学生の本分は、勉強。勉強の結果を見るのが、試験。言葉ではわかっているんです。
追記:16年9月22日、誤字報告により修正しました。
夜更かしは健康の天敵、クローディアは昼まで熟睡した。
重い瞼を開いた時、布団の上で仏頂面のハーマイオニーが座っていたなど露も知らない。
眠気は吹っ飛び、思わず部屋を見渡す。間違いなく、クローディアの自室だ。誰もないのは、ハーマイオニーが追い払ったか、彼女から逃げ出したかのどちらかだ。
「おはよう」
暗い声のハーマイオニーは、目の下にクマが出来ている。昨晩の件が気がかりで眠れなかったのかもしれない。
「おはようさ。昨日のことは、上手く行ったさ」
ノーバートは無事に引き渡し、問題がひとつ解決した。しかし、ハーマイオニーは喜びもしない。失態を犯したと反省している様子だ。
「何か……あったさ?」
躊躇いつつも質問してみれば、肯定の反応が返ってきた。順調に事は運ばないと思い知ったクローディアは、これから知る事態に備えて胸中で溜息を付いた。
ハグリッドの家は、まるで通夜の晩だ。
哀惜のあまり、一晩中泣き腫らしたハグリッド。たった一晩でげっそりとしたハリー。退院したのに、元気がないロン。
安息を取り戻したファングが寝台に寝転び、ベッロが4人に茶とイタチサンドを差し出してくれた。
「ハグリッド、成功したさ。ノーバートのこと大事にするってさ」
異様に重い空気でも、これだけは朗報を齎す。そんな甘い考えは、捨てておくべきだった。
「うん、知ってるよ。見てたからね」
重苦しい口を開いたハリーが昨晩の出来事を話し出した。
ハーマイオニーはハリーが大人しく事が終わるのを待つはずがないと思い、談話室を見張っていた。案の定、ハリーは『透明マント』を持って現れた。
〝ダメよ、クローディアから無暗に『透明マント』を使っちゃいけないって言われたでしょう?〟
〝これは僕のマントだ。それにハグリッドの問題は僕の問題でもあるんだ。クローディアに任せっきりに出来ないよ〟
説得しきれず、ハーマイオニーとハリーは『透明マント』で身を隠し、天文台を訪れた。クローディアが虫籠をチャーリーの友人達に引渡す所を見届け、2人は浮かれすぎた。拍子に『透明マント』を脱げてしまい、フィルチに発見された。それどころか、ドラコがハリーを陥れようとしていると忠告にきたネビルまで現れてしまった。
3人はマクゴナガルから、グリフィンドールは150点も減点された。
聞き終えたクローディアは、絶句した。しかし、ベッロが階段を使わなかった理由は知れた。フィルチが待ち構えていることに気づいたからだ。念入りの逃走経路として、わざわざ塔から飛び降りたのだ。
「僕がマルフォイに本を貸さなければ……チャーリーからの手紙を挟まなければ……」
自責の念に駆られたロンが後悔を口にした。
「違うよ。僕が『透明マント』があるから、見つかりっこないって思いこんだのがいけないんだ」
絞り出した声は涙で潤んでいた。それでも、ハリーは涙を溢さないように堪えた。
ドラゴンを飼う夢を叶え、有頂天だったハグリッドは、ようやく事の重大さが身に沁みた。自分の身勝手な行いが、目の前の子供達に多大な迷惑を被らせた。
「すまねえ、俺のせいだ。何度も、おめえさんたちは危ないって言ってくれたのに。これからは馬鹿なことはしねえ。おめえさんたち、本当にありがとう。俺には、これしか言えねえ」
詫びるハグリッドは、大きな身体で頭を下げた。
唯一、被害を免れたクローディアは居た堪れない気持ちでハーマイオニーの肩を撫でる。言葉では慰められない程、この場は悲嘆に満ちていた。
ハリーが有名人であることを最も悔いる時が来た。一日が終わる前に、彼らが減点したという噂が城中に広まったのだ。
グリフィンドール生は勿論のこと、先日のクィディッチでスリザリンに惨敗したハッフルパフ、レイブンクローの寮生からもハリーは『嫌われ者』となってしまった。スリザリン生からは嘲りの感謝を貰い、侮辱された。
あのフレッドとジョージでさえ、ハリーを「シーカー」と呼んで距離を取った。最も近くにいるロンがハリーの味方なのは、極僅かな救いと言えよう。
それは、クローディアの周囲でも同じだ。
ハリーファンのサリーも、彼の名を口にしなくなった。良き先輩のペネロピーでさえ、ハーマイオニーとの接触を断たせようとした。
ちょっとでもクローディアがハーマイオニーと雑談していれば、横入りして引き離した。
ジュリア達は、わざわざクローディアの傍を通る度にハリーを中傷した。
ネビルはおまけ程度の扱いだったが、勇気を振り絞った行為が寮に迷惑をかけた。それが惨めで堪らず、精神的にボロボロとなって泣き崩れる日々が続いた。
クローディアはハーマイオニーとの交流をやめなかったし、ネビルの勉強を見るようにした。
但し、クローディアとネビルの学力は、どんぐりの背比べ程度の差しかない。結局、ハーマイオニーが2人の勉強を見るしかなかった。
それを憐れんだペネロピーが試験勉強ならば、ハーマイオニーとの関わりを許してくれた。
トロフィー室は、創設されてから今日に至るまでの栄光の軌跡。試験が迫る時期は、特に用がなく無人に等しい。だから、クローディアとはハリーを連れてきた。人の目を気にする彼が、気を休めるには丁度良い場所だ。
初めて足を踏み入れた場所は、クローディアも俄かに興奮する。金銀に輝く、カップ、盾、賞杯、像は手入れを怠らず輝きを忘れない。
対照的に、ハリーは見るとはなしにカップを見つめるだけだ。
「ねえねえ、ポッター。これ、見るさ。ポッターのお父さんさ?」
金の盾を指差したクローディアは心躍らせる。返事もせず、ハリーは彼女が指した方角を見やる。
【グリフィンドール チェイサー ジェームズ=ポッター】
ハリーの目から称賛の色が浮かび、感嘆の息が漏れる。
「パパだよ。間違いない。僕のパパとママはグリフィンドールだもん。パパがクィディッチ選手だって聞いてたけど、盾まで貰ってたんだ」
「あんたもシーカーだしさ、才能は父親譲りさ」
我が事のように喜ぶクローディアは叫んだ。やっとハリーは笑顔見せた。
「僕ね、選手から外して貰えるようにウッドに頼んだよ。でも、ウッドは責任を感じるなら、クィディッチで優勝杯を取れって言うんだ。その……、ごめん。次ってレイブンクローだよね。」
「勝負はベストを尽くしてなんぼさ。ポッターが全力でやってくれたら、嬉しいさ」
試合は真剣勝負。クローディアは十分承知している。建て前ではなく本音と理解し、ハリーは気持ちが軽くなった。
もう一度、父親の盾を見た時、ハリーが何かに気付いたように呻く。
「君のパパって、コンラッド?」
「そうだけどさ、なんでさ?」
疑問してクローディアは、ハリーの視線を追う。ジェームズ=ポッターの名が刻まれた盾の後ろに、負けずと光り輝く金の盾が視界に入る。
【スリザリン ビーター コンラッド=クロックフォード】
コンラッドの名が 此処にある。
一瞬、クローディアは我が目を疑う。驚愕したこともあるが、言い知れぬ感覚が喉に詰まる。決して、良い兆候ではない。寧ろ、知るべきではない警告に似ている。
「スリザリンだったんだ」「ホグワーツだったさ」
2人の声は同時だった。発言の内容にお互いを見やる。
「知らなかったの? 自分のパパなのに?」
そちらが驚きだと、ハリーは怪訝した。
「寧ろ、お父さんについて知らないことのほうが多いさ。うちのお祖母ちゃんに会ったのだって、入学する前さ。そういえば、お祖母ちゃんがスリザリンじゃなくて安心したって……、う~ん、こういうことだったかもしれないさ」
顎を押さえて唸るクローディアを見て、笑いのツボにハマったハリーは喉を鳴らして笑う。
クローディアの内心は、焦燥に襲われて混乱している。何故、コンラッドがホグワーツでスリザリン寮生だったことを教えなかったのだろう。こちらが聞かなかった為、失念したかもしれない。思い返せば、コンラッドが学徒の頃ベッロが使い魔だったと話した。過去にベッロがこの学校にいたなら、教師の誰かが口にしても良いはずだ。
〝これまでは運がよかっただけかもしれませんし〟
〝こいつの中は入る奴の大きさに合わせられるっていう代物だ〟
フリットウィックのこれまでとは、そういう意味も含めていた。ハグリッドが虫籠の使い方を熟知していたのは、使っている所を誰かが見せたからだ。
コンラッドの怒りと嫌悪に満ちた表情が脳裏を掠める。あの表情はハリーに向けられたものだ。
コンラッドは、ハリーを嫌悪……否、憎悪している。
その原因は、ジェームズ=ポッターとの因果関係かもしれない。実際、スリザリンとグリフィンドールはお互いを宿敵としている。
それならば、ハグリッドがクローディアとハリーの友情を異常に喜んでいた理由も納得できる。
「今度、君のパパに会わせてね」
「OKさ。お父さんに言っとくさ」
嬉しそうなハリーの声で我に返ったクローディアは、咄嗟に承諾してしまう。
(まあ、知らなくても不便じゃなかったさ。放っておくさ)
いくつも生まれた疑問をそのままに、思考をやめる。教えられないことを無理に知る必要ない。それが一番良いのだと、自らに言い聞かせた。
晴れやかな気持ちでいるハリーと違い、若干、表情を暗くしたクローディアはトロフィー室を後にした。
カリカリと羊皮紙にペンを走らせる音が談話室に響く。図書館並みに生徒が教科書や参考書を広げ、勉強に励んでいた。出来るだけ音を立てないように、クローディアが抜け去ろうとする。
「よくも、ハリー=ポッターとデートできる余裕があるわね」
聞きなれた嫌味がクローディアの足を止めさせる。窓際を占領したジュリアが盗み見るように睨んでいた。
「やっぱり、会ってきたんだ。いい気なものよねえ。可哀想な奴を相手して、さぞご満悦でしょう」
「私のことよりも、その教科書の内容を覚えるほうが先さ。『動物もどき』と『人狼』の区別もつかないブッシュマン先輩?」
激怒したジュリアは、手にしていた教科書をクローディアに投げつけた。真正面から、教科書を受け止める。
勉強の手がとまり、談話室の全員が2人に注目する。試験勉強中に騒ぐなという批難と日常的な2人のいがみ合いに、うんざりする視線が混ざっていた。
「ジュリア、やめて。あなたが悪いのよ」
「クローディア、皆、ちょっと神経質になっているだけよ。聞き流さなきゃ」
クララがジュリアの腕を掴んで座らせる。パドマが急いでクローディアの背を押し、談話室から遠ざけた。
部屋に戻されたクローディアは、不愉快さを起こして寝台に座る。ジュリアの教科書が手にあり、適当にページを捲ると『動物もどき』の項目が開けた。
ジュリアの走り書きのメモもある。
自らが動物に変身する魔法。種類を選べず、本人の生まれ持った資質がその形態を決める。他者を変身させるより困難であり、動物の本能に人格を浸食させる恐れもある。また、『動物もどき』の能力が犯罪に利用されないように、習得者は魔法省への登録を義務付けられる。今世紀において、登録されている魔法使い・魔女は、7人である。
(杖を使用せずに形態を変化させられる。へえ、ニンジャみたいさ。……あれは、巻物くわえているさ)
興味深くなり、教科書を閉じる。
「クローディア、またジュリアと揉めたんですって?」
「何にも揉めてないさ」
不機嫌なペネロピーがノックもせずに入ってきた。寝台から起きあがり、クローディアは教科書を彼女に差し出す。
「これジュリアに返しておいて欲しいさ。私じゃ、何が起こるかわからないさ」
両手を合わせ、クローディアは頭を下げる。
「もう、人をパシリみたいに! 全く、試験が終わるまで喧嘩しないこと!」
不承不承と教科書を受け取り、ペネロピーは文句を言いながら出て行った。
今度はパドマとリサが大量の本を抱えて戻って来た。
「クローディアが勉強に集中できるように、先輩達が使っていた教科書を借りてきたわ」
「これで、余計なことは考えられませんよ」
天使の微笑を浮かべた2人がクローディアには、小悪魔に見えたがこれも自業自得と諦めた。
そうしている間にも、試験が一週間を切った。
調合薬を蒸発させたクローディアは、スネイプから罰則を受ける事態になった。
「私、今日までレイブンクロー生であったけど、これ程スネイプから罰則を受けた生徒は貴女が初めてよ」
ペネロピーの嘆きがクローディアの胸に深く突き刺さった。
絶望した気持ちを抱えてクローディアは、地下教室を訪れた。スネイプは教卓に立ち、調合の機材が用意をしていた。薬草もこれまでの授業で使ったものばかりが並べられている。
「ミス・クロックフォード。ここにある物で、『忘れ薬』を調合したまえ。時間がかかっても構わん」
「あの……罰則は……、いえ、はい。わかりました」
脳内で『忘れ薬』の調合法を思い返し、クローディアは慌てず慎重に作業を行った。傍らにいるスネイプは、授業の時同様に厳しく監視していた。しかし、その目つきはパドマやリサ達、他の生徒を見る時と変わらない。憎しみが抜け落ち厳格さだけを残している。
不気味だと感じながら、クローディアはテキパキと調合を済ませた。
1時間もかかり、『忘れ薬』は完成した。1ミリの失敗もなく、仕上げることが出来た。ここまで完璧に調合できたことが嬉しくて、地味に感動が胸を締め付ける。
それも一瞬、スネイプが『忘れ薬』を物色しだした。緊張して待つクローディアを彼は、普段の口調で評価した。
「よろしい。片づけを済ませたら、帰りたまえ」
「はい、わかりました」
片付けの間も、スネイプの監視は終わらなかった。やはり黒真珠の瞳は、鋭さが微塵も感じられなかった。まるで、クローディアには憎むべき価値を失ったと教えられた気がする。
(どういう心境の変化さ?)
寂しいわけではないが、嬉しくもない。
この曖昧な感情にクローディアはヤキモキして、罰則を終えた。
後は寮に帰るだけではずだが、廊下で蹲っているハリーを目撃してはそれもまだ後になりそうだ。
「ポッター、医務室行くさ?」
陽気に声をかけたクローディアをハリーは、必死の形相で振り返った。あまりの切羽詰まった表情に、心臓に冷水を浴びせられた感覚が襲う。
尋常でない心情を察し、クローディアはハリーに顔を寄せる。
「聞いちゃった……。たったいま、クィレル先生がスネイプ……先生に屈したのを」
絶望して喘ぐハリーは、縋るようにクローディアの腕を掴んだ。その手は焦燥のあまり汗で濡れている。自然と焦燥は伝わるが、解せない点がひとつある。
「スネイプ先生なら、ついさっきまで私と一緒にいたさ」
「そんなはずない!! さっきいたんだ!」
否定を叫ぶハリーの口をクローディアは押さえた。突然のことで、彼の眼鏡がずり落ちる。
「し~、聞かれちゃうさ」
目配せで頷いたハリーは、沈黙を約束する。
「またクィレル先生とスネイプ先生が一緒にいたのを見たさ?」
「クィレル先生の声を聞いただけ、でも、相手はスネイプだ。間違いない」
眼鏡をかけ直しハリーは、ハッキリと断言した。彼から、スネイプに立ち向かう決意を感じ取った。
クィレルが籠絡されたのは、残念だが、今日まで耐えきったと称賛すべきかもしれない。
それを抜きにしても、ハリーがここまで『賢者の石』に拘るのは、正義感か、あるいは義務感か、どっちにしてもクローディアは面倒事を避けたい。ノーバートの件で懲りた。
「クィレル先生が落ちたとしても、まだフラッフィーがいるけどさ。それでも、この件に関わるつもりさ?」
責める口調で確認してみれば、ハリーは迷いのない眼差しを返した。
つまりは、ハーマイオニーとロンもハリーに協力を惜しまないだろう。
「何をすればいいさ? 調べ物さ?」
クローディアの発言が意外だとハリーは驚きつつも、頭を振るう。
「スネイプ……先生は、必ず行動に出る。それまで、僕らは素知らぬ振りをするんだ」
それしかない。クローディアは、手振りで承諾を示した。
日曜日でも勉強をしなければ、試験はすぐそこだ。
それなのに、ハーマイオニーはクローディアをトロフィー室に連れ込んだ。本当に誰もいないか警戒し、物陰に潜んでいないか確認した。こういう時、非常に危険なことを知らされると予感した。
「昨日の夜。私達は、罰則で『暗黒の森』に行ったの。ハグリッドに連れられてね。森では一角獣が何者かに襲われる事件が続出していたから、その調査も兼ねて……。それで大変なことが起こったわ」
予感でなく、前触れだ。
「『例のあの人』が『暗黒の森』にいたの。一角獣の血を吸っているところをハリーが見たんですって。ハリーも襲われかけたけど、ケンタウルスのフィレンツェが助けてくれたわ」
赤ん坊のハリーが倒したはずの『例のあの人』。
脳内で理解するのに、数秒かかった。理解してから、クローディアは恐れ慄いた。絶句する以外、驚きを現わせない。
「まさか、……死んだ人間が蘇った……ってこと……?」
それだけは違うと哀願し、問うた。
「いいえ。『例のあの人』は元々滅んでなかったのよ。弱くなって生き延びていただけ。一角獣の血は死にかけた命を長引かせる効果があるから、それで襲われていたの。でもね、一角獣の血を口にしたら、死ぬより惨い呪いを受けるって、フィレンツェは言っているらしいの」
『例のあの人』は、力をなくして生き延びていた。それも驚くべき事実だが、死んで蘇生したのではない分、救いを感じて安堵する。
「でも、夜の森でよく相手の顔が見えたさ」
「額の傷が痛んだそうよ。あの傷は、ハリーに『例のあの人』を教えるみたい。それで、ハリーがね。スネイプ先生が石を狙う理由は『例のあの人』の為なんじゃないかって。そう考えるとスネイプ先生がハリーを恨む理由が納得できるって、『例のあの人』を倒したのはハリーだから」
『賢者の石』を狙う明確な理由は、それにより得られる『命の水』。成程、『例のあの人』を復活させる手段に用いるなら、納得がいく。
「ということは……、グリンゴッツに侵入したのも、トロールを仕掛けたのも、『例のあの人』自身ってことさ? そのほうが何処となくしっくり来るような気がするさ」
「しっくり来る? スネイプ先生の仕業じゃないってこと?」
興味深そうにハーマイオニーは、クローディアに聞き返す。
「うん。前々からスネイプ先生がやるにしては、ちょっと穴だらけな気がしてたさ。でも、『例のあの人』なら、無謀って感じが合うさ」
「見かねて、スネイプ先生は『例のあの人』を手伝おうとしていると?」
急にクローディア思いつく。
「ポッターがさ、クィレル先生がスネイプ先生に降参したのを聞いたと言ってたさ。もしかしたら、そこにいたのは、『例のあの人』だったんじゃないさ? ほとんど同じ時間に私はスネイプ先生と一緒にいたさ」
「まさか、ここには『例のあの人』が最も恐れたダンブルドア先生がいるのよ……。あ、でも、そうね。だから、協力者がいるんだわ。『例のあの人』はダンブルドア先生に見つかりたくないんだから……」
ハーマイオニーは白紙の回答欄を埋めた達成感を得る。
「私、ハリーにもこの事を話してくる」
大忙しでハーマイオニーはトロフィー室に、クローディアを置き去りにした。
『例のあの人』、否、闇の帝王ヴォルデモートが『賢者の石』を求めている。いきなり、ラスボス的存在が登場するなど、ゲーム上でも勘弁してもらいたい。
そして、これは現実だ。
所詮は、1年生の子供4人が挑戦して勝てる気がしない。
「私が校長先生に話してくるさ」
呟いた瞬間。頭上から、洪水がクローディアを襲う。頭からモロに水を被り、全身ずぶ濡れにされた。おまけに頭へバケツが落ちた。
「ひゃははは! 良い様だぜえ!」
腹を押さえて爆笑するビーブスが宙で浮かんでいる。
「ピーブズ!」
激昂して怒鳴るが、ピーブズは物ともしない。それどころか、クローディアの周囲をクルクルと回り、小馬鹿に舌を出した。完全にからかっていると判断し、濡れたまま彼女はピーブズを追い回した。
――それから、奇妙なことが起こり始めた。
クローディアが校長室に行こうとする度、ピーブズが邪魔をしてくる。教室や大広間には現れないが、機密事項をおいそれと話せない。廊下ですれ違わないかと期待しても無駄だ。これまでダンブルドアを廊下で見かけたことはない。
仕方なく、ダンブルドアへの報告を諦めると、ピーブズの悪戯はピタリと止んだ。
6月は日本では梅雨の季節で、空気が湿気に満ち、学校では運動場が使えず体育館で授業することが多かった。
(そういえば、なんで、この学校に水泳ないさ。寧ろ、プールもないさ)
プールが駄目なら湖に飛び込みたい。実家から扇風機を持ってきたい。百歩譲って団扇が欲しい。
クローディアの心情を察した祖父がシマフクロウに団扇を運ばせてくれた。それを見て、パドマも実家から魔法の扇子を貰った。負けずとリサは暑さと戦った。
猛暑の中で受ける筆記試験は、クローディアを現実逃避させるのに十分だ。それでも、模擬試験の体験が実を結び、レイブンクロー1年生の緊張を解させた。
クローディアにとって嬉しいことに『魔法薬学』の実技試験は『忘れ薬』だ。1年生の誰もが、スネイプの監視に緊張して怯える中、順調に調合した。
最後の『魔法史』の筆記試験で、ビンズがカンニング防止用の羽ペンを置いて答案羊皮紙を巻くよう指示したとき、全ての試験が終了した。
――生徒は、万歳して歓声を上げる。
レイブンクロー生は、寮での自己採点があるのでまだまだ終わらない。
クローディアの自己採点は度重なる勉強が身に入り、模擬試練より良好だ。だが、パドマとリサの3人の中では最下位にいた。
ペネロピーは聞くまでもなく、満足していた。ロジャーやクララは良い結果を得たが、ジュリアだけ真剣に悩んでいた。
「皆、お疲れ様。試験結果までの一週間は、自由だ!!」
普段、厳格な監督生が弾けた声を張り上げ、解散を告げた。全員、嬌声と歓声を上げて寮を出て行った。明後日に試合を控えたクィディッチ選手は、心置きなく競技場に向かっていた。
(あ~、やっとハーマイオニーと遊べるさ)
その前に、ベッロをハグリッドから受け取らなければいけない。
軽い足取りでハグリッドの家に向かう。机に3つのコップが置いてあり、来客の後が見えた。
「ほい、ベッロをあんがとな。ちょうど、ハリー達も来てたんだが、行き違いになっちまったな」
「急いでくれば良かったさ」
虫籠を受け取った時、ハグリッドが深刻そうにクローディアを眺めた。
「ハリーがな。俺がノーバートの卵を貰ったときの話を聞いてきた。それで、俺はありのままを話した。そしたら、あいつら血相を変えて行っちまった」
「それは……、パブで旅人から貰って話さ?」
肯定したハグリッドの顔色が青ざめていく。
「相手はフードを深く被ってたから、顔はわからなかった。だが、俺がどんな生き物を飼っているのか興味を持ってた。だから、俺は……フラッフィーのことを話しちまってた。アイツは音楽させ聞かせりゃ、すぐに大人しくなるってな。おまえは知らんだろうが、ここんところ『暗黒の森』で、一角獣が襲われることが多かった。段々とベッロの機嫌が悪くなって、それでハリーと話して俺はもしかしたら、とんでもねえ失態を……」
「ちょっちょ、ハグリッド。え~とさ、一角獣のことはハーマイオニーから聞いてたさ。でも、ベッロの機嫌が悪いのとどういう関係があるさ?」
自分の気を持ち直すために、ハグリッドは虫籠を撫でた。
「ベッロはな、危険が迫ると機嫌を悪くすんだ。いいか、ベッロは無意味な行動は絶対しねえ。こいつに変化があるときは。必ず何かあるときだ。親父さんから、聞いとるだろうがな」
「……ハーマイオニーを探しに行くさ」
絞る声を出しクローディアは、深々とお辞する。
「いいか、危険なことに首を突っ込むなよ!」
心配するハグリッドに手を振って答えるだけで、精一杯だ。
「ベッロ、先に部屋へ戻っているさ」
虫籠を地面に置くと、ベッロは解放感を得て出てきた。頭で虫籠を支え、ゆっくりと這って行った。口に銜えるならまだしも、頭に乗せるとは予想外だ。
(ハグリッドは、お父さんのこと知っていたさ)
やはり、コンラッドはこの学校に在籍していた。何故だが、不安は募るばかりで晴れた気がしない。
玄関ホールまで歩き、クローディアは溜息をつく。
「諸君、こんな日には室内にいるもんじゃない」
誰の声かと顔を上げれば、スネイプが見せたことない愛想のいい笑みを浮かべていた。クローディアは驚いたが、彼の前にはハーマイオニーとハリー、ロンが見下ろされている。
「ごめんさ! 待たせたさ!!」
クローディアの叫び声に、3人は反射的に振り返った。スネイプは笑みを消さず、眉を顰めた。異様な緊張が包む空気を誤魔化すために、ジュリアの猫かぶりを思い出す。
「スネイプ先生、こんにちは。これから採点ですか? 生徒が多いから大変ですねえ。もしかして、もう済んだんですか? 私、悪かったですか? 私、どうも調合とか苦手で、今日も先生のあつ~い視線に手がガタガタ震えちゃって♪あらヤダ、私ったら❤キャハ♪」
自分で口走ってから、寒気がした。顔や腕にジンマシンに近いサブイボが立つ。
本人でさえ、ドン引きなのだ。ハーマイオニーは勿論、ハリーとロンも唖然と馬鹿を見る目つきを返した。鳥肌を立ててまで、媚びる態度の意味を問うている。
「もう、何してるさ。はやく行くさ、折角のいいお天気さ♪」
寒気が治まらないままクローディアは、3人の背中を無理やり押していく。
「ポッター、警告しておくぞ」
4人の背に、愛想を無くした闇色の声がかけられる。
「これ以上、夜中にうろついているのを見かけたら、我輩が自ら君を退学にしてくれる」
スネイプはその長い足を大股に歩き、職員室の方角へと消えた。
一気に緊張が4人は溜息をつく。
「ハグリッドから、フラッフィーの話を聞いて探したさ。ハグリッドが危険なことするなってさ」
「そんなこと言っている場合じゃない。君の言うとおり、学校に『例のあの人』がいるかもしれないんだ。その……傷がずっと痛むんだ……。『暗黒の森』でヴォルデモートに会ってから」
恥辱を覚悟でハリーは告白した。罰則を受けた晩から、今日までハリーは額の傷が痛み続けていた。痛みは危険を知らせる警報だ。それなのに、黙っていた。
そのことがクローディアを憤慨させた。
「ポッターさ、石のこと抜きにしても、痛むことは校長先生に相談するべきさ」
「駄目なの。マクゴガナガル先生が校長先生はロンドンに出かけちゃっていて、今夜は戻れないって」
世の終わりと悲観するハーマイオニーの叫びに、クローディアは頭を抱えた。
「ともかくさ、そのダースベーダーの為に、『賢者の石』がスネイプ先生を突破して、フラッフィーを奪いに来るさ?」
支離滅裂のクローディアをハリーが哀れんだ。
「ダースベーダーって何?」
聞きなれない響きに、ロンが首を傾げる。面倒で誰も答えない。
本題に戻りたいハリーは、ハーマイオニーに振り返る。
「ハーマイオニー、君がスネイプを見張るんだ。職員室の外で待ち伏……」
「ちょっと待つさ!」
鬼気迫る口調で声を張り上げ、クローディアはハリーを遮る。
「校長先生がいない状態でやるつもりさ!? 相手は『例のあの人』さ! もし、石を守りきれても死んでしまったらどうするさ!! 誰も褒めてくれないさ!! すぐに校長先生に手紙を出して、戻ってきてもらうさ! そのほうが安全さ!」
クローディアに断言され、ハーマイオニーとロンは反論できずに項垂れた。しかし、ハリーは怒りとは違う感情の籠もった視線で、クローディアを見つめてきた。
「褒められることが問題じゃない! あいつが復活したら、また大勢殺されるんだ! 僕のパパとママみたいに! そうなる前にどうにかしないといけないんだ! わかるだろ!」
「あんたが殺されるぞ!」
2人のギラギラとした視線がぶつかり合う。悲劇を繰り返させぬ為の阻止と我が身を守る為の保身。どちらの意見も正しい。それはどちらも間違っていると言っても過言ではない。
永遠に続くかと思われた睨みあいは、時で言えば一瞬のこと。
先に動いたのは、クローディアだ。小さく息を吐き、親指で自らを指す。
「なら、仕掛け扉には私が1人で行くさ」
「ええ!?」
驚愕したハーマイオニーが反論する前に、クローディアは手で制した。
「何も石を守りきろうとなんかしないさ。あんたらは、すぐにフクロウを飛ばして、校長先生を呼び戻すさ。その間の時間稼ぎをするさ。大丈夫さ、死ぬなんてことはしないさ。だから、今夜は、寮にいること! わかったさ!?」
何か言いたそうな3人に背を向け、クローディアは全速力で走り去った。
トロフィー室に駆け込んだクローディアは、愕然と床に膝を付く。
(言ってもた~! かっこつけて何を言ったさ!)
出来るなら、取り消したいが無理だ。
クローディアはバスケに関しては挑戦的だが、こんな危険を伴うことは避けたい。
退学よりも命が惜しい。それなのに、勢いだけで『例のあの人』に挑むことになってしまった。
(どうしようさ、校長先生もいないしさ。フリットウィック先生? なんでポッターは、早めに校長先生に言わなかったさ。痛みが危険を教えていたのにさ)
胸中で嘆いてから、強い違和感がクローディアを襲う。例えるなら、問題用紙の間違いを見つけたような引っかかりだ。
(なんか、忘れているさ)
この状況を脱する方法でないなら、どうでもいい。逃げられないなら、もう覚悟を決めるしか道はない。床に手を付き、orz体勢で全身を走り抜ける葛藤と闘う。
「外に出ず、こんなところで何をしているのだね?」
闇色の声が呆れている。
顔を上げれば、スネイプの黒真珠の瞳がクローディアを見下ろす。
この教師と対峙しなければならなくなる。バスケの試合ならば高揚もしようが、今は全然違う。不思議と恐怖さえも湧いてこない。
現実感のない視界は、金の盾を見る。
「私の父の名前を見つけたんです。あそこにあるコンラッド=クロックフォードです。あれは、私の父のことです」
四つんば状態でクローディアは、金の盾を指差す。
何度もこの身を襲った悪寒の中でも、最大級の感覚が血管さえも支配する。
スネイプの土気色の肌が灰色に変わり、口元には裂かれたような笑みが浮かんでいた。ねっとりとした髪の隙間から、黒真珠の瞳がクローディアを捉えている。
憎むべき意味を見出し、歓喜の色が見えた。
直感的に、危険信号が頭の中で鳴り響く。
〝聞かれない限り、私の名を出さないこと〟
今更、彼の警告が脳裏を掠める。
絶対に出してはいけない名前だと、気付くには遅すぎた。
悲鳴も上げられぬ程、喉が引き攣った。指先が微かに動き、それを頼りに床を這いつくばる。追われているかなど、知ったことではない。とにかくクローディアは全神経に命令して、逃げ切った。
談話室には、誰もいない。幽霊や絵の住人達も出かけている。まさに1人きりであった。
治まらない動悸を抱えてクローディアは、ソファーにもたれた。
(お父さんは、あの人に恨まれているさ)
最早、疑いようがない。スネイプはコンラッドを憎んでいる。
〝クロックフォードは人に媚を売るのが、お上手だな。そうやって信頼を掴み、弄ぶのは血筋かもしれん〟
あの罵声は、コンラッドを指していた。
しかし、矛盾も生まれる。
先程のスネイプは、クローディアをコンラッドの娘だと知りえたばかりの態度だった。ならば、これまで憎まれていた原因は何かわからない。
ハグリッドは、最初から知っていた。スネイプは、最初は知らなかった。同じ学校にいる者同士に差があるのは何故だ?
疑念と疑問が、脳内と胸中で繰り返される。
回答と憶測もままならず、呻いたクローディアは無理やり今夜の行動を考えた。今は、『例のあの人』から『賢者の石』を守ることを優先すべきだと言い聞かせた。理解できない因果関係よりも皆を危険から助けることこそ意味があるのだ。
見たこともない『賢者の石』がこんな形でクローディアを苦悩から救えるなど、思いもよらなかった。
閲覧ありがとうございました。
スネイプに睨まれたくないです。