こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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追記:18年9月3日、18年11月18日、誤字報告により修正しました。


2.横丁の変化

 ペネロピーの家を去る時、コンラッドの迎えが来た。

「元気でね、クローディア。きっと、また会いましょう」

 別れを惜しむようにクローディアを抱きしめ、ペネロピーは絶対の再会を願った。勿論、こちらも喜んで彼女に再会を約束する。

「ベッロは連れて行けない。ペネロピーに預けておく」

 2人は大きな通りまで歩き、タクシーを捕まえて乗り込む。到着した先は、何の変哲もないマグルのホテルだった。

 建物の形に見覚えがある。

「お父さん、ここに来たことあるさ?」

「あるよ。おまえを最初に泊めたホテルだ」

 コンラッドの説明を受け、クローディアは懐かしさよりも驚きが大きい。ホテルマンに荷物を運ばれ、ロビーやエレベーターを通る内装に記憶の限り変化はない。

 客室に通され、コンラッドはホテルマンにチップを渡してから口を開いた。

「こちらはハンスだ。以前も彼には良くして貰ったが覚えているかな?」

 紹介されたハンスは帽子を取って、顔がよく見えるようにしてくれた。しかし、残念だが覚えていない。素直に伝えても、彼は愛想よく笑い返す。

「私の息子もホグワーツでしてね、お嬢さんの話は息子からよく聞いてますよ。先日も『ノスタルジックホール』で、『例のあの人』を見たとか……興奮しながら話してましたが、本当か聞いても?」

「それは本当ですが……」

 ホテルマンの名札には、ハンスしか刻まれていない。

 失礼ながら、ハンスが魔法族とは思えない。では彼の息子はマグル生まれの魔法使い。先日の戦いで同行してくれた面子から浮かんだのは、ジャスティンだ。

「ジャスティンのお父さん?」

「正解、ヒントが多かったかな?」

 ハンスと目を合わせたコンラッドは愉快そうに口元を歪めた。

「中々、利発そうなお嬢さんだ。これなら息子を任せられます」

 笑顔の中に決意を込め、ハンスは退室した。

「私、ジャスティンと付き合ってないけどさ。あれってそういう意味じゃないさ?」

「ハンスは9月からニューヨークへ行く手筈になっているんだ。親としては息子も連れて行きたいが、ジャスティンは残ると決めたんだ。そこでおまえに会って、ジャスティンを託しても良いか、見定めようとした……そういうことだよ」

 どうやら、クローディアはハンスのお眼鏡にかなったようだ。急に胸へ緊張という息苦しさが襲う。

「責任重大さ」

「気負う事はない。おまえと会わずとも、ハンスはジャスティンに賛成していたさ。ただ、何でもいいから理由をつけたかったんだろう」

 声に優しさを含ませ、コンラッドの手が背を軽く叩く。励まされたのだとわかり、胸の緊張は解けた。

 緊張が解けてから、ここ最近、コンラッドが妙に父親のような優しさを見せると気づく。そこを指摘するのは野暮というものだ。嬉しさを態度に出さず、クローディアは胸中で彼に感謝した。

 荷物を解きながら、不意に思い出した事柄があった。

「そういえば、試験結果が出たんだけどさ。見るさ?」

「自分から結果を報告するとは、良い結果だったようだね」

 コンラッドの言うとおり、『O・W・L試験』の試験結果はクローディアにとって良好だった。試験結果が記載され羊皮紙を渡し、彼は納得する仕草をする。

「セブルスから癒者を目指していると聞いたが、……変更はないかい?」

「ああ、……お父さんには話してなかったさ……。うん、進路は癒者さ。……あれ、フリットウィック先生からじゃなくて、スネイプ先生から聞いたさ?」

 コンラッドとスネイプが会話をする機会はあるに決まっている。だが、他寮の寮監にも関わらず、保護者と進路の話をするなど微妙に考えにくいで事態だ。

 そして、スネイプの名でスラグホーンを思い返す。

「お父さん、スラグホーン先生がホグワーツに復職するって話を聞いているさ? 聞いていなくても、質問するけどさ。『魔法薬学』の教授が2人になる可能性ってあるさ?」

 唐突に話題を変え、質問したせいかコンラッドの機械的な表情に煩わしさが見えた。

「……スラグホーン先生の事は聞いているよ。あの人なら『魔法薬学』しか講師できないから、そちらに着任だろうね」

 クローディアとしては、スラグホーンが『闇の魔術への防衛術』の教授でも良かった。若く未熟な学生には理解できない領域を彼は熟知していそうだ。

「ふーん、なら『魔法薬学』の教授は2人になるさ。『闇の魔術への防衛術』の教授に関しては……」

「学校に行ってからのお楽しみ、そうしておきなさい」

 強制的に会話を終了させられ、クローディアは隠さずに溜め息をつく。コンラッドは情報漏洩を恐れているのではなく、すぐに知れる情報をわざわざ説明したくない様子だ。

 つまり、教授は決定しているのだ。

 では、クローディアはコンラッドに従って『お楽しみ』にしておくしかない。折角なら、ハーマイオニーにも『お楽しみ』という形で黙っていようと決めた。

 

 このホテルも3日後に去り、護衛も増やさず2人だけで『漏れ鍋』へ着いた。

 そこには客の姿が全くない。休業の印象を受けるが、主人・トムの見た事もない笑顔によって歓迎されたので、休業はありえない。

「こんにちは、トムさん。お元気ですか?」

「見ての通りだ。来たとしても、ダイアゴン横丁へ素通りだよ。……前の時だって、ここまで客が来なかった日はなかったよ」

「部屋をいいかな?」

 愚痴愚痴と文句を垂れ流されそうになり、コンラッドは強い口調で鍵を求めた。

 『8』と表札された部屋で、荷物も解かずにクローディアは寝台へ飛び込んだ。

「また3日後に移動するさ?」

「さあね。明日かもしれないし、新学期までかもしれないよ」

 枕に顔を沈めたまま移動予定を確認すれば、とても曖昧な返事に辟易する。

「それじゃあ、ダイアゴン横町に行ってジョージとフレッドのお店を見に行くさ」

 やっと双子の店に行ける。それを喜びとし、気分を盛り上げた。

「駄目だよ。私は出掛けるんだから、護衛が来るまでおまえは『漏れ鍋』から出ない。わかったね」

 一秒も持たなかった。

「お父さんが護衛してさ!というか、私を置いて何処に行く気さ?」

「それを話すのは、危険だからね。秘密だ。大丈夫だよ、ここにはトムがいる。月末には戻る。移動する時は、誰かが護衛に来てくれるはずだから勝手に動かないでおくれよ」

 言いたい事を終えたコンラッドは、本当にクローディアを残して部屋を後にした。

 ベッロすらもいない本当の独りっきりは久しぶりだ。解放感も孤独感もなく、クローディアは話し相手欲しさに下へ降りた。話相手が欲しかったのは、店主トムのほうだった。延々と【日刊予言新聞】や、なんと【ザ・クィブラー】の話までしたのだ。

「横丁でも半分以上店を閉めちまったよ。客もうちみたいに来ないしな。でも、『W・W・W』は盛況だ。こんな時だから、余計に楽しい事を求めるもんさ」

 最初は真剣に聞いていたクローディアだったが、あまりにも長すぎて段々と聞く気力がなくなっていく。最後には頬杖で顔を上げてる体勢を維持する事に意識は集中した。

「だが、オリバンダーが店を閉めたのは痛いな。おめえも気を付けろ。うっかり杖を壊しちまったら、代えを探すのは一苦労だ」

 その言葉で一気に目が覚めた。

「オリバンダーさんが逃げたってことさ?」

「さあな、俺も見に行ったが店に争った形跡はなかったぜ。……無事だといいが、……横町のアイスクリーム屋はわかるな? あそこの店主は完全に攫われやがった……、店は酷い状態だったぜ」

 何故に善良なアイスクリーム屋が襲撃されたのかと疑問したが、『死喰い人』の脅威は身近に迫っていると人々に知らしめる為だろう。

 

 翌朝には、いつの間にかベッロとカサブランカが部屋に来ていた。

 コンラッドが戻るまで、クローディアは酒場に下りる時もベッロを虫籠に入れて傍に置いた。首に巻くのが安全かもしれないが、目立つ。それにトムも闇の魔術の象徴である蛇を見たくないのではないかと勝手に気を遣った。

 

 8月1日、ハリーの誕生日の翌日だった。しかも、ハリー本人を連れてきた。

 ハリーに会えた喜びよりも、コンラッドが彼と2人っきりで行動を共にした事実に驚いてしまう。ベッロは何の躊躇いもなく、彼との再会を喜んだ。

 昼食を部屋に運んでもらい、クローディアとハリーは情報交換のように語り合う。

「なんで、ここに来たさ? ロンの家にいるんじゃなかったさ?」

「僕も今朝、コンラッドさんの迎えが来たばっかりだから、何がなんだかわからないよ。皆も来たがってた。君に会いたいし、ずっと缶詰め状態だもの」

 ベッロを撫でるハリーは苦笑し、『隠れ穴』に残してきたロン達に想いを馳せていた。

「どうして、ハリーを移したさ? 重要な事さ?」

「……、そろそろ新学期に向けての通達が来るからね。どうせ、学用品の買い足しをしなければならないだろう? それが済めば、また『隠れ穴』か……あの屋敷に移動だよ。そこのハリー=ポッターは……」

 コンラッドは暖炉を見つめ、ハリーを見ないように努めていたが返事はしてくれた。

 ハリーもコンラッドに気を遣い、話題を変えた。

「誕生日カードをありがとう。クローディアはいつから『漏れ鍋』にいるの? 誰かに会った?」

「少なくとも4日は経っているさ。ダイアゴン横町にも行けなくて、ずっとトムさんと話して時間を潰してたさ。ここに来る前なら、いろんな人に会ったさ。ハリーのほうは何かあったさ?」

 ナプキンで口元を拭き、クローディアは食後の紅茶を口に含む。麦茶が飲みたい衝動と戦っている間に、ハリーもサンドイッチを飲み込む。

「『隠れ穴』に移る前、ダンブルドアがホラス=スラグホーンって人と引き合わせた。昔の同僚なんだって、新学期からホグワーツに来るよ。……スリザリンの元寮監だったそうで、コンラッドさんならご存知かと」

「うん、お父さんはスラグホーン先生を知っているし、私も今まで何度か会っているさ」

 衝撃の事実にハリーは目を見開く。知っているなら話は早いとスラグホーンの話題は打ち切られた。

「後はルーピンに会ったくらいだよ。……現状は芳しくないって……、吸魂鬼の事件は起こるし、イゴール=カルカロフは遺体で発見されて……」

 思わぬ訃報に喉を通りかけた紅茶を噴き出す。咽てしまうクローディアの背をハリーは優しく擦った。

「……お父さん、カルカロフの事、知っていたさ?」

「うん、大体の情報は入ってくるよ。嘘も交えてね」

 教えろやと悪態をつきたいが、情報を与えて貰えないのは今に始まった事ではないので湧き起る怒りを深呼吸で誤魔化した。

 そして、カルカロフへ黙祷を捧げる。

 瞼の裏に浮かぶのは、弱弱しく瘦せ細った男の姿だ。

「イゴール=カルカロフの冥福を祈るのかい?」

 機械的な問いかけにクローディアは目を開ける。ハリーは今、彼女が黙祷を捧げていた事に気づいた表情を見せた。

「祈るさ。カルカロフの為に……」

 好意も仲間意識もなかったが、彼は哀れな犠牲者となった。ならば、クローディアに出来る事は祈る事だけだ。

 場の空気を変えるように、部屋へフクロウが飛び込んでくる。ホグワーツからのお知らせと教科書リストが届いたのだ。ハリーの封筒にはバッチも同封されていた。

「……僕がクィディッチのキャプテン!」

 開封したハリーは手紙を読み終えてから、驚きと感動で声を弾ませた。

「おお、おめでとうさ。キャプテンかあ、かっこいい響きさ」

「君だって、バスケットチームのキャプテンじゃないか。お互い様だよ」

 ホグワーツで得られる特権は随分と違う。そんな些細な疑問もお構いなしにクローディアとハリーがハイタッチしながら、喜びを分かち合う。

 コンラッドは我関せずと教科書リストを眺める。

「明日にしようかな。護衛を増やす様に手配してくるから、2人ともここに居なさい」

 それは明後日にはダイアゴン横町へ買い物に行けるという嬉しいお知らせだ。

「「はーい、行ってらっしゃーい♪」」

 上機嫌にクローディアとハリーが返答すれば、コンラッドの目尻が痙攣した。

 2人きりになり、クローディアは不意に思い付く。

「明日の買い出しで思い出したけど、ハリーの試験結果はどうなったさ? あんたの進路希望って『闇払い』じゃなかったさ。成績足りたさ?」

 先日の試験結果の話になり、初めてハリーはそっと目を逸らす。察したクローディアは問答無用で彼の荷物から試験結果を探ろうとしたが、全力で抵抗された。

 

 ハリーとコンラッドは隣の『7』号室で一晩過ごした。

 クローディアは3人で泊まっても良かったが、コンラッドが年齢的に考えて配慮したのだ。

「私だって、彼とは過ごしたくない。同じ部屋にいたくない。わかったかい?」

 ハリーの目の前で大人げなく本心をブチ撒けるコンラッドに2人は態度に出さず、呆れた。

 下の酒場で朝食を摂っていると、巾着袋をふたつ手にしたビルが現れる。彼は巾着袋をそれぞれ、ハリーとコンラッドへ手渡す。

「君達の金庫から出しておいたよ。小鬼が警戒措置を厳しくしてな。どんな手続きも5時間かかるんだ。俺が直接やったほうが簡単なんだ」

「ありがとう、ビル」

「恩に着るよ、ビル。君のご両親も頼りになる息子を持って幸せだな。そうだ、結婚するんだって? おめでとう」

「フラー=デラクールとの結婚おめでとうさ」

 手続きへの感謝と結婚への祝いの言葉を述べる。

「フラー=デラクールと結婚!? 本当か、こりゃあ目出度い!! おめでとうな、ビル」

 聞くとはなしに聞いていたトムも吃驚仰天だ。

「ありがとう。俺はこのまま仕事に戻るから、行くわ。そうだ、そろそろ護衛が来るはずだぜ」

 そう告げて、ビルは勤務に戻った。何も注文しなかった彼にトムは少々がっかりしていた。

「ベッロを下してくるさ?」

「そうだね。おまえが連れ歩きなさい」

「それじゃあ、僕が連れてきます」

 ハリーは早足で部屋に行き、ベッロとバックパックを持ってきた。

「ベッロを鞄に入れるつもりさ?」

「ううん、念の為に……持って行こうと思ってね」

 おそらく『透明マント』だ。

 クローディアも塗り薬と印籠はウェストポーチへ常備している。当然の対策だ。

 トムがクローディア達から食器を下げた時、例の護衛は大勢現れた。実際の護衛はハグリッドとシリウス、モリーの3人だが、ハーマイオニー、ロンの2人も十分頼りになる。

「クローディア、やっと会えたわね! 元気?」

「勿論さ、ハーマイオニーも……その顔どうしたさ?」

 ハーマイオニーに抱き締められ、その目元の痣に驚かされた。

「誰かさんのパンチ望遠鏡よ」

 それだけで双子の悪戯道具だと察した。試作品やら何やらを『隠れ穴』に置きっぱなしだっとジニーから聞いていた。

(倉庫でも借りて片付けるさ)

 少々迷惑に思っている間に、ハグリッドは喜びのあまりハリーの背を折れんばかりに抱き締めた。

「俺が護衛なんて、昔に戻ったみてえだ。魔法省はハリーの為に『闇払い』をごっそりと送り込もうとしたんだが、ダンブルドアが俺らで大丈夫だって言いなすった」

 ダンブルドアからの信頼を誇らしく、ハグリッドは胸を張る。ハリーは痛みで苦笑を返すのが精々だった。

「クローディア、会えて嬉しいわ。いろんな場所を転々としているんですって?」

 モリーは心配そうにクローディアに触れ、異常がないか確かめる。

「ええ、食べてます。ジニーとフラーはどうしました?」

「ジニーには悪いけど置いてきたわ。今、『隠れ穴』を空けるわけに行かないし、あの子にはお父さんが休みの日に連れてくる約束したから、……本当に悪いと思っているのよ」

 今頃、ジニーはフラーとの時間を精神的拷問として過ごしているに違いない。ちょっとだけ憐れんだ。

「本当は僕らも置いて行かれるところだったんだけど、シリウスが説得してくれたんだ」

 ロンが嬉しそうに視線でシリウスに礼を述べる。

「一応、聞くが……奴に何もされてないな?」

「……うん、心配しなくても何にもされてないよ」

 その横でシリウスはハリーに確認を取っていた。

「聞こえているぞ、ブラック。君じゃないんだから、時と場所を弁えているよ」

 厭味ったらしい言葉を吐き、コンラッドは裏庭へ向かう。それを見て、皆も急いで続く。

「すまんな、トム。ホグワーツの仕事なんだ」

 最後尾のハグリッドがトムへ詫びた。

 

 ダイアゴン横町は想像以上に寂れていた。去年の冬の光景が嘘のような様変わりに、情勢が窺える。

 数ある魔法の装飾品は消え、代わりに魔法省のパンフレットと例の件で逮捕を免れた『死喰い人』の手配書が貼られていた。

 みすぼらしい屋台は如何にも怪しげで、治安の悪い区域に迷い込んだ気分になる。

「こりゃあ、ノクターン横丁と変わらんな」

「へん、まだ可愛いもんだ。こういう奴らはな」

 シリウスの呟きにハグリッドだけが返事した。

「さて、それじゃあ、役割を決めようか。教科書は誰が買いに行く?」

「ちょっと待って、分かれて行動するの?」

 コンラッドの提案にモリーが不安を露にする。

「俺もそのほうがええと思う。なんせ、この巨体だ。店がちいときついかもしれん」

「ハグリッドの言うとおりだ。早めに済ませて損はない。俺とハグリッドでハリーとロン、モリーは3人を頼む」

 護衛される数に含まれ、コンラッドの眉間に皺が寄る。

 クローディア達に反論はない。モリーは渋々了承した雰囲気を隠さなかった。

 『フローリシュ・アンド・ブロッツ書店』の店主は、客人への愛想を忘れている。店に誰か踏み入れたと知れば、警戒よりも恐怖心が強い。

「やあ、久しぶりだね。今日は色々と買わせて貰うよ」

「その為に店を開けているんだ。ゆっくりしてくれ」

 コンラッドの挨拶に少しだけ店主の表情が和らいだ。

 クローディアとハリーは自分に必要な教科書を選び、モリーはハリーとロンから預かった教科書リストを確認して本を手に取る。

 会計の時にクローディアはモリーが手にしている教科書の違和感に気づく。2人分の教科書の中に『魔法薬学』の授業に必要な【上級魔法薬】がないのだ。

「モリーおばさん、ハリーに【上級魔法薬】を買わなくて良いのですか?」

「ええ、ハリーの教科書リストに載ってないもの」

 その返事と昨日のハリーの態度から、『魔法薬学』は規定以上の成績を得られなかったようだ。

「ハリー、進路どうするんだろうさ?」

「そこはマクゴナガル先生と相談になると思うわ」

 ハーマイオニーの返答にクローディアは納得した。マクゴナガルなら彼の進路補正を上手く纏めてくれるに違いない。故に彼女達は安心して自分の分の教科書を購入した。

 

 『マダム・マルキンの洋装店』に行っていた男性陣はハグリッド以外、微妙な雰囲気を醸し出していた。ハーマイオニーが質問するより先に、モリーが安全を確かめる。

「皆、大丈夫? ローブは買えたわね。それじゃあ、薬問屋とイーロップのお店で教材の買い足ししてから、フレッドとジョージのお店に行きましょう。――離れないでね」

 語尾を強くし、モリーは歩き出す。

「それで何があったさ?」

 買い出し中に、クローディアは洋装店での出来事をハリーに問う。彼もモリーに聞かれぬように声を潜めた。

「マルフォイだよ。母親と一緒だったんだ。シリウスとあいつの母親との言い合いを見せてやりたかったよ」

 コンラッドを連れて行かずに済み、心底、良かったとクローディアは思う。否、自分も鉢合せにならず良かった。

「ハグリッドは止めなかったさ?」

「今と同じように店の外にいたんだ。マルフォイ親子の事を言っても、あいつらがここで面倒は起こさないって……、ちょっと暢気だよな」

 ロンが店の外にいるハグリッドを親指で指差す。暢気ではないが、クローディアもドラコ達が横町で諍いを起こす程の精神的余裕はない。何故なら、『死喰い人』の実質的リーダーだった父親ルシウスがアズカバンへ投獄されている。

 虎の威を借る狐だったドラコが頼るとすれば、スリザリン寮監のスネイプに他ならない。だが、寮監は学校の外まで生徒を守り切れない。

 ドラコの状態を予想している間に『W・W・W(ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ)』へ辿り着いた。

「うわお!?」

 ロンの奇声でクローディアは気づいた。

 花火と黄色い文字の輝き、生き生きとした商品の数々が遊園地のパレードを連想させる。俯き加減の店頭のせいで余計に目立つ。

 このご時世に合わぬ派手さに自分達だけでなく、通行人さえも呆気に取られてしまう。笑いが必要と言ってもやり過ぎだと感じてしまう。ただし、嘆きを吹き飛ばしてくれる高揚感が勝る。

「ほお、こりゃあ凄い。良い店だ」

「どこがよ! 『例のあの人』なんか気にしている場合か? なんて、ただじゃ済まないわ!」

 感心するシリウスと違い、モリーは唸るような声で慄いた。

「とっても素敵じゃん、あいつら最高!」

 ハリーとロンが先んじて入り、クローディアは躊躇う。楽しみだったはずが、自分がこの最高に愉快な店に踏み入れていいのかと自問した。

「行きましょう、ほら。置いて行かれるわ」

 ハーマイオニーに背を押され、クローディアは輝かしい店内へ入った。

 

 ――千客万来。

 

 例えではなく、言葉通りだ。店の通路は客で埋まっている。商品棚に近づけないので、クローディアは視認出来る限り、商品を見渡す。

 『ずる休みスナックボックス』、『鼻血ヌルヌル・ヌガー』、『だまし杖』、『自動インク』、『綴りチェック』、『冴えた解答』など本当に様々な商品が並び、また売り切れていた。

 ハーマイオニーはハリーとロンに遅れまいと人混みを搔き分けて進むが、クローディアは夢見心地に店内を見渡し続けた。ベッロは人の多さに辟易し、スルスルと外へ出て行った。

「やっと来てくれたんだな。クローディア」

 客の波を失礼のないように避けながら、近づく双子の片割れはジョージだ。赤紫色のローブを着ているせいか、立派な紳士に見える。クローディアも彼に近づく為に人の垣根を割った。

「一か月ぶりさ? 前のドラゴン革より素敵な格好さ」

「ありがとう、クローディアはいつ『特許・白昼夢呪文』を使ったんだ? ぼーっとしているぞ?」

 商品名らしいがクローディアには思い当たらない。

「なんというか、凄すぎて言葉が浮かばないさ……。素敵とか最高より良い言葉ってなかったさ?」

「君の表情だけで十分、伝わってくる」

 優しく微笑んだジョージはクローディアに手を伸ばし、彼女の頬に触れるか触れないかという微妙な距離を保つ。そのまま、手を繋いできた。

「商品案内をするよ。こっちへ」

「本当に素敵な店だ。今の子供達が羨ましいぞ」

 愉快で親しげな声を耳にし、クローディアは背筋を寒気が走り抜ける。それはジョージも同じだ。客に紛れて2人の目の前に現れていたのは、クラウチJrだ。

「へい、ウィーズリーの片割れよ。俺にも案内が欲しいな」

 上機嫌なクラウチJrの手には『食べられる闇の印』とラベルの貼った容器が握られていた。

「……よく俺の店に顔が出せたな……クラ」

「おっと、それ以上は言わないほうが身の為だ。俺が誰か解れば、店は大混乱に陥るぞ。心配しなくても、俺は諍いを起こしに来たんじゃないぜ。ちょいと、童心に帰りたくなっただけだ」

 ジョージの睨みを物ともせず、クラウチJrは商品を弄ぶ。

「皆、あんたに気づいていないって本気で考えているさ?」

「気づいていないとも、否、違うな。俺を誰かに似ているなとは思っているんだろうぜ。けど、まさか、この店に現れるなんて思いもしない。したくない。そんな深層心理が自然と働くのさ。実際、俺が声をかけるまで気付かなかっただろう?」

 クローディアは入店してから間もないが、ジョージやフレッドが訪れる客の顔を1人1人見ていないはずがないと信じていた。だが、確かに指名手配中の『死喰い人』が買い物に訪れるなど、万が一にも考えたくない。

 ジョージの手を握り返し、クローディアは彼の表情を盗み見る。双子の店員は毅然とした態度でクラウチJrと対峙している。一切の恐怖がない。立ち向かう勇ましさがある。

 クローディアもクラウチJrが怖いのではなく、ここで戦闘になった場合の被害を想定してしまう。この店が、皆の娯楽が潰されて奪われてしまう。そんな恐怖が胸を過ぎる。

 守りたいモノ、守るべきモノがある為に奪われるのは怖い。

「それとどうしてもポッターに聞きたい事があってな。だが、貴様らの異変に誰かが気付かないとも限らん。そこで代わりにウィーズリー、貴様が答えてくれよな」

「俺……、一応、聞いてやるよ? 答えるかは別だ」

 唐突に笑みを消したクラウチJrは内緒話をするようにジョージの耳元へ唇を寄せる。

「貴様らは何故、クローディア=クロックフォードを恨まない? こいつがクィレルを助けたせいで、ご主人さまは戻って来れたというのに……。俺の知る限り、誰もこいつを憎まないのは何故だ?」

 その疑問はクローディアの耳にしっかりと届いた。

 届いた瞬間、心臓が握られた感覚に襲われる。否、臓物全てが襲い来る罪悪感で潰されそうになっている。

 誰も彼女を責めない。誰も彼女を糾弾しない。

 ダンブルドアもハリーもコンラッドもドリスもハグリッドも……、クローディアとクィレルの間に起こった出来事を知る人々は誰にも何も言わない。

 ヴォルデモートは舞い戻る手段をいくつも用意していたとしても、実質、闇の帝王を復活させたのはクローディアが助けたクィレルなのだ。

 無意識に身体が痙攣し、唇も青ざめる。

「そんなの決まっている。クィレルが恩を仇で返した罪人だと俺も……彼女に味方する誰もが知っているからだ。……それに俺はクローディアを愛している……。それ以上の理由はない」

 何の迷いもないジョージの言葉が素直に嬉しい。痙攣が自然と止まった。

「成程、愛こそ全て……か。……滑稽すぎて、ムカつくな」

 一気に温度を下げた口調にジョージはクローディアを庇う体勢になる。

「馬鹿正直な店主に免じて、今日は帰る。もしかしたら、偽名で商品を注文するかもな」

 殊更おかしそうに笑いながら、クラウチJrは代金をジョージに手渡して店を出て行った。

 外にはハグリッドがいる。いくら彼でも、クラウチJrには容赦しなはずだ。

 戦闘への危機感にクローディアは急いで店を飛び出す。しかし、ハグリッドは肩にベッロを乗せて周囲を警戒する様子は見せるが、武器代わりの傘さえ構えていなかった。

 後から来たジョージも変化のない外に驚いている。

「……ハグリッド、今、誰か出て来なかったさ?」

「そりゃあ、子供達が何人も出たり入ったりしとる。俺の事を店のオブジェクトと思っとる奴もいたぞ」

 つまり、クラウチJrはハグリッドとベッロの目を誤魔化して去った。

「……ジョージ、店は……」

「閉めないぜ。奴らが客になるなら、上等だ。もっともクラウチJr程の変わり者がいるならの話だがな」

 拳を握り締めるジョージからハグリッドが何かを察し、辺りを見回す。

「なんだ? 誰かいたのか?」

「……クラウチJrが……客に紛れていたさ」

 クローディアの答えにハグリッドは驚愕したが、深呼吸して冷静になった。

「後で話そうな。ジョージ、皆を呼んできてくれ。クローディアはここにいろ。心配すんな、俺が着いている」

 頼まれたジョージはすぐに店へと引っ込んだ。

 クローディアの肩には優しき森番の手が慈しむように添えられ、ベッロが頭に乗ってくる。背後の気配に振り返れば、コンラッドがいた。

 血相を変えたシリウスはすぐに飛び出してきたが、ハリー達は来るのが遅かった。モリーは店の奥まで行き、3人を探しに行ったが中々見つからない。

「何処へ行ったの! あの子達は!」

 不安が募り、モリーは苛々していたが30分足らずで3人は店の奥からひょっこり顔を出した。

「何処に行っていたんだ」

 血管が切れそうなシリウスの剣幕にハリー達はビクッと肩を痙攣させていたが、ずっと店の奥にいたと主張してきた。

 『透明マント』の存在を知るクローディア達は疑いの眼差しで彼らを見たが、追及はしなかった。

 

 『漏れ鍋』に戻り、モリーはハリーも連れて帰ろうとしたがコンラッドに客室へと案内された。

 ハグリッドの為に魔法で部屋を広くし、クローディアは先ほどのクラウチJrとのやり取りを聞かせる。モリーは真っ青になり、ロンの腕を折れんばかりに抱き締めた。

「ああ、やっぱり! 子供達を外に出すんじゃなかったわ!」

「ベッロの感覚って役に立たなすぎだよ。まさか、また敵愾心が多すぎるとか言い訳か?」

 腕の痛みに耐えながら、ロンはベッロを睨んだ。ベッロは鼻を鳴らし、顔を背ける。

「……多分だけど、クラウチJrは敵意や悪意を持っていなかったんだ。本当に玩具を買いに来ただけだったから、ベッロにはわからなかったのかも……。コンラッドさんはどう思います?」

「……半分だけ賛成だね。一度でも、私達と敵対した者の匂いや気配をベッロは覚えている。……それらさえ誤魔化す方法を奴らは持っていると考えるべきじゃないかな」

 ハリーを見ず、ハグリッドに向けてコンラッドは答えた。

「『錯乱の呪文』より効果は弱ええが、十分な道具って事だな。ダンブルドアに報告しねえと……それで他に何か言われなかったか?」

 ハグリッドの詰問にクローディアの心臓は冷水を浴びせられた気分になる。血管にも冷たい針が通り、全身を巡って行くような緊張感に唇が動かない。

「クローディア、どうしたの? 顔が真っ青よ、酷い事言われたの?」

 身を案じてくれるハーマイオニーに心配かけまいと顎に力を入れるが、声が出ない。

「……私から話そう。奴が何を言っていたのか大体は見ていた」

 コンラッドの発言にクローディアはあまり驚かない。店で騒動を起こさないように気を遣い、尚且つ、クラウチJrの唇の動きを読める位置にいたのだろう。

「奴に気づいていたなら、おまえが相手してやれや!」

「相手の出方を見る為だよ」

 シリウスを適当にあしらい、コンラッドはクラウチJrの質問を一字一句間違いなく教えた。

 全員、驚愕のあまり口を開き知らずと手で口を防ぐ仕草をした。

「ひでえ事を言いやがる! 俺達のクローディアは悪いことなんざしてねえ! 諸悪の根源は恩知らずのクィレルじゃろうに!」

 ハグリッドは鬚を痙攣させて激昂し、ハーマイオニーは我が事のように目に涙を浮かべてクローディアを抱きしめた。

 慄いていたモリーはロンから手を離し、憐れむような視線でクローディアの肩に手を置く。

「……クローディア、気を悪くしないでね。アーサーから聞いたんだけど……、魔法省……特に『闇払い』の一部では貴女を批判する声は確かにあるそうよ。多分、トンクスも知っているわ」

「なんでだよ。ハグリッドの言うように悪いのはクィレルだろ?」

 唇を尖らせてロンは顔も知らぬ『闇払い』の連中の代わりにモリーを睨む。すると、ハリーが何かに気づいた。

「スクリムジョールだ。あの人、コンラッドさんを『死喰い人』だって決めつけていた。クローディアを決して支持しないって」

「知っているよ。あいつは最初から私が闇の帝王を復活させる為にシナリオを組んだと思っているんだ。捕らえないのは、私を泳がせているつもりだ。闇の帝王一派を瓦解させる鍵になると信じたいんだろうな」

 コンラッドの口元が皮肉っぽく曲がる。

「……魔法省が私を糾弾しないのは、泳がされていたからさ?」

「いいや、そんな余裕がないからだよ。仮にクローディアを糾弾する時が来るなら、……ヴォルデモートが倒された後になる……」

 ようやく出せた言葉をシリウスが緊迫した様子で返事をする。ヴォルデモートの名にモリーが怯えて飛び上がった。

 クローディアは以前の『死喰い人』狩り裁判を思い返す。法廷に立ったことはないが、自分がそこにいる姿を想像した。不思議と怖くない。寧ろ、やっと罪に罰を与えて貰える。そんな喜びが胸を弾ませていた。

 

 ――今まで何もなかった事がオカシイのだ。

 

「いつになるかわからない先の事より、ハリー=ポッター、君達は何処へ行っていたんだい?」

 コンラッドの詰問に今度はハリー達が震え上がった。

「私達は『盾の呪文』を応用した防衛道具を見ていたのよ。知っているかしら、『盾の呪文』ができない人って多いんですって。だから、『盾の帽子』や『盾のマント』とかすっごく売れるんですって」

「そうそう、急いで逃げるのに便利な『インスタント煙幕』とか、景気よく一発音を出して気を逸らしてくれる『おとり爆弾』とか、その路線の商品も開発し出したんだって」

「最高級の『惚れ薬』とか、女子に人気らしいよ。一回で最大24時間効くんだって」

 ハーマイオニー、ハリー、ロンの順に嘘臭い笑顔で早口に捲くし立てる。見え見えの態度で誤魔化しきれると思っているなら、失笑する。

「『インスタント煙幕』って要はただの煙幕さ。ハリー、私に話すつもりなら、ここで言っても同じさ。皆さんからのお叱りが来るだけさ」

 大人の視線とクローディアの押しで、3人とも諦めた様子で項垂れた。

「ドラコ=マルフォイが独りで歩いている姿が見えたから、追ったんです。……僕の『透明マント』に3人を無理やり詰めて……」

 モリーの荒い息が乱暴に吐き出される。

「追った先で何を見たんだ?」

 結果を求めるシリウスにハリーは続けた。

「『ボージン・アンド・バークス』に入って、店主を脅して何かを修理する手助けさせようとしていました」

「修理の依頼ではなく、手助け?」

 思わず声が出て、クローディアの口はベッロの尻尾に塞がれた。

「もうひとつ、別の品を保管するように命じていました。その二つは1組のような言い方でした。誰にも母親にさえ秘密にするように強く命じていました。……それに……洋装店での事ですが、マダム・マルキンがあいつの左腕に触ろうとした時、マルフォイは腕を払いました。きっと、あの腕には闇の印が刻印されていると思います……」

 そこまで聞いたモリーが呻き声を上げて、必死に頭を振るう。

「ハリー、『例のあの人』が未成年を受け入れるはずがないわ! もう帰りましょう。ロン、ハリーの荷物を持って頂戴!」

 癇癪を押さえ込む口調でモリーは杖を振るい、魔法でハリーの荷物を瞬時に纏め上げた。

「クローディアも『隠れ穴』においでなさい。ここにいる事を気づかれたかも……」

「ママ、クローディアの寝る場所が本当にないよ」

 遠慮がちに意見するロンをモリーは睨んだ。

 結局、モリーはコンラッドに説得されてハリーだけを連れ帰る事にした。『漏れ鍋』の外に黒塗りの高級車が停車していた。魔法省、正確にはアーサーがハリーの為に手配させた特別車だそうだ。

 それなのに、ロンは我先に後部座席へ乗り込む。ハーマイオニーもそれに続いた。

「それじゃあね、クローディア。またね」

 別れの挨拶としてハリーはクローディアに握手を求める。手を握った瞬間、彼は抱き寄せるように彼女の肩へ顎を乗せた。

「……あいつの復活をとめられなかったのは、僕なんだ。だから、絶対に君は悪くない」

 気休めではない。ハリーの本心は冷たくなっていたクローディアの芯を暖かくしてくれた。

「ありがとう」

 クローディアもまた心からの感謝を述べ、ハリーは優しく微笑んで車に乗り込んだ。そして、シリウスも乗ろうとしたがコンラッドを振り返る。

「今夜は誰かを寄越す。だから、彼女を独りにするなよ」

 まるでクローディアを置いて出かける事を知っているような口ぶりだった。シリウスに返事せず、コンラッドは目礼した。

 

 夕食は安全の為に部屋で摂った。

 クローディアに気を遣ったらしく、コンラッドが用意してくれた。しかも、白菜と目玉焼きをトッピングしたチキンラーメンだ。予想だにしなかった献立に嬉しさと驚きと懐かしさで言葉を失う。

「これ、袋麺さ? トムさんも吃驚しただろうさ」

「非常食の袋麺を開けたんだ。トムの分も作ってきた。今頃、スパゲティの要領で食べているよ」

 きっと、トムはフォークで麺を食べている。

「……ハリーにも食べて貰いたかったさ」

「彼にはおまえが作ってやりなさい」

 頂きますを告げてから、2人は無言でラーメンを啜る。塩分の効いた旨味成分が胃を刺激する。

「美味そうなもん食ってんな」

 ノックもなく開いた扉から、勝手に入ってきたのはジョージだ。店にいた時と違い、目立ちにくい暗い茶色のローブに着替えていた。

「扉に『施錠呪文』をかけてなかったさ?」

「……すぐに皿を下げるから、開けておいたんだ。気をつけよう」

 椅子を寄せてクローディアの隣に座る。普段のように快活な笑顔だが、その眼差しは彼女への心配に満ちている。

「それって何の料理? 一口、俺にもくれよ」

「駄目、何年ぶりのラーメンだと思っているさ」

 香ばしい匂い故に欲しくなるのはわかるが、クローディアは譲らない。

「最後の袋があったはずだ。ジョージも食べるかい?」

「お願いします!」

 さっさと食べ終えたコンラッドは口元でナプキンを拭い、荷物から一袋取り出した。空になったどんぶりを手に部屋を出て行く。

 2人きりになり、クローディアは構わずラーメンを汁まで飲み干した。口から零れ落ちる汁をナプキンで拭い、硝子コップの水を口に含んで落ち着いた。

「フレッドはどうしたさ。独りにして大丈夫さ?」

「店にはベリティもいるから、フレッドは独りじゃない。ああ、ベリティは信頼出来る女性だ。女性向けの製品を案内してもらう事が多いんだ。ニキビとか美容の問題を男の俺らに聞きにくいってお客さんはいるからな」

 美容系の製品があるなら、エロイーズも来ていたかもしれない。お小遣いを叩いている姿が目に浮かぶ。

「防衛の道具も売り出したって? 随分と幅広くやっているさ」

「時代のニーズに答えないと商売はやっていけない。笑っているだけじゃ、駄目だからな」

 笑顔だが、昼間の件で目つきに鋭さが生まれる。ジョージにここまでの表情をさせる事態になっているが、彼は明日も店を開ける。そして、皆の希望であり続けるのだ。

「また……店に行くさ。フレッドとベリティさんによろしく」

 ジョージの手に自分の手を添え、彼の肩に頭を乗せた。

「ああ、待ってるよ。クローディア」

 クローディアの頭に顎を置き、ジョージは静かに強く囁いた。

 数分の沈黙の後、クローディアは気づく。

「それにしても、ラーメン遅いさ」

 どんぶりを下げる為にも、クローディアはコンラッドと酒場へ下りてみる。

「やあ、クローディア、ジョージ。こんばんは」

 満面の笑顔でチキンラーメンを啜るリーマスがいた。向かい合って座るコンラッドが乾いた笑顔で苦笑している。

「すまない、この獣に喰われてしまったよ」

「ルーピン先生って美味しい御飯があるところに来ますね」

「ラーメンが出来上がったところに来たからな。鼻が良いんだろ、リーマスは……」

 どんぶりをトムに渡し、クローディアは呆れた。トムも申し訳なさそうに顔を顰めていた。

「……俺のラーメン」

「半分、食べる?」

 嘘っぽく泣くジョージにリーマスは半分以下になったどんぶりを差し出す。食べかけでもよいらしく、ジョージはフォークで啜りだした。

「あ! 美味そうなもん食ってる!」

 裏庭に続く戸から、ビルが出てきて羨ましそうに叫んだ。

「美味しいモノを食べていると人って寄ってくるもんさ……」

 クローディアの素直な感想を呟く。同意したトムは顎を触りながら、唸る。

「コンラッド、その麺の仕入れはどこでやるんだ?」

「……国内だと難しいかな……」

 トムの真剣な表情には悪いが、コンラッドはあっさりと返した。

 




閲覧ありがとうございました。
さようなら、カルカロフ。

チキンラーメンは偶にしか食べないので、大事に食べます。
マルフォイ親子の買い出しを原作より早めました。


●ベリティ
『W・W・W』の女性店員。フレッドとジョージを2人とも呼ぶ時、ご丁寧に「ミスターウィーズリー」を2回言う。
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