マダム・ピンスも生徒がいるなら休まないでしょうけど、ま、いっか!
追記:16年3月7日、誤字報告にて修正入りました。
マダム・ピンスのいない図書館は、それだけ使用する生徒がいないことを示している。棚に陳列された書物を見上げ、クローディアはそんなことを思い浮かべた。
机にただ1人座るハーマイオニーは、必死に頭を働かせレポートを片付けていく。
宿題が完了するまでバックビークの裁判を手伝わせないことになっているが、大量のレポートを見る限りでは、今年中には終わらない。
(これ以上の記録はないさ、後は記事でも見るさ)
【日刊予言社新聞】などの雑誌を収めた棚を見やり、これまで調べた魔法生物の裁判が行われた日付を書き込んだメモを見比べる。
(ルーナがいつも読んでる【ザ・クィブラー】は……置いてないないさ。ルーナに頼んで裁判に関する記事をもらうさ)
順番に新聞を読み漁り、目に着いた記事をメモに取る。その作業を繰り返していくと、いつの間にか40年近く前の新聞にまで行き着いた。
正午の鐘が、城中に鳴り響いた。
(もう4時間もいるさ……。この新聞読んだら、お開きさ)
疲労感に襲われる自身に喝を入れ、クローディアは適当なページを何気ない気持ちで開いた。
灰色の変色した写真を我知らずと凝視する。それは、夏の休暇中。祖父のアルバムに貼られていた記事と同じだったからだ。
【アイリーン=プリンス。ホグワーツ・ゴブストーンチームのキャプテン】
美人とは程遠く、神経質そうな少女の写真。一行だけの紹介分を今度はしっかりと読みとった。
(この学校の卒業生さ)
新聞を元に戻し、自然と口元に笑みを浮かべる。
(後でお祖父ちゃんに教えるさ)
足を弾ませてハーマイオニーの元に戻ると、彼女は片づけを終えて待っていた。
「嬉しそうね。進展あったの?」
「裁判のこととは別だけどさ」
意味がわからず、ハーマイオニーは首を傾げた。
☈☈☈
大広間は変わらず、中央に食卓が用意されていた。
ハリーとロンも食事を摂っていた。
他に、スネイプとグラハムは『魔法薬学』の教科書を読んでいた。ルーピンはスプラウトとトリカブトの成長過程について話していた。デレクとペロプスはバックギャモンをしながら、サンドイッチを齧っていた。
クローディアとハーマイオニーが現れ、ハリーは思わず顔を背けた。心情を察した2人も挨拶を控えた。そのまま、2人はハリー達から離れたデレクとナイジェルの隣に座る。
ゲームの手を止めたデレクは、躊躇うような視線を彼女達に向ける。
「あの……、クロックフォードさん?」
おそるおそるデレクがクローディアに声をかけてきた。ハリーは知らずと、聞き耳を立てる。
「おい、デレク」
「だって、ペロプスだって気になるだろ?」
ペロプスがデレクを窘める。ハーマイオニーは優しい顔つきで、疑問の視線を2人に向けた。意を決したデレクは、クローディアに問うた。
「フランケンシュタインを見たことあるんですか?」
一瞬、クローディアの空気が硬直した。
「あなたの話を聞いた後、ルーピン先生に質問してみました。そしたら、ゾンビのようなものだと教えてくれました。ただ、ゾンビと違って存在した実例はないに等しいと…」
「そもそも、フランケンシュタインはゾンビじゃないわ。怪物を生み出した学生の名前よ。ヴィクター=フランケンシュタインは、コルネリウス=アグリッパを通じて魔術に興味を抱き、錬金術を独学で学ぼうとした。でも、彼の育った環境ではそれは叶わなかった。科学者を志した彼は、次第に『完璧な人間』を創造しようという狂気に駆られた。墓場から、死体を選りすぐりって繋ぎ合わせて、一体の怪物が誕生した。その怪物は、知性や教養を持っていたの。でも、あまりにも醜い姿だったから、彼は初めて作ってはならないモノを作ったと後悔した。この怪物に名はなく、後世の人は生みの親である学生の名を取り、『フランケンシュタインの怪物』と呼ぶようにしたのよ」
捲し立てるハーマイオニーの説明を聞き、デレクはきょとんとした。ペロプスも理解に苦しそうにしていた。
当然だとハリーは思う。そもそも怪物は、マグルの作り話に過ぎない。幼い頃、学校の催しでそれのホラー映画を見た。頭にボルトが刺さった姿を当時は恐がった。ダドリーがフランケンシュタインの真似をしてハリーを追い回したこともある。
ハリーにしてみれば、ゾンビと変わらない存在だ。
「つまり、ヴィクター=フランケンシュタインは死霊術師(ネクロマンサー)ということですか? 学生の身で!?」
恐れを抱きつつ、デレクは興味津々にハーマイオニーに聞き返した。
「違うわ、彼はマグルよ。科学者を目指した学生だったわ。怪物も魔法ではなく、科学力を用いて作りだしたのよ」
「マグルが怪物を作った!?」
今度はペロプスが叫んだ。大声を出したので、ルーピンとスプラウトが注目した。スネイプとグラハムは一瞥だけし、教科書の討論に戻った。マグルの話なのに、ロンは完全に無視し、スキャバーズにパンを与えていた。
「でも、それとクロックフォードさんが『死んだ人は生き返ったりしない、それはフランケンシュタインが証明している』っていうことと、どう関係してくるんですか?」
デレクの純粋な問いかけに、クローディアの眉が痙攣した。
「それは……」
ハーマイオニーを遮り、クローディアは口を開く。
「フランケンシュタインは、腐っていない死体の四肢、頭部、心臓、臓物、神経をチグハグにして1人分の人間を形にしたさ。きっと、その身体の一部一部、元の人間の人生はあったさ。でも、生み出された人間は、生前の記憶をひとつも持っていなかったさ」
それが幸いだとクローディアは、少々の笑みを浮かべていた。その笑みを見たデレクは、バツが悪そうにしていた。そんな質問をしたことに罪悪感を覚えているようだった。
「あんたの名前は……」
「デレク=ガージョンです」
「ガージョン。仮にあんたが本当に蘇生法を知ったとしても、それは使ってはいけないさ。死んだ人間は、死者になるんじゃないさ、死体になるさ。生き返った人も必ず、後悔するさ」
最後の警告と言わんばかりに、クローディアの瞳がデレクを捉えた。彼に怯えた様子もなく、それどころか尊敬に近い眼差しを彼女に向けていた。
「もし、フランケンシュタインの怪物に出会ってしまったら、僕はどうすればいいですか?」
それは、興味よりも確認の口調だ。その質問にクローディアは、初めて沈痛の表情で目を伏せる。
「ガージョン、それは彼に優しくしてあげることさ」
「怪物に優しくする……?」
突拍子もない意見に、ハリーは噴き出しかけた。フランケンシュタインは、ハグリッドが可愛がる三頭犬フラッフィーや巨大蜘蛛アラゴグとは別格の怪物だ。きっと、彼でさえ遠慮するだろう。クローディアの意見は、あまりにも馬鹿げている。
「彼は、口にも出来ない程、醜かったさ。最悪なのは、彼が善良な心を持ちすぎたことさ。彼は、自分が死体から蘇ったことを恥じたさ。そして、醜すぎる容姿に生まれたことを悔やんださ。そんな彼は、自分の生みの親にたったひとつだけ、願ったことがあるさ。それは、花嫁さ。自分と同じような花嫁が欲しいとさ。これがどういうことかわかるさ? 彼は愛が欲しかっただけさ」
衝撃のあまりデレクは、思わず「はい」と答えた。それなのに、クローディアは消化不良な顔つきで「そうか」とだけ返した。
そこで話は終わったと、クローディアは食事を始めた。いつの間にか、ハーマイオニーは彼女が口に出した言葉を羊皮紙に書きこんでいた。
「クローディア、良ければフランケンシュタインに関する本を貸してもらえないかな?私も人から聞いた程度しか知らないんだ」
「わかりました。家にありますので、頼んでみます」
ルーピンに頼まれたクローディアは、元気がなかった。
(あれって、そこまで奥深い話だったけ?)
ハーマイオニーに聞こうにも、今は無理だ。彼女の口から、何も聞きたくない。
ハリーの身を案じていることは理解していても、やはり、怒りは治まらないのだ。
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日差しが入るレイブンクローの談話室。絵の住人達がチェスを楽しむ声を聞きながら、ハーマイオニーは1人、アルバムを眺める。
彼女のモノではない。クローディアのアルバムだ。勿論、了承は得ている。
勉強だけでは目が疲労するので、休憩するように言われた。友達のお陰で、ハーマイオニーは順調に宿題を片付けられる。
クローディアは、ハグリッドとホグズミードに外出している。彼女の祖父に面会するためだ。その祖父が外国の川原、素手に魚をとり、満面の笑みを向けている写真がある。他の写真にも幼い彼女と母、彼女の友人。天真爛漫な思い出に、ハーマイオニーは気分が高揚する。
(『マグル学』の宿題が終わったら、ハグリッドの小屋で待っていこう。このアルバムもハグリッドに見せたいし)
鞄からレポートを取り出す際に、ハーマイオニーは中にあるパンフレットの切れ端を見つける。
(あ、展示会のパンフレット。そうよ。お祖父さんが、この写真の人か聞こうと思っていれたままだったんだわ)
再び忘れることのないように、クローディアのアルバムにパンフレットを挟んだ。満足したハーマイオニーは『マグル学』のレポートにとりかかった。
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吸魂鬼の巡回により、客入りが少なくなったはずの『三本の箒』は、日が暮れる前の客入りが増えたので、それなりに商売は成り立っている。
祖父との課外授業を終えたクローディアは、ハグリッドと店の隅に座り込んだ。
巨体な森番の前では、着物姿のクローディアと祖父は大して目立たない。奇抜な恰好をした客人達では、地味なほうかもしれない。
ぼんやりと考え、クローディアは温めてもらった牛乳を口に含んだ。しかし、口の中で切れた箇所に沁みるため、血生臭かった。カップを持つ手も、寒さと打ち身による痛みでぎこちない。
その様子に、ハグリッドは小さく嘆息する。
「痛むか? ひでえことしやがるぜ」
クローディアを気遣いながら、ハグリッドは祖父を軽く睨む。
「馬鹿を申されるな。これでも、加減をしたつもりですぞ」
祖父はハグリッドの視線を受けても、平然とバタービールを飲み干していた。
「ここにいろ。マダムに頼んで、暖かけえタオル貰ってくる。じいさん。これ以上、何もしねえでくれ」
祖父に強く警告し、ハグリッドは席を外した。
(聞くなら、いまさ)
この機会を逃すまいと、クローディアは口を開く。
「アイリーン=プリンスのこと、【日刊予言社新聞】で見つけたさ」
深いシワがより険しくなる。神妙な顔つきの祖父に対し、クローディアは笑いを堪えるように唇に力を入れた。そのせいで、口の中の傷が痛んだ。
「どの記事を読んだ?」
周囲を軽く見回した祖父は、苦虫を噛み潰した顔で呟く。予想より困惑めいた反応する祖父が、クローディアには愉快であった。
「ホグワーツの代表生徒として、紹介されてたさ」
痛みに耐え、牛乳を飲み干す。カップを握っていた手も暖かくなっている。
〔来織。それ以上、アイリーンのことを詮索するのは、やめるんじゃ〕
〔してないさ。裁判の資料を探していたら、記事を見つけただけさ〕
イタズラっぽく笑うと、祖父の表情が僅かに険しくなる。
〔……裁判じゃと? 確か、ヒッポグリフの件は『危険生物処理委員会』に託されたはずじゃ。おまえが首を突っ込むところではないぞ〕
非難めいた口調の祖父に、クローディアは嘆息する。
〔弁護の文面作りを手伝ってるさ。それに、私だけじゃないさ。ハーマイオニー、ハリー、ロンの4人さ〕
聞きなれた名を耳にした祖父は、わざとらしく舌打ちする。
〔……今回は、手を貸さんぞ。こればかりは、ハグリッド殿が自ら解決せねばならんことだ〕
何も要求してないクローディアに、祖父は冷徹に振舞う。その態度も踏まえて、疑問する。
〔というか、お祖父ちゃん。バックビークが『危険生物処理委員会』に任されたこと、なんで知ってるさ?〕
問い終えたとき、ハグリッドが豪快な湯気を立てた白いタオルを手に戻ってきた。
「少し熱いが、消毒にはええじゃろ。さあ、これで傷を拭け」
得意げな笑みを向けるハグリッドへ、曖昧に笑う。
(火傷しそうさ)
手に触れるだけで高温を感じるタオルを傷口に押し当てる。一種の拷問だったが、ハグリッドの笑顔に応えるために、クローディアは強張った笑顔で苦痛を耐え凌いだ。
急に祖父は、目だけが忙しなく動いていた。
「本のこと、よろしくさ」
「うむ、息災でな」
貴重な面会時間を終え、クローディアは早めの新年の挨拶をし、ハグリッドと城に帰った。
積もった雪を必死に歩きながら、祖父の言葉を思い返す。祖父はアイリーンに好意的だ。しかも異性としての感情を含んでいる。そして、それは今も続いている。
(なら、お祖母ちゃんは……。そういえば、お祖母ちゃんってどんな人だろう?)
父方の両親は、確認している。母方の祖母について何も知らない。今まで、疑問にしてこなかった。意識さえしていなかった。
突然、興味が湧いた祖父の妻で、母の母。そして、思考はあらぬ方向へと突き進む。
(もしかして、アイリーンって人が私のお祖母ちゃん?)
体中が高揚する。思わず跳ねてみたくなったが、雪に足を取られるのがオチなのでやめておいた。
(もしも、そうなら……私は日本人のクオーターになるさ?)
思考に気を取られ、結局、クローディアは雪に足を取られて転んだ。
吸魂鬼が見張る門を越え、そのまま城に帰ろうとした。家の煙突から煙が上がり、ベッロが暖炉を使っていると知れた。
「俺の家で少し休んで行け。ベッロの入れてくれる茶は、最高だぞ」
〔完全に、こき使ってるさ〕
城のほうから見知った人物が2人、家に向かってやってきた。
1人はハーマイオニーだ。クローディアは迎えに来てくれたことに喜んだ。もう1人に向かって、ハグリッドが手を振った。
「リーマス! 体調はいいのか?」
睡眠不足に見える顔色だが、ルーピンは笑顔で手を振り返した。
「セブルスの薬のおかげでね。やあ、クローディア……。おもしろい恰好だね」
着物服に、ルーピンは少し間を置いた。
「お褒めの言葉、ありがとうございます。ルーピン先生」
硬い表情でクローディアは、小さく礼をする。
2人のやりとりに少し困り顔のハーマイオニーが、アルバムをクローディアに突き出した。
「1人でここまで来るのは危ないって、ルーピン先生が着いてきてくれたのよ。あなたのアルバム、ハグリットにも見せようと思って、持ってきたの」
「それはいい考えさ。(……で、なんでルーピン先生?)」
笑わない目がハーマイオニーに詰め寄る。彼女はクローディアがルーピンに苦手意識があることを知っていた。
ここまで露骨に嫌がれるとは思っておらず、咄嗟にハグリッドへ話題を振る。
「ファングは一緒じゃないのね?」
「ああ、今日は冷えるから、あいつはベッロと留守番だ。さあ、入ってくれ。今なら、ベッロの茶が飲めるぞ」
鼻歌を混じらせて、ハグリッドは小屋の戸を開く。彼の背を見つめ、ルーピンは2人に軽く尋ねる。
「ベッロというのは、ハグリッドの恋人か何か……かな?」
「「違います」」
否定する2人を見比べ、ルーピンは愛想よく声を上げて笑った。ハーマイオニーも反射的に微笑んだが、クローディアは彼に奇妙な苛立ちを持つ。室内が十分に暖かくなっていることを確認したハグリッドは、3人を招き入れた。
中は暖炉のおかげで十分、暖かい。ファングが挨拶のように何度も吠え、寝台からおりてくる。桶の隙間から、ベッロが床を這いながら現れた。
ベッロの姿を目にしたルーピンは、目を見開き小さく息を飲む。
「ベッロ……? 驚いた! ベッロとは、おまえか! まさか……、ハグリッドが引き取っていたとは……」
予想外の反応に、クローディアとハーマイオニーが呆気に取られた。てっきり受け流すか、警戒をする程度だと、2人は思っていた。何があろうと穏やかな笑顔で動じない普段のルーピンから、想像も出来ない困惑ぶりだ。
「ルーピン先生、ベッロをご存知なんですか?」
躊躇いながら尋ねるハーマイオニーに、ルーピンは生徒が目の前に居ることを思い出したように、普段の笑みを見せた。
「少しだけど、知ってるよ」
ベッロはルーピンを見るなり、警戒心剥き出しの気配を見せていた。だが、威嚇も何もせず、ただ睨んでいるだけだ。
「俺じゃねえよ。クローディアのだ。俺はちょいと、借りてるだけだ。ほれ、座れ。ベッロ、すまんが4人分の茶を入れてくれ」
勧められるまま、クローディアは羽織を脱いで椅子に腰掛ける。ルーピンは怪訝そうに彼女とベッロを視線だけで見比べていた。しかし、何も聞こうとしないので、無視した。
クローディアは、慣れた動きで食器やヤカンを用意するベッロを見つめる。棚から蜂蜜ヌガーを取り出したハグリッドは、椅子に腰掛けた。それを計ったように、ベッロは机に紅茶を入れたティーカップを並べた。暖かい紅茶に、体が芯から火照っていく。
早々に飲み終えたハーマイオニーが、アルバムを机に広げる。
「じゃーん、クローディアのアルバムよ」
「この学校に入るまでだから、日本にいるときのさ。……マグル式の写真さ」
クローディアが付け加えると、ハグリッドは目を輝かせてアルバムの表紙に見入る。
「ほお! 見ていいのか?」
クローディアが頷く前に、ハグリッドはアルバムを壊さないように加減しながらページを捲り始めた。アルバムの中で一番大きい型のはずが、彼が持つと手帳のように錯覚してしまう。
「ちっせえな……。お、これがクローディアのお袋さんか……、そっくりだな。おお、これなんか、男の子みてえだ」
川辺で幼馴染と泥だらけになっているクローディアの写真をハグリッドは指差した。小学生に上がる前とはいえ、半裸状態は気恥ずかしく思えた。
空になったカップに、ベッロがお茶を注いでくれた。クローディアは遠慮なく飲み干し、これ以上の辱めを避けようと目を瞑った。
アルバムのページを捲る音を聞く内に、ハグリッドが疑問の声を上げる。
「こりゃなんだ? リーマスか?」
ルーピンの写真がアルバムにあるはずない。確認しようとクローディアは、ハグリッドの指先を見やる。アルバムに挿まれていたのは、ベンジャミンの展覧会のパンフレット、祖父とベンジャミンが映った写真が掲載された部分であった。
一瞬だけ、クローディアの脈が焦燥を込めて高鳴る。
「違うわ。ハグリッド。その人は、ベンジャミン=アロンダイトよ。でも、言われてみたら、ルーピン先生に似てるのかしら? ルーピン先生、どう思う?」
首を傾げるハーマイオニーは、何気なくルーピンに声をかけた。瞬きを繰り返す彼は、考え込むように口元を手で覆っていた。
「一見すれば、私でも間違えるかもしれないね。しかし、……隣の人は誰かわかるかな?」
ルーピンの指が祖父をなぞると、ハーマイオニーは思い出したように手を叩く。
「私、クローディアに聞きたかったの。この人、あなたのお祖父さまなの?」
予感はあたり、話を降られたクローディアは、祖父の憂いを込めた表情を一瞬だけ思い浮かべた。そして、口元だけ笑みを浮かべ、視線だけはパンフレットに向けたまま答えた。
「そうさ。お祖父ちゃんの若い頃さ」
新たな発見に満足したハーマイオニーは、何度も頷いた。ハグリッドは、気難しく眉間にシワを寄せる。
「クローディアの祖父さんも魔法使いだったな。なんて言ったけな? ツート?」
祖父の発音は英国では不慣れな物なので、仕方ない。苦笑したクローディアは、唇を大きく動かし、発音を強めた。
「違うさ。十悟人さ。私やお母さんは平気だけど、お父さんとお祖母ちゃんは発音しにくいから、トトって呼ばれてるさ」
納得して頷くハグリッドが、アルバムに視線を戻そうとした。
――ガチャン。
破損音に驚いたクローディアとハーマイオニーは、思わず振り返った。
ルーピンが手にしていたカップが、突然、握りつぶされたように割れた。カップが割れたことよりも、彼の顔色が青ざめていくほうが問題であった。
「ルーピン先生?」
ハーマイオニーに声をかけられ、ルーピンは我に返る。
「すまない、少しボーッとしてしまったようだ」
ルーピンは懐から杖を出し、割れたコップを元に戻す。
「おお、大丈夫か? 具合が悪いなら、ちゃんと言えよ」
心配そうに声をかけたハグリッドは、ルーピンのコップにお茶を注ぐ。
「お祖父さまは、お医者様なのよ」
「医者? 患者に針を刺しまくるっていう? うへえ、あのジジイならやりそうだ」
ハーマイオニーの言葉に、ハグリッドは渋い顔をする。
2人のやりとりを聞きながら、クローディアもお茶のお代わりを貰った。この食卓にあるカップは、ハグリッドのお手製である。彼の握力と筋力に合わせ、重く硬い材質で出来ている。
(そう簡単には壊せないはずなのに、スゴイ力持ちさ)
病弱で体調不良を起こしやすい体質のルーピンにしては、ありえない筋力だ。これが指し示す先がひとつの推測へと行きつこうとしたが、寸前で脳内の警鐘が鳴り響いた。
(やめようさ。きっと、そういう体質なんだろうさ)
胸中で呟き、クローディアはコップに口付ける。肝心のルーピンは体調が悪いらしく、手で顔を覆っていた。
家を後にしようとした時、ハーマイオニーがアルバムを開いたまま眠り込んでしまった。余程、疲れていたのだ。仕方なく、ルーピンが彼女を背負う。
ハグリッドに見送られ、クローディアはルーピンと城を目指す。しかし、気まずい。間に入ってくれるハーマイオニーが寝ているので、喋る気も起きない。
沈黙を破ったのは、ルーピンだ。
「聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
クローディアが頷き、ルーピンは普段の穏やかな雰囲気のまま問うた。
「『解呪薬』という単語に聞き覚えはあるかい?」
「……何処でそれを知ったんですか?」
衝撃を受け、質問を質問で返してしまう。『解呪薬』は祖父の十悟人しか、その製法を知らない。しかも、本来の効用まで至ることは出来ず、幾分か質が落ちるらしい。仮に全く同じ効用の魔法薬が存在しても、名前まで同じはずがないのだ。
「偶然、その薬の存在を知ったんだ。君は『解呪薬』を調合出来る魔法使いに心当たりがあるんだね?」
「はい、そうです。『解呪薬』は祖父以外、作り出せません。祖父は誰にも、作り方を教えていない様子でした」
だが、それはクローディアが知っている限りだ。
動揺で心拍が上がりつつも、裾の下にある印籠に触れた。最早、最後の一粒となったオリジナル。この薬は、ハーマイオニー達にしか話していない。ダンブルドアやハグリッドにさえもだ。それなのに、何故、ルーピンは知り得たというのだろうと疑問する。
「さあ、クローディア。着いたよ」
呼びかけられ、我に返る。いつの間にか、レイブンクロー寮の前にいた。ドアノッカーの謎かけに答え、ルーピンも談話室に招く。
「へえ、こんな風になっているのか。知らなかったな」
感嘆でいて、感心する口調でルーピンは感想を述べた。談話室のソファーにハーマイオニーを寝かせて貰い、クローディアは深々と頭を下げる。
「それじゃあ、夕食でね」
愛想良く笑い返したルーピンをクローディアは呼びとめる。念の為に、知っておきたいことがひとつだけあったからだ。
「ルーピン先生、私もつかぬ事をお伺いしても宜しいでしょうか?」
「なんだい?」
若干、ルーピンの声が上擦っている。気に留めず、緊張する心音を抑え込んで続けた。
「ベンジャミン=アロンダイトは、先生のご家族ですか?」
「あの写真の人だね。いいや、私の親戚ではない。私に似ていたのは、ただの偶然だよ」
何の動揺も見られない。寧ろ、安堵の雰囲気を感じ取った。クローディアにしては、かなり勇気を絞った質問なのだが、ルーピンには講義中の質問と変わらない様子だ。
「そうですか、呼びとめてすみませんでした。色々とありがとうございます」
正直、ルーピンがベンジャミンの息子ではないかと推測していた。それでは、コンラッドの従兄弟となり、彼女にも新たな血縁となる。数少ない親戚を不愉快に思いたくなどない。だが、ただの他人の空似だ。
本当に安心した。
ハーマイオニーは爆睡し、揺さぶっても起きない。仕方なく『灰色のレディ』に彼女の警護を頼み、クローディアは夕食に向かう。大広間は相変わらず貸し切り状態だ。
クローディアが1人で現れ、ハリーは少し心配するような視線を送ってきた。しかし、絶対に話しかけて来なかった。
フリットウィックの承諾を得て、クローディアは杖を振るい食器をタッパーに変える。いくつかの食事をタッパーに詰めた。スネイプは視線で「意地汚い」と罵っていたが、気付かないフリをした。詰め込み作業のせいで、大広間には彼女とフリットウィックしか残っていなかった。
帰り道は、『ほとんど首なしニック』が付き添ってくれた。その途中で見慣れないフクロウが小包を運んできた。添えられた手紙は祖父からだ。昼間に頼んだ本が早速、届けられたのだ。
「超早いさ。どんな魔法を使ったさ」
「ホグズミードから、送ったのではありませんかな? あそこからなら、すぐに届きますよ」
『ほとんど首なしニック』の指摘に納得した。ホグズミードまで『姿現し』し、村の郵便局を使えば城まで幾分も関わらない。
「ルーピン先生のところに寄りたいさ」
クローディアの提案に『ほとんど首なしニック』は快く了承してくれた。
誰もいない教室、その奥にある事務所。クローディアは一声かけてから、教室に足を踏み入れる。しかし、ルーピンは事務所から出て来ない。だが、微かに開いている扉から、灯りが漏れている。
「ここで待っていて欲しいさ。ピーブズが来ないように」
「難しいですが、やってみましょう」
『ほとんど首なしニック』は苦笑し、扉を前で浮遊する。クローディアは小包とタッパーを抱え直して、事務所の扉に近づいた。
僅かに開いた隙間を確認の意味で覗く。ルーピンとスネイプ、しかも『血みどろ男爵』までいた。彼らはか細くも消えそうな小声で話しあっていた。
「クローディアは、コンラッドの娘だ。これを疑う余地はない」
「ありえぬ」
緊迫したルーピンの断言を闇色の声が否定していた。否定された部分をクローディアは、理解したくなかった。身体は金縛りにあったように動かなくなり、聴覚は一層過敏に会話を聞きとりだした。
「男爵、コンラッドが行方を眩ました日を覚えていますかな?」
「……教授達が卒業して、すぐのことだろう。歳月で言うなら……15年前の6月だ」
抑揚ない声で『血みどろ男爵』は、答える。それにスネイプは続けた。
「ミス・クロックフォードが生まれたのは、その年の7月。1月も経たない間に子供とは、生まれるものではない。従って、コンラッドの娘であろうはずがない」
「在学中に出会った可能性もある。コンラッドが消えたのも、こうして考えれば辻褄が合う」
狼狽することなく、ルーピンは堂々と言ってのける。代わりにスネイプが歯噛みした。
「知った風な口を聞くな! 例え、どこぞの女にひかかったとしても、コンラッドが子供を作れるわけがないのだ!!」
訴えかける叫び声がクローディアの脳髄に直撃した。
視界と肉体の感覚が切り離された。そんな心境だ。
クローディアは声一つ上げず、小包を扉の前に置く。足音を立てないように離れた。『ほとんど首なしニック』に声をかけ、寮まで送ってもらった。
ハーマイオニーは起きていた。タッパーの夕食を有り難く平らげ、宿題に勤しみだした。そんな彼女を見習うように、クローディアも裁判の弁論文の下書きを行った。それが終われば、漫画を適当に読み漁り、バスケ部の練習案を作成とひたすら何かをし続けた。
宿題に一段落着いたハーマイオニーは、すぐに眠りに入った。クローディアも眠ろうとしたが、無理だった。
静かな寝息を聞きながら、アルバムの写真を整頓する。クリスマスに『N・M』から贈られたコンラッドの写真、夏の休暇前にハグリッドから受け取ったボニフェースの写真を照らし合わせた。
何もかもが瓜二つだ。違いは、ボニフェースのほうが長身であることぐらい。その違いを考えれば、さして似ていないといえなくもない。
しかし、親子であることを疑問視する者などいない。
ならば、クローディアに置き換えてみた。確かに、コンラッドに似たところはない。寧ろ、英国人と日本人の間に生まれたにしては、あまりにも日本人の血が濃すぎる。日本にいた頃、TVに出てくる外国人との混血は、大方は人目で外国の血があるとわかる風貌だ。
クローディアが育った環境には、他に混血がおらず、比べることもできなかった。
〝コンラッドが子供を作れるわけがないのだ!〟
思い返したわけではないが、自然と脳裏に言葉が浮かんできた。クローディアの頬が温かい感触に濡れた。視界が歪んでいたので、涙と理解した。
〝あの子には、私と同じ血が流れている〟
不意に甦ったコンラッドの言葉、それは入学前にドリスを宥めているときの事だ。
(お父さん……。私に言って欲しいさ……。私にそう言って……いますぐ……)
込み上げてくる感情に答えを出さず、クローディアは2枚の写真を力強く握った。それによって、両親を求める衝動を押さえ込んだ。
結局、一睡も出来ずに朝を迎えた。
閲覧ありがとうございました。
フランケンシュタインって、本当に奥深いです。