こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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『死の秘宝』の締め回です


17.合わさって

 夜明けまで続いた大広間での祝にクローディアは混ざらず、校長室にてハリー達と合流してお互いの身に起きた出来事を語り合った。

 ハーマイオニーとロンは打ち明けられた情報に感情が付いて行かず、ただ、衝撃を受けていた。

 ハリーの手にある『ニワトコの杖』は、元に戻すと彼は告げた。

 ガーゴイル像の前で待っていてくれたジョージとドラコに杖が墓から持ち出された事情を話し、マクゴナガル、フリットウィック、スプラウト、スラグホーンを呼んでもらう。寮監達はすぐに集まり、棺を開いて貰った。

 白く堅実な墓に眠るダンブルドア――否、トトを目の当たりにし、クローディアは土葬の習慣に改めて恐怖した。

 花を添える手つきでハリーは『ニワトコの杖』を置く。何の言葉も発していないが、視線や表情からダンブルドアではなく、トトへの哀悼を感じた。

 ハーマイオニーが声もなく泣きだし、ロンは視線でマクゴナガルに棺を閉じるように願う。

 棺を改めて埋葬し終えた時、ワイセンベルク大臣の一行が到着した。

 大広間で喜びを分かち合っていた人々も集められ、マクゴナガルの指揮下で処理が始まる。ゼノフィリスのように家族を迎えに来た人々も加わった。

 眩いの太陽の下で行われたのは、生存者の確認だ。

 瓦礫の下は勿論、魔法で姿を変えられた者はいないか徹底的に捜索される。その間、重傷者達の聖マンゴ病院への移送だ。

 トト――ダンブルドアは怪我こそないが、廃人同然に弱っており、意識が残っているだけで一番重傷だと教えられた。

 そして、遺族による遺体の引き取りも行われた。

 ジュリアの為に、ドイツからヴァルター=ブッシュマンが自ら駆けつけてくれた。クローディアは負傷者の移送組にいた為、彼に会う事はなかった。

「魔女としてではなく……愛する人を庇えた……。これ以上の幸せはあるまい……。ありがとう……」

 フレッドからジュリアの最期を聞き、ブッシュマン氏は老齢ながらも迫力のある厳格な態度で感謝を述べたという。

 コンラッドについてはマルフォイ夫妻が引き取りを希望したが、万一に備え後を託されていたスタニスラフによって、城を去った。祈沙は夫に着いて行かず、ハグリッドと一緒に処理を手伝った。

 スカビオールは彼と共に『人さらい』をしていた仲間達が迎えに来た。彼らは温情を賜りに来たらしいが、リーダーの前で泣く姿は演技でないだろうというのがシリウスの見解だ。

 次々と引き取られていく中、クィレルには誰も来なかった。その為、フリットウィックはサーペンタイン湖の霊園に埋葬する手続きを取ってくれた。

 クローディアが移送を終え、形の崩れた城門に着いた時に擦れ違う。簡易な棺に入れられ、蓋もされずに晒されたクィレルから目が離せなかった。

「最後に顔を見てもいいですか?」

 不躾に問うクローディアにフリットウィックは棺を運んでくれていたバーナード=マンチとヘンリー=マンチに視線で了解を示した。

 死後硬直すら終わり、生きている面影を完全に無くしたクィレルから表情は読み取れない。ただ、最期まで彼の掌で踊らされていた気がする。1年生の頃のように、何も出来なかった。

 

 ――ああ、三度も後悔に見舞われるなど、あの頃にどうして想像出来ようか?

 

「……さようなら……」

 かけられた言葉は別れの挨拶。これにて本当にクィレルとの決着は終わった。

「ありがとう、もういい」

 マンチ親子は柔らかい笑みを見せ、クィレルを馬車へ運ぶ。繋がれたセストラルは以前、触った通りの見た目。最初は驚きはしても、恐ろしくはなかった。

「ミス・クロックフォード……」

 フリットウィックの声に応じ、クローディアは身を屈めて寮監と視線を合わせる。久方ぶりの彼は随分と疲労感に襲われ、老け込んでいた。

「元教え子だからと、あの子を庇うつもりはありません。ただ、貴女が立ち合った事で彼は2度も貴女に救われたと思っています。貴女は偉大な魔女です。私は貴女を誇りに思います」

 穏やかな笑みで切実な訴えられ、心臓が締まる。

 フリットウィックがホグワーツでどれだけ教鞭を取ったかは知らぬ。しかし、レイブンクロー生として在籍し卒業した生徒に思い入れがあって当然だ。

「嬉しいです、先生。私も……貴方が寮監で本当に良かったです」

 クローディアにお辞儀し、フリットウィックは馬車へ乗り込む。彼の乗車を待ち侘びたように動き出す。馬車が見えなくなるまで、見送った。

 

 遺体も負傷者もなくなった城はすぐに復興作業が行われた。

 これには『屋敷しもべ』が大いに貢献する。『忍びの地図』でも記されていない壁の模様や像の配置をに事細かく再現してくれた。

 戦いの終わりを知り、クリーチャーも加わる。ドビーはアバーフォースに捕まり、無断欠勤を叱られて店へ戻された。

 ウィンキーはクラウチJr.の逃亡を知り、城が形だけでも整った後に姿を消した。

 

 

 一か月経ち、事態は一先ずの終息を迎え、クローディアの主張は半分認められた。

 スネイプはダンブルドア側であるという事実。ベッロの『憂い』が証拠になり、何より、ハリー=ポッターが彼の保証人となったもの大きかった。

 クローディアの生存を認めるには、全容を知るコンラッドがおらず、また魔法界で流れ始めた噂が妨げになった。

 クローディア=クロックフォードの生存に伴い、アルバス=ダンブルドアもまた存命である。そして、彼の魔法使いが今、どんな姿をしているかと言えば――。

「このわしと言うわけだ……」

 聖マンゴ病院の一室。清潔な白い寝台に横たわるトトの傍で、ムーディは仏頂面で告げた。

「……僕のパパもきっとそう思うよ」

 ロンは控え目に返し、病室の戸を何度も警戒する。防音対策や盗み聞き防止は万全だが、何処で漏れるかわからない。

「私はスネイプ先生が無事なら、それでいいさ」

 クローディアは興味無く言い放ち、リンゴの皮を魔法で剥く。肝心のスネイプは魔法省で軟禁状態だという。彼はアズカバンへの投獄を希望したが、満室状態だと却下された。

「それよりも、マッド‐アイはクローディアの事を知っていたのね?」

「知るわけなかろう。その可能性も視野に入れておっただけだわい。わしはこの目で死んだところは見ておらんからな」

 ハーマイオニーの答えたムーディの青い義眼がクローディアをガン見している。この様子では、トトがダンブルドアである事を明かしても、可能性のひとつとして受け入れるだろう。そんな考えが過ったが、ハリーの視線だけで止めて来た。

 トトは布団を肩までかけ、落ち着いた呼吸を繰り返す。瞼は開いているが、喋るのも億劫な状態が続いている。これでも百体もの『吸魂鬼』を相手に『守護霊の呪文』もなく戦った結果にしては奇跡の部類だという。

「お陰で家にも帰れん。そういうわけでな、ここに逃げて来た。貴様らも来たから、場所を変えよう。しばらく雲隠れだ。騎士団はシリウスに任せておくから、アーサーに会ったらそう言っておけ」

「僕も着いて行っていいですか?」

「なんじゃと?」

 ようやく喋ったハリーの一言にトトさえも飛び起きた。

「僕……旅をしてわかったんです。何も知らない。勉強が必要なんです。僕も連れて行って下さい」

 それはハリーの決定事項、ムーディは今にも「油断大敵」と叫びそうな表情であった。

 ハリーの家はない。叔母一家の家は、帰れない。名付け親のシリウスの屋敷はヴォルデモートにより、破壊尽された。

 シリウスは破壊された屋敷を見て、しがらみから解放されたように爆笑していた。

「けど、ハリー。僕らはキングズリーから『闇払い』にならないかって誘いを受けただろう? それを蹴るつもり?」

「待ってもらうよ。僕が帰ってきた時に空きがないなら、その後は職探しだ」

 冗談っぽく笑うハリーにハーマイオニーは呆れた。

「私達はいつも一緒……けど、ちょっと離れてお互いを客観的にみるものいいわね」

「マッド‐アイとの旅とか……私は謹んで遠慮するさ」

「わしの意見は無視か……、生憎、先約があるのでな。相談してくるでの……」

 銀の義足を奏でながら、ムーディは廊下へ出る。途端に外が騒がしくなった。

「病院ではお静かに!」

 セドリックの叱責が戸越しに聞こえた。

「それでわしに話があるんじゃな?」

 起き上がったトトは無気力な声で問う。ハリーはムーディがいた場所まで近寄り、真摯な態度で霧のようなキング・クロス駅での出来事を語った。

「ベッロは……僕が死にかけた時、あいつと繋がっていたから命を取り留めたって……どういう事ですか?」

「振り返って考えるのじゃ……ヴォルデモートが無知の故、欲望と残酷さの故、君に何をしたかを思い出すのじゃ」

 完全にダンブルドアの口調、その輝く目つきに見覚えがある。

「……復活した時、ハリーを傷つけた……」

「僕の血を入れた」

 クローディアに次いで、ハリーは答える。トトは正解と言わんばかりに手を叩いた。

 そんな事実を知らなかった2人は驚愕したが、ハーマイオニーはすぐに閃いた。

「ハリーの肌はお母様の力で護られています! 肌だけじゃなく、その血も! ヴォルデモートに輸血された事で、護りも一緒に入ったと言う事ですか? 護りの込められた血がヴォルデモートにある限り、ハリーは死なない!」

 興奮したハーマイオニーの為にロンは紅茶を入れ始めた。

 つまり、それがなければ、ハリーはあの時に死んでいた。クローディアはゾッとし、初めてヴォルデモートに感謝した。

「貴方は……僕の杖とあいつの杖が繋がって呪文逆戻し効果が行われたと知った時に……そう確信を持った」

 ハリーは懐から杖を取り出し、確かめるように指でなぞった。

「まだあります。僕の杖があいつの借り物にすぎない杖さえ、退けられたのか。相性が良いからなんて言葉で済まされない。何か、あるはずです」

 トトは興味津々にハリーを眺め、何度も頷いた。

「それについては推量の域を出ん」

「じゃあ、それで」

 殊更可笑しそうに笑い、ダンブルドアは寝台の上で正座した。

「先ず理解しておくべきは、君達の間には前人未到の魔法の分野を知らずと旅をしたということじゃ。前例がない故に、どんな卓越した杖作りであろうとも、ヴォルデモートに対して説明できようはずもなかった」

 ロンから紅茶を受け取ったハーマイオニーは飲む姿勢のまま、食い入るように見つめた。

「君の血であり、母親の護りを取り込めば、ヴォルデモートは己だけを強めると信じた。その代償があるなど露にも思わず、もしも、最初から推論を一欠片でも立てていたなら」

「シギスマント=クロックフォードのように、1人目でやめていた」

 その呟きはあくまでも、トトにのみ聞こえるような小さな声。クローディア達には聞き取れなかった。

「二重の絆で結び付いた君達の杖は偶然にも、双子の芯を持っておった。あの晩、杖が繋がり、摩訶不思議な事が起こった。君の杖はヴォルデモートの杖の力、資質の一部を吸収した。つまり、ヴォルデモート自身の一部を取り込んだのじゃ。君を追跡し、追い詰めた時に杖はヴォルデモートを不倶戴天の敵と認識し、奴の魔法の一部を吐きだしたのじゃ!」

「あれは……ヴォルデモートの魔法だった。僕が知らなくて当然か……」

 杖に視線を落とし、ハリーは穏やかに納得した。

「それはハリーの杖は本当に最強になったと言う事ですか?」

 問わずにはいられないハーマイオニーは紅茶が零れるのも気にせず、前のめりになる。ロンは魔法で紅茶の液を掬い、カップへ戻す。そして、汚れた彼女の服を綺麗にした。

「あくまでも、ヴォルデモートに対してのみじゃ。それ以外は、ただの杖じゃ」

「十分です」

 ハリーはそれでも、嬉しそうに杖を掲げた。

「貴方の杖は、元の場所に戻しました」

 意味深に微笑むハリーにトトも似たような笑みを返す。悪戯が成功したような様子にクローディアはロンと同じ疑問を抱いた。

「ハリー、『蘇りの石』はどうしたの? まさか、学校に置いて来た?」

 急にトトからも笑みが消えた。

「許してくれるかのう?」

 幼子が大切な人に問う口調。唐突の豹変ぶりにハリー以外は驚いた。

「君を信用しなかった事、君に教えなかった事を許してくれるじゃろうか? ハリー、わしは君がわしと同じ過ちを繰り返すないかと、恐れたのじゃ。ハリー、どうか許しておくれ。もう随分と前から君がわしよりずっと真っ直ぐな人間だとわかっておったのじゃが」

 何を示しているのか、ハリーは分かっている様子だ。

「……許しますよ。当然じゃないですか、先生。先生が考えている以上に僕は自分勝手です。僕の役割を代わって欲しいと何度も思いました。僕が真っ直ぐだと感じるのは、曲がりそうになったら、助けてくれる皆がいたからです。僕とヴォルデモートの違いなんて、本当の意味で1人かどうかという事です」

 トトは目から涙の粒を流し、詫びるように首を下げた。

 厳格で時にお調子者だったトトの姿で流された涙に、クローディアは胸が痛んだ。

「『蘇りの石』は祈沙さんに渡しました。『死の秘宝』を知らないあの人こそ、持つべきだと思います」

 告げられ、クローディアは反射的に椅子から転げ落ちる。さっきまで一緒にいた祈沙の手に『死の秘宝』があるなど、思いもよらなかった。

「ハリー。女性に石を贈るなら、せめて加工しましょうよ」

「そういう問題なの!?」

 やれやれと紅茶をハーマイオニーにロンは叫んだ。

「ああそうだね、それは思い付かなかった。前は指輪だったから、首飾りはどうかな?」

「キーホルダーでもいいんだけどさ……。お母さんは……シリウスとハイド・パークに置いてきたから、迎えに行ってくる」

 クローディアはハリーに答え、起き上る。実際はディーダラスも一緒に霊園への墓参りが目的なのだ。『蘇りの石』を持ち込むのは、不吉すぎる。

 廊下の様子を窺い、受付を目指す。自分の足音を聞きながら不意に疑問する。静寂がすぎるのだ。

 肖像画、すれ違う人、誰かも何も話さない。受付付近も患者を呼ぶ声以外、聞こえない。それどころか、患者達も椅子に座ってお行儀よく畏まっていた。

「遅かったな、ウォーリー?」

 視界の外から呼ばれ、振り返って納得した。

 幽鬼の如き教授が椅子に座り、【日刊預言者新聞】を広げる。記事にはハリーを讃える記事や『嘆きのマートル』の活躍が記されていた。

 英雄と共に有名人であるスネイプは新聞を雑誌棚へ戻す。彼はクローディアを待っていた様子だ。

「出歩いてよろしいのですか?」

「帰宅が許されただけだ。アーサー=ウィーズリーへの協力は惜しまんつもりだ」

 『不死鳥の騎士団』や魔法省ではなく、アーサー個人というのは照れ隠しに聞こえる。

 ショーウィンドーの外は魔法界を知らぬマグルで溢れ、蒸し暑い中で黒衣に身を包んだスネイプを気にする者はいない。彼らの視界に映っていないのだろう。

「ジョージ=ウィーズリーとはまだ仲違いしたままかね?」

 今日までクローディアはジョージに会おうとしたが、意図的に避けられている。反対にフレッドはウォーリーだった頃の態度を詫びられた。

 リサとパーバティ、学友達もクローディアをすんなりと受け入れてくれた。

 久しぶりのペネロピーのビンタは顎にまで響いた。

「逆の立場なら、私はまだ許せませんよ。けど、良いんです。これから、ゆっくりと口説いて行きます」

 その間にジョージが他に伴侶を見つければ、諦めるだけだ。

「コンラッドからの手紙を見つけた。読むがいい」

 歩きながら差し出された手紙はシミの加減から、数年の歳月を感じた。

「今、すぐに」

 懐に入れようとしたクローディアにスネイプは念を押す。仕方なく、人を避けながら黙読する。冒頭には手紙を読むなら、コンラッドがこの世にいないという当たってしまった推測が書かれ、知らなかった祈沙と夫婦となった経緯まであった。

 自分の身に万一があった場合、全ての事情を手紙にしたためていた。

「本当……スネイプ先生が好きだったんですね……」

 呆れて皮肉った時、クローディアの関してある推測が記され、驚きのあまり足が止まる。スネイプへの友情と幸せを願う文面を最後に手紙は終わった。

 言葉が出ぬクローディアはスネイプを見上げた。

「時間は決して、戻りはせぬ。我輩はリリーを追いかけなかった。コンラッドの事もな。ジョージ=ウィーズリーと『漏れ鍋』で待ち合わせて……」

 切なげにスネイプが言い終える前にクローディアは手紙を押し付け、『姿くらまし』した。

 バチンッと弾けた音に何人かが驚いたが、気のせいだと決めつけて歩き出す。スネイプは手紙の一部分に目を通した。

【父は35歳で亡くなった。それと同じ存在であるクローディアもまた同じ歳までしか生きられない可能性がある。それまではあらゆる物から護られる事だろう。もしも、不自然なまでに彼女が死を免れたなら、それが証拠だ。私がいないのであれば、彼女の最期を君に見届けて欲しい】

 人も気も知らず、勝手な頼み。以前のスネイプなら、承諾しただろう。

「悪いが聞けんな……。彼女は長生きするだろう。僕達よりも……」

 穏やかにスネイプは空へ呟き、雑踏の中を歩く。今日は歩いていきたい気分なのだ。

 

 『漏れ鍋』の中へは『姿現わし』できない。扉の前に足が触れ、クローディアは勢いよく開けた。

 久方ぶりの満席状態。客人達は開いた扉に注目し、クローディアはその中から赤い髪を見つける。戸も閉めず、ジョージへと迫った。

 カウンター席で手にある何かを見つめていたジョージは、鬼気迫る表情のクローディアに驚いた。

「……スネイプ先生が……ここだって」

「ああ……うん。さっきまで話していた」

 一月ぶりの再会がこれを逃せば、永遠の別れになる。そんな予感が胸を去来し、言葉が詰まる。ジョージと一生を添い遂げる為に必要な物が浮かばない。

 添い遂げる。友人の結婚式を思い出した。

「冬に友達が結婚する! 一緒に参加して欲しい! 私の大切な人だって……紹介させて……」

 ジョージから目を逸らさず、涙も堪える。泣き落としでは、彼の信頼は得られない。

 いつの間にか、店中の客が口を閉じる。視線は向けないが、聞き耳を立てて2人へ意識を向けた。

「……コレ。問題ないからって、スネイプは俺に渡してきた」

 クローディアの手を取り、ジョージは赤い石を金細工で絡めたイヤリングを握らせる。クィレルに奪われていた片方だと瞬時に理解した。

 石が形として残っているなら、戦いの最中、クィレルはイヤリングを身に着けずにいた。彼の所持品を魔法省で検閲し、スネイプが自ら引き取ったと考えるべきだろう。

「それを指輪に作り直すよ。お義父さんとの約束を果たす。今度こそ君に何があろうと、変わらない愛を誓う」

 上辺ではない本心からの笑顔、ようやく見れた。

 だが、永く葛藤に苦しんだと一目でわかる。クローディアはハリーのいう自分勝手とは己自身であり、きっと、オリジナルであるシギスマントの頃から何も変わっていないのだ。

「ジョージ……、騙してごめんなさい……」

「ああ、いっぱい謝ってくれ。……俺が満足するまで……」

 イヤリングを握りしめた拳に逞しい手が添えられ、お互いの額が当たった。体温が集中して、そこだけが熱い。

 コトンッとグラスが置かれた音に2人は振り向く。ジョージの手元へマンダンガスが置いた。

「……俺からの奢り……」

 頬を掻いたマンダンガスはそれだけ告げ、そそくさと『ダイアゴン横町』に続く裏口へ向かう。妙な沈黙が流れ、クローディアはジョージと顔を見合わせた。

 周囲の客達も拍手を送ろうと手を上げたが、マンダンガスの予想外すぎる祝福に驚いて動きが止まった。

「……なんかさ、マーリンのパンツだ」

「それ使い方、間違っているぜ……」

 噴きだすジョージにクローディアも笑う。店主のトムは場の空気を変えんと杖でラジオを叩く。若き2人を祝福するような曲が流れだす。それは偶然にも、ベンジャミン=アロンダイトの交響曲であった。

 

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 仰向けに倒れている。

 背が何処かに触れ、手足を動かそうとしても感覚がない。しかし、呼吸ひとつひとつが肺どころか、臓物や脳髄を苦しめる。目だけ動かし、居場所の特定は出来ない。

 体の苦痛とは違い、心は安心に包まれる。矛盾した状態にとにかく、視界を動かした。

 白い靄の世界は晴れず、しかし、形が見えて来た。

 木々や草、体は大木の虚にある。ここが森だとしても、草花の匂いや音が全くしない。だから、白い靄を通り抜けて近寄ってくる人に気付くのが遅れた。

 知っている顔だが、知り合いですらない。足音も気配もなく近寄り、目的の物を見つけて屈んできた。

「最終的に8つか……非才には真似できない」

 赤い瞳で見下ろし、金糸の髪を指に絡めた男は機械的に呟く。研究者が観察する目つきで探られ、防ぎたいのに瞼も下りてくれない。

「答えなくてもいいが、逝きたかったかい?」

 治験の結果を聞くような口調に返さない。答えるつもりは毛頭ないが、ただでさえ、口も動かず、声も出せないのだ。

「『分霊箱』を破壊され、死に至れば……選べない。これは貴重な情報だ。君ほどの才能が闇の帝王などという立場に固執しなければ、魔法の真髄にまで到達できたであろうに」

 機械的な声に悲しみを滲ませ、赤い瞳から涙が零れた。

「残念だ。非常に残念だ」

 言葉通りに才能が惜しまれている。しかし、共感などしない。心にも響かない。誰が相手でも、同じだ。

 ただ、会うならば同じ顔の彼が良かったと乞う。そんな感情が残っている自分に驚き、煩わしく思う。

 最早、興味を失ったらしく、男は涙を拭って立ち上がった。

「さて、非才の『分霊箱』は炎に焼かれたが……、まだ結論を出すには……」

 ブツブツと呟きながら、歩きだす。それを追うわけでないが、肩を動かしてうつ伏せになり地面を這った。

 擦れながら進んでいると言うのに、肩や胴体に痛みはない。だが、神経を巡る苦痛は続いている。それでも、まだ視界のもはっきりしない白の強い方角へ向かう。そこが逝く先だと本能的にわかった。

 先を行く小うるさい男の手は借りない。

 そうだ。自分はずっと、独りだった。

 アルバニアの森を発つ時だけ、人の手を借りた。それがいけなかったのだ。

 白の強い場所へ辿り着くまでに永遠ともいえる体感をするだろう。決して、諦めない。寧ろ、逝けずとも、自力で現世に戻る方法も見つけてみせると誓った。

 

 ――ヴォルデモート卿の魂は不滅である!

 




閲覧ありがとうございました。

ハリーはこの後、コリンとムーディとの3人旅を1年経験して帰ります。彼は言う「話せば長い」と――。

クローディアに残された課題はジョージと共に立ち向かっていきます。

ヴォルデモートにとっての始まりはきっと、クィレルが迎えに来たアルバニアの森だと思います。出迎えるのは両親でも、自ら手にかけた人々でも、忠実な配下ですらない。同じ『分霊箱』を作った男だった。

これにて、『死の秘宝』編を終わります。
次は後日談編『ザ・クィブラー』です。
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