こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。
誰得かわからないオリキャラ・クララ視点です。


6.少しでも声をあげて

 クララの自宅から魔法省までは比喩的でなく、州を越えて遠い。

 かといって、ロンドン市内での独り暮らしも家族から反対された為、許可された範囲まで『姿現わし』してから魔法省へ向けて徒歩通勤、そして女性職員用の入口は常に混雑しているのだ。

 部署の机に辿り着くまで、毎朝、30分以上かかる。憂鬱だ。

「レッジ=カタモールの無断欠勤が続いている……。彼も逃げたか……優秀な職員だった故に残念だ。マグル生まれなんぞと結婚するからだ」

「問題はダーク=クレスウェルよ。家系図を捏造したなんて!」

 高官たる両親は『煙突飛行ネットワーク』で出勤できる。だから、クララよりも朝食を優雅に過ごせる。純血主義やマグル贔屓など関係なく、両親の話題は聞きたくなかった。

「クララ、異動届けの申請を忘れないで頂戴。今なら、『小鬼連絡室』でも何処でも移れるわ。いつまでも『血を裏切る者』の部下なんて」

「仕事、行ってきます」

 『屋敷しもべ妖精』に見送られ、クララは普段より5分早く家を後にした。

 オグデン家は純血の家系にして代々、魔法省への勤務が生まれ持った責務のように義務付けられている。故にクララも魔法省勤務を目指し、どうせならばと『闇払い』を志した。

 才能がない。ムーディの言うとおりだった。

 『神秘部』での戦いにおいて、クララは己の非力さを思い知る。背中を預け合える仲間がいてくれたから、あの場は生き延びた。

 もしも、独りであったなら、呆気なく人生は終わっていた。

 シリウスの手の中で亡くなったピーター=ペティグリューのようにだ。

 『姿現わし』した先の通勤路、体の無事を確認してから表通りに歩き出す。急にポケットから硬貨が落ちる音がした。

 振り返れば、DAの偽金貨が地面を転がる。慌てたクララは大切な硬貨を拾わんと元来た道を戻った。

 そこに妙な動きをする3人組みが人を運んで路地へ消えていくのが見えてしまう。一瞬だった為に3人組の顔は遠くて顔は分かりにくいが、運ばれていたのは『魔法不適正使用取締局』の局次長マファルダ=ホップカークだ。

 焦りに胃が竦み、唇と指先が一気に冷たくなる感覚がより緊張を高めた。

 思いついたのは、3人組はマグル生まれの魔法使い。クララの両親程ではないが、マファルダも『マグル生まれ登録委員会』に賛成だ。

(DAの誰かなの?)

 期待のような焦燥感はクララに杖を抜かせ、壁に背を預けて路地へと追いかけさせる。そこには誰もいない。周囲を見渡し、汚れた扉とゴミ箱を見つめる。扉は閉まっているが、地面の扉が擦った跡に気付いた。

 扉の向こうに誰かいる。クララは杖を向けたまま、深呼吸した。

 直後、マファルダが出て来た。

「……はい! おはよう……」

 クララを見た瞬間、マファルダは驚きながら挨拶する。普段の局次長と態度が違う。微妙に仕事内容が被るとかで勝手に敵対視し、挨拶などして来ないのだ。

 明らかな変身を見抜き、クララは更に安心したような相手の表情から親しい誰かだと予想した。

 クララは自らの直感に従い、偽金貨をマファルダへ見せつけた。

「クララ……」

 マファルダは偽金貨の意味に気づき、ビーズバッグからガリオン金貨を取り出す。それが同じ偽金貨だとわかり、目の前の魔女はDAの仲間の変身だと教えてくれた。

 歓喜のあまり、クララは目に涙を浮かべる。

「何かするんでしょう? 私もやるわ……やらせて……今度こそ、助けるわ」

 クローディアは間に合わなかった。

 偽金貨はずっと財布に入れたまま、放置していた。気づいたのは、昼食に『漏れ鍋』まで行こうか悩んで財布を開いた時だ。

 クララの熱意が伝わり、マファルダは偽金貨を握り締めて頷いた。

「いいわ、……今、アンブリッジの事務所へ違和感なく入れる人を失神させて連れて来て……」

 任されたクララは職員仲間が『姿現わし』してくる場所で待った。

 そこに運良く、シックネスやアンブリッジに信頼のあるアルバート=ランコーンが現れる。油断しきった彼は簡単に失神させられた。

 マファルダに誘導されて扉の向こうへ大柄なランコーンを放り込む。しばらくしてから、瓜二つの彼とセドリックが出て来た。

「まあ! 貴方もなのね、どういう作戦なの?」

 興奮したクララはセドリックの肩を思いっきり叩く。慌てたランコーンが唇に人差し指を当てて、静粛を求めた。

「ランコーンはそんな仕草はしないわ。睨むだけよ、もっと尊大に振る舞って」

 クララからの助言にランコーンは緊張した顔で納得し、人形のように何度も頷く。気の弱い彼の姿に変な笑いが起こるが、我慢する。

「もうすぐ、仲間がバグマンを連れてここに来る。僕はバグマンを探しに来たってことで魔法省へ入る。君らはバグマンを魔法省へ入れてくれ」

 まさかのバグマンにクララは騒動を予感し、今度こそ声を出して笑った。

 セドリックとランコーンが去り、しばらくしてからバグマンと見慣れない濁った金髪の魔女が『姿現わし』した。

「お待たせ、連絡は受けたよ。クララ、協力をありがとう。私はウォーリーと呼んでくれ」

 マファルダとクララの存在に魔女は驚かず、親しみを込めて挨拶してきた。

「彼の調子は?」

 マファルダに話しかけられ、魔女はバグマンの背を失礼のないように押す。彼は地味なローブで体を覆い、品のない笑顔で手を振ってきた。

「君はマファルダ=ホップカーク! こっちの君は……オグデンのところのクララだったね! いやああ、久しぶりだ!」

 2人に向かい、大きく手を広げて抱きしめて来た。

 ゾッと寒気がするが、我慢だ。

「さあ、行こう! 仕事が山積みだ!」

 仕事ではなく、賭博を楽しむ顔でバグマンは浮き浮きと歩き出す。そんな彼をウォーリーは失神させ、無言で手の平サイズのボールへと詰め込んだ。

 そのボールをマファルダへ渡した。

「……どういう事? 魔法省へ連れ込むんでしょう?」

 ボールを凝視し、クララは困惑した。

「ええ、これに入れてね。流石に堂々と連れて行ったら、捕まるわ。私達に会わせたのは、バグマンに信じ込ませる為よ。魔法省に戻れるってね」

 バグマンも利用されている。そして、気狂いの賭博師を使ってまで魔法省への侵入を企む行動力はハーマイオニーを思わせた。

 確認はやめておく。

「貴女はどうするの?」

 ウォーリーに振り返ったが姿はなかった。

 

 無事に魔法省内部への侵入を果たし、通勤用の暖炉から出てくる人々を尻目にマファルダをホールの中央へ連れて歩く。マグル生まれには見せたくない像がそこにある。しかし、何処に行くにしても必ず通る場所だ。

「魔法は力なり」

 そう彫り込まれた黒い石造りの像には、苦しみもがくマグルや妖精族を礎にして存在する魔法族。否、魔法族のみ存在し、それ以外の者は礎程度の価値しかない。圧政者の歪んだ主張を象っていた。

「これがマグルの位置ね……」

 先にいたセドリックとランコーンは像を見つめ、言葉に出来ない嫌悪を堪える。マファルダは今にも壊しそうな勢いで睨んでいた。

「あいつは?」

 ランコーンの質問にマファルダはボールを指先で見せる。

「もう少し奥で解き放とう」

 セドリックは目配せでクララに案内を頼んで来る。了解し、3人を連れて他の職員の流れに沿ってホールの奥へ向かう。普段の職場ではなく、アンブリッジの事務所に続くエレベーターの順番を待った。

「セディ!」

 その大声はセドリックの父親エイモス。一気に4人は青褪め、強張った。

「どうして、こんな所にいる! 仕事は……ランコーン! これは、その、息子はきっと私に用があるんだ!」

 ランコーンの姿に気づき、今度はエイモスが真っ青になる。彼の気持ちはわかる。魔法省は以前と様変わりし、職員の身内でさえ、許可がなければ入れない。

 余計な疑いは身を滅ぼす。

「私が連れて来た」

 低い声で尊大な態度でランコーンに告げられ、エイモスは慄く。セドリックは優しく父親へ耳打ちした。

「バグマンが脱走した。逃げる先はここだと思って、探しに来たんだ」

 バグマンの名にエイモスは別の意味で驚き、ランコーンを見上げた。

「緊急事態だ。彼に省内を捜索させる」

 事情を知り、エイモスは心の底から安堵した。

「大げさな事にしたくないんだ、父さん」

「もっちろんだとも、何かあっても心配するな。私に任せろ」

 セドリックを抱きしめ、エイモスは快活に笑った。

 エレベーターの順番が回り、クララ、セドリック、ランコーン、マファルダは乗り込む。そこへエイモスも一緒だ。他の職員も入ろうとしたが、急に避けた。

 順番をお構いなしに魔法法執行部・部長ヤックスリーが現れたからだ。

 シックネスが大臣になり、マグル生まれ登録が始まってから大抜擢されたヤックスリーはクララが控え目に言っても分不相応に他ならない。もっと乱暴な言葉を使うなら、こんな男が執行部の部長など、世の末だ。

 アンブリッジと同じマグル生まれ登録委員会の1人であり、『血統書』は執行部が発行するのだ。

「おはよう、アルバート」

 鋭い眼光がエレベーター内を見渡し、ランコーンにだけ挨拶した。

「おはよう、ヤックスリー」

 エイモスの挨拶は無視される。クララも一応、目礼した。

 動き出すエレベーターは左右に曲がり、上を目指す。そんな中、沈黙が流れる。

「何か変化は?」

 沈黙は変身を察知されると思い、ランコーンは口を開く。ヤックスリーは溜息を吐いた。

「まだ俺の部屋に雨が降っている。逃げたカターモールが何かして行ったに違いない。『魔法ビル管理部』の連中、出来るだけの事はしているだとか、言い訳ばかりだ。さっさと『穢れた血』どもの尋問に行きたいが、まずは雨を止ませるのが先だ」

 仮にも部長であるならば、雨くらいは自力で対応して貰いたい。

 マグル生まれ登録により、退職に追いやられた職員の代わりは埋められない。魔法は力なりと言っておきながら、無能を台座に据える。能力のある魔法使いを出生のみで追放する。矛盾だらけのこの制度は完全に間違いだ。

 声を上げない理由は様々な憶測が飛び交い、敵味方の区別が付かない。スクリムジョールは辞任ではなく、『死喰い人』により始末され、無断欠勤の続く職員達も亡き者にされているなど、今のクララには事実の確認が取れない。

 両親はおろか、局長のアーサーも何も教えてくれない。普段通りに仕事をこなせとしか言ってくれない。もしかしたら、彼も『服従の呪文』にかかっているのではと疑い始めていた。

 だから、シリウス=ブラックからの頼み事を引き受ければ何か状況が変わるかと思ったが違った。

 物思いに耽っていれば、エレベーターの停止に我に返る。

〈4階。魔法生物規制管理部でございます――〉

 声だけの案内が終わり、格子が開いた瞬間、さっさとエイモスはセドリックを連れて降りてしまう。予想外の行動にマファルダとランコーンが目を見開き、クララも口を動かす前に他の職員が乗り込む。ヤックスリーに愛想よく挨拶したが、無視された。

 遠のいていくセドリックが必死にこちらを見ていたが、無情にも格子は閉まり、エレベーターは動き出す。

 対応策を話し合おうにも、場所が悪い。

〈2階。魔法法執行部でございます――〉

 ヤックスリーと共に他の職員も降りていく。格子が閉まった瞬間、ランコーンは動揺を露にした。

「どうしよう、セドリックが連れて行かれた! バグマンを探しに行けない!」

「……バグマンはここよ」

 冷静にクララが教え、ランコーンは今気が付いたように驚いた。

「戻りましょう。私達、一緒にいるべきよ」

「いいや、あんまり時間がないんだから、僕らだけでもアンブリッジを見つけるんだ。見つけられなかったら、戻ろう」

 マファルダとクララは頷き、声だけの案内が1階の魔法大臣、並びに次官室に到着したと教えた。

 格子の先にいたのは、お目当てのアンブリッジだった。

「ああ、マファルダ。トラバースに呼ばれた? そう、それじゃあ、行きましょう」

 上機嫌なアンブリッジはクリップボードに目を通し、さっさとエレベーターに乗り込む。

「今日はたったの4人ですわ。しかも、その内の1人は『闇払い』の身内とは……。流石は人狼と結婚するだけのことはあるわ。問題は父親ね。けど、今回は大物は……あら、クララ。どうして貴女がここに?」

 てっきり無視されると思っていた為、クララは一瞬、言葉に詰まる。マファルダに視線を向け、閃いた。

「母から、異動届を出せとせがまれています。その件でマファルダに相談を……」

 目配せし、マファルダは頷いた。

「良い心がけだわ、クララ。お母様もお喜びになるでしょう」

 蛙のように口を開き、アンブリッジはランコーンを見上げる。

「おはよう、アルバート。貴方、降りないの?」

「ああ、勿論だ」

 動じぬように答え、ランコーンは降りる。しかし、緊張は汗となり、彼の額に浮かんでいた。

 アンブリッジと3人の状態で格子は閉まり、エレベーターは動き出す。陽気なガマガエル婆の見つめ、クララは別の意味で緊張していた。

 バグマンを放つなら、今だ。

 鞄を凝視した後、マファルダを見やる。彼女も同じ、考えだ。

 

 ――コロン。

 

 マファルダはボールを静かに転がし、アンブリッジの靴へと当たる。瞬間、バグマンは飛び出してきた。

 背後の音に気づき、不審そうにアンブリッジは振り返った。

「やあ、ドローレス! 決裁を始めよう」

 無邪気に笑うバグマンは両手を広げ、軽快に挨拶する。雷に打たれたように硬直したアンブリッジの手から、クリップボードは滑り落ちた。

「ぎゃああああ!?」

 足にクリップボードが当たった拍子にアンブリッジは恐怖に慄き、関節が外れそうな程、痙攣した。

 そこまで狼狽する姿にクララはドン引きし、マファルダは何とも言えぬ表情で耳を塞ぐ。バグマンは心底、楽しそうに笑っている。

 停止したエレベーターの案内が聞こえない程に轟く悲鳴を上げ、格子が開くのも待ち切れずにアンブリッジは蹴破る。中年太りした体格からは想像も出来ない素早い動きで走り去った。

「君は私の次官だろ! 待ってくれ!」

 はしゃぎながら、バグマンも飛び降りた。

 嵐のような出来事にエレベーター待ちをしていた『闇払い』ドーリッシュ=ダートと『無言者』ブロデリック=ボートは呆気に取られた。

「なんだ……あれは?」

 ダートの質問にボートは首を横に振って答えた。

「バグマンが病院を抜け出したの。癒学生のセドリックが彼を探しに来ていたわ! セドリックに知らせましょう!」

 わざと大声を上げたクララは、ほとんど棒読みでマファルダに話しかける。乗り込もうとした人々をに緊急事態を思わせて、誰も乗せず無理やりエレベーターを動かした。

 2人きりの空間、エレベーター音を聞きながらクララはアンブリッジの形相を思い返す。一瞬、笑いかけた。

 だが、まだだ。笑うのは今ではない。

 マファルダは硬直したまま、唇が震えている。彼女達の目的は知らないが、あの2人を引き合わせる事は達成には至らない。クララはアンブリッジが置いて行ったクリップボードを拾い、今日の尋問に連れて来られたマグル生まれを確認した。

「テッド=トンクス……トンクスって、マッド‐アイの秘蔵っ子のニンファドーラ=トンクスの?」

 クララの呟きにマファルダは血相を変え、クリップボードを覗き込む。

「間違いないわ、さっきも『闇払い』の身内って言っていたもの」

 次のページを捲れば、記された名にクララは卒倒しかける。気づいたマファルダが肩を支えてくれた。

「ハーマイオニー……」

 今日の尋問にハーマイオニーがいる。ならば、マファルダに変身しているのは彼女ではなかった。

 もしも、マファルダ達の目的が救出であるなら、合点がいく。しかし、肝心の彼女はクララ以上に青褪めていた。

 8階に戻った格子が開き、そこにいるセドリックに驚いた。

「セドリック! 父親をまけたのね!」

 喜んだクララは仰天するセドリックの返事を聞かず、エレベーターに引っ張りこんだ。

「ランコーンとは一階で別れるしかなかったの。そこでアンブリッジに会って、私……マファルダがトラバースに呼ばれたと思ったのよ」

「多分、ヤックスリーの言っていた尋問の記録係だわ。ただでさえ職員の無断欠勤も続いているのに、あいつらの尋問に恐れをなして、逃げ出す人が後を絶たなくて……これを見て、今日の尋問にハーマイオニーがいるわ」

 クララとマファルダが縋っても、セドリックは妙に困惑した反応を見せる。しかし、話を遮らずに聞き入っていた。

 エレベーターでバグマンを解き放ち、アンブリッジが絶叫して逃げたところまで説明した。

 激しく揺れる中で、セドリックは無言のまま厳しい表情になる。そして、考えを纏めてから口を開いた。

「法廷に行くなら、今だ。10階に急ごう」

 その答えを聞き、やはり目的はハーマイオニーの救出だという確信が持てた。

「ただ気を付けてくれ、前々から父さんが言っていた。階を関係なく、部屋で雨が降っている。それは尋問が始まってからだ。クララが言うように記録係を放り出したくなるような何か……恐怖があるんだ」

 鋭い指摘にクララは感心する。杖を振い、無理やりエレベーターを下へ向かわせた。

「そこにある恐怖って……」

 マファルダは呟いてから、慄いて口元を手で塞ぐ。その反応を見てから、クララも気づいた。

 魔法省には雨が降っているのではなく、積った冷気が解けて大量の滴となって落ちている。存在するだけで冷気を招く魔法生物はいるが、アンブリッジが尋問に使える恐怖となればひとつ。

 『吸魂鬼』だ。

 よくも今まで気付かなかったと自らの愚かさに呆れる程、単純な事だ。

 案内さえない10階に到着し、久しぶりに訪れたが変わらずに暗い。エレベーターも逃げるようにさっさと動き出した。

 『神秘』とは違う通路を歩き、法廷へ続く階段を下りる。一段、また一段と下りる度に『吸魂鬼』の存在を証明するような冷気が足元から忍び寄ってきた。

 竦んだ足が廊下へ着いた時には体は寒気に震え、心は恐怖に怯える。クララの様子に気づき、セドリックが前を歩いてくれる。その背も震えていた。

 本当に灯りがあるのかも疑問する程に暗い廊下、まるで住み処のように吸魂鬼が何人も漂っている。法廷前のベンチに座らされたテッドと他のマグル生まれ達はうつ伏せになり、口を押さえて目を閉じる。

 唯一の女子たるハーマイオニーにだけ『吸魂鬼』が2体、ピッタリと張り付く。厳重に監視されていた。

(守護霊……)

 『守護霊の呪文』は未だ習得できずにいる。だが、使えたとしてもこれだけの数に対して幸せな記憶を紡ぎ出す自信はない。

「今日の尋問はなくなったと伝えましょう。『魔法不適正使用取締局』の局次長なら、疑わないわ」

「ええ、そうね」

 クララの提案を聞き、マファルダは白い息を吐く。震える肩を手で撫でてから、ベンチへ近寄る。4人は待ちくたびれたのだろう。ようやく現れた職員に機敏な動きで顔を上げた。

 マファルダは一度、セドリックを振り返ってから緊張を解すように唾を飲み込んだ。

「私は『魔法不適正使用取締局』の局次長マファルダ=ホップカークです。本日の尋問は中止となりました。お帰り下さい」

 彼らは安心するだろうと思った。しかし、テッドは血相を変えて立ち上がった。

「アンブリッジは? 私はどうしても、アンブリッジに会わなくてはならない」

 『吸魂鬼』に囲まれている状況の為、テッドは声を抑えて訴えて来た。

「アンブリッジ氏は緊急の用件で来られません。伝言がおありでしたら、お受けいたします」

「ああああああああ!!」

 滑らかに言い終えたマファルダの説明を悲鳴が台無しにする。どうやら、アンブリッジは法廷まで逃げ込んで来た様子だ。

 こんな場所で叫べば『吸魂鬼』の格好の餌食というのに遠慮なく叫び続けている。その理由はすぐに知れた。

 ドタドタとこちらへ駆け寄ってくるアンブリッジの肩には小さく薄くても銀色に輝く猫が捕まっていた。不気味に笑うバグマンに追われても、自身の幸福を忘れぬ心は敬服に値する。寧ろ、『守護霊の呪文』が使えた事に驚きだ。

 不意にクララの視界に人が増える。

 それはアンブリッジへ向けて突進し、胸倉へと拳を叩きつける。その衝撃で中太りの体は吹っ飛び、追いかけてきたバグマンも巻き込んで倒れた。

 誰かと思いきや、ウォーリーだ。

「あ、貴女、どうやって……」

 姿を隠す方法はいくらでもある。我ながら、滑稽な質問だ。

 呆気に取られたクララを余所にマファルダはウォーリーへ耳打ちして何かを確認していた。

 ただでさえ、冷えていた空気が更に凍る。アンブリッジへの攻撃に『吸魂鬼』も動き出し、クララ達を獲物として襲いかかってきた。

「「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ、来たれ!)」」

 逸早く杖を構えたウォーリーとセドリックは臆せず、『守護霊の呪文』を唱える。それぞれアルマジロとアナグマが銀色の輝きを放ち、迫ろうとした『吸魂鬼』を払う。この隙にハーマイオニーとテッド、他2人はクララとマファルダの腕を引いて出口へ走り出した。

「セドリック!? 貴方!!」

 何故か動揺したマファルダはセドリックへ向け、叫ぶ。

「いいから、走れ!」

 セドリックは『吸魂鬼』へ杖を向けたまま退き、バグマンを起こそうとする。ウォーリーは覆いかぶさっているアンブリッジを退かし、彼の胴体を肩に担ぐ。大人1人分の負担を抱えながら、彼女はあっさりと皆に追いついた。

 エレベーターが視界に入った時、ちょうどランコーンが降りて来た。

 しかも、セドリックも一緒だ。

「ハーマイオニー!?」

 ランコーンは間抜けな声で叫び、彼の隣のセドリックも殿を務める己の姿に驚いていた。

「まだ来るよ!!」

 ハーマイオニーの忠告通り、『吸魂鬼』は追ってくる。ちょうど一体がウォーリーの頭に触れそうになり、直接、触れないように腕輪ごしに払っていた。

 彼らに向け、エレベーターのセドリックは杖を構えた。

「エクスペクト・パトローナム(守護霊よ、来たれ!)」

 銀色の牡鹿が放たれ、『吸魂鬼』を追い払う。そのお陰で全員、エレベーターに乗り込めた。

 ウォーリーは荷物を下ろすようにバグマンを床に寝かせる。セドリックは彼の寝息と顔色から、命に別条がないと判断した。

「遅いわ!」

「アンブリッジの事務所を探っていたんだ!」

 上階へと動く中、マファルダとランコーンは文句を言い合う。2人のセドリックはお互いの姿を見つめながら、黙っていた。

 DAでセドリックの守護霊がアナグマだと知っている。そして、牡鹿の守護霊はハリーだ。

 ハーマイオニーを助けに来るなら、ハリー以外いない。彼にとっても、最も危険な場所に乗り込んできた。

(それなのに……私は……)

 不満を抱きながら、唯々諾々と仕事を続けて学友達も助けない。

「テッドさん、すぐに家へ帰って下さい。娘さんには貴方の助けが必要なんです」

 ハリーは静かな声でテッドへ訴える。彼はウォーリーの手元をじっと見つめる。クララは気になり、こっそりと盗み見る。首飾り程度の鎖が見えた。

 それから、ハリーを渋い顔で眺めた。

「……私は余計な事をしたようだ。……全て君に……君達に任せる……。帰るよ、家族の……妻が待つ家に……」

 切ない声に胸を締め付けられる。同時に強い覚悟を感じた。

「8階に着いたら、僕に連行されているフリを忘れないでくれ。何か聞かれても、僕が話すよ」

 遠慮がちにランコーンび提案を聞き、セドリックはバグマンの心音を確認したまま数秒考えてから、深呼吸して答えた。

「僕は一緒に行けない。僕の目的はバグマンの保護だ」

 セドリックが断ると8階に到着し、その途端に異常事態を知らせる警戒音が響いた。

 これが鳴ってしまうと侵入者対策として一時的に全ての出口が封鎖される。

「誰かが下の騒動に気づいたな」

 ウォーリーが忌々しげに舌打ちした瞬間、床に吸い込まれるように姿を消した。

「僕はいいから、行くんだ」

 今にも倒れそうな程に青褪めたセドリックは皆をエレベーターから押し出し、バグマンと共に行ってしまった。

 確かにセドリックが同時に2人いる姿は見られてはいけない。彼の判断は正しい。ハリーは心配そうにエレベーターを見ていたが、ランコーンに肩を叩かれた。

「知らぬ顔をして行って!」

 眩暈に襲われながらもクララは他の職員のように警戒音に何事かと動じる素振りを見せながら、急ぎ足で暖炉へと向かう。そこへ別のエレベーターから現われたヤックスリーがハーマイオニーを見て、険しい顔で叫んだ。

「アルバート! その娘だけは逃がすな! 聞いているのか!」

「この娘は錯乱している! 病院で診察を受ける必要があるんだ!」

 ランコーンも叫び返しながら、ハーマイオニーの腕を掴んで暖炉へと飛び込む。マファルダとハリーは慌てて続こうとしたが、その暖炉は封鎖されてしまう。仕方なく、他の暖炉へと別々に飛び込んだ。

 テッドはヤックスリーへと立ち向かう。その間にマグル生まれの2人も別々の暖炉へ逃げ込んだ。

 迷いなく、ヤックスリーは杖を抜く。それよりも早く、クララはほとんど条件反射でテッドの前に立った。

「やめて!」

 クララの懇願を聞き入れず、また、ただの職員を殺すのを躊躇う男でない事はわかっている。この瞬間、確かな死を覚悟した。

 緊迫した空気にクララを助けようとテッドが動くより先に、ヤックスリーはダートに横殴りにされて床へと叩き伏せられた。

 自分の身に起こった出来事に一番動揺したヤックスリーは状況を把握するのに時間がかかった。

「な、何をする! ドーリッシュ!」

「貴様にはドローレンス=アンブリッジへ暴行した疑いがある! マグル生まれを追いかけるフリをして逃亡などさせん!」

 殴ったのはウォーリーであり、現場にはヤックスリーはいなかった。

 ダートの思惑はわからないが、絶好の機会にクララは便乗して叫んだ。

「ええ! 私、見たわ! この男がいきなりアンブリッジを!」

 周りの職員もクララの声に野次馬根性と怖い物見たさで集まり、ヤックスリーへと困惑と疑惑の視線を向ける。だが、誰も助けに入らず、弁護しようともしない。そんな群衆を彼は恐ろしい形相で睨んだ。

「貴様ら! ただで済むと思うなよ!」

 集まってきた他の『闇払い』もダートに助力し、ヤックスリーを取り押さえる。それを見ながら、クララは後ろを振り返る。テッドの姿は人々に紛れて見えなくなっていた。

 

 ――逃がせた。

 

 久方ぶりに味わう達成感に浸った後、クララはクローディアへの哀惜に咽び泣く。足の力をなくして座り込む。唐突に泣き出した彼女の心情を誤解した職員達は必死に慰めてくれた。

 

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 魔法省での騒動がスネイプの耳に入ったのは、事件から3日後の事である。呆れ果てた内容に眉間のシワをより深くし、溜息を口中で殺した。

「ちなみに言えば、俺も昨日、聞いたばかりだ。ハーマイオニー=グレンジャーが尋問に現れた件も何もかもな。やはり、ヤックスリーは信用できん。魔法省の権限はほとんど奴の物だと言うのに、まだ手柄が欲しいらしい」

 真夜中の報告に来たクラウチJrは校長の机に腰掛け、うんざりした顔で盛大に溜息を吐いた。

「降りろ、バーティ。それでアルバート=ランコーンとマファルダ=ホップカークから、話は聞けたか?」

「聞いて来たよ。だから、報告に来たんじゃねえか。そいつらはその時の記憶はなかった。ついでにガマガエル婆は証言を拒みやがった。セドリック=ディゴリーはバグマンの確保に来ただけで、父親のエイモスも騒動は無関係を主張はしている。そのバグマンは支離滅裂な事ばっかりで言いやがって、会話にならん」

 聞かずとも、スネイプは状況を理解出来る。その場にいた2人の職員は『ポリジュース薬』で変身した別人、侵入者の目的はハーマイオニー=グレンジャーの救出ではなく、アンブリッジの持つレギュラスのロケット。闇の帝王が自ら隠した品故、『分霊箱』の可能性が高い代物だ。

 記事の写真に気づいた時は、スネイプも肝を冷やした。

 そもそも、ハーマイオニーも偽者。おそらく、シリウス=ブラックか、彼の協力者による変身。目的は同じロケット。『分霊箱』とは知らず、レギュラスの形見故に取り戻そうとしたのだろう。騎士団としてではなく、シリウス=ブラックの独断によるものだ。

 前者と後者は意図せず、鉢合わせになったに過ぎない。確認はとれまいが、これもダンブルドの思惑通りなのだろう。

 肖像画を見ず、意識を向ける。スネイプの意識を察し、前任の校長は素知らぬ顔で白い鬚を撫でた。

「だが、気になる点があってな。アルバートは意識を失う前にクララ=オグデンに挨拶されたと言うんだ。ヤックスリーがアンブリッジを襲ったと証言したのも、彼女だ。事件後も自宅どころか、部屋からも出て来ないそうだ」

 クララ=オグデン。

 オグデン家は多くの魔法省役人を輩出し、両親ともに高官である。彼女個人はジュリア=ブッシュマンの友人でもあった。

「『錯乱の呪文』の犠牲者なら、辻褄は合う。学生時代も余計な諍いを生まぬ監督生であった。その態度は自身が術にかかり、嘘の証言をした故に責任を感じておるのだ」

「……彼女の両親と同じ見解か……。そう言えば、ドーリッシュも『錯乱の呪文』にかかりやすいと言っていたな。奴自身が脱走の手引きをした可能性は?」

 涼しい顔をしているが、クラウチJrの目つきはスネイプを疑う。一挙一同を見逃さぬ、獣のような鋭い視線を肌で感じた。ヤックスリーのように情報を隠していないか、見定める為だ。

「ない。ドーリッシュは任務に忠実、むしろ、不測の事態に対応できんのが玉に瑕なくらいだ」

 目を合わせずに答えるスネイプへ返事もせず、クラウチJrは机から降りる。今思い出したように首だけ振り返った。

「そうそう。その日、スカビオール達は妙な魔法使いに会ったそうだ。気味が悪いから見逃してやったと言っていたが、怖いくらい綺麗な顔をしていたんだと……なあ、セブルス。コンラッド=クロックフォードだと思うか?」

「そう思うなら、調べたまえ。君の仕事だ」

 予想通りの答えだったらしく、クラウチJr.は扉のノブに手をかけた。

「次に来るまでに内装を変えておけ、おまえの趣味とは合わん」

 校長室は家具の配置から、棚の魔法道具まで前任者がいた頃のままにしてある。

「生憎、そんな暇もない」

 今、変えていない理由を正直に答える。クラウチJr.は更に何も言わず、退室した。

 

 壁にかかる絵にいるはずの住人の姿がない。

 廊下の天井を見上げれば、幽霊が客人であるクラウチJrと目を合わさぬように壁の向こうへ消える。自分とは違う足音が聞こえ、足を止めた。

 廊下の曲がり角から、黒い外套に身を包んだクィレルが現れる。杖の先端に灯した光でクラウチJrの顔を確認し、挨拶代わりに溜息を吐いた。

「生徒が脱走したかと思ったぞ」

「その口調だと出るんだな、脱走。マグル生まれ贔屓の連中か?」

 嫌味に対し、クィレルは苦笑する。

「まだ出ていない。そちらは何か問題か?」

「セブルスから聞くと言い、俺はもう頭が痛くて堪らん。……俺の役目はベラにでも任せて、こっちにすれば良かったな」

 足の引っ張り合いをする連中とマグル生まれ狩りを行うより、ホグワーツ勤めが楽だ。

 ヴォルデモートから信頼され、今の役割を任されたはずなのに心は躍らない。こんな気持ちの変化に驚いているが、理由はクラウチJr自身が十分、理解しているつもりだ。

「あの小娘がいないだけで……こんなにもつまらないのだな……」

 クローディア=クロックフォードを殺す。その目標を失ってから、燃え滾っていた感情が土でもかけられたように消えてしまった。

 それでも、あの女への執着は消えていない。ヴォルデモートへの忠誠も何も変わっていない。

 ただ、つまらない。

「クィリナス、俺だけか? 俺だけが、小娘がいなくてつまらないのか?」

 『死喰い人』としてではなく、ただ1人のバーティ=クラウチJr.として問う。

「……私もつまらないよ」

 皮肉めいた笑みを見せながら、クィレルは目も合わせずに一言だけ返した。

 




閲覧ありがとうございます。
魔法は力なりと言いながら、本当に矛盾だらけの法律である。
アンブリッジは生きています。色々と精神的にやられましたが、すぐに立ち直るでしょう。

わかりにくかった人への補足。
セドリック→ハリー。ランコーン→ロン。マファルダ→ハーマイオニー
テッド=トンクス→ルーピン。ハーマイオニー→???
2人のマグル生まれ→ディーンとジャスティンです。

●ダーク=クレスウェル
 『小鬼連絡室』室長、家系図捏造の罪で逮捕、移送中に逃亡。
●マファルダ=ホップカーク
 『魔法不適正使用取締局』の局次長、アンブリッジの認める優秀な職員。
●アルバート=ランコーン
 ヤックスリー側の魔法使い。ダークやカタモール夫人を告発した。
●スカビオール
 『人さらい』。原作では狼人間ジジイの子分だったが、映画ではリーダー格に配置されていた。


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