こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。
遅くなったうえに展開が進んでなくて、すみません。

追記:18年10月1日の誤字報告にて修正しました。


11.改める決意

 『隠れ穴』にいる間は何処にも出かけず、退屈しない日々を過ごさせて貰った。

 フラーに絡まれ、モリーに睨まれ、ロンに惚気られ、クローディアが眠るまで必ず誰かが構う。ハリーやジニーと庭小人を駆除する時だけ、無心になれた。

「意外と冬のほうが動きが鈍くなってて捕まえやすいのよ」

 寒い冬を乗り越える為、庭小人は畑に潜む。防寒の意味もこめた分厚い手袋をはめ、ジニーは慣れた手つきで次々と捕まえる。クローディアも彼女を見習い、素手で締め上げていった。

「クローディア、成人しているんだから魔法で駆除していいんだよ。なんで素手で捕まえるの? 噛まれたら危ないから」

 苦戦しながら、ハリーはようやく一匹捕まえる。

「噛まれないように顎を掴めば心配ないさ。けど、そうさ……無言呪文の練習にはなるさ」

 庭小人の気配を察し、魔法で踝から釣り上げて捕まえた。

「何それ、便利。今度、私にも教えて」

「ハーマイオニーに相談してからさ」

 想定より早く庭小人駆除を終え、ジニーは喜ぶ。しかし、ハリーは渋い顔で元気を無くした。

 

 

 明日は生徒の安全を最大限に考慮し、『煙突飛行術』を用いてホグワーツへ出発すると伝えられた。

「フクロウ便も出来るだけ使わない為にも、忘れ物のないようにね。あったとしても、トンクスにもたせるから安心していい」

「パパ! 忘れ物がないようにちゃんと荷物の確認をしてるってば!」

 ハリーが支度する後ろでアーサーが心配そうに何度も話しかけ、ロンは煩わしく追い払おうとした。

「おまえじゃなくて、ハリーの心配だ。それより愛するハーマイオニーのオルゴールはちゃんとトランクに詰めたのか?」

「真っ先に詰めたよ。この家に置いていたら、ママに何されるやら……」

「誰も何もしないって……」

 からかうフレッドにロンは真剣に答え、ビルはやれやれと肩を竦める。

「淑女としての身だしなみが足りません。このブラシは何ですか? こんなに汚れては意味がありません。髪の清潔は基本中の基本! 仕方ありません、私の家に伝わるブラシ掃除を伝授して上げます」

 ハリーとロンの男性陣が盛り上がる中、クローディアとジニーもフラーから有難い助言を避けつつ、支度を終えて準備万端だ。

「デラクール家の秘術を習うなんて恐れ多い、お気持ちだけ頂いておきます」

「クローディアは遠慮してはいけません。ジニー、貴女もついでに教えてあげます」

「堂々と『ついで』扱いしてくれて、ありがとう」

 皮肉が飛び交う部屋にモリーが躊躇うように咳払いする。彼女が部屋に近づく気配はしていたが、普段のような忍び足ではなかった為に警戒はしていなかった。

「クローディアにお客さんが来ているの。マンダンガスよ」

「「「帰って貰って下さい」」」

 露骨に嫌な顔をして返事をしたのは、クローディアだけではない。ジニーは勿論、フラーまでもが顔を歪める。

「フラー、マンダンガスに会った事あるの?」

「ビルに『W・W・W』へ連れて行って貰った際にお会いしました」

 思い返すのも汚らしいと言わんばかりにフラーはガタガタと身震いする。

「私も追い返そうとしたんだけど、貴女に会うまで帰らないっていうのよ。今はジョージとベッロが相手しているから、出来るだけ早く下に降りて来てね」

 会うのは避けられない様子だ。

 渋々、クローディアは腰を上げる。彼女の身を心配し、ジニーとフラーも離れて着いて来た。

「ちいせえ頃のコンラッドはそりゃあ俺に懐いてたぜえ。それがこいつを売ろうとしてから、酷く嫌われちまってなあ。欲しがる宛てがいつくもあったってえのに……」

「そんなことして、何故に嫌われないと思ったわけ?」

 ベッロに威嚇されても全く動じず、マンダンガスはシミジミと昔を懐かしむ。

「こんばんは、フレッチャーさん。明けましておめでとうございます」

「おお、クローディア。ジョージと婚約したらしいな、おめっとうさん」

 気安く挨拶してくるマンダンガスから祝いの言葉を受けても、素直に喜べず苦笑で返す。クローディアの態度は予想通りで彼は陽気に手を振った。

「俺と一緒に来てもらいてえところがある」

 警戒も含め、クローディアは露骨に嫌がる。その反応も予想していたらしく、マンダンガスは一笑いしてから笑みを消した。

「ドリスの墓参り、まだ行ってねえだろ? コンラッドは危険だとか言うが、状況が激化する前に行っとくべきだろうと思ってよお。婚約者が出来たなら、尚更、報せてやれえ」

 墓参り、警戒ではない別の緊張が起こる。

 クローディアとジョージの婚約、ドリスがいたならどれだけ喜んで貰えただろうかと考えもしない。どんなに想像しても、その姿を見る事は叶わない。

 

 ――見れぬ想像は、ただ空しいだけだ。

 

 それにこの家にいる間は外へ出ないようにコンラッドから言いつけられている。

「僕、行きたい」

 断ろうとしたクローディアに代わり、返事をしたのはハリーだ。ロンにアーサーやビル、フレッドも階段の手すりから居間の様子を窺っている。

 吃驚したマンダンガスとモリーが変な声を出しても、ハリーは真剣な態度で畳みかける。

「お願いします。どうしても、行きたいです」

 ハリーの気迫さにモリーは制止の言葉さえ、躊躇う。

 クローディアは瞑想して思い返す。

 最後に過ごした夏、クローディアとハリーは外出を制限されていたが、ドリスは連れ出した。彼に着けられた護衛も信頼できるディグルだったこともあり、安全面は考慮していた。

 ドリスならば、ハリーの気持ちを優先するだろう。祖母の笑顔を脳裏に過らせ、クローディアはゆっくりと目を開ける。モリーが不安そうな視線を向け、ハリーを止めてくれるように期待している。

「私も行きます、ジョージも一緒にお願いさ」

「ああ、勿論」

 ジョージは真剣な顔で快く引き受けた。

「いや、ちょ、クローディア。ジョージは良くても、マンダンガスが一緒なのは……」

「フレッチャーさんを信用しているのではありません。私達は自分一人の身なら護れるだけの特訓を積み重ねたからです」

 クローディアの「特訓」の部分にハリーは強く同意して胸を張る。更に続けようとするアーサーをビルが手で黙らせた。

「僕も着いて行く。途中でマンダンガスが取引でいなくなっても、僕らが護る」

「おい、さっきから俺に対して一欠片の信頼もねえじゃねえかあ」

 自業自得なのに、マンダンガスは傷ついた顔で息を吐く。ポケットからキセルを出し、火も付けずに銜える。

「ビルがそこまで言うなら、いいかい。寄り道せず、すぐに帰って来るんだ。後、マンダンガス。その場所を教えておいてくれ」

「このくらいで手を打つぜえ」

 マンダンガスが指で銭の形を作り、アーサーは怒りを露にした顔で笑い返した。

「さっきから静かだけど、ママは反対じゃないの?」

 ロンが小声でモリーに話しかけても、返事はない。自然と皆の自然が集まり、ジニーも母親の顔色を窺う。そして、気づいた。

「ママ、立ったまま気絶している……」

 ジニーの言うとおり、モリーは目を開けたまま意識がない。『隠れ穴』にいる間、クローディアとハリーを外出させないにも、騎士団員であるアーサーとモリーの役目でもある。役目以外にも、純粋に子供達全員が心配だ。

 心配のあまり、モリーの神経は高ぶり過ぎて意識が飛んだ。

 5分もせずに目を覚まし、主にビルの説得でモリーは一応の納得を見せる。

「30分よ、30分で帰って来なさい。それ以上時間が経ったら、迎えに行きます」

 念を押すモリーにマンダンガスは面倒そうに手ぶりで答える。

「なんで30分?」

「前にジョージがクローディアを連れ出した時、1時間ぐらいで戻ってきてたから……その半分じゃないか? 安全面も考えて」

 ロンの疑問にフレッドが答え、ジョージがビクッと肩を痙攣させる。クローディアはそんな彼の背にホッカイロを貼る。

「ホッカイロ、温かい。これいいなあ、店でも販売したい。どこで仕入れしたらいい?」

「未使用を上げるから、研究して作るさ」

 マンダンガス以外は防寒具に身を包み、ハリーはコートの中に『透明マント』を隠して準備万端だ。

「ベッロは連れて行かないんですか?」

「一緒にいたら、私が近くにいるってバレるさ」

 ベッロを撫でるフラーにクローディアは真剣に答えた。

「同じ理由でロンも連れて行けないからさ、留守番しててさ」

「わかっているよ、……本当は行きたいけど……ママにお茶を入れる。なあ、ベッロ」

 残念そうな笑顔でロンはベッロと台所に立ち、ヤカンに水を注ぐ。ジニーは御茶請けになるお菓子を探して棚を探る。

 フラーは笑顔でビルを抱きしめ、静かに見送ってた。

「じゃあ、俺に掴まれえ」

 『付き添い姿くらまし』の為にマンダンガスは手を差し出し、ジョージからクローディアへハリーとビルに繋ぐ。見送ってくれる皆からの視線を受け、5人は『姿くらまし』した。

 

 人に知られぬ魔法族の墓ならば、山奥にひっそりと佇む霊園か街中にある寂れた建物の中に隠されている風景などを想像していた。

 大観覧車にジェットコースター、サーカスのテントなどの遊具、道を挟むように様々な屋台がずらりと並んでいる。そして、それらに群がる人々の数に圧倒された。

「ここは……遊園地さ!?」

「違うよ、ここはハイド・パーク王立公園。ロンドンだ」

 ハリーは周囲を見渡し、クローディアは何故か頷く。

「流石はロンドンの観光名所がひとつ、ハイド・パーク王立公園さ。……観覧車とか……」

「いや、年始年末は公園の一部を移動遊園地が開演しているんだよ。冬の風物詩って奴だね」

 一部というので公園の規模を案内板を使って説明して貰うが、想像以上に広大だ。クローディアは久々に日本人としてカルチャーショックを受けた。

「僕も来るのは初めてなんだよねえ。人多いなあ……これだけの人がいれば僕らも目立たないってわけか」

「そういうこったあ。連中はまだマグルに勘付かれねえように暗躍してやがるからなあ、まあ、離れんなよお」

「その前に、私とハリーは見えないようにしておくさ」

 人混みから離れ、足元も見えぬ暗がりに引っ込む。クローディアは影に変じてハリーは『透明マント』で姿を隠す。その間、マンダンガスには帽子とビルの手で目隠しして貰った。

「どれだけ信用ねえんだよお」

「取引に弱いって自覚はあるだろう」

「もういいぜ、ビル」

 クローディアはジョージの影に隠れ、ハリーはビルの腕をマントごと掴む。目隠しを外されたマンダンガスは肩を解し、迷いなく歩きだす。ビルとジョージの彼に続いた。

 向かう先はこの移動遊園地の入り口といえる設置された門がある。そちらへ行けば、出て行く形になる。彼らの体が門を潜り、ビルとジョージは物珍しげに門を見上げた。

 

 ――視線を正面に戻した時、水の中にいた。

 

 視界の切り替わりに驚いたが、誰の体も濡れずマンダンガスも歩みを止めない。自分達以外にも疎らだが、人の姿はある。足元の石ころが光沢を放ち、訪れた人々を惑わせないように照らしてくれている。

「これは……喋れるぞ」

「幻覚か?」

 黙っていたマンダンガスも少々、奥へ進んでから立ち止まった。

「ここはサーペンタイン湖の中だあ。入口がちょうどランドの門になってんだあな」

 湖の中と聞いた瞬間、目の前を光る魚が通り過ぎる。何故か、鰯だ。しかも、【ルクレース=アロンダイト】と名前が彫られている。名前を彫られているのは鰯だけでなく、鮭や鮪、シーバス、蛙までもだ。

 その文字は淡い光で存在を主張し、水中を灯す。

「こいつだ、こいつ」

 マンダンガスは一匹の魚、パイクを撫でる手つきで捕まえる。それに刻まれた名は【ドリス=クロックフォード】であった。

「まさか……この魚が墓標なのか?」

 ジョージの確認をマンダンガスは肯定する。

「そお。俺が生まれる前にだったか……湖に墓が欲しいとか抜かした魔法使いが作った霊園だ。この魚はマグルには見えねえし、捕まえられねえ。マグル出身者も魔法省に届ければ、ここに埋葬できるぜえ。俺は遠慮するがよ」

 墓参り自体、クローディアはしない。人の死後を形として捉えたくない。しかし、魚の墓標を美しく神秘的なに印象を受け、影の姿のまま見とれてしまう。

 ビルとジョージはパイクに手を触れ、しばらく沈黙する。ジョージの手を通してクローディア、ハリーもマントと共にパイクに触れる。魔法で生きた魚なのか呼吸と脈を感じた。

 一分も経たぬうちに4人は手を離し、マンダンガスも離した。

 パイクはそのまま、別の訪問者3人組のところへと泳ぐ。その内の1人は剥製ハゲタカを付けた帽子を被る魔女オーガスタ。他の2人は顔まで覆う外套で身を隠しているが、帽子は嫌でも目立つ。

「あの婆……もしかしてロングボトムの……」

「……ああ、あの帽子は間違いない……」

 からかうマンダンガスが口元を隠して笑い、ジョージは苦笑する。

「こっちに来るぜ」

 ビルの小声に合わせるような動きで、オーガスタはこちらへ気づく。連れ合いも一緒に手を振ってきた。

「こんばんはジョージ。貴方のように若い人がここに来るとは思わなかったわ」

「挨拶の前に失礼ですが、以前……聖マンゴ病院の喫茶室でお会いした時、誰と一緒でした?」

 唐突の質問にマンダンガスは驚くが、オーガスタは納得した笑みを見せて答える。

「孫のネビル、ディゴリー夫人とその息子セドリック、4人でご一緒していた時に貴方がクローディアと来ましたわ」

 一昨年のクリスマス、アーサーの見舞いに聖マンゴ病院を訪れた。その際、確かに院内の喫茶室でその面子と偶然出会った。ジョージは合い言葉代わりに質問したのだ。

 皆もそれに気づき、ジョージに感心の目を向ける。

「ビル、こちらはオーガスタ=ロングボトム。俺達の間じゃ、ネビルのお祖母ちゃんで通っている人だ」

「はじめまして、ジョージの兄のビルです」

 礼儀正しく挨拶するビルにも、オーガスタは嬉しそうに挨拶を返す。

「あら、どの色男かと思いましたわ。……こちらも紹介したほうが……」

「失礼、マダム。俺達はもう行かねばなりません」

 オーガスタが連れの2人を紹介しようとしたが、ジョージとビルは丁寧に断る。

「それなら、コンラッド=クロックフォードに言付けを頼めるかしら?」

 ずっと黙りこんでいた連れの内の1人が外套のまま高い声を出す。声色からして妙齢の女性だ。しかも、コンラッドの名なのでクローディアも驚く。積極的な声にオーガスタは咳払いで注意した。

「いいですよ、お父さんに何か?」

 ジョージの了解に婦人はクスッと笑う。

「メリー=マクドナルドが宜しくと……ただそれだけ」

 明るい声に哀愁を漂わせ、婦人は頼む。ジョージは彼女の手を取り、その甲に口付けて重ねて承諾を示した。

 

 地上の人混みに帰った時、マンダンガスはやけくそに呟く。

「だあれも俺を気にしねえでやんの、いいけどよお」

「無視されるような悪い事でもしたんですか?」

 影から人へ戻ったクローディアは嫌味と純粋な質問も込めて言い放つ。マンダンガスはわざとらしく考え込むが、心当たりが多すぎるのだろう。

「よし、5分ある。もう行くぞ、ダングも一緒に来るか?」

「俺は取引で忙しいんだあ、ここまでにさせろ」

 ジョージがマンダンガスに確認する間、ハリーは『透明マント』を片付ける。ビルとクローディアは警戒の為に周囲を見渡した。

 

 ――クィレルがいた。

 

 遊園地を満喫する人々の群れの中を何の違和感もなく、クィレルは颯爽と歩く。その視線はクローディアの存在など気づいていない。

 人違いかと思ったが、本人だと本能が断言した。足元の影がクィレルを捕まえようと勝手に伸びて行く。

「こっちに意識向けて」

 ハリーに腕を掴まれ、我に返る。これからビルの『姿くらまし』に付き添うのだ。

「んじゃあなあ、体を大事にしろよ」

 役目を終えた気でいるマンダンガスはもたれかかった木に眠りそうである。

「いろいろとありがとう、貴方もお元気で」

 クローディアは素直な気持ちを言葉にしたが、マンダンガスは仏頂面の上に手ぶりだけで返した。

 

 『隠れ穴』へ戻り、ハリーとジョージ、ビルはモリーから五体満足か何度も確認される。クローディアはフラーに思いっきり抱きしめられ、しばらく離して貰えなかった。

「私よりも……ビルに……お帰りのハグをしたら……どうさ?」

「ビルにはいつもやっています。こんなに体を冷たくして、寒かったでしょうに」

 更に強く抱きしめられ、暖炉へと無理やり導かれる。ロンとベッロがそっと4人分の紅茶を置いた。

「ハイド・パーク! その霊園……話には聞いた事あるな。マンダンガスめ、勿体ぶって……誰かに会ったか?」

「他にも人はいたけど、知り合いで会ったのはネビルのお祖母ちゃんだ。コンラッドの知り合いを連れていた」

 アーサーの質問にビルは答え、クローディアは紅茶を飲みながらクィレルの顔を思い返す。

「……帰る寸前にクィレルを見たさ……、私達には気づかなかったさ」

 嘘偽りないクローディアの報告に皆の表情は強張る。黙っているべきかと思ったが、皆が別々に霊園へ訪問するならば『死喰い人』との鉢合せも覚悟してもらわねばならない。

「まさかと思うけど……マンダンガスが奴と手を組んで……」

「もしもそうなら、俺らはここにはいない。クローディアがいないにしても、婚約者の俺は確実な人質になる」

 ロンの深刻な呟きにジョージは答えた。

「そうだな、マンダンガスはダンブルドアを裏切らない……。だが、二度と奴とは出掛けるな」

 アーサーがそう締め括り、モリーによって寝室へ追いやられる。

「眠るのが遅くなっても、起きる時間は変えませんからね」

 学校だけでなく、勤務を控えた社会人組も同じだ。

 ベッロを中心とした使い魔達に見張りを託し、モリーも眠る。彼女がアーサーと寝室へ入った瞬間、クローディアとジニーは屋根裏へ行き、ビルはフラーのいる部屋へと移動した。

 こそこそとモリーの目を盗んで部屋を移動するのは、まるでフィルチを相手しているようで楽しい。

「それでそれで、ハイド・パークって何するところ?」

 ロンは先ほど、聞けなかった詳細を催促する。

「……王立公園だよ。霊園があったのは、サーペンタイン湖の中だけど」

 ハリーの説明を寝物語に、クローディアはジニーさっさと眠る。眠気に従って目を閉じ、先ほど見たばかりの光景を思い返す。

「ちょっと、待って……僕、知っている。マグルの物語で舞台になっていた場所だろ? ハーマイオニーが教えてくれた……ジキル先生と……あれ?」

「【ジキル博士とハイド氏】だね。僕、題名は知っているけど、読んだことないんだ。……そうか……、あの公園が舞台に……」

 ボニフェースが命を落とした場所であるが故に、ハリーは感慨深く思う。しかし、彼以外誰も知らない。それを誰にも言うつもりはない。

 そんな事は露知らず、クローディアは【ジキル博士とハイド氏】の内容について思い返す。

 二重人格を題材にした小説、善良なジキルが薬によって凶悪なハイドへと変身する話だ。少しの変身は段々と長くなり、やがて薬いらずで勝手にハイドへと変わってしまう。そして、ジキルに戻る為に薬を飲むしかなくなる。

 しかし、薬は数に限りがあり、いつかジキルの人格は確実に消えてしまう。戦々恐々とする日々を送る中、やがて周囲も2人の関係に気づき始めた。

(……最後にジキルは……どうしたんだっけ?)

 真面目に読まなかった小説なので終盤が思い出せない。

「霊園も凄いけど、移動遊園地ってどうやって移動するの? 遊園地そのものが飛ぶの?」

「……遊具を運べるように解体してトラックとかの大型自動車を使って、次の公演地へ運ぶ。場所によっては飛行機も使うだろうから、飛ぶと言えば飛ぶね」

 ロンの興味が霊園から移動遊園地に移った頃、クローディアの意識は落ちた。

 

☈☈☈☈☈☈

 極寒の地ではないにしろ、都市部より寒い辺境には存在を知る魔法族さえ近づかない。

 何故なら、そこにはヌルメンガードがある。

 創設したゲラート=グリンデルバルドの希望を完璧に叶えた要塞。しかし、今ではたった1人の囚人を収監しただけの監獄だ。

 【より大きな善のために】、そう刻まれた壁は自然の山より険しく、人工的な塔よりも精確で精巧だ。少々手間取ったが、コンラッドは壁を乗り越えた。

 それよりもこれから会う人物に緊張が隠せず、知らずと頬に汗が流れる。彼に会いに行くと知ったダンブルドアはかつての宿敵に関し、こう述べた。

 

 ――今の彼は孤独だが、無知でも無関心でもない。ただ、関与していないだけ――

 

 明かりもない部屋とも呼べない壕に年老いた囚人はいる。この寒波にみすぼらしく寒々しい囚人服のみで過ごす。膝を抱えているが凍えている様子はまるでない。むしろ、寒暖の感覚を持っていないと印象を受けた。

「やあ、来たね」

 足音さえ出さずに近付いたコンラッドに気づき、囚人は嗄れた声を出す。全く警戒心を持たず、むしろ愉しんでさえいた。

「お初にお目にかかります。ゲラート=グリンデルバルド」

 唐突の来訪者にグリンデルバルドは親しき友のように微笑んだ。

「コンラッド……トトは元気かね? あれの婿を務められる君に会ってみたかった」

 名乗ってすらいないコンラッドどころか、トトとの関係まで言い当てた。

 方法は解明できないが、外界と隔離されながらもシワだらけの脳髄は常に情報を得ている。素直にゾッとした。

「……トトは今も飛び回っております」

 質問にはそれだけ答えたが、グリンデルバルドは満足げだ。2人が学生時代に流血沙汰を起こした件は知っている。事件後、2人はそれぞれの形で学校を去った。

 今日まで一度も会う事はなかったはず、それでもグリンデルバルドはトトを気にかけていた様子だ。

 

 肝心のトトは彼の存在などとっくに忘れ去っているというのに――。

 

 礼節と礼儀を持って、コンラッドは片膝を付いて片手の拳を床へ置いた。

「本日はお願いがあって参りました。……私と盟約を結んで頂きたい」

「それは出来ない」

 あっさりと返された。頑として受け入れぬ姿勢だ。

「我々の戦力としてではなく、ただ一度、お力添えを……貴方が必要なのです。見返りとして貴方の望みを全て叶えます。どうか……助けて下さい」

 コンラッド自身の計画にグリンデルバルドの力が絶対だ。そうでなければ、命が失われる。亡くしてはならない命を救う為に両膝、両手と額を床へ付く姿勢に直す。一切の嘘なく、縋る思いで請うた。

 1秒、1分が長い。

 頬を流れる汗の感触と吹雪の音を敏感に感じ取る。

「わしに望みはない。だから、君を助けられない」

 労わりと慈しみを持つ口調で断られ、コンラッドは絶望する。悔しさのあまり、伏せたまま唇を噛む。

「……私がここに来ると……誰かから聞かれたのですか? 断るように頼まれたのですか?」

「来ると思っていた。年寄り故の予想にすぎん」

 つまり、グリンデルバルドは収集した情報から過去を推測し、未来を予想している。ここにコンラッドが来た事で、これからの流れを彼は既に予知していると言ってもいい。

 知っていながら、今までと変わらぬ無関与を貫くつもりだ。

「全て御承知の上で……私を……私達を助けない……そう言うか……」

 取り繕うのをやめ、コンラッドは憤慨してグリンデルバルドを睨む。失望の眼光に怯むことなく、老人はとても穏やかだ。

 いずれ、ヴォルデモートもここを訪れるだろう。その時の結果がどうであれ、今、始末しても問題ない。そこまで考えた時、自然と袖に隠した杖に手が伸びた。

「わしの助けは、君の望みを叶えられない」

 思わぬ指摘に動きが止まる。

「誰の仕業でも責任でもない。わしが出しゃばれば、代償として望みを捨てねばならない」

 年長者として諭すのではなく、友と話すような口調は変わらない。どうやら、こちらが考えるよりも、偉大な闇の魔法使いはコンラッドの内情を知っている。

「……では……私の望みは叶う……と?」

「帰りなさい……君が帰るべき場所へ」

 質問には答えず、グリンデルバルドはそれ以上何も言わなかった。

 それなりに手間をかけてここまで来たのに、説得は失敗に終わる。だが、毒気が抜かれたコンラッドは呆然と受け入れていた。

 

 ヌルメンガードより帰還し、コンラッドはロンドンにいた。

 夜が更けても、マグルは多く集まる遊園地では麗しきコンラッドも人混みに埋没する。防寒具によってマフラーや帽子で顔を隠せば尚更、目立たない。

 待ち合わせのマンダンガスは時間通りにいた。お互いに言葉は交わさず、2人はそのまま霊園へと足を運ぶ。踏み入れた瞬間、目を奪われる程に美しい光景を尻目に奥へと進んだ。

「面倒事を引き受けてくれて、ありがとう」

「まあ、あのくらいならなあ」

 墓参りのマンダンガスに引率を頼んだのは、何を隠そうコンラッドだ。頼まれたと言えば、不審がられて余計な警戒を生む。

 移動遊園地が開園している時期はマグルの来園者も多く、人の目も誤魔化せる。

「……坊主が……行きたいってえよ。てめえの予想通りなあ」

 そう、ハリーもこの場所に来させる為だ。墓参りに行くとなれば、彼も来たがる。しかし、狙われる2人を安全に連れ出す余裕は今のコンラッドにはない。

 グリンデルバルドの助力が得られなかった以上、トトの時間はコンラッドよりも少なく頼めない。マンダンガスが引率するなら、ウィーズリー家の誰かが一緒に護衛してくれると踏んだ。

「おいおい……」

 焦ったマンダンガスは足を止める。視線の先には、クィレル。全く恥じる様子もなく、素顔を晒して堂々としている。周囲にいた人々は誰も彼に気づいていない。彼の人相は平凡故に埋没しやすいから、気づかないのだ。

「こんばんは、クィリナス。君も誰かの墓参りかい?」

 コンラッドは止まるどころか、クィレルの隣に立つ。マンダンガスが遠巻きながらも、必死に逃げるように促しても挨拶した。

 不審者を見る目つきで返され、帽子とマフラーを外す。クィレルは予想外の人物に目を丸くし、興味なさげに泳ぐ墓標へと視線を向ける。

「……声をかけられるとは思わなかった」

「思えば、いつも私から声をかけていたね。初めて会った時もそうだ……君は本を読んでいた」

 昔話に花を咲かせようとするコンラッドへクィレルは杖を向ける。杖を振るう姿に気づいた人々は危険を感じ、速攻で逃げた。

 マンダンガスも逃げ腰だが、出口が混雑している為に逃げられない。

「良い杖だ」

「イゴール=カルカロフが持っている杖をご主人さまより下賜された。正直、使いづらい」

 杖を向けられたまま、コンラッドは機械的に笑う。

「ドラコ=マルフォイに色々と教えているそうじゃないか、君がそこまで人情に厚いと思わなかったよ。私の知っている君はもっと淡泊だった。上辺だけでも取り繕えない正直者だったね」

「何年前の話だと思っている。歳月の分だけ変わった……それだけだ」

 素っ気なく告げ、クィレルは杖をしまう。

「しかし、ちょうどいい。私から質問だ。……バーサ=ジョーキンズの遺体、あれはおまえが用意したんじゃないのか?」

 クィレルの声には殺意があり、魚達も反応して動きを止める。しかし、コンラッドの笑みは消えず、動揺も見せない。

「彼女の遺体を発見したのは、ヘンリー=マンチだよ」

「そんなモノが、そもそもありえない。あの女は確かに処分した……塵一つ残さず、おまえは魔法省にご主人さまの存在を教える為、偽の遺体を用意したのではないかと……聞いている」

 感情を殺してクィレルは自分の仮説を語り、コンラッドの反応を一挙一動、見逃さない。相手の罪を暴かんとする視線には軽蔑も込めていた。

 クィレルの形相がおもしろく、コンラッドは嗤う。

「さあ? 魔法省は完全に後手に回り、結果として闇の帝王は戻って来た。君にはそれで十分だろ?」

 思う答えが得られなかったクィレルは感情を更に抑え込み、ぶっきらぼうな目付きに変えた。

「では、もうひとつ。初めて会った時……何故、私に話しかけた」

「それ、今聞くのかい? 殺そうとした相手に聞くなんて、本当に君は変わったな」

 喉を鳴らして笑い、コンラッドは昔を懐かしむようにクィレルを見つめる。

「――君となら友達になれると思ったからだよ。――セブルスとね」

 予想通りの答えだったらしく、クィレルは呆れて溜息を吐いた。

「メリー=マクドナルドを覚えているか? ……彼女とデートした理由も馬鹿正直にそう答えて振られたな。あの時ばかりは、セブルスも珍しく私に愚痴を零していた」

 懐かしい名前だ。

 ホグワーツでの7年間、ただ1人デートした相手。

 今も黒衣に身を包むセブルスの若き日も脳裏を掠める。そして、今は亡きリリーも……。途端に嫌悪が浮かび、言葉にならぬ罵詈雑言をいくつも記憶の彼女へ叩きつける。

 そこを突いたようにグリンデルバルドの言葉が反響する。

 

 命を救う為に望みを捨てられるかなど、――答えは決まっている。

 

「私は止まらぬ、誰が死のうと決して……」

 コンラッドの血を吐くような宣言をクィレルは静かに聞く。

「それは皆、同じだ。ご主人様も私も……セブルスも」

 挨拶もなく、クィレルは歩き出す。その足取りに何の迷いもない。自分も迷いなどないのだ。

「おい、平気か? どっか異常は?」

 オロオロと心配するマンダンガスに手振りで無事を伝える。鼓動の早くなった脈を静める為に深呼吸した。

「行こう、ダング。時間がない」

 立ち止まっていたのは、コンラッドであるがマンダンガスは反論せずに頷いた。

 

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 朝食に起きてみれば、ハリーとロンが既に食卓に座る。しかし、2人の目の下に濃い隈がハッキリとついていた。

「あんたら、徹夜さ?」

「寝るタイミング……逃した」

「切りの良いところで話が終わらなくて……」

 愛想笑いさえない2人は呟くように答え、クローディアは朝から呆れるのも疲れた。

 全員が揃ってから、アーサーは『煙突飛行術』の時間について説明する。

「自宅から学校へ安全に到着する為、アルファベット順番に煙突を使って貰う。ハリーとクローディアは我が家にいるから、ロンの順番を待ってもらうね。時間は夕方6時頃、夕飯は済ませても構わない」

「だったら、僕達は少しは寝られるな」

 ロンが呆けた顔で笑う。しかし、誰も突っ込まない。

「どこの煙突を使うさ?」

「レイブンクローの君には悪いが、マクゴナガル先生の事務所と繋げている。もう移動は開始しているはずだ」

 グリフィンドール生が3人いる為、当然の処置だ。

「ロン、ハーマイオニーによろしく」

「しっかり勉強しないと振られるぞ」

 出勤の時間になり、それぞれの勤務先へ皆も出かける。

 主婦であるモリーだけが見送りなのだが、約束の時間が近づくに連れて落ち着きをなくす。ロンが何度もお茶を入れたが、一瞬の誤魔化しにしかならなかった。

(独りで皆の帰りを待つ……、相当の勇気がいるさ……)

 告げられた時間になり、まずはクローディアが煙突の前に立つ。

「クローディア、良い子にして……危ない事しないで」

 メソメソと泣きだすモリーの背をジニーが優しく撫でる。

「勉強するさ、癒者になる為に……」

「そうだったわね……ジョージの為にも、しっかりね」

 涙を流しながら、モリーは力なく笑った。

 

 『煙突飛行術』は久しぶりだが、やはり酔う。暖炉の持ち主、マクゴナガルは机に座って書類に目を通していた。

「こんばんは、ミス・クロックフォード」

「お久しぶりです、マクゴナガル先生」

 肩に付いた暖炉の灰を失礼にならない程度に払う。生徒の到着を確認しただけで、マクゴナガルはそれ以上の会話を求めない。

 しかし、クローディアは不意に浮かんだ疑問を口にする。

「マクゴナガル先生、メリー=マクドナルドという女性をご存知ですか? 多分、父と同じ世代だと思いますが……」

「…………ええ、グリフィンドールの生徒でした。確かに貴女のお父様と同じ世代です。詳しい話は貴方の寮にいるベーカー=ロバースに聞くと良いでしょう。彼の母親ですから」

 意外な繋がりにクローディアはカーペットに足を取られ、転びかけた。

 




閲覧ありがとうございました。
魔法族なら、水の中の霊園くらい作れるだろうと考えました。
グリンデルバルドに知らない事はないと思っています。
『ジキル博士とハイド氏』は二重人格を代表する作品です。映画や某アプリゲームでもイケメンキャラとして登場しています。

●メリー=マクドナルド
 スネイプ世代のグリフィンドール生。当時のスリザリン生マルシベールなどに命がけでからかわれる事がしばしば……。
 その後について語られていないので、この位置に置きました。

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