映画のスタジアムシーン、よく見るとオリバー=ウッドが映っているので、探してみてください。
追記:16年3月8日、18年9月2日、誤字報告により修正しました。
深紫色の絨毯が敷かれた階段を上り、大勢の人々が己の席へと足を進める。
切符に記された番号席に到着したクローディアは、感嘆の声を上げる。銀色の輝きを照らす椅子、目の前には事故防止の透明の壁が張られている。何の障害もない場所で、壮大な競技場や十万人の人々を一望できるのだ。他の席は、席というより立ち見する場所が設けられているだけだ。より多くの人々に試合を観戦させるためだ。
――とにかく絶景。
興奮したクローディアは席に着かず、落ちない位置まで身を乗り出す。その光景を目に焼き付けている。その隣に立ったロジャーが呟く。
「この上は最上階貴賓席なんだ。ここはいわば2番目に良い席ってこと」
上の階を見上げ、ロジャーが珍しく笑みのなく淡白だ。彼の口調の変化を気に留めることなく、クローディアは胸を躍らせ続ける。
「すっごく素敵さ。ありがとうさ、誘ってくれてさ」
「そういってもらえるなら、この席は最高の席だ」
安心した表情で微笑んだロジャーはクローディアの肩に手を添えようとした。
「うぉっほん」
真後ろから発せられたわざとらしい咳き込み、ロジャーは手を引っ込める。
〔ワシは祈沙とウィーズリー氏に挨拶してくる。おまえはここでドリスから絶対離れるな。そこの若造と2人きりになることも許さん〕
日本語が理解できないロジャーはクローディアに視線を投げかける。視線に答え、簡単に訳した。
「ロジャーと2人きりになるなってさ」
思わず噴出したロジャーをトトは仏頂面で睨む。鼻を鳴らし、『万眼鏡』越しに周囲を眺めていた母を連れ、更に階段を上っていった。
「この上って、最上階貴賓席って言ったさ?」
「ああ、ウィーズリー達は……上の階か?」
意外な事実に2人は呆気に取られた。
(この上にハーマイオニーがいるさ)
観戦中にハーマイオニーの声が聞こえるかもしれない。そんな考えに耽っているクローディアはロジャーが悔しそうに唇を噛み締め、上の階を睨んでいることに気づけずにいた。
☈☈☈☈
紫に金箔拵えという豪奢な椅子に腰掛けたジョージは背筋に悪寒が走り身震いした。
「寒くないか? フレッド」
「寒い? ジョージ、それは僕たちが熱くなっているだけだ」
フレッドに背を叩かれても、ジョージは悪寒が消えない。隣に座るジュリアが彼の腕を擦り、暖めようとしていた。
魔法省の重役と思われる魔法使い達と頻繁に握手を交わすアーサーとパーシー、ハリーは2人を見るとはなしに見つめる。大勢が押し寄せて来る階段から、トトと祈沙が現れる。
それを見つけたハリー、ロン、ハーマイオニーは急いで席を立ち、2人に挨拶した。
「パパ、この人はクローディアのお祖父ちゃんだ」
ロンにトトを紹介されたアーサーは喜んで握手した。
「ロンから話は聞いておりますとも。外国の魔法使いでいらっしゃるとか」
「ドリスから、あなた方ご夫妻の話を伺っております。お会いできて光栄です。息子さん達にも孫が大変お世話になっております」
丁寧な物腰はトトをより壮齢な印象を与えた。その隣で祈沙は貴賓席の豪華さに見惚れている。飲み物を売り歩く小人を見つけ、てくてくと着いて行く。
「トトさん達もここの席なんですか?」
ハリーの問いかけにトトは頭を振るう。
「残念ながら、下の階じゃ。ウィーズリー氏に挨拶をと思い、参った次第。それでは、わしらはこれにて失礼いたします……。……奴め、どこ行った?」
ようやく隣にいたはずの人がいないとトトは気付く。
「さっき、ジュース売りを追いかけて行きました」
ハリー、ハーマイオニー、ロンも周囲を見渡し、祈沙を探す。その間、アーサーは次から次へと現れる役人達と挨拶していた。
「いけません。あたくしは受け取れません」
真後ろの後列から、『屋敷しもべ妖精』ウィンキーの甲高い声がした。何事かと、ハリーは思わず覗き込む。席にちょこんと座るウィンキーと目線を合わせるために身を屈めた祈沙がいた。彼女の手にはジュースが2つあり、それをウィンキーに差し出している。
「ハリー=ポッターさま、あたくしは頂けないのです。それでも、この方は差し出してくるのです」
困り果てたウィンキーは小さな手で自分の顔を覆う。恥辱といわんばかりに震えていた。理解不能と祈沙も困惑している。彼女にとって、珍しい生物に餌を与えてみたいという衝動だろうとハリーは解釈した。
「この人は僕の友達のお母さんなんだ。君にジュースをあげたいだけなんだよ」
「いけません。あたくしは勝手なことをしてはいけないのです」
必死にジュースから目を逸らすウィンキーは微かに指先から見ている。
ハリーは『屋敷しもべ妖精』の食生活を知らないが、ウィンキーはジュースに興味を抱いている。
ハリーは祈沙と視線を合わせ、小さく頷く。
「ねえ、ウィンキー。君のご主人様がここに来たとき、飲み物があったらすごく喜ぶと思うよ。ウィンキーが安全な飲み物だって確認したものなら、尚更だ」
指の隙間から、ウィンキーは空いている隣の席を一瞥する。それからハリーを見つめて、ジュースを凝視した。決意したらしく、躊躇いながらも祈沙からジュースを受け取る。
「ふたりぃで、どうぞ」
安心した祈沙が微笑む。畏まったウィンキーは、震えた手つきで頭を垂れた。
「トトさん、ここにいましたよ」
祈沙を前列まで導き、ハリーはトトに声をかけた。
「ハリー、元気かね?」
いつの間にか現れていたコーネリアス=ファッジ魔法省大臣がハリーを我が子のように親しげに握手してきた。祈沙は目に入らないのか、ほとんど無視された。彼女は気にせず、トトに軽く叱られていた。
「こちらは外国の魔法省大臣だよ」
ファッジは両脇に連れたブルガリアとアイルランドの魔法省大臣をハリーに紹介した。アイルランド魔法省大臣はハリーを対し物珍しげな視線を向けつつ、ぎこちなく挨拶する。
それよりも、ハリーはブルガリア魔法省大臣が気になった。決して金の縁取りをした豪華な黒ビロードのローブを纏った姿ではない。
何故なら、ファッジがハリーを紹介していることを無視し、トトと外国語で和気藹々と話し込んでいたからだ。祈沙を紹介され、興奮した様子で慄いている。苦笑いを浮かべるトトはハリーの視線に気づく。
〔こらこら、仕事しろ、仕事。見られてるぞ〕
〔残念だ。だが、そうだな。懐かしい顔が見れて良かった。今度は孫娘も紹介してくれ〕
親しみを込めてトトはブルガリア魔法省大臣と握手を交わした。
それからトトは、ハリー達に視線を向けて丁寧にお辞儀する。離れないように祈沙の腕を掴み、階段を降りて行った。
「え~と、今の方はお知り合いですか? 大臣?」
必死に聞くファッジにブルガリア大臣はただ瞬きを繰り返す。突然、ハリーの額の傷痕を指差して喚きだした。
「なかなか通じないものだ」
うんざりした表情で、ファッジはハリーにだけ聞こえるように囁いた。
☈☈☈☈
ほぼ同時刻。
クローディアとロジャーは試練を受けていた。2人の後席はオリバーの家族だった。クィディッチをこよなく愛する元キャプテンに興味本位でブルガリアとアイルランドの勝敗を訪ねた。
それがいけなかった。
20分近く、オリバーは自身が分析した両チームの戦力を語り続けた。
「私、ちょっとお手洗いさ」
耐え切れなくなったクローディアはロジャーを置いて席を立つ。彼も席を立とうとしたが、オリバーに肩を押さえつけられて身動きが出来ない。
オリバーの熱弁にシーサーも興味を持ち、ドリスとマデリーンも真剣に話を聞きだした。
階段付近まで逃げ込み、安心して何気なく振り返る。最上階に上がろうと階段に足をかけたドラコと目が合う。よりにもよって、マルフォイ夫妻も一緒だ。2人もクローディアに気づき、足をとめた。
勝ち誇った笑みでドラコは自慢する。
「この先は特等席だ。僕らはファッジ大臣の直々のご招待でね。君には決して縁のない席だ」
「自慢するな、ドラコ。相手にする価値はない」
冷徹に吐き捨てるマルフォイはクローディアに不愉快な視線を向ける。マルフォイ夫人は、夫と息子を止める様子もなく服の裾で口元を覆う。
しかし、取り巻き扱いしているクラッブ、ゴイルがいない。ドラコと最も親しい女子パンジーの姿もない。
「パンキーソンはどうしたさ?」
「さあね。何処かの席にいるんじゃないか? 僕は会ってないね」
興味なく答えるドラコは確実にパンジーを誘っていない事が窺える。普段から仲の良い2人なだけにクローディアには意外だ。
「なんで、パンキーソンを誘わなかったさ?」
「どうして僕が、パンジーを誘うんだ?」
キョトンとした顔つきでドラコは驚いていた。
その態度に驚く。パンジーはドラコに好意を寄せている。寮も違い、交流もほとんどないクローディアでさえ、承知している。だが、一番近くにいるドラコはパンジーの心情に完全に気づいていない。
驚愕を超え呆れ、この場に居ないパンジーに心底同情する。胸中でため息をつき、クローディアはドラコを責める眼差しを向けた。気に障った彼は、彼女を指差し何かを叫ぼうとした。
「何を見つめあっとるか!!」
電光石火の如くトトが高角度でクローディアとドラコの間に、踵落としをお見舞いした。衝撃でその場が一瞬だけ、揺れたが床は無傷だ。
クローディアは周囲を見渡すが、誰も気にした者がいないことに安堵する。
「お祖父ちゃん、狙うならアイツにだけやってさ。他の人前は巻き込んじゃだめさ」
「おい、それは諌めているつもりか?」
不満を口にするドラコは、マルフォイ夫人に抱き寄せられた。マルフォイは2人の前に立ち、不審者を見る眼差しでトトを睨む。
睨まれたトトは、わざとらしく鼻を鳴らす。
「誰じゃ、この粗忽者は?」
敵意を示しあう大人達にクローディアは嘆息する。しかも、この親子の紹介は非常に面倒くさい。コンラッドに倣い、単刀直入に述べた。
「偶然、同じ国にいて、偶然、同じ学校に通い、偶然、寮の違う、赤の他人さ」
それを聞いたトトは安堵の表情を浮かべて頷く。
「なんじゃ、赤の他人か。なら、仕方ないのお」
「どういう紹介の仕方だ! 他に言いようがあるだろう!」
案の定、文句を叫ぶドラコをクローディアは横目で見る。
「実際、私達、仲良くないさ。友達にクラスチェンジしたかったら、それ相応の態度にするさ」
「おまえが僕を敬えよ!」
己の母親の腕の中で喚くドラコを見て、母が困惑する。
〔あの子、どうしたさ? 喧嘩でもしたさ?〕
〔思春期の男子はあんなもんさ〕
日本語で会話しているにも関わらず、ドラコはより不満を言い放とうとした。
「ドラコ、戯れはそのくらいにしておけ。所詮は辺境のマグルなのだからな」
侮蔑する言い草でマルフォイはクローディアの家族を見下す。どういうわけか、母はそれを挨拶と受け取る。
「こんにぃちは、はじめまして」
愛想が良く活発な笑みで挨拶する母をマルフォイ夫人は、品定めするような眼差しを向ける。そして、母の薬指に嵌めている銀の指輪を指差した。
「ご結婚なさっておられるのですね? 相手はどなた?」
ほとんど興味のない口調だった。これにトトが仏頂面で答える。
「ワシの娘婿は後にも先にも、コンラッド1人だけじゃ」
その発言にクローディアは一気に青ざめる。コンラッドはマルフォイから身を隠していたというのに、トトは遠慮なくバラしおった。
「コンラッドが結婚していた!?」
マルフォイ夫婦は驚愕に目を見開いて呆然と口を開く。あり得ない事態に遭遇し、困惑しているようにも見える。
「では、そちらのお嬢様は……本当にコンラッドの娘?」
呂律が廻らなくなったマルフォイ夫人は額に手を当てて、青ざめる。マルフォイは己が妻の肩を抱き、全身を駆ける動揺を抑えようとした。
「父上? 母上?」
事態が飲み込めないドラコはただ狼狽する。息子が傍にいることを思い出したマルフォイは毅然とし、妻と息子を連れて階段を上がった。
一度もクローディアを振り返らなかった。
〔なんじゃ、アイツら。挨拶もせんとは〕
礼儀を欠いた部分だけ、トトは厳しい表情を見せる。こちらの態度も非礼はあったので引き分けだ。しかし、クローディアはそれどころではない。
〔お祖父ちゃん! どうしてお父さんのことを言っちゃったさ! マルフォイにお父さんは自分のことを知られないようにしていたさ〕
〔……何? あいつらがマルフォイじゃと!? おお、いかん!〕
失態に気付き、トトは自らの額を叩く。そういえば、ちゃんとマルフォイ一家を紹介していなかった。クローディアにも非があると認める。
〔妖精がいたさ。ちょこんと座ってたさ。来織も見に行くといいさ〕
脈略のない話をしてきたので、クローディアはそのまま母の話に耳を傾けた。そうすることで、焦燥のあまり激しくなる動悸が治まる気がした。
クローディア達が席に戻れば、ロジャーとシーサーは疲労困憊と座り込んでいた。語り尽くしたオリバーは満足げだ。逃走したことは間違いではなかった。
《レディース・アンド・ジェントルメン、ようこそ! 第422回、クィディッチ・ワールドカップ決勝戦を開催いたします!》
『魔法ゲーム・スパーツ部』部長ルード=バクマンによる開幕宣言がなされた。会場中の観衆が雄叫びを上げ、拍手が湧き起こる。音程と歌詞がバラバラな国家合唱が流れた。両チームのマスコットキャラクター、ブルガリアのヴィーラが男性陣を虜にし、アイルランドのレプラコーンが金貨の大雨を観客席に撒き散らした。
闘技場に現れた選手たちが紹介されていく中、世界最高のシーカー・ビクトール=クラムが箒の上で一回転していた。選手の紹介だけでも、会場は充分に湧いた。
ロジャーとオリバーは、お互いの肩を組み何度も吼えた。試合が始まれば、何処のチームを応援するなど、関係なくなる。
試合は奮闘の末、アイルランドの勝利で幕を下ろした。
興奮冷めやらぬ観衆は騒ぎながら、階段を下りていく。
いつの間にか意気投合したロジャーとオリバーはデタラメな歌詞を合唱しながら歩く。見事なプロの試合にクローディアも心が躍る。油断していた背中を勢いよく叩かれた。
「よお。クロックフォード! アイルランドの勝利に乾杯!」
「俺たちの計画に乾杯!」
これまで見た中で最高に上機嫌なフレッド、ジョージは肩を組みあう。双子はクローディアの両耳に息を吹きかける。背筋が粟立つ。
「「『万眼鏡』、ありがとうな。本当に嬉しかったぜ」」
無邪気に笑い双子はクローディアにウィンクする。結局、ジニーとジュリアは正直に話したのだと察して片手を上げて微笑んだ。
「喜んで貰えて良かったさ」
途端に、双子は意地悪な笑みでクローディアの両肩へ顎を乗せる。
「「な~んだ。やっぱり、クロックフォードだったんだ」」
カマをかけられただけだった。
「まあ、あれさ。今までの誕生日プレゼントのお返しってことでさ」
「クローディア、その服って。俺達がプレゼントした服だよな?」
ジョージはクローディアの服を指差す。
「そうさ、こっちは14歳のと、これは去年のさ。ひとつだけなら、恥ずかしいけどさ。こうして重ねれば着れたさ」
「似合っているよ。すごくな」
クローディアの説明を受け、ジョージは目を細めて微笑んだ。
キャンプ場でも騒音は終わらない。テントの中でも、興奮が治まらないロジャーとシーサーは寝台の上で飛び跳ねている。クローディアも試合の興奮で眠れない。ドリス達も興奮して、パンフレットを眺めてお喋りしている。トトとディヴィはテントの外で、他の大人と騒いでいる。
母だけが疲れて眠っていた。
寝台に腰掛けたクローディアは手元に転がるレプラコーンの金貨を目にした。寝台だけでなく、絨毯にも金貨がばら撒かれている。1枚の金貨を手にし、指先で転がす。
(これって、確か……朝には消えるんじゃなかったさ?)
それまでは大金を手にした高揚感に浸れる。まさに一晩限りの夢だ。そうと知りつつも、クローディアは指先で金貨を弾いて遊んだ。
「レプラコーンの金貨にはね、幻の金貨があるんだよ」
はしゃぎ疲れたロジャーがクローディアの隣に腰かける。シーサーは万歳の体勢で絨毯に寝転び、いびきを掻いていた。
「150年くらい前のワールド・カップ、アイルランドとペルーの決勝戦でレプラコーンの金貨が今夜のように撒かれた。朝になり、金貨は全て消えているはずだった。でも1人のブルガリア人の手に1枚だけ残っていた。その魔法使いは次のワールド・カップでクィディッチ選手として決勝戦に参加し、見事優勝を果たしたんだ」
手の中で金貨を転がし、ロジャーは浪漫を語る。
「聞いたことないさ。作り話さ?」
意地悪に微笑むクローディアに、ロジャーは微笑み返す。
「オリバー=ウッドから聞いたんだ。アイツも選手仲間から聞いたんだって。ちなみに、その金貨はグリンゴッツ銀行に今でも保管されているんだと」
オリバーはプロチームの2軍入りの契約を交わしていると付け加えた。選手の間に広まる伝説は何処にでもある。ホグワーツの伝説も実際に存在した。なら、幻の金貨もありえる。
仮にこの手にある金貨が明日の朝にも残ったなら、クローディアはハーマイオニーに渡すと決めた。
「もし、僕がその金貨を手にしたら……」
熱を込めたロジャーが言い終わる前に、テントの中に冷たい風が入り込んだ。
「皆、起きろ!!」
緊迫したトトがよく通る声で一喝。すぐにシーサーは飛び起きる。ドリスとマデリーンもお喋りをやめ、トトに注目する。彼の雰囲気から、ただ事ではない。
耳を澄ませたクローディアは外の状況を把握する。騒がしかったのは宴を賑わう声でない。恐怖に駆られた叫び声だ。
嫌な感覚、トトに視線をぶつける。
「皆は森に身を潜めておれ! ワシらは魔法省に加勢にし行く!」
「私も行きます」
すぐにドリスは杖を振るい、寝巻きから普段の服へと一瞬で着替えた。マデリーンは上着を羽織っただけで、ロジャーとシーサーの肩を抱く。完全に寝ぼけた母は半目で億劫そうに起き上がる。悠長な母の腕を引っ張り、クローディアはテントの外に出た。
テントが燃え上がり、人々は悲鳴を上げながら、逃げ惑う。
炎に照らされたキャンプ場を悠然と歩く一団、クローディアの視界に映る。黒い頭巾に奇怪な仮面を被り、杖から光線を出してテントを燃やし、適当な人を宙吊りにしては、地面に叩き落している。しかも、それを嘲笑しながら、近くにいる魔法使い達が加わり、一団は膨らんでいく。逃げ行く誰かが叫んだ。
「『死喰い人』だ!」
『死喰い人(デスイータ)』、ヴォルデモートを『闇の帝王』と崇め奉った支持者達の自称。ヴォルデモートが倒されてから、『死喰い人』の容疑をかけられた魔法使いは、有罪を認めアズカバン行きか、無罪を主張し堂々と娑婆に残っている。
あそこにいるのは後者だ。
皆がキャンプ場から、少し離れた森へと走り出していく。誰も彼も混乱し、肩がぶつかっただけで錯乱に陥る人もいた。
「あいつら、追いかけて来ないか!?」
振り返りながら走るロジャーが叫ぶ。クローディアも首だけ振り返ると、『死喰い人』の服装をした何人かがこちらへ走ってくる。それに周囲の人も気づいて怯えた。
「固まってちゃ駄目さ。バラバラに逃げるさ!」
クローディアは母の手を引き、ロジャー達と別れて逃げた。
森に逃げることはわかっている。クローディアはテントを物陰にしながら、避難所を目指す。クローディアが先導するので母が何度も後ろを確認した。
〔あの人達、こっちに来るさ〕
母の言葉にクローディアは、振り返ろうとした。
「クルーシオ! (苦しめ)」
何処からか、放たれた光を察知しクローディアは難なく避ける。突然、母が悲鳴を上げた。破壊されたテントの陰から、『死喰い人』が手を伸ばして母の腕を掴んでいる。
「お母さんから、離れろ!」
落ちていた箒を力の限り、『死喰い人』に投げつけた。驚いた『死喰い人』の顔面に箒は命中し、倒れた。しかし、他の『死喰い人』が母の髪を掴んだ。すぐにクローディアは、落ちていた鍋で応戦する。
2人の『死喰い人』が倒れ伏した時、突然、母がクローディアを背に隠すような態度を取る。
気付けば、クローディアと母は『死喰い人』に囲まれていた。倒れた『死喰い人』もすぐに起きあがった。これで相手は5人になる。流石に分が悪い。
「そのマグルの女だ。娘ともども、捕えろ」
また別の『死喰い人』が命令を叫ぶ。仮面越しでくぐもっていたがクローディアには相手がわかる。
「マルフォイ!」
クローディアは怒鳴り声を張り上げた。返答はなく、『死喰い人』達の杖が2人に向けられた。
(影を使えばいい!)
胸中で叫んだのは、刹那。
「優しい奥様に近寄ってはなりません!!」
甲高い声と共に、『死喰い人』の1人が明後日の方向に吹き飛ばされた。誰もが動揺したが、母だけが何かに気付いて笑顔になった。
〔妖精さんさ!〕
母の声と共に、再び『死喰い人』が飛ばされた。事態が飲み込めず、『死喰い人』は周囲を警戒する。それ隙と見た母はクローディアの手を引き走り出す。
「モースドール!(闇の印を!)」
何処からともなく、地上から緑の光が放たれた。
「――――ああああ!」
急に3人の『死喰い人』が恐怖に駆られて叫んだ。
叫び声につられ、走りながらクローディアは空を見上げる。緑の煙が巨大な髑髏を空に描く。しかも、髑髏から舌ではなく蛇が這い出していた。
『闇の印』。【闇の魔術の興亡】にも記載されている。『死喰い人』が己の所業を他者に恐怖させるための証。それがクローディア達の頭上に浮かんでいる。
「優しい奥様! こちらです!」
甲高い声に導かれ、テントの影へと母とクローディアは身を潜めた。
「闇の印……が……、どうして……誰が出した?」
微かに聞こえる彼らの声は動揺していた。馬鹿騒ぎを起こしておいて、ヴォルデモートの印が現れた瞬間、怯えだす。
何の前触れもなく、『姿現し』の音が次々と弾ける。20人の魔法使い魔女が『死喰い人』を囲む。
「ステューピファイ!(麻痺せよ)」
呪文と共に『死喰い人』が倒れ込んだ。応戦が起こり、呪文の光が周囲を飛び回った。
「頭を低くなさって下さい!」
近距離から甲高い声が聞こえても姿が見えない。伏せた状態でクローディアは首だけ動かし、周囲を見回す。
母の傍に何かがいた。
フリットウィックより小柄で、キッチン・タオルをトーガ風に被っている。蝙蝠のように垂れた長い耳が『妖精』の印象を確かに与える。
〔お母さん、妖精さんって、その子さ?〕
〔そうさ、確か……ウィンキーってハリーくんが呼んでいたさ。ほら、座席に座っていたって妖精さんさ〕
母はウィンキーに微笑んだ。微笑まれたウィンキーは栄誉を賜るように畏まる。
「ウィンキー、ありがとうさ。……うわあ!」
呪文の光線がクローディアの腕を掠めかけ、驚いた拍子に悲鳴を上げる。誰かがそれに聞きつけて近寄って来る。一気に緊張し、影を使おうとした。
「誰かいるのか! ……クローディア! それに奥様!」
凄んだアーサーは相手を確認し安堵の息を吐く。クローディアも緊張を解いた。
「駄目だ! アーサー! 逃げられた! くそ!」
別の魔法使いが至極残念と悔しがる。気付けば、応戦の音が止んでいた。クローディアが立ちあがり、母もアーサーの手を借りて起きあがる。
「奥様、もう大丈夫ですよ。我々が来たからには安心です。こちらはエイモス=ディゴリー、私と同じ魔法省の魔法使いです。奴らは逃げて行きましたよ」
汗だくだが、アーサーは優しい声で母に声をかける。ディゴリーはクローディアと母を見比べながら、周囲の惨状を見渡す。
「まったく『闇の印』とはやってくれる」
『死喰い人』の言葉を思い返したクローディアは、アーサーの服を掴んで報せる。
「あの……あいつらの中にマルフォイのお父さんがいました」
「本当かい?」
驚きつつも、目を輝かせたアーサーはディゴリーと顔を見合わせてすぐに他の人々に大きく手を振る。
「目撃者がいたぞ! ルシウス=マルフォイどもの仕業だ! この子が奴の声を聞いている!」
ざわめきが起こり、人々が集まって来る。寝間着姿の人もいれば、きっちりと服を着込んだ人もいた。視線がクローディアと母に注がれ、緊張で胃が刺激される。母が不安そうにクローディアの肩を抱く。
それを見て、アーサーが優しく宥める。
「大丈夫、聞かれたことだけ答えて」
「この2人か?」
スーツを見事に着こなしたバーテミウス=クラウチが前に出る。白い手袋から神経質そうな印象を受けた。彼はクローディアを睨むような目つきで探ってくる。そういう視線には慣れたもので、毅然とした態度で臨んだ。
「はい、私はクローディア=クロックフォードです。ホグワーツ魔法学校の生徒です。先日、16歳になりました」
「16歳にしては、君は若いように見える。年齢を誤魔化しているのではないか?」
厳しい口調でクラウチは言い返す。そして、母へと視線を向ける。途端にクラウチは、目から鋭さを消した。それでも厳格さだけは残っている。
「君も……ホグワーツの生徒かね?」
「こちらはマグルの奥様でいらっしゃる。この子の母親だ」
アーサーが答え、クラウチは奇妙な頷きを見せる。
「マグルでは状況を忠実に説明できまい」
そして、再び目を鋭くしたかと思えば、クローディアの眼前に迫る。
「ルシウス=マルフォイの顔を見たのか?」
「いいえ。ですが、あの声はマルフォイです。確かです」
答えが気に入らず、クラウチは更に眉間のシワを強くした。
「他に目撃者は?」
「ウィンキーという妖精がいます。私達を『死喰い人』から、助けてくれました」
周囲から、歓声のような声が上がる。
「流石はバーティの『屋敷しもべ妖精』、今大会におけるマグル安全対策を忠実に守ろうとしたのね」
ウールのガウンを着た魔女がクラウチに称賛の声をかける。その言葉から、ウィンキーが『屋敷しもべ妖精』だと理解できた。
(あれが……へえ)
クローディアがウィンキーを振り返ろうとする。しかし、その前にクラウチの憤怒の表情が視界に入り、思わず硬直した。眉間のしわを寄せ、上唇が捲れている。まるで、校則違反した生徒に憤慨するマクゴガナルのようだ。
「バーティ……、どうした? 『屋敷しもべ妖精』は立派なことをしたんだよ」
アーサーの言うとおり、誰もクラウチを侮辱していない。それなのに、クラウチは大失態と言わんばかりに唇がわなわなと震えている。
「ウィンキー!!」
唐突にクラウチは大声を張り上げる。呼びかけと言うより、怒鳴り声だ。音ひとつなく、クラウチの足元にウィンキーが現れた。
ウィンキーはすっかり怯え、ぶるぶると痙攣している。
「信じ難い……、私の言いつけを破りおった……」
侮蔑の眼差しでクラウチは、ウィンキーを睨んだ。睨まれただけなのに、命を握られたようにウィンキーは息苦しそうに喘いでいる。
「わたしぃ達は、襲われかけぇましたぁ。妖精さんはぁ、助けてくれました」
理解不能と苛立った母がウィンキーとクラウチの間に立つ。クラウチは、母とウィンキーを交互に見つめて深呼吸する。
「これは、主人としもべの問題である。そうだろう、ウィンキー。テントにいるようにと命じられたにも関わらず、マグルを助けんが為にそれを破った!!」
「良いことだ! バーティ! 相手は少なくとも5人はいた! 彼女1人で、どうやって対抗しろと言うんだ!」
アーサーが説き伏せようとしても、クラウチが手で制す。何故か知らないが、クラウチは命令無視を行ったウィンキーに激怒している。叱責を受けたウィンキーは、目に涙を浮かべ縋るようにクラウチを見上げる。
こんな状態を作り出したのは、クローディア達だ。ウィンキーへの居たたまれない気持ちとクラウチへの理不尽さで心臓が騒ぐ。
「お願いです。ウィンキーを叱らないでください。私達は本当に危ない状況でした。マルフォイは私達を捕えるように他の人に指示していました! 助けを呼ぶ暇もありませんでした!」
頭を下げてクローディアは懇願する。
身体に籠る怒りを抑えつけた声で、クラウチはアーサーを睨む。
「アーサー、この2人をここから連れて行け。証人には満たんし……。いつまでも、ここにいさせるべきではない」
アーサーは『闇の印』を見上げてから、慎重に頷く。
「デリトリウス!(消えよ!)」
ディゴリーが杖を掲げ、叫んだ。霧が晴れるように髑髏と蛇が消え去った。
「さあ、おいで」
有無を言わさず、アーサーはクローディアと母をその場から、離れさせた。
クローディアはウィンキーを振り返る。しかし、ウィンキーはクラウチだけを見ていた。捨てられかけた子犬ように震え、訴えかけるような目をしていた。
「ウィンキーは悪くないんです。ウィーズリーさんからも言って下さい」
「あの『屋敷しもべ妖精』のことは私のほうで話してみるよ。だから、ここから離れなさい」
〔妖精さんが可哀想さ!〕
母は日本語で何度も、喚く。もう一度、クローディアが振り返ろうとした時、手が腰元に触れる。服の中に違和感がある。背中を弄ってみると、杖が手に触れた。
しかし、クローディアの杖ではない。杖は家に置いて来たからだ。背中から、杖を取り出す。妙に見覚えのある杖だ。
「ハリーの杖さ」
「え? ハリー? ハリーがどうしたんだい?」
不思議そうにアーサーがクローディアを見やるので、杖を見せる。
「ハリーの杖が私の服にあったさ」
「きっと、逃げている最中に入ってしまったんだろう。大騒ぎだったし」
「こんなところにおったか!!」
何もない宙を滑りながら、トトが現れた。
「おお、アーサー殿。娘と孫が助かりましたわい。それとおっしゃられた管理人のご家族は、危惧された通り襲われかけておった。手を出される寸前で食い止められましたぞ」
「それは何より! ちょうど良かった。お2人をお願いします。私は子供達を探しに行きます」
「おじさん、杖をハリーに渡して下さい」
アーサーは杖を受け取り、『姿眩し』した。
〔瞬間移動したさ!〕
驚いた母は、声を上げた。
テントに戻ると、ロジャー、シーサー、ディヴィがいた。シーサーはディヴィから離れないように、その身体にしがみ付いていた。ロジャーは、クローディアを見た途端、飛び付くように抱きしめてきた。
「良かった……心配した……本当に……」
震える彼の声を聞き、クローディアは胸が締め付けられた。
「ごめん……、心配してくれてありがとうさ」
ロジャーの背に手を回そうとしたクローディアをトトが引き離す。
「『闇の印』を見た時は、皆さんが犠牲になったのではないかと……」
ディヴィが母の手を取り、心配そうに擦る。それを見て、またトトは2人を引き離した。
「ドリス達は怪我人の治療にあたっておる。皆は寝ておれ。夜が明けたら、すぐに帰るぞ」
号令といわんばかりに、それぞれが寝台へ行く。
クローディアは外の惨状を眺め、何もない夜空を見上げる。『闇の印』が開戦の狼煙だと脳髄の奥で囁く声がする。いずれ現れるクィレルを思えば、闘争心で胸が騒いだ。
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自動車が道路を行き交う。歩道では残り少ない夏の休暇をどう過ごすか話し合う。
窓から外の光景を眺め、コンラッドは暖炉の傍で椅子に腰掛ける元『闇払い』に視線を転じる。客間には2人の他にもシリウスがいる。何故か、絨毯に正座させられている。
何処にでもある民家に魔法使い3人が集まっているなど、外にいる者は誰も気づかない。この民家が元『闇払い』アラスター=ムーディの住処だと、近所に住むマグルは誰も知らない。
コンラッドは機械的な笑みでムーディに敬意を払う仕草で言葉を放つ。
「『三大魔法学校対抗試合』の不正取締委員をなさるのは、私としても有り難い。ですが、この男の保護観察を他者に委ねるのは如何なものでしょう? あなたには……」
「言いたい事はわかるぞ。クロックフォード。わしとて先日の『闇の印』に、こやつが完全に無関係とは言い難い」
シリウスの口元が痙攣する。
「だが、シリウスは手紙を書いていた。わしは何度も読み直して出させる許可を与えた。あのシリウスが闇の魔術で誤魔化された別人ではない。この目に賭けていい」
青き隻眼を指差し、ムーディは断言する。
「この2月近く、シリウスの面倒を看て来た。少々、我慢が弱く短気だ。しかも、思慮に欠ける。故に信頼に足る者に引き継がせる。ダンブルドアは承知済みだ」
勝ち誇ったようにシリウスは薄ら笑みを浮かべる。
コンラッドは笑みを消さず、ムーディを真正面から見据える。
「後任はどなたに?」
「名はいえん……。と言いたいところだが、それでは話がすすまんので教えておこう。ニンファドーラ=トンクス、将来有望な『闇払い』だ。本人の前ではいわんが、コイツは大物になると踏んでおる」
珍しく愉快げな口調のムーディは胸を張る。シリウスにとっても大歓迎の相手だ。ニンファドーラ=トンクスは気を許せる数少ない血縁・従姉アンドロメダ=トンクスの娘である。きっと、対当に扱ってくれることだろう。少なくとも、コンラッドよりはマシだ。
コンラッドから笑みが消え、目を細めて冷淡な表情に変わる。
「彼女はまだ若い、男の従姉の娘だ。色眼鏡で判断しないと言い切れますか?」
「油断などせんとも。それをするようなら、わしは不正取締委員会を断っとる」
沈黙が流れ、コンラッドは諦めたように息を吐く。
「従いましょう、マッド‐アイ。ただひとつだけ、お願いがあります。この馬鹿に制約魔法をかけさせて下さい。ニンファドーラ=トンクスに無礼を働かないようにするための処置です」
「よかろう」
「ちょっと待て! 私が何をすると……グフ」
我慢の限界とシリウスが声をあげると、見えない力で首を絞められる。
コンラッドによるものだ。シリウスが声を出せば、首が絞まる魔法を施していた。話に割り込んでこさせないためのものだ。
喉への圧迫感に顔を歪めるシリウスをコンラッドは普段の機械的な笑みを浮かべる。
「君と話す時間はない。悪く思わないでくれ」
親しみやすい口調だが、その眼差しは嫌悪に満ちていた。
閲覧ありがとうございました。
観客席のジュース売りは多分いるだろうと思い、幻の金貨の伝説もあればいいなと付け足しました。