こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。
心を読む妖怪は、何処の国にもいるようです。

追記:16年9月1日、17年3月5日、18年1月7日、誤字報告により修正しました


8.コワイココロ

 翌日の一時限目は『魔法生物飼育学』は、ドラコが負傷したことで安全面を危惧する何人かの生徒が授業を不安がった。

 クローディア達がハグリッドを励まそうと必死に盛り上げる。

「教科書は、どのページさ?」

 クローディアが【怪物的な怪物な本】の背表紙を撫で、適当に開く。それを見た他の生徒は驚き、急いで本の背表紙を撫でる。

「おまえ、何処でそれを知った?」

 テリーが【怪物的な怪物の本】を縛っていた紐を解く。

「書店で教えてもらったわ」

 パドマが答えると、ハンナが反応する。

「え? 私は教えてもらってない。書店の人も扱いに困っていたわ……」

「俺も教えてもらってない」

「僕は教えてもらったけど」

 ザカリアスにジャスティンが答える。

「なんで、こんなにバラつきが出るんだ? 昨日もハリー達は知っとたのに、その他の生徒は全く知らんかった」

 ハグリッドの疑問も当然だ。コンラッドが書店の店主に教えたのだから、その前に買いに行った生徒が使い方を知るわけがない。

「なあなあ、昨日のヒッポグリフはいないのか?」

 テリーの質問に、ハグリッドは表情を暗くした。

「駄目だ……。バックビークは人前に出さねえ」

 大方の生徒が残念がり、何人かが安堵した。

 その後のハグリッドは、無気力にレタス喰い虫(フロバーワーム)の飼育について説明して終わった。餌と勘違いしたベッロがレタス喰い虫を食べようとした。我が身を守ろうとレタス喰い虫は、ベッロと戦った。そのお陰で、少しだけ授業は賑わった。

 授業を終えて皆が城に戻る中、クローディアはハグリッドの元に少しだけ残る。

「ハグリッド、今度でいいからバックビークを見せて欲しいさ。ハーマイオニーから聞いたけど、すごく綺麗な子だったらしいさ?」

 ほんの少し気分を良くしたハグリッドは、髭の中で穏やかに微笑んだ。

 

 大広間で昼食を摂っているクローディアは、スリザリン席でパンジーがドラコの身を案じていた。ドラコは今だ医務室から退院していない。それでも、あまりにも大げさなパンジーに苛立ってしまう。

(なんか、鬱陶しくて心配する気がなくなるさ)

「飛んでくる!」

 完全に油断した背中にルーナが体当たりしてきたので、口に含んだサンドイッチが喉に詰まる。一気に飲み込んだクローディアは、牛乳で喉を潤わせた後、恨めしそうにルーナを振り返る。

「何が飛んださ?」

「靴が飛んでくる。ルーピン先生の授業が終わったら、この靴が目の前に飛んできた」

 必死に今履いている靴を指差すルーナに、クローディアは相槌を打つ。

「ルーピン先生の授業どうだったさ? 私、午後に『闇の魔術への防衛術』があるさ」

「あの先生はナーグルを追い払えるもン」

 言い切るルーナに、クローディアはルーピンが高く評価されていると感じた。汽車の件もあり、授業が待ち遠しくなった。

「よっぽど楽しかったさ、良かったさ」

 ルーナの頭を撫でると、彼女は顔をシワだらけにして笑う。

 自室で教科書を確認し、寝台に横になっていたベッロを虫籠に入れようとした。しかし、ベッロは寝台と壁の隙間に入り込んだ。

「ちょっと、ベッロさ。授業始まるさ。来るさ」

 指を鳴らすなどし、ベッロを誘うが無反応で寝台の奥から出てくる気配がない。時間が迫ってきたので、クローディアは諦めた。

 

 『闇の魔術への防衛術』の教室は、これまでと違いその分野の道具が飾られている。得体の知れない動物の標本、角、干し首を珍しくクローディアは食い入るように見つめる。

(これとか、エイリアンに出てきそうさ……。あれ? こっちはプレデター?)

 始業の鐘が鳴り、自然と着席する。

 教科書や羊皮紙を構え、準備を終えるのを見計らいルーピンが姿を見せる。リサなどの汽車を共にしなかった面子は、怪訝そうに彼を見つめた。

 視線の意味を理解しているのか、ルーピンは教室を見渡して微笑む。

「皆、杖だけ持って、後は片付けてくれるかな?」

 指示された通りにし片付け終わると、ルーピンは全員に声をかける。従い、生徒は教室を出る。廊下を歩きながら、リサがクローディアに耳打ちする。

「(あの人……、何処かで見たことありません?)」

「(いや、ないさ。もしかして親戚さ?)」

「(いいえ、でも何か、見覚えがあるのですが……。何処かしら?)」

 リサが呻いている内に、ルーピンが導いたのは職員室であった。

 扉を開け、中に招くルーピンに応じて全員が一列になる。そのまま奥に誘導された。そこには、古い洋箪笥が淋しく置かれていた。

 しかし、ルーピンが脇に立つと音を上げて暴れだした。慄いた何人かは、ビクッと肩を揺らし洋箪笥から離れる。

「怖がらなくていいよ。中に何がいるか、当てられるかな?」

 静かな口調に、アンソニーが前に出る。

「真似妖怪、ボガートです」

「その通りだ、ありがとうアンソニー」

 アンソニーの後ろに、皆が集まり不安そうに洋箪笥を見つめる。

 突然、職員室の扉が開く。入って来たのは、スネイプだ。鋭い目つきが生徒を見渡している。思わぬ人物に、全員反射的に背筋を伸ばす。

「やあ、これから授業をするところなんだ」

 にっこりとルーピンはスネイプに笑いかけた。返事もなく、スネイプは肘掛け椅子に腰掛ける。まるで、授業を見学するような態度から、全員、冷や汗が流れた。

(((なんでいるんだろ……?)))

 緊張した生徒に構わず、ルーピンは洋箪笥へ注目させた。

「では、ボガートはどんな姿をしているでしょう?」

 これにリサが挙手する。

「誰も知りません。形態模写妖怪で、出会った相手が一番恐れるモノに姿を変えることができます。故にとても恐ろしい生物です」

 満足そうにルーピンは、頷いた。

「その通り、幸いボガートを退散させる呪文がある。杖なしでいいよ。まずは練習だ。私に続いて、リディクラス(ばかばかしい)」

「リディクラス(ばかばかしい)」

 復唱する生徒達の後ろで、スネイプがせせら笑う。

(まだいたさ……。つーか、授業どうしたさ?)

 スネイプを振り返らず、クローディアは胸中で悪態付く。

「いい発音だ。だが、呪文だけでは足りない。ボガートをやっつけるには、笑いが必要なんだ。それには精神力が関係してくる」

 呪文の説明をし、ルーピンはマイケルを指名する。彼は猪が恐ろしいと答えた。幼い頃に猪に追いかけられたトラウマだ。

「では、何が一番怖いかを考えくれるかな? そして、それを滑稽な姿に変えるんだ」

 思考の為に、誰もが沈黙する。

(うーん、アルマジロ……さ?)

 実はクローディアは生まれてこの方、アルマジロを見たことがない。もしも、ボガートは姿も知らないモノを恐れていたら、どんな姿に変身するのか、微かな興味が湧いた。

 笑顔を隠すために、クローディアは手で顔を覆う。

「では行くよ。マイケル、杖を構えて」

 マイケルは頷き、洋箪笥に向かい杖を向ける。ルーピンが洋箪笥を叩くと、自然に取っ手が回り、ゆっくりと開いた。

 暗闇から、巨体な猪が威勢の良く現れる。

「リディクラス(ばかばかしい)」

 淀みなく唱えるマイケルに合わせ、猪の姿が毛深い豚に切り替わった。その醜態に、全員が腹を抱えて笑う。

「いいぞ、最高だ! 次、パドマ!」

 マイケルが下がり、パドマが前に出る。困惑した毛深い豚は、皮膚がただれたゾンビに切り替わる。

 パドマが唱えると、ゾンビは腰を振って踊りだした。

(スリラー?)

「モラグ!」

 パドマが下がり、モラグが前に出る。ゾンビから鱗に覆われた半漁人が牙を向く。モラグが唱えると、半漁人干乾び干物になった。滑稽すぎた姿に、モラグは半笑いになる。

「クローディア!」

 自分の番になりクローディアは、モラグと代わり前に出る。緊張で心臓が速く脈打っていた。深呼吸してボガートと対峙する。

 半漁人の干物は、クローディアを凝視し、凄まじく回転する。

(アルマジロ、アルマジロ、アルマジロ、アルマジロ)

 覚悟を決めて胸を張るクローディアは、口元を緩める。

 ついに、ボガートは姿を決めて変じた。

 その姿にクローディアは目を見開き、顔色が蒼白になる。それは、アルマジロであるはずがなかった。床を這い蹲り喘ぐ、着物を着込んだ白髪の老女。老女は、助けを請うように腕をクローディアに伸ばす。

〔来織ちゃん……、助けておくれ〕

 慣れ親しんだ日本語で声をかけられた。これが誰なのか、クローディアはすぐに見当がつく。

 自分は、これを恐れている。あの頃から、ずっと恐れていた。

 引き攣るような声をあげ、胸で呼吸した。全神経に命令して、老女から後ずさりする。しかし、老女はクローディアを逃がすまいと足を掴んだ。

「杖を構えて、呪文を唱えるんだ。クローディア」

 声援を送るルーピンの声が、遠かった。

 

☈☈☈

 クローディアは、一向にボガートに杖を向けなかった。これにリサは彼女の後ろから杖を伸ばし、呪文を唱える。老女は白い布に絡まり、小さくなった。

 すぐにリサはクローディアを後ろに下がらせ、彼女が前に出る。布からトロールに姿を変えたので、呪文を唱える。鼠の姿になったボガートは逃げるように洋箪笥に入り、乱暴に戸が閉まった。

「よくやった! 今日はここまでだ。リサ、友達を助けるのは素敵なことだよ」

 微笑かけられ、リサは頬を赤く染める。

 リサがクローディアを振り返ると、彼女は壁に向かって俯き、片手で顔を覆っていた。

「クローディア、唱えられないことは恥ずかしいことじゃないよ、気を落さないで」

 優しい言葉をかけられたクローディアは、ルーピンに愉快な笑顔で振り返る。

「いやあ、すみません。小さいときに、お祖父ちゃんが物語に話してくれた鬼婆だったんです。実際、目にすると怖くて♪リサ、ありがとう。おかげで助かったさ」

 照れ笑いを浮かべるクローディアに、リサは安心する。

「実に良いクラスだ。ボガートに関する章を読んで、レポートをまとめなさい。月曜までに提出だ」

 宣言されたとき、終業の鐘が鳴る。慌ててクローディアが、挙手する。

「ルーピン先生、最後に質問いいですか?」

「なんだい?」

「吸魂鬼がボガートと出会ったら、どうなりますか?」

 興奮して盛り上がっていた生徒達は、一斉に口を紡ぐ。

「それも加えてレポートにしてくれるかな?」

(うまくかわした……)

 胸中で感心する生徒達と違い、クローディアは口を尖らせて不満そうにしていた。

スネイプがいるにも関わらず、生徒達は和気藹々と職員室を去っていく。リサは扉をくぐる前にルーピンを振り返る。

(やっぱり、何処かで見たことがあります)

 呻きながら、リサが出て行くのにクローディアも続く。その前に、クローディアは笑顔でスネイプに振り返る。

「スネイプ先生、授業でお会いしましょう」

 陽気に手を振るクローディアに、スネイプは答えなかった。

 生徒が去った後の扉を見つめ、スネイプは腰を上げる。

「ボガートも満足に追い払えんとはな」

 嘲るスネイプに、ルーピンは頭を振る。

「いや、上出来だよ。ボガートが消えるのを恐れて隠れるまで追い込んだ。優秀だよ。それに、セブルスがスリザリン生以外にも好かれているとは思わなかったよ」

 微笑むルーピンに、スネイプは一層険しい顔つきで返した。

 

☈☈☈

 夕食を摂るため、ジニーはルーナと大広間を目指す。

 2人は今年度から『薬草学』が合同授業なので、より距離が近くなった。

「クローディア!」

 ルーナが声を上げる。中庭の向こうの廊下に、友人に囲まれたクローディアが普段よりも上機嫌な笑顔で歩いていた。その笑顔にジニーは、奇妙な違和感を覚える。

「すごく機嫌いいわね、何か良いことでもあったのかしら?」

 同意を求めようとルーナを振り返るが、ジニーは狼狽した。

瞬きもせずにルーナはクローディアを凝視している。水晶の如く潤う銀色の瞳から、大粒の涙が零れていた。戸惑いながらジニーは、ルーナに声をかける。

「どうしたの? 目にゴミでも入った……?」

 目を見開いたまま、ルーナは首を横に振る。

「痛そう、苦しそう、悲しそう……」

 涙を拭うことなくルーナは、浮ついた口調で繰り返した。

 

 大広間に入る前に、ルーナの涙が止まった。ジニーは胸を撫で下ろした。レイブンクロー席では、クローディアが上機嫌なまま周囲の生徒と話し笑っている。ルーナを席に送るついでに、ジニーはクローディアに声をかける。

「こ、こんにちはクローディア」

「はい! ジニーさ!」

 勢い良く挙手するクローディアは、満面の笑顔ではしゃいでいる。

「機嫌がいいけど、何かあった?」

 躊躇いながらも尋ねるジニーに、クローディアはにんまりと口元を歪め、手を口元に当てる。

「今日の『数占い』の授業でハーマイオニーと一緒だったさ」

「そう、それは、良かったわね」

 クローディアとハーマイオニーは親しく、これまでレイブンクローとグリフィンドールの合同授業はないので上機嫌な理由に確実に当てはまる。だというのに、ルーナはこの笑顔に辛さを感じるという。

「他に、何か変わったことなかった?」

「ないよ、普段通りさ! あ~、あそこでパーキンソンが煩い以外は、超良好さ」

 スリザリン席を指差すクローディアに、周囲の生徒も同意する。

「本当、ハグリッドが可哀想」

 他の上級生を無視し、ジニーはクローディアを怪訝する。

「ルーナ、お腹空いたさ? こっち来て食べるさ。このスパゲティ美味しいさ」

 ルーナを手招きし、クローディアは隣に座らせた。ルーナは沈黙し、大皿の豪華なスパゲティを小皿に盛り付ける。

 グリフィンドール席にハーマイオニーがいることを確認し、ジニーはその隣に腰掛ける。

 ハーマイオニーはスパゲティを口にしながら、『天文学』の教科書を読んでいた。

「ねえ、ハーマイオニー。クローディアと授業一緒だったのよね? そのときからあんなに機嫌良かった?」

 教科書から顔を上げ、ハーマイオニーは宙を見やる。

「変わった様子はなかったわね、授業中もサクサクと問題解いてたし……。うん」

 気に留めることなく、ハーマイオニーは再び教科書に目線を戻す。

(ハーマイオニーもわからないなら、本当に何もないのかしら。でも、ルーナは的外れなことを言ったりするような子じゃないし……。ルーナの為にも、クローディアに何か出来ないかな?)

 レイブンクロー席を見やる。突然、ジニーの視界にフレッドとジョージの顔が現れた。

「「どうしたジニー、元気ないぞ」」

 陽気な双子の兄を見比べ、ジニーは閃いた。

 

☈☈☈

 翌日の昼食。

【怪物的な怪物の本】を読むクローディアの隣で、ハーマイオニーから『魔法薬学』での出来事を愚痴りつづけた。ドラコが怪我を利用してロンを扱き使い、スネイプがネビルに意地悪をした。ネビル1人に『縮み薬』の調合をさせ、トレバーをその実験台にしたのだ。

 ハーマイオニーがこっそり調合を手伝い、トレバーは助かったがグリフィンドールは減点された。

 やはり、ドラコは全く大人しくしなかった。

「それなら、ずっと医務室にこもってくれたらいいさ」

「全くだわ」

 気分が落ち着いたハーマイオニーは、ミムが読んでいた【日刊預言者新聞】を借りる。

「あ、シェーマスが授業中に言ってけど、ブラックが学校近くで姿を見られたんですって、この記事のことだわ」

 ハーマイオニーは【日刊預言者新聞】を指差す。ブラックがマグルの女性に目撃されたという記事があった。

「次の授業『闇の魔術への防衛術』なんだけど、昨日はどうだったの?」

 クローディアはページを捲る手を止め、ハーマイオニーに微笑む。

「真似妖怪のことを習ったさ」

「そうなの、ありがとう。私、職員室に用があるの。一緒に行きましょう」

「いいね、行くさ」

 上機嫌で頷きクローディアは、本を閉じコーヒーを飲み干す。ハーマイオニーが重量のある鞄を肩に担いで立ち上がる。

「ハーマイオニー。その鞄、破れそうさ」

「うん、でもこれしか鞄ないから」

 ハーマイオニーは、さっさと大広間を出ようとする。

(どこぞの猫型ロボットのポケットとはいかないけど、ベッロの虫籠のような鞄が欲しいさ)

 限界まで張り付けた鞄を見ながら、クローディアはハーマイオニーに続く。

 グニャ。

 廊下に出た途端、クローディアは踏みつける床に、違和感を覚える。恐る恐る視線を足元に移すと、床にうつ伏せたフレッドの背を踏んづけていた。

「うわお! フレッド、何してるさ!」

 慌てたクローディアは屈み、床に膝を付いてフレッドの背を撫でる。フレッドの顔色は青ざめ、虚ろな目で宙を見ている。

「う……、クロックフォード……、頼む……僕を医務室に……」

「わかったさ」

 フレッドの腕を持ち上げ、肩に担ごうとした。

「おお! なんたることだ!」

「どうしたさ!?」

 突然、フレッドは空いた手で自らの顔を覆い、深刻な表情でクローディアを見つめる。

「下がってる……。BからAに……」

「成績が……上がってるんじゃなくてさ?」

「ちーがーうー」

 フレッドの視線が徐々に下がっていく。クローディアも視線に倣い、自分の体を見下ろす。その視線の先は、彼女の胸元。クローディアの肩に回されたフレッドの手が、触れている。

 脳内の血の気が失せ、無意識にクローディアはそのままフレッドに一本背負いを仕掛けた。衝撃音が廊下に響き、驚いた生徒が何人か振り返る。

 フレッドが大の字で呆然としている。

〔馬鹿!〕

 日本語で罵り、クローディアは乱暴な足取りで職員室の方角に向かった。通りすがりの生徒達は倒れたフレッドに嘲笑と冷ややかな視線を送りながら、避けていく。

 柱の物陰に隠れていたジョージとジニーが嘆息しながら現れる。

「なあ、フレッド。本当にAだったか?」

 目を輝かせて尋ねるジョージに、力を無くしたフレッドは真に虚ろな目で視線を返す。

「確かに、Aだった……。でも、ジョージ。……本当に力が入らない。この役回りは遠慮したい」

 その視線は廊下の天井に向けられる。

「いつも思うけど、あなたたち、励ますとか……向いてないと思うわ」

 フレッドを覗き込むジニーは、眉間に指を当てため息をついた。

 

 職員室での用を終え、クローディアとハーマイオニーは廊下を歩く。ブラックの目撃情報についての話題になった。

「やっぱり、ホグワーツに来るのかしら?」

 不安げに呟くハーマイオニーに、クローディアは呻く。

「なんか、自殺行為なことするさ。ここには、吸魂鬼がいるし、先生たちもいるさ。何よりも校長先生さ。マルフォイ辺りを勘違いして襲ったら、おもしろいさ」

 大胆な言葉に、ハーマイオニーは目を丸くする。

「クローディア、何かあったの?」

 自身の髪を撫でるクローディアは、明るい笑みをハーマイオニーに向ける。

「何もないよ?」

 確かにハーマイオニーの目から見て、クローディアは普段と変わらない。

「ううん、人が襲われろなんて言うから、ちょっとだけ……あなたらしくないと思って」

 わざとらしく首を傾げるクローディアは、呻く。

「いいや、私だって、人の不幸を願うことはあるさ。ハーマイオニーはそんな事、考えないから優しいさ」

「そう言ってくれるのは、あなただけよ」

 嬉しさで口元が緩み、ハーマイオニーは少し頬を赤らめる。

(本当、あなたが友達で良かった……)

 照れ笑いを浮かべるハーマイオニーが下を向いた一瞬、クローディアの顔から笑みが消えていた。代わりに彼女は眉を顰め、自嘲を込めて口元を曲げた。

 その表情に、ハーマイオニーが気づくことはなかった。

 

☈☈☈

 温室の中は、レイブンクロー生に一層不愉快な気分にさせた。

 腕の負傷を理由に、ドラコがわざとらしく痛がってはパンジーの心配を煽った。それどころか、スプラウトに作業が出来ないと訴えた。

 人の良いスプラウトもドラコを労わり、簡単な作業だけで許した。

 贔屓目に見ても、大根芝居なドラコに苛立ちを募らせたレイブンクロー生は作業に集中する。作業中も彼は、簡単なことも出来ないと動作で訴えてくる。堪り兼ねたパンジーが、クローディアに詰め寄る。

「ドラコが可哀想だわ。ベッロを寄越して作業させるべきよ」

 作業の邪魔にならない場所で、ベッロは大きく口を開け欠伸する。

「だから、スプラウト先生も簡単な作業にしてあげているじゃない?」

 噛み付くパドマをパンジーは睨む。

「あんたなんかに聞いてないわ。どうなの? クロックフォード! ドラコに貸すの貸さないの? 貸さないなら、ドラコのお父様にお報せしないといけなくなるわ」

「よせよ、パンジー。困っているだろ?」

 威勢の良いパンジーに、意地悪な笑みで声をかけるドラコがクローディアに歩み寄る。

「君のお友達に、こんなに酷い怪我をさせられたんだ。すごく怖かったよ。あのチキン野狼は、いきなり僕に……」

 

 ――バン。

 

 クローディアが作業していた『花咲か豆』の鉢がドラコの足元に投げつけられた。鉢の音に驚いたスプラウトが声をかける。

「どうしました?」

「マルフォイくんが、作業を妨害してきました」

 唇を尖らせ、わざと大声をあげるクローディアに周囲は唖然となる。反論しようとドラコが口を開く前に、耳打ちする。

「なら、その包帯の下を見せてみろ。傷があるならね」

 高音や低音とも違う声色で耳元に囁かれ、ドラコの全身が凍りつく。脳内から言葉が消えたように真っ白になり、脈拍が異常に脈打つ。

「スプラウト先生、マルフォイくんが具合悪いって言ってます」

 暢気に手を上げるクローディアに、スプラウトはドラコを見やる。

「まあ、ミスタ・マルフォイ。そんなに青ざめて、ミス・パーキンソン。医務室まで付き添ってあげなさい」

 同じように青ざめた表情のパンジーは、ドラコの背を押し温室を後にした。

 クローディアは懐から杖を出し、割れた鉢を元に戻して作業を再開だ。その後の授業でドラコとパンジーは戻らず、平穏無事に終えることが出来た。

 

 クローディア達がお手洗いを出たところに、偶然ネビルが通りかかる。彼は満面の笑みを浮かべて鼻歌を歌っていた。

「あ、クローディア、聞いてよ。僕ね、ルーピン先生に褒められたんだ」

 『薬草学』以外の授業でネビルの顔が輝いているのを見たのは、クローディアも始めてだ。

 しかも、聞きもしないのにネビルは授業の内容を滝のように話し出した。

「箪笥から出てきたボガートが、スネイプ先生になったから、僕が魔法をかけたら、祖母ちゃんと同じ服になったんだよ。てっぺんにハゲタカの剥製がついてて、ながーいドレスで狐の毛皮を着てるんだ」

 説明終えたネビルは、息を求めて深呼吸する。

「それって、スネイプ先生を女装させたってこと?」

 サリーの一言に、クローディア以外の女生徒は腹を抱えて笑い出した。

「ロングボトム。もう一回、言って! どんな恰好になったの?」

 肩で息をし、ネビルは手でスネイプにさせた恰好を表現する。益々笑い声が大きくなった。その笑い声に周囲の生徒達が集まり、ネビルの話に聞き入り笑い出す。自分が話の中心になったことのないネビルは完全に酔いしれ、何度もスネイプにさせた恰好を説明した。

「スネイプ先生、こんにちは!」

 クローディアの快活な声に、笑い声が凍りつく。一斉に、視線がクローディアと同じ方向になる。地下教室の階段から、唇を痙攣させたスネイプが立ち尽くしていた。

 蜘蛛の子を散らすように生徒達は逃げ出した。話すことに夢中になったネビルだけが、その場に残る。

「それで、最後にレースの服を着てたんだ。もうおかしくって」

 ネビルが瞼を開いたとき、本物のスネイプだけが見下ろしてくる。瞬間にネビルは恐怖に引きつった。

 廊下の曲がり角に隠れたクローディアは、パドマ達とネビルに合掌した。

 

☈☈☈

 シェーマスやディーンがネビルの話題で盛り上がる中、ジニーはフレッドとジョージを頼れないと悟った。目の前のポテトフライを盛り付けた皿を睨み、その向こうのレイブンクロー席で雑談するクローディアを視界に入れる。

 その隣で、静かなルーナはビーカーに魔法の火を通して何かを煮込んでいる。

(どうしてルーナが心配していることがわからないの。というか、なんで私がこんなに必死になってるのよ。もう駄目、文句言ってやる!)

 乱暴に立ち上がり、ジニーは生徒を押しのけてクローディアに迫る。

「あれ、ジニー。どうしたさ」

 暢気に笑うクローディアに、ジニーは苛立つ。

「出来た!」

 ジニーが口を開く前に、ルーナが飛び上がる。沸騰した液体が黒に近い緑で、虫の羽が浮かんでいる。明らかに熱さを感じ散れるビーカーを素手で掴み、クローディアに差し出す。

 ビーカーからの熱気に、ジニーは思わず引く。クローディアの隣にいるパドマも顔を顰め、ビーカーから離れる。

「ちょっと、ラブグッド。それ、何よ」

 文句を垂れるパドマに構わず、クローディアはビーカーを受け取り、迷わず飲み込んだ。

 喉を鳴らして謎の液体を飲み干すクローディアに、周囲は息を飲む。ルーナだけが、瞬きせず目を見開く。

 飲み干したクローディアは、ビーカーをルーナに返した。

 遠慮がちにパドマが声をかける。

「ちょっと、クローディア。大丈夫なの?」

「勿論、カボチャジュースの味がしてとっても美味さ!」

 親指を立てるクローディアに、空気が固まりルーナ以外は絶句する。

「え~と……。あ、パーバティだ。私、今日の授業のことで聞きたいことあるのよ」

 取り繕う笑顔で、パドマは席を立った。手を振り見送ったクローディアは、真摯な態度でルーナに向き合う。

「ありがとう、ルーナ。私は、もう大丈夫さ」

 ルーナの髪に手を置き、クローディアは口元に弧を描く。手の温もりに、ルーナは目を閉じて手に体重を預ける。

 自然な2人の様子を目にし、ジニーから苛立ちが泡のように消え去った。

(クローディアは、ルーナのことわかってたんだ。私、心配して損じゃない)

 思わず笑い出すジニーに、ルーナが顔を上げる。

「ルーナ、図書館行きましょう。今日の授業でわからないことがあるの」

「わかった」

 クローディアの手が離れた。ジニーとルーナは陽気に手をとり、大広間を後にする。

 

☈☈☈

 残ったクローディアは、机に置かれたビーカーを魔法で消した。胃に多少の違和感を覚え、腹を擦る。

「あら、クローディア。顔色いいわよ、もう大丈夫?」

 隣に座ろうとしたペネロピーが、クローディアの顔色を覗き込み、安心したように頷く。ペネロピーに紅茶を勧め、クローディアは含んだ笑みを見せる。

「そんなに私ってさ、顔に出てたさ?」

 紅茶で喉を潤わせたペネロピーは、小さく微笑む。

「わかりやすいからね、あなたって、……ねえ、ひとつだけ聞いていい?」

「答えられるならさ」

「……、やっぱり聞かないわよ」

 親しみのある意地悪な笑みに、クローディアは噴出した。

 自分をわかってくれる人がいる。それだけで、クローディアの胸に黒く渦を巻いていたモノが洗い流された気がした。

「ありがとう、ペネロピー」

 唇だけ動かす。その動きを読み取ったペネロピーも唇の動きだけで「どういたしまして」と返した。

 




閲覧ありがとうございました。
親身になって心配してくれる友達っていいなあ。
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