主人公、おやすみ回です。
追記:16年9月1日、誤字報告により修正しました
年季のこもるアパートの裏手に回り、マグルには決して発見されない庭付き一戸建ての敷地にコンラッドは足を踏み入れる。
庭ではベッロが芝生に体を伸ばし、日光浴を楽しんでいる。
「ベッロ、ドリスはいるかな?」
コンラッドに気づいたベッロは、鎌首をもたげて口に銜えた手紙を差し出す。
【コンラッドへ
ハリーが家出し、魔法省の計らいで残りの日数を『漏れ鍋』で過ごすことになりました。私はハリーにご指名を頂き、面倒を見ることになりましたので、しばらく留守にします。
クローディアが戻る前には必ず帰ります。 母より】
内容にコンラッドは笑みを消し、忌々しく舌打ちする。
(ダーズリー家が最も安全だというのに、愚かなだな。所詮は、あの2人の子供というわけか)
脳裏を過ぎったポッター夫妻の顔に悪態を付き、勝手に開かれた扉から誰もいない居間へと入り込む。
3年生からの教科書が整頓された机に、手提げ鞄を置く。暖炉の前にある肘掛け椅子に座れば、組んだ足にベッロが這い上がった。そのまま膝でトグロを巻く。ベッロの顎を指で這わせ、机に置かれた【日刊預言者新聞】を見やる。
一面に載せられたブラックの吼える姿に、コンラッドは皮肉っぽく口元を曲げる。
(悲しいね、シリウス=ブラック。君のお粗末な友情ごっこの結果がその様なのにね。今度は浅ましい復讐を遂げるつもりかい? レギュラスが生きていたら、なんていうだろうね)
胸中で呟くコンラッドは、机に置かれたクローディアの教科書の一覧に目を通した。1冊だけ本が足りないことに気づく。
(【怪物的な怪物の本】? 私が行こうか、『漏れ鍋』にいるなら、母さんとも会えるだろう)
ベッロを膝から下ろし、コンラッドは旅路で汚れた衣服を脱ぐ。適当な外着に着替え直した。
☈☈☈
カフェ・テラスで昼食を摂るドリスの向かいで、ハリーは宿題と向き合っていた。一番厄介な『魔法薬学』の宿題を見てもらっているのだ。
ドリスが見てくれるおかげで、簡単ではないが宿題は思いのほか順調に進んだ。『縮み薬』のレポートを書き終え、ハリーは達成感で体を伸ばす。
「ハリー、私はマグルの世界に出かけてきます。陽が暮れるまでには戻りますので、自由になさって下さい」
被る帽子を整え、ドリスは微笑む。
「うん、ドリスさんも気をつけて」
ドリスの背を見送りながら、ハリーは呻く。
『漏れ鍋』に来てから、ハリーはドリスによくしてもらうばかりで逆に申し訳なかった。何か恩返しが出来ないかと、ダイアゴン横丁を歩いて見回る。
「本かな? 服? 何が好きなんだろ?」
思えば、ハリーは誰かに贈り物をしたことがないので、何をあげればいいのか見当がつかない。中年の魔女が集まる店を覗いてみたが、理解できないものばかりが並べられていた。
『フローリシュ・アンド・ブロッツ書店』の前を通った時、ハリーは驚いた。ショーウィンドーに鉄檻ごと飾られている【怪物的な怪物の本】が、ただの本のようにじっとしているのだ。先日、この本を見た時、檻の中で本同士の乱闘が絶えず行われていた。 『漏れ鍋』の部屋に置いてある本も一向に大人しくならないので、ハリーは紐で縛っている。
店内に入り、ハリーは店主に事情を聞こうとした。
「暴れる素振りを見せたら、必ず背表紙を撫でて下さい」
「本当にありがとうございます。もうこの本をどうすればよいのか、困り果てていました」
店主が金髪の男性の手を握り、感謝していた。その男性の脇にも【怪物的な怪物の本】が身動きせずに挟まっていた。
「そうですか? 私はユーモアがあって好きですよ」
そう言った男性は、丁寧に店主へ挨拶した。戸口にいるハリーとすれ違い、ようやく相手の顔が見えた。その顔をハリーは知っている。
「ボニフェース」
驚愕に見開かれた瞳は、ハリーが日記の記憶で見た赤とは違う。ドリスと同じ紫であった。ハリーは自らの呟きを否定し、慌てて男性に非礼を詫びる。
「ごめんなさい。知り合いと間違えました!」
羞恥で顔が熱くなるのを自覚し、ハリーは思わず目を瞑る。
(うわ、かっこ悪い……)
片目だけ開き、ハリーは様子を窺う。
愛想の良い印象を与える風貌だが、男性は無表情にハリーを見下ろしてくるので、逆に緊張した。段々と羞恥心は増大し、何処かに消えてしまいたかった。
「君は、ドリスと一緒ではないのかな?」
頭上に降り注ぐ機械的な声に、ハリーは顔を上げる。
男は無表情を崩さない。
目が泳ぎつつも、6月にハグリットが語ったボニフェースのことを思い返した。彼に瓜二つの人間、コンラッド=クロックフォードという息子の存在だ。ハリーがよく知るクローディアの実の父親でもある。
「あ、あのもしかして、クローディアのお父さんですか? は、はじめまして、僕は……ハリー=ポッターです」
戸惑いながらハリーは、必死に挨拶した。コンラッドはそれを返すことなく、機械的に唇を動かす。
「ドリスは、何処かにでかけたかい?」
「は……はい、マグルの世界に……買い物があるからと」
コンラッドは小さく頷き、そのまま歩き去ろうとした。
「あの、ちょっとお話いいですか? ドリスさんのことで相談したいことがあります」
慌てて呼び止めるハリーを無視し、コンラッドは歩くのをやめない。ハリーはコンラッドに付かず離れずと声をかける。
「僕、ドリスさんにお世話になりっぱなしで、御礼がしたいんですけど、何をすればいいのわからないんです。それで、ドリスさんは何が好きですか?」
諦めたようにコンラッドは足を止め、ハリーを一瞥し、億劫そうに口を開く。
「肩でも叩いたらどうかな? 肩揉みもいいと思うよ。君がやるなら、母も喜ぶだろ」
得策だとハリーは納得し、コンラッドに礼を述べる。
「ありがとうございます。早速、やってみます」
「君は、ドリスから私の話を聞いているんじゃないのかい?」
冷徹な言葉に、ハリーは心当たりがある。目の前のコンラッドとあのスネイプが友人関係にあり、ハリーの父ジェームス=ポッターとは不仲だ。
「聞いています。でも、ドリスさんは僕に親切にしてくれます。クローディアもきっとそのことを知っています。それでも、僕とは友達でいてくれます。だから……」
ハリーは、ほとんど無意識で言葉を紡ぐ。
「だから? 私が君にジェームス=ポッターの輝かしい学生時代を語って聞かせるとでも?」
それを嘲笑うようにコンラッドの眉が痙攣し、口元が弧を描く。機械的で何の温かみも冷たさもない微笑みだ。ハリーは怒りが湧くどころか、寒気が走ってしまう。
「私が君の父親像を話したところで、信じないと思うよ」
まるで呪文でもかけられたようにコンラッドの言葉が、耳で反響した。ハリーの反応に構わず、彼は先々と進んでいく。
ハリーは小走りで追いかけ続けた。
「あの、ベッロはどうしてます?」
「家に置いてきたよ。ベッロは目立つからね。そんなわけで、私はもう帰らなければならない。では、ハリー=ポッター。さようなら」
コンラッドはハリーに振り返ることなく、路地を曲がっていった。
すぐにハリーが路地を覗いたときには、既にコンラッドの姿はなかった。
☈☈☈
――バンッ。
分厚い教科書が床へ投げ捨てられた。
感情を押さえ込むように、コンラッドは手で髪を掻き上げる。今し方、言葉を交わした少年の姿を思い返し、忌々しさで唇を噛んだ。普段の壮麗さが完全に消えた表情は、憎悪に歪んでいる。
(あの女と同じ瞳を抉ってやりたい! あの男と同じ顔を裂いてやりたい!! おのれ、おのれ! リリー=エバンズの亡霊め!)
最早、殺意と変わらぬ衝動が湧き起こる。自らの身体を抱き、爪が服越しに腕の皮膚へと食い込んだ。服が血で滲み、唇からは血が流れた時、ようやく治まりが効いてきた。
遠巻きに様子を見ていたベッロが、恐る恐るコンラッドに近寄る。視界にベッロを確認し、荒い呼吸を整えた。
「大丈夫だよ、ベッロ。そう、耐えなければ……いけない。そうだろ? セブルス」
この場にいない人物に問いかけ、コンラッドは唇を舐めた。口の中で血の味がする。この血と同様に顔の造形さえも、今は亡きボニフェースと同じだ。よりにもよって、ハリー=ポッターなどに再認識させられるとは思わなかった。
「なあ、ベッロ。私とボニフェースは同じに見えるかい?」
何気ない問いかけに、ベッロは否定の仕草をする。ボニフェースならば、そんな問いかけをしないと言いたいのだろう。苦笑してから、コンラッドは衣服を脱ぎ、痛々しい爪痕が残る腕を擦る。最初から何もなかったように、傷は消えた。
――急に玄関の扉がノックされた。
咄嗟にベッロは扉に向かい、威嚇の姿勢を取る。コンラッドも身構えて、扉を見据えた。この敷地には住人と招待客しか出入りできない。
今宵、コンラッドは誰も招いていない。後ろ手に杖を構え、扉のノブに手をかける。
扉の向こうには、白髪混じりの鳶色の髪に、不健康に青白い顔色の男が立ち尽くしていた。コンラッドは失礼ながら浮浪者が迷い込んだと錯覚するほど、男の身なりが悪かったので表情が固まった。
男もコンラッドを凝視し、目を丸くしている。
「……コンラッドか?」
掠れる声で呼ばれた。コンラッドは笑顔を取り繕いながら、相手を観察する。脳内でこの浮浪者に当てはまる人物を検索するが、無理だった。
「私だ、わかるかな? ルーピンだ」
――リーマス=J=ルーピン。
名乗られた瞬間、コンラッドは反射的に扉を閉めようとした。ルーピンの鞄が扉の間に飛び込み、それを遮った。
「私はドリスに招かれている。開けて欲しいな」
コンラッドに負けない愛想の良い笑顔でルーピンは、扉をこじ開けようとする。
「悪いが、私は聞いていない。お引取り願おうか?」
コンラッドも負けずと笑顔で応対する。見えない火花を散らせる2人を恐れたベッロは、思わず部屋の隅に逃げ込んだ。
「そうか。なら、私はドリスにあげてもらえるまでここにいるとしよう」
あっさりルーピンは鞄を外し、扉の前に座り込んだ。
その内、諦めるとコンラッドはルーピンを放置した。窓から、ベッロと教科書を見られないようにする為、それらを2階に運び込んだ。階段を消して2階の存在をなくしてから、扉の向こうを確認する。
まだルーピンは、扉にもたれていた。
コンラッドは忌々しく舌打ちし、扉越しにルーピンへ声をかける。
「母さんは、しばらく戻られない。何日も呑まず食わずでいるつもりかい?」
「慣れてるから、問題ないよ。でも、おかしいね。今晩の夕食に呼んでくれたはずなんだけど、手紙にもそう書いてあるし」
首を傾げるルーピンにコンラッドは扉を少し開け、手紙を取り上げる。
「……確かに、これは母さんの字に間違いない。だが……」
言い終える前に、ルーピンの腹から聞いたことのない音程が鳴り出す。
「白状するよ。もう3日も何も食べてないんだ」
困ったように肩を竦めて笑うルーピンに、コンラッドは絶句して頭を抱える。
「君……図太くなったかな?」
家の前で飢え死にされては、困る。そんな気持ちで、コンラッドは簡単な夕食でルーピンを持て成した。
三十路過ぎた男2人が食卓を囲む姿に、コンラッドは苦笑し嘆息する。
「全く、滑稽だな」
「いやあ、おいしい。君が、料理が得意とは、知らなかったよ。ありがとう」
コンラッドの皮肉を軽く受け流し、ルーピンは皿の料理を平らげ、満腹感を味わっていた。
食器を片付けるコンラッドにルーピンは遠慮せず、暖炉の上にある棚に並べられた酒瓶を指差した。
「ドリスは、いつもそこから選んでくれるよ」
台所で食器を流しに浸けたコンラッドは、思考する。ドリスは自分が留守の間に何度もルーピンを招いていた。
ドリスとルーピンの両親との諍いを知るコンラッドにとって、俄かに信じがたい話だ。
「ひとつ、誤解しないで欲しい」
コンラッドの心情を察したルーピンが笑みを消し、口を開く。
「ドリスが私を食事に招いてくれるのは、ただの同情だ。決して、全てを許してはいないよ」
「いちいち弁明しないでくれ。必要ないことだからね」
水を入れたグラスをルーピンに乱暴に差し出した。コンラッドは、棚からウィスキーを取り出しグラスに注ぐ。
「相変わらずで嬉しいよ」
わざとらしく肩を竦めるルーピンは、冷たい水を飲み干す。
「しかし、驚いた。元気かい? いままで何処に……いや、詮索するつもりはない」
目を合わせないコンラッドに、ルーピンは水のお代わりを要求する。
コンラッドが指を鳴らすと、ルーピンのグラスに水が注がれた。
「ドリスには、全てを話している。余計なお節介はやめたまえ。それより、景気のよい話でもしたら、どうだ?」
「あるよ。来月から就職が決まってね。そのお祝いを兼ねて、今週いっぱい、私に夕食をご馳走してくれるはずだったんだけど、何処に行ったんだろうね?」
コンラッドは、ウィスキーを一気に飲み干す。
「それは、おめでとう」
素っ気無いコンラッドに、ルーピンは笑顔を崩さない。その笑顔にコンラッドの胸中は、苛立ちに支配される。この世で自分を不愉快にさせられるのは、このルーピンだけだ。
「まさか、母さんに『脱狼薬』を調合させるつもりじゃないだろうね?」
癒者(ヒーラー)であるドリスは、近年、開発された『脱狼薬』を調合できる数少ない魔女だ。ドリスが非常勤で勤める聖マンゴ魔法疾患傷害病院内でも、彼女程、効力の高い『脱狼薬』は調合出来ない。
「心配してくれてありがとう、その点に問題はないよ。職場に『脱狼薬』を調合してくれる魔法使いがいるから」
言葉を重くして話すルーピンに、コンラッドは思考する。
聖マンゴ魔法疾患傷害病院以外で、『脱狼薬』の調合が可能。加えて人狼を雇用する職場に見当が付かない。
否、たった一箇所だけしか思いつかない。
「まさか……」
グラスを握る手に力を入れすぎ、ヒビが入る。
自然と横目でルーピンを視界に入れる。彼は眉を寄せ、悲哀を込めてコンラッドを見つめた。
「察しがいいね。そう、ホグワーツの教職に勤めることになったんだ」
瞬間、コンラッドの手にあった硝子のグラスは粉々に砕け散った。
☈☈☈
新品のシャツやズボンを着込んだハリーは、感激のあまり何度もドリスに感謝した。
「本当に嬉しいです。ありがとうございます」
「成長期ですもの、男の子は特にね」
ハリーの喜ぶ姿に満足するドリスは、小さく手を叩いて満足した。
御礼にハリーは、ドリスを椅子に座らせ、その肩を揉んだ。その行為に感激したドリスは、嬉しさで泣き始めた。
「なんたる光栄でしょう。お優しいのですね、ハリー……。息子もハリーくらいの歳には、よく私をこうして労わってくれました」
涙を拭うドリスに、ハリーはコンラッドの言葉を思い出す。
(それで、こうしろっていったんだ)
納得するハリーは、ダイアンゴン横丁でコンラッドと鉢合わせたことを話した。急にドリスの肩が強張る。
「そうでしたか、それでコンラッドは、何か失礼なことを?」
不安そうな口ぶりに、ハリーは否定する。
「いいえ、とても、礼儀正しい人でしたよ」
(口調はね)
ドリスはハリーの返答に、曖昧に頷く。
(愛想だけは、いい子ですから)
不意に沈黙が訪れたので、ドリスは室内を見渡した。机に置かれた手紙にホグズミードの許可証が混ざっている。しかし、署名欄は白紙であった。
「ハリー、これはホグズミード村の許可証でしょう。サインがありませんが、どうされたんです?」
今度はハリーの体が強張った。
「……僕の叔母さんと叔父さんがサインをくれなかったんです。ファッジ大臣にも頼んだんですが、保護者じゃないからと断られました」
残念そうに項垂れるハリーに、ドリスは憤慨した。幼いハリーは、その身で『例のあの人』から学校を2度も救ったのだ。ロンと共に、魔法省から『特別功労賞』を授与されたハリーが、3年生からの唯一の娯楽『ホグズミード村』に行くことが出来ない。
そんな馬鹿な話をドリスは決して納得できない。
「よろしければ、私がサインいたします。さしでがましいとは……思いますが」
思ってもいない申し出に、ハリーは表情を輝かせた。
「よければなんて、とんでもない! 是非、お願いします」
安堵したドリスは、許可証に『ペチュニア=ダーズリー』と書き込んだ。
綴られたサインを見つめ、ハリーは慎重に許可証を抱きしめる。一層、新学期が楽しみになった。これ以上の喜びはないと、眼鏡がずれ落ちるまで蹲る。
ドリスはハリーの心情を察して、彼の背を優しく撫でた。
閲覧ありがとうございました。
ルーピンは、理不尽な要求をされない限り、ご飯につられて着いて行きそうで心配です。
ハリーはサイン入りの許可証を手に入れた!