こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。
夏休みといえば、ダイエットですね!

追記:16年3月7日、18年10月1日、誤字報告により修正しました。


炎のゴブレッド
序章


 強い日差しに照らされた午後。

 暑さに耐えながら、私は公衆電話からハリーに連絡を入れる。フクロウ便でも彼への手紙はかかさない。それでもダーズリー家でマトモな話し相手のいない彼と時々、こうして電話でやりとりをするのだ。

 ハリーの近況は今のところ良好だ。指名手配されていたシリウス=ブラックが名付け親だと知ったダーズリー夫妻は態度を一変させたらしい。マグルのニュースでも、ブラックの無実は報道され、指名手配は解けていた。

 しかし一度、逃亡犯の肩がきを持つブラックにダーズリー夫妻は恐れ慄いていた。ハリーはその事を利用し、必要な時には『シリウスに手紙を書く』と口に出す。そうすれば、夫妻は大人しくなるそうだ。

 そのお陰でハリーは私の誕生日を祝う食事会に来られた。祖母が一番、喜んでいた。父はハリーを家にあげるという行為そのものが許せないらしく、口元が痙攣していた。

 当日、ハーマイオニー、ハリー、ロン、パドマ、パーバティ、リサ、チョウ、ネビルと招待に応じてくれた友人達と愉快で騒がしい時間を過ごした。

 折角来られたハリーはチョウの隣で顔を真っ赤にし、硬直していた。

 その時のことを口にする私にハリーは受話器の向こうで口ごもる。話題を逸らす為、彼は従兄のダドリーが強制的にやらされているダイエットが上手く行かないと告げた。

 しかもストレスのあまり、ダドリーはPSを窓から投げ捨てたらしい。

 

 ――なんと、勿体ない。

 

「なんならさ。お祖父ちゃんがコーチするさ? 効果は私で実証済みさ」

〈僕はいいけど、ダドリーは嫌がるね。クローディアはいまでも運動とかしてるわけ?〉

 ハリーの問いかけの答えは正解だ。

 休暇に入り、英国に残った祖父は容赦なく私を扱いてくれる。体形を維持するためだが、去年よりも濃い内容だ。

 しかも、私が箒なしで飛んだことを何処から知ったか、その訓練も行う羽目になった。疲労困憊の私を見兼ねて、祖母が祖父に抗議した。父も加わった話し合いで、祖母は泣く泣く祖父のシゴキを承諾してしまった。

 私の苦労は絶えない。

〈ゴメン、クローディア。そろそろ切るね。じゃあ、また〉

 突然、ハリーの声が小さくなり受話器が置かれた。おそらく、ダーズリーおばさんに睨まれたのだと推測した。長電話をしないように気を使っているつもりだが、話が弾むとつい話し込んでしまう。

 なればこそ、私はダーズリーおじさんがいない隙を狙って電話をするのだ。

「話は終わったようじゃな」

 公衆電話の前で待ちくたびれ、祖父は皮肉を込めた眼差しで欠伸をひとつした。

 ダドリーの食事制限ダイエットの話を聞かせると、祖父はダーズリー家に失礼のない程度で助言を行った。

 それが効いたらしく、ダドリーは以前より苛立たなくなったとハリーから手紙が来た。

 だが、ハリーも食事制限ダイエットに付き合う羽目になり、悲鳴を上げていた。それを聞きつけた祖母は彼にクッキーを贈っていた。

 

 この家の客人に、いつも私は驚かされる。

 祖父と祖母が揃って、家を空けた夜。

 お風呂上がりの私は寝巻を着込み、居間へと足を踏み入れる。ベッロがカサブランカの止まり木に絡まっていると思いきや、セイウチのように太い猫背の老人から逃げていた。

 セイウチ老人はシワだらけの顔で無邪気にベッロを捕まえようとしている。

「誰……ですか?」

 だが、何処かで見覚えがある。ソファーにいる父に手招きされ、私は思い返した。

(お父さんと一緒に映っていた人さ)

 去年のクリスマスに見知らぬ人『N・M』から贈られた写真にいた。

「あちらはホラス=スラグホーン。私の恩師でスリザリン寮監の前任者だ。スラグホーン先生、クローディアが来ました」

 ホラス=スラグホーンは私に気付いて嬉しそうな声を上げる。

「こりゃあ、魂消た(たまげた)! この子が件の娘かね!」

 両手で私の顔を触り、確かめるように眺めて来る。その目つきに嫌な感じがする。敵意や悪意はないけど、私を人間として見ていない気がするのだ。

「バジリスクの魔眼で、石になったと……。2ヶ月半だったかな?」

「はい、お話した通りです。スネイプ教授の『蘇生薬』で元に戻りました」

 父との会話を聞き、私は納得する。スラグホーン先生は物珍しいものを見ている。確かにバジリスクに石化させられた人間は少ないだろう。

 じっくりと私の全身を見渡し、スラグホーン先生は懐から試験管とピンを取り出す。

「髪の毛を一本貰えるかな? 一番、長いところがいい」

「髪の毛ですか?」

 藁人形にでも巻きつけられるのかと、私は不安になる。父はお構いなく、私から髪の毛を一本、毟り取る。地味に痛い。その髪をスラグホーン先生は慎重にピンで受け取り、試験管に収めた。

「学校はどうだね? 君はレイブンクローだと聞いているが?」

「はい、4年生に進級します」

 私の返事を聞き、スラグホーン先生は興味深そうに目を輝かせる。

「ボニフェースはハッフルパフ。コンラッドはスリザリン。そして、今回はレイブンクロー。魂消た。実に……いやはや」

 スラグホーン先生の口から、もう1人の祖父の名が呟かれた。

「スラグホーン先生、お祖父ちゃんを知っているんですか?」

 私の質問に驚いたスラグホーン先生は意外そうに父を見つめ、私へ視線を返した。

「ああ、ボニフェースを忘れられるはずがないわい。私の授業を悉く、台無しにしてくれた。あんな生徒は後にも先にも奴だけだ」

「では、トム……むぐ」

 更に続けようと私の口を父は塞ぐ。それでも、お構いなくスラグホーン先生は話を続ける。

「だが、コンラッドは実に優秀な生徒だった。覚えているかね? 君が7年生の時、クィディッチ優勝杯を掴んだ時のことを! レギュラスとのコンビーネーションは素晴らしいの言葉に尽きる!」

「お恥ずかしい限りです」

 機械的な笑みで、父は常套文句を返した。

 クィディッチの名から、私は父の盾を思い出す。私の口を塞ぐ父の手を失礼のないように解いた。

「お父さんにビーターの盾を用意してくれたと聞きました」

「ほっほお! そうとも、あれを用意させるのにアルバスを随分と説得したもんだ。レギュラスの分も用意したかったが、残念だ」

 あまり、残念そうに見えない。

「レギュラスというのは……?」

「レギュラス=ブラックだよ。数週間前に無罪が証明されたシリウス=ブラックの弟だ」

 聞かなきゃ良かった。

 というか、あのブラックが兄とは思わなかった。寧ろ、家庭を顧みない一人っ子といっても過言ではない。きっと、レギュラス=ブラックは苦労症だろう。

「ブラック家は皆、私の寮だったのにシリウスだけはグリフィンドールだった。惜しいものだ。どうせなら、揃えたかったのに」

 まるで、ネビルが魔法使いのカードを収集するのと同じような口調で言い放つ。どうやら、他人を物のように見るのはこの人の癖らしい。

 そして、ブラックがグリフィンドールとは初耳だ。だが、兄弟で寮が分かれることはよくある。パドマもパーバティと別の寮だ。ブラックの弟の顔が知りたくなり、私は急いで部屋から写真を持ってきた。

 写真を目にした父は笑顔のまま硬直していたが、無視した。

「どの人がブラックですか?」

 スラグホーン先生は懐かしそうに写真を見つめ、1人の男子生徒を指差す。目を凝らし、注意深く見てようやく気付いた。兄に似た顔の弟がいる。ただ、私には言われなければわからない。

「レギュラスは兄よりも人間的に優れていたよ。……死んだのは本当に惜しかった」

 写真を覗きこんだ父は声を低くして呟く。レギュラスという人物の死にも驚いたが、父は本当に彼の死を惜しんでいる。露骨なまでの雰囲気に私は父がレギュラス=ブラックに好意的だったのだと悟った。

「死んだ……って、この人が?」

 確認に答えず、父は無言で写真を取り上げた。

「さて、目的も果たしたし、私はこれにて失礼しよう。これをすぐに調べたい」

「何のお構いもしませんで」

 試験管を振るい、スラグホーン先生はせっせと暖炉に立つ。突然の帰宅宣言に私は驚いたが、父は慣れたように別れの挨拶を交わす。急いで私も就寝の挨拶をする。

「おやすみなさい。スラグホーン先生」

 スラグホーン先生は私達を振り返ってから、『煙突飛行術』で帰って行った。

 騒がしい客人がいなくなり、ベッロは止まり木から下りて来る。自分の定位置でトグロを巻き、一息ついた。

 ベッロに倣い、私も安堵の息を吐く。

「お客さんが来るなら言って欲しいさ。いくらなんでも寝巻きは失礼さ」

「すまなかったね、クローディア。スラグホーン先生はとても自由気ままな方だ。なかなか捕まらないんだよ」

 機械的な笑みのまま父はソファーへ座る。私はさっさと布団に入ろうとしたが、引きとめられた。

「この写真はどうしたんだい?」

 普段の口調だが、答えを出さなければならない脅迫的な物を感じた。

 仕方なく、私は素直に入手経路を話す。父は写真を眺めて、皮肉っぽく口元を曲げる。

「『N・M』ねえ、……わかったよ。写真は持っていなさい」

「『N・M』って、誰かのことか知っているさ?」

 写真を受け取り、おそるおそる私は聞いてみる。

「心当たりはある。おまえは知らなくていい。代わりに別の質問に答えてあげよう。何がいいかな?」

 突然、質問する権利を与えられた。否、質問に確実に答えると言われたのだ。この父は質問しても返さないことが多い。しかも、たったひとつに絞るのは難しい。

(お母さんとの馴れ初め……は、今じゃなくても……、けど……)

 脳裏を掠めたのはルーピン先生だ。質問が浮かんだ私は父の隣に腰掛ける。

「あのさ、ルーピン先生に『解呪薬』の調合をお祖父ちゃんに頼んだのは、お父さんだって言ってたさ。ルーピン先生は私の為だってさ。本当?」

 父の顔から笑みが消えた。

「……ルーピンの解釈を信じるのかい?」

「質問に答えて欲しいさ」

 出来るだけ笑顔で私は追求する。面倒そうに父は息を吐く。

「じゃあ、これは私の解釈さ。お父さんはスネイプ先生の為に『解呪薬』を頼んださ。本当に私の為なら、理由を言わずにルーピン先生に近づくなって言うさ。でも言わなかったさ。お父さんはスネイプ先生を守りたかったんじゃないさ?」

 父はスネイプ先生を信頼している。私の身は彼が必ず守ってくれる。それなのに、ルーピン先生の人狼を警戒して『解呪薬』を用意した。私ではない人の身を案じた。前歴があるのならば、尚更だ。

「鋭い解釈だね。その質問になら「YES」と答えて置こう」

 機械的に微笑んだ父は、私の頭を撫でる。この手で撫でられるなど、久しぶりだ。少し恥ずかしいが、嫌ではない。私は嬉しさで破顔した。

 

 箒なしの『飛行術』は私が想像したより、段違いで体力を消耗する。いわば、自転車に乗らずにそれだけの速度を足に要求するのと同じだ。自らを飛ばせる集中と周囲に気を配る注意力、そして状態を維持する気力が必要だ。それを全て我が身ひとつで行わなければならない。

「む……り……」

 屋根の高さまで身体を浮かせ、力が抜けていく感覚に襲われる。しかし、ここで気を抜いたら、地面に激突だ。

「もうよい、降りてまいれ」

 祖父の許可を得て、私は地面に降り立つ。着地の瞬間、足の力が抜けて芝生に倒れ込む。

「だいぶ、自分の限界がわかってきたろう。次は自分で何処までいけるか、試してみよ。落ちるか、降りるかは、おぬしの采配ひとつじゃ」

 厳格な口調で祖父は言い放つ。

「……お祖父ちゃん……、ピーターパンみたいに空を飛んでいる魔法使いとか、魔女とか、滅多にいないって聞いたさ。……前に飛ぶのが当たり前みたいに言ってなかったさ?」

「当たり前じゃよ。決して特別ではないぞ。前に話した後見人は勿論、師匠も飛べたわい」

 それは祖父の環境が特別だと言いたい。

「そうさな、お前にわかりやすく言うなら、ダンクシュートを打てるか打てないかの差じゃろう」

 その例え、この上なく納得させられた。ダンクシュートは決して簡単に打てない。歴戦の選手でも、失敗する技だ。そして、どんなに練習しても打てない選手もいる。

 それだけの魔法を教え込まれているという興奮が湧き起る。

〔ちなみにコンラッドも飛べるぞ〕

〔うそ!〕

 見てみたいので今度、頼もう。

 だが、この訓練は祖母には不評であった。魔女が箒を使わないことが許せないらしく、絨毯で飛ぶより酷い……などと文句を呟いていた。『空飛ぶ絨毯』について詳しく聞きたいが、祖母の苛立ちを募らせるだけだ。私は何も聞き返さなかった。

 

 休暇の宿題を全てやり終えた。

 ルーナが誕生日プレゼントとして贈ってくれた【ザ・クィブラー】、ブラックの監獄生活の特集が掲載された。添えられた彼女の手紙には売上が普段の倍になったと喜んでいた。

 【ザ・クィブラー】を読み耽っていた私にカサブランカが2通の手紙を運んできた。一通はハーマイオニーだが、もう一通はロジャーからだ。

 ロジャーは休暇前の宣言通り、本当に手紙を書いてくれる。私の誕生日にも、ルーン文字を刺繍した青いリボンを贈ってくれた。可愛いリボンは正直、嬉しかった。しかし、異様にハートマークが鏤められた手紙が余計だった。その手紙は運悪く祖父に見つかり、私は延々と祖父にロジャーとの関係を追及された。

 そんなロジャーの手紙を後回しにし、ハーマイオニーからの手紙を開く。

【親愛なるクローディアへ

 いよいよワールド・カップですね。

 私は、明日からロンの家にお泊りすることになりました。ロンはハリーも誘っているそうです。クローディアは、他の方と行くのでしたね。会場で会えることを楽しみにしています。  ハーマイオニーより】

 素直にロンが羨ましい。

 煮え切らない想いを抱え、ロジャーからの手紙を開く。

【愛しのクローディアへ

 明後日、ダイアゴン横丁に教材を買いに行きます。一緒に行きましょう。午後十二時に、『漏れ鍋』にて待っています。僕が贈ったリボンを着けてくれたら、すごく嬉しいです。  君の愛しいロジャーより】

 唐突で強引で強制すぎる。

(私……、教材買い終わったさ……どうするさ?)

 断りの手紙を書こうと、私はペンを手にする。しかし、ペンを持つ私の手をロジャーからの手紙が叩くように攻撃してきた。彼の意思に沿わない返事を書かせまいとしている。

「……なんという抵抗さ……」

 手紙を振り払おうとすると、私の指が紙で切れた。鬱陶しくなった手紙を燃やしてやろうと一階に下りて暖炉に放り込んだ。手紙は悲鳴を上げ、燃えていく。ちょっと可哀想なことをした。

 居間で作業していた祖父と父は暖炉から聞こえる悲鳴に振り返る。父が作業の手をとめ、暖炉を覗き込む。

「『吼えメール』かい?」

「違うさ。同じ寮の男子がダイアゴン横丁に行こうって誘って来たから断ろうとしたさ。そしたら、手紙が私を叩いてきたから燃やしてやったさ」

 忌々しく吐き捨て、私は口元を膨らませる。その頬を父が指先で突いた。

「デートなんぞ、ワシは許さんぞ。そんな手紙はどんどん燃やせ」

 祖父にデートと口にされ、私は慌てて首を横に振る。

「そんなんじゃないさ。ディビーズはただの先輩さ。教材を一緒に買おうって話さ。でも、私……買い終わってるからさ。それで断ろうとさ」

 食卓に夕飯を運んでいたドリスが反応する。

「ディビーズというと……ロジャー=ディビーズのことなの? ワールド・カップには、彼の家族にお世話になるのですよ。親しくしておいて損はありません。行って来なさい」

「……え?」「デートなんぞ、百年早いわい!!」

 困惑する私より、祖父が喚く。

「お黙りなさい、トト! クローディアは休暇らしい休暇を過ごせていないのですよ! ロジャーは、マデリーンの話では女性の扱いに長けてらっしゃいます。何の心配もいりません」

「余計、心配じゃ!!」

 マデリーンという人物について聞こうにも、2人の雰囲気に口を開けない。此処のところ、2人は些細なことでもいがみ合う。それだけ、お互いが不満を言い合える仲になったと喜ぶべき……ではない。2人が揉める姿は私の気分を落していく。

「クローディア」

 私の両肩へ父が優しく手を置いた。

「もしかしたら、向こうが誰か連れてくるかもしれないよ。行くだけ行っておいで」

 落ち着いた父が私に耳打ちしてきたので、少しだけ気分が軽くなった。更に父は続ける。

〔おまえが考えるように、喧嘩するほど仲がいいんだよ〕

 日本語で話してれくれた言葉が、笑いのツボに嵌った私は噴出して笑う。いがみ合っている2人を視界に入れたが、胸を掠めていた苦しさは、もうない。

 

 翌日、私は公衆電話からハリーに連絡を取る。私の話す内容に、彼は一々相槌を打っている。

〈ロンから、手紙が来たんだ。フクロウ便じゃないよ。郵便を使ったんだ。切手をたくさん貼ってあって、叔父さんがすごくピリピリしてたよ。郵便屋さんに変に思われるってさ。うん、大丈夫だよ。ワールド・カップには、ちゃんと行ける。明日、ロンが迎えに来てくれるんだ〉

 ハリーの声は上機嫌だ。しかし、ロンが郵便配達を使う姿が想像に難い。

〈そうそう、ダドリーのダイエット。今月に入ってから、5キロ痩せたんだ。そしたら、叔母さんが油断して食べさせすぎたから、リバウンドしちゃって、増えちゃったよ〉

 受話器の向こうでハリーが肩を竦めているのが見える。

「あ~あ、リバウンドしちゃったさ……。そこから減らすのって難しいさ」

 それを思えば、私は祖父の監督振りに救われている。

〈やっぱり、そうなんだ。全く、ダイエットするのは構わないけど、僕にまで波風立てないで欲しいよ〉

 受話器越しに私達は笑いあう。ワールド・カップ会場での再会を約束し、私は受話器を置いた。置いた受話器を見つめながら、私は嘆息する。

(こんなことなら、ジョージの誘い受けておけば良かったさ)

 そうすれば、ハーマイオニーとお泊り会が出来た。考えれば考えるほど、腹の奥底から沸々と怒りが湧き上がってくる。受話器を握り締め、奥歯を歯噛みする私の姿が不気味だったのだろうか、道を行き交う人々の視線を感じた。恥ずかしさで祖父が、公衆電話から私を連れ出した。

 

 約束の日曜日。朝食を終え、私は藍色のジーパンと白のカジュアルシャツに着替える。髪を三つ編みにし、青いリボンで纏めた。魔法硬貨を財布に入れ、ウエストポーチにしまう。

 準備万端を確認し、私は『煙突飛行術』を使用するため暖炉の前に立った。

「お待ちなさい。なんですか? その格好は」

 祖母に引き止められた。男子と出かけるにしては、私の服装がお粗末だという理由だ。私としては、適度な服装だ。祖母は断として着替えを要求してきた。祖父がいれば口論するところだが、出かけていたのが幸いだ。

 渋々、私は部屋で戻る。服を手当たり次第漁り、カジュアルシャツの下に袖なしワンピースを着込んだ。ジーパンをスパッツに穿きなおし、スニーカーをサンダルに履き替える。この恰好で、ようやく祖母から承諾を得られた。

 暖炉の傍で、気持ちよく寝ているベッロが羨ましい。

「ベッロも連れて行っ……」「ダメです」

 私が言い終える前に、祖母は強く断言した。

 

 『漏れ鍋』は普段よりも人が多く、英語ではない発音が酒場を飛び交っていた。周囲を見渡し、私は人混みから逃げようとした。

「クローディア、こっちだよ」

 酒場の隅にいたロジャーが、朗らかな笑みを向け、手を振ってくる。制服とは違うが、ワイシャツにネクタイを締めていた。

(これは、ただのお買い物さ)

 胸中で呟き、私はロジャーに笑顔を返した。

「ディビーズだけさ? 他に誰かいないさ?」

「誘ったけど、誰も来れないんだ。君も誰か誘った?」

 人為的策略を感じ、私はわざとらしく嘆息した。

「外国人の魔法使いが多くて、吃驚しただろ? 僕も人の多さに驚いたよ」

 『フローリシュ・アンド・ブロッツ書店』にて参考書を揃え、ロジャーは上機嫌に色々なことを私に語りかける。明日からのワールド・カップの切符は、完売してからが売れ時になるらしい。ロジャーの家にも、親戚から切符を譲って欲しいという手紙が何通も来て、両親は対応に一苦労したそうだ。

 4年に一度の最高の催しだ。クィディッチ好きには堪らない。

 私はそれらを脳内でバスケットボールの世界大会に置き換えて考えた。もしも、マイケル=ジョーダンを生でしかも間近で見られるとしたら、私は一生分のお小遣いを費やすかもしれない。

「お待たせ。時間もあるし、色々と見て回ろうよ。はぐれないように手を繋いで」

 私の手を握ってくるロジャーの手を失礼にならない程度に、払う。

「謹んで遠慮さ」

 残念そうにロジャーは微笑む。それでも彼は私を様々な店へと連れ歩いた。魔法界でも珍品を飾る喫茶店で、セシルがその店の主人と口論していた。胡散臭い薬草店から、エディーが身の丈ほどの巨大な袋を抱えて出てきた。魔女だけが集まる店に、アンジェリーナなどの上級生が入って行くのを目撃した。

 私の興味をそそる店が多くあり、段々と楽しくなっていく。

 途端にロジャーが足を止める。私の肩を抱き寄せ『マダム・マルキンの洋装店』を指差した。

「あれはシリウス=ブラックじゃないか?」

 耳障りな名が響く。

 ロジャーが正確に指差す方向へと、目を向ける。店の前にいるのは確かにシリウス=ブラックだ。『叫びの屋敷』で私が目にしたときは髑髏に皮がつき、もじゃもじゃに伸びきった髪と髭、如何にも脱獄囚の身なりをしていた。

 それが2月近く見ない間、健康的に丸くなり、髪と髭も綺麗に整えられている。黒い革製で全身を身に纏い、胸を肌蹴ていた。晒された胸には刺青が施されている。魔法使いよりもバイク乗りの印象が強い。

 一見すれば、手配写真だった男と一致しない。

 しかも、連れがいた。逞しい岩に顔を掘り込んだような男。片脚は義足を露にし、地面を突くための杖で身体を支えて居る。何より印象的だったのは、その義眼。剥き出しの青い眼球が忙しなく周囲を警戒している。それが全てを見通しているような嫌な感じがする。おそらく、シリウスを保護観察している『闇払い』だと私は踏んだ。

「ディビーズ、あっちに行くさ」

「え? でも、シリウス=ブラックだよ? 話を聞きたいと思わない?」

 ロジャーの瞳は好奇心に輝いている。まるで、英雄を目にした少年の瞳だ。そこで、シリウスが一部に英雄視されているのだと知った。

 苛立ちが募り、私はロジャーの手を払った。

「ご自由にどうぞさ! 私は帰るさ!」

 背を向ける私にロジャーは焦りだした。

「帰らないで! そうだね、向こうに行こう! あの店、新作のアイスがすごく美味しいんだ」

 必死にロジャーは私の腕を掴み小走りでその場を離れた。不意に視線を感じて首だけ振り返る。

 『闇払い』の青い義眼だけが、私を睨んでいた。

 『フローリアン・ファーテスキュー・アイスクリーム・パーラー』テラスで食べた新作のアイスは確かに私の舌を満足させた。ロジャーは私の好みをある程度把握している。先ほどのシリウスの件で、私の機嫌を損ねたことを心の底から詫びている。本当に彼は紳士的だ。

「今日はありがとさ。色々とダイアゴン横丁を案内してくれて、すごいさ。知らない店があんなにあったなんて、もう井の中の蛙さ」

「なら、僕のお願いをひとつだけ聞いてくれるかい?」

 アイスを口に運び、私は戸惑うように頷く。正直、交際を申し込まれるのだけは、勘弁だ。

「僕のことをロジャーと呼んで欲しい。いつまでも、ディビーズっていうのは淋しいよ」

 満面の笑みが私に迫る。ロジャーの唇が近かったため、私はそっちに驚いた。

「ロジャー、わかったさ。ロジャー、顔が近いさ!」

「近すぎたら、クローディアの顔が見えないね」

 素直にロジャーの顔が離れたので、私は小さく安堵する。しかし、彼の願いは、とても欲がない。私は色々と良い方向に見直した。

 アイスを食べ終えた私とロジャーは『漏れ鍋』へ直行する。より密度の濃い酒場は、酒気も強くなっている。

 暖炉まで行く私を守るようにロジャーは、客との間に立ってくれた。

「ワールド・カップでね。クローディア」

「うん、今日はありがとうさ。ロジャー」

 簡単に挨拶を済ませた私は『煙突飛行術』を使った。

 

 自宅の暖炉に着き、私は居間の絨毯に倒れ込んだ。短時間で色々なモノを目にした疲労感だ。ベッロが私の目元を冷たい鱗で覆う。

「あ~、気持ちいいさ」

 ベッロに感謝し、私は瞼に迫る冷たさを堪能していた。

〔お帰りなさいさ〕

 聞きなれた日本語と声。だが、その声の主はこの家にいるはずはない。私はベッロを目から離して瞼を開ける。私に瓜二つの母がイタズラっぽく笑いながら、見下ろしてくる。

〔お母さん? いつの間にこっちに? 私、もしかして日本に帰ってきたさ?〕

 周囲を注意深く見渡すが、ここは英国の自宅に間違いない。

〔英国に着いたのは昨日さ。ロンドンのホテルに泊まってから、ここに来たさ〕

 そんな話は聞いていない。だが、今年は母に会えないものだと思っていた私には嬉しい驚きだ。すっかり気分が高揚し、寝転んだまま母に抱きついた。母も嬉しそうに私の髪をクシャクシャに掻いた。

〔お祖母ちゃんには、もう挨拶したさ?〕

〔当たり前さ。あんたがいない間に、色んな話をしたさ〕

 台所から漂ってくる香ばしい匂いに、私は覚えがある。私が匂いを嗅ぐ仕草に母は台所を見つめる。

〔お祖父ちゃんがどうしても、タコ焼き食べたいって作ってるさ〕

 確かにタコ焼きの匂いに間違いない。私と母が台所を見つめていると、祖母が宙に5枚の皿を浮かべてこちらへと歩いてくる。その皿にはパスタが盛られている。

「あら、帰ったのね。手を洗って、すぐに夕飯ですよ」

 盛られたパスタを落さないように、祖母は食卓に並べる。その姿を母は目を輝かせて見つめていた。私が知る限り、祖母はそんなことをして食器を運ぶ人ではない。きっと、母を楽しませる為だと理解した。

 

☈☈☈☈

 ダーズリー家から離れた僕はロンの家たる『隠れ穴』にいる。客人は僕だけでなく、ハーマイオニーともう1人、ジョージの恋人ジュリア=ブッシュマンだ。彼の話では、僕らが1年生の学年末に自首退学したレイブンクロー生らしいが、全く知らない。

 そんな僕の内心を読んだように、ジュリアは微笑んでいた。

「寮も学年も違うのだから、仕方ないことよ。あなたの活躍はいつもジョージの手紙と【日刊預言者新聞】で拝見させてもらっているわ。『ホグワーツ特別功労賞』貰ったんでしょ? それにシリウス=ブラックだっけ? 彼の無実の証明にあなたが関わっているって本当なの?」

 遠慮のない質問に僕は困ってしまう。脳裏を横切ったのは『叫びの屋敷』でクローディアが見せた表情、そしてルーピンが彼女を噛んだ光景だったからだ。

 あの夜の出来事を話す事は、クローディアがシリウスを殺そうとし、ルーピンが人狼であることまで話す羽目になる。

「無理には聞かないけどね」

 あっさりとジュリアは引いてくれる。僕の表情から、何かを感じ取ったらしい。

 紺碧の空の下、『隠れ穴』の庭に全員(パーシー抜き)が協力して用意した二卓のテーブルを囲んで夕食を楽しんだ。その光景を眺め、ハーマイオニーが残念そうに呟いていた。

「クローディアも来れば良かったのに……今日のロジャー=ディビーズとデートするとか、うまく行ったかしら?」

「へ? クローディア、デートかよ!? しかも、あのロジャー=ディビーズと!」

 ロンが素っ頓狂な声をあげる。彼の隣にいたジュリアが意外そうに微笑んでいた。

「へえ、クローディア。ロジャーとそんなことになってたのねえ。すごく意外。ねえ、フレッドもそう思うでしょう?」

 僕の隣にいたフレッドは少し唸る。

「ディビーズがクロックフォードに惚れてるのは、知ってるぜ。彼女、頑なに拒否してたもんだ。でも……そうだな。クィディッチの選手同士だし、そうなってもおかしくは……」

「アイルランドチームが優勝するんじゃないか? なあ、チャーリーそう思うだろ!!」

 黙々と食事していたジョージが突然、大声を張り上げる。驚いたチャーリーも負けじと声を上げた。

「そうだな! 準決勝でペルーをペチャンコにしたんだから!」

「でもブルガリアにはビクトール=クラムがいるぞ!」

 フレッドも叫んだ。

「あんた達、うるさいわよ! そんなに叫ばなくても聞こえています!」

 モリーさんが癇癪を起こし、騒音合戦に終止符を打った。

 僕はこっそりとジョージを盗み見る。彼はわざと大声を出し、話を逸らしたではないかと推測した。フレッドの服を引っ張り、耳打ちする。

「(ジョージは、クローディアが嫌い?)」

「(いいや、ちょっとした賭けをしているんだ。僕はディビーズとクロックフォードが付き合う。あいつは違うヤツと付き合う。そういうこと)」

 悪戯っぽく笑うフレッドへ僕はそう反応すればよいのかわからず、半笑いで納得した。そして、クローディアに絶対、秘密にしなければならないと悟った。

 楽しい団欒の中、僕はクローディアを想う。休暇の前、彼女はヴォルデモートが復活するのは、自分の責任だと言っていた。その理由をあのクィレルだと述べた。

 

 ――それは実現するかもしれない。

 

 僕が先日見た奇妙な……それでいて強い現実感のある夢、クィレルが人の姿をしていないヴォルデモートに跪いていたのだ。

〝俺様は、ここまで力を取り戻した。クィリナスよ、あの小僧を捕らえる支度を慎重に行わねばならん。これまで以上にだ。だから、どうしても忠実な下僕がもう1人、必要なのだ。決して、おまえが力不足なのではない〟

〝はい、ご主人様。私は受け入れます。全てはご主人様の為に〟

 クィレルは『もう1人の下僕』を渋っていた。それを嫉妬と理解したヴォルデモートは宥めた。言葉をかけられただけで、彼は奴に酔いしれていた。

 『賢者の石』を奪い合った頃から、クィレルは少しも変わっていなかった。

 ただの夢だと思いたい。でも、目が覚めた時、額の傷が痛んだのだ。

「ハリーは、どのチームだと思っているの?」

 ジニーの声で僕は我に返る。

「さあ、僕チームとかよく知らないから」

 いずれ、クローディアに話さなければならない。それが酷く、僕を沈ませた。

 時間が経ち、モリーさんが僕達を寝かせようとした。食器や食卓を全員で協力して家の中に運び込み、僕達は明日に備えて眠ろうとした。アーサーさんが僕を捕まえ、居間の隅に引き寄せた。

「ハリー。シリウス=ブラックから手紙は来るのかね?」

「はい、来ます」

 少しだけ驚いた様子を見せるアーサーさんは勝手に頷く。シリウスの無罪は魔法界でも、衝撃だ。彼のように困惑している者も少なくないのだと、僕は理解した。

「それでだ、ハリー……。シリウスは手紙に自分の居場所を明かしたかね?」

「いいえ、まだです」

 アーサーさんは少し困った表情で僕を見下ろした。

「それについて、誤解しないで欲しい。シリウスは居場所を君に伝えたいのだが、彼を保護観察している『闇払い』がとても、用心深い。手紙が君以外の手に渡り、情報が漏洩することを極端に恐れている。だから、教えたくても、教えられないんだ」

 そんな事情があったなど、僕は考えつかなかった。そういえば、シリウスからの手紙は日常でも、場所や時間を報せる内容はなく、当たり障りもない。きっと、手紙を何度も点検されて出しているのだ。そんな中、シリウスが手紙を出してきてくれることを僕は嬉しく思う。

「でも、おじさんがどうしてそれを?」

「シリウスの居所は極少数しか知らない。私も君に親しい人間だから、特別に教えてもらったんだ。いいかい? ここだけの話だ」

 僕はアーサーさんが教えようとしていることを焦らず、辛抱強く待った。

「シリウス=ブラックは、アラスター=ムーディの監視下にある。とても頼りがいのある元『闇払い』だ。用心過ぎるのが玉に瑕だが、優秀で有能な男だ。彼の元にいる限り、何の心配はいらない」

「誰ですか、それ?」

 率直な僕の質問にアーサーさんは答える前、モリーさんが僕を寝室に追いやってしまったので、詳しい話は聞けずじまいだった。

 




閲覧ありがとうございました。
ムーディと暮らすなんて、シリウスのストレス半端ない。可哀相になあ(棒読み)

●ホラス=スラグホーン
 原作六巻にて登場、重要人物。
●レギュラス=ブラック
 セリフすらないのに、ファンに大人気のシリウスの弟。
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