こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。

注意事項をおひとつ、グリンゴッツ潜入シーンはカットしました。
原作では5月の出来事ですが、3月に行われています。

視点が3つに分かれます。


11.掴まされて

 

 玄関の扉を開けた瞬間、ルーナから抱き締められる。その後、彼女の痛くない手の平で何度も頭を叩かれ、はぐれないように腕を引っ張られて居間へ着いた。

 ハーマイオニーとロン、ビルはウォーリーの姿に安堵の息を吐く。ハリーは何故か、仁王立ちしたフラーに見下ろされていた。

「提案がある。聞きたい者だけが残って欲しい」

 途端にルーナはウォーリーから離れ、フラーの背を押して階段を昇って行く。彼女は聡い、自分達が聞くべきはないと瞬時に判断したのだ。

「その前にいいかな?」

 腕組みをして暖炉にもたれていたビルはウォーリーを真っ直ぐ見つめる。その視線は複雑な感情が入り混じっていた。

「君は……クローディアなのか?」

 ウォーリー以外の3人は背筋に寒気が走り、青褪める。ベッロの死を嘆き悲しむ姿から、見抜かれたのなら、動じても仕方ない。

「答えられない」

 真っ直ぐ見返したウォーリーにビルは感情が高ぶったらしく、眉を寄せて片手で顔を覆う。目の端に浮かべた涙を指先で拭ったのが見えた。

「何をすればいい?」

 涙の意味はわからずとも、ビルは話を聞いてくれる。ハリーは少し納得できない顔つきだったが、ロンの肘打ちで諭された。

「ベラトリックス=レストレンジを自分の金庫に行かせる。ビルが案内して欲しい。グリップフックにはビルこそが案内すべきだと同僚達を納得させて欲しい。私達は隠れて着いて行く」

 いつ訪れるかを恐れて急くのではない。自分達に都合良く行かせるのだ。

 一瞬の沈黙の後、ハーマイオニーはウォーリーの考えを読み、疑問を口に出す。

「それに金庫への案内役ってゴブリンが行っているんじゃないの? 一度、銀行から逃げ出したグリップフックの意見を聞くかしら?」

「その質問に答える前にビル、レストレンジの金庫にあるグリフィンドールの剣が模造刀だって知っているか? そして、ベラトリックス=レストレンジは先程、グリップフックが本物と鑑定した剣を持っている。真偽を確かめるために必ず、自分の金庫へ行かなければならない」

 ビルは様々な意味で驚愕し、自分の口元に手を当てて考え込む。5分近くの長考を見守った。

「……可能だ。僕1人だけとはならないが、案内を押し付けられるだろう」

 ハーマイオニーは予想外の返答に意味を飲む。

「どうして、そんな……?」

「金庫の剣が偽物だったり、盗まれていたら、誰かに責任を押しつけたがるだろう。ウィーズリー家は純血派にとっては『血を裏切る者』、魔法族の同僚は庇いはするが、僕を差し出すだろうな。ゴブリン達も自分達に害が及ばないなら、僕が都合が良い」

 『血を裏切る者』。その言い方にハリーは怒りで眉を寄せる。

「君達は立派な魔法使いだ」

「ありがとう、ハリー。けど、いいんだ。『死喰い人』どもが僕達をそう言うんなら、何の恥もない。誇り高い『血を裏切る者』だ」

 ロンは胸を張った。ハーマイオニーは共感し、彼の腕にその腕を絡ませて頭を乗せた。

「ところで僕は勿論、協力するけど、グリップフックをどう説得するか考えているかい? あいつは確実に見返りを求めて来るぞ。それこそ、本物の剣を寄こせと言いかねない」

 ビルは本物の所在について確信を持つような口調だが、それは親身になって心配してくれているとわかる。

 目を見開いたハーマイオニーは閃いたようにロンから腕を離し、ビーズバッグを漁り出す。ようやく見つけ出したのは、綺麗な柄の布に包まれた硬貨だった。

「これなら、どうかしら? レプラコーンの……幻の金貨! 私達が見に行ったクィディッチ・ワールドカップでクローディアが手に入れて、誕生日に私にくれたの。ビル、話してくれたわよね。50年くらい保管されて、24時間、見張られている金貨の話!」

 手に入れて贈った本人がすっかり忘れていた。

「……僕、忘れてた」

「僕も……というか、ハーマイオニー、よく覚えているよね」

 ハリーとロンは顔を見合わせ、肩を竦めた。

 ビルは金貨を見つめ、手に取らずに目に称賛を浮かべた。

「勝算は半分だけど、僕らのほうに傾いているよ」

 まだ何の交渉もしていないのに、ビルの幸先の良い意見にロンは感謝していた。

 そして、踏み入れた事のない夫婦の寝室にグリップフックを動かし、5人で話し合いを行えば、難航した。

 ハリーがベッロをその手で埋葬した事に批判めいた口調で「変な魔法使い」と称したかと思えば、自分自身を救った事に感謝はせずとも、違う意味で「でも、とても変な魔法使い」と結論付けた。

 協力を願っても、曖昧な返答を繰り返す。しかし、ハリーが決して利益の為に金庫へ向かうとは思っておらず、ただ唐突に魔法族を『杖を持つ者』と呼び出した。

 そして、魔法族が杖を持ち始めてからゴブリン族との間で行われた論争まで語り出した。

 以前、マクゴナガルが話してくれた『杖使い』の歴史。

 それによれば、妖精族はどんな杖を用いても魔法を強力に出来ず、フリットウィックのような特別か、ハグリッドのような人間との混血しか、杖を使えないという説明だった。

 だが、ゴブリン族はそれを杖の術を独占したと解釈して、長年の恨みの一つして抱えていた。

(まだドビー達のほうが話が通じる)

 殴りかかりたい衝動を必死に抑え、ウォーリーは『屋敷妖精』が魔法族に仕える立場に甘んじているのは、争いの果ての無意味さを知っているから、唯々諾々と隷属される道を選んだのではないだろうかと思い始めた。

 なんとか、ビルが間を取り持ち、報酬として幻の金貨を渡すところまでこじつけた。

「貴方は2枚目の金貨を手に入れた名誉を手に入れる」

 今の所有者たるハーマイオニーが両手で金貨を差し出し、グリップフックは可愛くない円らかな瞳を輝かせる。皆の視線を気にしつつも、前払いとして受け取った。

 気力をほとんど使い果たし、4人はげっそりとした表情で部屋を出る。ビルはゴブリンの態度に慣れており、精神的消耗を感じさせなかった。

「どうする、ハリー? 少し休むかい?」

 ビルは向かいの部屋を親指で指し、ハリーに問う。彼は手振りで向かうと答えた。

「なら、僕は遠慮しておく」

 階段を下りて行くビルに礼を述べ、ハリーは向かいの扉を遠慮なくノックした。

「誰がいるんだ?」

「オリバンダーさん」

 ハーマイオニーに言われ、ウォーリーは彼らがオリバンダーを何の目的もなく、見舞いだと勝手に考えた。

 この部屋は窓から、暗くてもベッロの墓がよく見える。グリップフックが掘る様子を見ていたと言うのは本当だった。オリバンダーは老人の領域を超えて、痩せ細り、骸骨に肉が付いている印象を受けた。

 一年以上の監禁生活による様々な苦痛が肌に伝わってきた。

「お休みのところ、すみません」

「いやいや、貴方はわしらを救い出してくれた。あそこで終わると思っておったのに……」

 まずはハリーが挨拶をし、詫びを入れる。オリバンダーはか細い声で感謝を述べた。

「お助け出来て良かった」

 感慨深い声を出し、ハリーはオリバンダーの無事を喜ぶ。そして、寝台に横たわる療養の杖作りと目線を合わせ、自分の杖を取り出して両手で差し出した。

「オリバンダーさん、教えて貰いたい事があります」

「何なりと何なりと」

 弱弱しくか細い声には命さえ差し出してでも、恩に報いる気持ちがある。

「杖が持ち主の意思がなくても、助けてくれる事はありますか?」

「勿論、ありますとも」

 ずっと抱えていたハリーの疑問をオリバンダーはあっさりと肯定した。

「杖が魔法使いを選ぶのじゃ。そこまでは杖の術を学んだ者にとって、常に明白なことじゃった」

 その言い方がそれを信じぬ者に踏み躙られた悲しさを伝える。記憶が刺激され、ウォーリーが店に行った時もオリバンダーの姿をしたフラメルも似たような言葉を言っていた気がする。

「では、兄弟からのお下がりの杖では選ばれた事には値しないのですか?」

 ハーマイオニーの質問にオリバンダーは穏やかな視線を向ける。

「他人の杖を得る時、どんなふうに手に入れたかが関係してくる。杖そのものを負うところもまた大きい」

 更に杖を勝ち取ったならば、杖の忠誠心も変わる。使えはするが、最高の結果は杖との相性が一番強い時に得られる。また、このつながりは複雑であり、最初に惹かれ合い、それからお互いの経験を通して探究すると加えた。

「杖は魔法使いから、魔法使いは杖から学ぶ……」

 衝撃を受けたロンは呟いた。

「ポッターさんのお友達はとても賢い」

 オリバンダーはこの場にいて、弱弱しくも初めての笑みを見せる。純粋に話を受け入れてくれるロンの態度を喜んでいた。

(お下がりの杖では忠誠は得られない……)

 ポケットに忍ばせたドリスの杖に知らずと手を当てる。

「だとすれば、グリンデルバルドは『ニワトコの杖』の忠誠を得ていたんでしょうか? 奪い取るのは勝ち取ったと同じでしょうか?」

 ウォーリーの質問にオリバンダーは口を噤んで青褪める。ハーマイオニーとロン、両脇から肘打ちを食らって我に返る。思わず、グリンデルバルドがグレゴロビッチから『ニワトコの杖』を盗み、我が物としていた事実を知っている前提で質問してしまった。

「……何と言いましたか? あのグリンデルバルドが『ニワトコの杖』を持っていた? ダンブルドアが倒した闇の魔法使いが――?」

 オリバンダーはただでさえ骸骨の顔から生気を無くし、布団を掴む手が震えていた。

「知らなかった……知らなかった……知らなかった」

 明らかな失態にウォーリーはハリーに視線で助けを乞う。

「ええ、当然です。盗まれたグレゴロビッチでさえ、その人がグリンデルバルドだとは知らなかった。僕達も最近、気づいたんです」

 まるで罪を暴かれた罪人のようにオリバンダーは慄いてハリーを凝視する。これ以上の何かを話される前に声を上げた。

「噂じゃった! 何年の前の噂じゃった。貴方が生まれるよりずっと前! わしはグレゴロビッチ自身が噂の出所だと思っておる」

「オリバンダーさん、落ち着いて下さい。『ニワトコの杖』が本物だなんて、どうしてわかるんですか?」

「もっと、言葉を選んで!」

 ウォーリーはまたハーマイオニーから肘打ちを食らった。

「見分けられるとも、杖の術に熟達した者ならば必ず。文献があるのじゃ、不明瞭な記述も含めた文献がな。わしらは杖作りはその文献の研究こそが本分、いずれは『ニワトコの杖』の複製が目標じゃと言ってもいい」

 ハーマイオニーがその文献に興味を抱くが、ウォーリーは『ニワトコの杖』は杖作りの間では常識なのだと理解した。

 そして、一本の杖として存在している。

 ただ、見舞に来ただけで随分と怯えさせてしまった。

 ハリーは冷静にそれでいて、何か考えていた。

「オリバンダーさん、最後にひとつだけいいですか? 『死の秘宝』について知っていますか?」

 それがオリバンダーには突拍子もなく、愛嬌が出る程にキョトンと返された。

「……何のことか、え? それは杖とどういう関係があるんだね?」

 あれだけ『ニワトコの杖』を熱弁しておきながら、正反対の反応に驚かされる。

「ありがとう、本当にありがとうございました。ゆっくりと休んでください」

 立ち上がったハリーは一度、オリバンダーに背を向ける。追及はしないが、唐突に突き放されたように杖作りは愕然と見送った。

 廊下に出た途端、ハリーは杖を振って『耳塞ぎ呪文』をかける。

「どうするんだ。ハリー、杖を取りにホグワーツに行くのか?」

「いいや、僕らはあくまでも、『分霊箱』を探す。あいつは杖の忠誠を得られない。だから、杖は真の力は発揮しない。ダンブルドアはこれを伝えたかったんだと思う」

 緊張するロンの声にハリーは冷静だ。

「ハリー、学校には行こう」

「ウォーリー……」

 咎めようとするハーマイオニーを失礼がないように口を塞ぐ。

「『憂いの篩』を使いたい。ベッロの遺した『憂い』を見たい」

 真剣に乞う。ハリーはベッロの名に一瞬、口元を引き締めた。

「早くても……残りの『分霊箱』を破壊した後なら」

 ハリーはハーマイオニーとロンに視線で意見を問う。

「ええ、それで構わないわ」

「僕もだ。上手く行けば、杖をどうにかできるかも……ダンブルドアの墓を暴くって意味じゃないよ?」

 ロンなりの笑い所に笑顔を作れる余裕はなく、ウォーリーは生暖かい視線で彼の肩を叩いた。

 

 居間に降りれば、ビル、フラー、ルーナの3人が紅茶を飲む準備だけして待つ。ハリーは話は終わったと礼を述べた。

 遅い夕食を済ませ、珍しくロンが食器を片づけに台所に立つ。ハーマイオニーが傍につき、ウォーリーはルーナと一緒に用意された寝室へ案内される。そこは以前の滞在した部屋だ。

 2人だけになり、無事なルーナの姿を改めて眺める。かすり傷などは見受けられるが、弱り切ったオリバンダーや暴力を受けたグリップフックに比べれば、彼女は健常な状態に等しい。

「助けられて良かった……」

「オリバンダーさんが話をいっぱい聞いてくれたもン。グリップフックさんも時々、笑ってくれた」

 ルーナはウォーリーの首筋に抱きつき、小刻みに震える手で背中の服を掴んだ。

「ハーマイオニーから聞いたよ。あたし達を助けに行こうって言ってくれたって」

「私が言わなくても、皆、言い出した……」

 謙遜ではない。ハリーはルーナの精神的強さを誰よりも信じていた。

「それでも……ありがとう」

 首筋にかかる息は重く震え、ウォーリーはルーナの背中に手を回して抱きしめ返す。向日葵のような肌の匂い、血肉通った温もりを失わなかった。

 その実感に目尻から、涙が零れた。

「生きていてくれて……ありがとう」

 脳髄の奥から溢れ出た感謝が言葉となって口に出た。

 ルーナは優しい吐息で答えてくれた。

 

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 ウォーリーとルーナが先に寝室へ行き、フラーは食器を洗うロンとハーマイオニーに付きっきりだ。

「ハリー。例の件だが、決行日は僕に決めさせてくれないか?」

 唐突のビルの頼みに食後の紅茶を飲もうとしたハリーは反射的にカップから目を離し、真剣な態度の彼を見やる。正直、ベッロの死で、予想以上に疲弊した脳髄と心は何も考えたくなかった。

 だが、大事な話は先延ばしにしてはならないと知っている。

「こちらから、お願いしたい。もう決まっているなら、教えて貰える?」

「ジニーがイースター休暇でホグワーツを離れてからだ。それまでに『隠れ穴』にいる皆も脱出させる。この件がどんな結果になろうが、ウィーズリー家は『死喰い人』に敵対行動を取るからな」

 愛しきジニーの名。この場に彼女が傍にいれば、まず間違いなく、その柔らかい肌に縋りついて遠慮なく哀惜に涙しただろう。

 そんな考えに頭を振う。ハリーがオリバンダーと話している間、否、ウォーリーが乞うた時からビルは自らの家族への配慮に脳髄を働かせた。

 目先の事だけでなく、全体を見る。ハリーも見習わなければならない。それが出来ていれば、ベッロに屋敷から逃げろと命じられた。

「わかった、任せるよ」

 ハリーの返事にビルは承知し、優しく頷いた。

 庭に張ろうとしたテントをビルの提案で居間へ無理やり、張る。ハリーとロンはその中で寝た。

 実際は布団に体を横にしただけで、ハリーは瞼も意識も降りない。いつも鼾の五月蠅いロンも静かな呼吸を繰り返している。彼も寝れないのだ。

 

 翌朝、目の下に隈を晒したウォーリーとハーマイオニーを見て、彼女らも寝れなかったと知る。

 3日後にビルからホグワーツのイスター休暇を3月であり、レストレンジの金庫は特別な命令が出ていると教えられた。

「つまり……ベラトリックス=レストレンジの偽物が現れると想定しているんだ。本人達はどうしているの?」

「そこまでは僕にはわからない。ただ……命令を出しに来たのは本人じゃなく、トラバースだった。何かあったんだろう」

 ビルの説明にハリーは『死喰い人』側の状況を読む。オリバンダーを逃がした責任、それを誰に負わせるかで勝手に揉めている最中なのだ。

「なら……行方不明だったオリバンダーは無事に救出された事、グリンゴッツの金庫からグリフィンドールの剣が盗まれた可能性ありと【ザ・クィブラー】に載せよう。他にも【日刊預言者新聞】や【週刊魔女】、魔法界にある雑誌に情報を提供しよう」

 ウォーリーの提案にハリーも吃驚だ。ロンとハーマイオニーは顔を見合わせ、ビルは深刻そうに口元を手で覆う。

「言っちゃ悪いが、【ザ・クィブラー】以外は奴らの手に堕ちている。それをわかっているかい?」

「記事として載せられないかもしれないし、改変されるかもしれない。だが、出版社業界に噂は流れる。そういった噂は闇の帝王にも止められん。そんな噂を潰して回るより、ベラトリックス=レストレンジに真実を確認させたほうがマシだろう。あの魔女は自尊心が高そうだった。きっと、自分の手で確かめる」

 ハリーも同感だ。ヴォルデモートはこんな失態を決して許さない。必ず、一度は行く。

 その協力者であるグリップフックは柔らかい寝台での寝心地が良く、毎度の食事を運ぶように催促している。

「ゴブリンって、いつもあんなに感じなの?」

 夕食を運んだロンは悪態吐いた。

「……ただ、話すだけなら、向こうに合わせて喋るんだ。辛抱強くね、だが……もしも何か取引をしようしているなら、それが宝に関する取引なら、特別に用心する必要がある。ゴブリンの所有や代償、報酬に関する考えた方は、俺達と違う」

「どう違うの?」

 ハーマイオニーの質問攻めが始まり、ウォーリーとハリーは早々に食事を終えてフラーの代わりに食器洗いを申し出た。

「ゴブリンにとってどんな品でも、正当な真の持ち主はそれを作った者であり、買った者ではない。特にグリップフックは強硬派の1人だ。買った者が死んだら、その品は作り手に帰すべきだと考えている」

「じゃあ、グリフィンドールの剣もゴブリン族にとっては自分達が所有者なのね」

 食後の紅茶も終え、ハリーがシャワーから出て来てもハーマイオニーとビルの話は終わってなかった。

 怪我が良くなったグリップフックを食卓に来させるようになり、接する機会が増えてもハリーは彼が好きになれないと結論付けた。

「荒れてた頃のクリーチャーがまだマシ」

 呆れたウォーリーの呟きに同意した。

 

 真夜中の時間、アーサーがビルとだけ会話をして去ったのを見た。

 この家に『忠誠の術』を施す為に、アーサーを『秘密の守人』にしたという。騎士団の何人かには招けるようにしておくそうだ。

 【ザ・クィブラー】には無事、記事が載る。他はひとつとして駄目だったが、ウォーリーの目論見通りなら、噂は広がるだろう。

 オリバンダーは寝台から起き上がれるまで回復し、ルーナの為に杖を作ってくれた。

 早速、ルーナは庭に出て、軽やかに舞うような動きで杖を振う。それをウォーリーは傍らで眺める。その様子が微笑ましく、背景に見えるベッロの墓も一枚絵のように美しかった。

「オリバンダーはもう動かせるから、ミョリエルの家に行かせるよ。ここは大人数には不向きだ」

 ビルの話にルーナはオリバンダーとの別れを惜しんでいた。

 その前日、ハリーはオリバンダーに食事を運ぶ。あの日以来、話をしていない。しかし、聞かねばならない質問がある。ウォーリーの前ではどうしても出来なかった。

 寝室に訪れたハリーにオリバンダーは狼狽を隠さない。

「ポッターさん……わざわざ」

「お礼は言わないで下さい。明日、ビルの大叔母さんの家に移ります。その前にどうしても、質問したかったんです」

 お盆をサイドテーブルに置き、ハリーは傍に椅子へと腰掛ける。緊張に息を飲むオリバンダーは質問だけは聞く姿勢を見せた。

「シギスマント=クロックフォードを知っていますか?」

 オリバンダーから怯えが消える。言い知れぬ感情を込めた銀色の瞳がハリーを見返した。

「その名は聞きとうない」

 英国一の杖作りからこのような反応をされるなら、シギスマントは杖作りですらない。思えば、彼は錬金術師ニコラス=フラメルから破門されている。

 杖を作るには『杖の術』を学んで、極める。シギスマントは自分で作った杖を『分霊箱』にしてから、この世を去った。

「彼に『杖の術』を教えたのは貴方なんですね」

 オリバンダーは答えない。同じ表情のまま、眉ひとつ動かさない反応が肯定を示している。そして、彼はそれを後悔している。シギスマントは独学で得た可能性もあったが、当たりだ。

「ポッターさん」

 拷問されていた時よりも、深く重い口調で呼ばれて我に返った。

「もしも、その名を持つ男の遺品を見つけたのなら、……関わってはいかん。『例のあの人』がいるこのご時世にあの男がいない。それは幸いじゃと、わしは思うている」

 遅すぎる警告。既にハリーは遺品そのものと関わっている。ヴォルデモートの絆よりも太く赤い鱗の蛇によって、2人の縁は繋がっている。絶対に切れはしない。

「わかりました。ありがとうございます。明日はここより、安全な場所に行きます。どうか、お元気で」

 立ち上がったハリーはオリバンダーの視線に引き留められる。

「ポッターさん、わしは……あの男に瓜二つの顔に2度会っておる。1人はボニフェース=アロンダイト、とてもいい子じゃった。顔が同じ他人とはよく言ったもんじゃ……。じゃが、コンラッド=クロックフォードはあまりにも、奴に似すぎておる……。ポッターさん、わしはまた間違えてしまったんじゃろうか?」

 顔の向きも瞬き一つ動かさず、オリバンダーは問う。口元だけが微妙に笑っているのは、恐怖故だろう。

「今、名前の出た2人は親子です。似ているのは当然です。それに……貴方は間違っていません。もう忘れて下さい。忘れていいんですよ」

 大事な事柄を忘れてはならないと言う。しかし、忘却は救いに繋がる。オリバンダーは十分、覚えたまま苦しんだ。ハリーは心からそう思う。

 緊張が解けたオリバンダーは愕然とハリーではない明後日の方向を眺めてから、弱弱しく微笑んだ。

「では、そうさせて貰おう……」

 初めて会った時の優しい口調でそう告げられ、ハリーは鷹揚に頷いた。

 

 翌日の夜、ゴブリン製のティアラを預かったオリバンダーはビルと共に『付き添い姿くらまし』して去る。ティアラを見た時のグリップフックの態度は強奪しそうな雰囲気で、変に緊張した。

 夕食の席はルーナの声だけが聞こえ、ウォーリーだけが楽しそうに応じる。

「……それから耳がちっちゃいの」

 兄の身を案じ、落ち着かないロンはラジオを取り出して周波数を弄った。

「お、やった! 放送再開だ!」

 ロンは『ポッターウォッチ』の合言葉を当てらしく、大はしゃぎで伝える。グリップフックさえも釘づけになった。ラジオのスピーカーから、キャスターのリー=ジョーダンの声が聞こえた。

 リーは放送の中断を詫び、安全な場所を得たと教えた。

「まずは悲しいお報せがあります。ダーク=クレスウェル、ゴルヌックというゴブリンが殺害されました。嬉しいお報せもあります。お2人と一緒に旅をしていたグリップフックは無事、保護されました。長らく行方不明だったオリバンダー、ルーナ=ラブグッドも無事に保護されました」

 ハリーはゾッとし、そして、目の前にいるゴブリンを心底、軽蔑した。

 グリップフックと火を囲んで座っていたクレスウェルとゴルヌックの姿を思い出す。今日まで彼は一緒に逃亡生活を行った仲間の事を何も言わなかった。

「最後に大変、残念なお報せです。バチルダ=バグショットの亡骸がゴドリックの谷で見つかりました。数か月前に死亡していたと見られています。ダンブルドア殺害の罪で指名手配されていたベッロが亡くなりました。ハリー=ポッターを身を呈して庇ったという事です」

 【ザ・クィブラー】にすら載せなかったベッロの訃報。情報提供者はきっとビルだ。

 リーは亡くなった者達への黙祷を捧げた。

 不意に顔を上げれば、ウォーリーも目を伏せて黙祷する。ルーナは両手を組んでいるが、目はいつも通りに見開いていた。

 ラジオが終わり、次の放送を約束して合言葉「アルバス」を伝え終わった所でビルは帰って来た。

「オリバンダーは落ち着いたよ」

 夫の無事な姿にフラーはにっこり微笑む。

「おばさん、ティアラを僕達が盗んだと思っていたって」

 ビルなりの笑いにフラーは心外だと言わんばかりに不機嫌になり、杖を振う。汚れた食器を空中で浮かせ、夫の分の食事も運ぶ為だ。

「それとおばさんの家には親父とお袋もいた。フレッドとジョージはジニーを迎えに行ってから、合流するそうだ」

 ウィーズリー家の準備はほぼ完了。それを聞き、ハリーは明日からイースター休暇であり、作戦決行の日と実感する。背筋に緊張が走った。

 同時に額の傷が痛む。

 痛みを切っ掛けに自然とベッロの死への哀惜が湧き起る。すると、痛みが気にならなくなった。

 視界が見慣れぬ建物を見上げていても、食卓にいる自分を確立していた。ヴォルデモートの悦びが侵食して来ても、まるでベッロが壁になっているようにハリーの心へは辿りつけない。

 これをダンブルドアは愛と呼ぶだろう。

 そして、ハリーはこの感覚を夢でボニフェースと会った時に体験していた。

 

 ――彼は殺せなかった未練ではなく、ヴォルデモートも気づかぬ愛の残滓だった。

 

 だから、何度も目を覚ませと言っては繋がりを断たせようとした。

 ダンブルドアはハリーからそれを知り、クローディアを遠ざけた。ヴォルデモートが孫である彼女へ本気で執着してしまえば、ボニフェースは消えてしまうからだ。

(あの時、僕が感じていた敵愾心こそ、ボニフェースを殺せなかった未練そのもの……。貴方は本当はわかっていた。ただ教えるだけじゃ、僕は理解し切れなかったから、学びとらなければならなかったんだ)

 胸中でダンブルドアに語りかけている間にも、ヴォルデモートは黒い要塞を護る高い壁の周りを滑らかに動きまわり、探す。最も高い塔にある窓を目指し、空を舞った。

 人も通せない窓の向こうに毛布に包った人がいる。ヴォルデモートは窓の切れ目から入り込み、包った人の前に立つ。

「やあ、トム。やって来たか」

 毛布の隙間から、やつれ果てた姿が見える。だというのに囚人と言う印象を与えない。寧ろ、溌剌としていた。その証拠に窪んだ両目は決して怯えず、むしろ、愉快そうだ。

「わしはそれを持っていない。君の旅は無意味だった」

 囚人はグリンデルバルドだ。

「ヴォルデモート卿に嘘を吐くな」

 鼻先が触れそうな程、顔を寄せてもグリンデルバルドは肩も竦めずに世間話のように楽しんでいる。ヴォルデモートは焦らされるの嫌い、苛立ちが募っている。

「君が欲しがっている物は、彼と共に眠っている」

 言葉の意味を理解せんとヴォルデモートは沈黙し、思考に邪魔な感情を消す。そして、ここにいる無意味さを理解した。

 グリンデルバルドの顔が遠のく。要塞が遠退いて行く。『ニワトコの杖』の場所をヴォルデモートは知った。

 出された食事を全て平らげ、ハリーはシャワーを浴びる。ロンと居間のテントを片づけ、グリップフックのいる部屋で寝た。

 五月蠅い二つ分の鼾を聞きながら、ハリーはずっと頭が冴えていた。

 朝日が昇り、さっさと布団から出た。

 上着を羽織り、外へ出る。3月の潮風は身に沁み、ベッロの墓まで進む。気づけば、ウォーリーも着いて来ていた。

 ヴォルデモートもホグワーツに立っており、そこはまだ夜明け前で暗い。スネイプがランプを手にし、主人を出迎えた。

 一歩一歩、墓標へ近づく度にヴォルデモートの高揚もわかる。あくまでも見えている程度だけだ。額は痛むが、歩くのに支障はない。

 ヴォルデモートはスネイプを下がらせた。杖を手にする瞬間を見せない為だ。

 ハリーがベッロの塚の前に立ち、ヴォルデモートはダンブルドアの墓前に立つ。探し求めた『ニワトコの杖』を手にし、自らへの祝福に花火を散らした。

 自分の手には慣れ親しんだ杖がある。この杖はハリーを護ってくれた最高に相性の良い杖だ。

「あいつは……杖を手に入れた」

「だが、忠誠は得られていない」

 ハリーは恐れない。ウォーリーも恐れない。

 朝日の光がウォーリーの赤茶色の瞳に映り込み、暖かい赤色へと染め上げる。ベッロの赤と同じ、勇気を奮い立たせる色だ。

 もしも、何かが違っていれば、トム=リドルもこの赤を得られただろう。だが、ヴォルデモートの傍にボニフェースはおらず、ハリーの傍にウォーリーはいる。

 

 ――これには天と地程の差がある。

 

「行こうか、朝飯はしっかり食べておけ。今日は長い一日になる」

 ウォーリーは塚に挨拶し、先を歩く。ハリーも遅れぬように彼女の隣を歩いた。

「ハリー、もう行っちゃったかと思った」

 玄関の向こうでルーナに待ち構えられていた。

「お願いがあるんだ。ハーマイオニーが作った金貨、貸して欲しい。あたしの分はドラコに取り上げられちゃったもン」

「それなら……私の分を」

 ルーナの願いにウォーリーは答え、常に持ち歩くガマグチ鞄から金貨を取り出して渡す。最後に製造年月日を確認した時と日付が違っていた。

「時々ね、使っていたもン」

 得意げに言われ、ハリーは皆も戦っている実感を更に強くした。

 

 用意周到に準備し、狙い通りにベラトリックスも銀行へ出向いた。

 ハリーが気味悪く思う程、順調だった結果。

 

 ――金庫にあったパッフルパフのカップは偽物だった。

 

 手にした瞬間、わかった。

 6人でウクライナ・アイアンベリー種の背に乗り、突破の為に銀行へ損害を与えて自由な空へと脱出した。

「こんな時に……チャーリーがいれば……」

 ロンドンの街並みを空から楽しむ余裕はなく、ビルでさえドラゴンに振り落とされないように捕まるのが精々だ。

 こんな状況でウォーリーはドラゴンから手を離し、以前、見せてくれたヴォルデモートと同じ飛行術を披露した。ただドラゴンの飛行に追いつかんと必死の形相だ。

 まずはハーマイオニーへ手を差し出し、ウォーリーに飛び移らせる。次いでロン、ハリーだ。

 ビルに手を伸ばそうとしたが、彼は断った。

「……僕らはここまでだ……」

 突風の勢いに負けじとビルは告げ、脇腹にしがみ付くグリップフックを片手で掴む。2人だけで『姿くらまし』する気だ。

「グリップフック! 剣を本物と言ってくれてありがとう!」

 呼吸するように吐いた感謝の気持ちは、ハリーの本音。

 自分の耳でもほとんど聞こえない。しかし、グリップフックの耳が痙攣するようにピクンッと動く。片眼だけ見開き、可愛くない円らな瞳はハリーを捉えていた。

「ハリー=ポッター! 隠したい品があれば是非、グリンゴッツへ。我らゴブリンが必ず、お護り致します!」

 銀行員の決まり文句、グリップフックの顔は見えぬが魔法族からの感謝を素直に受け入れようとしている。奇妙な嬉しさでハリーは片手を上げて応じたが、その前にドラゴンから手を離したビルの『姿くらまし』と共に消えてしまった。

「ドラゴン! 縁があれば、ホグワーツのハグリッドを訪ねろ! 良い友達になれるぞ!」

 脳髄が活性化し、異様に元気な声を張り上げたウォーリーはドラゴンに別れを告げる。決して離れぬように3人はしがみ付く力を強めた。

 

 『姿現わし』した先は見た事のない森。

「カップは……偽物だったよ」

「そりゃあ、ハリーの態度を見ればわかるよ。君があの人の考えを見抜くように、君の考えを見抜く奴がいるって事だよ」

 悲報を聞いても、予想より3人は落ち込まず、ロンはハリーを励まそうと笑顔まで見せた。

 まだドラゴンに乗っていた時の臨場感が残り、覚束ない足取りでウォーリーに着いて行く。彼女が言うにはコンラッドの生家が森の奥にあるそうだ。

 ただ徒歩で一時間かかる。

 カップが偽物だと知った時より、ハリーの心は疲れた。

「まだ着かないなら、せめて……ハーマイオニーだけでも、手当させてくれ……」

「私は大丈夫よ……。痛むなら、歩きながら治療しましょう」

 ロンを諌めたハーマイオニーはビーズバックから、『ハナハッカの薬』を取り出す。ハリーも見える部分と手が届くか所だけ、薬を塗った。

「思ったんだが……いくら、ドラゴンに乗っていたとはいえ、銀行からの脱出は簡単すぎないか? 強盗対策は万全なんだろう?」

「ドラゴンがいたからこそだ! いいかい、ドラゴンは保護魔法を破壊してしまうんだ。だから、家庭では飼えないんだよ」

 ウォーリーの疑問にロンは答え、ハーマイオニーは心底、驚いている。

「そんな話、ハグリッドの授業でも聞いた事ないわ」

「そうだっけ? では、今言いました」

 やれやれとロンは肩を竦めた。

 足の感覚が無くなり、ハリーは懐中時計を見て時間を確かめる。直後、ウォーリーはようやく足を止めた。

 だが、建物も小屋も見えない。小鳥の囀りを思わず、追った。

「私の体に掴まれ」

 屈んだウォーリーはそう告げ、ハリー達は黙って従う。彼女の手の先にある。朝露が湿らせたような水溜りに触れた。

 波紋の広がりは4人を包み、木造の家が眼前に現れる。初めて見るはずが、懐かしさを感じさせた。

 サーペンタイン湖の霊園と同じ魔法だとハリーは思う。

「素敵な家ね……」

「ありがとう。とは言っても、中まで安全かどうかは保証できないが……」

 ハーマイオニーが感嘆の息を吐いたが、ウォーリーは警戒を解かず、杖を構えた状態で玄関の戸を開ける。鍵はかかっておらず、彼女が柿色の絨毯へと足を踏み入れた。

 死角の位置から、ウォーリーの目尻に杖が押し当てられる。人の気配に敏感な彼女に容易に近づける敵の存在にハリーはゾッとする。反射的で僅かに見える杖の持ち主の手を掴んだ。

「ハリー!?」

「ディーン!?」

 意外な人物にお互い、本当に驚いた。

「そのまま捕まえておいて! ねえ、貴方がディーンなら、私とチャリティ=バーベッジを連れ出した時、襲って来た『死喰い人』相手にどんな魔法を使ったの?」

 杖を構えたハーマイオニーに倣い、ロンも震えて杖を構えた。

「魔法は使ってない。ガトリング砲を食らわせてやったよ」

 余裕綽々にディーンは笑って答える。何故にガトリング砲がその場にあったかは聞かないでおく。彼から3人にも、合言葉代わりの本人確認が行われてウォーリーを凝視した。

「誰かと思えば、君、トトの弟子か……。誰だっけ?」

「あんたがウォーリーにしたんだろう。……自分で付けた名前を忘れるなよ」

 呆れたウォーリーはディーンと再会の握手を交わした。

「ウォーリーの名付けって、ディーンが付けたの?」

「ええ、彼女には名前がちゃんとあるの。私達には聞き取れなくて、ディーンがそう呼んだのよ」

 ロンが質問するまで、ハリーは「ウォーリー」が彼女の名前そのものだと勝手に思っていた。言われてから、過去に日本人名を教えて貰ったが、結局、正しく発音できなかった。

「ハリー達だよ」

 閉じられた扉へディーンが声をかけ、恐る恐る開かれる。立っていたのは、目を見開いたリーマスだ。

 その奥の椅子には彼の妻たるニンファドーラが大きな腹を抱えてもたれている。妊娠の話は聞いていたが、目にしたのは初めての為に衝撃を強い受けた。

「リーマス、トンクス!」

 ロンは大喜びで2人へ駆け寄るが、ハリーは8月の一件でたじろいだ。

「ハリー、無事だったんだね。良かった」

 しかし、リーマスは知っている顔で穏やかに微笑んでくれた。

「うん……リーマスも良かった……」

 どうかに出せた声はハリーでもわかる程、怯えていた。

 宿り木にはドリスの手紙をよく運んでくれたフクロウ・カサブランカがいる。ハグリッドに預けたヘドウィックを思い出す。

 ウォーリーとハーマイオニーが浴室で治療に専念している間、ハリーとロンはディーンから紅茶とお茶菓子を振舞われた。

「どうして、ここにいるの? コンラッドさんの家って聞いたけど……」

「そうだよ。だが、彼はいない。昨晩、私達夫婦をここへ連れて来て、ディーンに預けたまま行ってしまった」

 ここもドリスの家同様に強力な保護魔法を施されているのだろう。しかし、あの家ではなく、あえてこの家に身重のニンファドーラを置いた理由。

 推測しようとした瞬間、背筋に寒気が走る。

 ハリーは思い出す。コンラッドもベッロの主人であり、亡くして辛いのだという事実。これとどんな結びつきを持つのか、それを考えるのはヴォルデモートの居所を知るよりも恐ろしかった。

 

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 ベラトリックスは失墜した。

 『死喰い人』達はどうでもよいが、主人たるヴォルデモート卿の信頼も信用もすべて失った。

 『血を裏切る者』を伴い、ゴブリンと金庫へ向かった。それこそが罠だったと見抜けず、ヴォルデモート卿から直々に預かり賜った金のカップをハリー=ポッターの手に渡してしまった。

 ヴォルデモート卿はそれを聞いていた者を種族関係なく、新たに得た杖にて葬られた。

 ベラトリックスも義弟ルシウスと逃げ出さなければ、標的にされていた。

「もうお終いだ……なにもかも……」

「情けない事を! それでもシシーの夫かえ! それもこれも、ドラコが剣を渡さないからだろう」

 ハリー=ポッターが持ち込み、ゴブリンが本物と鑑定したグリフィンドールの剣。

 ドラコは自分が買った故に所有権は自分にあると頑なに渡さなかった。挙げ句にオリバンダー達を逃がした責任でマルフォイ家に軟禁された。

 これはホグワーツの連中の判断だ。

 クラウチJr.は魔法の後遺症が抜けず、安静を余儀なくされた。

 『吠えメール』で『スクイブもどき』にからかわれた屈辱はまだ新しい。

 結局、金庫にも剣はあったが今となっては鑑定できるゴブリンどもは殺されてしまった。ヴォルデモート卿の剣への関心ははかりしれない。聞くのも畏れ多いのだ。

 屋敷に戻ったルシウスはナルシッサに抱かれ、慰められていた。

「ドラコは?」

 一言だけでも、文句を言いたいが姿はない。

「セブルスに任せたわ……。今はホグワーツが安全ですもの」

 またセブルス=スネイプ。

 ヴォルデモート卿も妹ナルシッサも甥ドラコも、口を開けば、何か相談事があれば、必ずスネイプの名を出す。非常に不愉快だ。

 何かひとつでも成果を上げる。そう考えた時、閃いた。

「ベラ、何処へ行くの?」

 去ろうとしたベラトリックスをナルシッサは呼びとめる。その膝にルシウスを乗せたままだ。

 弱い者同士の仲睦まじい夫婦など、虫唾が走る。答えずに去ろうとしたベラトリックスは更に呼び止められた。

「ベラ……一度だけ警告するわ。屋敷を出ないで、全てが終わるまで……ここにいて」

「ハッ! この私に屋敷に引きこもれっていうのかえ! もうここの家具の柄を覚える程に閉じ込められたさ!」

 ようやく、金庫に足を運べたのはヴォルデモート卿からお許しを頂けたからだ。

「そう……ベラ。行くなら、十分に気を付けて……コンラッドは貴女を決して許さない……。恐れるべきは騎士団員どもではないわ。コンラッドよ」

 麗しき瞳はベラトリックスに対して、憐れんでいた。

「さようなら……ベラ……」

 まるで今生の別れのような言い方だった為、怒りの感情に支配されたベラトリックスは返事しなかった。

 

 向かう先は妹と呼ぶのもおぞましい相手アンドロメダの家。

 愚妹の娘にして忌まわしい『穢れた血』テッド=トンクスとの混血の姪ニンファドーラを始末する。アラスター=ムーディの秘蔵っ子でもある彼女を殺せば、悲憤慷慨なベラトリックスにも運が向いてくるはずだ。

 ニンファドーラは臨月間近で何処かに身を隠しているというが、母親の傍にいるのは間違いない。

 陽も完全に暮れ、家の灯が住人の存在を伝える。これからの所業を想像し、ベラトリックスの胸が弾んで心が躍った。

 後ろに着いてくる気配に振り向けば、ここの見張りをしている夫ロドルファス=レストレンジ。

 『死喰い人』の仲間としては申し分ないが、ベラトリックスは高圧的な支配をロドルファスに求めた。だが、彼はあまりにも妻に忠実すぎた。

 玄関の戸口が開く音に我に返る。

 余所行きの格好をしたアンドロメダが家から出て来たのだ。

 こんな状況で何処へ向かうか気になるが、まずはニンファドーラだ。ベラトリックスはアンドロメダが『姿くらまし』したのを見届け、玄関口を破壊して乱入した。

 突然の来訪者に腰を抜かしているのは、人狼リーマス=ルーピン。姪の夫だ。

 狙いは的中した。

「まずは……前菜……。アバダ ケダブラ(息絶えよ)!」

 意気揚々と放った殺意は緑の光線となり、リーマスの体へ命中して倒れ伏した。人狼風情の呆気に取られた顔は、しばらく味わえなかった達成感を与えた。

 

 ――そこでベラトリックスは事切れた。

 

 背後にいたロドルファスは杖を構えたまま、リーマスの体の上へ倒れ込んだベラトリックスを見下ろす。警戒を一切解かない。

「油断大敵」

 呟いた拍子に変身が解ける。片眼と片足がなくなり、その正体はマッド‐アイたるムーディ。ベラトリックスの下敷きなっている男も、元のロドルファスの姿へ戻った。

「大丈夫?」

 ムーディが隠し持っていた青い義眼を嵌めている間、階段の後ろに隠れていたジャスティンが顔を出す。夫婦の遺体に戦慄し、唾を飲み込んだ。

「言う通りだった……。本当に……来た」

 義足を着けたムーディは思い返す。2人はコンラッドに呼ばれ、此処に来た。

 人格が崩壊する程、強力な『服従の呪文』をかけられたロドルファスを渡され、ベラトリックスを迎え撃つように頼まれたのだ。

 ムーディは願ったり叶ったりだった。

 『死喰い人』の中でも一番の強敵は残忍で冷酷なベラトリックス。ハリーを脱出させる際も、ニンファドーラを執拗に追い回した。

 ただ、コンラッドの見解は違う。一番、厄介な相手はロドルファスだと論じた。

〝殺すなら、先にロドルファスだよ。それが出来ないなら、ベラトリックスは殺してはならない〟

 残酷に嗤いながら、コンラッドはそう忠告した。

 ベラトリックスは知らぬ。

 ベッロの死は、その瞬間が訪れればすぐにコンラッドに伝わる。誰の手にかかったのも、知っていたが屋敷に軟禁されて居た為に手が出せなかった。

 だが、レストレンジ家の金庫の噂を耳にし、この計画を思い付いた。

 ルーピン夫婦を移したのは万が一、ムーディがしくじった場合に備えた。

 それらをムーディも知らぬ。

「あの……。もう僕ら、ホグワーツへ行ってもいいんじゃないかな?」

 遠慮がちにジャスティンは提案する。

 4時間前、騎士団の召集がかかった。だが、2人は自分達の任務を優先すると前以って宣言している。故に集わない。

 ジャスティンは待っている間も、何度もガリオン金貨を眺めて憤りを抑え込んでいた。

「……行って来い」

 断られると覚悟していたジャスティンは告げられ、意外そうな声を上げる。

「わしの代わりだ。……死ぬなよ、ジャスティン」

 最後のは感傷だ。

 今日までジャスティンはムーディとの旅で何度も命の危険を晒したが、決して音を上げなかった。情も湧いてしまうというものだ。

 だから、もう一人前だ。ムーディの助けはいらない。それだけの経験を積んだ。

「はい」

 言葉の意味を理解し、ジャスティンは決して笑わず、狼狽をやめて頷いた。

 ジャスティンを見送るついでに、遺体を黒い布で包んで宙で浮かせ、ムーディは外へ出る。家の敷地まで行き、包んだ2つへ消失呪文をかけた。

「マッド‐アイ」

 鈴のような心地よい声に振り返り、アンドロメダと合言葉を交わす。彼女の後ろには、客人がいる。コンラッドの妻・祈沙だ。

「おひさーしぶりでぇす。マッド‐アイ」

 情勢を理解しているのか、以前よりは控え目な挨拶だ。

「こんな物騒な状況だが、ようこそ」

 片言の挨拶にムーディは愛想などなく、返した。

 アンドロメダはコンラッドに頼まれ、わざわざ空港まで迎えに行く。それも、遺体の始末が終えたのを見計らったように返ってきた。

 娘夫婦を突然連れ出された思惑、今しがた、己の姉夫婦が死んだ事もアンドロメダは知らない。

(これも貴様の計算の内か……)

 脳髄を掠めたのはアメジストの瞳を持つ若造ではなく、何処までも澄んだ蒼い瞳の老人。二度と会えぬ戦友に悪態吐きながら、普段よりも星の輝きの強い夜空を見上げた。

「……夜明けまで長いな」

 警戒を怠らず、ムーディは玄関の扉を閉めながら呟いた。

 




閲覧ありがとうございました。

レストレンジ夫妻、さらば。

原作において、ドラゴンが一般家庭で飼えない理由が巨体で手がつけられず、火を噴くからとありました。
それだけなら、魔法で対策できるんじゃないかと思い、ある程度の保護魔法は破壊できると思いました。

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