーンは口元を噛みしめ、確かめるような視線を向けてきた。

「君はそんなモノに興味を持ってはいけない。今、聞いた事は忘れるんだ。いいね、誰にも話しちゃいかんし、詮索なんて以ての外じゃ」

 警告よりも保身に聞こえる訴えをクローディアは返答に、一瞬だけ、困る。困りはしたがすぐに口を開いた。

「約束できません。その魔法が私に必要ならば、調べます」

 クローディアの回答にスラグホーンの瞳に失望が見えた。慌てず、彼女はまっすぐと恥じる事無く続けた。

「調べるだけで使いません。それだけはスラグホーン先生に誓います。決して、使わないと約束します」

 知識として得た魔法は全て使わなければならない規則も法もない。分霊箱が闇の魔法として最悪に部類するなら、尚の事、使いたくない。

 間を置いて、スラグホーンは自らの口元に手をあてる。口元が安心の意味で緩んでいた。

「……『ホムンクルス』がどうして生まれるか、知っておるか?」

 単純な質問ではないと察しながら、クローディアは首を横に振る。

「それは自分への執念だ。血族ではなく、自分自身を生かす為の手段として『ホムンクルス』は生まれる。完璧に本人として生まれた事例は、わしも知らん。ほとんどが生物としても未熟なモノばかりだ。ボニフェースは本人ではなかったが、素晴らしく人間に近かった。君はそれ以上だ。完全な別人として成り立っている。人間としての違和感もほとんどゼロと言っていい。ただ……君の祖父は、執念も信念もなく技術だけで君を完成させた。それがわしには……分霊箱より恐ろしい……。シギスマントも己が弟子がそこまでになるなど、考えもしなかったじゃろう」

 シギスマント=クロックフォードは平凡だった。それは十悟人から聞いている。平凡故に技術を磨きたがった。それが『賢者の石』を持ち出す一件まで発展した。

「先生はシギスマントにお会いした事があるんですか?」

「いいや、ないよ。ないが、研究者としての興味は勿論ある……」

 今のスラグホーンは、そのシギスマントから何かを学ぼうとしていた。真剣に問題に取り組む表情だ。

「少々、喋り過ぎた。わしはもう寝るよ。……おやすみ」

「おやすみなさい」

 疲労感を全身に漂わせてスラグホーンは客室へと引っ込んだが、コンラッドは止めなかった。足音が遠ざかり、扉が閉まるのを耳で確認した。

「先生に聞きたい事があったんじゃないさ? 挑発して自発的に喋らせようとしたさ? あれはやりすぎさ」

 批判する目つきでクローディアは、コンラッドに事と次第の説明を要求した。しかし、彼は考えに耽って娘の話を聞いていない。

「お・と・う・さ・ん」

 耳元で発音良く呼び、ようやく気付いて貰えた。

「先生に何を聞こうとしたさ?」

 少々、不機嫌に問えば、コンラッドは指を鳴らす。何かの魔法を行使させたと推測した。

 身体に違和感はないのでクローディアへの魔法ではない。

「私達の会話を周囲から遮断したんだ。後で教えておこう」

 紅茶を用意しながら、コンラッドは座る。クローディアも向かいに座わった。

「スラグホーン先生は、何かをご存じだ。『分霊箱』が関係しているだろうね。憶測や推理ではなく、確かな情報を知りたいんだ」

 クローディアに対しての呟きに聞こえない。最近は質問しても返ってくるが、コンラッドにしてみれば彼女は戦友として頼りないのだろう。存在を無視されているように感じ、苛立ちが募る。重要な事はこちらも知りたい。

 ならば、質問を変える。

「『分霊箱』について教えて欲しいさ。先生が怯えるには何か理由があるさ?」

 意外そうに目を丸くしてから、コンラッドはクローディアから目を離さない。

「『分霊箱』を作成するには、生け贄がいるんだ。虫やウサギじゃなく、人間の生け贄だ。殺人が条件の魔法なんでね、邪悪な魔法として伝授を禁じている。名を出す事も憚れる。私は、トトから説明を受けた。私は知っておかねばならない立場にあるしね」

 殺人による魔法。

 魔法による殺人ではない。全く違う。

 心臓が縮むほど、痙攣した感覚に襲われたがクローディアは毅然とコンラッドへ質問する。

「日記はバジリスクの牙で破壊されたさ。つまり、死を防いで貰えるのは本体の魂だけ……、ロケットはジュリアを誑かしてお母さんから逃げたさ。つまり、物に定着した魂の欠片は自力で物から逃げだせない。……分けた魂は本体に戻せるさ?」

「文献では良心の呵責が元に戻す条件とされているが、自らが滅ぼす程の苦痛に耐えねばらんそうだ。闇の帝王には、万が一にもないね……」

 機械的にせせら笑うコンラッドと違い、クローディアの表情はより険しくなる。

「つまり、ジュリアはロケットを隠し持っていたさ。ヴォルデモートがそんな大事な物を彼女に預けたままにするなんて考えにくいさ。……あいつ、洞窟からロケットが消えた事も知らないさ?」

「それは確実だ。闇の帝王は日記が破壊された事しか知らない。ルシウスめ、日記が分霊箱と知らずにあの事件を起こしたからね。アズカバンから脱獄しても、闇の帝王はルシウスを受け入れないかもしれないな」

 無関心そうに呟く。口に出したのはクローディアに聞かせる為だと察した。

「……それらの事は校長先生は勿論、ご存知ですよね?」

「勿論、知っているとも。ダンブルドアとトトは、同じくらいの情報を持っているはずだ。お互いに嘘がなければね」

 肯定が返り、妙な感覚が胸を騒がせる。スラグホーンはトトの事を分霊箱より恐ろしいと評した。

 何故、クローディアはそれを否定せず、疑問にも思わなかったのだろう。それは彼女自身もトトに言葉にならない恐怖を感じたからだ。

 クリスマスの夜、マーリンの名を出した瞬間。あの威圧感は未だ誰からも受けていない。

「話は逸れるが、私達の間に合言葉はいると思うかい?」

 パンフレットの4項目を指でなぞり、コンラッドはこちらを覗きこむ。家族の間で質問事項を事前に決めておく対策。

「合言葉は調べられてしまえば、終わりさ。それよりも本人の癖や言動から、区別をつけたほうが私はいいと思うさ。あくまでも、私の場合はって事さ」

「そうだね、おまえらしい。では私達の間で「質問はなし」だ。覚えておきなさい。さて、私はお風呂でも頂こうかな」

 席を立つコンラッドをクローディアは引き留めた。

「会話を聞かれない魔法を教えてほしいさ」

 わざとらしく思い出したコンラッドは『耳塞ぎ呪文』を教えてくれた。

「会話は聞かれないだろうが、……唇の動きを読まれる危険があるから、注意したまえ」

 口元を手で覆い、コンラッドは目元で笑った。その仕草が子供っぽく見えて笑ってしまう。

「読唇術なんて、スパイ映画じゃないさ」

「何言っているんだい。ここはイギリスだよ? スパイぐらいいるとも、魔法界にもね」

 言われてから、この国はスパイ国家としても名高いのだと思い出した。

 

 翌日、またスラグホーンは家から姿を消していた。

「おや、おかしいね。明日まで泊まる予定だったのに」

 素知らぬ顔でコンラッドは首を傾げていたが、彼も昨日の分霊箱の話題が原因だと確信を持っている。

 こちらも予定を変更して、家を出る事になった。

 行先はトンクスの家だ。

「娘のドーラから聞いているよ。さあ、ゆっくりして行きなさい」

 そこでニンファドーラ=トンクスは父親に似ているという印象を受けた。但し、テッド=トンクスはスラグホーンのように腹が大きい。体型まで似なくて良かった。

(ドーラってなんかのアニメで聞いたような気がするさ)

 二ンファドーラの愛称よりも、気になるのは母親のアンドロメダ=トンクス。髪の色など細かい違いはあるがベラトリックスに似ていたため、目にした瞬間、強張ってしまった。ただ、じっくりと見続ければ他人だと認識できた。

 初見ならば、誰もが見間違えてしまう。

(偶々にしては似すぎているというか……)

 口に出しては失礼と思い、視線だけでコンラッドに問いかけた。

「こちらのアンドロメダは旧姓をブラックと言う。ナルシッサ、ベラトリックスの姉だ。とは言っても、実は私も初対面でね」

 囁かれた情報に親戚関係が繋がった。

「あの屋敷にいたなら、ブラック家の家系をご覧になったと思うのだけど……。見なかった?」

 苦笑していたが、アンドロメダは親しげに声をかける。

「いいえ、見ていません。あまり興味なくて……」

 素直に答えても、アンドロメダの笑顔は崩れなかった。

「私は夫と結婚した時に、家系図から消されたはずだから知らないのも無理ないわ。ちょっと、からかってみたの」

 それどころか家系図に興味のない態度を気に入ってくれた。あの2人の姉とは思えぬ愛想の良さを持っていた。

 

 3日間も親子共々お世話になり、トンクスの自由奔放な性格の起源がよく理解出来た。テッドの娘への溺愛ぶりが聞いていて恥ずかしかった。

「父が私の事、ベタ褒めだったでしょう」

 迎えに来てくれたトンクスと共に本部の屋敷へと『姿くらまし』した。

 クリーチャーの無表情な出迎えにも慣れてきた。

「私は用があるので、2・3日は留守にする。クリーチャー、この子を頼むよ」

「はい、コンラッド様。クリーチャーはコンラッド様の命令に従います」

 頼まれたクリーチャーは主人への応対のようにコンラッドへ返事した。

「私もいるんだけど」

 トンクスと共に置いて行かれ、クローディアは家系図のタペストリーを見に行く。確かにアンドロメダの名はなかった。シリウスもないと今、気づいた。

 よく見渡せば、押しつけられた焦げ痕が何か所もある。頭にある数少ないブラックの名から、アンドロメダとシリウスが元は何処に記されていたのか推測した。

(あ、マルフォイの名があったさ)

 ナルシッサの名がルシウスと繋がり、そこからドラコへと着く。学期末の宴で見た彼の表情を思い返そうとするが、浮かばない。

 心配ではなく、警戒の意味でドラコには注意が必要だ。

(ルシウス=マルフォイが投獄されたのに、嬉しいとか捕まって安心とかもなかったさ)

 コンラッドは言った。ドリスは仇討ちを望まないと――。

 それがドリスの息子として下した判断なら、異を唱える気もない。

(全てが終わったらか――)

 全てとは何なのか、クローディア自身は決まっている。クィレルとの決着だ。

 あの男への情けが全ての始まり、故に終わりもそうだ。

 だが、コンラッドにとっての終わりとは何なのか、見当もつかない。

 

 翌朝、本部にジニーがアーサーに連れられてやってきた。

「やあ、クローディア。ジニーは明日の朝に迎えにくるよ。またね」

 食事に来ているシリウスが飲み物を勧めたが、慌ただしくアーサーは去って行った。

「アーサーは新しく出来た部署の局長になったんだ。『偽の防衛呪文ならびに保護器具の発見ならびに没収局』……長い名前だ。ヴォルデモート暗躍を便乗してイカサマ道具が出回りだすから、それらの回収だよ」

 やれやれとシリウスは肩を竦める。

「ねえクローディアはビルをどう思う?」

 満面の笑顔で笑いかけてくるジニーの質問の意図がわからない。異常に元気の良い態度も気になった。寝起きのせいだと思い、クローディアはクリーチャーの用意してくれた朝食を頂きながら、思考する。

「そうさね、良いお兄ちゃんだと思うさ」

「そう、私も貴女はいいお姉ちゃんになれると思うわ。ちょっとビルを意識してみない? 結婚相手として」

 唐突な提案にクローディアはビックリし、目玉焼きを吐き出した。

「……ジニー、私とジョージの関係を知っていてそう言っているさ?」

「そうだったわ、危うく私がジョージに殺されるところだったわ。だったら、ビルとトンクスってどう思う? 私は2人なら上手くいくと思うの」

 切り替えの早さにクローディアは思わず、シリウスと目を合わせてしまう。

「何かあったのか?」

「今、うちに誰がいると思う?」

 急に不機嫌な顔になったジニーから、『隠れ穴』には彼女の嫌い、もしくは苦手な人物が滞在していると予想できる。

「フラー=デラクールよ! あの牝牛が来年、ビルと結婚するの! 私達家族の仲間入りよ!」

 2人が答える前に若干、半ギレ状態でジニーは乱暴に答えた。

「「それはおめでとう」」

 クローディアとシリウスが声を合わせてお祝いの言葉を述べれば、ジニーは消化不良な顔つきになる。そこへクリーチャーが飲み物を用意してくれた。彼女はそれを飲み干して、一息つく。

「うちの家族と少しでも親しくなれるようにって、ビルがあの女を泊めているんだけど、もう私のする事にイチイチ挙げ足を取って、本当に腹が立つ! だから、一泊だけ逃げてきたの。明日はロンが来るわ。その次はママよ。呼んでおいたビルは忙しくて、全然、帰って来ないし……、寝るまでが本当に苦痛!」

「モリーがここに来なくなったと思ったら、そういうことか……流石にフラー=デラクールに屋敷に来てもらうわけにいかんしな」

 苦笑するシリウスにジニーは大いに頷いた。

「クローディアを『隠れ穴』に招待したかったけど、牝牛のせいで呼べなくなったの。来週にはハーマイオニーも来るから、……ただでさえフレッドとジョージの商品が部屋に山積みで手狭なの」

「ハーマイオニーもここに呼べばいいさ。そういえば、ハリーはいつ家から移動するさ?」

「まだ決まっていない……しかし、休暇の最終日には屋敷へ来てもらう手筈だ。おそらく、彼女も一緒に来るだろう」

 クローディアとシリウスで別の話へ持って行こうとしても、ジニーは延々30分もフラーへの不満を語り続けた。

 

 それから翌日、ジニーと入れ違いでロンがやってきた。

「いやあ、助かったよ。もう、家の中がギスギスしちゃってさあ。フラーのせいってだけじゃなく、毎日パパの帰りが遅いからママも不安でね」

 僅かな解放感に浸り、ロンは安心し切った顔で喜ぶ。

「フレッドとジョージがいれば、フラーとの間も取り持てるだろうさ。2人は何をしているさ?」

「店に泊まり込みだよ。商売繁盛良い事さ。ところで、ハリーはいつ来るの?」

 ロンの質問にクローディアは頭を振った。

「ハリーの心配もいいけど、『DA』で学んだことを復習とかしたさ?」

 この質問にロンはそっと目を逸らしたので、この日は大人の目を盗んで防衛術の練習を行った。

 

 更に翌日のモリーの来訪が一番、手強かった。

 いかにビルとフラーの結婚が早いのかをクローディアに力説した。

「『例のあの人』が戻ってきて色々と不安になっているから、結婚に走るんです。前の時もそうだったわ。あちこちで駆け落ちが流行ったわ。貴女にはそういう話来てないわよね? ダメよ、受けちゃ」

 スタニスラフの求婚は黙っておいた。

 

 一週間程経ち、クローディアは18歳になった。

 コンラッドがささやかながら、誕生日ケーキとそれに伴った料理を振舞ってくれた。そういう時に限って、リーマスやマンダンガスが食事目当てで現れた。

 誕生日への贈り物として微妙に嘘臭い護符を貰った。

 食事を終えてから、クローディアは本部近くのペネロピーの自宅へ移された。予想外の宿泊先に彼女を余計な事件に巻きこむのではないかと心配になる。

「ペネロピーは覚悟の上だよ。遠慮せず、彼女に甘えなさい」

 コンラッドの囁きにクローディアは少々、安心する。

「よく来てくれたわ、貴女の顔が見れて嬉しい」

 ペネロピーは涙を浮かべて歓迎してくれた。彼女の瞳が一瞬、お向かいの空き家へ向けられる。クローディアも、そこがジュリアの家だったと知っている。

 空家だというなら、ジュリアの家族はもうロンドンにいない。

「私はあちらにいるから、何あったらすぐに知らせなさい。ペネロピー、クローディアをお願いします。3日後に迎えに来る」

 最低限の礼儀をペネロピーに示し、コンラッドは歩いて行った。

「さあ、入って! 今、独りで暮らしているから、ちょっと寂しかったの。はーい、ベッロ! 貴方に会うのも久しぶりねえ」

「お邪魔します」

 痛々しい程、無理やりはしゃぐペネロピーにクローディアは出来るだけ自然な笑顔を向けた。ハリーやフィッグの家とは違う構造で、壁紙や調度品もアットホームな雰囲気を放つ。しかし、何処となく物が足りない印象を受けた。

「両親は今、フランスにいるの。パリよ! そこで来年には事務所を開くわ」

「来年なのに今からパリで暮らしているさ!? 気が早いさ」

 ビックリしたクローディアは思わず、叫んでしまう。

「そりゃあ、パリでの生活が身体的ストレスにならないか確かめる為よ。無理だったら、諦めないといけないしね」

 開業の心得など知らないが、本当に手間暇かかるようだ。

「1人暮らしだと、安全項目を守れないんじゃないさ?」

 ペネロピーが用意してくれたショートブレッドを齧り、クローディアは指先を動かして「アクシオ」と唱えて紫のパンフレットを呼び寄せる。

 物を浮かせたり、呼び寄せる程度なら、杖がなくても簡単にこなせるようになった。ペネロピーも勿論、出来るので驚かない。むしろ、そのくらい出来て当然のように振舞った。

「心配しなくても、大学の友達が来てくれるわ。その子も独り暮らしだから、ちょうど良かったわ。大学といえば、貴女の進学どうするの?」

「……癒者を目指す事にしたさ」

 ペネロピーに話すのは初めてだ。彼女は意外そうに目を丸くしたが、微笑ましく頷いてくれた。

「そう、自分のやりたい道を見つけたのね。なら、OWLの結果が待ち遠しいわね」

 その言葉を待っていたように窓の外から、フクロウ2羽が飛び込んできた。片方はカサブランカだ。

「私のフクロウは【ザ・クィブラー】だけど……、その手紙」

 カサブランカの足にあったのは、間違いなく試験結果だ。

 ついに訪れた瞬間、クローディアは学生としての緊張で深呼吸する。緊張の移ったペネロピーも口元を手で押さえて無言を貫いた。

【普通魔法レベル成績(O・W・L)

 クローディア=クロックフォードは次の成績を修めた。

 天文学・良 薬草学・優 魔法生物飼育学・良 魔法史・良 

 呪文学・優 魔法薬学・優 闇の魔術への防衛術・優 変身術・優 

 古代ルーン文字学・良 数占い・良】

 落第した科目はない。目的とする科目は全て「大いによろしい」を意味する優・Oだ。『古代ルーン文字学』が「期待以上」の良・Eだったのは反省だ。

 一先ず安心したクローディアは肩で息をし、試験結果をペネロピーに見せた。

「家族より先に見ていいの? では、遠慮なく」

 躊躇いなく、ペネロピーは試験結果をひったくりベッロと共に一文字一文字、丁寧に読み込んだ。

「よくやったわ……。これで貴女もN・E・W・T学生よ」

 感慨深く、ペネロピーは試験結果を抱きしめる。我が事のように喜んでもらい、クローディアは嬉しかった。

 その晩、誕生日の祝いも兼ねてペネロピーはクローディアに2人で食べるには豪華な夕食を用意してくれた。

 そこへカサブランカは大量の手紙を運んできた。

 クローディアの誕生日を祝うカードがほとんどだ。ハーマイオニーからも試験結果を報せる手紙が届く。やたらと長い文面は、試験1・ハリーの状況2・フラーへの愚痴7の割合で書かれていた。

(ハリーは『隠れ穴』に移されたさ……。スラグホーン先生がホグワーツに復職する!? ……『魔法薬学』の教授が2人? ……『占い学』のように2人も着けるさ? ……ハーマイオニーは『闇の魔術への防衛術』に先生が着任すると思っているけど)

 コンラッドに相談しようと決め、クローディアはスラグホーンの件を補完した。

 寝る直前までクローディアは皆への返事を書くだけで精一杯。その様子をペネロピーは楽しそうに眺め、ベッロと遊んでいた。

 




閲覧ありがとうございました。
ドーラという名前を改めて聞くと、某ジブリキャラが出てくる。
今まで家系図を見ていなかった不思議。

●テッド=トンクス
 ニンファドーラの父親、マグル生まれ。
 中年太りか腹が出ている。
●アンドロメダ=トンクス
 ニンファドーラの母親。
 顔つきはベラトリックスに似ているが、穏やかさと親しみやすさがある。
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