こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。
また、長文です。

ハーマイオニーとハリーの視点になります。

追記:18年10月1日の誤字報告にて修正しました。


21.時間

 出口はクルックシャンクスが『暴れ柳』の幹を押し、皆が通れる隙間を作った。

 ハリーが先に這い上がり、ロンに手を貸す。シリウスはマゴマゴしているペティグリューを引っ張り、スネイプはその足を押し出す。

 殿のルーピンを残し、クローディアは外に出る。肌寒さに身震いすれば、先に出ていたハーマイオニーが投げ捨てていたローブを拾い渡した。

「私は大人しい従順な鼠だっただろう? 頼む! 私を吸魂鬼に引き渡したりしないでくれ!」

 必死にロンから情けを受けんとするペティグリューをスネイプが引き離す。ハリーとシリウスは、遠巻きに裏切り者を見下していた。

 ローブを纏ったクローディアは何気なく夜空を仰ぎ、雲から見事に丸い月が地上を照らしていた。

 

 ――満月だ。

 

 途端にスネイプが土気色の顔色を更に悪くして、叫んだ。

「いかん! ルーピンから離れろ! 奴は、今夜の分の薬を飲んでいない!」

 その場にいる誰もが緊張のあまり、硬直した。

 ルーピンの一番近くにいたクローディアとハーマイオニーは、勢いよく『暴れ柳』を振り返る。幹の隙間から這い出てきた彼が唸り声を上げた。

 ルーピンは俯き、全身を小刻みに震わせている。

「ルーピン先生!」

「ハーマイオニー!!」

 ハーマイオニーがルーピンに駆け寄ろうとしたので、クローディアは彼女の腕を引き後ろに無理やり下がらせた。

 その時、クローディアはルーピンに背を向けていた。そして、ハーマイオニーしか見ていなかった。

 傍から見れば、瞬間の出来事。

 クローディアの背から、強い力で肩を押さえられ、首筋に噛まれた感触が襲ってきたのは同時。噛まれたと認識した時、息苦しさと声に出せない激痛に身動きすら取れなかった。

 ハーマイオニーの瞳に映るのは、人の姿を保った狼人間ルーピンの獰猛。

「きゃああああ!」

 恐怖に満ちた悲鳴が夜空に渡った。

 スネイプは真っ先にルーピンの顎に掴みかかり、シリウスもペティグリューを放置してまで親友の胴体に抱きついた。

「リーマス、しっかりしろ! 自分を見失うな!」

 2人がかりでの死に物狂いの力にて、クローディアの首筋から引き離した。

 泣きながら、ハーマイオニーは倒れてくるクローディアを抱きとめる。首筋から迸る血が衣服を濡らしていく。

 比例して血の気がなくなり、クローディアは脈打つごとに青白く染まる。荒い呼吸を繰り返し、瞬きを忘れたように瞼は下りない。ハーマイオニーは彼女の負担を減らすため、ゆっくり地面に寝そべらせる。

「クローディア、しっかりして、薬……薬は何処にあるの?」

 力のない手つきでクローディアはローブを弄り、薬入れを地面に落した。

「エクスペリアームズ!(武器よ去れ)」

 ハリーの叫び声に、ハーマイオニーは振り返る。気絶したロンの杖が宙を舞い、ペティグリューが鼠に変身してしまう。暗闇に消える鼠をクルックシャンクスとベッロが追いかけた。

「シリウス! あいつが逃げた! 変身した!」

 ハリーの声に一瞬だけ、スネイプとシリウスの気が逸れた。

 その瞬間、ルーピンがスネイプを『暴れ柳』に吹き飛ばし、シリウスを天高く蹴り飛ばした。

 飛ばされている間、シリウスは黒い犬に変身して軽やかに受け流すが、スネイプは木にぶつかった衝撃で気絶していた。

 ハーマイオニーは出来るだけ乱闘から離れ、クローディアの首筋に薬を塗る。傷は消えていくだけで、素人でもわかる程に血が足りない。

「ハリー! クローディアが!」

 凄まじい形相のハリーは何処から持ってきたのか、虫籠をルーピンに押し付けた。

 納まったルーピンは虫籠が壊れんばかりの勢いで暴れ続ける。ハーマイオニーがすぐに『施錠呪文』をかけた。

 シリウスは人の姿に戻り、息をつかせぬ間にハーマイオニーの足元に屈む。意識が朦朧としているクローディアを見つめ、シリウスは彼女に問う。

「ピーターは変身したのか? どっちへ行った?」

 震える手でハーマイオニーはペティグリューが逃げた方向を指差す。唇を噛み、シリウスも暗闇へ走り去った。

 息絶え絶えのクローディア、気絶したスネイプとロン、半人狼化したルーピン。

「ペティグリューはロンに何をしたのかしら?」

「わからないよ。僕らがルーピンに気を取られている時に、あいつ、ロンから杖を奪い取ったんだ」

 歯噛みしたハリーとハーマイオニーはお互いを見合わせ、これからすべきことを模索する。

「ハーマイオニーはここにいて、クローディアを眠らせちゃダメだ。僕が城に…」

 ハリーが言い終える前に、暗闇から犬の悲鳴が聞こえた。それはシリウスが危機に陥っていることを報せている。

 不安と恐怖が2人の胸を通過する。ハリーは右往左往しながら、嫌な汗を掻く。シリウスを心配する心情を察したハーマイオニーはクローディアを抱きしめる。

「ハリー、行ってきて」

「ゴメン……」

 切なそうにハリーは拳を握り締め、悲鳴に向かって突進した。

 1人となったハーマイオニーの耳に聞こえるのは、己の息遣い。虫籠の暴れる音と不気味に吹く風の音だ。

「しっかりして、私の手を握ってクローディア……」

 声をかけ続けるハーマイオニーに対し、返事のないクローディアの握力はほとんどなく手に添えている状態だ。

 助けを呼ばなければ、ならない。しかし、独りではどうしようもない。

 何処からか不思議な気配を感じ、視界の隅に光が見えた。

 ハーマイオニーが急いで振り返るが、その光が近づいてくることはない。やがてその光も消えた。

「誰か……誰か助けて!」

 堪らず、夜空に向かって叫んだ。

「お願い……、助けて……」

 犬の鳴き声がした。暖かく逞しい野太いファングの声だ。

 顔を上げたハーマイオニーは目を凝らす。城から、ランタンの光がこちらに近づいてくる。

 まさに希望の光だ。

「ハグリッド!!」

 喉が裂けんばかりに声を張り上げた。

 地面を揺らす足音より先に、ファングが現れた。そして、頼りになる森番だ。

「誰だ!」

 警戒する声がランタンの光をハーマイオニーに突き出す。

「ハーマイオニー! クローディア! ……スネイプ先生? 一体、何が起こったんだ?」

 ハグリッドは惨状を見て、動揺する。

 救援が来たという喜びに号泣が止まらない。それが更に森番を混乱させた。

 

☈☈☈

 胸騒ぎを覚えるルーナは談話室の窓から外を眺める。

「クローディア、何処に行ったのよ」

 火のない暖炉の前で、苛々したペネロピーは貧乏ゆすりを繰り返す。

「またハーマイオニーの所でしょう。試験も終わったし、泊まってくるんじゃないの?」

 小説を読み終えたクララが欠伸をひとつする。気温の高い室内で、ペネロピーは妙な寒気に震える。これは不安以外の何物でもない。

 ルーナの隣に立ち、ペネロピーも窓の向こうを見やる。

「危険な目に遭ってないといいけど……」

 ペネロピーに呟きに、言い知れぬ不安に駆られたルーナは胸中で答える。

(……きっと、もう遅いんだ……)

 

☈☈☈

 意識のないハリー、ロン、スネイプは医務室。クローディアは何故か別室に運ばれる。会話もできないルーピンは虫籠状態でハグリッドの家に押し込められ、シリウスはフリットウィックの事務所に軟禁された。ハーマイオニーがハグリッドに事の顛末を説明しても、理解を得られなかった。

 恐怖に頭が混乱していると判断され、ハーマイオニーも医務室行きとなった。

 シリウスを捕縛し、教職員達は魔法省に報告すべきとダンブルドアに訴えたが、彼はそれを抑えている。

 だが、シリウスの存在を察した『吸魂鬼』が限界だ。『吸魂鬼の接吻』の許可が出された獲物が傍にいるのだ。無理もない。以前の競技場の例があり、学校の敷地内に侵入する可能性がある。そうなれば、寮の生徒にまで襲ってくる危険が生まれる。

 目を覚ましたハリーにハーマイオニーは事態を説明する。驚いた彼はすぐに寝台から飛び起きた。

「シリウスは無実だって、校長に言おう!」

「校長先生は信じてるわ。だから、魔法省への連絡を遅らせてくれてる」

 不安げに眉を寄せるハーマイオニーにハリーは苛立った。

「じゃあ、何が問題? スネイプが起きたら証言するし、ルーピン先生だっている!」

 声を荒げるハリーの口をハーマイオニーは押さえる。

「クローディアが……もし、死んだりしたら……全てにおいて取り返しがつかないわ。魔法省はシリウスがルーピン先生に彼女を襲わせたと判断するかも。スネイプはシリウスを弁護しないでしょうね」

 口に出せば、現実になってしまいそうで恐ろしい。しかし、ハリーに如何に最悪な状況か理解してもらう為、ハーマイオニーは涙を堪えて説明した。

 クローディアの死、それは絶対に避けたい。大切な友達を失いたくない。

「魔法省への連絡は後にすればいい! その前に彼女の治療が……」

「『吸魂鬼』は待ってくれないわ! 我慢が出来なくなれば、あいつらはダンブルドアでさえ! 押さえつけられないのよ!!」

 クィディッチの試合のとき、ハリーは我慢の限界だった『吸魂鬼』に襲われた経験がある。悔しさで口を噤んだ。

 医務室の扉が突然開かれた。

「「校長先生!!」」

 期待を込めた2人はダンブルドアに駆け寄った。

「クローディアじゃが、容態が回復せん。マダム・ポンフリーも手を焼いておる」

「それなら、お祖父さまのトトに連絡してみてはどうでしょう?」

 ハーマイオニーにダンブルドアは既に連絡したと返した。

「トトが来るまで、コンラッドに診てもらいたいのじゃが、クローディアを探しに行ったきり未だ戻ってこん。わしらが今から探しに行っても、とても間に合わんじゃろ。仮にペティグリューを見つけ出せたとしても、彼女が助からん限り、シリウスの無実は証明し難い。かといって、全てを揃えるにはあまりにも、時間が足りんのじゃ」

 断言され、ハリーは最後の頼みの綱を失う。しかし、ダンブルドアは何故か笑みを見せる。

「良いか? 誰にも見られんようにな。そうじゃな、3回ひっくり返せば良いじゃろう」

 扉を閉める寸前、ダンブルドアはハーマイオニーにウィンクした。

「煮詰まれば、最初からやり直せばよい。幸運を」

 

 ――バタン。

 

 言葉の真意を汲み取れないハリーを余所に、ハーマイオニーは襟を探り丸い砂時計をつけた鎖を取り出す。その鎖を2人の首にかけ、砂時計を3回ひっくり返した。

 

 前触れなく視界が流れていく。その流れがハリーは逆だと視認した。

 しかし、感覚は普段のままだ。まるで、魔法のリモコンで全てが『逆再生』となったと錯覚する。

 流れに反する体験を終えると、2人は誰もいない医務室にいた。鎖を外して彼女は急いで時間を確認する。ハリーは周囲を見渡し、暗かった外が明るいことに、目が眩しさを覚えた。

「3時間前……私たち何してた?」

 理解不能のままハリーは取りあえず、思い返す。

「確か……、夕食前に『忍びの地図』を見ていたと思う」

「ということは、私達は外に行くわ。これからよ!」

 戸惑いながら答えるハリーの腕を引き、ハーマイオニーは玄関ホールまで走る。フィルチの掃除道具入れ棚へと、2人は飛び込む。

「ちょっと、どうして……ハーマイオニー」

「静かに!」

 戸の向こうから、3人分の足音が聞こえてきた。

「ハリー、待って! 危険だわ」

「でも、クルックシャンクスとペティグリューが危ないよ!」

「せめて『透明マント』を被れよ」

 聞きなれた3人分の声を聞き、ハリーの困惑は更に大きくなる。

「いま、君の声がした……?」

「ええ、そうよ。3時間前の私達よ」

 慎重に声を押さえたハーマイオニーは神経を尖らせ、戸の向こうに聞き耳を立てる。

「私達は階段を下りて行ったわ」

 戸の隙間を開け、ハーマイオニーは外を見る。

「ハーマイオニー、何が起きたの?」

「これ『逆転時計』よ。今学期の始まり、マクゴナガル先生に頂いたわ。私が全部の授業を受ける為に必要だったの。先生は私が模範生で、勉強以外に『逆転時計』を使用しないという手紙を魔法省に送り、やっとひとつだけ入手してくださったの。これで授業の掛け持ちをしていたの」

 ハーマイオニーの首にかけられた砂時計をハリーは不思議そうに見つめる。すぐに彼女は懐に『逆転時計』を仕舞いこんだ。

「時間を戻すことで授業を……それであんな時間割に……」

 確認に頷きを返す。そして、掃除道具入れから出て周囲を確認する。

「校長先生はここまで遡れば、クローディアを助けられると考えているけど……、でも」

 遠くにある『暴れ柳』にハリーとハーマイオニーが弄ばれていた。自分が殴られている姿は色々と衝撃だ。

「僕が殴られている……」

 周囲を見渡したハーマイオニーは不安そうにウロウロする。

「ないわ、私の鞄が……。あれがないと、クローディアは気付いてくれないのに」

「僕らが『暴れ柳』の穴に入った時、枝にひっかかって外れたんだ。破れたらどうしようって言ってたろ?」

 ハリーに指摘され、閃いたハーマイオニーは杖を出して唱えた。

「アクシオ! (来い!)」

 ハーマイオニーの手に鞄が吸い込まれるように現れた。

「『忍びの地図』と『透明マント』は……、あるわね。『透明マント』で身体を隠しましょう」

 鞄から『透明マント』を取りだした瞬間、ハリーの後頭部にカサブランカとヘドウィックが激突した。

 カサブランカの脚にはドリスからの手紙が括りつけられていた。何故だか、ヘドウィックはカサブランカが気に入らず、喧嘩を仕掛けている。

「こんな時に、なんだい!」

 苛立ったハリーはヘドウィックを出来るだけ優しく掴む。代わりにハーマイオニーが手紙を受け取る。内容はコンラッドが学校に訪問する旨を伝えるものだ。

「ハリー、ナイス! カサブランカに手紙を運ばせて、お祖父さまを呼ぶのよ」

 ハーマイオニーは鞄を探り、筆記用具を取り出す。ハリーは緊急を報せる内容にし、カサブランカに持たせた。

「3時間以内にトトさんに届けてくれ! クローディアが危ないんだ!」

 一瞬、カサブランカは驚く表情を見せた。しかし、ハリーの懇願を聞き入れる。翼を広げて大急ぎで飛び去った。すると、ヘドウィックは大人しくなり、フクロウ小屋に向けて飛んで行った。

「何なんだろう?」

 ヘドウィックの行動がわからず、ハリーは首を傾げる。構わず、2人は『透明マント』を被り、鞄を石階段に放置した。

 その状態で『隻眼の魔女像』の物陰に隠れる。

「……フレッド、覚えてろ……」

 忌々しく吐き捨てるクローディアがベッロと玄関ホールを過ぎ去っていく。

「(どうやって、気づかせるんだ?)」

 耳打ちするハリーに、ハーマイオニーは手近な小石を握り締める。そして、クローディアに向かって投げつけた。石は避けられ、ベッロに命中した。吼えるベッロがハリー達の下に向かってくる。

 ハリーは『透明マント』越しにベッロへ命じた。

[『暴れ柳』に行け。僕らを追いかけろ]

 一瞬、疑問したベッロだが、すぐにそれに従う。

 その間に、もう一度ハーマイオニーはクローディアに石を投げつける。また石は当たらなかったが、怪訝そうに彼女は『隻眼の魔女像』まで足を運ぶ。

 その足音に合わせて2人はクローディアから距離を取っていく。そして、彼女は周囲を確認していくうちに石段の鞄に気づいた。

 血相変えたクローディアは校庭に飛び出し、ハーマイオニーを呼ぶ。2人は、自分達に気付かれないように石を投げつける。

 クローディアは振り向いた先で『暴れ柳』に向かうベッロを捉え、『暴れ柳』に向かう彼女を2人は追いかけた。

 『暴れ柳』はクローディアにだけ反応を示して、攻撃した。その間、2人は『暴れ柳』が見える位置まで下がり、岩陰に隠れた。

 鞄とローブを打ち捨て、クローディアは軽々とした身のこなしで『暴れ柳』の根元の隙間に飛び込んだ。

「すごいなあ……。あんな動き僕には無理だよ」

 感心し、ハリーは思わず呟く。神経を尖らせたハーマイオニーは『透明マント』を脱いで丸め、『暴れ柳』の根元へ放り投げた。

 ハリーが咎めようとしたが、ハーマイオニーは沈黙を要求した。

 その後、ルーピンが杖を振るい『暴れ柳』の動きをとめ、隙間に入る。そして。スネイプが根元にあった『透明マント』を被り、穴へと入り込んだ

「スネイプに『透明マント』を使わせたの!?」

「馬鹿ね。スネイプが来ないとクローディアを止められないわ。……本当に危なかった」

 吐き捨てるハーマイオニーにハリーは屋敷での状況を思い返す。シリウスを責め立てる剣幕に、両方を想って胸が痛んだ。

「クローディアは……僕らに何を隠しているんだろう?」

 触れられた点にハーマイオニーの肩がビクッと痙攣した。

「……それは、わからないわ。でも、きっと私達と出会う前の話よ」

「うん、そうだけど……」

 話題を変えるため、ハーマイオニーは吸魂鬼がシリウスを捕らえなかった理由をハリーに尋ねた。彼は湖の向こうから神々しいまでの銀色の何かが、吸魂鬼を追い払ってくれたと説明した。

 衝撃を受け、ハーマイオニーはぎこちなく口を開ける。

「そんなことが、でも、それは何?」

「吸魂鬼を追い払うものは、たった一つ。本物の守護霊だ。しかも、強力な……。あれは父さんだ」

 強い確信を持つハリーは真摯な物言いだった。

 しかし、既にこの世にない彼の父が『守護霊の呪文』で吸魂鬼を追い払ったなど、ハーマイオニーには信じがたい話だ。

「ハリー、死んだ人間は蘇らないのよ!」

「わかっている。でも、ペティグリューは死んだと思われていたけど、生きていた。もしかしたら……」

 それ以上言わず、ハリーの口は閉じる。

 30分以上が立ち、陽が落ちた校庭は暗く、肌寒さが2人を襲った。その校庭にハグリッドの巨体が誰かを伴って、現れた。

「ハグリッド?」

「ハリー、し~!」

 地面を這うように2人は『暴れ柳』の向こう側まで移動した。

「私は湖のほうを探すとしよう。1時間後、『暴れ柳』で落ち合おう」

「俺は城の周辺を探してみる。いいか? 気をつけて行けよ」

 渋った様子でハグリッドは城へと歩いていく。暗闇でも何処となく壮麗さを漂わせる男が『暴れ柳』を遠巻きに、湖へと向かっていった。

「アレがクローディアのお父様ね。暗くてよく見えないわ」

「……いまから、城に戻るように言えないかな?」

 追おうとしたハリーをハーマイオニーが引き止める。耳元で強く念を押す。

「私達は『叫びの屋敷』にいるのよ。下手に会ったら、どうやって説明するの? 呼び止めるなら、私達が出てきてからにしないと」

「それまで湖に居てくれるか、わからない! 僕らはクローディアを助けないと行けないんだ!」

 ハーマイオニーの手を振り払うハリーは、走ろうとした。彼女が胴体に抱きつく。

「だから、慎重に時間をいじるの! 順序良く、救う為に……」

 深呼吸を繰り返し、ハリーは熱くなる自分を抑えた。それから、ハーマイオニーの手を握る。

「……その通りだ、ゴメン……」

 頷いたハーマイオニーは、杖を構えて唱える。

「アクシオ!(来い)」

 吸い付くようにハーマイオニーの手に虫籠が現れ、『暴れ柳』の根元から少し離して置く。

「貴方はこの辺に立ってたわ。きっと、気づいてくれる」

「確かに、僕もそこにあったのを見つけた」

 確認しあった2人はペティグリューの逃亡経路を待ち構える為、『暴れ柳』から遠ざかる。

 湖付近に身を潜め、時を待つ。

 

 雲にかかっていた満月が校庭を照らし、『暴れ柳』から出てくる人影が8人と2匹だ。これから起こる事に、ハーマイオニーは怖れのあまりハリーの腕を掴んだ。

 そして、ルーピンがクローディアに噛み付き、ハーマイオニーが悲鳴を上げる。シリウスとスネイプがペティグリューから離れた。

 隙を見たペティグリューはロンから杖を奪い取り魔法で気絶させた後、自らに杖を向けた。ハリーが彼から杖を取り上げたが、遅かった。

 ペティグリューは変身し、ハリーとハーマイオニーが待ち構える場所に走ってくる。

「来るわ!」

「よし!」

 暗闇で鼠を捕まえるという難関に、2人の胸は緊張で一杯だ。二手に別れ、僅かに聞こえる鼠の足音に全神経を集中し、杖を構える。

「何をしているんだい?」

 低く侮蔑した冷たい声、ハリーは悲鳴を上げそうになり、口を押さえる。振り返るといつの間に立っていたのか、コンラッドが見下ろしている。

「ペティグリューが鼠の姿でここに来ます! ベッロとクルックシャンクスが追いかけてきます! 捕まえるんです!」

 早口で大雑把な説明にコンラッドは顔を顰めるが、その口元は弧を描いた。

「成程ね。どうやら、本当だったらしい」

 ハーマイオニーのいる方角で杖が光を放つ。ペティグリューが近づいてきた。その証拠として、目の前をベッロとクルックシャンクスが走り去っていく。逃げられてしまう焦りが全身を粟立たせ、ハリーは杖を構えて手当たり次第魔法を唱えようとした。

「ベッロ、戻れ」

 たった一言。

 ベッロは追撃をやめ、普段の動きでコンラッドとハリーの前へやってきた。見事なまでの恭順さに、ハリーは目を丸くした。

「この域、全ての蛇に探させろ。出来るなら、猫にも頼みこめ。行け」

 ベッロが鎌首をもたげ、空を仰いで吼えた。その言葉はハリーには理解できる。

[指の欠けた鼠を探して捕らえろ! 抵抗すれば、殺せ!]

 合図のように周囲の草が騒然となり、地面に蛇という蛇が一斉に動き出す。その異様な光景に、流石のハリーも慄く。ハーマイオニーが悲鳴を上げながら、逃げ戻った。

 平然としたコンラッドは2人を蛇の群れに覆われていない場所まで導いた。

「君達は城に戻れ。私はペティグリューを探す」

「待ってください! クローディアが危ないんです! トトさんが来るまで、貴方がいてくれないと死んでしまう!」

 呼びとめるハリーにコンラッドは一度だけ振り返り、すぐさま足を蛇の群れ共に行ってしまった。

 ハリーはコンラッドを追おうとしたが、その前に湖の畔でシリウスと自分が百匹の吸魂鬼に襲われ始めた。魂からの苦痛に呻く様は、絶望だ。

「父さんが来てくれるはずだ」

 己の鼓動の音を耳で感じながら、ハリーは期待した。

 だが、シリウスが動かなくなり、自分も地面に倒れ伏しても、誰も現れない。

「このままだと……2人は……」

 諦めたようなハーマイオニーの声を聞き、耐え切れなくなったハリーは湖の傍へと飛び出し、父親を求めて『守護霊の呪文』を放つ。

「エクスペクト・パトローナム!(守護霊よ来たれ)」

 眩い光は形になり、美しく雄雄しい鹿の姿をしていた。

 鹿は吸魂鬼へと疾走し、シリウスと自分を囲んでいた者達を払い退けた。守護霊は、吸魂鬼がいなくなるとハリーへと近寄り、頭を垂れた。

「ブロングズ」

 我知らずと呟いたハリーは牡鹿に触れようとしたが、その前に霧のように消え去ってしまった。

「僕だったんだ……。でも、僕は父さんと見たと思った」

 何という巡り合せかと、ハリーは興奮し笑った。

 

 自分達が城に運ばれたところを確認し、ハリーとハーマイオニーも城に戻る。玄関ホールに着くと、『隻眼の魔女像』にマクゴナガルがおり、灰色のスーツを着込んだトトと緊迫した雰囲気で話していた。

「なんと、お早いお着きで……お待ちしておりました。こんなことになって、申し訳ございません」

「謝罪は受けておくが、案内をお願いいたします」

 トトの静かな声は怒りに満ち、2人は医務室とは反対方向へと歩いていく。その背に注意し、ハリーとハーマイオニーは医務室に急いだ。

「これでクローディアは大丈夫だ」

 周囲を警戒し、半開きになった医務室に身を屈めながら入り込む。

「君らが何かせぬように、閉じ込めておかねばらん。良いか? 誰にも見られんようにな。3回ひっくり返せば良いじゃろう」

 寝台の裏に回り、ハリーとハーマイオニーは扉が閉まるのを見た。その瞬間、ダンブルドアは寝台裏の2人に対して、ウィンクした。

 2人の目の前で、自分たちが『逆転時計』によって消える。ようやく緊張の糸が切れた。成し遂げた達成感もあるが、疲労によって力をなくす。地面に倒れて、安堵の息が医務室に響いた。

 急に呻き声がする。スネイプが起き上がろうとしているのがわかる。2人は急いで寝台に飛びのり、狸寝入りを決め込んだ。

 起き上がったスネイプはすぐに状況を把握し、乱暴に医務室を出て行った。

 

☈☈☈

 医務室の外には懐中時計を見つめるダンブルドアがいた。スネイプがズカズカと歩み寄ると、校長は懐中時計を懐にしまう。

「体調は良さそうじゃな、セブルス」

「校長、クローディアは? 医務室に姿がありませんが、まさか……」

 顔を顰めるスネイプに対し、ダンブルドアは緩やかな笑みで小さく頷く。

「今宵は、随分と素直じゃなセブルス」

 己の口から出た言葉に気付き、スネイプは一瞬だけ目を泳がせた。

「アルバス。ミス・クロックフォードのご家族が見えられました。ご指示通り、お部屋にお通ししました」

「これで、ひとつじゃな」

 報告に来たマクゴナガルはスネイプに経緯を説明する。粗方、事情を飲み込んでダンブルドアに断言する。

「我輩、この目でしかとピーター=ペティグリューを目撃しました。奴はシリウス=ブラックに罪を着せ逃げ延びていたのです。魔法省の前で、我輩は証言いたします」

 衝撃の真実、マクゴナガルは口元を手で押さえて慄いた。

「では、ミス・グレンジャーの証言通り……なんということでしょう。アルバス、こうなれば魔法省に報せるべきです。窓の外を見れば、吸魂鬼がじっとこちらを睨んでくるのですよ」

 癇癪を抑え込むマクゴナガル自身も、神経をすり減らしているのがわかる。

 ダンブルドアは窓の外を眺め、簡単だが強く頷いた。

「ちょうど、揃ったところじゃ。魔法省も納得するじゃろ」

 呟いたダンブルドアは突然に廊下を小走りで歩き出し、一瞬、驚いたスネイプとマクゴナガルは黙って校長の後に続いた。

 

 満月に照らされた玄関ホールにはベッロとクルックシャンクスが疲労困憊のあまり、毛布の上でぐったりしていた。

 そして、縄に縛られ猿轡を噛まされたペティグリューが地面に顔面を擦り付ける。ダンブルドア達の姿を目にし、小刻みに震え呻き声を上げて哀れに振舞おうとした。

 『隻眼の魔女像』の物陰から、現れたコンラッドの足がその頭を踏みつける。

「静かにしたまえ、君の声は耳障りだ」

 機械的な笑みを崩さないコンラッドはペティグリューを踏みつけたまま、3人に礼儀正しく頭を下げる。

 月明かりのみ、薄暗い景色でもスネイプには十分、コンラッドの姿を捉えた。お互い歳月の経過を物語っているが、それでも懐かしき頃の面影は十分にある。

「申し訳ありません。これを生け捕りにするのに時間を取られてしまいしました」

「君の助力には感謝するが、足を下ろしなさい。窒息しては元も子もないぞ。コンラッド」

 素直にコンラッドは足を地面に下ろす。

 視界に映るスネイプへコンラッドは視線で笑いかける。視線を感じ取り、反射的に睨んだ。

「クローディアの容態についてお聞きしても、よろしいでしょうか?」

「いいとも、君の舅殿が治療にあたられたばかりじゃ、後を頼みたい」

 ダンブルドアに従い、コンラッドはお辞儀する。その前に、ペティグリューの腹に蹴りを入れた。痛みで、裏切り者は悲痛に喘ぐ。

「では、ここで失礼いたします。マクゴナガル先生、案内をお願いします」

 ペティグリューの姿に少なからず動揺していたマクゴナガルは承諾し、コンラッドを部屋へと案内した。

 コンラッドとスネイプはお互いが擦れ違う瞬間にさえ、決して言葉を交わさない。去っていく足音を耳にしながら、教授は胸中で旧友の名を呼んだ。

 誰にも聞こえぬ声を耳にしたように、コンラッドは一瞬だけ懐かしさで微笑んだ。

 

☈☈☈

 満月が恐かった。

 月が満ちていく度、凶暴な獣へと変貌する日が迫るのだ。

 『脱狼薬』で理性を保った日、人狼の姿を鏡に映した。

 その醜悪さを嗤った。嗤う以外、反応できなかった。こんな姿をジェームス達に晒していたのだと思うと、余計に笑いが込み上げてきた。

 『解呪薬』を服用した時、その日が満月であることすら忘れた。忘れられる程、身体に異常がなかった。ただの人間と変わらない正常そのものだ。ただ、『解呪薬』の味に気絶しただけだ。

 満月の夜を変身なく、歩く。それだけで、言葉で言い尽くせない感動があった。

 獣の性も変身もなく、リーマス=J=ルーピンとして過ごせる。これを幸福と言わずして、何というのだろうか?

 ダンブルドア、スネイプ……そして、トトには本当に感謝という言葉では足りない恩を感じた。

 クローディアがトトの身内と知り、『解呪薬』は彼女の安全の為にもたらされたと推測した。何度も、彼女に礼を述べようと思った。柔らかな手を握りしめ、声が嗄れるまで感謝を口にしたかった。そんな考えを持ちながら、一切、行動しなかった。

 これもダンブルドアにシリウスが『動物もどき』と伝えなかったことと同じ理由だ。感謝を伝えれば、人狼のことも話さなければならないからだ。それは知られるべきではない。彼女も知りたくはないだろうと思い、黙っていた。

 

 2月の日付が月変わり、3月に入った深夜。

 こんな時間にも関わらず、ルーピンは自分の事務所で起きていた。黒髪でシワひとつない若々しい姿をしたトトから診察を受ける為にだ。

 彼はクローディアの祖父だ。同姓同名ではない。同一人物だと、理由のない確信を持っていた。

 カルテを書き終えたトトは採血の為、注射器を用意する。

「私が誰か、お気づきになられていますね?」

 注射針を構えながら、トトは事もなげにルーピンに問うた。注射針に身構えていたので、変な声を上げて返した。

「あの子が話したとは、考えられませんな。あの子は、私がこうして薬を作っていることなど、知りもしない。無論、貴方の正体も存じ上げないはずだ」

 腕に刺さる針の感触にルーピンは竦んでいた。前回より、痛い気がする。

「何故、知りえたのか、詮索しませんので、ご安心下さい。ただ、この事で孫への態度を変えないで頂きたい」

 採血した容器を慎重に鞄に片づけながら、トトは眉を顰める。薬用綿で針後を押さえたルーピンは少し考えてから、言葉を選んで答えた。

「クローディアは良い生徒です。他の子と何も変わりません。ただ、私は好かれていないようです。時々、私の講義中に『その見解は間違っています』とヤジを飛ばされます」

 鞄の口を閉じ、トトはルーピンと向かい合わせて座った。

「孫は気づいておらんかもしれませんが、それは貴方が気に入っているという証拠なのです」

 心臓が大きく跳ねる。ルーピンとて、そのようなに解釈したこともある。しかし、他者から改めて言われると、罪悪感のような感情が動いた。

「孫に男友達がいるのですが、彼ともそうでした。最初は、いがみ合い喧嘩ばかりしていましたが、今では気を許しあう親友同士です。それにマグルの学校におられるときも担任の先生に最初はつっかかっていました。理由を聞いたら、『苦手だから』と言っておりましたが、今では信頼を置いています」

 ルーピンは半分聞き流すような感覚だった。突然、こんな話をしてどうするつもりか、漠然と考えていた。

 すると、トトの容貌が突然、変貌した。黒かった髪は白髪になり、シワは老人の域まで達した。変身術の一種だろうが、目にしたのは初めてだ。

 少なからず、動揺したルーピンに対してトトは椅子に座ったまま深く頭を下げた。

「これからも、孫を宜しくお願いします」

 目の前の老人は人狼である相手に孫を任せると言い放ったのだ。託された言葉の重さに、ルーピンは動揺することも忘れた。

 故に、伝えるはずだった感謝の言葉が頭から消えた。

 

 小屋の天井が視界に入り、ルーピンは巨大な寝台で寝かされていることに気づく。

 そして、体のあちこちが痛い。

「起きたな。リーマス」

 ハグリッドが確かめるように声をかけ、冷たいタオルを投げて寄越した。ルーピンはまだ頭が呆然としていた。何か大切な夢を見た気がするが、内容を思い返せない。

「顔を拭いて、すぐに城へ行くんだ。ダンブルドアが待ってるぞ。ピーター=ペティグリューを捕まえた経緯について、話を聞きてえそうだ」

 意識が完全に覚醒したルーピンは急いで起き上ろうとして、立ちくらみで寝台に倒れこんだ。

「私は昨晩……、ハリーは……」

「聞いとる。聞いとるとも、ハリーは無事だ。ロンがちょいと怪我しちまったが、すぐに治る。……クローディアも……おっと」

 突然、ハグリッドは言葉を切った。その切り方にルーピンは恐怖めいた感覚に襲われる。

「ハグリッド、はっきり言ってくれ。……クローディアがどうしたんだ?」

 ルーピンに迫られ、ハグリッドは躊躇うように口を開く。

「リーマスは悪くねえ。それだけはわかってくれ。トトとコンラッドも、リーマスを責める気はねえそうだ。スネイプ先生も薬を渡し忘れたのは、自分の失態だと言っとった」

 ルーピンは愕然とした。理性をなくした我が身はクローディアを襲ったのだと理解した。

 もうここには、いられない。

 決意したルーピンはすぐに起き上り、冷たいタオルで顔を拭いた。

 

 ダンブルドアはルーピンを待ち構えていた。そして、昨晩の出来事を包み隠さず話してくれた。シリウスの無実は証明され、ペティグリューは正当な裁きを受ける。心の底から喜び、辞職の意を伝える。

「私は、してはならないことをしました。こんなことが二度と起こらない為、学校を辞めます」

 無言のダンブルドアへ視線を向け時、先客の存在に気付く。

 校長の椅子の向こうにコンラッドがいる。機械的な瞳はルーピンに軽蔑の眼差しを向け、両腕に包帯を巻き、何処か疲労している様子だ。

 彼に驚いたルーピンは咄嗟にトトの姿も探す。罵りを覚悟しても、心は怯えていた。

「クローディアなら、人狼化の心配はないよ。辞める理由にはならないな」

 その口ぶりから、コンラッドはルーピンを引き留めようとしている意思を窺える。

「私はここに来てから、人の信頼を裏切っています。セブルスの言うとおりなんです。私を信用してはならない」

 ルーピンはダンブルドアだけに訴えた。彼は暖かく微笑むだけで、言葉をくれない。

「どうしても辞めるなら、私はその事情をクローディアに話さなければいけないね」

 機械的に微笑んだコンラッドが残酷な口調で言い放つ。ルーピンでさえ、寒気がした。

「動じることはない。私はありのままをクローディアに話すだけだよ。そう、クローディアを探しに行き、スネイプ先生から薬を貰い損なったルーピン先生が人狼化したせいで学校を辞めるとね」

 絶句した。

 それはルーピンの辞職をクローディアの責任にしているに他ならない。よりにもよって、父親であるコンラッドがそれをすると言い出したのだ。

「あの子は残念がるだろうね。そして、君に対して一生の負い目を感じて生きることになるだろう。自分のせいで君を学校から、追い出したと……」

「もう良いじゃろう」

 厳かな声がコンラッドを黙らせた。

「リーマスよ。君の気持ちを汲んで、ここを去ることをわしは許そう。しかし、その決断を自身に下す前に、クローディアに会ってはどうかの? あの子が君を拒むというなら、何の憂いもなく去れるであろうて」

 ルーピンは何も返さなかった。言葉が浮かばなかった。ただ、自らが犯した行動をこの目で見なければならないと自分に言い聞かせた。

 コンラッドは何も言わなかった。ただ、責め立てるような視線だけを常に感じた。

 

☈☈☈

 夜明け頃、クローディアは医務室に運び込まれた。

 睡魔に勝てなかったハリー達は昼近くに目を覚ましてから、そのことを知った。彼女は長期入院が予想され、風邪で寝込んでいるという設定を組んでいる。

 見舞いに来ていたトトが術後の容態を掻い摘んで話した。

「噛みつかれた箇所が頸動脈からズレておったし、塗り薬が早めに傷を塞いだお陰で出血も致死量まで達しておらん。てこずったのは傷を塞がれたことで体内に流れた人狼の呪いじゃ。呪いは人狼の唾液が対象の血流に乗って全身に巡りて脳にも到達……うむ、つまりは、あの子は人狼にならんし、一週間もせずに起き上れるじゃろう」

 キョトンとしたハリーとロンを見て、トトは咳払いした。

「でも、ルーピン先生は変身していませんでした」

「肉体の変身がなくとも、強烈な性により、呪いは広がる可能性はあるものじゃ。体内の血を増血させるのでなく、輸血によっ……つまりは、血が足りんのでコンラッドの血を輸血したということだ」

 ハーマイオニーに答え、たトトはクローディアの額を慎重に撫でる。ロンが思わず輸血の意味を聞こうとしたので、ハリーが止めた。

 輸血の説明よりも聞きたいことがあったハリーは躊躇いながら、尋ねる。

「トトさん、あの、シリウスは、いつ……」

「シリウス=ブラックはダンブルドア校長の計らいで『闇払い』の保護観察を受けることにあいなった」

 全く配慮がない口調、ハリーは驚きと不満を抱く。

 そして、『闇払い』という知らない単語を問い返す隙間すら見当たらない。

「不服じゃろう? じゃがな、ブラックがした行動を考えるがよい。いくら、真犯人を捕まえる為とはいえ、被害者を出したのじゃ。それ相応の報いは受けねばならん」

 言い放つトトがハリーには冷たく感じられた。

「それ以上、お喋りを続けるなら、退室して頂きますよ。ドクター?」

 嫌味を込めたマダム・ポンフリーによってトトは医務室から追い出された。

 トトがいなくなり、ハリーはマダム・ポンフリーの診断を受けている時も不機嫌を露にした。

「トトさんのおっしゃる通りよ。心配ないわ。すぐに保護観察は解かれるわよ」

 ハーマイオニーが宥めようとするが、ハリーは気分が変わらない。

「保護観察中だって、会おうと思えば会えるだろ? 手紙だって出せるじゃん。良かったな、ハリー」

 素直に喜ぶロンにハリーは気付かされる。

 そう、シリウスに手紙も出せるし、会えないこともない。これからに胸躍らせ、ハリーは自然と微笑んだ。

 

 検査が終わると、ハリー達は午後には退院することになった。

「クローディアが出て来るまで待とうよ」

 今だ目を覚まさないクローディアを待つ為、3人は医務室の前で待ち構えた。だが、そんな行動を取れば城中に知れ渡る。下手に事を大きくすれば、ルーピンの正体を感づく生徒が出ると、スネイプがハリー達を追い払った。

「スネイプのヤツ、ルーピン先生に恩着せがましいんだ」

 寮の談話室でロンがブツブツと文句を述べる。ハーマイオニーが厳しくロンを咎める。

「スネイプ先生よ、ロン。それにルーピン先生の為じゃなく、きっとクローディアの為よ。スネイプ先生とクローディアのお父様はお友達ですもの」

「それが吃驚だよな。まさか、スネイプ……先生に友達がいたなんて、っぷ」

 噴き出して笑うロンの頭をハーマイオニーの平手が飛んできた。

「コンラッドさんとスネイプ、先生が友達だって、知っていたけど。……あれはどういう意味だろう?」

「あれって? クローディアが自分のパパの為にしたって奴?」

 叩かれた部分が痛いロンは、頭を撫でる。

「ううん。スネイプ、先生が言ってたろ? 『コンラッドの娘だと信じているならば』って。まるで、クローディアがコンラッドさんとは……」

「ハリー! コリンよ。こんにちは、コリン!!」

 ハーマイオニーの視線の先に、爽やかな笑顔でコリンが現れる。質問の嵐を恐れ、ハリーは急いで自室に逃げ込んだ。

 

 翌日の早朝、ハリーはマクゴナガルの呼び出しでロンに叩き起こされた。

 早朝どころか、夜明け直前で薄暗かった。

 連れ出されたのは、玄関ホール。そこには多少身なりを整えたシリウスがトトとコンラッドに間を挟まれて立っていた。

 嬉しさで心臓が湧くハリーは反射的に足が竦む。行かないでと叫びそうになる感情を抑える。見送りに来ていたダンブルドアが優しくハリーの背を押し、シリウスの前に立たせた。

 一日しか、会えなかっただけなのに、ハリーには久方ぶりの再会に思えた。それはシリウスも同じだ。

「シリウス、僕、絶対、手紙を書くから」

 話したいこと、聞きたいことは山のようにある。別れを言う時間は、短い。

「ハリー、私は君の名付け親だ」

「うん」

 緊張するシリウスの声にハリーは頷く。

「君の両親は、自分達の身に何かあればと、私を君の後見人に決めていた。それで、……君さえよければ、私と暮らさないか?」

「僕が貴方と……暮らしてもいいの?」

 お互いの言葉は、お互いを喜ばせた。

「ハリー、君はお父さんソックリだ。でも、その瞳はお母さんのものだ」

 シリウスはハリーの顔をよく見る為、両手で彼の顔を優しく掴んだ。

 自分に最も近い存在、名付け親。そんな人に会えるなど考えもしなかった。こうして、優しく触れてくれる事さえ、夢のようだ。 

 ハリーは知らずとシリウスの手に自分の手を重ね、ゆっくりと頷く。

 馬のない馬車が玄関ホールに到着した。

 コンラッドがハリーからシリウスを引きはがし、強引に馬車の戸を開いて放り込む。別れを惜しんで、手を伸ばそうとした。

 それをコンラッドの冷たい視線が咎めた。

「ハリー、学校で嫌なことがあったら、私に言うんだ。私がソイツを懲らしめてやる」

「シリウス、シリウスおじさん!」

 ただ名前を呼んだハリーにシリウスは微笑んだ。両親の結婚式の写真にて仲人を務めた時と同じ快活な笑顔となった。

 2人の視界は馬車の戸にとって遮られる。それでも、シリウスは馬車の窓に張り付いてハリーを見つめた。

 ハリーも馬車が進みだし、完全に見えなくなるまで見送った。

 名付け親と暮らす日が近い。それまでの別れと思えば、ハリーは淋しくなかった。

「ミスタ・ポッター、良き名付け親を持ちましたね」

 毅然としたマクゴナガルが一瞬だけ、優しそうにハリーに微笑んだ。

「ミネルバ、わしがハリーを送ろう」

 ダンブルドアに押され、ハリーは歩き出す。

「君は見事、名付け親を恐ろしい運命から救ったのじゃ。誇ってよいぞ」

 運命という単語がトレローニーの予言を思い返させた。ダンブルドアならば、あの『予言』に耳を傾けてくれる。そんな確信からハリーは彼を見上げる。

「校長先生、試験の……『占い学』でトレローニー先生が、妙でした」

 ハリーはトレローニーの様子と予言の内容を告げる。

「あれは12年も鼠をしていたペティグリューのことだったんです。きっと、そうです」

 必死なハリーと違い、ダンブルドアは本当に世間話のような態度で返した。

「これでふたつ目か、トレローニー先生の給料を上げることを考えねばならんかのお」

「予言の通りならば、もう心配はありませんね? だって、ペティグリューはアズカバンに送られた! ヴォルデモートを助ける者はいないということですね?」

 目を輝かすハリーはダンブルドアへ確かめるように言い放つ。浮かれていた為、校長が返事をしないことに何の疑問も抱かなかった。

 

 寮への階段でダンブルドアに礼を言って別れた。『太った婦人』の肖像画の手前で、ベッロが銀色のマントを銜えていた。

[忘れ物だ]

 『叫びの屋敷』に置きっぱなしにしていた『透明マント』だ。

「わざわざ持ってきてくれたの?」

 感謝を込め、ハリーはベッロの顎を撫でていた。

 親の仇を捕らえ、名付け親を救いだし、予言をも覆した。ハリーは自らのしがらみから、解放された気分に浸れた。

 




閲覧ありがとうございました。
映画の逆転時計の描写は大好きです。
馬車の窓にはりつくシリウス、想像したらシャイニングっぽい。
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