ハリーと蛇の冒険が始まります!
追記:17年3月5日、誤字報告により修正しました。
子蜘蛛の群れを追い、『暗黒の森』でハリーとロンは老蜘蛛アラゴグと遭遇した。アラゴグは、50年前に殺された女子生徒はお手洗いで発見されたと教えてくれた。そして、容疑がかかる前にハグリッドがこの森にアラゴグを隠したらしい。
「怪物の正体は、バジリスクですか?」
そうハリーが尋ねた途端、アラゴグは子供達に襲うよう命じた。2人は死に物狂いで逃走した。途中で行方不明のロンの車がなければ、逃げ切れなかっただろう。
命からがらハリーとロンは、自室の寝台に倒れこんだ。
ロンは最も苦手な蜘蛛に囲まれ、疲労困憊し眠りに落ちそうになった。しかし、寸でのところでハリーの小さい声が、ロンを叩き起こした。
「殺された子はトイレで発見された。いまもそこにいるとしたら?」
「まさか……『嘆きのマートル』?」
暗闇でハリーは、慎重に頷く。
「いまはあのトイレに行くのは危険すぎる。先生の警戒の目もある。だから、ベッロに会おう」
「でも、相手は蛇の王だろ? ベッロは同じ蛇だぜ。立ち向かえるかな?」
素朴なロンの問いに、ハリーは気付く。
〝あいつが来た〟〝あいつが、誰かを襲う。あのときのように〟
(50年前……ベッロはこの学校にいて……殺されるところ見た。もしかして、ベッロはマートルの使い魔だった?)
突然、脳裏に『太った修道士』がくれた言葉が甦る。
〝噂が本当なら、彼の者が全てを語るだろう〟
ハリーの噂には『パーセルマウス』のことも含まれている。つまり、『太った修道士』はベッロから事の詳細を説明してもらうように示していた。
(簡単なことだ!)
興奮して、ハリーは寝台から起き上がる。床に投げ捨てていた『透明マント』を被ろうとしたが、体は重石をつけたように鈍くなり、再び寝台に倒れた。
談話室で朝食と摂りながら、ハリーとロンは窓際で声を顰め、医務室に忍び込む時間を相談した。
「夜はもう無理だ。マダム・ポンフリーが医務室を施錠している」
「今日はロックハートの授業がある。適当に言い訳してサボろうか?」
ロンの提案に呻いていると、ジニーが落ち着かない様子で2人に歩み寄ってきた。
「な……なんの話してるの?」
「ハーマイオニーとクローディアのお見舞いの話、全然行けないから、どうしようかなって」
誤魔化すためロンが答えると、ジニーの頬が怒ったように紅潮する。
「そう、うんわかった。ゴメンなさい。邪魔して」
全身を小刻みに震わせ、ジニーは乱暴に女子寮の階段を登って行った。
「なんだ、あいつ?」
呆れるロンに、ハリーは肩を竦める。
「おい、ハリー」
今度はフレッドとジョージが、珍しく緊張を含めた表情でハリーとロンの傍に寄ってきた。
「さっき、トイレでレイブンクローの2年生から預かった。ハリーに渡せって」
フレッドがローブから見慣れた虫籠を取り出す。その中には、ハリーとロンが待ち望んだベッロがトグロを巻いている。
歓声が出そうになり、ジョージが2人を咎める。
「これを渡してくれたマイケル=コーナーから、伝言。『僕らはハグリッドが犯人だと思ってない』だと、そいつ朝からグリフィンドール生が来るのをトイレで待ってたんだぜ」
フレッドがイタズラっぽくウィンクする。
ハリーは虫籠を手にし、嬉しさで目頭が熱くなるのを感じた。
ネビルとシェーマスに『闇の魔術への防衛術』を欠席する旨を伝え、ハリーとロンは自室に戻る。聴覚を働かせ、寮から生徒の気配が完全に消えるのをひたすら待つ。やがて、物音ひとつしなくなり、ロンが誰もいなくなったことを確認した。
虫籠の蓋を開けるとベッロが周囲を見渡し、警戒なく体を出してきた。
「ベッロ。僕達、君に聞きたいことがあるんだ」
怯むようにベッロは身体を竦めた。
[なんだ?]
「君は最初から、怪物がバジリスクだと知ってたんだね? なら何故、僕に教えてくれなかったの? 僕が話せること、知ってたはずだろ?」
詰め寄られたベッロは、項垂れる。
[約束があった。言葉のわかる人間と口を利かない。約束は守る。いまは、事態がそれを許さない。奴のことを話していればよかったと思っている]
ハリーはベッロの喉を撫でながら、質問した。
「誰と約束したの?」
[主人の友達、主人はあいつを友達としていた。なのに、主人は殺された]
あいつとは、おそらく『継承者』のことだ。
「僕らはアラゴグに会いに行って、50年前の話を聞いた。殺された女子生徒の名はマートルで間違いない?」
[そう、主人は彼女の死を悼んでいた。昨日ように思い出す]
鎌首をもたげるベッロに、ハリーは眉を寄せる。
「マートルは君の主じゃない? じゃあ、誰なの?」
[主人は主人]
首を傾げる動作をするベッロに、ハリーは頭を抱えた。ベッロには名を呼び合う概念がないことに気づいたからだ。これでは人の確認が出来ない。仕方なく質問を変えた。
「『秘密の部屋』の場所は知ってる?」
[わからない、でもあの場所でいつも気配が消える。おまえたちが薬作っていた場所だ。あいつはそこからパイプを使っていた]
ロンは蛇語で会話するハリーとベッロを交互に見やる。人語ではない会話はロンに焦燥を煽り、寝台に腰掛けて会話が終わるのをただ待った。
突然、ハリーはロンに向かって叫んだ。
「パイプだよ! バジリスクは、パイプの中を移動していたんだ。これで全ての辻褄が合う! マクゴナガル先生に教えよう! きっとわかってくれる!」
ベッロを虫籠に入れ、2人は急いで談話室を出た。
授業中のせいか、廊下で誰とも擦れ違うことなく、職員室に着いた。
「誰もいないな」
ロンが職員室を見渡した瞬間、マクゴナガルの拡声が城中に響き渡った。
《生徒は速やかに寮に戻りない。先生達は大至急職員室にお集まり下さい》
見つかれば、寮に戻されると悟った2人は洋服箪笥に隠れた。
騒音がしばらく続き、職員室に教員が集合し、マクゴガナルが扉を閉めた。
「恐れていた事態です。『継承者』がまた伝言を残しました。生徒が攫われたのです」
恐怖でフリットウィックは小さく悲鳴を上げ、スプラウトは口元を覆う。
「生徒達を家に帰しましょう。ホグワーツはもうお終いです」
今まで見たこともない程、憂いの帯びたマクゴナガルに誰もが口を閉ざしていた。それなのに、空気の読まないロックハートが遅刻してきたので、全員の白い目が集中した。
「怪物に生徒が攫われました。あなたの出番ですぞ」
冷たくスネイプに吐き捨てられ、ロックハートは狼狽した。
「わ……、私の出番?」
「昨夜、おっしゃいましたな。『秘密の部屋』の入り口はとうに知っていると?」
急にロックハートの表情は、蒼白になった。
「決まりです。伝説的な貴方の力に期待しましょう。ギルテロイ」
全然、期待をかけていない口調でマクゴガナルも告げる。
ロックハートは笑みを浮かべて、宙を見やる。
「それでは、支度します」
いつもの優雅な態度で職員室を去り、マクゴナガルは鼻を鳴らす。
「これで厄介払いができました。寮監の先生方は寮に戻り、生徒に荷物を纏めさせてください」
椅子に腰掛けていたマダム・フーチが手を上げる。
「攫われた生徒は誰なんです?」
その名をマクゴナガルは、重く告げる。
「ジニー=ウィーズリーです」
洋服箪笥にいたハリーとロンは思考が停止した。
職員室に誰もいなくなり、ハリーは絶望し打ちひしがれるロンを適当な椅子に座らせた。
[どうした? 行かないのか?]
虫籠からベッロが顔を出す。
「ベッロ、『継承者』は誰なんだ? 君は知ってるだろ? 相手は僕のように蛇語が話せる!」
ベッロを間近で見据えるハリーは、出来るだけ声を抑えた。
[あいつだ。でも、あいつは姿を見せない。だが、いる]
「それじゃあ、わかんないよ! アラゴグのほうがまだマシだ! ちゃんと話せた!」
不意にベッロは口ごもり、虫籠から這い出た。尻尾で職員室の扉を開く。
[では、そこにいろ。あいつを倒す。あの場所に必ず、あいつは現れる。二度と主人は奪わせない]
「待って! 僕も」
行こうとしたハリーの服をロンが掴んだ。
「行こう、ハリー。ジニーを助けるんだ」
歯を食いしばったロンは、我先にと職員室を飛び出した。
「ロックハートは役立たずだけれども、『秘密の部屋』を探すはずだ。僕らの知っていることを教えよう」
意気込んでロックハートの部屋に乱入した。部屋は物が散乱し、旅行鞄には服や本が乱暴に詰め込められていた。
「どこに行くつもりです」
呆然とするハリーに、ロックハートは笑顔を取り繕う。
「あの子から、聞いているだろ? 無理なんだ……私には」
笑顔のまま狼狽するロックハートを見て、ハリーは怪訝する。
「あの子って誰ですか?」
「ミス・クロックフォードのことに決まっているじゃないか? あの子が君達に言ってしまったんだろ? だけど、君達は誰にも言わずにいてくれたじゃないか……」
意味がわからず、ハリーはロンと顔を見合わせる。
「私が人の手柄を自分のモノにしていたことだよ! だって、そうしないと本は売れないんだ。わかるだろ?」
信じたくない事実を聞いてしまい、ハリーとロンは絶句した。
「まさか、クローディアを襲ったのは、あなたなんですか!?」
軽蔑の眼差しでハリーはロックハートを睨んだ。
「違う、あれは……あれは、私じゃない! ジニーだ。ジニー=ウィーズリーがやったんだ! 嘘じゃない! あの日、クロックフォードは校長に言いつけると言うので止めようとした。私は、追いかけた。そしたら、ジニーが……私に「もう大丈夫ですよ。あの人は口が利けなくなりました」と言ってくれて……。その後、2人の哀れな姿を発見したんだ。私はピンと来たね。『継承者』はジニーだと」
「嘘だ! 僕の妹だぞ!」
青ざめたロンはロックハートに掴みかかろうとした。ロックハートが杖をロンに向けた瞬間、ハリーが唱えた。
「エクスペリアームズ!(武器よ去れ)」
ロックハートの弾かれた杖をベッロが銜えた。そのままベッロは、虫籠に戻った。杖を失ったロックハートは、旅行鞄にしがみ付いてハリーとロンを視界に入れる。
「ジニーは連れ去られたんだ! 一緒に来て貰いますよ。先生?」
ハリーはロックハートに杖を突きたて、ロンは虫籠を持ち、廊下を進んだ。
ミセス・ノリスが襲撃された現場の壁に文字が書き足されていた。
「彼女の白骨は永遠に秘密の部屋に横たわるであろう……」
読み終えたロンは、半泣きになったが堪えた。2人は急いでロックハートを『嘆きのマートル』のお手洗いに押し込んだ。
『嘆きのマートル』は、普段通り宙をさ迷い呻いていた。ハリーを見た瞬間、彼女は嬉しそうに表情を綻ばせた。
「あら、ハリー。何の用?」
虫籠から這い出てきたベッロを目にし、『嘆きのマートル』は慌てて個室に逃げ込み、泣き出した。
「どっかにやってよ!」
「君はベッロを知らないの?」
ハリーの問いかけに『嘆きのマートル』は悲鳴を上げる。
「知らないわよ!」
個室から甲高い泣き声が響き、ロンとロックハートは騒音に耳を塞いだ。
[放っておけ。あいつは、主人のことを覚えていないのだ。いや、知らなかったというべきか]
『嘆きのマートル』を余所に、ベッロは洗面台の蛇口を這い出した。
ハリーは目でベッロを追いかけている内に、銅製の蛇口の脇に小さな蛇が彫られているのを認識した。
「そこは壊れてるわよ」
何故か、機嫌を直した『嘆きのマートル』は自身の死亡原因の詳細を語った。
「私、友達に眼鏡のことでからかわれて、ここで泣いてたの。そしたら、誰かが入ってきたの。その人、そこでよくわかんない言葉で喋ってた。だから、私、出てって叫んだの。……そしたら、死んでた」
「ハリー、蛇語で何か言ってみて」
提案したロンは虫籠を戸の隅に置き、折れ掛けた杖をロックハートに向けた。
深呼吸し、ハリーはベッロを見やり呟く。
[開け]
――ガコン。
作動音が部屋中に響き、洗面台が動き出した。ベッロは思わず、ハリーに絡まった。底の見えない空洞が現れ、ロックハートは緊張し息を吐く。
「素晴らしいよくやった」
引きつった笑いを見せて立ち去ろうとするので、ハリーは容赦なく穴に蹴り落した。
低い悲鳴が続いたと思うと、重く鈍い音が木霊した。
「実に酷い、汚い」
悪態を付くロックハートの感想を聞き、ハリーとロンもそれに続こうとした。
「ハリー、もし死んじゃったら、私のトイレに住まわせてあげる」
奇妙に上機嫌な『嘆きのマートル』の誘いに、ハリーは苦笑した。
湿気に満ちた石のトンネルを進み、巨大な蛇の抜け殻を目にした。
「うげえ、でっか……。これじゃあ、ベッロなんてミミズだよ」
ハリーとロンは気を取られた。
その隙をついてロックハートは、ロンから杖を奪った。杖を手にした途端、ロックハートは優位に立ったように胸を張る。
「さて、英雄ごっこはここまでにしてもらおう。私がこれまでどうやって、証人を消したと思う? 私は『忘却術』だけが得意中の得意なんだ。忘れてもらうよ。何もかもね」
『忘却術』をかけようとしたが、折れた杖は逆噴射を起こした。しかも強力な術をかけようとしたせいで、その分も衝撃となりロックハートは壁に衝突した。
古い石のトンネルでそんな風に暴れれば、周囲は崩れ出す。天井から岩が降り注ぎ、ハリーとロンとの間が塞がれてしまった。
[何処までも役立たずだ]
ハリーの傍に居たベッロが嘆息する。
「僕、この岩を崩してみるよ」
ロンは崩れた岩を退ける作業に専念することになった。
「僕らは行こう。おいで、ベッロ」
ベッロは素早く地面を這い進む。遅れないため、ハリーは足元に気をつけながら小走りで追いかけた。
進んだ先には、蛇の彫刻を模した扉がはめ込まれていた。ベッロが警戒するように扉を威嚇している。ここが『秘密の部屋』への入り口だと感じ取った。
(この先か……)
緊張と恐怖で、杖を持つ手が震えた。震える手を押さえ、ハリーは屈んだ。
去年は最後までクローディアがいてくれた。だが、ここにはハリーとベッロのみ。バジリスクの大きさに比べれば、ベッロは小さすぎる。そして、もしかしたら『継承者』はジニーかもしれない。そうなれば、ジニーと相対しなければならないのだ。
かつて、クローディアは突然変異で『パーセルマウス』が生まれても何の不思議はないと話した。僅かな可能性に不安さえも募る。
[怖いか?]
問いでも責めでもない優しい声が、ハリーの耳に届く。いつの間にか、ベッロがハリーと同じ目の高さにいた。紅い瞳の眼差しが心を落ち着かせていく。暗闇で、ハリーの杖の明かりしかない場所で、ベッロの赤は強く強調される。
ハリーはベッロを初めて美しいと感じた。
グリフィンドールの寮色は赤と金だ。ベッロの赤は、勇敢であり勇猛さを表している。
「大丈夫だよ」
微笑むハリーの手の震えは、止まっていた。
扉の向こうは湖の底であることを忘れさせる壮大な下水路であった。何処からともなく光を貰っているため、明かりは十分である。ハリーは杖の明かりを消した。
「ノックス(消えよ)」
石造りの床は湿っており、ベッロはその身を滑らせて進んでいく。左右対称の蛇の柱を見たベッロは、気持ち悪さに吐く真似をした。
「バジリスクはいる?」
周囲の不気味さに、身を竦めるハリーはベッロに尋ねる。
[いる。何処からでも現れる。気を張り詰めろ]
ハリーは杖を構えたまま、ベッロの後ろを歩く。
「あれは……、ジニー?」
下水路の奥に巨大な石の顔像がある。その手前でジニーが黒い日記帳を手に床に伏していた。
小さく悲鳴をあげハリーは、急いでジニーに駆け寄った。その頬に触れてみれば、彼女は血の気も無く、氷のように冷たい。
[気をつけろ、あいつだ!]
全身を大きく唸らせたベッロは、顔像の更に奥に向かって威嚇する。
唾を飲み込んだハリーは、片手でジニーを抱きあげる。ベッロの威嚇する方角に向かい、ハリーは杖を突きつけた。
「そうか、アグリッパ。君か……、名前が変わっていたから気づかなかったよ」
丁寧で冷静な声が、暗闇から発せられる。
現れたのは、日記帳の記憶に登場したトム=リドルであった。
「トム=リドル?」
ハリーは気が抜けて杖を下ろすが、ベッロはより一層牙を剥き出しにした。
[よくも、現れた! 主人を殺した! 殺させた!]
いきり立つベッロに、リドルは落ち着いた口調で返した。
「残念だが、僕はただの記憶でね。誰かが書き込んでくれないと新しい情報は得られないんだ。その点、ジニーは役に立ってくれたよ。色々な情報をくれた」
世間話をする軽い口調に、ベッロは獰猛を露にする。蚊帳の外であるハリーは困惑し、リドルとベッロを交互に見つめた。だが、激昂したベッロを見れば、理解は出来た。
「まさか、君が『継承者』……? でも、君は学校を閉鎖から守るために、間違っていたけど……ハグリッドを捕まえたじゃないか……」
ベッロとリドル。どちらも疑いたくなかった。
突然、リドルの足がハリーの手を蹴り上げた。油断したハリーの手から杖が離れ、リドルはそれを奪い取った。
「何するんだ!」
「君にはもう必要じゃない」
冷淡に告げたリドルは、杖をベッロに向ける。慌てたハリーは、ジニーを抱えたまま必死に声を上げる。
「やめろ!」
ハリーを一瞥し、リドルは冷笑する。
「殺さないよ。アグリッパは、これから僕のモノになるんだ。ずっと、君が欲しかった」
恋焦がれる眼差しを向けられ、嫌悪したベッロはハリーの後ろに隠れた。このやりとりでハッキリした。『継承者』はリドルだ。ハグリッドは嵌められたのだ。だが、まだわからない部分もある。ロックハートの言葉だ。
「ただの記憶である君が彼女に何をさせたんだ? どうして、ジニーはこんな……」
「至極簡単なことだよ、ハリー=ポッター。ジニーが弱まれば、僕が強くなる。ジニーは日記に、いや僕にいろいろな相談をし、心を開いた。それによって僕に魂を注ぎ込んでいるとも知らずにね」
端整な顔立ちに似合わない歪んだ笑顔がハリーの背に寒気を走らせる。
「まさか……ジニーを操っていた?」
慄いたハリーは、呻く。
更に笑顔を歪ませたリドルは、軽く拍手した。
「正解だ、ハリー=ポッター。『スクイブ』の猫、3人の『穢れた血』、それにあの小娘にバジリスクを嗾けたのは、そのジニーだ。憑依ついたといえば、わかりやすいかな? ジニーは自分が知らない間に人を襲っていると気付いた。その原因が日記にあるんじゃないかと勘付き始めて、女子トイレに捨てようとした。そこに君が現れた! 最も会いたいと思っていた君に!」
息苦しくなったハリーは、一歩、後退する。
「どうして僕に会いたかったの? ベッロの主人はクローディアなのに」
リドルの視線はハリーの額の傷に釘付けになった。
「無能な小娘など、どうでもいい。僕の興味は君だよ、ハリー=ポッター。闇の帝王を赤子だったにも関わらずに退けた英雄くん?」
小馬鹿にした口調だ。
「是非、君にも心を開いてもらおうと思って、間抜けなハグリッドの逮捕の場面を見せ付けてやったのに……君は僕の思い通りにならなかった」
「ハグリッドは友達だ! 君は彼を陥れた!」
ハリーの口から、精一杯の声が飛び出した。
「あんな一週間に一回は問題を起こすヤツ、いなくなって当然さ。教師どもも手を焼いていた。そんな奴が『秘密の部屋』を暴いたなんて、そんな馬鹿げた話があるわけないだろう? それを優等生の僕が「あいつが犯人です」と言えば、ディペットじいさんを始め、誰も全く疑わなかった。どいつもこいつも、考えが足りないのさ」
リドルは嗤いながら事件当時のことを語り、ハグリッドを嘲笑った。
「でも、『変身術』のダンブルドアだけは違った。ハグリッドを退学させたが、森番として教育させるようにディペットじいさんを説得した。それから、僕を監視するようになった。奴のせいで、僕は在学中に『秘密の部屋』を開く機会を逃してしまった……。だから、日記を用意するしかなくなったわけだが……」
忌々しげに吐き捨てるリドルに、ハリーは笑みを溢す。
「先生は、君のことをお見通しだった。……ベッロも君が犯人だと知っていた。バジリスクと同じ蛇だから……でも、君以外に『蛇語』が話せる人がいないから、誰にも伝えられなかったんだ……」
すると、リドルは口を「ちっち」と鳴らして人差し指を左右に動かす。
「君はアグリッパが如何に優れているか、全く、理解していない。『蛇語』を使わずとも、アグリッパはあいつと意思の疎通を完璧にこなしていた。……アグリッパは、あいつに僕が犯人だと伝えようとしていた。それを僕が口止めしたんだ。あいつの命が惜しければ、黙っていろとね。本当は僕の物になるように脅しても良かったが、……それじゃあ、アグリッパの信頼は得られないからね」
喉を鳴らして笑うリドルは、ベッロに再び熱い視線を送る。
[貴様と約束したのは、主人と友達だったからだ! それを忘れるな]
ベッロは吼えたが、リドルは頭を押さえ、狂い笑いを起こした。
「友達? 純血の誇りを捨てた愚かな男が、サラザール=スリザリンの末裔である僕の友達だと? 笑わせるな! 僕がヤツに付き合ってやったのは、アグリッパがいたからだ。僕に譲らせるように手を尽くしたが、それに気づきもしなかった鈍感だ! いつもヘラヘラ笑って僕が勉強を見てやらなかったら、ヤツはとっくに落第していた!」
ハリーは目を見張った。
先程までのリドルと雰囲気が異なっているからだ。
「なのに、僕の忠告を無視し、ハグリッドに感けだした。『暗闇の森』でハグリッドの真似をしてトロールと相撲をとって死に掛けるわ、ハグリッドと問題を起こしすぎてクィディッチの選手から外されるわ、『魔法薬学』では必ず爆発を起こしすぎて教師達から嫌われるわ、挙句に『穢れた血』を愛するわ。ついでに言おう、アグリッパの名前を決めた理由だ。単にカッコいいからだというくだらない感性だ!」
その様子をハリーは何故か、年相応な少年と感じてしまった。
「純血のくせに、愚鈍のくせに彼は僕の思い通りにはならなかった! それが、ボニフェース=アロンダイトという男だ!」
吐き捨てられた名は、用水路の壁に反響した。
その名はハリーも知っている。日記帳に現れた男子生徒、ハグリッドの友達だ。
「あの人が、ベッロの主だった人……?」
ベッロの言葉が確かなら、既にこの世にいない。
「しかし、死んだのか。いいぞ、僕はいつヤツが死ぬのか、楽しみで仕方なかった」
ベッロに視線を送り、リドルは続けた。
「どうやって、死んだ? 僕に助けを乞うたか? 最後になんて言った? 君はその時、何をしていた?」
裂けたように口を開くリドルに、ハリーは胸中が騒いだ。
嗤っているはずのリドルの焦げ茶色の瞳から、一滴の涙が頬を伝って零れ落ちた。自らの頬を伝う水滴を理解できず、リドルは困惑した。
「なんだ、これは?」
笑みが消え、リドルは頬を拭う。ようやく、それが涙だと気付いた。その涙はいくら拭っても、頬を濡らし続けた。
「友達だったんだ」
ハリーは、決して同情などしない。
「君はボニフェースを友達だと思ってた。そうでないなら、涙は出ない! 愚かなのは、君だ! 友達を殺してしまったんだ!」
今度は、ハリーの声が反響した。
怒りに顔を歪ませ、リドルは杖を振るい出した。
「僕は偉大な魔法使いだ! その僕が人の死を哀れむものか! 悼むものか!」
乱暴に杖を振るい、空中に言葉が書き込まれる。
TOM MARVOLO RIDDLE(トム=マールヴォロ=リドル)
その綴りは、並びを変えある名前に変わった。
I AM LORD VOLDEMORT(私はヴォルデモート卿だ)
その名を目にしたハリーの全身に電撃が走った。目の前のリドルが『例の人』と呼ばれて恐怖される闇の魔法使いになり果ててしまう。これで、リドルがハリーに興味を抱いた理由がわかった。未来の自分を凋落させるのだ。知りたくもなる。
「ベッロ……、君はリドルがヴォルデモートだと知っていたの?」
詰め寄るハリーに、ベッロは目線を逸らす。
[ああ、知っていた……。気付いたのは、主人が死んで、ずっと後だ]
「この名は、僕がそれと相応しい学友達のみに教えていた。無論、ボニフェースなどには教えていない。同然だ。世界一偉大な魔法使いである名をあんな愚鈍に教えてなるものか!」
高笑いするリドルをハリーは睨んだ。
「違う」
地の底から這い出すハリーの声に、トム=リドルは顔を顰める。
「世界一の魔法使いはアルバス=ダンブルドアだ! 僕は知っている。おまえは僕に滅ぼされかけて、寄生虫のようになっていた!」
「そのダンブルドアは記憶に過ぎない僕によって、追放された!」
否定するリドルの言葉を遮るように、ハリーは恐怖を消し去り、力の限り叫んだ。
「彼は君の思っているほど、遠くに行っていない!」
瞬間、羽ばたきが起る。
その場に、炎を翼に変えた如く深紅の不死鳥が飛び込んできた。
「フォークス……」
歓喜で呻くハリーの手に、古い『組分け帽子』が落される。
「ダンブルドアが味方に送ってきたのは、そんなものか!」
せせら笑うリドルにベッロが吼える。
[ハリーは独りではない!]
瞬間、リドルの顔は落胆に満ちていた。
その理由をハリーは、気づいていた。初めて、ベッロが人の名を呼んだのだ。
[ハリーは、ここまでくるのに、多くの仲間達から想いを託されているのだ! 貴様にはないものをハリーは持っている]
確かにそうだ。一緒に『秘密の部屋』と『継承者』を調べてくれたクローディアとハーマイオニー。アラゴグのことを教えてくれたハグリッド。ベッロを託してくれたレイブンクロー生。それを運んだフレッド、ジョージ。ハリーとジニーの帰りを信じ、この瞬間も岩を削っているロン。フォークスを遣わしたダンブルドア。
そして、ここまで着いてきたベッロ。
それらがハリーの脳裏で通り過ぎる。自らの体の内から、湧き上がる感覚が手の先まで浸透する。恐怖が消えただけでなく、勇気が全身を支配している。
ハリーは、ジニーを床に寝かせて『組分け帽子』を両手で握った。『組分け帽子』に入れていた手が硬い何かを掴んでいた。迷わず引き抜くと、邪を払いきらんばかりに美しい銀の剣が光を放つ。
「いいだろう、有名なハリー=ポッターと『継承者』たるヴォルデモート卿の決闘だ!」
壊れたように笑い出すリドルがバジリスクを呼び出し、ハリーは真正面から相対した。
「ベッロは、ジニーの傍にいて!」
ベッロはジニーの体に置かれている日記を銜え、リドルを見やった。恋人を見るような目つきでリドルはベッロと視線を絡ませた。
「ようやく、話せるね。アグリッパ」
傍では、ハリーがバジリスクの牙を紙一重でかわし、フォークスがそれを手伝っている。
「ひとつ言い忘れていた。何故、あの小娘にバジリスクを嗾けたと思う? ジニーが、それを望んだんだ。去年の夏から、ジニーは彼女が大嫌いだった。ハリー=ポッターの傍にいることが煩わしいと、1日に1回は日記に書いていたさ。そして、ハリーから日記を受け取っている彼女を見てジニーは動揺と同時に激しく怒った。おまけにジニーの大好きな先生を学校から追放しようとした。『トム。あの女は寮も違うのに、どうしてハリーと友達面するの? ロンまで一緒よ。フレッドもジョージもあの女が好きみたい。私にはわかるわ』。まだあるよ。『あの女は、ハリーだけじゃない。あなたまで奪うつもりよ。それだけでも許せないのに、ロックハート先生を追い出そうとしていたわ。いっそ、あの女がいなくなればいいのに』とね。小娘が襲われたのは、紛れもないジニーの意思だ。『穢れた血』がいたのは、偶然だよ」
ベッロはジニーを一瞥する。幼い少女の顔色から生気が抜けて青ざめていく。
「小娘は、もうすぐ薬で蘇生できる。でも、ジニーがいたら、いつか同じことが起こるかもしれない。違うかい? 未来の僕がボニフェースを死なせてしまったようだけど、今度は違う。君が僕の元にいてくれるなら、小娘の命は保障するよ」
穏やかな笑みを浮かべ、リドルはベッロに触れようと屈みこむ。ベッロの紅い瞳から激昂は消えない。
[二度も騙されんぞ]
ベッロは銜えていた日記をバジリスクに目がけて、放り投げた。
「やめろ!」
それは命令ではなく、悲鳴であった。
黒い日記帳は宙を舞い、ハリーに襲いかかるバジリスクの牙に貫かれた。日記帳は猛毒の牙による、穴から出血の如くインクがほとばしった。リドルは胸に光の穴が開いたと思うと、全身が光に飲まれた。断末魔の悲鳴と共に、その姿は跡形もなく消え去った。
同時にハリーの銀の剣は、バジリスクの口蓋に突き立て、顔面を貫いた。バジリスクはしばらく、壁にぶつかり床でのたうちまわり、下水路は激しい振動を繰り返した。やがて、蛇の王は絶命した。
ハリーは腕に猛毒の牙により、深い傷を負う。全身を巡る猛毒にハリーは、死の恐怖に震えた。しかし、その傷はフォークスの癒しの涙のお陰で完治した。
[良かった、ハリーは死なない。あいつは死んだ]
寄り添うベッロに、ハリーはその喉を優しく撫でる。
「君が約束した相手って、トムのことだったんだ」
[そう、あいつ以外に話せる人間を見つけても話さない。約束のせいもあるが、ハリーがあいつと同じかもしれないと思ったこともある。それは間違いだった。すまない]
ベッロの謝罪をハリーは受け入れた。
立ちあがろうとしたハリーは、怪我は癒えても満身創痍である。すぐに足の力が抜けて座りこんだ。仕方なく、気力の回復を待とうとした。
「ハリー!」
代わるようにジニーが起き上がり、小刻みに痙攣しながら涙を流した。
「ごめんなさい。謝って済むことじゃないけど、私、クローディアが襲われてしまえばいいって考えてたの。そしたら、本当に、ごめんなさい」
そのまま、ジニーはリドルに操られていたことを滝のように吐き出して説明した。
「いいんだよ。ジニー、もう終わったことだ」
どうにか起き上がったハリーは、ジニーに優しく手を差し伸べた。
閲覧ありがとうございました。
トム=リドルまで、蛇フェチになってしまいました。ベッロはヒロインではありません。
トムの台詞を映画版吹き替えの石田さんボイスで再生すると、気持ち良いです。