こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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前回の投稿より、何か月も間が空いてしまい申し訳ありません(土下座)


5.協力を仰ぐ

 

 人の気にしない場所に魔法界はある。

 この寂れた店舗もそのひとつ、聖マンゴ魔法疾患傷害病院への入り口だ。

 ウォーリーは周囲の人々に合わせた服装で遠巻きにショーウィンドーの様子を何気なく窺う。『死喰い人』が2人、しかも、魔法族とわかる服装だ。

 通行人の何人かが、彼らを煙たそうに見つめるが誰も話しかけない。奴らがマグルの視線をうっとおしがる隙に病院のロビーへと突入した。

「あいつら、なんで目立つ格好なんだ。暗躍する気あるのか?」

 後ろにいるロンを振り返る。彼は大げさに肩を竦めただけだ。ウォーリーと同じマグルの服装だが、季節外れの厚着にフードとマスクで顔を覆う。その肌には黒死病を思わせる無数の斑点が浮かぶ。『隠れ穴』にいる身代わりが患っている病を利用し、診察して貰いに来たのだ。

 ここで入院しているバグマン、別に協力者となって貰いたいセドリックに会う為だ。

 ウォーリーはバグマン本人を魔法省に解き放ち、その追跡者としてセドリックに変身したハリーを潜入させるという提案を出した。

 入院患者やDAの仲間であるセドリックを巻き込む案にハーマイオニーとハリーから散々反対され、ロンだけが味方してくれた。

 折衷案として、一度だけ病院に行きを許される。但し、目的の2人に接触できなければ諦めるという条件付きだ。

「実行するなら9月以降だと思うから、バグマンにそう伝えてね」

 ちなみにハリーは『透明マント』で魔法省へ下見に向かい、ハーマイオニーには散々文句を言われたが留守を任せた。

 混雑した受付で必要な手続き済ませる。様々な症状の人々に混ざって、ぐらぐらした木の椅子へ腰かける。ライムのような緑色のローブを着た癒者達が詰問の為に走り回るっていた。

(診察室に通されたら、ロンに任せて……私は影になってセドリックを探すか……)

 10分程待たされ、癒者の1人が病人のロンではなく、付き添いのウォーリーに声をかけてきた。

「ロン=ウィーズリーとお連れ様。こちらへどうぞ」

 案内された先は張り紙の文字が蠢き、カルテが自分で走り回っているが、それ以外はただの診察室。しかし、誰もいない。ウォーリーとロンが足を踏み入れた瞬間、廊下に癒者を残して扉を閉める。しかも、扉そのものが消えた。

「閉じ込められた!?」

 罠かと狼狽したロンは沈黙を破って壁を叩いた。

「隔離したんだよ、ロン。君の病状に合わせてね」

 知った声が宥めた時、張り紙だらけの壁から見慣れないローブを着たセドリックが現れる。簡単に会えてしまった状況に2人は驚いた。

「驚いた? 休暇中は患者が増えるから、癒学生も診察に駆り出されるんだ」

 反応を誤解したセドリックは丁寧に説明してくれる。勝手に動く羽ペンとカルテがロンの周りをウロウロし出した。

「ここの会話って、誰かに聞かれる?」

「……多少は聞かれるかな。ここには聞こえて来ないけど、外では他の診察室の音で相当騒がしいから、聞き耳でも立てられない限りはね」

 弱弱しい演技によるロンの質問にセドリックが答え、ウォーリーは杖も振らず無言呪文のみで『耳塞ぎ呪文』をかける。魔法が成功した手応えを感じた。

 目配せでロンに合図し、彼は椅子に座ってマスクを外す。露になった皮膚の斑点にセドリックの目つきでは診察する構えになった。

「本当は僕、病気じゃないんだ。セドリックに頼みがあって来た」

 一瞬、目を見開いたセドリックはロンとウォーリーを交互に見やる。それから勝手に動いていたカルテと羽ペンを静かにさせた。

「…………聞かせてくれ」

 真剣に耳を傾けるセドリックにロンは役割だけを伝えた。

「……バグマンを魔法省に行かせるから、僕が追いかけろって? 正気じゃないよ、今の魔法省は……それにバグマンの状態を知っているかい? 向こう見ずで何でも自分の思い通りになって、正常な判断力を失っている。完全な『フェリックス・フェリシス』中毒に陥っているんだ」

 案の定、セドリックは否定的な声を上げる。患者の身を案じるあまり、彼は皮膚の喰い込む音が聞こえる程、拳を強く握った。

「……『フェリックス・フェリシス』中毒って、え? バグマンが大量に魔法薬を飲んだわけ? 僕、知らなかったよ……」

「バグマンが入院中も多大な迷惑をかけているという噂は聞いたが……、病状は魔法省でも広まっていないと?」

「少なくとも父さん達は知らないはずだ。バグマン本人でさえ、飲んだ自覚はないそうだよ」

 知らずに『フェリックス・フェリシス』を何度も口にし、診断されるまで誰も気づかなかった。

「成る程。あいつが就任中、決裁に賭けを用いたのは幸運に身を任せていたからか……そうだともしても、バグマンの所業は許されないがな」

「破産した人もいるんだろ、マジで信じられねえ。誰だよ、そんなん飲ませたの」

 忌々しい事情を聞き、ウォーリーとロンは舌打ちを堪える。感情が高ぶっても本来の目的を思い出し、2人は態度を改めた。

「君はバグマンを追いかけに来てくれるだけでいい。力を貸してくれ」

 ロンは両足に手を置き、セドリックを真っ向から見据える。瞳を逸らさず、瞬きすらしない。それだけ真剣さを訴えている。

「それはハリーから、僕に頼んでいるのかい?」

「いいや、提案したのは私だ」

 素直に答え、セドリックは一瞬だけ床に視線を送った。

「君が誰かは聞かないでおくし、ここで聞いた事も誰にも言わない。診察は終わりだよ」

 頼みへの返答はせず、セドリックは背を向ける。その態度は拒んでいるように見えた。

「セドリック……!」

「忙しいところ、ありがとう。ロンは安静させる」

 縋ろうとしたロンをウォーリーは宥め、帰る意思を示して『耳塞ぎの呪文』を解く。消えていた扉が浮かび、すぐに開いた。

 なかなか動こうとせず、セドリックの背を見つめ続けるロンの腕をウォーリーは掴んだ。

「今朝の新聞、読んだかい? まだなら見ておきなよ、待合に置いてあるから」

 背を向けたまま、セドリックは静かな口調で告げる。退室の際、影を使って彼の髪の毛を抜いておいた。

 フードとマスクで顔を隠しても、ロンの不機嫌さはわかる。

 混雑した待合は更に人が増え、座る椅子も見当たらない。仕方なく、魔法界の雑誌が何種類も置いてある本棚を視界に入れる。【日刊予言者新聞】の一面大見出し記事を無意識に読んだ。

【ハリー=ポッター

 アルバス=ダンブルドアの死にまつわる疑惑につき、尋問の為、指名手配中】

 写真のハリーは毅然とした態度でこちらを見返し、懸賞金の金額にも動じない。

 勝手な文面にロンは怒り、震えるような声で息を飲む。達観した気分でウォーリーは現場にいたジャスティンを思い返した。

「ジャスティンも入院しているな、会って行くか?」

「……僕から感染を疑われると面倒だよ。それより『ヤヌス・シッキー病棟』だ。奴の症状なら、絶対そこだ」

 小声で告げ、ロンはウォーリーにもたれかかる。肩を担いで、病人を心配する付き添いを演じながら病棟を目指した。

 妙に頼りなげな階段を上がり、壁にかけられた癒者の肖像画を抜ける。ホグワーツにある絵の住人と違い、尊大な態度で勝手に話しかけてきたが無視した。

 5階の踊り場が見え、両開きの小さな硝子窓の付いた扉にかかった【呪文性損傷】の札も視界に入った。

「『ヤヌス・シッキー病棟』って書かれているから、すぐにわかるよ。廊下の奥は多分、事務所だ。前は魔女の癒者がいたから、誰かはいるはずだ。僕はここにいるから、後は頼むよ。誰かに見られても、連れとはぐれたって言うから」

 慎重な声でロンは囁き、壁にもられるように座り込む。ウォーリーは壁に変身して扉を潜った。

 言われた通り、目的の病棟はすぐにわかる。扉を影の状態で押してみたが、ビクともしない。鍵を開けては不審がられる。仕方なく、扉の隙間を通って中へ入り込んだ。

 以前、アーサーが入院していた場所とは雰囲気が違う。患者の私物がその要因のひとつ。寝台で嬉しそうにサインを書き続けるギルデロイ=ロックハートの周りには学校にいた頃と同様、自分の写真に囲まれていた。

(ああ、そういえばいたんだっけ……忘れていた)

 影の身で心臓の脈が上げる程に驚きながら、室内を見渡す。詐欺師を懐かしむより、賭博師を見つめなければならない。ロックハートの寝台以外はカーテンで視界を護られているが、生地の柄で患者の個性が伝わってくる。金色で硬貨の柄から、バグマンの寝台をあっさり見つけた。

 カーテンの向こうには絵画、宝石などの品々を一目で見渡されるように整頓されていた。

 肝心のバグマンは肌触りの悪そうな金色の寝巻を着て、穏やかな寝息を立てる。変身を解いたウォーリーは『耳塞ぎの呪文』をかけてから、無防備な患者の耳元へと囁いた。

「おはようございます、バグマン大臣」

 即座に飛び起きたバグマンは周囲を見渡し、ウォーリーに期待を込めた眼差しを送ってきた。

「お加減は如何ですか?」

「退屈だよ、この休暇はいつまで続くんだ。君は迎えに来てくれたのかな? アンブリッジは? ちゃんと決裁に見合う物を掻き集めているかね?」

 その口調からバグマンは今だに自身を大臣と思い込み、決裁という賭けをやり続けている。これが幸運を得すぎた者の末路だ。

 とても都合が良い。

「はい、アンブリッジ上級次官はとても貴重な品を用意致しました。なんでも彼の有名なヘプジバ=スミスの遺品だとか……」

「おお、ヘプジバ=スミス!! 勿論、知っているとも! あの魔女の遺品……ひひ……いつ魔法省へ戻れる?」

 上目遣いの笑顔から、バグマンはウォーリーを全く疑っていない。実際、間違った事は言っていない。万一、ロケットの出所を調べられても、亡くなった収集家の魔女へ行き着くはずだ。

「月が代わりましたら、お迎えに上がります。お仕事になれば、また忙しくなりますので。もうしばらくお休みください。内緒ですよ、まだ魔法省ではバグマン大臣を戻すべきではないと言う声もありますから……ね?」

「そうか、そうか……そうだな、忙しくなる。それまでにこれらをどうするか考えないとな……」

 下卑た笑顔を浮かべ、棚に飾った品々の心配をする。そんなバグマンを唆しても、ウォーリーは微塵の罪悪感も湧かなかった。

 かと言って、哀れな元大臣を嘲笑う気も起きず、病棟を後にした。

「へいへい、ロニー坊や。酷い斑点だ。お家まで送ってやろうか?」

 踊り場に戻ってみれば、ロンがクラウチJr.に絡まれている。影のままなのに嫌な汗が流れた。

 仕方なく、クラウチJr.の背後に回って階段の奥へと下がる。そこで変身を解く。念の為にマスクで顔を覆い、手袋もした。

「ウィーズリーさん、ここにいたんですか。探しましたよ」

 他人行儀にロンへ話しかけ、クラウチJr.には一瞥だけくれてやる。突然のウォーリーに対し、胡散臭そうに探るような視線が刺さった。

 ロンに肩を貸し、さっさと去ろうとしたが呼び止められた。

「病院の関係者ではないな、誰だ?」

 親しみやすような笑顔とは裏腹にその口調はウォーリーを見下し、不審者として警戒を露にしていた。

「ウォーリーです。家族ではありません。ウィーズリーさんを病院へ連れて行くように頼まれただけです。この病院に彼のお友達がいるらしく……その途中ではぐれてしまいまして」

 クラウチJr.の警戒に合わせ、ウォーリーも応じて警戒を見せる。

「ジャスティン=フィンチ‐フレッチリーの病室を知っているのか?」

 本当に知らないので否と答えた。

「俺も受付で面会謝絶だと言われたが、どうやら、本当らしいな」

「……ご家族には見えませんが、彼に何の用事ですか?」

 ジャスティンの身を案じ、ウォーリーは思わず無遠慮に問いかける。もっとも、彼女が聞かずともロンが問うていただろう。その証拠にクラウチJr.を見る彼の視線が鋭くなった。

「今朝の【日刊予言者】は見たか?」

「一面だけでしたら……」

 クラウチJr.は納得して懐から新聞を取り出し、二面の記事を見せた。

 マグル生まれ登録。

 表向きは魔法族以外の魔法使いへの理解を深める政策。だが、マグル生まれを犯罪者の素養を持つ危険分子として扱い、新設された『マグル生まれ委員会』への出頭命令が出された。

 調査により魔法族の血筋と認めらない者は魔法の強奪者として罰せられる。こんな無慈悲な政策が罷り通ってしまう。それが今の魔法省だ。

「俺は魔法省の命令で、ジャスティン=フィンチ‐フレッチリーを出頭させに来た。なのに、ここの連中は協力的じゃない」

 血が沸騰して感覚、指先までの神経が焼けてしまいそうだ。

「……そんなこと、皆が許すもんか」

 唸り声を上げ、ロンは記事を睨んだ。

「魔法が盗めるんなら、スクイブなんていないだろう? それに堂々と魔法が盗めるなんて公表するとか、魔法を馬鹿にしている」

「重要なのは正当性ではなく、正統性。マグル生まれは何故、生まれてくるのか? 魔法省は長年の課題だったこの問題に立ち向かうとしている」

 クラウチJr.は笑顔なのに左程、興味なさそうに見えた。

「ホグワーツにいるマグル生まれはどうなる!」

 声を荒げるロンへウォーリーは背を撫で、病人の演技を忘れないように注意した。

「それらは『血統書』を以て、在学を許可される。魔法省より己を魔法族の子孫と証明を受ければ、何の問題もない」

 更に学齢児童を全て魔法学校に行かせ、徹底的に監視する。私塾通い、家庭教育、留学中の児童も呼び戻す。『血統書』は増え過ぎる生徒数を間引く為でもあるのだ。

「そ、そんなの……」

 学校に残ると決めたコリン達が脳裏に浮かぶ。彼らは自分の意思とは関係なく、学校を追われて逮捕までされてしまう。この事態に対し、トト……ダンブルドアはどう対処をするつもりなのか、情報に感情が追い付かず動悸が激しくなってきた。

「まあ……そう上手く行かないだろうな」

 急にクラウチJr.は笑みを消し、面倒そうに溜息を吐く。新聞を懐に戻し、【呪文性損傷】の札がかかった扉の向こうを見つめた。

「この政策には魔法内部でも反対意見が多い。バグマンのやり方が尾を引いているせいだ」

 愚痴っぽい口調になった為、クラウチJr.は俗っぽい雰囲気へと変わる。態度の変貌に2人は意表を突かれた。

 咄嗟に情報を得る機会と捉え、ウォーリーは思い付いた言葉を吐いた。

「……賭けで破産した人がいるとは聞いた」

「そうだ。そいつらの身内はスクリムジョールの許可を得て、秘密裏に国外へ出稼ぎに行った。戻って来てもそれに見合う仕事はない。生活は困難になるだろう。だというのに救済する政策はまだ打ち出されていない。だから、戻りたがらない。現にノット親子は帰国後の職を得る保証がない限り、戻らんと来たもんだ。この政策は強引にでも進められるだろうが、魔法界は過去に類を見ない深刻な人員不足に陥るというのがクィレルの見解だ。俺もそう思う」

 一気に捲くし立てたクラウチJr.から気苦労が窺える。どうやら、『死喰い人』の間でも意見が分かれている。感傷的になる程、彼の不満は募っているのだ。

「それだけじゃない、私塾通いや家庭教育を受けている児童はスクイブがほとんどだ。そんな奴らが魔法学校に行ったところで授業についていけるわけがない。ついでにスクイブどもに講師している魔法使いどもも職にあぶれ、失業者も過去最大の年になるだろうな」

「なんで、そんな話を僕にした?」

 戸惑うロンにクラウチJr.は皮肉っぽく笑う。

「病床のロニー坊やには、あの親父さんは新聞も読ませてくれないだろう? 病気が治った頃には世間は様変わりだ。何も知らないでいるのは嫌なもんだ。だから、教えてやった」

 素気なくクラウチJr.は階段を上がって行った。

 帰り道に肖像画から「病院ではお静かに」と注意され、受付ロビーでは「やっとマトモに『穢れた血』が取り締まられる」という声を耳にした。

 

 グリモールド・プレイスの屋敷へ無事に帰宅し、ウォーリーとロンは安堵の息を吐く。

「見張り、いたな」

「ああ、いた」

 12番地の外の広場に外套で身を覆った男が2人、認識できないはずの屋敷の方向を眺めて来る。

「ハリーは無事かな?」

 指名手配された挙げ句、反マグル運動が活発の魔法省は最も危険な場所。ロンの呟きが終えた時、厨房から騒がしい声が聞こえる。直後、リーマスが凄まじい形相で走ってきた。

 その拍子にロンは肩をぶつけられ、壁に激突する。それに何の反応もせず、リーマスは乱暴に玄関を開けて出て行った。

 一瞬、呆然とした。

 状況確認せんと厨房に降りれば、床に倒れたハリーと怯えのあまり祈るように両手を組んでいるハーマイオニーがいた。

 ロンはすぐにハーマイオニーを抱きしめ、小刻みに震える彼女の背を撫でて宥めた。

「何事?」

 ハリーに手を差し伸べて起こし、問う。彼は顔を歪めて感情を晴らすように息を吐いた。

「リーマスがトンクスを捨てて、僕らと来ようとした。トンクスには子供がいるのに!」

 怒りに任せた説明から、トンクスは身籠っている。しかも、リーマスはそれを後悔して、旅を名目に逃げようとしたという。情報に理解が追い付かず、ウォーリーはロンと目配せした。

 目出度いはずが、祝ってよいのかもわからない、

「どうして、今になってリーマスはそんな話を? お子さんが出来たから?」

 畳みかけるウォーリーにハリーは落ち着こうと深呼吸し、食卓に投げ出された【日刊予言者新聞】の二面記事を指した。

 そこに書かれている記事は知っているが、それとリーマスの行動との結びつきを考える。

「家系を調べられるって事は……巨人とか人狼の混血とかも知られるんだ!」

 気づいたロンは叫んだ。

「リーマスはトンクスと子供を人狼の差別に巻き込んだとか言っていた。そんなの僕らと来る理由になるもんか! 親は……子供と離れるべきじゃない……どうしても……そうなってしまわない限り……」

 赤ん坊だったハリーを守らんと彼の両親は隠れ潜んでいた。息子の傍にいれば、自分達の命は危ういと知りながら、最後の最後まで一緒だった。

 両親の親友であったリーマスが生まれてすらいない我が子を妻と共に捨てる。尚の事、許しがたい。

 ハリーの怒りを肌で感じ、ウォーリーはハーマイオニーとロンを視界の隅に入れる。2人も彼を憐れんでいた。

 その視線を感じてハリーは目を逸らしつつ、ウォーリー達に椅子を進めた。

「スクリムジョールが殺されたのに、辞任扱いだ。後任のシックネスは『服従の呪文』で傀儡に据えて、魔法省は完全にヴォルデモートの物だ。けど、それは公にされない。騎士団じゃない人々は疑心暗鬼に駆られている。この状況を利用して、あいつらはこんな政策をやりだした!」

 ヴォルデモートによる国家転覆は公にされていない。

「成る程……、それがクラウチの言っていた戻らない理由のひとつか……」

「クラウチ? クラウチJr.?」

 ハリーとハーマイオニーは『死喰い人』との遭遇に顔を真っ青にし、ロンは必死に宥める。ウォーリーは病院でクラウチJr.からの情報を伝えた。

 怯えつつもハーマイオニーは深刻な表情で無言になり、リーマスへの気持ちを切り替えて現状の分析を始める。その間にロンは皆に紅茶を入れた。

「……勤務しているマグル生まれの魔法使い達を……政策を理由に退職させても、その人達の分を補えるだけの能力を持った人材がいないんだわ。じゃなきゃ試験の意味がないもの」

「だったら、出稼ぎの人達には仕事はあるだろう。なのに戻りたがらないっていうのは?」

「こういう言い方したくないけど、魔法界は仕事自体はたくさんある。でも、家族まで養えるだけの給金を貰えるかって言われたらそうじゃない。チャーリーのドラゴン研究なんかがそうだ。これはママが言っていたけど、危険な割に給料が安いから結婚は難しいとか……。スクリムジョールが許可したって事はそれなりに良い仕事なんだと思う。ヴォルデモートの命令なら、命惜しさに皆すぐにでも帰国するだろうね。けど、傀儡のシックネスなら、そこまで脅威は感じないんだ」

 随分と生々しい問題を聞いてしまい、ウォーリーはうんざりした。

「学費もタダじゃないしな」

「……ホグワーツでは生徒に学費の支援があるよ」

 ウォーリーに続いたのは、ようやく落ち着きを取り戻せたハリーだ。

「ダンブルドアはバグマンの採決方法を知った時、これを見越していたんだ。だから、止めなかった。破産した人には気の毒だけど自分達の生活がかかっているから、シックネスには限界まで抗うはずだ」

「そうね。魔法界でも生活保護制度を施行しない限り、まだ時間は稼げるわ」

 納得したハーマイオニーの隣でロンが小声で「生活保護制度って何?」とウォーリーに囁いてくる。掻い摘んで説明してみれば、「マグルの発想力に恐れ入るよ」と溜め息と共に返された。

「問題は学校に残っているコリン達よ」

 少しだけハーマイオニーは元気を取り戻し、声に抑揚が戻った。

「学校には騎士団の先生達がいるよ。きっと、逃がすか何かはしてくれるはずだ」

 ロンはマクゴナガル達へ期待し、紅茶を口に含む。

「僕、思うんだけど……ジュリアがどうにかしてくれるんじゃないかな?」

 突拍子もない発言がハリーから放たれ、3人は口にした紅茶を噴いた。

「げほげほ! なんでいきなり……ジュリアの話?」

 口元を拭うウォーリーにハリーは真剣な態度を崩さない。

「……リーマスから聞いたけど……あの日、騎士団の家は襲われてトンクスのご両親は『磔の呪文』で拷問を受けた。ディーダラスさんは留守だったから、家を焼かれた。けど、『隠れ穴』は捜索されただけで拷問はされなかった。これって、ジュリアに権限があったからだと思う。彼女自身、マグル育ちだ。同じ育ちの仲間を無碍にはしない」

 ハリーに驚愕し、ウォーリーはハーマイオニーに視線で意見を求める。彼女も渋い顔で返答は控えていた。

「彼女は……確かに……」

「ハリー、ジュリアが心配なのはわかったよ。たださ、当てにしちゃ駄目だ。そうだろ?」

 若干、混乱して言葉が纏まらないハーマイオニーに代わり、ロンは毅然として拒んだ。

「随分、話が逸れちゃったわね。セドリックはなんて返事したの?」

 気持ちを取り戻し、ハーマイオニーの質問に答える。バグマンの症状に2人は何の情けも感じない。むしろ、利用するのに躊躇いがなくなった。

 セドリックの協力については、ハリーは得られたと断じた。

「本当に嫌なら、言葉にして断るからね。セドリックは多分、怒っているんだ。簡単な役割だけだから、僕らが魔法省に手引きしてくれって頼めばやってくれたと思うよ」

 ハリーに言われてから、セドリックの態度を思い返す。あれはそう言う意味の怒りだったのだ。

「ハリーに直接頼まれなかったからじゃないの?」

 不貞腐れたロンの後頭部をハーマイオニーは新聞で一発食らわせた。

「セドリックの髪の毛は手に入れた。彼の協力がなくても、やる」

 ウォーリーは慎重に髪を試験管へ入れ、ハーマイオニーに渡した。

 

 シックネスが傀儡である内に魔法省へ侵入し、アンブリッジからロケットを取り戻す。当初の目的を果たす為、4人は魔法省への入口付近を何度も探りに行った。

 通勤中の役人達を尾行し、会話を盗み聞いた。

 内部への『姿現わし』は禁じられ、大臣を主とした高官だけが自宅を『煙突飛行ネットワーク』で繋ぐ。他は徒歩などで魔法省付近まで出向き、ある仕掛けを用いて出入りしている。アンブリッジの執務室も把握出来たが、外を出歩く姿は見かけなかった。

 時計の針のように正確に通勤してくる面子も把握し、都合良く空き家になった劇場を見つけられた。これで役人の誰かに変身する場所は確保できた。

 顔見知りのアーサーやクララの姿を見かける度、心が弾む。声はかけられなくても、無事な姿は4人を勇気づけた。

「『無言者』も不満を言うんだな。……ネビル達が侵入した時に協力してくれた『無言者』は誰だったっけ?」

「……えーと、ブロデリック=ボートだ! 彼は今日、見かけた……うわー今日の新聞、尋問に出頭しなかった名簿が載っているよ。すっげえ、ビッシリだ! メアリー=カタモール? 僕、知ってるよ。破産したレッジ=カタモールの奥さんだ」

 新聞と呼ぶにはその名簿に記事が埋められ、ちょっした小冊子だ。

「コリンの名前がないわ……。違う、あの場にいたスリザリン生の名前もない……どういうこと?」

「『忍びの地図』にはコリンの名前がある。マクゴナガル、フリットウィック、スプラウト、スラグホーン……ハグリッドも、トレローニーもいるんだ……」

 ハリーは『忍びの地図』を広げ、ハーマイオニーに教える。益々、彼女は怪訝した。

「この写真にも映っているけど、このロケット本物かな? あの婆、影響受けている様子がないぞ?」

 写真のアンブリッジが尋問へ来るように余裕の持った態度で訴え、ロンは指先でからかう。

「元から邪悪だから、傍からは変化が見えないんだ」

 ロンの疑問にハリーは肩を竦めた。

 『ポリジュース薬』や『おとり爆弾』、『伸び耳』など潜入に必要な道具も確認し、ウォーリーとハリーの『ポケベル』も改造した。今まではハリーの蛇語に作動する仕組みだったが、ウォーリーの日本語に反応するように仕込んだ。2つの条件に反応させるのは思ったより難しかった。

「そのピンポン玉みたな物は何なの?」

「バグマンボールだ。これにバグマンを閉じ込めて、アンブリッジの前で解き放つ。ポケットに入れるぐらいにしておかないとな」

 ウォーリーが真剣に作ったバグマンボールはハーマイオニーには「非人道的」だと不評である。だが、使用にはしないとは言わなかった。

 シリウスは戻らず、騎士団の誰も屋敷を訪れなかった。ハリーは名付け親恋しさか、彼の部屋で寝起きしていた。

 

 そうこうしている間に8月は終わりを迎えた。

 新学期を迎えた朝。

 去年なら、ホグワーツに乗車するための準備に追われていた。

 それがない状況にウォーリーとロンは妙な感覚に襲われる。ハーマイオニーは神経を高ぶらせ、今日までに集めた情報をメモした紙の束を睨み、矛盾や疑問がないかひとつひとつ確認していた。

「『魔法ビル管理部』は濃紺のローブ……濃紺のローブ……」

 そこへ魔法省の偵察に行ったハリーが失敬してきた新聞の記事を見せられ、悲鳴を上げた。

【セブルス=スネイプ、ホグワーツ校長に就任】

 他にもジュリア=ブッシュマンを『マグル学』、クィリナス=クィレルを『闇の魔術への防衛術』に就任させ、教頭の任も兼ねるとあった。

「クィレルが……教授に」

 こんな形でクィレルは再びに教壇へ立つが、その教室にウォーリーことクローディアはいない。そんな風景が脳裏に浮かび、胸の脈拍が締め付けられる。いつか、彼の授業をもう一度、受けられたら……まだ残っていた未練に我が事ながら、驚いた。

「マーリンの猿股!」

 叫んだハーマイオニーは椅子から立ち上がったかと思えば、厨房の階段を駆けがって行った。

「……今のはイギリスの諺?」

 ハリーは知らぬと首を横に振り、ロンは笑いを噛みしめる。

「多分、マリーンの髭とかパンツって言いたかったんだと思うよ」

 そんな諺があるのも知らない。肝心のロンは笑いすぎて諺の意味を教えてくれない。

「成る程、てっきりマーリンのような偉大な人が猿回しされるような馬鹿げた事という意味かと思った」

 必死に口元で弧を描き、ウォーリーは笑おうと努める。脳髄から理解したくない感情が押し寄せ、涙腺を刺激し出す。笑いを抑えるフリをして、目元を手で覆った。

「……先生という形でジュリアは皆を助けようとしている……なんて言ったら、怒られるね。寮監の先生達は学校に残るとしても、他の先生達はどうするかな? この記事に書かれてないだけで他の『死喰い人』もホグワーツに送り込まれるだろうし……」

「残るしかないと思う。あくまでも、残れたら……ね。スネイプの後ろにいる魔法省とヴォルデモートは先生達もマグル生まれ登録の尋問にかけるだろうから……」

 2人の会話を聞き、感情の波が治まってきた頃にハーマイオニーは額入りの絵を持って戻って来る。ここの肖像画は彼女の体格では運ぶには一苦労だ。

「言ってくれれば、僕も手伝ったのに」

 ロンの声に荒い呼吸音で返し、ハーマイオニーは自らのビーズバッグへ絵を納めた。

「その絵は誰だ?」

「フィニアス=ナイジェラスよ」

 ロン以外はハーマイオニーの行動に納得する。ナイジェラスの肖像画はホグワーツの校長室にあり、この屋敷との間を自分の肖像画を通じて動けるし、伝言なども務めていた。

 逆もしかり、ナイジェラスはスネイプの命令で『不死鳥の騎士団』の本部たる屋敷を探れるのだ。

「これでフィニアス=ナイジェラスは私のバッグの中しか見えないわ」

 一仕事終え、ハーマイオニーはロンに解説しながら椅子へ座った。

「すごいよ、ハーマイオニー! これで学校の様子もわかるぞ!」

 素直に誉めるロンへハーマイオニーは照れた表情で礼を述べた。

 妙な沈黙が起こり、自然と4人の視線は各々の腕時計に向けられる。6時間前にはホグワーツ特急は出発し、まだ野原や丘陵地を走行しているだろう。

「外の見張りは5人もいた。僕らがここから出て、のこのこ駅に向かうんじゃないかと……」

「壮大なサボりだ、本当に信じられない」

「サボりじゃないわよ。言い方に気を付けて」

「起きてからずっとこの感覚を味わっていたよ。けど、私は新入生の頃も味わった。日本はイギリスの学校は秋だなんてカルチャーショックもいいとこなのに観光もさせてもらえず、ずっとホテルで缶詰めにされた……。ああ、懐かしい」

 4人は感傷的な言葉を口にし、もう一度、腕時計を見た。

「決行は明日。すべきことをお浚いしよう」

 ハリーは座り直して姿勢を正し、食卓のメモ達を見渡した。

「まずはハーマイオニー」

「魔女を失神させて、その人に変身する。ロンが変身できそうな人を1人、捕まえる」

「ウォーリー」

「バグマンを病院から連れ出し、魔法省へ行かせる。脱走させた時点で『ポケベル』で連絡する。変身したハーマイオニーと合流し、影に潜んで魔法省へ入る」

「ロン」

「『ポケベル』の報せを受けたハリーをセドリックに変身させ、変身した僕と一緒にハーマイオニーより先に魔法省へ入る。ホールの中央に金色の噴水があるから、そこで待機だ」

 メモを指で叩き、ハーマイオニーは緊張で重い息を吐いた。

「……上手く気がしないわ……上手く行きっこないわ……」

「やるなら、今なんだよ。新学期になっても僕らはホグワーツに現れなかった。だったら、何処にいるのか? あいつらが模索する。ロンドン以外でだ。魔法省は僕に対して最も油断している時だ」

 結果を求めず、挑戦する意気込みに迷いはない。こうなれば、ハリーは決定を覆さない。

「4人ぼっちの挑戦か……、『叫びの屋敷』以来だな」

 ウォーリーの何気ない呟きにロンは感心し、フフッと笑う。

「そっか……僕らが4人で挑むのってその時以来か……、あれ? 『逆転時計』の体験はハリーとハーマイオニーしか味わってないような……」

 ロンが必死に記憶を辿っている時、ハリーの様子が変わる。反射的に彼の手が額の傷へ触ろうとしたのだ。

 ウォーリーとハーマイオニーは見逃さず、ハリーを逃がさないように傍へ回った。

 痛みを誤魔化そうとしたハリーの肩へウォーリーが手を触れた瞬間、彼とは思えぬ喚き声を上げる。それなのに意識がないように思えた。

「ハリー! ハリー! 私の声、聞こえる!?」

 ハーマイオニーが肩を抱くより先にロンは冷静にハリーを腕で抱きとめ、頬を叩いた。

「ヴォルデモートが人を殺した。その人の家族も今頃……」

 見えた状況を言葉にし、真っ青なハリーは怒りで拳を握った。

「ハリー、『閉心術』をちゃんと使って! ヴォルデモートと繋がっても、貴方に良い事はないわ!」

「やろうとはしているけど、僕は元々、上手くないんだよ」

 ハーマイオニーに叱られ、言い訳がましいハリーにウォーリーは怪訝する。

「基本は出来ているんじゃなかったのか?」

 それを侮辱と受け取り、ハリーは唇を震わせて無言になる。

「……僕がわざとあいつと繋がっているって言いたいの!? そんなわけないだろ! シリウスがいてくれた時は上手く出来たよ!」

 叫んでから、ハリーは気まずそうに顔を歪める。深呼吸してロンへ礼を述べた。

 自分の名付け親の存在が心の閉じ方を成功させる。しかし、旅に一緒に行けぬなら、自分の力だけでなさねばならない。それをハリー自身が良く理解している。

 こんな事で躓いている場合ではない。

「では、やるんだ。成功した時の感覚を思い出して、その状態を維持しろ」

 知らずと冷たい声を出し、ウォーリーはハリーへ告げる。悔しそうに彼は自分を堪え、了解した。

 ハーマイオニーも唇を噛み、興奮した自分を諌めた。

「何故、殺されたか、わかるか?」

 殺害現場など見たくない場面を見せられたのだ。それなりの情報が欲しい。そんなロンの意見を汲み取り、3人は椅子へ座り直す。この間、彼は紅茶を入れ直してハーマイオニーへ渡した。

「グレゴロビッチを探しているんだ。その女性はグレゴロビッチの住んでいた家にいた……ただそれだけ……」

「前もその名を出したな。誰なんだ?」

 ロンの質問にハリーは呼吸と共に吐き出す。

「杖作りだよ、外国のね。クラムの杖を作った人で、ブルガリアの魔法使いの間では最高の杖作りだってスタニスラフは言っていた」

「オリバンダーがいるのに杖作りがいるの?」

「オリバンダーは行方不明でしょう? 代わりを探しているのかしら」

 ハーマイオニーの憶測に2人は目を泳がせ、察したウォーリーはわざとらしく咳払いした。

「オリバンダーはヴォルデモートに捕まっています。多分、グレゴロビッチなら僕の杖が勝手にしたことを説明できると思っているんじゃないでしょうか?」

 観念したハリーは丁寧な口調で説明し、ハーマイオニーは紅茶を乱暴に食卓へ置いてから眉間のシワを解した。

「つまり、ヴォルデモートはブルガリアにいるのね。……本当に魔法省へ行くなら、今なのね。わかったわ」

 議論したい感情をその一言に纏め、ハーマイオニーは深い溜息を吐いた。

 突然、ロンは杖を構えて周囲を見渡す。彼の警戒につられ、3人も緊迫した状態で杖を構えた。

「声が聞こえる……小さいけど」

 眉間のシワを深くし、ロンは小さく告げてから耳を澄ませる。同じように済ませてみれば、確かに4人以外の声が聞こえてくる。くぐもったような声だ。

 ハリーは何かに気づき、開いたままのビーズバッグへ手を入れる。ハーマイオニーが重労働して入れた肖像画を取り出した。

 ナイジェラスが怒りに顔を顰め、腕を組む。

「ここは何処だ? 何故、勝手に壁から外されておるのだ! 騒々しい喚き声を聞かせるなど、無礼にも程があるぞ!」

 額縁の外を見渡し、ナイジェラスは怒鳴り声を上げてくる。ハリーが肖像画を支え、その後ろにロンがいる。故にお互いの姿は見えない。言い返そうとしたロンを手で制し、ハーマイオニーは愛想良くした。

「失礼致しました、フィニアス=ナイジェラス。どうしても、お話を窺いたくて」

 確かに学校の様子を聞きたかった為、嘘はない。礼儀正しいハーマイオニーの態度が気に障ったらしく、ナイジェラスは額縁から消えた。

 拒絶され、ロンは溜息をつく。腹の立ったウォーリーはハリーに肖像画をしっかりと持たせ、咳払いした。

「大変、失礼致しました。ホグワーツの状況を知りたく、歴代の校長の中で最も博識であらせられるフィニアス=ナイジェラス氏ならと思ったのですが……。新たな校長が貴方様を危険視して校長室から除いた可能性もあるでしょう」

 たっぷりと皮肉と嫌味を込め、ウォーリーは暗い肖像画へと語りかけた。

「スネイプ教授は礼儀を重んじておる。そのような無礼はせん」

 油絵が動く姿をここまでじっくり見た事はない。相手が人相の悪いせいか、TV画面や動く写真を見るより不気味な印象を受けた。

 姿を見せてくれたナイジェラスにハーマイオニーは安心し、ウォーリーは真っ直ぐ見据えた。

「魔法族の生徒は無事に登校されましたか?」

「否、奇人のルーナ=ラブグッドは今だに姿を見せん。スネイプ教授は既に自主退学として処理するつもりでおる」

 ルーナは逃げてくれた。朝刊を読み、流石に身の危険を感じたか、別の考えがあるのだ。

 胸中で安堵しつつ、質問を続ける。

「……スネイプ校長先生は今、学校に残っているマグル生まれの生徒をどうするおつもりですか?」

 出来れば、逃げて欲しいという思いを込める。考えてしまうと不安で心臓が激しく脈打つ。

「あやつらは小賢しい後見人により、特別に在学を許可された。スネイプ教授が提示した条件を満たせるかは知らん」

 息を荒くし、憤りを堪えるナイジェラスの話からトトとスネイプとの間に取引が成立し、コリン達の在校は許される。否、まだ取引の最中なのだ。

「……その条件の内容はナイジェラス氏にも難しいですか?」

「『忠誠の術』を解くぐらいはできよう。だが、マグル生まれを在学させる為には出来ん」

 嫌味っぽく鼻を鳴らして告げられた内容にゾッと寒気がした。

「聞き間違えでなければ、在学の条件が『忠誠の術』を解くと聞こえましたが……」

 動揺のあまり、声が上擦る。息を飲んだロンは急いでガマグチ鞄を手にし、貯蔵庫へ走った。

「本来はミスタ・ポッターとの身柄が条件になるはずだったが、あれは私が呆れる程に粘りおってな。今日を終えた時に……」

 ナイジェラスが言い終えるより前、瞬きせずに硬直した表情のハリーはまるで現実逃避するように肖像画をビーズバッグへ詰めた。

「『忠誠の術』は『秘密の守人』が死んでも、解けないんだよね?」

「……秘密を教えるんじゃなくて、解くって言っていたわ。フィニアス=ナイジェラス程の魔法使いが言い間違えるとは思えないわ。トトさんはここの護りを解くつもりよ! 日が変わったら!」

 ハーマイオニーの悲鳴を聞き、動揺しても冷静な部分でウォーリーは今から身を隠せる場所に考えを巡らせる。

「近くにペネロピーの家がある。ジュリアの家も空き家だ」

 ハリーはウォーリーに答えず、真っ青な顔でビーズバッグを探る。

「まずはシリウスに知らせないと、ここはもう安全じゃない!」

「駄目よ、鏡も使うなって言われたでしょう!」

 震えながらハーマイオニーは更なる危険を予感し、ハリーの腕を掴んで止めた。

「食べ物! 出来るだけ詰め込んだから、絶対に持って行く物が他にもあったら入れてくれ!」

 貯蔵庫から戻ったロンはガマグチ鞄をウォーリーへ渡し、今度は階段を駆け上がった。

 置いて行かれないと、ハリーも続いた。

 ビーズバッグを握りしめ、ハーマイオニーはウォーリーの肩へ顔を埋めた。

「あの防火扉に行きましょう。ここがどうなろうと私達がやることは変わらないわ。着いたら、……保護呪文をかければ……どうにか……」

 口に出しながら、ハーマイオニーの不安が伝わる。『忠誠の呪文』で護られた屋敷にいても、外の見張りで神経を尖らせる日々だった。

 防火扉で無事に一晩過ごせる保証はない。

「この屋敷で私達を見つけられないなら、ハリーの言う通りにあいつらはロンドン市街へ捜索網を広げるはずだ。心配はいらない」

 ハーマイオニーの手を優しく握れば、彼女は少しだけ笑顔を見せた。

 玄関ホールへ上がった時、深刻なハリーはフード付きの上着を2枚渡してきた。

「見張りが8人に増えていたよ。日付が変わったら、ここに乗り込むつもりだ」

「だったら、まだ増えるな。今すぐ行こう、ロンはどうした?」

「ここだよ」

 ウォーリーに答え、ロンは上の階から降りて来る。板で防がれたブラック夫人の肖像画を下ろしてきたのだ。

 像の足のような置物をホールの真ん中へ置き、慎重に肖像画をそこへ立てかけた。

「意味はないかもしれないけど、ここに置いておこうぜ」

 ロンなりの悪戯だと言いたげに笑っているが、怯えているように手足は震えている。しかし、この場に押し寄せた『死喰い人』どもがブラック夫人の金切り声は最高の罠だ。

 ただ一刻でも早くこの場を離れる事を優先し、笑う余裕はなかった。

 

 時計の針が深夜零時を告げ、ベラトリックスが率いる『死喰い人』達は意気揚々と屋敷へ乱入する。ブラック夫人の肖像画から放たれた金切り声に恐れを為し、錯乱したクラッブが魔法を乱発して余計な負傷を出したのはヴォルデモートどころか、スネイプ達にも報告されなかった。

 

☈☈☈☈☈☈☈

 リーマスはハリーとの口論で傷心し、人里離れた森林にいる。満月の時期によく避難していた場所だ。

〝僕に吸魂鬼との戦い方を教えた人が――腰ぬけだったなんて〟

 亡き親友なら、そんな言葉は絶対に吐かない。しかし、その忘れ形見は心からリーマスを批難した。

 故の逃走。

 妻の元へは帰らず、何日も逃げ回った。

 逃げながら、思い知る。ハリーはジェームズ……リリーとは違うのだと――。

 親と子は別人、そんな当たり前の事は分かり切っている。だが、ハリーにはジェームズを求めていた。それに気づいてしまった。

 シリウスに会いたい。彼ならきっと同調してくれる。しかし、万一に拒まれて批難させる恐れもある。胸の不安が動悸を激しくさせ、呼吸の仕方がわからなくなってくる。

 そこへトトから報せが来た。

 グリモールド・プレイスの屋敷は破られた。

 その悲報にハリー達の身を案じたが、あの日から一月近く経っている。いつまでも屋敷にいないはずだ。

 確認する勇気も出ず、他に行きたい場所へと考えを巡らせる。閃いたリーマスは『姿くらまし』した。

 

 住宅地に住むマグルの気付かれない魔女の家。芝生に足を踏み入れ、頬に受ける風の優しさに涙が溢れた。

 一歩、一歩、近寄りながら、家の様子を懐かしむ感情で窺う。玄関の戸は鍵がかかっておらず、ノブを回しただけで開いた。

 人の住む気配はなく、手入れもされていない為に埃や痛みが目に見える。最後に訪れた時にはなかった簡易寝台が何を意味しているか理解した。

「ドリス……」

 返事などあるわけない。膝を折り、簡易寝台に突っ伏して啜り泣いた。  

 両親も亡くなり、独りで生きて行くしかなかった時、最もリーマスを支えてくれたのはドリスだった。

〝ご飯を多く作りすぎただけよ、1人分だけを作るのに慣れてなくてね〟

 満月の悪戯の件があり、決して笑顔は見せず、いつも厳しい態度で接していた。

〝私、親戚から家を相続したの。私が夜勤の時、偶には留守番やって頂戴。貴方が暴れても壊れない部屋もあるわ〟

 何度も、この家に招いてくれた。

 恩を感じていたのに、リーマスは何ひとつ返せなかった。

 救助さえ、間に合わなかった。

 冷たくなったドリスに縋り、その死を嘆きたかった。母の死のように悼みたかった。

 けど、皆の前では羞恥心が勝って出来なかった。

 感傷に浸る自分の泣き声に混じり、たどたどしい足音が聞こえる。ここを見張っていた『死喰い人』だろう。ほとんど自棄になり、リーマスは振り返らなかった。

「ダンスパーティで誰と踊った?」

 後頭部に杖を突き付けられ、聞きなれた声に驚いて振り返る。忙しなく動く青い義眼の異名を持ち、百戦錬磨の勲章を文字通り顔に刻んだムーディだ。

「…………マグル学のバーベッジ先生。貴方は『天文学』のシニストラ先生と踊った」

 返答に満足しても、ムーディは杖を下ろさない。リーマスも質問を返した。

「ハリーを初めて本部に迎えた晩、『灯消しライター』を見てクローディアは何と言った?」

「……それで火事の火が消せるかだ……宜しいと言いたいところだが、油断大敵!」

 いつもの口癖と共に杖で額を小突かれる。ちょっと痛みを感じ、義足の音が聞こえなかった疑問を抱く。そこには見た目はただの足があった。

「あちこち歩き回るのに、あの義足は不向きでな」

 慣れていないらしく、歩きにくそうだ。

 頼れる魔法戦士の存在がリーマスの涙を止めた。

「ムーディ、大丈夫? ルーピン先生!?」

「本当だ! 先生、やっほー!」

「油断大敵! 声を出すな!」

 台所とは反対方向に見慣れない階段があり、上の階から知った顔が2人いた。

「ディーン、ジャスティン……」

 驚いたリーマスに元教え子は屈託のない笑顔で歓迎してくれた。

 2階には窓はなく、壁には様々な雑誌の切り抜きが貼られている。小さな流し台と冷蔵庫、食卓と椅子が3つ。二段寝台もあり、寝袋もいくつも置かれていた。

「ジャスティン、君は入院しているはずだ」

 血色も良く、ジャスティンは元気溌剌な笑顔で敬礼した。

「ええ、表向きはそうです。けど、受付で僕の病室を訪ねれば「面会謝絶です」としか答えません。だって、僕の病室ないんだもの!」

「ちょいと、わしの任務を手伝わせておってな。この家はわしの知らぬ保護魔法で護られておるわい」

 最低限だけ語り、ムーディは面倒そうに椅子へ座った。

 ムーディさえ知らぬ、つまり、トトの仕業だ。

「ハリーによく似た男の子と国中を廻る。ジャスティン、君の入院は最初から偽装か」

 状況を分析し、ジャスティンは笑顔で答える。ディーンは彼らとは別件の様子だ。

「ディーン、どうして国に残ったんだい? マグル狩りはもう始まっているんだぞ。」

「残りたいから、残りました。今はある人の助手をしています。僕は朝、ここに着いたんです。2人がいて吃驚しましたよ。一緒に雑誌の切り抜きしていたところです」

 ディーンは『マグル登録委員会』に出頭しなかった名簿を持ち上げ、からかうように笑う。名前を出さないが、トトかコンラッドの助手だろう。

 目の前の2人は自らの置かれた状況を知りながら、戦いに身を投じる姿は逞しく見えた。

「そうだ! 先生、結婚したんですよね。おめでとうございます!」

 質問しようと口を開いた瞬間、ジャスティンは笑顔で手を握り祝いの言葉を述べる。リーマスは反応に困り、変な声が出た。

「そうでしたね、おめでとうございます。……なんでここに来たんですか?」

 祝いを述べながら、ディーンは疑問する。トンクスの話をされたくない。リーマスは様々な日付の【日刊予言者新聞】に視線を落とす。そこに載っているアンブリッジの写真を見て、ゾッとした。

 毅然とした態度の胸に翳されたロケット、写真で小さくても【S】の文字がハッキリと見てとれる。シリウスの弟レギュラスが命懸けでヴォルデモートから盗み出したロケットだ。

 何故、アンブリッジの手にあるのかという疑問よりも、シリウスの身を案じる。この新聞を見れば、ロケットを取り戻しに魔法省へ向かうだろう。今、最もの危険な場所にも関わらずにだ。

「先生? 顔……真っ青ですよ……」

 ジャスティンに呼ばれ、自分が動揺のあまり体が震えているのを自覚した。

 シリウスはクリーチャーを匿える場所を探し、まだ連絡が取れない状況だ。だが、魔法省に潜入する事になっても、リーマスに助力を乞わないだろう。レジュラスが誰の助けも借りずに行ったように、独りで立ち向かう。

 そんな姿を思い浮かべた。

 否。

 衝動に駆られ、リーマスは元教え子の目を気にせずにムーディへ縋りついた。

「マッド‐アイ、お願いだ! 私と魔法省へ行ってくれ!」

 必死の懇願にムーディは返答せず、普段の渋い顔のまま先を促す。レギュラスのロケットについて洗い浚い話し、シリウスはずっと探し続けている事もだ。

「魔法省か……ならば」

「「尋問に行けばいいんですよ、僕達と」」

 ムーディが言い終える前にディーンとジャスティンは口を揃えて自ら提案する。

 驚愕するリーマスは元教え子の2人を奇妙に思う。彼らを見つめながら、不意に妻のニンファドーラの父テッドがマグル生まれだと思い出した。

 




閲覧ありがとうございました。

ノット親子は意外と精神的に余裕。
イギリスは生活保護受給率が欧州一、国内でも社会問題になっています。

結局、「マーリンのパンツ」ってどういう意味なんでしょうか?

屋敷の護りは解かれました、もう安全ではありません。

●レッジ=カタモール
 魔法ビル管理部・部長。魔法省潜入時にロンが変身した相手。
●メアリー=カタモール
 レッジの妻、マグル生まれ。原作では尋問に出頭していた。
 このお話では破産した夫に代わり、子供達を連れて国外に出稼ぎ中。
 
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