こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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親と子の会話です。


3.夜

 日差しが窓から入り込み、廊下は淡くも十分な明かりを保っている。

 見慣れた廊下に不思議な違和感を覚えた。壁にかけられた絵から、住人達が消え、いつも天井付近に漂うはずの幽霊達もいない。

 自分は重いローブを引きずりながら、ひたすら廊下を進んでいるだけだ。

 しかし、何処に向かっているのかを思い出せない。

 自分の前を紅い紐、否、蛇が先行している。

 

 ――ベッロ。

 

 呼べば、ベッロは自分を振り返る。

 何処へ行くのかと問えども、ベッロは答えず、再び床を這う。

 ベッロは校舎から中庭に出る。ベンチに見知った生徒が書物を手に座っている。ベッロは生徒の元まで這っていく。

 自分もそれに続こうとするが、足が進まない。足元を見るとローブが廊下に溶け、一体化していく。ローブを脱ごうとするが、ローブは自分の体を飲み込もうとする。

 ベンチに座る生徒は、自分に気づかず、ベッロを抱き上げて校舎の向こうに歩き出した。

 

 ―――待ってくれ。

 

 必死に叫ぶ自分の声に、生徒は反応せず、校舎の影に消えようとしている。

 

 ―――行かないでくれ、セブルス!

 

 反響する自分の声が木霊し、影の中で生徒は足を止める。

 生徒は、影から顔を出した。

 それは、歳を重ねた今のセブルス=スネイプの姿をしている。

 その腕に抱いているのは、ベッロではなく、燃えるような赤髪のリリー=エバンズ。

 生の温かみのない青ざめた血色で、瞼を閉じ、力なくセブルス=スネイプの手に抱かれている。

「貴様のせいだ!」

 憎悪の込められた唸り声に、自分は激しく否定する。

 

 ――違う、違うんだ。

 

「嘘を付くな! クローディア=クロックフォード!」

 呼ばれ、狼狽する。

 

 ――それは違う。そんな名前ではない。

 

 セブルス=スネイプが自分に迫ってきた。あらゆる負の感情が込められた黒真珠の瞳に映るのは、黒髪で赤茶色の瞳を持つ自分の姿だった。

 絶望に酷似する悲鳴が空を裂いた。

 

☈☈☈

 夜も更け、日付も変わる時間。

 部屋を灯す蝋燭の光で手紙を綴っていたクローディアは、重くなる瞼を堪えて封筒に手紙を入れていく。

(えーと、これがお母さん宛、これがクィレル先生宛、これがリサ宛さ)

 

 ――ガシャン。

 

 階段の下から響く硝子の破損音に、一気に目が覚める。

(お父さんさ?)

 糊付けした封筒を机に置き、クローディアは少し乱れた髪を適当に手櫛で解く。警戒しながら、忍び足で階段を下りた。

 暖炉傍にある肘掛け椅子、前かがみに頭を押さえるコンラッドが肩で息をしている。暗がりで表情を窺えないが、雰囲気から焦燥感を感じ取れる。

「お父さん?」

 躊躇いがちにクローディアは声をかける。

 返答のないコンラッドの足元に、半壊したグラスが転がっている。

 再び声をかけようとしたが、コンラッドは勢いよく椅子から立ち上がる。

「明日はホグワーツだよ、もう寝なさい」

 その声に、普段の愛想がない。ひたすら暗く重く冷たい。

 手で頭を押さえたまま、コンラッドは空いた手で指を鳴らし割れたグラスを直した。グラスを机に置く間も彼は、クローディアを振り返らない。

「大丈夫さ? ……その飲みすぎ?」

 上目遣いで見上げるクローディアに、コンラッドは答えない。

 沈黙する雰囲気に、言葉を発すること躊躇う。代わりに思いつく。コンラッドの腕を強引に掴み、椅子へと腰掛けさせる。

「お父さん、座るさ」

 抵抗見せないコンラッドは、不気味に大人しく従う。彼の背に回り、クローディアはその肩に拳を軽く乗せる。徐々に拳の威力を上げながら、肩を叩く。

「お父さん、気持ちいいトコロいうさ」

 声を抑え、クローディアは出来るだけ優しい声色ではコンラッドの背に問いかける。

 

 数分後。

 叩き続けるクローディアに、コンラッドは何の反応も示さない。完全に無視され、少々苛立ちが募る。小さく嘆息し、改めて彼の背を眺める。

 思えば、コンラッドの肩を叩くのは初めてであった。

 幼い頃から、祖父にせがまれて肩たたきをしたことはあるが、コンラッドはクローディアにそれを求めたことはない。

 そのせいか、父子の間に理解不能な距離を感じていた。母に叱責され泣き喚くクローディアを慰め、父兄参観日に出席するのも全て祖父であった。

 それでも、同時にこの背中に確かな信頼を寄せていた。コンラッドが自分の過去を何も話さないのは、クローディアが知らなくても良いことなのだと思えるのは、そのせいだ。

「お父さん、何があったか聞かないさ。でも……ちゃんと休むさ。私も、こうやって肩叩けるさ。たまにだけど」

 口に力を入れ、言葉を紡ぐ。

 刹那の沈黙後。

「学校は楽しいかい?」

 いつものコンラッドの口調がクローディアの耳に届く。しかも、普段より穏やかな印象を受ける。戸惑っても、ひたすら縦に首を振る。

「友達も増えたようだね」

「うん、お父さん。後輩にも友達が出来たさ」

 表情を輝かせたクローディアは、声を弾ませジニーとルーナのことを話す。一通り説明が終わるとコンラッドは軽く微笑する声が響く。

「私は人と馴れ合うのが苦手でね、友達が少なかった。セブルスは私の大切な……、親友だった」

 意外な言葉にクローディアは、肩を叩く手を止める。

「最初に話をしたのもセブルスだった。でも、部屋割りが別々でね。どうしてもセブルスと同じ部屋が良かった私は、校長に直訴して2年に上がる頃、部屋を変えてもらった」

 内容に衝撃を受けたが、クローディアの脳内で冷静な箇所が働く。

(なんでさ、親友だった?)

 過去形である。

「蘇生薬はよく効いたろ? おまえが石にされたと知らされた時、必ずセブルスが助けると信じていたよ……。セブルスは誰も見捨てない……。自分が傷つこうとも、誰も見捨てられないんだ……」

 うわ言のように呟くコンラッドは、ほとんど浮ついていた。

 休暇前にスネイプが尋ねてきた言葉を思い返す。軽く唇を噛み、意を決したクローディアは言葉にする。

「お父さん、……お父さんも寮を自分で選んでさ?」

 項垂れていたコンラッドは、初めてクローディアは肩越しに振り返る。暗闇に慣れてきた視界に、彼の表情がハッキリと視認できる。

 いつもの機械的な笑み。

「セブルスは、蝶だ」

 耳にした言葉に、クローディアの周囲は空気が固まり時間が止まる。

(これはさ、何の冗談さ? 笑うところさ?)

 脳内でスネイプに蝶の羽が生えた姿が過ぎっていった。

 笑うことも出来ず、痙攣する唇を噛み締める。代わりにコンラッドが快活な笑い声を上げる。突然、彼の声量が上がりクローディアは困惑した。

「お父さんさ?」

 クローディアが遠慮がちに声をかけるのを合図に、コンラッドはピタリと笑いを消す。椅子に深くもたれ、彼は静かに天井を見つめる。

「私を変えた蝶、決して私に捕まらない、何処までも飛んで行く。私を置いて……」

 コンラッドの呟きは、クローディアにかけられている様子はない。

 完全な独り言だ。

 慎重な足取りで、クローディアがコンラッドに近寄る。微かな寝息を聞き取り、寝入っていることを確信する。

(もしかして、酔ってたさ?)

 嘆息し、クローディアは机に丁寧に置かれたコンラッドの外套を見つけた。それを眠る彼に被せる。

「おやすみさ」

 コンラッドの耳元で囁き、生まれて初めて、父親の寝顔を目にした。閉じられた瞼には細い睫毛がよく映え、息が抜ける程度の呼吸が寝顔を崩さない。

 クローディアは愉快さで口元が緩む。

(寝顔まで綺麗さ。考えたら、お母さん。よくこんな美人をゲットしたさ。ていうか、スネイプ先生が蝶さ……)

 様々な笑い要素が脳内を巡り、静寂な場で噴出しそうになり、クローディアは慌てて口元を押さえる。肩を痙攣させたまま、足音を忍ばせるように2階へと駆け上った。

 クローディアが2階に上がった後、机の下でベッロが這い出て来る。コンラッドの寝室へと入り込み、毛布を一枚銜えて戻ってきた。その毛布を起こさぬように慎重に、外套の上に被せる。

「すまんの、気を遣わせて」

 台所から一部始終、目にしていた祖父がベッロに労いの言葉をかけた。

 

 勝手に動く洗面器に起こされた。

 寝ぼけ眼でまどろんだ頭のクローディアは寝巻き姿のまま、食卓に降りる。案の定、朝から祖父に服装の乱れを指摘された。

 間抜けな態度で頷き返したので、後頭部を叩かれた。

 朝食を摂る内に、クローディアは、目が覚めた。食卓の席にコンラッドの姿がないことに気づく。

「お父さんは、どうしたさ? また、お出かけさ?」

 パンにバターを塗る祖父が、口を八の字に紡ぐ。

「ただの二日酔いじゃ、酒が弱いくせにボトルを3本も開けよって……」

 昨夜を知るクローディアは、完全に納得し苦笑する。

 瞬間、窓からウィーズリー家のフクロウ・エローズが突入してきた。間一髪、クローディアはエローズを避けた。

 ドリスがフラフラのエローズを捕まえ、カサブランカの止まり木に乗せた。

「モリーからだわ。きっと、ハリーのことね」

 僅かな緊迫感を漂わせ、ドリスは台所の奥へと向かう。その後姿を見送り終えたとき、入れ違いでコンラッドが部屋から顔を出した。

 髪は乱れ、目元は細く、普段の優美さが何処にもない。完全な不調を訴えていた。頭痛がするのか、コンラッドは顔を顰め片手で頭を押さえている。

 その姿にクローディアは、呆気に取られた。

「『闇の魔術への防衛術』に新任する教員のことだが」

 億劫に開かれる口から掠れた低音を聞き漏らすまいと、クローディアは耳を澄ませる。

「臆病な態度を示したとしても、責めてはいけない。ただし、庇う必要もない」

 その言葉には、俄かに敵意が込められている。

 クローディアが敵意の意味を問おうと口を開く前に、コンラッドは扉の向こうに身を潜めた。扉は音もなく閉まり、消化しきれない空気が場を包んだ。

〔ようは、無視しろってことさ?〕

 行き場を無くした質問を、祖父に投げかける。

〔ワシに聞くな。それより、時間はよいのか?〕

 祖父が顎で示す時計は、午前9時を指していた。

 余裕を持ち、朝食を済ませた。クローディアは早々に着替え、荷物の最終確認をする。3年生の教科書、参考書、着替え一式、バスケ部立ちあげの為の資料、胃薬、『解呪薬』、印籠、杖、腕時計、小説と漫画も少々。

 机の上に置いた写真立てとクローディアの手にあるアルバムを見比べる。

(アルバムさ、う~ん。ボニフェースの写真だけ持って行くさ)

 クローディアとドリスの写真を入れた写真立ての後ろに、ボニフェースの写真を差し込んだ。写真の住人達は、不満そうにしていた。

 トランクを引っ張り、クローディアは扉越しにコンラッドに別れの挨拶をする。やはり、返事はない。

「お祖母ちゃん、ウィーズリーさんからの手紙なんだったさ?」

「ええ、ウィーズリー一家が『漏れ鍋』でお泊りして、今朝は魔法省の計らいで車が手配されたそうですよ」

 魔法省の車と聞き、クローディアは驚く。

「え? また、学校に車でさ? また、スネイプ先生に怒られるさ」

「いいえ、駅までですよ」

 困り顔でドリスが笑う。一応、クローディアは納得した。

「やっぱり、シリウス=ブラックに狙われてるさ? ポッター」

 その名を口にしたクローディアをドリスは顔色を青くして凄んだ。

「お祖母ちゃんさ、隠しても分かる人には分かるさ。シリウス=ブラックが『例のあの人』の信奉者だったなら、尚更さ」

 淀みないクローディアの発言に、ドリスは感心するように口元を引き締め頷く。

「なら、学校でのハリーは、あなたに任せますね。しかし、石化のようなことはくれぐれも避けなさい」

「う……! 善処します…」

 蘇生薬の効能で回復してから3ヶ月近く経っているが、祖父から『吼えメール』を送られたときのことを思い返し、身震いする。痛い処を突かれたクローディアは、背筋を伸ばして頷く。

(あれは、不可抗力なのにさ。お母さんにも散々怒られたさ)

 胸中で涙し、クローディアは嘆息した。そして、昨夜のコンラッドの言葉が脳裏に甦る。

(スネイプ先生は、誰も見捨てないさ……)

 確かにその通りだ。

 クローディアは身を持って、それを体験している。しかし、彼の辛辣かつ冷徹な態度が、その評価を受け入れるのを拒んでしまう。

(いつまでも、そんなんじゃいけないさ……)

 コンラッドの大切な親友であるスネイプを嫌うことは、ボニフェースの親友ハグリッドを嫌うことと同義だ。

 思えば、コンラッドはドリスにも行方を告げずに10年以上姿を晦ましていた。もしかしたら、スネイプが彼を憎むのは、そこに関係しているのかもしれない。

 やっと、そう思えるようになったと自覚した。

 学校の荷物を点検していた祖父が印籠の中を見た途端、硬直した。

〔来織、『解呪薬』が一粒しか残っておらんのは、どういうことじゃ〕

 祖父は、怒り心頭だ。例えるなら、地の底から噴火する溶岩の如く。正に恐ろしい祖父に詰め寄られ、クローディアの背に冷たい感覚が走り抜ける。

 出発前ということもあり、祖父は短時間だけクローディアに説教した。

〔いいか、これは最後のオリジナルだ。わしには、効力の薄いモノしか作れん。考えて、使えよ〕

 短時間とはいえ、クローディアは十二分に反省した。

〔はい、わかりました〕

 何故だが、ベッロまで反省の意を示して震えていた。

「ワシは、コンラッドの看病があるのでな。ドリスさん、このバカタレを頼みましたぞ」

 ぺしぺしっと、祖父はクローディアの頭を叩く。

「それ以上、乱暴はおやめになって」

 ドリスはトランクを持ち、クローディアはベッロの虫籠を持つ。

「行ってきますさ」

 クローディアは笑顔で祖父に手を振る。祖父は素っ気ないが、手を振り返した。

 祖父の顰めっ面は、クローディアが見えなくなるまで崩れなかった。

 




閲覧ありがとうございました。
蝶のスネイプ、黒アゲハなイメージ。
祖父のように、怒ると恐い人になりたいです。
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