こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

131 / 150
閲覧ありがとうございます。

式の支度から始まります。


4.独りではできない

 思いの外、着替えに手間取った燕尾服が映える顔である。染めた髪とも調和が取れ、他人の装いを見ているようだ。

 成程、コンラッドがわざわざ用意した意味はある。

「うわあ……素敵。ウォーリーってそういう恰好が似合うわね」

「ハーミーはとても綺麗だ」

 ふわふわした髪も整髪料で真っ直ぐに伸ばし、ハーマイオニーの魅力を際立たせる。

「その鞄も持って行くわけ?」

「貴女も持っていて、油断大敵よ」

 支度が整い足元に気を付けながら、階段を降りる。フラー達が準備している部屋を通り過ぎようとした時、彼女が足を止めたので来織もつられた。

「見て……あのティアラ。ゴブリン製ですって」

 感嘆の声を上げ、ハーマイオニーが食い入るように見つめる先にある銀のティアラは精巧な造りだとわかる。ゴブリン製かはともかく、今日のフラーを更に彩るだろう。

「おや、まあ、これがマグル生まれの子かぇ?」

 フラーにティアラを渡した魔女が2人に気づき、不可解そうな目つきで上から下まで眺め出す。

「2人とも、こちらが私の大叔母さん。ミュリエル=プルウェットよ。叔母さん、この子達は……」

「姿勢が悪い、ガリガリに痩せている」

 モリーの紹介を最後まで聞かず、ミュリエルはそう感想を漏らす。その口調はハーマイオニーに聞かせる為ではなく、独り言だ。

「こっちのウェイターは図々しいぇ。花嫁はまだ支度の最中だぇ」

「ウォーリーは叔母さんと同じ招待客よ」

 取り繕った笑顔でモリーは説明してくれたが、ミュリエルはその言葉に反応しなかった。

 普段の庭とは思えぬ会場は招待客で賑わい、心地よく騒がしい。

 炎天下の中、汗だくで案内係を務めるハリーことバニー、ロン、フレッド、ジョージの4人に会えた時、ミュリエルの話で盛り上がった。

 その瞬間。

 見開いた眼で疾走して来たルーナに抱きつかれる。勢い余って倒れそうになったが、踏ん張れた。

 この恰好で良かった。ハーマイオニーのようにドレスでハイヒールならば、駄目だったろう。

「「……ルーナ!?」」

 ハリーとロンが驚いて呼ぶが、ルーナは動かない。首筋に置かれた唇から、微かな震えを感じ取る。再会の喜びか、勝手にいなくなった友への怒りか、あるいはその両方だろう。

「ウォーリー。ルーナが落ち着くまで傍に居てあげて」

 ハーマイオニーの気遣いは有り難い。

「ああ……、このまま運ぶぞ。ルーナ」

 ルーナは微動だにしないが、拒んでもいない。ハーマイオニーに彼女の背を支えて貰い、戸口を通って台所へ向かう。食卓の椅子へ適当に腰掛けた。

「その子はルーナじゃないか、どうした? 具合でも悪いのか?」

 花嫁の父として礼服に身を包んだアーサーが心配そうに声をかけてくる。ハーマイオニーが誤魔化してくれた。

「私、外で待っているから、落ち着いたら教えてね」

 そう言うとハーマイオニーは返事も聞かず、外へ出た。

「ウォーリーって言うんだね……、わかってるもン。もうそう呼ぶしかないんだって……あの人もそう言っていた……」

 自分の感性をありのまま言葉にする。そんなルーナが言葉を選び、自分がどれだけ状況を把握しているか教えてくれた。

 ルーナは知っている。

 2つの死の偽装。クローディアは石化しただけ、死んだのはダンブルドアに整形していたトト。

 誰にも明かしてはならない。真実の重みにルーナはどんな気持ちで耐えているのか、想像もしていなかった。

「ルーナ……綺麗だよ。その向日葵、ルーナにしか似合わない」

 整えられた飾りが乱れてはいけない為、来織はルーナの背を優しく撫でた。

「うん……ウォーリー、よく似合うよ。髪に合っているもン」

 今にも泣きそうな声が聞こえたが、ルーナは涙一つ流さない。きっと、来織の勝手な印象だ。

「時間だよ、君達。席に行ってくれ」

 焦りのある声でアーサーに急かされ、ルーナは来織から文字通り飛び降りて外へ出る。いつも通りの陽気な動きの彼女を見て、ハーマイオニーは安心していた。

 白い天蓋の中は人が凝縮され、更に騒がしい。

 娘と同じ黄色い礼服のゼノフィリスが胸に翳しているペンダントに既視感を覚える。それよりも『しわしわ角スノーカック』の件が気になった為に後で聞こうと決めた。

 教えられた席の隣は金髪になったトンクスだ。その向こうには盛装したリーマスとシリウスがいる。

「イカすわ、その格好。自分で仕立てたの?」

「ありがとう、トンクスは普段より一段と綺麗だ。ちなみにこれはコンラッドの手作り。こんにちは、リーマス。良い服だな、男前が上がっているぞ」

 リーマスの服装はよく見れば、三校競技大会の年に行われたクリスマス・パーティーに着ていた衣装だ。

「……ありがとう、人から貰ったんだよ」

「人から貰おうが、おまえのだろう? ったく、変に謙遜して」

 呆れた笑顔でシリウスはリーマスの額を小突いた時、ウィーズリー夫妻が入場して来る。主役のご両親が紫の絨毯を歩く度に天蓋の中は沈黙に包まれた。

 新郎新婦の指輪を目にし、ゼノフィリスのペンダントはゴートン家の指輪にあった刻印と同じだった。

 奇想天外な魔法に世情を忘れて楽しんだ。

 誰もが新郎新婦に祝いの言葉を述べに突入する中、来織は号泣してしゃくり上げるハグリッドへと声をかける。

「大丈夫か、ハグリッド? 飲み物でも貰って来ようか?」

「すまねえ、ウォーリー。良い式だあ……、本当にビルは幸せもんだあ」

 見計らったように、ウェイターがハグリッドの体格に合う杯を持って来る。一気飲みした後、急に何かに気づいたように周囲を見渡した。

「コンラッドの奴、何処行ったあ? 俺の隣にいたはずだが……」

「……探して来よう」

 姿を見ないと思いきや、ハグリッドの巨体で見えなかっただけだった。

 そういえば、コンラッドの装いを知らない。普段のように白い服装はない。白は新郎の物だ。

「見てみて、ビクトール=クラムよ」

 黄色い声に振り返れば、祝いの場とは思えぬ物々しい気配でビクトールはスタニスラフと壁の花になっている。彼らの視線の先を見ようとしたが、反対方向からいきなり腕を掴まれた。

「思い出したぇ、アイリーン=プリンス」

 相手はミュリエル、部屋の中で見た時は違いピンクの羽飾りを付けた帽子を被る。不快な事を思い出したような目つきで、口元を歪ませていた。

「おまえ、言われた事ないかぇ?」

「……自分でも、少し似ていると思う。人から言われた事はないな」

 正直に答え、ミュリエルは独りで勝手に納得し出した。

「若いのにアイリーンを知っておるとは感心感心。あの娘を覚えている奴なんざぇ、わたしぐらいさぇ。あの娘に結婚を勧めた親でさえ、遺言に名も入れなかったくらいだぇ」

「私は新聞の記事に載っていたお若い頃の写真でしか、存じ上げない。宜しければ……」

 言い終える前にミョリエルは空いている席へ勝手に座り、来織も座った。

「あれはケアフリー=カタパルツがノルウェー選手のカラシオック=カイツを打ち破った年だったぇ。誰が言い出したか魔法も使えないマグルとの結婚をもっと公にすべきだという活動が始まったぇ。そりゃあ、自分が魔法族と明かさずにマグルと婚姻を結ぶことは稀にあったぇ。だが、それとこれとは話は別だぇ。なのに……マグルは魔法族を全面的に受け入れると勘違いしている連中がそれを推し進めたぇ」

「その代表的な人達が……アイリーンの両親か? 万人が魔法族を受け入れるなら、そもそも魔法界という隔たりは作らないはずだろう」

 『魔女狩り』がその例。発端は違うが、自分達とは異なる人を排除する行いだ。

「おまえ、意外と賢いぇ。その通りだぇ、あの2人はそれがわからず、アイリーンをトビアス=スネイプと結婚させたぇ。確か……息子が生まれたとか、まさか、おまえの父親じゃないだろうねぇ?」

 教え子だったジョージを問答無用で傷つけたスネイプは夫婦の息子に間違いない。故に『半純血のプリンセス』。魔女である母親の姓への執着を込めた名だったのだ。

「アイリーンの結婚は幸せではなかったんですね。彼女のご両親もそう感じてしまう程に……」

「あの娘は何も言わなかったぇ。不平も不満も愚痴も……なあんにも言わんかったぇ」

 溜息と一緒に言葉を吐き、ミュリエルの憂いを帯びた表情からアイリーンの物言わぬ嘆きを感じ取った。

「もしかして、アイリーンは癒者でしたか?」

「……結婚した時は研修癒だったぇ。夫の希望で辞めさせられてぇ……勿体なかった……きっと良い癒者になれただろうにぇ」

 癒者になれと言ってくれた時のスネイプの顔が途端に蘇る。哀愁を漂わせていたのは、夢を諦めるしかなかった母親を思い返していたからだろう。

「ウォーリー! 俺と踊ろうぜ」

 愉快な笑顔で回転しながら、ジョージに腕を取られる。ミュリエルは引き留めず、彼を一瞥して黙り込んだ。

 導かれるまま、来織はジョージとダンスフロアに立つ。彼を傷つけたスネイプへの憎しみは消えないが、今まで助けてくれた恩が混ざり合う。気持ちに区切りが付けられない。

「ミュリエルに言われた事は気にするなよ」

 誤解したジョージの声に今いる場所が祝福された結婚式会場だと思い出す。

「……いや、気にする。……ビルとフラーは間違いなく幸せな夫婦だ。きっと、ミュリエルはそう言いたかったと思う」

 強要された結婚の果て、アイリーンは夫と愛のない夫婦生活を強いられても、誰にも相談できなかった。

 だが、今いる新たな夫婦は違う。互いが求めあった結果による婚礼。それに双方の家族も協力して作り上げた式。

 この先、どんな苦難が訪れようとも今はまさに至福の一時である。

 

 ――終わりは呆気なかった。

 

 幸福の象徴とも言える守護霊から放たれた残酷な報せは、ルーナの叫びと共に見せられた『姿くらまし』が証明した。

 魔法省は落ちた。

「ウォーリー!!」

 ハーマイオニーに腕を掴まれ、来織も咄嗟にロンを掴む。彼もハリーを掴み、4人の体がしっかりと掴み合っていると互いの感覚で確認してから『姿くらまし』した。

 

 人の多い通りを認識し、頬に当たる風の感覚から4人は咄嗟に後ろへ下がる。目の前を二階建てバスが走り去る。危うく轢かれそうになった。

「瞬間移動って危ないんだな……」

 敵以外で肝が冷える。変身の解けたハリーも冷や汗で頷いた。

「ここ何処?」

「トテナム・コート通りよ。さあ、歩いて。着替える場所を探さなくちゃ」

 ロンの問いにハーマイオニーは口調と共に急ぎ足で答え、ウォーリーとハリーも着いて行く。何処の仮装パーティーから出て来たと言わんばかりの4人に対し、通りすがりの人々は忍び笑いで指差した。

 夜の更けた時間、奇抜な恰好ではない。むしろ、詰問を受けてもパーティ帰りと誤魔化せる。

 誰もいない脇道へと入り、ハーマイオニーは急いでビーズバッグから『透明マント』を取り出す。ハリーとロンは驚いてビーズバッグを見つめた。

「そんな小さい鞄に?」

「あ、わかった! 『検知不可能拡大呪文』!」

 絶句したハリーより先に理解したロンは我先に手を上げ、言い当てた。

「ええ、そうよ。私、うまくやったと思うわ。必要な着替えとか、全部詰め込んだから、ハリー! マントを被って頂戴! 狙われているのは貴方よ!」

 声を抑えたハーマイオニーは無理やり着替えを持たせたハリーの頭へ『透明マント』を被せる。ロンは誰も来ないように見張りながら、手早く脱ぎ出した。

 背の高いロンを通りの盾にし、ウォーリーとハーマイオニーも急いで着替える。燕尾服は意外と脱ぎにくい。

「他の人たちは……」

「今言ったばかりじゃない。貴方が狙われているの。戻ろうなんて思わないで、皆をもっと危険な目に遭わせる事になるわ」

「その通りだ」

 ハーマイオニーに反論しようとしたハリーへロンは畳みかける。マグルと変わらぬ服装になり、脱いだドレスローブを彼女へ渡した。

「騎士団の大多数があそこにいた。皆の事は騎士団に任せよう」

「そうだな、逃げれる者はさっさと逃げていた。まずは私達の安全を確保しよう」

 しばらく沈黙してから、ハリーは小声で返事した。

 通行人と違和感のない恰好に着替え、4人は広い通りを歩く。ハリーは『透明マント』をしっかり被り、ロンの足を踏みかけながら着いて来た。

 人の数にしては閉店が多い。時計を見たが、そこまで遅い時間に思えなかった。

「ほとんどの店が閉まっているが、今日は休日か何かか?」

「この時間はお店は閉まっているものよ。居酒屋とか、あそこみたいに24時間営業のカフェぐらいしか開いてないわよ。丁度いいわ、入りましょう」

 返事も聞かず、ハーマイオニーはカフェへ入る。やる気のない店員以外、誰もいない。

「どうして、通りに出たんだい? 他にも良い場所あっただろう?」

 背後への警戒を怠らないロンは座りながら、確認する。彼にしては神経質までに言葉を選んでいる。それだけ状況は緊迫しているのだ。

「『漏れ鍋』に私達が行けば目立ち過ぎるわ。こういう場所のほうが『死喰い人』は思い付かないでしょうから」

「あの様子では家の護りは解けている。下手に誰かに家へ行けば、奴らと鉢回せする。となれば、もっとも避難出来そうな場所は限られてくる。既に見張りくらいは立てられているだろう」

 暗にグリモールド・プレイスの屋敷は見張られてるとロンに伝え、彼は緊張感からか顔の筋肉を頻繁に動かした。

「けど、向こうにはジュリアもいる。それにヴォルデモートもマグル生まれだ。ある程度、マグルが隠れる場所を予想するんじゃないか?」

「お、ロン。ヴォルデモートを噛まずに言えたな」

 場を和ます意味でロンを褒めたが、より険しい顔を返された。

「ご注文は?」

 ガムをわざとらしく音を立てて噛みながら、店員が面倒そうに尋ねる。その時、青い作業服を着た男が2人入ってきた。

 妙な違和感にウォーリーは男達の手を盗み見る。仕事終わりか休憩にしても、彼らの手は綺麗すぎた。

「すまない、すぐに出る。急用を思い出した。詫びのチップを置いて行く」

 席を立ったウォーリーの指が鞄の金具へ触れた瞬間、ガンたれるウェイトレスの背後で作業服の男は杖を構えた。

「ステュービファイ! (麻痺せよ!)」

 くぐもったハリーの呪文は片方の男へ命中し、ウェイトレスを巻き込んで倒れる。もう片方の男の杖はロンに向けられ、彼は咄嗟に避けた。

 壁の一部が粉々になった。

 ロンが呪文を避けるのと同時にウォーリーは男の横っ面へ回し蹴りを食らわせる。まともに蹴りを食らった男にハリーは追い討ちの為に『失神の呪文』をかけた。

 ハーマイオニーは巻き込まれたウェイトレスへ駆け寄る。彼女は額を床に打ち付けた衝撃で白目を剥いて気絶していた。

 作業服の2人が指一本動かさないのを確認し、ウォーリーは窓の外を警戒しながら入口の鍵をかける。杖を振い、ブラインドを全て下ろした。

「ロン、灯りを」

 ハーマイオニーの指示に応え、ロンはすぐに『灯消しライター』で店内を暗くする。ハリーは杖先の明かりを頼りに倒れた男達を注意深く観察した。

 その間、ウォーリーは破壊された壁を直す。乱れた机と椅子を元の位置へ戻した。

「こっちはドロホフ、手配書で見たのを覚えている」

「……こいつ、誰だろう? ゴイルに似ている気がするけど……まさか、父親? 墓場の時は仮面をかけていたから、見てないし……」

 確かめる術はない為、片方の男の身元は保留する。

「こいつら、どうする?」

 ロンはハリーに彼らの処遇を求めた。

「殺すか? 僕ら、たったいま殺されかけたところだぜ」

 低い声で問われ、ウォーリーは素直に躊躇う。

「私は反対だ。死体で発見されれば、私達がここにいた証明になってしまうぞ」

「……発見されなければ、殺すってこと?」

 ハーマイオニーは愕然とした表情でウォーリーを見やる。その反応に胃が竦み、自分の発言を思い返してゾッとした。

 躊躇いの理由が『死喰い人』に居場所を知られる危険があるから等と、相手の命を重んじる心さえなかった。

「ごめん……」

「謝るなよ、ウォーリーの言うとおりじゃん。それでどうする? ハリー」

「……こいつらの記憶を消すだけでいい。僕らを見つけられたのかさえ、わからなければ追えないはずだ」

 ハリーの指示に3人は心の底から安心して胸を撫で下ろす。彼のように先に代案を思いつく事が出来なかった。

「やっぱり、私達のリーダーはあんただな。ハリー」

 ウォーリーは倒れている『死喰い人』へ杖を向け、1人ずつ『忘却呪文』をかける。その間、ハリーとロンは協力してウェイトレスをレジ奥へと運んだ。

「どうしてこの人達、ここに来たのかしら? 私達を追ってきたのなら、どうしてわかったの?」

 重たい『死喰い人』を椅子に座らせながら、ハーマイオニーはブツブツと問答を繰り返す。

「それについては移動した先で考えよう。ハリー、何処へ行く?」

「グリモールド・プレイス」

 即断された場所に3人は呆れた。

「そこは見張りがいるって言ったろ」

「気づかれる前に入ればいい」

 先程の冷静さは何処へやら、ハリーは感傷的に言い放つ。こうなると彼は意見は動かない。ロンも両手を上げ、降参とも賛成とも取れる態度を取った。

「……見張りがいても、私が囮になってどうにかしよう。私の顔はまだ奴らに割れていない」

「いいえ、見張りが本当にいたら一緒に逃げる。これだけは譲れないわ」

 不満と不安はあるが、反対意見はない。

 ロンは『灯消しライター』をカチッと鳴らし、店内を明るくする。ウォーリーは杖を振るい、ブランドを開けた。

 ハリーは入口の鍵に手を伸ばし、目配せする。彼が鍵を開けた瞬間4人は『姿くらまし』した。

 

 何の妨害なく玄関の扉を開けられ、急いで中へ入る。扉を閉め音を間近に聞き、4人とも安堵の息を吐いた。

「ようこそ、お越しくださいました。お坊ちゃま、お嬢様」

 愛想のないクリーチャーが顔を出したなら、屋敷の中に『死喰い人』の手は伸びていない。

「クリーチャー。今日、誰か来た? 連絡とかなかった?」

「本日、お屋敷には誰もお越しではありません。伝言もクリーチャーは承っておりません」

 ハーマイオニーの質問に答えるクリーチャーに嘘はない。普段の態度にも変化は見えない。『屋敷妖精』に着いて客間へ足を踏み入れた。

 足の力を無くしたようにハリーは倒れ込み、気づいたロンは腕で彼を支える。顔を歪めて悲鳴を上げる姿にウォーリーとハーマイオニーは慄いた。

 この苦しみ方はヴォルデモートと心を無理やり繋げられた時の反応だ。

「心を閉じろ、ハリー! ここを知られるぞ!」

 思わず、ハリーの肩を掴む。

「何を見たんだ? あいつ、僕の家にいたか?」

「違う……怒りを感じた……凄い怒り……」

 息苦しい呼吸を繰り返し、ハリーは苦痛に耐えながら答えた。

「怒っている場所は何処? そこで何をしているんだ?」

「ロン、やめろ。見ればわかるだろう! 怒りを感じるだけで激痛を味わっているんだぞ!」

 強い口調で畳みかけるロンを引き離し、ハリーをソファーへ寝かせる。彼は痛みの影響で異常に体温が高く、額に汗も滲み出る。

「また傷跡なの!? どうしてよ、とっくの昔にその結びつきは閉じられたんじゃなかったの!?」

「……しばらくは閉じられていた……。僕が思うに……あいつの意思じゃない。興奮した感情が勝手に流れて来ている」

「ハーマイオニーも落ち着け。怒鳴っても、どうにもならない」

 窘められたハーマイオニーは歯を食いしばり、拳を強く握って堪える。ハリーの容体は段々と悪くなり、滝のような汗を流してズボンまで濡らした。

 クリーチャーがお湯を入れた洗面器と清潔なタオルを持って来てくれた。

「ありがとう」

 受け取ったウォーリーはタオルでハリーを拭こうとしたが、彼に止められる。

「自分でやるよ」

 そこへ来訪を告げるベルが鳴り、ハリーは我が身を省みずに飛び起きた。

「お帰りなさいませ、シリウス坊ちゃま」

 クリーチャーの挨拶が聞こえても、4人は杖を身構えて待つ。それはシリウスも同じだ。

「ロン、君のフクロウ。誰から贈られた?」

「あんただよ、シリウス」

 挨拶より先にシリウスは問いかけ、ロンは緊張した声で答える。

「ハーマイオニー、私をグリフィンドール寮へ手引きしてくれたのは誰だ?」

「私の猫、クルックシャンクスよ」

 唾を飲み込んでから、ハーマイオニーは答える。

「ハリー、おまえは粗大ゴミじゃないとはどういう意味だ?」

「君が大好きだ」

 意味不明の合言葉にハリー以外は首を傾げる。

「ウォーリー、君が着替えると言った服の色は?」

「赤と白の縞模様」

 4人の本人確認を終えたシリウスは杖を下ろす。しかし、厳しい態度を崩さない。4人で目を合わせてから、ハリーは息絶え絶えに考えを巡らせた。

「シリウスの部屋に貼ってあるポスターはどんな写真?」

「水着の女性」

 ようやく、警戒の雰囲気が解ける。

「ロン、君の家族は無事だよ。アーサーからの伝言だ。あちらへ連絡をするな」

「無事……」

 緊張の糸が切れたロンは音程のズレた声を上げ、向かいの席へ倒れ込むように座る。目に涙を浮かべ、ハーマイオニーは彼を抱きしめた。

 ロンは置いてきた家族が心配で堪らず、本当は帰りたかった。せめて、安否の確認を取りたかったのだ。

「良かった……」

 ジョージも無事、その確信が持てて思わず声に出す。ハリーも力を抜いてソファーへ寝転ぶ。シリウスは大事な名づけ子の傍に立った。

「君達はすぐにここへ来たのか?」

「いいや、トテナム・コート通りにいた。しかし、カフェに入ったところで『死喰い人』に追って来られたから此処に避難してきた」

 ウォーリーの説明にシリウスは顔を顰め、考え込むように口元を手で覆う。さっきよりも緊迫した表情になり、緊張感が増した。

「魔法省なら、『姿くらまし』の追跡くらい出来るんじゃないか? トテナム・コート通りまで来て、開いている店を虱潰しに探したとか……」

「魔法省にわかるのはあくまで魔法を使った痕跡だけだ。追跡するには消える瞬間に捕まえなければならないはずだ」

 ハリーのいるソファーへもたれ、シリウスは黙り込んだ。

「だったら、ハリーにはまだ『臭い』がついているとか?」

「それも違うな。『臭い』があるなら、2人だけでは少なすぎる。今も追われている状態だろう」

 一先ず、『姿くらまし』は追跡できない。ハリーには『臭い』がない。ハーマイオニーはそれ聞いて安心する。ウォーリーは何か手掛かりがないか先程のやり取りを必死に思い返す。

「僕達がいなくなった後、どうなったの?」

 ロンの質問にシリウスは深呼吸して、答える。

「あの警告のお陰でほとんどの客達は逃げだせた。ジュリアが……シックネスの依頼で調査しに来た。奴らは『隠れ穴』を隈なく探してから、すぐにいなくなった。だが、あそこは見張られているだろう。すぐにここも見張りが来る」

 重く告げてから、シリウスはハリーを一瞥した。

「私は今からクリーチャーを匿える場所を探す。『忠誠の術』で護られているとは言え、トトに万が一の事があった時はクリーチャーが一番危険だ」

「……シリウス! ええ、そうね……。ここは安全だけど……今だけだものね」

 ハーマイオニーはシリウスが真剣にクリーチャーの身を案じる姿に感激する。それだけ状況は悪化しているとウォーリーは感じ取った。

 肝心のクリーチャーは話を聞いているようで聞いておらず、関心も示さない。シリウスは妖精の前で片膝を付き、出来るだけ目線を合わせた。

「クリーチャー。ここは危険な場所になる恐れがある。一緒に来てほしい。安全な場所を探そう」

「ご命令でしたら、クリーチャーは従わざるおえません」

 また屋敷から離される。それが嫌らしく、クリーチャーは苦々しい顔で答えた。

「これは命令じゃない。お願いだ。レギュラスが命がけで守ったおまえを死なせたくない」

 レギュラスの名にクリーチャーの垂れた耳が一瞬、上に向かってピンと真っすぐ伸びる。その態度を肯定と取り、シリウスは勢いよく立ち上がった。

「一段落着いたら、またここに来る。どんなに私と会えなくても、連絡を取ろうとするな。鏡も駄目だ」

 ハリーは一瞬、縋る目つきを見せるが納得し、激痛を悟られないように平静を装いながら起き上った。

「わかった……気を付けて、シリウス」

 4人を見渡し、シリウスはクリーチャーを連れて行った。

 窓を開けずに外を覗き込み、『姿くらまし』の音が微か弾ける。それ以外は人影どころか猫一匹いない。

「今日は皆で一緒に寝ていいかしら? 私、寝袋を持ってきたから……」

 目の届く所にいて欲しい。そんな願いにロンは承諾し、ハリーの意見も聞こうとしたが、彼は意識を失っていた。

 まだ小さく呻き、痛みを訴える。ウォーリーはすっかり冷めた湯を魔法で温め、タオルでハリーの体を出来る限り拭く。ガマグチ鞄から取り出した毛布を慎重にかけた。

「私が見張るから、ハーミーとロンは先に……寝てるし……」

 振り返れば、2人は寝袋に潜りさっさと寝ている。ハーマイオニーは床へ丁寧に敷かれたソファーのクッションを寝台代わりにしていた。

 ロンの仕業だろう。

 安心したように呆れ、空いている席へ腰かける。寝巻に着替える気力も余力もない。自分の服を見下ろしながら、ジョージと踊った時間が遠い昔のように思えてしまう。

(シリウスは何も言わなかったが、コンラッドは逃げ切れたのか?)

 一番、心配する必要はない相手だ。そう判断し、明かりを消した。

 

 心地の良い感覚が揺さ振られている。

「起きて! ハリーがいないの!」

 切羽詰ったハーマイオニーの声で一気に意識は焦りと共に覚醒した。

「ハリーを見てない?」

「ごめん、今まで寝てた……」

 椅子に腰かけた状態で寝ていた為、起き上った拍子に椅子が豪快な音を立てて倒れる。床との衝撃音にロンも飛び起きた。

「私は外を見て来る!」

 玄関に行こうとしたウォーリーをハーマイオニーは首根っこを掴んで引き留めた。

「駄目よ、クローディア! 貴女はここにいて、絶対に動かないで! ロン、手分けして探しましょう。私は最上階から」

「わかった、僕は厨房から見てくるよ」

 ハーマイオニーとロンはそれぞれ上下に分かれ、ハリーを探す。残されたウォーリーは思い返した言葉にキョトンとしてしまう。

「ロン、今……ハーミーが……クローディアって」

 厨房から戻ってきたロンに聞けば、ハッとした顔になる。すぐにバツが悪そうな顔つきになった。

「その話は後、まずはハリーだ。言っとくけど、僕は怒っているからな」

 唇を尖らせ、ロンは階段を上がって行く。彼の態度から、随分前から気付かれていた。

 記憶を遡っても、どの辺りでバレたのか見当も付かない。ルーナのように最初からではない。それなら、この屋敷で2人きりの時にでも明かしてくれたはずだ。

 頭を抱え、居間へ戻る。焦燥感に体温が上がり、意識が朦朧としてくる。少しでも体を動かさんと、床にあるソファーのクッションを元に戻した。

 3人分の足音が聞こえ、ハリーは無事に見つかったと知る。ロンに連行された彼の手には手紙があった。

「何処にいた?」

「シリウスの部屋にいたんだ……。そこで母さんの手紙を見つけて……読んでた」

 色々と心配させられた文句を言いたいが、今は状況確認が先だ。

「ハーミー。さっき、私をクローディアって……」

「……ええ、言ったわ。まさか、しらばっくれる気?」

 問われたハーマイオニーはまるで公式の解答に間違いを指摘されまいとする態度で返す。ハリーは今聞かされたように吃驚していた。

「ハーマイオニーも気づいていたの?」

「「も!?」」

 ウォーリーとロンはハリーの発言に叫び返す。ハーマイオニーは感心して大きく頷いた。

「ちょっと待って、ハリー。リーマスが違うって言ってたのを聞いたろ。それなのに? なんで言って……ああ、もう! ……1から説明してくれ」

 頭を掻き毟ったロンは苛立ちを言葉にしてから、冷静になる。居間の椅子へとそれぞれが座る。ハリーはハーマイオニーに先を譲った。

「マンダンガス=フレッチャー」

 告げられた名に3人は質問せず、続きを待つ。

「ハリーを迎えに行く前、ここに集まったの。その時、私、彼の事を紹介出来なかった。皆も彼を「ダング」と呼んでいたの。けど、貴方の家でアーサーおじさまと合流した時に「マンダンガスはどうした?」って聞かれて、ウォーリーはすぐに誰の事かわかったわ」

 指摘され、気づく。ハーマイオニーはそんな些細な会話も見逃していなかった。

「これだけなら、予め誰かに聞いたって言えば済むわ。でも、もしかしたらって……そこに来てマッド‐アイの奇跡発言よ。あれって予想外の事態に備えろって意味だけじゃなくて、私達……特にハリーに対してクローディアは生きているって伝えたかったんじゃないかしら?」

「マッド‐アイも知っているって事?」

 ハリーから問われたが、ウォーリーは知らない。わざとらしく肩をすくめ、発言を控える。ムーディに会えたとしても、答えないだろう。こちらも知るべきではない情報だ。

 次にハーマイオニーがハリーへ説明を求めた。

「君の目が赤くなった時、……ボニフェースの面影を感じたんだ。最初は別の『ホムンクルス』かなって……けど、リーマスの話を……盗み聞きなんだけど、それを聞いてから、僕なりに状況を整理してみた。そもそもヴォルデモートがドラコ=マルフォイに君を狙わせたのは、ベッロを凶器に仕立て上げる為だったんだ」

 コンラッドに事情を聞いたのか確認したくなる程、的確な推理に胃が竦む。

「今にして思えば、ダンブルドアはそこに気づいていなかったはずがない。せめて、君を助ける手は打つはずだ。そして、何らかの形で僕に伝えられるように……その方法を考えている時、ボニフェースだ。彼は遺言を作る程、しきりに自分が死んだ場合を気にしていた。だから、クローディア自身に何かしたんじゃないかって……きっと、ダンブルドアもそう推理していた。それがあの目だ。本当はボニフェースからヴォルデモートへ向けたんだけど、僕にも使えた」

「つまり、何か? ボニフェースはクローディアがハリーに変身すると見越して仕掛けを施していたって言うのか?」

 ロンは引き攣った笑みを見せ、溜息を吐く。

「リーマスが言っていた事を無視したんじゃない。確かにクローディアなら、スネイプを決して疑わないし、ましてや密告者だなんて言わないよ。勿論、君が計算して言ったんじゃないのはわかる。ジョージを傷つけられたら……流石にね」

 ロンは肝心な部分に気付かされ言葉に詰まり、ハリーからウォーリーへ視線を移して睨む。感情が上手く言葉の出来ず、困ったような睨み方には迫力がない。

 それがトドメとなり、両手を上げ、降参を示す。自身がクローディアと認める。

「あんたらの推理力には脱帽する……。とは言うものの、私もあの目がどういう意味かはわからない。コンラッドにもな、あいつの見解はハリーとほぼ同じだった」

「どうやって、『死の呪文』から逃れたの?」

 ハリーは縋るような視線で問う。ウォーリーは包み隠さず、ジョージの『賢者の石』に護られて石化した。

「ジョージが『賢者の石』を作った!?」

 種明かしに動揺し、ロンはもう笑うしか反応できなくなっていた。

 当たり前だが、入れ替わりの件は伏せた。

 だが、ハリーの御推察通り、それを見抜いたコンラッド達の命令にて、ベッロは惨劇を行った事情は話した。

「そう、だから……あんな殺し方を……あれだと皆の目はダンブルドアに行くわ……。クローディアの体にはコンラッドさんしか触ってない……」

 ハーマイオニーはブツブツと情報整理の為に呟く。言われてから、どの記事にもダンブルドアの殺害方法までは載っていなかった。

 ベッロなら、巻き付きによる絞め殺しか、鋭い牙により噛み殺しだと勝手に想像していた。

「ベッロは……」

「スネイプは知っていたの?」

 自らスネイプの名を出し、ハリーは剣呑な態度で話を遮った。

「……いいや、あの人は……ドラコを選んだ。それだけだ。こちらからは何も教えていない」

「そう、それだけで十分だ」

 ハリーから明確な殺意を感じ取った。

「だったら、ダンブルドアも生きているんだよな!」

 予期せぬ期待を込められ、ウォーリーは背筋が凍る。表情から、勘の良いロンは己の失言に青褪めた。

「クローディアが生きているって公言できない理由は、ダンブルドアは本当に死んだからよ」

 深呼吸し、ハーマイオニーは厳しい表情になる。

「ただでさえ、クローディアはスクリムジョールから疑われていたわ。あの日、彼女が死ななかったなら、『死喰い人』との共謀罪で証拠を捏造してでも、逮捕されたと思うわ。ダンブルドアが死ぬのなら、彼女は魔法省の目を欺く為にも、死ななければいけなかったのよ」

 魔法省、特に『闇払い』の一部はスクリムジョールに同調してクロックフォード親子を批判していた。

 母親ドリスに次いで娘クローディアを亡くしたコンラッドから、彼らは目を背ける。そういう意味でも、自身の死は必要だったと改めて知る。

「ふざけんな!」

 唐突にロンは叫ぶ。溜め込んだ感情が限界を迎え、乱暴に立ち上がった。

「なんで殺されるんだ! 君もダンブルドアも! ジョージは……どれだけの人が悲しんだと思っているんだ! せめて……相談してくれよ……僕達は力になれたのに……なんで勝手に決めるんだよ……」

 泣き声のロンは体を小刻みに震わせる。胸を打つ、訴えにウォーリーは罪悪感が脳髄から滴り落ちた。

 どんな苦難も共に乗り越えてきた。

 それはお互いを信頼して相談してきたからこそだ。いくら、知らない間に決められていた計画だったとしても、帰国前に3人にだけは連絡するべきだったと思い知った。

「ごめんね……」

 コンラッドと変わらない。自分の事情で友達にも黙っている。

「本当に……クローディアなんだ。そっか、僕らは騙されただけだったんだ……」

 嬉しそうに表情を綻ばせ、ハリーは両手で顔を覆って前かがみに項垂れた。

「一応、聞くけど……これからもウォーリーって呼ぶべきだよな?」

「ああ、そうしてくれ。もう私はクローディアには戻れない」

 ロンは呼び方を気にしているのでない。ジョージとの関係について、問うている。今、クローディアの生存を伝えれば、兄の心を救える。

 ウォーリーの言葉にロンは落胆を見せる。そんな彼の肩を掴み、彼女はたった今、決意した。

「だが、約束しよう。全てが終わったら、ウォーリーとしてジョージを口説き落とす。……何年かかっても、他に相手がいても必ずだ」

 口に出した己自身も驚き、ロンも吃驚して困った顔をした。

「僕に言われてもな……」

 眩暈を起こし、ふらついたロンは頭を手で押さえ込む。

「何か食べましょう。空腹は感じないけど、私は食べるわ」

 起きてから緊張状態の為、確かに空腹は感じない。しかし、体に食事は必要。ロンの眩暈も空腹を別の形で訴えているのだ。

 厨房に行き、冷蔵庫や貯蔵庫を探す。当たり前だが、作り置きなどはない。先日までクリーチャーが管理していた食材があり、缶詰や保存の良いドライフードなどが大量に置かれていた。

「お湯を沸かすよ、僕はカップラーメン食べるから」

「それは駄目だ。ここにいる食糧を貰おう」

 ロンから注意され、残念そうにハリーは取り出したカップラーメンをビーズバッグへ戻した。

 4人で協力し、サンドイッチを作り上げて朝食にありつく。食後はロンが紅茶を入れてくれた。

「ルーナは気づいているんだよね? あの態度……それに僕の変身を見抜いていた」

 開口一番のハリーに素直に答える。ルーナはバーニーと偽った姿も看破していた。

「ああ、あの子だけは騙せないよ。視えているモノが違うからな」

「でしょうね、ルーナだもの」

「ルーナだもんな、彼女に隠し事は出来ないって」

 納得した空気の中、4人はルーナの黄色いドレスを思い返す。同時に彼女の無事を祈った。

「それで『分霊箱』だが、何処へ行く予定だ?」

 本題に入り、一気に緊張感が増す。

「ゴドリックの谷に行きたい」

 ハリーから提案され、ハーマイオニーは眉間にシワを寄せて控え目にうんざりして見せた。

「理由は?」

 ロンは真摯な態度で待つ。ハリーは食卓に手紙を置いた。

「母さんの手紙、僕が1歳になった時にシリウスがお祝いを贈ってくれたから、そのお礼。昔の【魔法史】に挟まっていた。後半だけ、千切られている」

 ウォーリーはハリーの亡き母リリーの手紙に感慨深く思いながら、一字一字、慎重に読む。この手紙を書いている時の心情が日本に残してきた母と重なった。

「シリウスがやった……んじゃないな。誰かが千切った後、気づかれないように本棚へ戻したか……」

「スネイプか、ジュリアかな?」

 ロンは切れた部分を見ながら、真剣に考え込む。人の手紙を勝手に読むなら、スネイプだろう。理由はシリウスへの手紙だからか、ハリーの母親故にか、判断は出来ない。

「ゴドリックの谷とどういう関係があるんだ?」

「……この手紙に書いてあるバチルダ=バグショットに会いたい。この人はまだ生きていて、今もゴドリックの谷に住んでいるんだ。昨日の結婚式でミュリエル大おばさんが教えてくれた。バチルダは僕の両親だけじゃない。ダンブルドアの家族とも親しかった。……妹のアリアナがスクイブで……母親のケンドラから虐げられていたって……病院にも連れて行って貰えず、死ぬまで閉じ込められて……アリアナの葬式で弟のアバーフォースから殴られてもダンブルドアは防ぎもしなかった。そういうのをバチルダは見ていたらしいんだ」

 ドージの追悼文で読んだダンブルドアの家族。

 父親パーシバルは3人のマグルを襲撃した件で有罪故のアズカバン獄中死。母親ケンドラはホグワーツ卒業直後に亡くなり、それから1年も経たずに妹アリアナは亡くなった。

「何年経っても、言いたくないことはある」

 ウォーリーは脳裏を過った自分の罪を思い返す。ロンは情報源がミュリエルと知り、溜息をついた。

「あの人の言う事は気にすんなって」

「知りたいんだ……。僕はダンブルドアの事を何も知らない。どうして先生が……僕の両親が死んだ場所に以前は家族と暮らしていた事を教えてくれなかったのか……」

 必死の訴えにウォーリーとロンはハリーの心情を大体察し、目配せした。

「駄目よ、『死喰い人』はきっとゴドリックの丘も見張っているわ! サーペンタイン湖の霊園にもクィレルがいたじゃない!」

 顔を真っ赤にし、ハーマイオニーは烈火の如く叫ぶ。

「しかし、『分霊箱』があるなら、そこだろう。ハゲにとっても思い入れのある場所なんだぞ?」

 ウォーリーの率直な意見にハリーは目を輝かせたが、ハーマイオニーは睨んで黙らせた。

「そうだとしても、先ずはロンドンから探しましょう。ハゲにとって思い入れのある場所はいくつもあるわ!」

 最早、ヴォルデモートへの最低限の敬意すら、ハーマイオニーは無くした。

「「それなら当てがある」」

 今度はハリーとロンが声を揃え、お互いが説明を譲りあう。その間、ハーマイオニーの目つきが据わった。

「ドローレス=アンブリッジがロケットを持ってる。シリウスが調べてくれた。正確にはシリウスに頼まれたクララが見つけてくれたんだ」

 まさかのアンブリッジ。ハリーも嫌そうに告げるが、益々、ハーマイオニーの眉間にシワが寄る。

「そんな大事な情報を今まで黙っていたわけ?」

「出発してから話そうと思っていたんだ」

 ロンが庇った為、余計に険悪な雰囲気が漂う。今からこれでは先が思いやられる。

「私が言うのも何だけど、今持っている情報出し惜しみなく、整理しよう」

「「「本当に貴女(君)が言わないで!」」」

 ウォーリーからの提案に3人から激しく突っ込まれた。

 ダンブルドアの遺品、スニッチ、『灯消しライター』、壊れた髪飾り、そして【吟遊詩人ビートルの物語】を食卓に広げる。

「スニッチはね、空に放たれるまで素手で触れられることがないの。作り手も手袋をはめているわ。最初に触れる者が誰かを認識できるように呪文がかけられているの。判定争いになった時の対策よ。これを肉の記憶と呼ぶわ。スクリムジョールはハリーが触れた時に何かが起こると期待していたわ。何も起きなかったけど」

「あいつの前で試していない事がある」

 ハーマイオニーの説明を聞いてから、ハリーは慎重にスニッチを掴んだ。

「覚えているかい? 最初の試合で僕はこのスニッチを口で受け止めたんだ」

 言われてから、3人は息を飲む。ハリーも手先が震え、そっとスニッチを唇へ押しあてる。口付のような仕草にウォーリーは恥ずかしくなった。

 唾液に濡れたスニッチがハリーの口から離れた時、ハーマイオニーは興奮して指差した。

「文字よ! ほら、ここ!」

 確かに何もなかったスニッチの球面に文字通り、言葉が刻まれている。

「ダンブルドアの字だ……わたしは、おわる、とき、に、ひらく……」

 ハリーが読み終えるのを待たず、文字は消えた。

「どういう意味? 魔法界の諺?」

 ハーマイオニーとロンは意味不明と首を横に振るう。ウォーリーにも心当たりはない。

「スニッチの書き込み……書き込み、そうだわ。この本も……書き込まれている」

 閃いたハーマイオニーは【吟遊詩人ビートルの物語】を開く。細く滑らかな指はある奇妙な模様を指差す。最近、見た印だ。

「ああ! これだったんだ! ……ルーナのお父さんがなんでこれを?」

 驚いたハリーは納得し、途端に眉を寄せる。

「え? ルーナのお父さんがなんだって?」

 瞬きしたロンはハーマイオニーの顔を見るが、彼女は実物を見ていない。

「ルーナのお父さんがつけていたペンダントだ。私も気にはなっていたが、指輪……『死の秘宝』の刻印だったからか……」

「スタニスラフとビクトールは、これをグリンデルバルドの印って言っていた。あいつが学生時代から好んで使っていたとか」

 ハリーの説明を聞き、ロンは腕を組んで首を傾げる。

「……もしかして、これが『死の秘宝』の刻印って知っている人はあんまりいないのかな? そのグリンデルバルドのせいで」

「そもそも、グリンデルバルドが印を持っていたなんて初耳だわ。彼についての本はいくつも目を通したけど、印があったなんて書いてなかったもの。彼も最初はルーナのお父さんみたいに本来の意味として愛用していたんじゃないかしら? それが次第にグリンデルバルド自身の印にされたんでしょうね」

 しかし、グリンデルバルドが『死の秘宝』の印を自分の印として流用したのかは謎だ。

 深刻な表情で考え込み、ハリーは母親の手紙を広げ直して指先で同じ文面をなぞる。

「……父さんの『透明マント』、これは本物の『死の秘宝』だった。……もしかしたら、残りの『死の秘宝』……つまり『ニワトコの杖』はグリンデルバルドが持っているってことじゃないかな?」

 ハリーの憶測に驚愕し、印に注目する。

「可能性は十分にある……『蘇りの石』はゴートン家が指輪にして持っていた。しかし、その杖をどうしろと言うんだろう? 『分霊箱』を破壊しろって事か?」

 破壊された指輪を頭に浮かべ、ウォーリーはハーマイオニーへ問う。

「それよりも、グリンデルバルドに会いに行けないわ。彼が収容されている監獄をご存じ?」

「え? グリンデルバルドって生きているの?」

 意外そうにハリーは驚き、ロンも変な声を出す。ウォーリーも知らなかった。

「ヌルメンガードっていう監獄。魔法界の常識だぜ、ハリー。しかも、場所はオーストラリアのどっか」

 椅子にもたれ、ウォーリーは頭を掻く。ハーマイオニーは口元を押さえ、眉間のシワを指で解す。

「まあ、『分霊箱』の破壊はウォーリーの杖に任せましょう」

 言われたウォーリーは鞄から杖を取り出し、他の品と並べた。

「それはもう無理、ダンブルドアが言ってた。二度と破壊できない」

「……先に言って……」

 溜息と一緒にハーマイオニーはハリーへ文句を述べる。

(そうか、それでグリフィンドールの剣……。よりにもよって、学校か……)

 ウォーリーが胸中で呟き、うんざりする。

「やっぱり、パチルダに会いに行こうよ。ダンブルドアから伝言を預かっているかもしれないし、『分霊箱』も探せるかも」

 情報を整理している最中だというのに、ハリーはまだゴドリックの丘に拘っていた。

「ハリー、それなら先にガマガエル婆からロケットを取り戻そうぜ。正直、二度と会いたくないけどな」

「そうね、今確実に出来る事から始めましょう。いいわよね、ハリー?」

 ロンの意見にハーマイオニーは賛成し、ハリーは不満そうにスニッチを指で弄ぶ。しかし、文句は言わない。

「確かに早くロケットを取り戻して、シリウスを……クリチャーを安心させてあげよう」

 3人の顔を見渡し、ハリーはロケット奪還を目的とした。

「そうと決まれば、魔法省への潜入計画を立てないとね。まずは下見に行きましょう。ロンは勿論だけど、ハリーも行った事あるわよね」

「潜入計画って……アンブリッジが魔法省から出る所を狙ったほうが良くないか?」

「潜入するか、帰宅時を狙うかも、下見してから決めよう」

 ロンの疑問にハリーは深呼吸し、強い意志を込めた口調で返す。行動を決めれば、彼はそれに向けて一直線だ。

「……二度と会いたくない……、アンブリッジが二度と会いたくない奴」

 ウォーリーはロンが何気なく呟いた言葉を繰り返し、必死に記憶を呼び覚ます。悪趣味な笑顔を振りまく賭博師が脳裏を過ぎり、アンブリッジ対策に使える最高の人材を思いついた。

「ルード=バグマンを使おう」

「「「なんで?」」」

 想定外の名に吃驚仰天した3人を余所に、ウォーリは知らずと意地の悪い笑みを浮かべた。




閲覧ありがとうございました。

映画の衣装も可愛かった、ルーナ。

ゴシップ好きのミョリエルはアイリーンのことも知っていそう。アイリーンが研修癒だったというのは想像です。この人は何も好きでないマグルと結婚した理由がわからない。周囲に推し進められたら、断れなさそうな気もします。

瞬間移動って現実的に考えるとかなり怖い。移動先の安全が確保されないとやりたくない。

皆の推理力に恐怖を感じる。

かたくなにゴドリックの谷に行きたがるハリー、情報の共有がなされていないパーティー、不安だ。

よっしゃ、バグマン。今まで休んでいたツケを払ってもらうぞ!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。