休暇は、お家に帰ります。
いざ、ベッロがいなくなればクローディアは予想以上の寂しさに見舞われた。
ドリスは手紙を読んで了解してくれたが、コンラッドからは痛烈な皮肉の伝言を貰った。
同級生にもベッロのことを話すと、賛否両論が返ってきた。
「蛇は危険だもの、これを機会に別の使い魔にしたら?」
手にハムスターの乗せたマンディが、何処からともなくハムスター図鑑を渡す。選べと言われている気がする。
「ハリーってかっこいいわね。だって、上等な箒を持っているんですもの」
ハリーの話ばかりで、サリーは少しも使い魔のことに触れてこない。
「あの蛇が死んだら、死骸は私に頂戴」
セシルに至っては、ベッロを殺す気だ。
〔あんなターバン、つけるほうが悪い!!〕
パドマはヒンディー語でクィレルを罵り、抗議すると暴れだした。リサと共に宥めるのが一苦労であった。
『魔法薬学』では、今までクローディアを避けていたハッフルパフ生が気軽に話しかけるようになった。
「僕はジャスティン=フィンチ‐フレッチリーだ。隣いいかな?」
クローディアは愛想よく席を譲ったが、そこにベッロがいないことに酷く違和感を覚えた。
12月に入れば、ドリスからクリスマス休暇に帰省することを頼まれた。学校のクリスマスパーティーも気になったが、承諾の返事を送った。
寒さは更に増し、吹雪の影響で日本に手紙を出せない日が続いた。
ハッフルパフ対レイブンクローのクィディッチ寮対抗試合は、同点状態の中、レイブンクロー・新シーカーのチョウとハッフルパフ・シーカーのセドリック=ディゴリーとのスニッチの追跡が2時間も続き、僅差でチョウがスニッチを掴み、レイブンクローはハッフルパフに勝利した。
寮に戻ったチョウは、初陣の活躍の仕方が納得できないと文句を垂れていた。誰もスニッチを口で取れなんて期待していない。
クリスマス休暇が近づくに連れて、クローディアも友達が増えた。エロイーズ=ミジョンが話かけてくるようになった。ジャスティンは『魔法薬学』の度に、クローディアの隣に座るようになった。
それについて、クローディアは直感が働く。
「パドマが目当てさ」
リサとハンナも同じ意見だった。パドマが自分で気づくまで秘密にすることにした。
城で最も寒い地下牢教室を一目散で退散し、廊下に出るとフレッドとジョージが大量の丸い瓶を抱えてクィレルに付き従う。クィレルにしては、珍しく憤慨を露わにしていた。
フレッドとジョージがクローディアを発見し、丸い瓶を溢さないように慎重に歩み寄ってきた。
「「クリスマス、どうするの? 我々は学校に残るよ」」
「私は、お祖母ちゃん家に帰るさ。なんか、クィレル先生の機嫌悪いけど、2人が何かしたさ?」
反省している様子はなく、双子は企みを含めた笑みを向けた。
「「クィレルに軽くイタズラしたら、罰則だって。やだよねえ、カリカリしちゃって」」
「ウィーズリー!!」
双子が着いてきていないことに気づいたクィレルの金切り声が廊下に響いた。わざとらしく大袈裟に慌てた双子は、急いでクィレルを追いかけた。
罰則さえも彼らには、笑いの道具だ。思わず笑い出したクローディアにつられ、パドマ達も忍び笑う。
「ミス・クロックフォード」
気温を感じさせない闇色の声に、笑いが凍りつく。
クローディアは目配りで皆は先に帰るように指示する。リサが神妙な顔つきで頷き、他の者を押すように廊下を進んでいく。
残ったクローディアは、ゆっくりと振り返りスネイプを見上げる。
「人の罰則を笑うとは、どういうつもりかね? レイブンクロー3点減点!」
予感的中。だが、『変身術』や『呪文学』で点数を取り戻せる。度重なる理不尽さにクローディアは抗議する気もなかった。
「スネイプ先生、脚の傷は大丈夫ですか?」
声を潜めて脚に視線を向けると、スネイプの口元で嘲笑に似た笑みが浮かんだ。
「おかげ様でな。クロックフォードは人に媚を売るのが、お上手だな。そうやって信頼を掴み、弄ぶのは血筋かもしれん」
周囲に誰もいないとはいえ、スネイプはクローディアの家系を中傷した。
これには、怒らずにおれない。
「私は媚びてないさ! 誰もあんたに媚びてないさ!? 私しか知らないさ! それなのにお父さんとお母さんを侮辱するさ?」
啖呵を切って、言い放ちクローディアはスネイプを睨んだ。減点など知らない。罰則も頭になかった。
スネイプの笑みは消えない。
「ご両親を侮辱など、とんでもない。我輩は『血筋かもしれん』と申し上げたまで、それともミス・クロックフォードは自らの両親がそのような人物とお考えかな?なんとも嘆かわしいですな」
嘲笑の混じった口上を遮ろうにもクローディアは言葉が出ず、憎憎しさで唇を噛んだ。
気が付いたら、その場を駆け出していた。
廊下で何人もの生徒の肩にブツかったが、気にせず走り続けた。お手洗いに行き、洗面所で頭から水を被った。寒さで冷たさを増した水が黒髪を濡らしていく。
目尻から零れそうに落ちそうになっていた涙が、急激な水の冷たさで止まった。
(嫌いさ、あんな人……。嫌い、嫌い、大嫌い)
ハロウィンの日、倒れた自分を運び、ハーマイオニーの授業欠席の事情をマクゴガナルに報告してくれた。ただの教員としても義務的処置でも、クローディアは心から感謝していた。
クィディッチの前日、脚の怪我を本気で心配したから、薬を渡した。
スネイプがハリーを殺そうとするなど、ありえない。
試合の日、スネイプを疑うハーマイオニー達の推測が違うと思ったから反論した。今日まで。反論に足る証拠がないか、自分なりに調べていた。
(もう、もう知らないさ! 勝手に疑われればいいさ!)
胸中で叫び、ローブに水道の水が染み込んだ。
クリスマス休暇の初日。玄関ホールは、朝から帰省する生徒たちでごった返していた。駅まで馬車を利用するので、皆、雪の積もった景色を見、寒さに凍えながら順番を待つ。
見送りに幽霊達がクリスマスの賛美歌を合唱していたのが、とても滑稽だ。
ホグワーツ特急に乗り込めば、自宅まであと僅かである。
入学の時より、人数が少ないため、コンパートメントは余裕があった。広く場所を取りたい気分に駆られ、ひとつのコンパートメントを1人が独占する生徒が多い。
クローディアもパドマ達と分かれ、独占しようとしていた。覗いた部屋には、既にハーマイオニーがいる。
ハーマイオニーとは、クィディッチの日から全く口を利いていなかった。
嫌いになったわけでも、話したくなかったのではない。クローディアがグリフィンドール寮を訪ねても、ハーマイオニーに会えなかった。週末にハグリッドの家を訪ねても同様だった。いつも彼女らは何処かに行ってしまい、話せる機会を失っていた。
「そっちに行っていいさ?」「こっちに来て」
同時に喋った言葉は、同じ意味。お互い了承し合い、クローディアはハーマイオニーの向かいに座る。
こうして、汽車に揺られたのは、2度目。まるで、昨日のことのように感覚が蘇る。ホグワーツ城という学び舎での一日一日が確かな経験としてこの身に刻まれている。
「ハリーとロンは、学校に残るんですって。大広間の飾りつけ、すごかったわね」
他愛ない会話に、クローディアも返す。
「マクゴガナル先生もフリットウィック先生も楽しそうに飾りつけてたさ。私もやりたいって言ったらさ、『これは先生の楽しみです』って断られたさ」
クローディアが残念そうに肩を竦める。
「学校のクリスマスパーティーも気になる……」
「ねえ、ひとつだけ聞かせて」
ハーマイオニーの問いが雑談を遮った。勿論、クローディアの気分は害されない。彼女としては、ようやく本題に入った心地なのだ。
淡くも暖かい口調に、クローディアはいくらでも答えられる。
「スネイプが校長先生の守っているモノを狙ってないって言い切れる?」
「私は、否定も肯定もしないさ。私にとっては、どうでもいいことさ。大事なのは、ハーマイオニーと一緒にいられることさ」
嘘偽りない回答。クローディアの最優先は、ハーマイオニーと過ごす時間だ。ハリーやロン、ましてやスネイプの為にあるのではない。
クローディアの回答を受けて、ハーマイオニーは改めて彼女の友情に感じ入った。
「そっか、クローディアは私の友達だもの。ごめんね」
詫びと共に、これからの友情を確かめる握手をハーマイオニーは求めた。一瞬の間さえ置かず、クローディアは彼女の手を取った。
車内販売のお菓子を食し、ハーマイオニーは自分達が何をしていたのかを話した。ハグリッドがうっかり洩らした『仕掛け扉に隠された物』に関係する人物を調べていた。図書館にある最近の魔法使いについての本を一通り探したが、今日まで見つけられなかった。
「私達は、ニコラス=フラメルのことを調べていたの」
問題が解けない解答用紙を睨むようにハーマイオニーが顔を顰める。
クローディアには、馴染みのある名前だった。
「ああ、あの有名な錬金術師さ」
「……え……?」
カボチャパイを頬張ったクローディアが簡単に思いついたので、ハーマイオニーは面を食らってしまった。口の中のお菓子を飲み込みクローディアは、数え指を折る。
「ファンタジーには、よく出てくる名前さ。小説とか、漫画とかゲームでも普通にあるさ。私の中じゃ、マーリンの次に有名な人って感じさ」
更に驚愕したハーマイオニーは、極寒に放り出されたように凍りついていた。そして、両手で頭を押さえて項垂れる。あれだけの時間を費やしても探し出せなかった魔法使いを目の前のクローディアが知っていた。
否、名前だけかもしれない。
「それでどういう魔法使いなの?」
ハーマイオニーは動揺をひた隠しにしているが、クローディアには完全にバレバレだ。動揺を見抜いていることを知らせず、当たり前のように話す。
「どういうって……、『賢者の石』や『ホムンクルス』、『不死の妙薬』の精製に成功したとか……、……500年以上前の人間なのに、今も何処かで生きているとかさ」
歳月の点に、ハーマイオニーは食いついてきた。
「500年前の魔法使い!! そうよ。だから、最近の魔法使いとして紹介されないんだわ……」
思えば自分達は【20世紀の偉大な魔法使い】【現代の著名な魔法使い】【近代魔法界の主要な発見】など、近年に関する書物しか調べていなかった。
ただ、それだけがハーマイオニーに悔しさを与える。クローディアがニコラス=フラメルに詳しかったことが羨ましいなど、そんなことは断じてない。
(なんか、いまのハーマイオニー、マルフォイみたいに変な笑顔になってるさ)
眉を寄せて半笑いながら、唇を噛んだハーマイオニーはカボチャジュースを飲み干す。
「ありがとう、これでクリスマスを楽しめるわ♪」
万歳するハーマイオニーを余所に、クローディアはTVゲームがやりたくなってきた。ドリスの家にそんな物があるはずないので、早々に諦めた。
キングズ・クロス駅に到着した頃。プラットホームには、出迎えをする家族の姿が多くあった。
この人混みから家族を見つけ出すのは、少々難儀する。
ハーマイオニーは両親の姿を見たらしく、手を振っている。
「じゃあね、クローディアに新学期に会いましょう。メリークリスマス」
「メリークリスマスさ、ハーマイオニー」
ハーマイオニーがトランクを引きずり、人を上手に避けて進んだ。それを見送る視界に、荷物カートを押すドリスの姿を発見した。
「お祖母ちゃん」
「あら……、まあクローディア。随分、……変わったこと。健康的になったわねえ。嬉しいわ」
瞬きするドリスは口元を押さえ、クローディアを観察するように眺めた。
確かに、入学してから髪を切っていない。それに認めたくないが、体重が増えて体型が丸くなった。
「うん、健康的になったさ」
空しい気持ちが溢れても、嘆かないと決めた。
マグルの領域にある駅もクリスマスの飾り付けで彩られていた。駅だけではない。道路へ行けば、他の建物にもクリスマスに関する装飾が施されている。
「『姿現し』をしたいところだけど、途中で買い物があるからマグル式で帰りましょう。大丈夫、コンラッドと練習したから、地下鉄の乗り方はわかりますよ」
『姿現し』が何のことか自分なりに予想しようとクローディアが不意に足をとめる。ドリスが道路に飛び出してタクシーを拾おうとしたので、クローディアは冷や汗を掻いた。
家に着くまで、ドリスから目を離してはいけない。しかし、クローディアもイギリスの常識に疎い。一抹の不安を抱えて、タクシーに乗車した。
〈それでは、次のリクエスト。皆さんご存知のベンジャミン=アロンダイトの交響曲をお送りします〉
ラジオが、妙に気持ちを優しくさせる曲を流していた。
駅で一番近いデパートで降りる。中世と近代が混ざり合う建物は、日本のデパートと比較にならない程、魅惑的である。更にクリスマスの装飾が美しい。
店内の中央ホールでは『サンタクロースの家』が設置され、椅子に座ったサンタが幼い子供を膝に乗せて話をしていた。しかも、子供の大行列だ。
〔もしかして、クリスマスって一大イベントさ!?〕
ここまで来て、ようやくクローディアは認識した。日本にいた頃は、商店街やデパートにクリスマスツリーが置かれ、ケーキやプレゼントの販売が活性化する時期としか思っていなかった。クリスマスプレゼントなど、町内会で大人達が作ったクッキーのみ。後は、学校の音楽時間で讃美歌を歌ったくらいだ。
「デニス、駄目だよ。ママはこっち!」
「コリン待ってよ~」
妖精みたいな格好をした男の子が2人走り抜けていく。
成程、これなら魔女の格好をしたドリスも目立たない。子供服売り場を物色し、ドリスは男子向けのシャツを手に取った。
「誰が着るさ?」
「ハリー=ポッターですよ。以前、お会いしたとき、サイズが合っていない服を着ていましたもの。誕生日は遠いですから、クリスマスにお洋服でも贈れば喜んで下さるでしょう」
クローディアは周囲を見渡す。クリスマス用の包装した箱をカートに山積みにして運ぶ店員、大きな箱を持つ父親と手に袋を持つ母親。遠くでは恋人達が毛皮のコートを店員に包装させていた。
(クリスマスプレゼントって、子供だけじゃないんですか!)
カルチャーショックが激しくて、クローディアは叫びたい衝動を我慢した。
その後は、友達にクリスマスプレゼントを選ぶことになったが、全然、判断出来ない。だが、偶然にもジャスティンと出くわした。天の助けと彼に助言を求めると、快く贈り物を勧めてくれた。
買い物を済ませ地下鉄を乗り継ぎ、辿り着いたのは意外と閑散とした町並みであった。
(あれ? ここにお祖母ちゃんの家があるさ?)
イギリスに来た当初の町とは、全然違う。疑問はあったが、ロンドンとは味の違う雰囲気は心弾ませる。車や自転車が行きかう道路を見やり、クローディアよりも小さい子供が公園で遊んでいる姿が見受けられる。
それらを過ぎて連れてこられたのは、年季の入りすぎた石造りのアパートだった。地震でも起きれば一発で崩壊するだろう。
物珍しく眺めるクローディアの腕を引き、ドリスはアパートの裏手に回る。裏手には向こうの大通りに出る路地しかない。路地は薄暗く、1人がようやく通れる程度の幅だ。
近道なのかと思いながら、クローディアは路地を抜けた。
――はずなのに、大通りに出なかった。
緑の茂った芝生が広がる敷地に通じていた。芝生の上に建てられた一軒家は、巨大な岩を家の型に削り上げていた。
「わあ」
心が感動するよりも身体が芝生へと駆け込んだ。
「我が家にようこそ。クローディア、お帰りなさい」
「お邪魔し……、ただいま」
居間の真ん中には、クローディアと同じ背丈のクリスマスツリーがある。脚のない丸い食卓には、七色の灯を輝かせる蝋燭が1本、浮いている。火が轟々と燃える暖炉の前に敷かれた黄色い絨毯上で、ベッロがトグロを巻いて眠っている。
ベッロの姿が奇妙に懐かしく感じ、その頭を撫でた。
「クローディアのお部屋は、こっちよ」
階段を上がれば、2階そのものがひとつの部屋になっていた。勉強机は勿論、話しかけてくる洋箪笥、バスケットボールもある。驚くことに四畳半の畳がある。畳には敷布団が置かれ、ご丁寧に布団を片付ける為の棚が用意されている。布団の上にはゲームボーイがソフトと一緒に乗せられていた。
〔やったさ、テトリスとカービィが出来るさ!〕
予期していなかったご褒美を喜んでいたクローディアに、ドリスが深刻そうに問いかける。
「あの薄い板みたいな上で寝るって本当なのですか? あれじゃあ、床で寝るのと変わらないんじゃない? コンラッドはこれでいいって言うんだけど」
実際、日本ではコンラッドも畳に敷布団で寝ていた。
「大丈夫さ、家ではこれが習慣さ。いろいろありがとうさ!」
目を輝かせて快活に笑ったクローディアは、布団に飛び込んだ。布団の感触を楽しんでいる彼女を眺め、疑念が晴らせない様子でドリスは渋々と納得した。
日が暮れて外は真っ暗になったが、居間は暖炉と蝋燭のお陰で十分明るい。
「ここは、私の親戚から形見分けで頂いたのよ。少し狭いけど、我慢してね」
「すっごく素敵さ。皆に自慢したいさ」
狭いとは、社交辞令だと思う。
日本の実家は、純和風の平屋。部屋は押入れがあるとはいえ、四畳。勉強用の座机があるので、寝台など置けるわけもない。学校の寮部屋も広いが相部屋で、自分に許されたのは僅かな領域だ。
それに比べたら、ここは広い。
しかし、押入れに片付けていた布団一式やゲームがここにある。つまりは、押入れに隠してあったアレやコレが見られたということだ。そう考えると、恥ずかしくなる。
感傷にひたり、クローディアは改めて居間を眺める。
「お父さんもここで育ったさ?」
「いいえ、前の家は古かったので、処分しました」
サラダを盛った皿を置き、取り皿にドリスが配る。 コップに飲み物を注ぎながら、クローディアは何気なく尋ねる。
「その家って、スピナーズ・エンドにあるさ?」
フォークを手にしたドリスの手が不自然に止まった。
「そこに行ったのですか?」
「お父さんが私を連れて行ったさ。てっきりお父さんの家って、あそこかと思ったさ」
考え込むドリスは、ベッロを一瞥してからクローディアに微笑みかけた。
「あそこは、違います。ええ、違います」
ドリスが意味深な否定する意味は、特に知りたいものでもない。追求せずに、クローディアは2人だけの夕食を楽しんだ。寝惚けてベッロがカサブランカに噛みつく以外、何の問題もなかった。
クリスマスの朝だろうと、クローディアは惰眠を貪りたい。ベッロが起こしに来なければ、まだ眠れていた。最初は追い払っていたが、ベッロの容赦のない尻尾が攻撃してきた。終いには、布団と毛布を剥がされて窓まで開けられた。
(こいつ、冬眠とかしないさ?)
着替えるのも億劫になり、クローディアは寝巻きのまま居間に下りる。既に朝食が用意された食卓を見て、我が目を疑う。
味噌汁と白米ご飯があるのだ。ネギの入った納豆も添えられている。これをドリスが料理したなど、信じ難い。
「おはようクローディア、メリークリスマス」
台所から顔を出したのは、いつもの笑みを浮かべるコンラッドであった。白いセーターと白いズボンの上に、茶色のエプロンを着けている。この朝食は、彼の手腕によるものだと理解した。
「あ、お父さん。メリークリスマス」
久方の再会を喜んだクローディアは、コンラッドに体当たりして抱きついた。コンラッドは抱き返してこず、彼女の頭を撫でるだけだ。頭に触れる大きな手さえも懐かしく喜ばしい。
「学校は楽しいかな? おまえのスネイプ先生の評論は、実に興味深いよ」
「だって、スネイプ先生は、すぐにレイブンクロー減点! っていうさ。お父さん、あの先生の機嫌を損ねるななんて無理さ!」
泣き言に、コンラッドは苦笑を返す。
これ以上話せば、スネイプを罵る恐れがある為、話題を打ち切った。ただの勘だが、コンラッドの前で、彼の悪口は言ってはならない。
クリスマスツリーの根元には、届けられたクリスマスプレゼントがいくつも置かれていた。ハーマイオニーから白く気品のあるヘアバンド、パドマから蛇の鱗を磨く薬、リサから桃色の手櫛を貰った。ドリスからも黒い靴、コンラッドからはフリルの付いた黒いワンピースを貰った。
「嬉しいさ、ありがとう♪私、お祖母ちゃんとお父さんに何も用意してないさ」
「子供がそんなこと気にしてはいけませんよ」
早速、クローディアはワンピースに袖を通す。何故か、サイズが今のクローディアに合っている。何時の間にコンラッドがサイズを知ったのか、謎だ。
「可愛らしいわ。サイズもぴったりねえ」
「ベッロから、おまえのサイズを大まかに聞いていたが、着れたようだね」
犯人は、ベッロだ。
食後の運動をしようと、クローディアはボールを片手に庭へ飛び出す。雪が積もった状態でボールが跳ねるわけもなく、早々に断念した。
雪が積もったならば、雪ダルマを作るしかない。全身ジャージ、手袋とマフラーを装備したクローディアは1人黙々と雪だるまを作る。寒さに負けず、ベッロも長い身体で器用に雪を集め、立派な雪ダルマを積み上げてしまう。
「あんた、本当に蛇さ?」
ベッロの近くに寄ろうと、クローディアは中腰になる。
その体勢を計ったように、フクロウが体当たりしてきた。逆らえない弾みで、自分が作った雪ダルマに倒れ伏す。
見慣れないフクロウは気にする素振りも見せず、小包をクローディアの頭に乗せた。
「一体……何処の誰さ?」
小包の中身は、スネイプに渡した薬入れがあるだけで、手紙も何もない。薬入れの蓋を開くと、見事に使い切られていた。
(先生の脚は、もう大丈夫ということさ)
別に感謝が欲しかったわけではない。それでも、何か言葉をくれてもよかった。休暇前にスネイプから受けた侮辱以外の言葉を期待しても、贅沢に値しないはずだ。段々と腹が立ってきたクローディアは、雪を蹴り払って起き上る。
「見慣れないフクロウが来たものだ」
丁度良く、コンラッドが窓から庭に下りてきた。
「スネイプ先生のフクロウだと思うさ」
「どうしてそう思うんだい?」
不機嫌に唇を尖らせたクローディアは、薬入れをコンラッドに突き出して渡す。
「スネイプ先生が怪我をしたから、薬を貸してたさ。全部、使われちゃったさ。あの先生、ありがとうの一言もなかったさ」
嫌味を含めて言い放ったクローディアの頭に、コンラッドは手を置く。一瞬、叩かれるかと思った。しかし、その手は、我が子を賞賛するように柔らかく撫でる。
戸惑うクローディアがコンラッドを見上げれば、珍しく彼は嬉しそうに笑っている。
「そうか、セブ……いや、スネイプ先生に貸していたのだね。偉いぞ」
コンラッドはスコーンをフクロウに食べさせ、何の返事も持たせずに飛び立たせた。
(いま、偉いってさ……。お父さんが私を……)
偉い。
ただの褒め言葉を父が娘に言うのは当然だが、これまでクローディアは一度もコンラッドから言われたことがなかった。
苛立ちが消え去り、喜びが胸の中で大きくなる。
スネイプから貰ったクリスマスプレゼントに、感極まる。眼を伏せて、この場にいない彼に感謝した。
年が明け、祖父と母から年賀状とイギリス紙幣の入ったお年玉が送られた。お年玉が珍しかったドリスは、日本の正月について色々と質問してきた。クローディアが一通り説明をすると、納得したドリスは手を叩く。
「クリスマスに贈り物がないのは、そのせいなのね」
何処をどうして、そんな解釈になる。
コンラッドが付け加えて説明しても、ドリスの誤解は解けなかった。彼も訂正が面倒になり、放っておくことにした。
年賀状が近所に売っているはずもなく、風景画の絵葉書を年賀状代わりに母へ返した。
閲覧ありがとうございました。
外国のクリスマスは、国全体で祭り。
●ジャスティン=フィンチ‐フレッチリー
原作二巻から登場。他の巻で全然、目立たない気がする(失礼)。
●セドリック=ディゴリー
名前だけなら、原作三巻から登場。映画の俳優さん、イケメンだった!
●エロイーズ=ミジョン
原作では、寮学年不明。多分、上級生だが、ま、いっか!
語尾に「にえ」をつけて喋る設定を勝手につけている。