こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。
長いので序章を二つに分けました。
日本での暮らしです。

追記:16年9月1日、18年9月30日、誤字報告により修正しました


アズカバンの囚人
三巻・序章


 慣れ親しんだ風、湿ったようなそれでも懐かしい空気、日本語ばかりの看板、母が運転する車のラジオから流れる小泉京子の『優しい雨』。

 2年ぶりの日本を私はずっとこの国にいたかのように受け入れることが出来た。それでも、我が家に着けば懐かしさで感傷に浸る。

 しかし、私を待っていたのは暖かな生家だけはない。母からの説教もあった。私が学校でバジリスクに襲われ、2ヶ月半も石化していた事が母にバレてしまったのだ。犯人は他の誰でもない父だ。

 母の本気の説教は短いが深く心に突き刺さり、怖ろしい。帰宅した晩、説教の名残で胸の動悸が治まらず、よく眠れなかった。

 

 帰国した最初の日曜。

 私は小学校の頃の同級生達と再会。幼馴染の藍子、瑠璃、佐川。バスケ仲間の田沢、木本、木下の6人。藍子と佐川以外は同じ公立中学生、ちなみに2人は私立中学生だ。

 懐かしい顔触れが言い放った言葉は全員一致。

「「「「「「来織(くおり)、太ったなあ」」」」」」

 友達から来織と呼ばれる響きに懐かしむ気は失せ、私は烈火の如く全員を追い回した。鬼ゴッコをしている気分になり、それなりに楽しかった。

 黄金を連想させる田園風景を見渡し、私は皆と久々に小道を歩いた。

「ああ、全国模試メンドイ……」

 おさげをいじりながら藍子が何気なく呟く。彼女の前を歩く木下が困ったように肩を竦める。

「塾行ってるから、平気だろ」

「俺、推薦入学確定だって、担任が喜んでたぜ」

 現在、バスケ部の部長をこなす田沢は誇らしげに胸を叩く。

「耳にタコができるほど、聞いたぜ。うぜえ」

 志望校が全て、担任に無理だと宣言されている佐川が忌々しげに悪態を付く。受験を控えた同級生達の会話がギスギスしているせいか、私は居た堪れない。沈黙している私を気遣うように、瑠璃は話をずらしてきた。

「来織の学校って7年生まで?」

「そうさ、毎年学年末試験があって、クリアできないと落第か退学さ。先輩が1人それで自主退学したさ」

「げえ、毎年が受験って?」

 呻き声を上げ、木本はゲ~ッと吐く真似をする。

「イギリスね、あたしも留学しようかなあ。ねえ、ロンドン橋見に行った? エリザベス女王は? 路上で平気にキスするって本当?」

 藍子の質問攻め、私は返答に迷う。

 英国で観光らしい観光をしていない。

 ホグワーツ城にいる間、何処にも外出できない。去年の夏の休暇も祖母の住む街から出ていないのだ。

「バスケは続けてるか? 来織の腕なら、すぐにレギュラーだろ? 大会は出た?」

 田沢は横から話を変えるが、私は余計に虚しく首を横に振る。

「バスケ部がないさ、……その学校の意向でさ」

「え、なんだそれ!? じゃあ、何の為に学校に行くんだ? ありえねえ」

 驚いた田沢が足を踏み外し、溝に足を突っ込んだ。木本が腹を抱えて笑う。

(魔女になったとかは言えないさ)

 ゲームか漫画の話だと馬鹿にされるか、外国帰りで頭が沸いたと思われる。

「夕方に小学校の体育館に行くか? 俺の親父が友達とバスケしてんだ。行こうぜ」

 小学校の方向を指差しながら、木下は活発な態度で提案する。

「やめとく。あたし、これから塾なの」

 瑠璃は面倒そう。藍子も同じ態度を返した。

「夏休みに入れば、塾ばっかりだ。下手をすりゃあ、家庭教師もついちまうかも」

 仕方ないと佐川は嘆いた。

「俺、推薦組♪ 8月には、大会出るから県外に行くんだぜ♪」

 片足を泥に塗れた田沢に全員、苦笑する。藍子、瑠璃、佐川の塾組はそのまま別れた。

 懐かしい小学校の体育館、知っている顔触ればかりだ。木下のお父さんや藍子のお母さん。そして、小学校6年生の時の担任・玉城先生もいた。彼は私を見て仰天していた。

日無斐(ひむかい)……、おまえ、……すっかり大きくなって」

 私の体型を見て、玉城先生は必死に笑いを堪えていた。

 日無斐とは祖父の姓。幼稚園から、私は『日無斐 来織(ひむかい くおり)』の名で通っていた。日本にいる間、クローディアと呼んでいたのは実は父だけなのだ。しかし、今ではその反対の生活である。懐かしさよりも、羞恥心が湧く。

「ああ、お祖父ちゃんにも叱られたさ」

「そう落ち込まずに、日無斐先生は来織ちゃんがいなくて淋しかったのよ。きっと、八つ当たりね」

 藍子のお母さんが周囲の人に同意を求める。皆、肯定の意味で頷き返す。

「日無斐先生があんまり淋しがるから、院長先生が休みを言い渡したとか聞いたよな」

 祖父から聞いた話と随分、違う。私が驚くと田沢は思い出し笑いで噴き出した。

「伯父さんが話してくれたぜ。日無斐先生、休憩時間で仮眠とっている時、寝言で「来織~、来織~」って呼んでたとか」

「その話、お祖父ちゃんにしていいさ?」

 満面の笑みで私が田沢に聞くと、彼は怯えて嫌がった。それを玉城先生達は可笑しそうにケラケラ笑う。ここにいる誰もが祖父を知り、また敬愛している。それだけ、祖父は医師としてまた1人の人間として人望がある。

 バスケを堪能し、帰路に着く頃には日が暮れていた。

「来織、読書課題でおまえん家の本、借りていいか?」

「木本が読書さ!? うう、天変地異の前触れさ!」

 木本は教科書と漫画以外は一切、読まない男子のはずだ。私が吃驚すると、木下が腹を抱えてゲラゲラと笑い出しだ。

「中学に入ってから、真面目に読んでんだよ!」

「ごめんごめんさ。それなら、フランケンシュタインはどうさ? ちょっとマニアックな内容だけどさ」

 木本は怪訝そうに眉を寄せるが、了解した。

 木本と木下は方向が違うので、隣同士の田沢が私を家まで送ることになった。

「全然、腕が衰えてないな。なんで、バスケ部のない学校にしたんだ?」

「お父さんの母校でさ。私に通わせたかったらしいさ」

 間違ってない。それでも、全てが本当ではない。

「もったいねえ、来織のお父さんって本当酷い……わりい」

「いいさ、あんたはどうするさ? プロ目指すさ?」

 自前のバスケボールを転がせる田沢は冗談を消し、真摯な態度で頷く。

「8月に入ったらゲーセン行こうぜ。K・O・Fの新機が出るんだ。強化合宿前だから、ちょっとだけ遊べるんだ」

「K・O・F? 新しいゲームさ?」

 聞き返す私に田沢は項垂れる。

「英国にゲーセンはねえのかよ」

 それからは他愛無い話で盛り上がり、私の家に辿り着いた。

「マジな話、バスケはやめるなよ。俺がバスケ始めたのって、おまえに勝ちたかったんだからな」

 念を押す強い口調、私は頷くことも出来なかった。

 

 玄関の引き戸を開ける音に反応し、母が書斎から顔を出す。私と瓜二つの母。髪も目も顔つきも、全く同じだ。違いは私より背が高く、胸が大きく、大人であることのみ。

「お帰りなさいさ。お風呂のお湯沸いてるさ。先に入っていいさ」

「ありがとうさ。お母さん」

 私は靴を脱ぎ、一直線に脱衣所へ向かう。汗だらけの服を洗濯籠に入れる私の後ろ、母が着替えを持って現れる。

「お母さんは、町内会で話し合いがあるさ。ご飯はあるから、適当に食べるさ」

「はいさ、お母さん」

 私は去ろうとする母へ急に、問いかけてみたくなった。

「お母さんは魔女じゃないさ?」

「はあ?」

 間延びした口調、不信が籠もっている。まるで私が失言したような気分になり、焦りが胸を支配する。

「だって、お父さんもお祖父ちゃんも魔法使いだしさ。お母さんもそうかなって……」

 慌てて説明すれば、母は納得したように頷く。

「そうさ。この家で一番の魔女さ。チチンプイプイ、来織はお風呂で綺麗になるさ♪」

 指先をクルクル回し、母はにこやかに微笑んだ。子供じみた態度に私は苦笑した。そんな呪文を口にしている時点で、母は魔女ではない。

 母は照れ笑いを浮かべ、さっさと出かけて行った。

(そういえば、チチンプイプイなんて呪文なかったさ)

 今度、口にしてみようと決めた。

 バスケで疲労した体を湯船に沈め、私は心地よさに息を吐く。

 久方に集まった友人達とのやり取りを十分に楽しんだ。しかし、やはり2年前との違いも感じる(背が伸びたなどのことは抜きする)。

(高校さ……)

 その単語を私は他人事のように繰り返す。

 小学校の頃、バスケが大好きで得意だった。玉城先生にもバスケの強い中学に進学してはと薦められ、私は受けたかった。

 父がそれを拒んだ。

 ホグワーツに入学し、バスケの出来る環境は失われたに等しい。それとは違う大切なモノを得られたことに満足している。

 だが、今日のことで私は体がバスケを諦められないのだと実感させられた。

(クィディッチ……)

 私は箒を上手く乗りこなせないし、バスケとは全くの別物だ。

(バスケ……、続けたいさ……)

 湯に体を浸からせ、私はため息を付いた。

 

 お風呂でさっぱりとし、私はタオルで髪を拭く。居間でTVを見ようと座布団に腰かけた時、玄関が開く音がした。

「いま、帰った」

「おかえりさ」

 祖父は不機嫌さを隠す様子もなく、乱暴に草鞋を脱ぎ捨てる。

祈沙(きさ)とコンラッドは、どうした?」

「お母さんは町内会の集まり。お父さんは書斎で締め切りに追われている」

 私が言い終えると、奥の書斎の扉が開く音がした。

「お帰りなさい」

 分厚い本を抱えた父がいつもの笑顔で、祖父を迎えた。

 2人は居間の奥の部屋で、襖を閉める。私がTVを見ているにも関わらず話始めた。しかも、知らない国の言葉だった。

〔話はつけられました?〕

〔まあな、今更すぎるんじゃよ。ワシは当時から、あれは他殺だと進言しておったのに、何が特番じゃ〕

 祖父と父が日本語と英語以外の言葉で話し、珍しい。興味に駆られた私は体重をかけず、襖に耳を当てる。

〔アルバニアは叩かんのだな?〕

〔はい、先に討っては流れが狂います。ここは順当に行かせるべきでしょう。布石を置くことも今のところ抜かりありません〕

(何言ってるさ? わかんないさ)

 深刻な内容だと察す。私はせめてどの国の言葉か突き止めようとした。

〔祈沙には、どう伝える?〕

〔包み隠さず、トム=マルヴォーロ=リドルの日記に関しても、同じです〕

 聞き取った単語、私は首を傾げる。

(トム=マルヴォーロ=リドル? 『例のあの人』の昔の名前……)

 この2年間で起こった出来事、全て『例のあの人』が関与している。その事について話している。私に気を遣い、別に国の言葉で話しているのだ。居た堪れない気持ちになり、襖に当てていた耳を離した。

 TV番組、曜日の関係で私の見たいモノがなかった。

(ビデオ屋で『無責任艦長タイラー』でも、借りて来ようさ)

 襖が開き、祖父が私を一瞥する。

「教えておきたい場所がある。着いて来い」

 神妙な顔付きに逆らわず、私はすぐにTVの電源を切る。廊下から外に出る祖父に続き、私も庭に出た。車が2台余裕で置ける広さと古めかしい雰囲気を漂わせる蔵だけだ。私が小学校を終えるまで、幼馴染の藍子や瑠璃と、よく隠れん坊をして馴染んだ場所だ。

 施錠もしていない分厚い扉、祖父は手を当てる。私を振り返り、イタズラっぽく笑う。

「開けゴマ」

 笑い所がわからず、私は硬直する。それに構わず、扉が勝手に開いた。

 祖父が趣味の収集物。町内会で預かった品物。そういった物が乱雑ながらも整頓され、歴史のあるカビ臭さが2階建ての高さに染み渡っている。

 

 ――はずであった。

 

 奥行きと天井の高さ、小学校の体育館に匹敵する。窓のない木の床と壁から道場を思わせた。目の錯覚かと疑い、私は瞬きを繰り返す。扉の中を目にしてから、私は蔵の周囲を見渡す。そして、外見と中身の構図が一致していない。正に驚きと感動。

 私の胸は高鳴り、肩を大きく揺らした。

「魔法みたいさ」

「いやいや、魔法じゃよ」

 祖父に促されて蔵の中に入り、私は床の上で飛び跳ねた。

「喜んでもらえて何よりじゃ。ドリスから聞いたが、『付き添い姿現わし』をしたそうじゃな?」

 生真面目な口調、飛び跳ねるのを止める。まだ、私の胸は高鳴っていた。それでも、冷静に『付き添い姿現わし』について思い返す。そのままの意味で、自分ではなく他人の『姿現わし』に付き添うことだ。確かに私は1年前の夏に祖母と『姿現わし』した。その状況を説明し、祖父は確かめるように頷く。

「ここでは、本格的に『姿現わし』の訓練をしてもらう。ついでに箒の訓練もしておこう」

 箒という単語、私は思わず顔を顰めた。

「瞬間移動の練習をするのにっ、箒に乗る必要があるさ?」

「飛行術は覚えて損はない。そのまま飛んだほうが楽じゃが、おまえにはまだ無理だ」

 奇妙な含み、私は飛び付いた。

「お祖父ちゃん、箒がなくても飛べるさ?」

「当たり前じゃ、おまえにもいずれはそうなってもらう。しかし、飛ぶ感覚を身に付けるには、箒が一番じゃ」

 そこまで力説され、私は断れない。しかし、ある問題点に気づいた。

「17歳未満の魔女が学校以外で、魔法を使ったらいけないさ」

 言い終えた私に祖父は目を細めてニンマリと笑う。イタズラ心満載の笑顔だった。

「そういう法には、抜け道という者があってな。成人した魔法使いの傍で、未成年の魔法使いが魔法を使ってもっ。バレんのじゃよ」

 犯罪の片棒を担がされている気がした。だが、学校の規則も『ポリジュース薬』を無断で調合するという経験があるせいか、私は不思議と恐くなかった。

 私は承知の意味で頷き、祖父は続けた。

「では本題に入ろう。この課外授業の他、並行してワシとコンラッドが考案したダイエットを始める。先に言っとくが、キツいぞ?」

 『姿現わし』や『飛行術』よりも過酷な宣言、私は絶句した。

「お祖父ちゃん、病院勤務はどうしたさ!?」

「最近、院長が変わってな。ワシのような老いぼれは短時間で十分と言ってきおったわい!」

 

 ――何故ですか、院長先生!

 

 しかし、他の疑問も浮ぶ。あの病院、田沢の親戚が代々院長を勤めているはずだ。今日、彼はそんな話をしなかった。

「新しい院長って誰さ?」

「お隣の田沢さんのお兄さんじゃよ」

 つまり、田沢の伯父さんだ。

「うん、よくわかったさ」

 深くツッコミを入れるのはやめることにした。

 

 宣言通り、ダイエットは正に過酷を極めた。バスケの猛特訓や『賢者の石』を取りに行った時が生易しい。これは決して大袈裟ではない感想だ。

 だが、その成果は確実なものとして、私の身体に現れていった。

 

 翌週、地獄のダイエットメニューをこなし。心身共に疲労した私は居間に倒れ込む。畳の感触に体力を取り戻していく中、カサブランカがハーマイオニーの手紙を運んできた。

 嬉しさが勝ち、私は疲労を忘れて手紙を開封した。

【クローディア、日本はどうですか?

 私はこれからフランスに行くところです。今から、とても楽しみにしています。

 以前、ベンジャミン=アロンダイトについて話したことを覚えていますか? こちらで彼の生誕80年を記念した展覧会がロンドンで催されました。

 公開された写真の中に、彼の友人と一緒に映っているモノがありました。

 白黒だったから、分かりにくいけど、きっとあなたのお祖父さんよ。

 パンフレットを同封します。

 追伸、ロンから手紙が届いて、ハリーに電話をしたら彼の叔父さんに叱られたんですって、あなたも電話をするなら、気をつけたほうがいいわ。  ハーマイオニーより】

 封筒からパンフレットを取り出し、私はハーマイオニーが赤ペンで印をつけた写真を見やる。

 古い白黒写真。何処かの建物前でスーツを着込んだ英国人特有の男性、頭二つ分近く背の低い日本人の男、握手を交わしている様子が写されていた。背丈ならば祖父と同じといえばそうだが、真っ黒な髪にシワひとつない顔は白く若々しい。

「わっかんないさ」

 畳に寝そべりながら、パンフレットを注意深く読み上げていく私に低い声が降り注ぐ。

「何をしとる?」

 祖父はぶっきらぼうに口元を曲げ、私からパンフレットを取り上げる。

「ほお、盛況のようじゃな」

「その写真って、お祖父ちゃんさ?」

 私の問いに祖父は一瞥する。

「そうじゃ、ワシが今より若い頃の者じゃ」

 しかし、パンフレットに祖父の名は記されていない。だが、この写真の日本人が祖父であるという確認がとれたので、私はそれで満足した。年齢を刻むシワが精悍さを際立たせるが、肩までの灰色の髪と晒された口元が父とは違う若さを印象付ける。その歳月、私が知らない経験も多くあるのだ。

 パンフレットを逆さに見つめ、私は物思いに耽る。もう1人の祖父・ボニフェース=アロンダイトの兄ベンジャミン=アロンダイト。祖父はそのことを知っているのか、わからない。特に確かめる気も起きず、私は口を開かなかった。

「なんじゃ、ワシの顔に何かついとるか?」

 瞬きする祖父に私は咄嗟だが、頭を振る。

「違うさ、……ベンジャミンには弟がいたさ! 学校で知ったさ!」

 私の言葉に祖父は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに目を伏せる。

「ああ、その話か……。そうじゃよ、ベンジャミンにはボニフェースという弟がおった」

 予想以上に動じない祖父の態度、拍子抜けした私は適当に流そうとした。

「会ったさ?」

「ワシが今より若い頃にな」

 独り言同然に呟く祖父の表情、ハグリッドと同じ哀愁を窺わせていた。その雰囲気に私はそれ以上、何も質問しなかった。

 

 私が15の誕生日を迎えるまでに体重は入学前まで戻り、身長も伸びた。『姿現し』も上手くなり、箒も自由に飛びまわれるようになった。

 記念写真を撮ろうと庭へ出た。父がカメラを持とうとしたが、祖父が三脚を持って来る。4人で写真に納まった。父に頼んで、私1人だけで写真を撮る。私1人が映る写真を現像し、名も知らぬシマフクロウにハーマイオニーとクィレル教授へと運ばせた。

 カサブランカが魔法界の友人達からのお祝いを運んできたせいか、疲労困憊でぐったりと座布団に寝転んだ。

 魔法界の品物に母は興奮し、物珍しげに手に取っている。

「ほう、随分たくさん友達がおるそうじゃな」

 卓袱台に誕生日カードを並べて祖父が嬉しそうに見渡す。

【クローディアへ誕生日おめでとう

 カサブランカが僕のところに紙とペンを持って来てくれたので、急いで手紙を書いています。

 電話をくれて、ありがとう。君のお祖父さんが取り成してくれたから、バーノン伯父さんも機嫌が良くなったよ。

 いつまで続くかわからないけどね。  ハリーより】

【クローディアへ

 今、何処にいると思う? エジプトだよ。

 パパが賞金を当てたんだ。それで、エジプトで君に合う服を見つけたので、是非、着てください。  ロン、フレッド、ジョージより】

 不吉な予感を駆られながら、私はウィーズリー兄弟からの包みを開く。

「来織、それも魔法の何かさ?」

 横で見ていた母が包みの中身に絶句し、父は腹を押さえ笑いを堪えた。私は三兄弟に再会したら、蹴るべきか殴るべきかを模索した。

 日本時間の真夜中は、英国では朝方付近。

 手紙のお礼をハリーする為、私は受話器を手にとる。回線を国際に切り替え、先ずは祖父に受話器をもたせた。

 

☈☈☈

 台所で食器を洗い、僕は電話が鳴り響くのを聞いた。

 この場所に僕しかいない。ダーズリー親子は車の洗車で庭に出ている。蛇口を捻って水を止め、急いで受話器を取った。

 出来れば、先週のようにクローディアがかけてきてくれないかと願う。

「もしもし、ダーズリーです」

〈その声はハリーじゃな。わしじゃ、……クローディアの祖父じゃ〉

 途端に僕は心を弾ませ、声を低くした。

「お世話になっています。クローディアがそこに?」

〈おるよ、そっちのダーズリー氏が現れたら、すぐに報せろ〉

 一旦、声は止まり低い声から高い少女の声になる。

〈ポッター? おはようさ? こっちは夜さ。いまから寝るさ〉

「おはよう、えと、お誕生日おめでとう。手紙届いた?」

〈うん、ありがとさ。ねえ、ポッターは誕生日に欲しいものってあるさ?〉

 クローディアにしてみれば、何気ない問いかけだったに違いない。けど、僕にしてみれば、嬉しさで発狂したかった。これまでの人生で僕に『誕生日に何が欲しい』と尋ねてきた人間など1人もいない。学校に通えるようになってから、貰えるだけでも嬉しさで涙が出る。

 故に、すぐに思いつかない。

「そうだな。君が持ってたボールペンがいいな。あれって、羽ペンより書くのが楽なんだよね」

 精一杯の願い。受話器の向こうから承諾の声がした。

〈ロンとフレッドとジョージがまた変なものくれたさ、殴るのと蹴るの、どっちがいいさ?〉

「両方やったら? でも、加減を間違えないでね」

 急に僕の後ろから手が伸び、受話器を取り上げられた。

「叔父さん!」

 僕はわざとらしく大声を上げた。

「誰じゃ! またいかれた連中か!」

 叔父さんは受話器に耳を当て、乱暴に問いかける。

〈これは、バーノン=ダーズリー氏。先日、お電話したものです〉

 受話器からの低い声に、叔父さんは慌てて取り繕った。

「おお、テムカーさん。庭に出ていたものですから、気が付きませんで」

〈いえ、ハリーくんが丁寧に応対してくれました。ダーズリー氏の教育が行き届いているのでしょう。とても礼儀正しいので、私はダーズリー氏を尊敬していたところです〉

 叔父さんが上機嫌に口元を痙攣させる。

 ちなみに「テムカー」とはクローディアの日本人の名字らしい。何度も発音を教えてもらうが、僕らには「テムカー」にしか聞こえない。面倒になったクロ彼女は「テムカー」を許した。

 その後、30分近く電話し、叔父さんは受話器を置いた。

「いいか、電話の相手がテムカーさんだったら、わしをすぐに呼べ、いいな?」

 簡単に告げた叔父さんは上機嫌にソファーに腰掛けた。

 普段なら、僕が電話に出ただけで怒鳴り散らすのが、この様だ。もし、相手が僕と同じ魔法使いだと知れば、ロンと同じ対応で終わりだ。

 これで、しばらく機嫌が良いだろう。僕はクローディアに感謝した。

 




閲覧ありがとうございました。
『K・O・F』と『無責任艦長タイラー』がわからない方は、ググってみて下さい。私的におすすめ作品です。
国際電話をするときは、時差に気をつけましょう。
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