追記:17年3月11日、18年1月8日、誤字報告により修正しました。
土曜の夜。
新学期から1週間の疲れを取るべく、クローディアとリサは監督生とクィディッチチーム・キャプテンが使用できる浴場に来ていた。
無論、パドマの誘いあっての入浴である。
ホテルのバスルームを想像していたが、全然違う。自室の4倍はある広さ、5・6人は余裕で入れる浴槽は滑らかな材質の大理石を加工した贅沢品。ステンドグラスに描かれた人魚は動いて手招きしてくる。銀製の蛇口からいろとりどりの泡が出て、身体を清めてくれる。
肩までゆったり浸かれる風呂は実に良い物だ。
「風呂は良いねえ、文化の極みさ」
「私も初めて入った時は同じ事、思ったわ」
「私、このままお湯に溶けてしまいたいですわ」
最適な温度に身を預け、会話も忘れて3人は強張った筋肉が解れて行く実感を味わう。
(今頃、ハリーは校長先生と個人授業さ)
頭の隅にハリーを置き、クローディアはこの1週間で知りえた情報を纏める。
まず、『半純血のプリンス』の教科書は安全だ。トトに出した手紙は、金曜日の朝に返事が来た。目覚まし代わりの『吠えメール』は眠気を吹き飛ばしてくれた。
〝彼女の事を探るなと言ったじゃろうが!! この本には何の問題もないわあ!! わしをおちょくるのも大概にせんかい!〟
普段なら日本語で叱責を食らうが、この時は余程、ご立腹の様子だったらしく英語での怒声だった。そこまで隠しておきたいアイリーンの正体は気になるが、スネイプ自ら話して貰える約束をしたのだ。
その話はハーマイオニー達にも教えた。
ハーマイオニーは『半純血のプリンス』の正体をアイリーンと決定した。スネイプの恩師だと推理し、時間を見つけて調べると言い出した。トトから厳命されたのはクローディアだけなので、彼女を止める理由はない。
ハリーはアイリーンではなく、別人であり男子生徒だったと確信していた。文字や文章から受ける印象だという。教科書は金曜の『呪文学』で返した。愛おしい恋人が帰って来たような浮かれた対応をされ、クローディアは彼が別の意味で心配になった。
ちなみにロンは心底、どうでも良いとのことだ。
『半純血のプリンス』とアイリーンの関係は保留にし、次はドラコ。授業中の敵意とも違う奇妙な視線を除けば、今のところ動きはない。
(マルフォイを見張る手段は今のところベッロに頼んでいるけど、どう考えても目立つさ。リータ=スキータのような『動物もどき』を探して監視して貰えれば……、いや、今のあいつは何故か勘が鋭いさ)
たとえ、クローディアが影に変身してドラコを見張っても看破されそうだ。
(マルフォイが何をしようと、ハグリッドに知られないようにしないといけないさ)
今朝方、リーマスから手紙が届いた。珍しさと嬉しさで開封すると、そこにはハグリッドへの配慮を求める内容が書かれていた。
ダイアゴン横町に行った日、ハリーはドラコが『死喰い人』だと主張した。ハグリッドはクローディア達の前ではその事にあまり触れなかった。しかし、子供達がいない場所では憤慨して暴れたというのだ。
〝俺が『マダム・マルキンの洋装店』でふん縛っておきゃあよかったんじゃあ! 奴らが動き出す前に俺が目に物を見せてくれるぞお!〟
慟哭し、マルフォイ家に乗り込もうとしたらしい。
文章では繕っているが、つまりハグリッドがドラコに危害を加えようとしていた。
それを知り、胃が竦んだ。
元々、ハグリッドは起伏が激しくすぐに感情的になる。ドリスの件でドラコを責め立てたい衝動に駆られたが、自分なりに納得して自制していた。
だが、ドラコが『死喰い人』で学校内においてヴォルデモートの為に暗躍しているなら、ハグリッドは阻止する為にその拳を振り上げてしまう。結果は想像したくないが、まず間違いなく医務室で済むはずもない。
出来る限り、ハグリッドの前でドラコの名を出さない。
ドラコの身の安全の為ではなく、ハグリッドの為だ。
尚、この手紙はハリーにも届いた。どうやら、ダンブルドアやシリウスにも秘密裏に出したようだ。
(ロンがハグリッドを暢気だとか言っていたけど、とんでもないさ)
今週、ハグリッドから夕食に招待されなかったのは正解だった。手紙を受け取る前ならば、意見や同意を求めていただろう。
(明日、ハリーの話を聞いてからハグリッドに会いに行くさ。グロウプの様子も気になるしさ)
ダンブルドア側の巨人はグロウプのみ。彼はまだ幼く力も弱い為、『死喰い人』が躍起になってまで欲しい人材ではない。とはいえ、現時点でハグリッドを上回る怪力の持ち主だ。ドラコが悪用しないとも限らない。
そこまで思考し終わった時、就寝時間が迫っていると気づく。
名残惜しいが入浴はお終いだ。
気持ちの良い風呂に入れた。出来たからこそ、考えを纏められた。だが、何も答えは出せず、解決もしてない。
そもそも、そんな簡単に解決できるなら苦労はないのである。
柔らかいバスタオルで身体を拭き、寝間着に着替えながらリサは夢見心地だ。
「こんなに良いお風呂なら、毎日入りたいですわ」
「残念だけど、混雑を避ける為に事前予約しないといけないのよね。就寝時間までっていう時間制限もあるしねえ」
つまり、深夜は合い言葉さえ知っていれば、入りたい放題だ。
「パドマ、今日はありがとうさ。良ければ、またお願いしたいさ」
「勿論。けど、私が入れてあげた事は内緒ね。一応、専用だから♪」
からかう口調と笑みから、他の監督生やキャプテンは友人を浴場へ招いている。その事は教師陣の目を盗んで行われている。
以前、セドリックから合い言葉を教えて貰ったハリーは謎解きの為に入ったが、以降は勝手に入っていない。彼は本当に真面目で律儀だ。それに口も堅い。だから、秘密を共有できる。
(ロンも今年、ハリーがキャプテンにならなかったら、こっそり誘っただろうさ)
脱衣所を出た寮への帰り道、クローディアの『ポケベル』に文字が浮かび、『必要の部屋』と表示される。身も心も温かい内に床へ就きたかったが、行かねばならない。
2人に適当な言い訳をしたクローディアは、いつの間にか迎えに来たベッロと共に『必要な部屋』を目指した。
『必要の部屋』は暖炉の炎によって暖められ、肌触りの良い毛皮の家具が揃った快適な空間に様変わりしていた。先にいた寝間着姿のハーマイオニー、ハリー、ロンは昨日の『薬草学』のレポートに勤しんでいた。
「明日じゃダメさ?」
「今夜は徹夜で残りの課題を仕上げたいの。ハリーはキャプテンとしてクィディッチの選考方法を考えないといけないから」
「選考は来週だから、焦らなくていいのに」
「ロンこそ焦ろうよ。今日までで応募者が殺到しているんだ。選手に残りたかったら、また練習してね。友達だからって贔屓にしないよ」
眠そうなロンにハリーは厳しい口調で咎めた。
3人のレポートが一段落し、ハリーの口から今夜の内容が明かされた。
『憂いの篩』によって見せられた元魔法法執行部ボブ・オグデンの記憶。
ヴォルデモートの両親に関する話。彼が魔女と人間の男の間に生まれた混血だとは百も承知。語られたのは、彼らの人間性。
古くから続く家柄ながらも、近親婚を繰り返して一族だけの価値観で生きていたゴーント家。
寂れた掘っ建て小屋とペベレル家の紋章が刻印された指輪、スリザリンのロケット。それだけが残った財。何世代も前に没落しているにも関わらず、自身を気高き血統と讃えるマールヴォロ。蛇語しか話せぬ教養のない長男モーフィン、そして虐げられていた長女メローピー。
リドル家への帰り道に馬で必ず小屋の前を通るトム=リドル=シニア。
狭い世界にいたメローピーが美形のトムに恋心を抱くのも無理からん話だ。
ボブ・オグデンへの攻撃と公務執行妨害により、マルヴォーロは6カ月、モーフィンはマグル襲撃の前科も加わって3年、アズカバンへ収監された。
自分を支配する家族がいなくなり、メローピーはトムへ魔法薬か魔法で心を奪って駆け落ちした。その際、スリザリンのロケットを持ち出したそうだ。無論、リトル・ハングルトンは大騒動になった。
しかも、その騒動はトムがたった1人で村に帰還した事で更に沸いたという。
メローピーが如何にして夫の心を奪い、またそれを止めたのかは推測でしか得られない。ダンブルドア曰く、夫を深く愛するが故に隷従する事が苦痛となり、本心からの愛が欲しくなった。また、2人の子供の為に本当の家族になってくれると確信しただろうとの事だ。
――結果は、言葉にもしたくない。
「聞いているだけで気分が悪くなるさ。その話に何の意味があるさ?」
「この話は大切な事で予言にも関係しているとだけ……、今夜はここまでだった」
言い終えたハリーさえも消化不良な顔つきだ。
「校長先生に例の魔法については聞かなかったのか? ほら、ヴォ、……『例のあの人』が魂を分けた魔法」
「そこに至る為にも、ヴォルデモートの過去を知る必要があると思う」
重い口調で受け止めるハリーから顔を逸らし、クローディアは何気なく暖炉の炎を見やる。
ダンブルドアはヴォルデモートの思考や心情を汲み取り、そこから行動を予測して対策を打つ。それはトム=リドルの頃からの彼を知っているからだ。
つまり、ハリーにはヴォルデモートを理解する事で対抗策を自ら講じて欲しいのだろう。
〔敵を知り己を知れば……ちょっと違うさ?〕
日本語で呟く中、ハーマイオニーは羊皮紙にハリーの話を一字一句間違えぬように書き込んで纏める。
「この段階でスリザリンのロケットはメローピーが持ち出した。ペベレルの指輪はマルヴォーロが持っているのかしら? この指輪も何か関係がありそうね」
「あるよ、その指輪。ダンブルドアがはめてた。スラグホーン先生を訊ねた夜に……。同じ指輪ですかって聞いたら、最近手に入れたって」
聞くとはなしに聞いてから、クローディアは胸騒ぎに襲われる。
(ペベレルの指輪? なんだろうか、その指輪って……もしかして……お祖父ちゃんの遺言にあった指輪?)
必死に記憶を探り、ボニフェースの遺言を思い返す。
細かい部分は霞んでいてもう思い出せないが、何かが刻まれた指輪を持っていた。仮にその指輪が同じものならば、遺言が作成された段階で既にトム=リドルの手にあった。彼の残虐な性格をボニフェースはダンブルドア程ではないが理解していた。
もしも、指輪を手に入れる為にマルヴォーロを殺害したなら、その指輪は『分霊箱』になっている可能性がある。そして、万が一にでもダンブルドアの目を盗んで誰かを誑かしてしまう状況を想像して、寒気がした。
「……ただ記憶と違って壊れてたけど」
「壊れてた……?」
深刻に考え込んでいるとハリーは何気なく言い放つ。そのお陰で胸中の不安は消えた。
「うん、宝石の部分を抉ったみたいに壊れたよ。何か気になることでも?」
「……ボニフェースの遺言にトム=リドルが指輪を持っているってあったからさ。もしかして、『分霊箱』じゃないかなって思っただけさ」
「『分霊箱』!? 魂を分ける魔法は『分霊箱』って言うのね!」
知識欲に駆られたハーマイオニーが目を輝かせて追及する。途端、血相を変えたロンの手によってクローディアの口が塞がれた。
「その魔法は名前を呼ぶのも憚れるって言ったじゃん! なんで今言うの!? 絶対、校長がハリーに話す時が来るのに!」
激怒するロンに3人は呆気に取られる。突然、大声を上げられたので、ベッロ達も彼に注目する。正直、そこまで怒る事とは思えなかった。
「……なんで怒っているか聞いてもいい?」
口を塞がれたロンの代わりにハリーがおそるおそる問う。
「ドラコ=マルフォイだよ! あいつに『分霊箱』なんて知られて見ろ! その魔法を利用しようとするかもしれない! もしくは『分霊箱』を創り出す事こそが目的ってことも十分ありうる! 魔法界で知る者が少ないなら、ここで調べればいい! 図書館にはまだまだ僕らの知らない闇の魔術に関するが知識もたくさんあるんだぞ!」
ドラコが『分霊箱』を求める。その発想は全くなく、だが今の彼なら可能性は十二分にありうる話だ。父親に代わって『死喰い人』になる為の条件として探し出す様に命じられる。ハリーも同じ考えに行き辺り、厳しい表情を見せた。
「ロン……貴方、頭はいいわ。けど、マルフォイに見つけられると思う? 彼は物探しなんて地道な事はしないと思うの」
ロンの推察に感心したハーマイオニーだが、ドラコを侮っている。ロンは毅然とした態度で彼女を凄んだ。
「あいつに見つけられなくても、ハーマイオニーなら見つけられるだろう? 授業で会う機会が多いんだ。君から盗むなんてわけないぜ。絶対、探しちゃ駄目。調べちゃ駄目。わかった、ハーマイオニー?」
確かにハーマイオニーは貴重品を持ち歩く。授業中は各教授の目があるから危険はないなどとは言えない。特にスネイプのいる講義は授業に関係のない物を持ち込んでいる為、没収される恐れもある。
「わかったわ、きっと校長先生からお話はあるだろうから、私はそれまで絶対調べない。ち、誓います」
いつになく凄まじい気迫のロンにハーマイオニーも縮こまる。
「ハリーも『フェリックス・フェリシス』を盗まれないように気を付けろよ」
「はい、おっしゃる通りです」
唐突に注意されたハリーは反論もせず、何故か敬語で返した。今思えば、『魔法薬学』の授業で『フェリックス・フェリシス』がドラコの手に渡らず本当に良かった。
「……ペベレルの指輪を校長先生が持っているなら安心さ。夜も更けたし、私はもう寝るさ。明日、ハグリッドに会いに行くけど着いてくる人いるさ?」
「徹夜って言っただろう」
仏頂面のロンしか返事をくれなかった。
かつてスネイプは述べた。誰がどんな目に遭おうと生徒の試験は免除されない。わかっていたつもりだが、ロンの態度に改めて実感した。
日曜日の朝は人が少ない。それでも大広間には朝食が用意されており、クローディアは年中無休の『屋敷妖精』へ感謝しつつ満腹になる。
教職員の席を見れば、マクゴナガルにマダム・フーチ等の数名のみ。ダンブルドアやスネイプもおらず、ハグリッドもいない。
「森番もして教授もやって大忙しさ」
「大忙しいってハグリッドの事?」
偶然、隣にいたセシルが眠そうに目玉焼きを頬張りながら問う。是と答えるクローディアに頷き返した。
「そりゃあ、そうでしょう。弟の事に加えてアラゴグの看病もあるし……」
聞きなれない名にクローディアは首を傾げる。
「……アラゴグって誰だっけさ? 看病って事は具合が悪いさ?」
不意にクローディアへ近づく気配に気づき振り返れば、頭に無数のカールを巻いたルーナだ。巻き具合が弱く、柔らかい彼女の髪から解けそうなカールに自然と目が行く。
「アラゴクの話してた? あたしもハグリッドに相談されたもン。最近、元気ないって……ブランク先生がいなくなってからだって……」
ルーナも知っているなら、クローディアも過去に紹介された可能性は高い。必死に記憶を探っていたが、セシルが先に答える。
「アクロマンチュラの蜘蛛よ。しかもね、50年以上生きた大蜘蛛! 森の奥に住んでいるから残念だけど会わせては貰えない……。勿体ない……」
その魔法生物の蜘蛛には覚えがある。ハリー達の『魔法生物飼育学』にて、紹介されたはずだ。蜘蛛嫌いのロンが文句を言っていた。目の前のセシルも蜘蛛の唾液が貴重で欲しがっていた。
今となれば懐かしい思い出だが、ハグリッドの抱える問題が他にもあるという事だ。
「ハグリッドに用事なら、平日にしなよ。週末はアラゴグの為に森へ入るから会えないもン」
ルーナの助言にクローディアは反射的に呻き声をあげる。ハグリッドとの時間が合わない事も相談して貰えなかった事も含め、残念に思った。
「校長先生」
向かいに座っていたアンソニーの呟きを耳敏く聞き取り、教職員席を見やる。ダンブルドアが挨拶してくる教師や生徒へ穏やかな笑みを向けている所だった。
「手袋してるね」
ルーナの指摘に思わず、ダンブルドアの両手へ目を向ける。確かに白い薄手の手袋をしていた。9月でも気温が低い日もある。ご高齢たる校長も簡単に防寒具を着けても不思議はない。
ダンブルドアの手を何気なく見つめ続け、不意に指輪を思い出す。そして、ペベレルの名だ。
「なあ、ルーナさ。ペベレルって聞いた事あるさ? サラザール=スリザリンの先祖らしいんけどさ」
「スリザリンの先祖はどうかはわからないけど、ペベレル三兄弟はパパも大好きだもン」
団子三兄弟を彷彿とさせる響きは笑いのツボを押し、噴き出しかけたが堪える。ペベレルと聞いて即答したのなら、その三兄弟は魔法界では有名か常識の知識だろう。
「私、聞いた事ないさ。どんな逸話持ちさ?」
「逸話というか、おとぎ話。『吟遊詩人ビードルの話』くらい有名。そっか、クローディアはマグル生まれだから知らないかも……うーん、魔法界の『グリム童話』だと思ってくれればいい」
セシルの実に分かりやすい解釈にクローディアは納得する。
「ペベレル三兄弟を知っても『死の秘宝』に興味持っちゃ駄目だよ。関わると碌な事がないもン」
そんな前置きをし、ルーナは語りだす。ただでさえ夢見心地である彼女の口調に眠りを誘われつつも、聞き入った。
旅をする3人は橋のない川にでくわし、魔法で橋を作り出して難を逃れた。
悔しい『死』は一計を案じ、三兄弟に褒美として彼らの欲しい物を与える。強い力を望んだ長男はニワトコの木から作った杖、『死』を辱めんとした次男は死んだ人を生き返らせる力を望み川から拾った石、慎ましい三男は『死』から後をつけられずに立ち去れる力を望み『死』のマントの一部。
長男は『ニワトコの杖』を自慢した為に殺されて杖を奪われた。次男は『蘇りの石』でかつて愛した女性を蘇らせたが、死者との隔たりに自ら命を絶った。三男は何年も『死』から逃れ続けたが、やがて歳を取り息子に『透明マント』を譲り渡して『死』を受け入れた。
こうして、『死』は3人の命を手に入れたという話だ。
「豚の三兄弟もびっくりのオチさ。3人とも『死』に負けているしさ、それでルーナの言う『死の秘宝』ってこの3つの道具さ?」
喋り疲れたルーナは牛乳を飲みながら、頷く。最強の杖など、如何にもヴォルデモートが好みそうな道具だ。
急に記憶が刺激され、ボニフェースの遺言にも『死の秘宝』という単語が浮かぶ。トム=リドルはやはり、ぺベレルの指輪を手に入れていた。
解ってしまい、クローディアはぐったりする。
「『ニワトコの杖』、『蘇りの石』、『透明マント』……他の2つは見たこともないけど、マントなんてそこら中にあるさ」
ハリーは指輪が宝石の部分が取れた状態だと教えてくれた。なら、宝石が『蘇りの石』だ。ヴォルデモートが石だけ持って行った可能性もある。深刻に溜息をつくクローディアをセシルは肩を竦める。
「実はね、この話に出てくる『死』のマントから切り取った本物はひとつしかないの。他はデミガイズの毛で織っただけとか、『目くらましの術』をかけられただけのマントとか……けど、そんなに深刻にならなくていいわ。『死の秘宝』なんて神話に近い伝説だもの。信憑性も薄いし、誰も信じてない……一部を除いては……」
セシルはルーナを一瞥してから、語尾を付け足した。
「魔法界の伝説は真実と思っていたほうがいいさ。少なくとも、私達は『秘密の部屋』の怪物と出くわしたんだからさ」
『死の秘宝』を信じるクローディアに、ルーナは嬉しそうに瞬きした。
「そうだもン! だから、絶対に気を付けてね。『死の秘宝』に関わったら石にされるだけじゃすまないよ」
眼前に迫るルーナは真剣に心配してくる。言われるまで石化された事を忘れていたクローディアは目を逸らして咳払いする。
「……そういえば、どうしてスリザリンの先祖がペベレルだと思ったの? 確証を得られるような物でも見つけた?」
今度はセシルが興味津々に迫ってくる。ずっと沈黙していたアンソニーまでこちらの話に聞き耳を立て、迂闊な自分を呪いたくなる。流石にゴートン家やペベレルの指輪に関して話す事は出来ない。
この場を無難に避ける方法を考えているとダンブルドアがゆっくりとアンソニーの後ろに立つ。クローディアは校長と目が合い、目礼で答える。
「死がどうとか聞こえたが物騒じゃの」
「うおおう!? ……おはようございます、校長先生」
ダンブルドアに気づかなかったアンソニーは驚きながら挨拶した。
「『死の秘宝』について話をしていました。実在するかどうかを……」
正直に話すクローディアは息を呑む。ダンブルドアの目に一瞬だけ鋭さが宿ったのだ。気のせいではない。誰も気づかず、校長を見上げている。
「魔法界に限らず、何処の世界にも伝説は存在するものじゃよ。真実も確かにあろうて、ただし嘘もまた同様にな……。全てを真に受ける必要はないぞ」
否定も肯定もない。優しい口調に皆、ダンブルドアへ信頼の目を向ける。確かにこれまでの伝説が真実だから、他の全ても同じではない。
しかし、校長が僅かに見せた鋭さが『死の秘宝』を真実だと教えてくれた。ダンブルドアが拒みたくなるような目に遭ったのだろう。勿論、訊ねる気はない。
ハグリッドの家に訪問する予定が消え、クローディアは宿題をこなす。
午後にグリフィンドール談話室を訪れてハリー達に会い、アラゴグについて聞けた。ハグリッドが学生時代に使い魔にしており、獰猛な生物故に『秘密の部屋』の怪物に仕立て上げられた被害者だ。
「あー、そういえばそんな話もあったさ。すっかり忘れてたさ」
「クローディア、会ってないもんね。そっか、アラゴグ具合悪いんだ」
ハグリッドだけでなく、アラゴグの身を案じたハリーにロンは恐怖で身震いする。
「僕ら殺されかけたんですけど!? あいつの無数にいた子供に喰い殺されそうになったんですけど!!」
腹の底から何故か敬語で声を上げ、ロンはアラゴグに同情や心配する価値などないと断言した。
「どうやって逃げ切ったのか、聞いたかしら?」
「野生化したアーサーおじさんの車に乗って逃げたんだよ」
車が野生化するとは意味不明である。
「今も森にいるなら捕まえるのはどうさ? ロンのお父さんも喜ぶさ」
「あくまでも車の部品に動かす魔法をかけただけだから、とっくに魔法は解けているはずだよ。それでも、森に行くなんて嫌だけどね」
クローディアの提案はロンに速攻で却下された。彼の仕草がおもしろいらしくハーマイオニーは微笑ましく見守っている。その笑顔に引っ掛かりを覚える。
「ねえ、ハリー。クィディッチの選抜方法、考えてる? 去年、アンジェリーナの作った没案を貰ったんだけど必要?」
「ケイティ、ありがとう。参考にするよ」
ちょうどケイティに話しかけられ、ハリーとロンがそちらに意識を向けた隙にハーマイオニーへ耳打ちする。
「今日のハーマイオニー、ロンに優しい気がするさ。何かあったさ?」
一瞬、驚いて目を瞬いたハーマイオニーはロンを一瞥してからクローディアの耳元へ囁く。
「ロンって、結構のんびりしているじゃない? 将来とか授業選択とか適当だし……。けど、昨日のロンを見て感心しちゃった。私が思いつきもしない事を考えて、本当に彼は頭が良いのよ。自分には難しくて出来ないって思い込んじゃっているだけでね。それを実感できて嬉しいの」
はにかむハーマイオニーはロンを友人として褒めているのではない。その表情は恋する乙女そのものである。勤勉で知りたがりの彼女が書物や知識ではなく、1人の男子に恋をした。
否、今までも予兆というより、ハーマイオニーがロンを男子として意識していると思われる場面はいくつもあった。そもそもロンが執拗にハーマイオニーとビクトールとの関係を快く思わないのは、嫉妬以外ない。
クローディアの胸がチクリと痛む。自分達4人は恋愛など関係なく、友情は続いていくと思っていた。恋をするとしてもジョージやチョウのように他の相手だと勝手に想像していた。
「……その気持ち、ちゃんとロンに伝えるさ。ハーマイオニーに褒められたら、すっごい喜ぶさ」
顔の筋肉は弛み、自然な笑みで本心ではない言葉を吐く。クローディアの助言を聞き、それを深い意味で解釈したハーマイオニーの頬が見る見る赤くなる。
「……そうね、……今度、言ってみる」
まるで一世一代の愛の告白を決意するような言い方だ。正直、ハーマイオニーらしくない反応を見ていられなくなり、クローディアは適当な理由を付けて談話室を出て行った。
翌日にハグリッドを捕まえたクローディアは急かさぬよう出来るだけ言葉を選んでアラゴグの症状を問う。
「アラゴグは病気さ?」
「……病気というより寿命だなあ。……アラゴグは長く生きたもんだあ。……この夏に具合が悪くなって、よくもならねえ、セシルは……色んな事を知っちょる。アラゴグに会いたいとも言ってくれたあ」
「城にアラゴグをここまで連れて来れないさ? マダム・ポンフリーとかが……」
ハグリッドの力になりたい一心でクローディアは提案したが、彼は手ぶりで断った。
「あいつは動かせる状態じゃねえ。……アラゴグの家族も……ちいとおかしくなっちょる……。俺以外が巣に近づくのは安全とは思えねえ。気持ちだけで嬉しい、ありがとうよ」
巨大な背が気苦労のせいで普段より小さく見える。時折、大人が見せる気弱な背中を見る時、己の無力さを実感する。勉強が出来ても、部活が上手くいっても、大事な人の力になれないのは本当に悔しい。
ハーマイオニー達もハグリッドを手助けしようとしたが、やんわりと断られた。
授業以外に問題を抱えつつ、1週間経過するのは早い。土曜が近づくにつれ、ハリーはキャプテンとしての大役が迫り、神経質になっていた。他寮の生徒が応募者に混ざって彼をからかうのもその一因だ。
「一応、言っておくけど……選抜を見に来ないでね。……結果は教えてあげるから」
目の据わったハリーは迫力があり、無言で了解を示す以外、何も返せなかった。
神経質になっているのは、エディも同じだ。
毎年、主戦力になっていたビーターのテリーが選抜に応募しなかったからだ。しかも、今回に限ってビーターの応募者がおらず、まだ選抜もしていないのにエディは「もう無理、敗北だ!」と嘆いた。
「折角、自由時間の多い6年生に進級したんだ! アメフト部を作る事にした!」
お手製のヘルメットとボールを持ったテリーは一段と輝いて見えた。
「顧問は誰さ? バーベッジ先生はあげないさ」
「マダム・フーチだよ。ボールの形が気に入ったって言われてなあ。クィディッチの練習がない時間なら競技場も使えるんだぜ」
意気揚揚と話すテリーに若干、イラッとする。手入れの行き届いた芝生での試合は心が躍る。バスケは室内でもできる競技だが、流石にアメフトは外だ。だからといって、バスケを外でしたくないのではない。しかし、寮監でもないバーベッジに競技場の許可は得られない。
「羨ましくなんかないさ! せいぜいラグビーと間違えないように気をつけるさ!」
「エディもクローディアも何を怒ってんの?」
キョトンとするテリーはアメフト部勧誘のビラを配りに回った。
土曜日の午前中にグリフィンドールの選抜は終わり、昼食には満面の笑みで歩くロンを見かける。その笑顔で彼が選抜を勝ち抜いたと察した。
「聞いて、クローディア! ハリーったらね!」
「聞いてよ、クローディア。ハーマイオニーが……」
不機嫌なハーマイオニーと含んだ笑みのハリーという正反対の2人に捕まり、廊下へ連れ出された。しかも同時に語られ、クローディアは2人の話を必死に聞き分けて頭で纏める。
ハリーは注文していた【上級魔法薬】が届いたにも関わらず、新品を魔法で傷つけて汚し、『半純血のプリンス』の本を魔法で新品同然に直して交換した。
ハーマイオニーはロンと同じキーパー志望のコーマックに『錯乱の呪文』を使って選抜を妨害した。彼女はロンの為ではなく、コーマックのような傲慢な男に選手としてチームに居て欲しくないという理由からだ。
「……あんたら何やっているさ? ハリー、書き込みが欲しいなら私のと交換すれば良かったのにさ」
「……あ! いや、駄目だ。僕はオリジナルが欲しいんだ。彼の字には親しみを感じるよ」
「まだ男の子って決まってないでしょう」
ぶっきらぼうに言い放つハーマイオニーはクローディアからの文句を受け入れようと堂々と胸を張る。
「……やってしまったものはしょうがないさ。あいつ、去年からバスケ部に来てないし、思い通りに行かない事もあるって学ぶさ」
「ハーマイオニーには随分と甘くない?」
今度はハリーが不機嫌になる。
先に大広間へ入っていたロンが廊下を見渡し、クローディア達に気づく。
「いないと思ったら、3人とも何やってんの? は、はーん。僕のプレイについて話してたんだろ?」
当たらずも遠からずだが、否定も肯定もしたくない。照れくさそうにするロンの気分を下げたくないので、差し障りのない言葉を選ぼうとした。
「ハリー、ハリー! 君に会いたいと思っていたんだ」
学校の敷地内にいるのだから当然だ。
それを初めて出会えたと言わんばかりに黄色い声を上げるスラグホーンが駆け寄ってくる度に、彼の腹が揺れる。人の見た目を笑ってはいけないが、その見事な揺れ方にクローディアは笑いを堪えた。
「今夜は私の部屋で夕食をどうかね? ちょっとした晩餐会をやる。マクラーゲンも来るし、ザビニも、メリンダ=ボビンも来るよ。彼女とかもう知りあいかね? ご家族が薬問屋チェーン店を……おっと、ミス・グレンジャーもぜひ!」
スラグホーンの目にはハリーとハーマイオニーしか映っておらず、クローディアとロンは存在も認識していない。
ロンの温度が急速に冷めて行くのがわかる。クローディアは仕方なく、彼を連れて大広間へ行こうとした。
「クローディアとロンが一緒でないなら、残念ですが、御断りします」
ハーマイオニーは毅然とした態度で答える。スラグホーンはクローディアを意識したが、ロンが誰の事なのかはわからない様子だ。授業で何度も顔をあわせているはずなのにだ。それに気づき、ハリーはロンの腕を掴んで無理やり紹介する。
「僕の友達です。一番の友達です」
最初は嫌がったロンはハリーの紹介に目を丸くし、気まずそうに頬を掻く。スラグホーンは初めてロンを認識した。
「ロンは頭良いです。とっても」
言い切ったハーマイオニーを振り返り、スラグホーンはもう一度、ロンをじっくりと観察する。
「覚えておこう」
独り言のように呟き、スラグホーンはハリーとハーマイオニーにだけ笑顔で会釈して去って行った。
スラグホーンが二重扉の向こうに聞こえた途端、ハリーは怪訝した。
「どうして、クローディアを無視するんだろう? 他の人と話したいにしてもあからさまだ」
「……心当たりはあるから気にしないで欲しいさ。それより、ロンがどんなプレイをしたか話してくれるさ?」
ロンに話題を振り、彼は気分を良くした。
「そうそう、僕の話だね。席に着いてから話すよ」
クローディアとハリーの背を押し、ロンは思い立ったようにハーマイオニーを振り返る。
「さっきのアレ、……どういう意味?」
小声でしかも躊躇うロンの声は聞き取りづらいが、ハーマイオニーの耳にはしっかり聞こえている。
「どういう意味って? 私は本当のことを言っただけよ」
ハーマイオニーの髪と同じふんわりとした笑顔で答えられ、ロンは一度、彼女から目を逸らす。
「ほら、ハリーが君の事、学年で一番だって言うだろ? それと同じなのかなって……」
明確な質問をせぬ、じれったい態度にクローディアは段々苛々してきた。
「……ロン……うぐ」
口を挟む直前、ハリーと通りすがったジニーに両腕を掴まれて寮席に連行された。
いつの間にか2人きりになっている事に気付かず、ハーマイオニーはロンを見上げる。意を決して爪先を伸ばし、彼の唇へと自分の唇をぶつけるように重ねた。
「こういうことよ」
ほくそ笑むハーマイオニーにロンは予感が的中した嬉しさと唇の感触に耳まで真っ赤に染まる。しかし、選手に選ばれた時よりも嬉しく晴れやかに笑った。
閲覧ありがとうございました。
最初、アメフトとラグビーは一緒だと思ってました(失礼)
ハーマイオニーとロンは、もうちょっと素直になれば早く交際できたのにと思います。