こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。

ホグワーツの戦い・ドラコ視点です。
残酷な描写があります。ご注意ください。



14.枠もなく

校長室から出たドラコは『必要の部屋』へ向かう。事が終わるまで潜む為だ。

 クローディアは生きていた。その彼女は逃げろと言ってくれた。ホグワーツで戦いが起ころうとしている。だから、ドラコは逃げない。

 戦いに加わる為ではない。今度こそ、クローディアが生きたまま、この城から去る姿を見届ける為だ。

 しかし、そこは既に使われて中へ入れない。『目くらましの術』で身を潜め、様子を窺えば壁に浮き出た扉から次々と人が現れ始めた。

 スネイプに聞いていた居残りよりも、格段に多い人数だ。

 見知った生徒もいれば、顔も知らぬ人もいる。聖マンゴ病院に入院中のはずのジャスティン=フィンチ‐フレッチリーの姿もあった。

 ウィーズリー家の双子が現れ、ドラコは顔の変わったクローディアを想う。ジョージは亡き婚約者が姿を変えて生きていると知っているのか、気になった。

 知らずとも、教える義理はない。

「お袋、そんなにしがみついていたら、パーシーが歩けないよ」

「いいよ、ビル。僕は母さんに随分と心配をかけた」

 パーシーは腕にしがつく、母親モリーに優しく語りかけて歩きにくそうだ。その足下を何処かで見たゴブリンが小走りで通り過ぎていった。

 それからも、『必要の部屋』から出て来る人の波は途切れない。『ホッグズ・ヘッド』の気難しい主人まで現れ、ドラコは部屋がホグワーツの敷地の外へ繋がっていると確信を持った。

「ピエルトータム ロコモーター! (すべての石よ、動け!)」

 城のあちこちから奇妙な振動を感じても、まだ戦いではない。

「コンラッド……こんな時に言うのはなんだけど……」

 アーサー=ウィーズリーは部屋から一緒に出て来た見目麗しい男を引き止める。男は機械的に微笑んで、足を止めた。

「ビルから聞いたよ。ベッロは息子達を守ったと……、ありがとう」

 会話から、その男はクローディアの父親コンラッド=クロックフォードだ。母親ナルシッサから話で聞いただけの男にまず間違いない。

 感謝を告げるアーサーは詫びるように頭を下げ、目尻を痙攣させたコンラッドの口が動くのを遮った。

「それとジョージから聞いたんだが、君はマグルの奥方と式を挙げていないそうだね? 良かったら、私達の家で……『隠れ穴』で君達の式を挙げたいんだ。すぐにとは言わない。何年経ってもからでもいい。奥方と相談して貰えないか?」

 是が非でもと訴え、ドラコの胸が切なくなる。ナルシッサもコンラッドが結婚し、挙式したなら、参列したかったと語っていた。

「妻が喜ぶよ、アーサー。ありがとう。ビルとフラーに比べれば、控え目になるが……お願いしよう」

 機械的な声に優しさを含め、コンラッドは空に浮かぶ月のように静かな笑みを見せる。アーサーは声にならない程、喜んで彼を抱きしめた。

 アーサーの提案は叶わない。彼に見えぬコンラッドの笑みはドラコにそんな予感をさせた。

「アーサー、早く!」

「わかったよ、エイモス」

 エイモス=ディゴリーに呼ばれ、アーサーはコンラッドから手振りで先へ行くように促され、素直に従った。

 コンラッドはドラコの前に立ち、紫の瞳だけをこちらへ向ける。敵意もなければ、好意もなく、壁の模様を視界に入れたように何の興味もない無感情な目つきに背筋が凍った。

「ドラコ=マルフォイだね。初めまして」

 『目くらましの術』が看破され、ドラコは自分の気配を断たせていなかったと知る。姿を見せないなら、気配も殺せとクィレルから教わっていたのに、話に聞き入りすぎて疎かになっていた。

 視線に僅かな殺気を感じ、ドラコは咄嗟に魔法を解く。素直に姿を見せ態度に敬意を表し、コンラッドは体の向きも合わせてくれた。

「人違いだったら、恥ずかしかったね」

 機械的に笑うコンラッドは冗談っぽく告げ、ドラコはだた目を丸くした。

「ベッロは君の屋敷にいたんだろう。今のルシウスにベッロを庇えるような余裕はない。だとしたら、君が匿っていた。……ありがとう、君がいてくれて良かった」

 とても自然な微笑みを向けられ、ドラコも強張った緊張が解れる。何か言わねばと口を動かす前に、咆哮が城の城壁を通り越し、臓物へと伝わる。この威圧感に覚えがあり、脳髄は一瞬にして思い返す。

「ドラゴン?」

 コンラッドが壁に背を預け、魔法で鏡を浮かばせて窓の外を覗き見る。ドラコも彼に倣い、鏡から外の様子を見れてみれば、天文台の上をドラゴンが旋回していた。

 その足にはグロウブと呼ばれるクィレル曰く、小柄な巨人が掴まっていた。

「ハグリッド、こっち! こっちへ降りてきなさい!」

 マダム・フーチの先導でドラゴンは中庭へ向かう。見えない位置に森番がいる様子だ。

「どうやら、ハグリッドが到着したようだね……。君はセブルスのところにでも、行きなさい。城に隠れているより安全だよ」

 コンラッドの口から、スネイプの名が出て驚いた。

 『死の呪い』から如何にして、クローディアが助かったなど知らぬ。見当も付かないが、スネイプは彼女を殺したのだ。

「……奴は最初から、貴方と組んでいたのか?」

 ドラコの勘は既に否定したが、言葉で確認したかった。

「いいや、セブルスは君を選んだだけだ。君を助けたかったんだよ」

 当然のように告げられ、ドラコは胸を風が吹き抜ける感覚に眩暈がする。計画も知らずにクローディアを殺したスネイプ、それを許容しているコンラッド、2人の間にある絆に恐怖した。

 ドラコの反応にも構わず、コンラッドは床を滑るように走り出す。思わず、それに着いて行く。廊下の壁に違和感を覚えても、ただ遅れないように必死に足を動かした。

「……私に着いて来ても、困るんだが……」

 コンラッドは窓の外へと杖を伸ばす人々の中にスラグホーンを見つけ、その肩を叩いた。

「……プロテゴ ホリビリス(恐ろしきものから 守れ) コンラッド! 何故、君が来ている!」

 コンラッドの姿を目にし、鬼気迫る表情でスラグホーンは悲鳴を上げた。

「スラグホーン先生、彼をお願いします」

「ドラコ=マルフォイまで、どうして学校に!? 君は停学中だろ! コンラッドが連れて来たのか? いかんいかん、すぐにでもここから脱出しなさい!」

 コンラッドの話を聞かず、スラグホーンは汗だくになって喚く。

「私はすべき事があります。とにかく、彼を頼みますよ」

「コンラッド! あの人が来るんだ。後生だから、すぐに脱出しておくれ!」

 ドラコの背を押してスラグホーンに突き出し、コンラッドは走り去ってしまう。

「仕方ない……。トロフィー室へ……そこにジュリアもいるし、彼女の見張りもいる」

 独りごこちるスラグホーンはドラコの背を押す。なめくじのように丸まった体系からは想像もできぬ機敏さで人々の間を搔い潜った。

「……ホラス、どうしてドラコ=マルフォイが……」

 きょとんとしたスプラウトに答えず、ドラコはトロフィー室に連れて来られた。

 生徒が得た勲章の数々、そこに後ろで縛られたジュリアが床に倒れた状態でドラコを睨む。その口の猿轡がなければ、罵詈雑言の嵐が発せられただろう。どうやら、彼女はクィレルに置いて行かれた。

 幽霊3人と卒業生2人が珍客たるドラコを警戒し、様子を窺ってくる。

「レディ、修道士、ビンズ先生、クララ……えーと、君。ドラコ=マルフォイを頼む。彼には我々と戦う意思はない。念の為、この部屋の防衛も補強しておく。私か、他の先生が来ない限り、出さないでおくれ」

 不安そうに言い放ち、スラグホーンは誰の返事も聞かずに扉を閉めた。

 クララ=オグデンと名前も呼ばれなかったチョウ=チャンは警戒を解かない。ドラコにも話しかけず、壁際に座り込む。

《僕はハリー=ポッター!!》

 城どころか、『暗黒の森』にまで届く声が響く。決して耳障りではなく、心へ訴えかけていた。

《『死喰い人』に告げる。僕の望みはトム=リドルとの決闘である。繰り返す、ハリー=ポッターの望みはトム=リドルとの一騎打ちである! すぐにトム=リドルへ伝えられたし!》

 内容に困惑し、ドラコはともかく部屋にいる全員に視線で問いかける。だが、マトモに答えられる者はおらず、同じように混乱していた。

《貴殿の申し出に従おう。ただし、条件がある。学校から、独りで出て参れ。如何なる者も貴殿の盾にならぬように独りで来るのだ》

 対するスネイプの声は厳格に応じる。

「駄目よ……、そんなの……」

 涙声でチョウは呻く。彼女は去年の惨劇を思い出している。クララは彼女の背を撫でて、優しく慰めた。

《一時間、待つ! それまでにトム=リドルへ伝えよ。ハリー=ポッターはホグワーツにて、待つ! 一時間以内に来なければ、ホグワーツより撤退する!》

 ハリーは凛とした声でそう答えた。

 正気を疑う宣言だ。

 だが、ドラコは考える。彼がこの城に来た意味、クローディアが校長室に現れた意味、勝利を確信する何かを得た可能性は高い。きっと、スネイプもわかっている。いざとなれば、クローディアだけでも連れて脱出すればいい。そんな考えが脳髄を支配した。

 結局、一時間も経たぬ内、城が揺れた。以前、グロウブが森の番人ハグリッドを城壁に投げて遊んだ事件があった。それに似た振動は開戦の兆しだ。

 補強された護りの中でも、硝子が揺らされる。

「外の様子を見てきます」

 『灰色のレディ』は静かに告げ、ビンズと『太った修道士』に任せて壁の向こうへとすり抜けていった。

「……クララ、私達も行きましょうよ」

「……いいえ、ジュリアは置いて行けないもの」

 

 ――カチン。

 

 途端、聞き慣れない音を耳にする。部屋にいる全員にも聞こえ、ジュリア以外は困惑して周囲を見渡している。彼女は睨むのをやめ、不気味に嗤っていた。

 ドラコは直感した。

「プロテゴ! (守れ!)」

 天井に向け、ドラコは『盾の呪文』を叫ぶ。クララはそれを狙っていたように棚を蹴り、彼の傍へと転がる。その後には黒いボコボコの卵型の何かが落ちていた。

 マグルの間で、手榴弾呼ばれる小型の爆弾だと知る由もない。凄まじい爆裂音が文字通りに部屋中を包んだ。

 幽霊であるビンズや『太った修道士』さえも耳を塞いでしまう強烈な音と閃光。棚の硝子は残らず、破壊されてトロフィーや盾を倒した。

 ドラコは『盾の呪文』で衝撃を緩和したが、一瞬だけ無音に襲われた。防御が間に合わなかったクララは意識はあるものの、地面に伏して痙攣していた。

「……修道士……クララが……クララが……」

 身を呈してクララに庇われたチョウは被害を免れたが、悲惨な状況に狼狽えた。

「ドラコ、ぼさっとしない」

 いつの間にか、縄と猿轡を外したジュリアはドラコの腕を掴んで扉をに手をかける。ビンズが止めに手を伸ばしてきたが、彼女は別の手榴弾を見せつけた。

「もう一度、やるわ!」

 宣言し、ビンズの動きが止まった瞬間。ジュリアは手榴弾のピンを外し、幽霊の眼前へ投げ放った。

 急いで扉を閉め、音は幾分か控え目に響いた。

「レイブンクロー寮に行きましょう。ここからなら、そこが近いわ」

 ドラコの返事を聞かず、ジュリアは勝手に腕を引っ張る。窓の外ではドラゴンの咆哮が聞こえ、轟音が鳴りやまない。

 柱は傷つき、壁は崩れ、絵の住人は走りまわり、城のあちこちで起こる乱戦を報告している。

「天文台が破られた」

「巨人の群れが鎧の軍団を突破したぞ」

 廊下の曲がり角で頭から血を流したセオドール=ノットがいる。

「おまえら……」

 久方ぶりに会った友人の傍らには、事切れたエメリーン=バンズが倒れていた。

 空から巻くような音が響き、ジュリアは初めて窓の外を気にした。

「え……、戦闘機?」

 時速500キロで空を駆ける2機の存在にジュリアは呆気に取られる。いくらマグル育ちの彼女でも、それが超々ジュラルミンを使用した翼を持つ零式艦上戦闘機であり、零戦の略称を持つ等とは知らぬ。

 トトが持てる人脈をすべて使い、機体を入手して整備とチャリティー=バーベッジとペネロピー=クリアウォーターに操縦技術を叩きませていた。

《皆さーん、応援が来ましたよー!》

 バーベッジは必死に手を振るが、速すぎる機体からその姿を見る余裕は誰にもない。ペネロピーに至っては機体が城に当たらぬように気を張るだけで、精一杯だ。

 そんな彼女らの苦労をジュリアは知らぬ。

「……なんてこと……、馬鹿じゃないの……」

 魔法使いの城がマグルの戦闘機で穢される。ジュリアは沸々と湧き起る怒りに唇を噛んだ。

 突如、硝子の割れた音がしたかと思えば、外から突っ込んできたのはアレクト=カローだ。

「ジュリア嬢! マルフォイの若旦那……おまえは臆病者のノット、いつ来た? ケタケタ」

「アレクト、戦況はどうなっているの? ハリーの宣戦布告は聞こえたわ」

 ジュリアはバンズの死体を物ともせず、アレクトに問う。ドラコは顔面蒼白のセオドールへ近寄り、肩を叩いた。

「闇の帝王はまだおいでになっていない。セブルスは闇の帝王の指示を仰ごうとしたが、ハリー=ポッター以外は始末しておこうとクィレルが命令したんだ。ケタケタ」

 ゾッとした。

「スネイプは同意したのか? クィレルの命令に?」

「いいや、純血を減らすような真似を闇の帝王が望みはずはないとか言っている間に、こいつらのほうからドラゴンを嗾けて来た。けど、流石はグリンゴッツが飼っていたドラゴンだ。あいつの炎が保護魔法も破壊しやがった。ケタケタ」

 スラグホーンまで施した護りが内側から破壊された。

 胸を去来する絶望感に臓物が痙攣し、ドラコは聴覚と視覚が遠退く。それでも、微かな正気がクローディアの存在を思い出させた。

「セオドール……僕と来い」

 勝手な行動を取るセオドールだが、この魔女達よりはマシだ。

「あの戦闘機のパイロットは誰なの!?」

「セオドール!?」

 ジュリアの質問にアレクトが答える前に、絹を裂くような悲鳴が聞こえた。

 声の主はセシル=ムーン、パーシーと双子も一緒だ。

「セシル!」

 愛する人を気遣う口調で名を呼び、セオドールはセシルへ一目散へと駆け寄る。それを裏切り行為と捉えたアレクトは見逃さなかった。

 警告もなく、アレクトの杖は無防備なセオドールへ向けられる。彼を庇うように双子は杖を構え、閃光を放ってきた。

 ドラコ達を挟んだ反対方向から、とオーガスタス=ルックウッドとヤックスリーが現れた。

 双子の片割れがセオドールを助けんと体を前に出す。パーシーに助けられ、彼は無事にセシルの腕の中へ辿り着いた。『死喰い人』側の杖が3つ、緑の閃光を放った。

 このままでは赤毛の双子に命中する。

「逃げて、ジョージ!」

 悲鳴に相応しき、凄まじい形相をしたジュリアが閃光の前に立った。

「ジュリア――!!」

 アレクトの悲鳴が終わるより先に爆発が起こり、瓦礫と粉塵に視界が見えなくなった。

 ドラコは自分の意思とは違う力で吹き飛ばされ、夜空に放り出される。あちこちの塔から炎が燃え盛り、杖から放たれる光線が飛び交う。マグルの乗り物まで空を旋回し、押し寄せる巨人へ光を放っていた。

 ドラゴンとグロウブが協力し合い、アクロマンチュラの群れと戦う。小柄な巨人を裏切り者とし、複数の巨人も襲われていた。

 一瞬前まで自分が立っていた廊下には、双子の片割れに覆い被さったジュリアと瓦礫に潰されたアクレト、それらを他人事のように見えていた。

「世話が焼けるね」

 呆れた声と確かな人肌がドラコの背を受け止め、ようやく、戦場にいる実感と共に恐怖が沁みて行く。何も持たずに宙を浮くコンラッドに驚いたが、落ちないようにしっかりとしがみ付いた。

 コンラッドはドラコの背に手を回し、魔法の光線を棍で応戦する。どれも2人へ向けられたものでなくても、気を抜けば命中してしまう。

 加えて、しがみつくドラコが応戦しなかったのは痛手だ。

「セクタムセンプラ! (切り裂け!)」

 2階にてオリバー=ウッドと一騎打ちの形で戦っていたラバスタン=レストレンジは慣れない闇の呪文を制御し切れず、割れた窓の向こうを通り過ぎようとしたコンラッドの喉笛を掻っ切ったのは偶然の事故に過ぎなかった。

 血糊が瞼と濡らした。

 ドラコは頬にかかった血に気づくより先、コンラッドは目を見開いた状態で温室へと無事に降りる。そこにもスタニスラフ=ペレツとスカビオールが倒れていた。

 2人の足が地面に触れても、立てない。蹲るように倒れたコンラッドの白い服が赤く染まっていった。

 ほとんど無意識にドラコはコンラッドの傷口を手で抑え、杖を構えて癒術を試みる。指先の傷程度しかやったことないが、応急処置にはなるはずだ。

 だが、コンラッドは杖を下へ向けさせる。喉を押さえるドラコの手へ自分の手を優しく重ねた。

「……セブルスを……頼む……」

 心臓が引き裂かれる痛みが襲い、ドラコの瞳に涙が溢れる。様々な感情や文句が喉まで出かかったが、唾液と共に胃へと溶けていった。

 さっき会ったばかりの人との今生の別れ、ドラコは頷く。ただ、頷いた。

 アメジストの瞳は安心したように細められ、コンラッドは息絶えた。

《おまえ達は勇敢に戦った》

 耳元で響く声は恐れていたヴォルデモート。振り返る勇気はないが、闇の帝王は傍にいない。ホグワーツが見える位置から、語りかけているのだ。

《だが、無駄な戦いであった。ヴォルデモート卿は魔法族の血が流れるのを望まぬ。我が勢力を撤退させよう。その間に死者を尊厳を以て、弔い。傷ついた者を癒すがよい》

 冷たく優しい口調は勢力を問わぬ命令。潮が引いただけの僅かな時間だけを与えられた。

《ハリー=ポッター。俺様は直接、おまえに話す。己が運命に立ち向かおうとしたというのに、我が配下が失礼した。真夜中まで待つ、それまでに我が前に現われよ》

 耳の後ろにあった寒気が消え、一方的な宣言は終わった。

「……あと一時間もないんだが……。セブルス……、動けるか?」

「……問題ない……」

 聞こえた声は温室の外、クラウチJr.とスネイプがいる。室内のドラコに全く気付いていない。『姿くらまし』の音が弾けた。

 ドラコは彼らに着いて行く気力はなく、何処に行くべきかも判断付かない。誰かが温室に入ってきた。

「スタニスラフ……、大丈夫か?」

 ロジャー=ディービーズだ。作業台の影になっているドラコとコンラッドは見えない様子だ。

 呻き声をあげ、スタニスラフは起き上がる。

「……貴方は……ロジャー? 久しぶりですね。まだ、頭がぼんやりしています」

「こいつは『死喰い人』か?」

 息のないスカビオールに警戒の意味で杖を向け、ローレンス=キャッドワラダーへセドリック=ディゴリーは首を横へ振った。

「……こうなれば、誰だろうと同じだよ。連れて行ってやろう……。ローレンス、そっちを持ってくれ」

 2人は協力し、スカビオールの遺体を運び出す。去っていく音を聞きながら、コンラッドの体を抱きしめる。まだ死後硬直も訪れず、温もりが残っていた。

 温室の割れた天井を見上げ、ここでの授業を思い返す。クローディアとの授業中、『毒触手草』と戯れるベッロ。時折、寮について批評し、相手を侮辱し、拳で返された日々。

 クローディアにコンラッドの死を教えなけれならない。僅かに湧いた使命感が足を立たせる。ドラコは落さぬように彼を背負った。

 襲撃に加わっていた巨人やアクロマンチュラはおらず、ドラゴンとグロウブもいない。

 壁が壊れ、骨組やパイプが剥き出しになる。玄関ホールは完全に破壊され、大広間の扉さえなかった。

 動けなくなった者は大広間の中心に並べられるか、まだ息のある者はマダム・ポンフリーに治療される。『ほとんど首なしニック』達、幽霊さえも苦しむ負傷者を励ましていた。

 バーナード=マンチに抱かれたクララは目を包帯で巻いていたが、命に別条はない。少しだけ、安心した。

 篝火と残り火が広くなった石畳を照らし、ハリーはグリフィンドールの剣を手にしたロンとハーマイオニーを傍に置き、城の外を眺める。3人の背を遠巻きに大勢が見守る中、眩い光が放たれて昼間のように明るくなった。

 ヴォルデモートがクラウチJr.とスネイプ左右に控え、その後ろにルシウス、ナルシッサ、アミカス=カロー、ヤックスリー達を従えて現れた。

 ベラトリックスとロドルファスの姿がないが気に留めず、彼らを尻目にドラコは大広間へ入る。

「コンラッド……」

 ドラコが抱えて来たコンラッドに気づき、片足を引き摺ったディーダラス=ディグルが血相を変えて駆け寄って来る。すぐに事態を察して言葉を失う。そして、今まさにマダム・ポンフリーに介抱されている小柄な老人へ振り返った。

 老人は生気のない血色であったが、生きている。

「ドラコ……」

 呼ばれたが、この老人が誰なのかすぐには思い出せない。しかし、コンラッドの遺体を任せられると直感した。

 マダム・ポンフリーに目礼し、コンラッドを空いた場所へ寝かせる。ディーダラスは彼の傍へ寄り添った。

 見渡しても、クローディアの姿はない。大勢の中へいたかもしれないと思った瞬間、叫び声が外から響いた。悲鳴の主が彼女かもしれないと思い、ブロデリック=ボートの制止も無視して外へ出た。

 ハリーが地面に倒れ伏し、その手には杖さえ握っていなかった。

 決闘の位置に相応しい距離でヴォルデモートも倒れていた。誰も喜びの色を見せず、事態の結果を待ち望んだ。

 ハーマイオニーもロンの手を握り、ただ待った。

 先に起き上ったのは、ヴォルデモートだ。クラウチJr.はすぐに駆け寄り、手を貸そうとしたが無視された。

「あいつは……死んだか?」

 空気が凍り付く中、駆け寄ろうしたハグリッドをビルやオリバー、ウィルキー=トワイクロス、ビクトール=クラム達が必死に止めた。

 その中にも、クローディアはいない。よく見れば、ウィーズリーの双子も一人だけだ。

 ドラコは問うべき相手、ハリーの傍へ行く。

 コーマック=マクラーゲンが引き留めようとしたが、ロンに止められた。

 まさに全員の視線を受けながら、眼鏡の蝶番をコメカミに食い込ませた『選ばれし者』へと跪く。耳元へと唇を寄せ、両腕で唇を隠した。

「クローディアは生きているか? 城にいるのか?」

「いる」

 微かな声が返ってきた。

 安心を態度に出さず、起き上る。ドラコはヴォルデモートへ振り返って告げた。

「死んだ」

 歓声と嘆きに場は割れ、ドラコは瞑想の意味で目を伏せる。

 マルフォイ家は代々ホグワーツであり、スリザリン寮生。

 蛇を象った紋章は誇りだ。しかし、父ルシウスが与えた自身の名は竜を意味している。クローディアは蛇の進化の先は竜だと教えてくれた。

 その通りだ。マルフォイ家はヴォルデモートがいなくても、長い魔法族の歴史に存在した。

 闇の帝王を恐れる必要はなかった。

 ドラコは自分の喉に杖を当てる。

「ソノーラス(響け)」

 自らの声をこの場の誰よりも強く大きくした。ドラコの行動に勝利に酔っていた『死喰い人』から困惑が起こって行く。

「コンラッド=クロックフォードが死んだ」

 彼を知る人々が勢力を問わずに動揺した。

 ヴォルデモートはコンラッドを悼まず、嗤う。その口を開く前に続けた。

「彼は僕に言った。セブルスを頼むと――」

 段々と笑い声と咽び泣く声が消え、ドラコの声に耳を傾ける。ヴォルデモートの言葉を遮り、怒りを買った末路に怯えたからだ。

「コンラッドは母にとって弟だった。クローディアは……僕にとって、姉だった。家族なんだ……。家系の枠を越えた家族……。貴様は誰も守ってくれなかった。そう、貴様は誰も守ってくれない」

 ざわめきが起きた。

「あいつらは間違えたのだ。頼るべき相手を――」

「マルフォイ家が望むのは!」

 喉に押し当てていた杖を外し、ドラコはヴォルデモートの言葉を拒む。

「――マルフォイ家が望むのは魔法族の繁栄と安泰である! おまえは魔法族の為にはならない!」

 それはマルフォイ家の後継者として下した決断だ。

 逸早く賛同の意を示したのはロン。ドラコの前に立ち、剣を構える。ネビル、セドリック、ロジャー……寮も関係なく、倒れ伏したハリーを護るように並んだ。

「おお……4つの寮が……ひとつに……」

 『太った修道士』が感激の声を上げた。

「それが貴様の答えか……」

 あくまでも冷やかにヴォルデモートは羽虫にも劣る煩わしさで杖を上げた。

「私の息子に手を出すな!」

 後先も考えず、焦ったルシウスは子供達の前に立つ。ヴォルデモートの呪文は止まらず、緑の閃光が放たれた。

 ロンは柄を持ち直し、足を開いて必死の形相で剣を投げる。グリフィンドールの剣はルシウスを飛び越え、緑の閃光と相討ちになって砕けた。

 その瞬間、スネイプはルシウスの胴体へ飛び込む。それを見たハグリッドは突発的に機敏な動きを見せ、2人を抱きとめた。

 ナルシッサを除いた『死喰い人』達が一斉に杖を構え、シリウスに合わせ『不死鳥の騎士団』も応戦の構えを取った。

 そこへ割り込むように城壁は意思を持って崩れ、いくつものパイプがヴォルデモートに向けられる。何処からともなく、ドラゴンの咆哮が聞こえた。

 地響きが伝わり、ヴォルデモートでさえドラゴンへの警戒で杖の構えが遅れた。しかし、振動の原因はパイプを通る激流であった。

 轟音を立てて、パイプから水鉄砲が発射される。ハーマイオニーは防水の呪文を唱え、ロン達もそれに続いた。

 当然、『死喰い人』につられる形で防水の呪文を唱える。ヴォルデモートは濡れを気にせず、ドラコへの『死の呪文』を諦めなかった。

 水のカーテンの向こう側から、ハリーの姿を捉えるまでは――。




閲覧ありがとうございました。

どうしても、零戦を出したかったんです。

さようなら、バンズさん。
ジュリア、今までありがとう。
コンラッドよ、さらば。
あばよ、スカビオール。
そして、名も出せずに亡くなった双方のメンバー達。ありがとう。
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