こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。
すみません、かなり長文になってしましました。



2.継がれゆくモノ

 見捨ててしまった罪悪感を誤魔化す為、必死に自分へ言い訳した。

(ハーマイオニーは大丈夫、ハーマイオニーは大丈夫)

 その最中、ムーディは逆立ち状態のウォーリーを起こし、胴体だけを自分の腹へ乗せる。手足は放り出された変な姿勢にされた為、警戒して彼の箒を掴んだ。

「降りるぞ」

 途端、箒は飛ぶのをやめる。突然の落下する感覚に悲鳴を上げたのは本能だ。

 雲の下は郊外で家の灯りもほとんどなく、ファミレスの駐車場と思われる場所が見える。疎らに停車している自動車の中で、大型トラックへの衝突を予感した。

 荷台には落ちず、直前でゆっくりと地面へ降り立つ。衝撃に構えていただけに拍子抜けしたウォーリーは箒から下り、ムーディは杖で大型トラックの荷台を叩いた。

 荷台の戸がそうっと開き、合言葉を交わす。安心したように顔を出したのはゼノフィリスだ。

 予想外の人物に驚き、ウォーリーは悲鳴を上げそうになったが堪えた。

「1分、早かったね」

「ああ、ちょいと無茶をした。奴らが大勢、待ち伏せていた」

 奴らの待ち伏せ、その意味を察したゼノフィリスは恐れ慄いた

 招かれた荷台の中は外装からは想像もつかない、円形の部屋だ。家具や食器棚も壁にぴったり嵌り、蝶や鳥の絵が抜かりなく描かれている。床の真ん中から向かい、螺旋階段が伸びる。外身の大きさと中身の広さが合っていないのはご愛嬌だ。

 ごちゃごちゃしているようでいて、全体が1枚絵のように均衡が取れている。

 急に視界がボヤけ、目に負担を感じて眼鏡を外す。股間の違和感も消えて胸が控えめに膨らむ。服のサイズも合わなくなった。

「薬が切れた……」

「見ればわかる」

 無愛想にムーディはゼノフィリスに勧められた椅子へ腰かけた。

「あの……ルーナ……娘さんはお元気ですか?」

 挨拶もせず、質問したウォーリーにゼノフィリスは微笑んだ。

「ああ、ルーナは友達の家だよ。ここには私だけだ」

「独り? スキャマンダー夫妻はどうした? 一緒だと聞いていたぞ」

 不用心だとムーディが顔を顰め、ゼノフィリスは目を泳がせて口元を手で押さえる。何か事情があるようだ。

「仕方ないんだ、マッド‐アイ。ようやく、『しわしわ角スノーカック』の存在が証明できるんだ。本当なら、私が行きたいけど、ティナにここで君達を待つように言われて……」

 苦渋の選択と言わんばかりにゼノフィリスは顔を歪める。しかし、白状した内容は『しわしわ角スノーカック』なる魔法生物を捕まえるか何かの為に、夫妻は不在のようだ。

「それって……えーと、教科書にも載らない本当に幻の生物ですよね?」

 こんな状況にも関わらず、夫妻は魔法生物と追いかけっこ。優先順位のズレに立ち眩みがし、ウォーリーは頭を押さえた。

「阿呆か!? ニュートめ、重い腰を上げたかと思えば!」

「ああ、そろそろ時間だ。ほら、2人とも『移動キー』を掴んで」

 ムーディの剣幕に恐れをなし、ゼノフィリスは時計を見ながら壊れたヤカンを指差す。ヤカンに映るウォーリーは元の姿である。これを元の姿と言っていいか、微妙な気持ちだ。

「ありがとうございました」

「礼などせんでいい! ゼノフィリス! ニュートに伝えておけ、覚えていろとな!」

 ウォーリーとムーディが同時にヤカンの『移動キー』を掴む。時間が来たらしく、引っ張られる感覚と共に手を振ってくれるゼノフィリスの姿も見えなくなった。

 

 地面が足に着いた時、景色は様変わりし、何度も見た『隠れ穴』の門にいた。

 窓からこちらの様子を窺うキングズリーが見える。直後に扉が開き、緊張した面持ちでアーサーはムーディへ杖を向けて合言葉を求める。その態度に満足し、マッド‐アイはにやりと笑って答えた。

「良かった……本当に」

 安堵の息を吐き、アーサーはムーディに抱き付く。すぐに家からリーマスやハグリッドも飛び出して出迎えた。

「どうだ? 時間通り。わしらが最後のはずだ」

「まだだ、ビルとロンが遅れている。『移動キー』に間に合わなかった」

 計画の遅れは死の恐れ、ムーディは顔をしかめて土に義足が取られないように急ぐ。

「ロン達以外は着いているのか?」

「ああ、着いた。無事とはいいがてえ、ジョージは耳をやられちまった」

 ハグリッドに言われ、答えるより先に足が勝手に動く。ムーディや家主のアーサーを押しのけ、台所にいるハリーやハーマイオニー、フラー、マンダンガス、キングズリーを見渡してから居間へと突入した。

 ソファーに横たわるジョージはぐったりと無気力で、片耳がない。その様に背筋が凍る。モリー、フレッドの付き添う様子も見えて来ない。

「やあ、ウォーリー。無事だったんだね」

 無理やり、しかし弱弱しく笑う姿。表情筋は動かず、片手だけ上げて答えるのが精一杯。

「ジョージは大丈夫よ……大丈夫だから」

 肩を撫でてくるハーマイオニーに慰められ、台所の椅子へ座らされた。

「誰か戻ったの?」

「マッド‐アイとウォーリーよ。彼女はジニー、ロンの妹なの」

 螺旋階段を降りてきたジニーの腕にはヘドウィッグとピッグウィジョンが止まり、帰還した仲間を出迎えた。

「キングズリーは時間だ、持ち場に戻れ」

 ムーディの指示にキングズリーはまだ戻らぬ仲間を心配し、深呼吸してから了解した。

「戻ってきたら、報せてくれ」

 皆、頷き返したのを見てキングズリーは外へ出て行った。

「じゃあ、俺もそろそろ……」

 お暇しようとしたマンダンガスへムーディの杖が投げられ、ズボンの裾が床へ縫いつけられる。ハグリッドも逃げないように裏口の前に立って塞いだ。

 ウォーリーは知らずと口を開いた。

「誰がやったんだ? ジョージの耳は……」

「スネイプの仕業だ」

 リーマスの声が脳髄に直接響き、そのまま首の後ろも熱くなる。

 そうだ。スネイプはヴォルデモートの為にクローディアも殺せる。見知らぬ他人も見知った知人も命令とあらば、その手にかけていくのだ。

 何故、そんな当たり前の事に気づけなかったのだろう。コンラッドの友であり、頼るべき大人として贔屓し、スネイプの人間性を見誤ってしまった。

 沸々と滾る怒りは指先まで強張らせ、歯ぎしりが鳴った。

「帰ってきたわ!」

 ハーマイオニーは歓声を上げ、ハリー達と外へ出迎えに行ったが聞こえなかった。

「一緒になったみたいだ」

 ロンと3人はムーディから合言葉を要求されて答える。ジョージの状態を知った後、ビルは厳しい表情で杖をウォーリーに向けた。

「ビル、どうした!?」

「ヴォルデモートはこいつを見逃した。情報を売ったからだろ?」

 慌てるアーサーにビルは冷静に答え、帰還に喜ぶ雰囲気ではなくなり、一斉に動揺が走る。リーマスも杖を構えてウォーリーへ向けようとした。

「止せ、こいつの身元はわしが保証する。奴らの側ではない。寧ろ……」

 ムーディの義眼がマンダンガスへ向けられる。

「今夜の作戦を誰かに漏らしたか?」

「やっぱり、そう来ると思ったが違う! 俺はあんたにしか言ってねえ! 誓って本当だ!」

 マンダンガスの弁解を聞かず、ムーディは彼の胸倉を掴む。

「ダングが犯人なら全部、言うはずだ。あいつらは出発の日時は知っていても、囮がいる事は知らなかった。中途半端な情報は返って命取りになる」

「ああ、リーマス! もっと言ってやってくれ! 俺じゃねえ!」

 リーマスは懇願するマンダンガスへ冷たい視線を向け、ウォーリーへと転じた。

「君も黙ってないで何か言ってみろ」

「五月蠅い」

 ウォーリーは話をほとんど聞いておらず、爆発しそうな感情に思考も淀んでいた。そこへ来たビルの声が心底、煩わしい。

「考えているんだ、黙っていろ」

 顔も見ず言葉に出来たのは、命令。

 ビルの表情は益々険しくなり、一触即発の雰囲気を察してハーマイオニーはウォーリーの前に立つ。急いでロンも兄と真正面から対峙した。

「やめて! ウォーリーは『ポリジュース薬』の効果で変になっていた。それにヴォルデモートは興味を示しただけだ」

「……そーだとしても、ビル達が今夜、貴方を連れ出す事を何故、知っていたのか、説明つきません。誰かがうっかり時間だけ漏らした。それなら、全容を知られません」

 ビルとハリーの意見を尊重し、フラーは婚約者以外を見渡した。

「全容を知らない誰か……」

 反論も浮かない沈黙の中、ウォーリーは思い付く。その内容に笑いが込み上げた。

「何がおかしい」

「……いるじゃないか、全容を知らなくて日時を知っている奴。スネイプだよ」

 ビルへ皮肉っぽく答え、皆、ハッとお互いの顔を見やる。

「だが……日時を正確に決めたのは葬儀の後では……」

「いや、ありうる。今夜もダンブルドアが前から決めたようなものだ。信頼されていたスネイプなら、生前の内に話した可能性は高い」

 疑問するアーサーにムーディは忌々しそうに舌打ちした。

「ウォーリー、疑って悪かった。ビル、杖を下ろしてくれ」

 目を伏せたリーマスはビルの杖を手で塞ぎ、ほとんど無理やり下ろさせる。まだ納得していない婚約者へフラーもこれ以上の諍いを求めず、寄り添って宥めた。

「んじゃ、作戦は成功ってことでおめでとうさん。おやすみー」

「あら、ダング。良いじゃない。今夜は泊って行きなさい」

 ようやく、帰還を祝えるモリーは嬉しそうにマンダンガスを引き止めた。

「ウォーリーもおいでよ。どうやって包囲網を突破したのか、教えて」

 ハーマイオニーとロンに手を引かれ、まだ感情が治まり切らないウォーリーは逆らわず居間へ引っ張られる。フラーが白いハンカチを手渡し、手の平へと巻いた。

 自分の手が爪で傷ついていると今、気づく。急に上がっていた熱は冷めて手の痛みを感じた。

 ハンカチを血に染め、フラーに詫びる。彼女は笑って許した。

「私達、ベラトリックスに追われたの。もう本当にしつこくて、でも、ロンが『失神呪文』をかけたのよ。あのベラトリックスに! 凄かったわ」

「ほんと?」

 トンクスは『ファイアボルト』を肩にかけてロンの活躍を強調して語り、ハーマイオニーは意外そうに彼を見やった。

「意外で悪かったね」

「私達には5人着いてきたわ。キングズリーが2人、倒してくれた。ヴォル、デモートも加勢に来た時は駄目かと思ったわ。すぐにいなくなったけど」

 ハーマイオニーは遠慮がちにハリーを見やり、彼はリーマスを一瞥してから溜息をついた。

「僕達を追ってきたのは、ジュリアとクラウチJr.だ。彼女らも空飛ぶバイクだったよ。それでジュリアに『武装解除の術』を仕掛けたから、本物と気づかれたんだ。クラウチJr.は僕が本物だって叫んでいた」

 ハリーの一言、一言をムーディは血管が切れそうな表情で聞いていた。

「『武装解除の術』の段階はとっくの昔に……」

「それはさっき、リーマスが言ったわ」

 ムーディの言わんとした事をジニーは遮った。

「ジュリアはきっと目を覚ましてくれるよ。それがいつになるかはわからないけど……」

 絶対だとハリーは確信的に拳を強く握る。彼がそこまでジュリアに拘りを見せるのは、かつての仲間意識とベンジャミンの孫という点が合わさっているからだろう。無論、ウォーリーは帰りなど待っていない。

 僅かにあるその情けがハリーの命取りにならないように力を貸そうと改めて思った。

「いまに知れ渡るだろうが、ハリー、おめえさんはまた勝った! あいつに真上まで迫られたっちゅうに、立派に戦って退けた!」

「うえーい! ハリー万歳!」

 マンダンガスを振り回すように肩を組んだハグリッドが陽気にハリーを讃える。2人の手にはファイア・ウィスキーの入ったグラスがある。既に酔っぱらっていた。

「ウォーリーもどうぞ」

「申し訳ない、私は酒に弱いのでね」

 ポドモアに勧められたが、断った。過去に酔っ払った例もあり、この体ではどんな異変があるのかわからない。

「あれは僕じゃない、僕の杖がやったことだ。杖がひとりで勝手に動いたんだ」

 急に静かになった。 

「……? それは杖に助けられたな。これからも大事にしなよ」

 ウォーリーは静けさの意味がわからず、素直に答えた。

「僕もそう思っていたよ」

 肯定され、ハリーは嬉しそうにジニーからファイア・ウィスキーのグラスを受け取った。

「ウォーリー、適当な事を言わないで。ハリー、そんなことはありえないわ。貴方は無意識に魔法をやってのけたのよ」

「違うよ、バイクが落下してて何処にヴォルデモートがいるかわからないのに、杖は真っ直ぐアイツを狙って呪文を放ったんだ。しかも、金色の炎だよ。僕はそんな呪文、知らない」

 ハーマイオニーに否定され、ハリーは状況を必死に説明する。しかし、ウォーリー以外は皆、似たような表情と態度で彼を心配した。

「よくあることだ。追い詰められた状況では、思いもよらぬ魔法を使う。小さな子供もそうだよ」

「ウォーリーが言うように、杖が助けてくれたんだ!」

 ハリーは縋るようにムーディを見つめる。百戦錬磨の元『闇払い』なら、杖に何が起こったか説明してくれると期待していた。

 皆の視線が自然と彼に集まる。

「ポッター、わしが現役だった時でもそんな経験はしておらん。だが、そういう状況に名前は付けられる」

 携帯瓶を一気に煽り、ムーディは義眼をハリーへ向けた。

「そいつは奇跡だ、ポッター。奇跡は二度は起らん。次を期待するな、わかったな」

 ハリーは一瞬、硬直する。ムーディには無縁で似つかわしくない単語が出たからだ。しかし、自分の話を信じている上での返答である為、安心して受け入れていた。

 彼以外はウォーリーを含め、背筋が凍る思いだ。

「本当にマッド‐アイ?」

 思わず呟いたロンにハーマイオニーは肘打ちを食らわせた。

「それから、アーサー。油断大敵!」

 そう叫びムーディはアーサーの額へポドモアのグラスを投げ放つ。本当に油断して、額にぶつかった。

「自分の経験だけで、結論付けるな。常識など通じぬ、非常識の中に我々はおるのだ。それで『偽の防衛呪文ならびに保護器具の発見ならびに没収局』が務まるのか? 貴様がこれまで没収していた物の中に常識的な物がひとつでもあったか!」

 本気で説教され、アーサーは額を撫でながら反省した。

「……そうだとしても、しかし……あー、すまなかったハリー。君の体験は参考にさせて貰うよ」

「いいえ、僕こそムキになって」

 恐縮になり、ハリーは背筋を整えてアーサーと握手を交わす。ハーマイオニーも自分が叱られたわけではないが、ムーディの説教は身に沁みた。

「それから、ウォーリー。おまえは素直すぎる、疑え」

「私はハリーを信じる。ただ、それだけだ」

 そう答えた時、ハリーの瞳から感謝の色が見えた。

「「結局、キングズリーを護衛に回した理由ってなんだったの?」」

 話を逸らそうとフレッドとジョージは問う。ムーディは喋り疲れたらしく、トンクスへ顎で説明を求めた。

「『例のあの人』は本物のハリーなら、一番タフで熟練の魔法使いが一緒だと考えるわ。つまり、マッド‐アイね。ウォーリーを見逃したら、私達の傍にいたキングズリーに切り替えたわ。彼は次期局長候補の1人だもの」

「おい! するってえと俺はマジもんの囮にされるところだったのか、勘弁してくれ」

 恐怖のあまりマンダンガスは青褪めるどこか、白くなっていた。

 ウォーリーはリーマスを視界の隅で見やる。目を逸らす彼も配置の理由を知っていた様子だ。そこを追及しても、責めているように誤解される為、黙って置いた。

「私達はゼノフィリス=ラブグッドの住まいに到着して、『移動キー』の時間まで待った。彼には娘さんがいて、友達のところに言っているという話をしたよ」

「その子はルーナと言うの。とても良い子よ、結婚式に来てくれるから、紹介するわ」

 微笑んだジニーは油断せず、ルーナの所在は教えない。ウォーリーを警戒しているというより、彼女の視線は飲んだくれのマンダンガスに向けられていた。

 

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 台所に交代で見張りをつけ、就寝。

 くじ引きで2番目を引いたロンは一時間の仮眠を取ってから、起きる。眠気と戦いつつ、隣の寝台にいるハリーを一瞥する。月明かりで緑の瞳と目が合い、一瞬、本気でビビった。

「眠れないの、ハリー?」

「ああ、君の鼾が羨ましかったよ」

 眼鏡をかけ、ハリーもゆっくりと起き上がる。動作が緩慢なのは顔色の悪さも関係している。原因をロンはすぐに理解した。

「また『例の人』と繋がったな?」

「僕の意思じゃない、勝手に見せつけられたんだ。けど、オリバンダーに比べれば、大した事ない。あいつに……八つ当たりされていた……」

 行方不明の杖作りはヴォルデモートの手に落ちていた。

 想像はしていたが、確かな情報にロンは胃が竦む。ハリーはオリバンダーが拷問される様を見せつけられ、救えない無力さも相まって青褪めているのだ。

「それでも、閉じないと。オリバンダーが心配なのはわかる。けど、君は自分の事で精一杯なんだ」

 ハリーは答えず、ロンに着いて階段を降りる。

「ウォーリーはクローディアじゃないよ」

「けどな、リーマス。そうでないなら、マッド‐アイがウォーリーの身元を保証するかい? トトの弟子なんて、出来すぎている」

 台所からリーマスとスタージスの会話が聞こえる。聞くとはなしに聞いてしまい、ロンとハリーは首の後ろが熱くなる。足を止め、声を潜ませた。

「彼女はスネイプを庇わなかった。それどころか、今夜の密告者を奴だと断言した。クローディアなら……どんな状況であろうとも、スネイプだけは疑わない」

「そりゃあ、自分を殺した相手だぞ。流石に庇いは……」

 スタージスが言い終える前にリーマスは激しく机に拳を叩きつけ、揺れた。

「あの子は自分がそんな目に遭っても、「私は死んでないですよ」とか言って笑い飛ばすんだ! その後は延々とあの状況でスネイプの行動が如何に正しかったか説明するんだ。そういう子なんだよ……。……彼女はあの子じゃない……」  

 悲痛な声を上げ、リーマスは苦悩に頭を支えて俯く。今述べた言葉は自分自身への言い訳なのだ。

「……リーマス。この話はやめよう。そろそろ、交代の時間だ」

 入りにくい状況だ。

 ウォーリーの顔は勿論、声も背丈もクローディアとは違う。違う個所を並び立てれば、キリがない程だ。しかし、ロンはそうではないかと疑問している。理論でも推理でもない、勘の部類だ。

 もしかして、シギスマントを元にした『ホムンクルス』がまだ残っていた可能性も考えた。ここでは結論を出さない。

 ロンとハリーは目配せして5分程、間を置いてからわざと足音を立てて降りる。素知らぬ顔で交代した。

「出発を早めたいんだ。今からでも」

 いきなり、ハリーは剣呑な雰囲気を醸し出す。出発とは『分霊箱』を探す旅だ。まだ未成年の『臭い』を付けたままでは危険すぎるし、ビルとフラーの結婚式もある。庭ではハグリッドとマンダンガスが大量の毛布を被って寝ており、外に出れば気付かれる。その話をすれば、彼の眉間に深いシワが刻まれた。

「結婚式に出ている場合じゃない……、ごめん……誰の結婚式でも」

「いいや、出ている場合だよ。僕らは危険を冒す。その前に、幸福な瞬間を見ておくべきだ」

 どんな旅路になるかなんて想像できない。しかし、死の恐怖に駆られた時、長兄の結婚式に参加しておくべきだったと悔やみたくない。

「幸福な瞬間……」

 意外そうに呟いた後、ハリーは何度も頷いて納得した。

 

 翌朝。ハリーを寝かせたままロンは寝不足に構わず、ハーマイオニーに相談しに行く。一緒の部屋で寝ていたジニーとウォーリーに気を遣わせて2人きりを狙った。

「あの子はクローディアよ、当たり前でしょう」

 一晩の悩みが虚しくなる程、あっさりと言われた。

「あいつは顔どころか、杖だって違うぜ。一体何を根拠に言っているんだ? 嬉しさよりも、もうわけがわからない気持でいっぱいだ。まさか、君まで柄にもない奇跡だとか言うのかい?」

「確信したのは、まさに奇跡を聞いたからよ。詳しくは言えないわ。出発してからにしましょう」

 ハーマイオニーの態度から、また4人での行動になる。ただ、正直に喜べず、むしろ、ジョージを含めた大勢を騙した怒りのような感情が湧きつつあった。

 だが、ウォーリーを責めはしない。ロン達も理由を話さず、家族の元を離れる。アーサーは納得できずとも追及はやめたが、モリーは詳細を求めてくる為に厄介だ。

 そんな中にウォーリーも加わったと知れば益々、執拗な尋問をされるだろう。しかし、機会は朝食の席にて得られた。

 宥め役のアーサーとビルが仕事に行き、話を逸らせそうな面子も日の出と共にいなくなった。フラーとジニーにフレッドとジョージを起こしに行かせたモリーはこれ見よがしに訴えた。

「ムーディからも何か言って頂戴、子供達だけでダンブルドアの願いを叶えようだなんて」

 今から口にするベーコンエッグに細心の注意を払っていたムーディは義眼だけでロン、ハリー、ハーマイオニー、そしてウォーリーを順番に見渡した。

「ウォーリーにコイツらのお守りをさせる。それでいいだろう」

「え?」

 予想外の返答にモリーは慄いた表情で驚いたウォーリーを一瞥してから、ムーディに睨みを効かせた。

「貴方がハリーの役目を買って出ようと思わないの!? 護衛まで他人任せにして!!」

「わしに任せるつもりなら、ポッターの出番は最初からない。わしは何も聞いておらんし、代わりなどせん」

 一切、モリーに配慮のない言葉を聞き、今度はウォーリーが標的にされた。

「ウォーリー、この子達は学校も行かず、行き先も目的も何も教えてくれないのよ。率直に言って、私もアーサーは知る権利があると思うの。グレンジャーのご両親も!」

 我が子の身を案じる情に訴えられては、ロンもチクチクと心に刺さる。ハリー、ハーマイオニーは気まずそうに黙って、スープを飲む。聴覚を働かせ、ウォーリーの言葉を待った。

「知るべきではないと思います」

 これまた予想外、モリーの怒りが頂点に達した気配を感じる。リーマスでなくとも、トンクスのような仲介を期待していたが、無理だった。

「まだ成人したばかりの学生よ! 誤解しているのよ、自分達こそが成し遂げなければならないなんて!」

 爆発したモリーが怒鳴った瞬間、裏口の戸が豪快な音を立てて開く。注目すれば、シリウスが溌剌とした笑顔で現われた。

「どうだ! 時間通りだぞ、マッド‐アイ!」

 すぐにムーディから本人確認され、ハリーは喜んでシリウスに再会の抱擁を行う。

「ダドリー達は無事に飛んで行った。ちゃんと飛行機がイギリスの空域を出る迄、見送ったぞ。あれ良いな、空飛ぶ家みたいだ」

「シリウス、ちょうどいい時に帰って来たわね。マッド‐アイったら、ハリーにはウォーリーを連れて行かせるから我慢しろって言うのよ!」

「我慢しろとは言ってない」

「何、なんだ?」

 いきなりモリーに怒鳴られ、シリウスはハリーから簡単に説明を受ける。ウォーリーを一瞥し、顎に指を当てる。何故か頷いた。

「ウォーリーは元々、我々の数に入っていない。不安がないと言えば嘘になるが、文句はない」

 ムーディに同意され、モリーは怒る気力も無くしたように呆れた。

「決まりだな、くれぐれも邪魔はせんことだ」

 慎重にベーコンエッグを平らげ、ムーディは椅子から立ち上がった。

「シリウスも来たところで、わしは行くぞ」

「本当に結婚式に出ないつもり?」

 今度は別の理由でモリーはムーディに怒っていた。

「これからのわしはハリーによく似た奴を連れて、あちこち飛び回らんと行かんのでな。すれ違うこともあるだろう。わしが敷地を出た後は『移動キー防止』も加えておけ」

 『隠れ穴』に施した幾重の安全対策では、ムーディはまだ満足できない。

 裏口を向いたまま、義眼は台所にいる面子を見渡す。ハリーが別れの言葉を口にしようとすれば、手で制された。

「見送りはいらん、次に会うまで生きておれ」

 自分で別れの言葉を言いながら、ムーディは誰にも振り返らず庭を通じて敷地の外へ出て行く。自然と皆に窓へと集まり、マッド‐アイを見送った。

 皆の視線を青い義眼が見返し、『姿くらまし』した。

「「行く前に話したかったのに」」

 ようやく降りてきたフレッドとジョージは残念がった。

「あれ、フラーは?」

「優雅に朝風呂」

 ロンの質問にジニーはやれやれと答える。円滑に朝食を済ませる為、ハリーと一緒にさっさと階段を上った。

「ハリー、ロン、少しいいか?」

 追いかけて来たシリウスは周囲を確認した。

「ロケットの件だが……」

 『分霊箱』だ。シリウスにはそのロケットの重要性を教えていない。しかし、ヴォルデモートが『亡者』に護らせてまで隠したがった品だと知っている。

「ガマガエル婆……アンブリッジの手に渡った」

 今、最も聞きたくない名前のひとつ。絶望したロンは露骨に嫌な顔をした。

「昨日、会った時はわからなかったの?」

「ああ、ここに来る途中に連絡を受けた。君も知っているだろう、クララ=オグデンだ。アーサーの部下でな、彼に内緒で探って貰ったんだ。ロケットの特徴だけ伝えたから、類似した品の可能性もあるが……」

 きっと、本物だろう。ロンとハリーはげんなりした。

 

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 如何にしてハリーの『分霊箱』探しの同行を許して貰うか、悩んでいた所にムーディからの助け船は非常に有り難かった。

 自分の正体を知る上での提案かどうかは、確認しない。

「私達が何をするかは出発してから教えるわ。ここだと誰が聞いているかわからないから、いつでも出られる準備はしておいてね」

 ハーマイオニーは好意的に歓迎してくれたが、ハリーとロンは非常に微妙な顔をしてきた。反対されなかっただけ、良い反応と思う事にした。

 ロンの準備はほとんど万全、黒斑病を患って休学する手筈を整えていた。

「黒斑病って……重病じゃないのか? 入院を勧められるぞ」

「身代わりの僕を見れば、そんな言葉も出ないよ」

 アーサーの協力を得て作った身代わりとやらは見せて貰えなかった。

 自分の意見が通らない為、モリーはウォーリー達を徹底的に扱き使う。フラーの両親と妹のガブリエールを迎える準備として、まずは不要な板で全身が通れる扉を作る。その扉もどきに『検知不可能拡大呪文』をかけて、居間の空いた壁に設置した。

 中は3人が寝られるだけの空間に窓も付けた。

「この扉、もうちょっと何とかしていい? 鶏小屋じゃないんだから」

「ベッドメイキング、私がやります」

 自信の作だが、ジニーは魔法の効果よりも扉の見た目に拘る。フラーは楽しそうに寝台も準備し、マットも用意して部屋まで飾りつけた。

「「フラーの家族が帰ったら、使ってもいい?」」

「駄目だぞ、こういう魔法に慣れると見境がなくなる」

 目を輝かせるフレッドとジョージにアーサーは断固として反対する。確かに『W・W・W』の倉庫にされそうだ。

「アーサーったら、自分の事を言っているのよ。私の目を盗んでマグル製品を家に持ち込むんだから、ガレージの車も見た? ハグリッドの使ったバイクも持ち込んでいるんでしょうね」

 凄い嫌味を放ちながら、モリーは愛する夫の聞かせるように通り過ぎる。アーサーはわざとらしく口笛を吹いて誤魔化した。

「似た者親子か」

「そりゃあ、あの双子のお父様ですからね」

 何気なく呟く来織にハーマイオニーは慣れたように返した。

「ところで式場はどこでやるんだ?」

「ああ、君には言ってなかったね。うちの庭だよ」

 ビルに言われるまで思いつきもせず、心底、驚いた。通りで『庭小人』と雑草だらけだった庭は芝刈り機に刈られたようにサッパリしているはずだ。

(……小さい頃にご近所さん家に連れて行かれた時、白無垢の人がいたけど……あれも結婚式だったんだろうか?)

「ウォーリー、結婚祝いの品を選り分けて頂戴。私の部屋に積んであるから」

 考え込んでいる間にモリーに次の仕事を言いつけられる。

 

 無事に到着したフラーの両親を見た感想、姉妹は母親アポリーヌ似であるという一言に尽きる。父親は妻よりも背が頭一つ低く、テッド=トンクスに負けない見事な腹の持ち主だ。

「シャルマン(素晴らしい)!」

 ジニーとフラーが飾ってくれた客室を誉め称え、アポリーヌは何故かモリーを労る。ガブリエールは久しぶりの姉との再会を喜び、他の面子は目にも入らない様子だ。

 

 結婚式の前の重大な祝い。ハリーの17歳の誕生日だ。

 ハーマイオニーに叩き起こされ、降りた台所にはハリーへの贈り物で山になっていた。

「……そういえば今日だった」

 今、気づいた風を装う。何か用意していては逆に怪しまれる。

「無理しなくていい、何なら言葉だけでも嬉しいものだよ」

 ハリーの身長より大きな箱を用意したシリウスに言われても、説得力無い。ムッシュ・デラクールまで贈り物の山に包みを置いていた。

 仕方なく、荷物からカップ麺を取り出して急いで包む。その間に家長のアーサーは出勤していた。

「ねえ、グレゴロビッチって知ってる?」

 肝心のハリーから、挨拶より先に質問が来た。

「いいや、知らない。お誕生日、おめでとう」

「ありがとう」

 ヘドウィッグを撫でながら、ハリーは山のような贈り物に驚く。白フクロウも興奮して山の上へと止まり、嘴で四角い包みを加えて渡した。

「まあ、ヘドウィッグ。それは私とアーサーからよ」

 自分の贈り物を最初に開けて貰える喜び、モリーは料理する手を止めた。

 ハリーは照れくささではにかみながら、開封すれば使い込まれた金の腕時計。文字盤には針の代わりに星が回り、いかにも魔法使いの代物だ。

「魔法使いが成人すると時計を贈るのが、昔からの慣わしなの」

 今知った習慣にウォーリーは日本の友達がくれた腕時計を思い出す。そして、シリウスを一瞥する。彼も時計を用意していたら、気まずい。

「ロンと違って新品じゃないけど、実は弟のフェービアンのものだったのよ」

 フェービアンの名に聞き覚えがある。『不死鳥の騎士団』創立メンバーの写真にいたギデオン=プルウェットの弟。あの時、2人は死んだとシリウスは教えた。

 ここで初めて、モリーは家族を『死喰い人』に殺されていたと思い知る。それでロンは勿論、ハリーとハーマイオニーの身を過剰と思えるほどに案じるのだ。

 形見を譲り渡す。その意味を十分、理解したハリーは感情のままにモリーを抱きしめた。

 そして、次々と嬉しそうに包みを丁寧に開封する。魔法の髭剃りを見て、ハリーは成人した男性として扱われていると意識した。

「これ、ウォーリーからだよね? 嬉しいなあ、一生大事にするよ」

「食べろ」

 ほとんど冗談のつもりで渡したカップ麺は意外に好評で、ハリーは魔法の品でも見るように目を輝かせた。

 シリウスの贈り物はスノーボード、被っていなくて安心した。

「僕、ゲレンデにでも行く予定ないよ?」

「こいつは空を飛んでくれる。箒に跨れない場所とかで使ってくれ」

 ハリーの行く先を出来るだけ想定し、シリウスは準備してくれた様子だ。

「そういえば『ファイアボルト』をトンクスに渡したままだった!」

 ロンに叫ばれるまで誰も気づかなかった。

「あの箒は目立つから、このままトンクスに預かって貰うよ。いいよね、シリウス」

「ああ、ハリーの箒だ。好きにするといい」

 大事にしていた箒を預けるという形で手放す。それだけ旅への意気込みを感じた。

「ボンジュール」

 ガブリエールが快適に目覚め、台所が手狭になる。ハリーはロンと協力して贈り物を抱えて階段を上りそれにハーマイオニーも着いて行く。あれを全部、彼女のビーズバッグに入れる気だろう。

「ねえ、ウォーリー。チキンラーメンは持ってないのか?」

 ジョージに話しかけられ、動揺して心拍数が早まる。この4日間、彼から基本的な挨拶はしかなかった。

「……持っていない、ジョージはチキンラーメンを食べた事があるのか?」

「ないな、持ってたら食べたかったんだ。それだけ」

 あの時はリーマスに横取りされるように喰われた。

「夕飯は楽しみにしていて、ハリーの誕生日なんですから」

 食べ物の話を敏感に感じ取り、モリーは奇妙な対抗意識を燃やして話に割り込んだ。

 デラクール一家が朝食を平らげた時、穏やかな笑顔で階段を上がったはずの3人がそれぞれ深刻そうな表情で駆け降り、庭へと飛び出た。

「なんだ?」

 只ならぬ雰囲気にウォーリーは着いて行こうとしたが、シリウスに止められた。

「あれはハリーとロンの問題だ。ハーマイオニーもいるから、怪我はしないさ」

「2人が揉めるなら、仲裁は必要だ」

 意味が分からず、怪訝するウォーリーにシリウスは困った笑みを向ける。周囲の会話に紛れるような小声で耳打ちする。

「原因はジニーとのことだ。ハリーとはそういう関係なんだ」

 教えられた瞬間、台所を見渡す。急な仕事で早めに出勤したアーサーは省き、ジニーの姿がない。まだ自分の部屋にいるのだ。

 そして、ハリーが上にいた時に兄のロンが怒りたくなる事態が起こった。

 恋人同士でする事を想像し、こちらまで恥ずかしくなる。

「気が利かず、すみませんでした」

 恋路に疎い我が身を恥じ、思わず敬語で詫びる。シリウスは頷いて笑い返した。

 

 夜7時の誕生日会まで、皆はハリーの為に庭を飾り付ける。あまりおおげさにされたくない彼に合わせ、ひとつひとつの飾りを凝らせた。

 その作業の中、次男のチャーリーが帰宅した。

「ウォーリー、チャーリーよ。ルーマニアでドラゴンの研究をしているの」

 ジニーに紹介されたが、肝心のチャーリーはモリーに捕まった。

「貴方には花婿の付き添い人としての自覚がないのかしら?」

「わかっているから、ちゃんと髪も整えるって」

 ボサボサの髪型を厳しく咎められ、手入れ宣言されていた。

「素敵だ、こういうことにかけて君はすごくいい感覚をしているよなあ」

 ハーマイオニーの杖から現われる紫と金のリボン、金色に染まった木の葉をロンが誉める。意表を突かれた彼女は照れ臭そうにお礼を言っていた。

「墨で何を描いたの? 十字架?」

「17歳を漢字で書いたんだ」

 一筆書きの【祝十七歳】、漢字をジョージは興味津々に眺める。ハリーも外国語の文字が気に入ったらしく、ピンで紙を服へ付ける。監督生バッチのように彼は誇らしげだが、ウォーリーはただ恥ずかしい。

 飾り付けが終わった頃、モリーは巨大なスニッチ型バースデーケーキを食卓の中心へ運ぶ。ハリーが大好きなクィディッチのシーカーである事を考えている。

「すごい大傑作だ。モリーおばさん」

「あら、たいしたことじゃないのよ」

 ハリーの称賛をモリーは謙遜して答えたが、間違いなく一世一代の傑作だろう。提灯と合わさり、食卓は心を躍らせた。

「何処かに隠していたのか? グリンゴッツ銀行にでも預けていたとか」

「おいおい、グリンゴッツが食べ物まで預かるかよ。なあ、ビル?」

 ウォーリーの素朴な疑問をロンは爆笑してビルに振ったが、長兄からの返事はなかった。

 ハリーを祝いに一張羅で盛装したハグリッドが現れ、後から現われたリーマスとトンクスはコンラッドを引き摺るように連れて来た。

「やあ、お誕生日おめでとう」

 嘘臭い満面の笑みでコンラッドが挨拶するも、リーマスは彼の腕をしっかり組んで離さない。

「ハリー、お誕生日おめでとう」

「17歳か、ええ!」

 トンクスやハグリッドがハリーに祝いの言葉を述べる中、シリウスは奇怪な物を見る目で奇妙な2人組に迫る。

「何があった?」

「妻の実家で会ったんだ。ウォーリーの件もあったから、連れて来た」

 リーマスにしては強引な方法が意外すぎ、シリウスは驚いている。勿論、ウォーリーやハーマイオニーもだ。

「取りあえず、調べるから離してくれないか? ハリー=ポッターの髪の毛も頂きたい」

 失礼のないようにコンラッドはリーマスの腕を解き、ハリーの髪の毛を要求した。それで『ポリジュース薬』による変身でウォーリーの目が赤くなった件だと、察した。

「コンラッドから、トトに連絡出来ないのか?」

「それが出来ればね、私は来ないよ。ウォーリー?」

 嫌味ったらしく語尾に力を入れ、思わずウォーリーは嫌そうに顔を顰めた。

「2人だけがいい。ガレージを借りて良いかな?」

「ええ、いいわよ。正直、物だらけで落ち着いて話せるかしら」

 外の様子を気にしているモリーの許可を得て、ウォーリーはコンラッドと外へ出る。リーマスから不満そうな視線を貰ったが、無視した。

「親父が戻ったら、報せるよ」

 引っ掻き傷だらけの腕で愛想よくチャーリーは言ってくれた。

 明るく穏やかな家の中と違い、ガレージは最低限の灯りだけで薄暗く寒い。様々な道具の中にトルコ石色の車やバラバラになった黒いオートバイもあり、どれも丁寧に置かれていた。

「本当に車を『暗黒の森』から探し出せたんだな」

「そういうのいいから」

 そんな感想を漏らし、車を懐かしむウォーリーにコンラッドは問答無用に『ポリジュース薬』を突き出した。

 また無理やり変えられる感覚を味わい、ハリーの姿になった。

 鏡に映る瞳は、やはり赤い。

 その瞳をコンラッドは屈んで下から見上げる。ウォーリーが見下している立ち位置だが、彼の視線は瞳孔の動きを見逃がさぬように鋭い。

「他に異常はあるかな?」

 異常とは違うが、ヴォルデモートと対峙した時に湧き上がった衝動を思い出す。

「……自分じゃない感じがした。ヴォルデモートも私を見て「ボニフェース」と呼んだ」

 機械的な口元が慄いて痙攣し、頭を上げたコンラッドはウォーリーから目を逸らして車へと身を預ける。腕を組み、床を見るとはなしに見ていた。

「……絆かな」

「んん!?」

 意外な返答に変な声が出る。コンラッドは真正面から、ウォーリーの赤い眼だけを見据える。余程、ハリーの顔は見たくない様子だ。

「おまえはトトが手掛けた完成品だ。だが、本来はボニフェースだ。同じ存在だからかは一概に言えないが、ハリー=ポッターに変ずれば、闇の帝王とある意味で絆が生まれる体質なのだろう。前例を見た事ないけどね」

 つまり、2年生の時でも『ポリジュース薬』でハリーに変身すれば瞳が赤くなっていた。そんな機会が今までなくて良かった。

「けど、私はボニフェースと別人だ。お互いに会った事もないし……うん? 会った事ない?」

 思い出すのは『培養器』と野球ボールを再現した皺くちゃな手。ウォーリーは『ホムンクルス』の名の通り、フラスコのような器に入っていた。

「ボニフェースが生きている時、私は何処にいた?」

「ボニフェースの名義でグリンゴッツ銀行に預けられていた。私が生まれてからは、私の名義で預け直したそうだ。……ああ、そうか……おまえと闇の帝王との間に絆が生まれるように仕組んでいた?」

 ありえない事はない。ボニフェースは死んだ事態に備えていた。

「その絆が生まれるきっかけが……『ポリジュース薬』でハリーに変身すると?」

 閃きを言葉にすれば、コンラッドは肩を竦めて返答を誤魔化した。

 その瞬間、慌ただしい音に共にリーマスとトンクスがガレージへ突入してくる。しかも、室内の灯りを消した。

「(ごめんね、静かにしてて)」

 詫びを入れるトンクスは息を潜める。尋常ではない事態を察して庭の音が耳に入る程、静まり返った。

「お邪魔をしてすまん」

 スクリムジョールの声が聞こえた。

 ハリーに祝い言葉を述べ、ハーマイオニーとロンの4人で静かに話せる場所を求める。落ち着かないアーサーは居間を提供したが、スクリムジョールはロンに案内を頼む。家主はおろか、シリウスさえも付き添いを許さなかった。

「アーサーが守護霊で知らせてくれたの、大臣も一緒だってね。魔法省は今、相当反人狼的になっているから、私達がハリーといるとよくないと思ったの」

「グレイバッグの影響だね」

 コンラッドはリーマスを見ずに機械的に呟く。

「それより、調べた結果はどうだ?」

「ただの体質だよ、これしか説明できないね」

 コンラッドの返答にリーマスは溜息を返した。

 妙に気まずい雰囲気、急にコンラッドの肩が震える。異常を心配したが、強張った唇から笑いを堪えているように見えた。

「良いよ、笑えば?」

 リーマスが低い声で言い放つ。ここで笑い声を上げれば、バレてしまう為に必死に我慢していた。

「コンラッドったら、私達の結婚がおもしろいのよ。さっきも会った拍子に爆笑されたわ。まあ、彼の場合は……リーマス個人に対してだから、良いけどね」

「いや、失礼にも程があるだろう。私が代わりに謝る」

 人の結婚を笑うなど、身内として恥し過ぎる。コンラッドの震えが治まった頃、変身が解けて一時間の経過を知る。戸が開き、足音が敷地の外へと遠のく。それから『姿くらまし』の音が弾けた。

「大臣は行っちまったぞ」

 ハグリッドに呼ばれ、コンラッドはガレージに明かりを灯す。リーマスもあからさまに安心していた。

「何処行っていたの?」

「コンラッドに目の事を相談していた」

 戻ってみれば、皆の視線は食卓の上に注がれており、考え込んでいる。

「ウォーリー、コンラッド。大臣はダンブルドアの遺言書にあった品物を届けに来たわ」

 狼狽しているモリーから聞かされ、ウォーリーはコンラッドと目配せする。ダンブルドアとしてトトが亡くなってから、3カ月。日数も経ち過ぎている上に大臣自ら足を運んだ意味も考える。

「半分は私のせいよ。私、学校からすぐに両親のいるフランスに行っていたし、帰国しても一か所に留まらなかったの。ダンブルドアの遺品をフクロウ便で届けるには物騒だから、私の所在がわかるまでは保管していたんですって」

「恩着せがましいよな。僕に預けてくれれば早かったのに」

 ロンはハーマイオニーの肩を抱き、弁護した。

「家に魔法省大臣が来たら、叔父さんがどんな反応をするのかはちょっとだけ興味あったよ」

 3人はそれぞれ、『灯消しライター』、壊れた髪飾り、ハリーが1年生最初の試合で捕まえたスニッチを渡されたそうだ。

「このライターはダンブルドアの発明品だね、見せて貰った事があるよ」

「壊すなよ、ロンのだぞ」

 コンラッドは指先で『灯消しライター』に触れ、シリウスは咎める。ウォーリーが気になったのは、髪飾りだ。これは4年生の折に杖でぶっ壊したロウェナ=レイブンクローの髪飾りだ。

 冷えた外にいるはずが、1人だけ嫌な汗が流れる。

「他にもグリフィンドールの剣を遺すって遺言書に書いてくれていたけど、剣はそもそもダンブルドアの私物じゃないからって色々言われたよ。他の品はホグワーツに寄贈されたって」

 おそらくスクリムジョールは髪飾りが創設者の品とは気付きもしなかったのだろう。そうでなければ、剣と同じような扱いを受けたに違いない。否、壊れているから価値はなく素直に渡した可能性もある。

 急にロンの腹が鳴り、彼は恥ずかしそうに腹を押さえた。

「……ごめん、気が利かなくて、僕の為に準備してくれたのに」

「いいのよ、ハリー! さあ、夕食にしましょう!」

 ハリーが詫びてから、モリーは準備していた料理を食卓へ運ぶ。余程の空腹だったらしく、掻きこむように平らげた。

 誕生日の歌をコンラッド以外が合掌し、切り分けたケーキを小食なハーマイオニーでさえほとんど丸のみした。

「コンラッドさん、目はなんだって?」

 ケーキに夢中になる皆の目を盗み、ハリーはウォーリーに耳打ちする。正直に話してあげたいが、この場では駄目だ。

「……体質だそうだ」

 リーマスと同じ返答をする。ハリーは何か閃いたらしく、納得した表情を見せた。

 今度はそれぞれが手分けして片付けに入る。巨体のハグリッドは寝床確保に敷地の外で出かけて行った。

「おやすみなさい、また明日!」

 トンクスは明るく笑い、リーマスの腕を引きながら帰って行った。

「コンラッド、明日の結婚式には出てくれるでしょう?」

 食器を片付けながら、モリーに質問されてコンラッドは硬直した。

「私、思うの。クローディアは出たかったはずだわ。そして、ジョージとの式をどうしようかって話し合えた……そうでしょう? ねえ、貴方だけでも見届けて頂戴」

 その隣でテーブルクロスを片づけていたウォーリーは物凄く気まずい。コンラッドは無言のまま、ジョージを指差した。

「ジョージの耳、闇の魔法に傷つけられたんだってね。完全に元通りとはいかないが、治させてくれるかい? その経過を見る為に一晩、泊まれと言うならいいよ」

「ええ、勿論! きっと、きっと……ジョージは喜ぶわ」

 声を潤ませるモリーにウォーリーの胸が罪悪感でチクチク刺さった。

「俺の耳、生やしちゃうんですか? 折角、フレッドと見分けられるようになったのに」

「相棒、耳があろうとなかろうと見分けられない奴はいるって」

 コンラッドはモリーの肩を優しく撫でてから、ジョージに耳の治療について話す。本気で残念がる相方にフレッドは治療を推し進めた。

 朝から動きっ放しだった為、ジニーはすぐに寝台へ倒れ伏す。ウォーリーも慣れたように隣の寝台へ腰かけた。

「ねえ、この本なんだけど」

 まだ元気のあるハーマイオニーは【吟遊詩人ビートルの物語】を手に問う。

「今夜、また読みたいから借りていいかしら?」

 人の鞄から出しておいて許可を求める姿勢は逞しく羨ましい。

「いいとも、ハーミー。読み終わったら、鞄に戻しておいて」

「ありがとう」

 含みを込めた笑みだけど、眠気も混ざって魅力的に見える。手振りで答えて意識を失った。

 




閲覧ありがとうございます。
あのムーディが「奇跡」って言った(驚
ダンブルドアの遺品にレイブンクローの髪飾りが追加された!

●スキャマンダー夫妻
 この時期、国内にいるかも不明。大事な状況でも、魔法生物を追いかけている気がする。
 ニュートは映画版アズカバンにおいて『忍びの地図』に名前が記されている。おそらく、ハグリッドを訪ねてきたと思われる。
●アポリーヌ=デラクールとその夫
 フラーとガブリエールの両親。なぜか、お父さんだけ名前が明かされなかった。

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