重大な事件の前には予兆があるものです。些細で見えにくいモノ程、大事件になります(恐怖
森林の奥、人の手入れがなされない獣道を歩き続け、行き着く先は水溜り程度の池だ。池の周囲に人はおらず、鳥の囁きだけが耳に入る。
虫籠からベッロを解き放ったコンラッドは身を屈めて池へと手を伸ばす。指先が水面に触れ波紋を広げて、捲れ上がった。捲れた水面は、そのままベッロと共に飲み込まれた。
――視界が水面に包まれたのは、一瞬。
弾くように水面が消えると森林でなく、民家の玄関口にコンラッドは立つ。否、家と呼べる場所ではなかった。
窓のない壁や床には火災に覆われた跡として黒く焦げ果て、崩れた天井のカスが散らばっている。天井の先から水面が硝子窓のように光を入れている。朽ちかけた柱は、手を触れれば脆くも崩れ去った。
かつて、母子が寝起きしていた家は無人で手入れもなくただ朽ちるのを待つのみ。己の生家の荒れ果て姿は、コンラッドに何の感情も湧かせない。
ベッロが嬉しそうに舌を出し入れし、瓦礫の隙間を這って隣の部屋へと行く。迷うことなく、コンラッドもベッロに続く。家具すらも燃え尽きた黒い部屋に、黒衣の幽鬼が立っている。足元を這う蛇を抱き上げ、睨む。
コンラッドは黒衣の幽鬼に向かい、親しげな笑みを見せる。
「来てくれるとは思わなかったよ。セブルス」
笑みも返さず、スネイプは室内を見渡す。
「ここには、おまえの寝室だったが見る影もないな」
「どういうわけか燃えてしまったからね」
興味なさげにコンラッドは肩を竦める。その態度が癪に触ったスネイプは睨みを強くし凄んだ。
「我輩の質問に全て答えろ。コンラッド」
敵意に満ちた殺意が込められても、コンラッドの笑みは崩れない。
「残念ながら、君の質問には何一つ答えられない」
スネイプの眉が痙攣し、ベッロを離した。蛇は2人の間でトグロを巻き、動かない。
「では、何の用かね? 保護者面談にしては場所が悪い。まさか、円満な家庭の自慢話ではないでしょうな?」
剣呑なスネイプに対し、コンラッドは表情をひとつ変えず、口を開く。
「マッド‐アイがブラックの保護観察の任務を降りた。後釜にニンファドーラ=トンクスが添えられたよ」
「ワールドカップの『闇の印』が原因か……」
険しかったスネイプは忌々しげに口元を歪めて舌打ちする。舌打ちしている隙に、コンラッドは彼の左腕を掴んだ。
不意を突かれたスネイプは焦る。その位置には腕に刻まれた『闇の印』があるからだ。
「最近、ここに変化はあるかい?」
深刻な口調と共にコンラッドから笑みが消える。表情の変化にスネイプは少なからず驚き、胸中に渦巻いていた敵意と殺意が萎えていく。
微笑まないコンラッドは端整な顔立ちをより機械的な印象づける。無表情とは裏腹に彼の胸中は複雑な感情が入り乱れているのだと、スネイプには感じとれた。
「……それを聞くために呼び出したな? ……我輩の質問には答えんと言いながら……」
「全てを知りたいなら、『開心術』でも使ったら、どうだい? 私は君を相手に『閉心術』は使わない。さあ、知りたいだろう?」
スネイプの腕を掴む手に力を入れ、コンラッドの口元が弧を描く。
「『開心術』を使わんでもせん限り、何も話さんつもりか……」
コンラッドの手を振り払い、スネイプは睨みを利かせる。
先ほどの敵意ではなく、悲哀に満ちた眼差しにコンラッドは困り果てた笑みを見せる。
「君がリリーを忘れない限り……、私から君に話すことは何もない」
紡がれた名を耳にし、スネイプの肩がビクッと痙攣する。
「その名を口にするな……」
震える唇は怒りよりも哀しみが勝る。無意識にスネイプの手が己の腕に刻まれた『闇の印』に触れる。その仕草を眺めたコンラッドはベッロを一瞥し、背を向けた。
「君が彼女を忘れ去り、その印を捨て去る気になったら、私を呼ぶといい」
歩き出したコンラッドの背に、スネイプは悲痛な声を上げる。
「コンラッド……。あの娘は誰の子だ?」
それが誰を指しているのかはコンラッドはすぐに見当がついた。足を止めて首だけ振り返る。いつもの機械的な笑みのまま、答えた。
「クローディアは私と同じ血が流れているよ」
心臓に杭が突き刺さる感触を受けたスネイプは愕然と目を見開いた。その反応を楽しむように、コンラッドが喉を鳴らして笑う。
「ならば……我輩は……、それ相応の態度をとるまでだ」
精一杯の強気だとスネイプは自覚している。クローディアはコンラッドの娘などではないという確信がものの見事に打ち砕かれ、動揺する己が情けない。
「セブルス」
挨拶するような軽い口調で呼びかけられ、スネイプは目を丸くする。まるで先ほどのやり取りがなく、いま出会ったかのような印象さえ与えられた。
「君になら、あの子を殺されても構わないよ」
感情の読めない紫瞳が全てを嗤っていた。瞳だけではなく、口元さえ妖しく美しい弧を描いている。その表情にスネイプは久しくコンラッドに恐怖じみた寒気を覚える。
コンラッドは彼が知る誰よりも狡猾にして残忍、そして無垢なのだと思い出した。
それから2人は一言も発しなかった。ベッロが舌を鳴らす音だけを耳にする。やがて、嗤った笑みを崩すことなくコンラッドは去っていった。
彼の去り行く背中を見つめたスネイプは、コンラッドとクローディアが父子であることを疑念する。何故か、それだけは外れていないという確信が以前にも増して強くなっていた。
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自然と意識が覚醒したクローディアはカーテンを開く。空が雲に覆われているため薄暗いが、夜が明けていると教えるには十分な光を射す。
(今日はロンの家に呼ばれてるさ)
ロンから誘いの手紙を受けた。ハリーに気がかりなことがあり、早急にクローディアと話したいらしい。こちらも『闇の印』の晩からハーマイオニーの顔を見ておらず、大賛成だ。それにクラウチがウィンキーに何をしたか知りたい。
朝食を求めて下りて見れば、食卓にはアサリの御吸い物と納豆が用意されている。しかし、コンラッド達の姿がない。ドリスはカサブランカとベッロに餌やり中だ。
「あれ? お父さんとお母さんは? ……お祖父ちゃんもいないさ」
「コンラッドは祈沙とおデートに向かいました。トトは慌ただしく出かけて行ったわね」
語尾を冷ややかにドリスは不在のトトに向かって悪態をつく。
トトが誤ってマルフォイに情報を伝えたことを根に持っている。コンラッドは『いずれ知られただろうから、構わない』と許した。
「今日はロンに家でハリーとご飯さ」
「そうですねえ。楽しみね」
ハリーの名にドリスは瞬時に明るくなった。その後、上機嫌に外着を選ぶ彼女がまるで年頃の娘に見える。
明後日の新学期に備え、クローディアは宿題に抜かりがないかを確認する。畳の上に寝転がり、予習として【基本呪文集・4学年用】に目を通した。
机の上にはルーナやクララなどから送られた手紙で埋め尽くされており、勉強が出来ない。何処から知れたか、クローディアが『死喰い人』に狙われたという話を聞きつけ、身を案じてくれた。しかし、量が多い。ロジャーは毎日のように手紙をくれる。
「お時間ですよ!」
声を弾ませたドリスに呼ばれ、クローディアは居間の暖炉に向かった。
『隠れ穴』に着き、暖炉の前にはモリー、ビル、チャーリー、フレッド、ジョージ、ロン、ジニー、ハリー、ハーマイオニーが暖かい笑顔で迎えてくれた。
「ハリー! まあ、よくぞ御無事で!」
ハリーを目にした途端、ドリスは彼を我が孫のように抱きしめた。その間、ロン、ハーマイオニー、フレッド、ジョージがクローディアに詰め寄った。
「クローディア! パパから聞いたけど」「新聞にはあなたのことは載ってなかったわ」「あいつらに何かされなかった?」「俺達のテントにくればよかったのに」
一度に話しかけられ、クローディアも対応に困る。
「お黙り! シレンシオ!(黙れ!)」
モリーが杖を振るった瞬間、4人の口が強制的に閉じられた。深呼吸した彼女はクローディアに優しい笑みを見せる。
「よく来てくれたわ。さあ、お昼にしましょう」
「お招きくださり、光栄です……」
笑顔のモリーが何処か不気味に感じた。
食卓に着く際、クローディアは室内を見渡して、もう1人探すがいない。
「ジュリアは……いないさ?」
「あの子はワールドカップの後に帰ったよ。ジュリアはすごい。騒ぎが起こった時、俺達のテントでずっと寝てたって言うんだ。感心しちゃった」
感嘆の声を上げるチャーリーにクローディアは取りあえず頷く。騒ぎに動じぬ鈍感さを褒めるべきか警戒心のなさを嘆くべきか、ジュリアに対する評価は付けがたい。
食事の間、皆、一様に沈黙していた。
ドリスとモリーが服装や身だしなみの話をするが、それ以外は静かなものだ。皆の本心はわかっている。ワールドカップでのことを聞きたいが、モリーが目を光らせている間は駄目だ。それでも、無意識に視線がクローディアに集中する。
(視線が痛いさ……)
何気なく、クローディアはビルを視界に入れる。途端に話題を思いつく。
「あの、ビルお兄さん。……友達から聞いたんですけど……レプラコーンの……幻の金貨の噂を」
スプーンの手をとめ、ビルはクローディアに笑いかける。
「あの金貨のことなら、本当だ。今でも厳重に保管されているし、四六時中、消えないか見張られているよ。保管されてから50年くらい経つけど、1日どころか一瞬も消えたことないそうだ」
現役銀行員の言葉だ。疑う余地はない。
「幻の金貨って何?」
興味津々にジニーが説明を求める。ビルが掻い摘んで説明した。
「レプラコーンの金貨が一晩で消える!?」
ビルの説明を聞き、吃驚したロンが大声を上げる。
「ロン、声を押さえて!」
ハーマイオニーに叱責されたが、ロンは深刻な表情で返事をしなかった。
食事が終わり、クローディアはモリーやドリスと食器を片づけようとした。それをジニーが止める。
「クローディアはお客様だもの。ロンの部屋でも見てきたら?」
「そうだよ。クローディア、おいでよ」
ロンとジニーが目配せで、クローディアに訴えかける。気付いたようにチャーリーが食器を流しに運び出した。
「俺が手伝うから、いいよね? ママ?」
「ええ、勿論だわ。ロニー坊や、クローディアを案内してあげて」
上機嫌にモリーがロンを促す。
「ロンの部屋、見てみたいさ」
わざとらしく声を出し、クローディアはロンに連れられて屋根裏に上がった。
階段を上がるとわかるが、この家は風車小屋のように柱や梁が丸見えだ。それがとても暖かい雰囲気を醸し出す。『若草物語』に出て来る家にも似ている。まさに故郷の家というべきだ。
ロンの部屋は男の子らしい空気がある。何処かのクィディッチチームのポスター(こっちを見て笑い、手を振ってくる)、窓際の水槽にネビルのトレバーに負けない大きさの蛙が一匹棲んでいる。4つの寝台を通り、クローディアは小さい鳥籠にいるロンの新しいフクロウに笑いかける。
「あ、この子。名前付けたさ?」
「ピッグだよ、ピッグウィジョン。ジニーが名前付けちゃったんだけどね」
ピッグウィジョンはクローディアに挨拶するように鳥籠の中を飛び回る。
「良い部屋さ。魔法使いが住んでそうさ」
「僕、魔法使いだよ」
不思議そうにロンは苦笑する。
「それだけ、素敵ってことよ」
ハーマイオニーはハリーが部屋に入ってから戸を閉める。
「さて、何を聞きたいさ? ここ座っていいさ?」
「ああ、フレッドの寝台だ。どうぞ」
ロンに進められ、クローディアは寝台に腰を下ろす。向かい合うようにハリーも座る。
「クローディア、早速で悪いんだけど、僕の杖を何処で見つけたか教えてくれる?」
「私の服の中に入り込んでたさ。おじさんは逃げる途中で何かの拍子に入ったかもしれないって言ったさ」
考えてみれば、奇妙な話だ。全く別方向にいたクローディアとハリーが何処で擦れ違えば、杖が服に入るというのだろう。
「僕、騒ぎが起こって逃げた時には杖を持ってなかったんだ。何処でなくしたかは、わからない」
「つまり、誰かが持ち出したかもしれないの」
ハーマイオニーが付け加える。
「持ち出した杖を私の服に入れたさ? 何のためにさ?」
「君が盗んだように見せかける為とか?」
ロンの発言は、的を得ている。
「詳しい状況を教えて、あの時、何があったの?」
ハーマイオニーの質問にクローディアは当日の記憶を思い返す。見たことをありのままに説明した。
「ウィンキーが責められたですって!?」
仰天したハーマイオニーが声を荒げる。ロンが彼女の口を塞ぐ。あまり騒げば、下にいるモリーとドリスに気付かれる。
「君のお母さんはウィンキーにジュースを上げたんだ。もしかしたら、ウィンキーなりのお礼だったのかもしれない。前に話したドビーっていう『屋敷しもべ妖精』も僕にお礼をしようとした」
「恩返しなら、ますます、私らのせいさ。可哀想にウィンキーは泣き出しそうにしてたさ。おじさんは口添えをしてはみるって言ってたさ」
茶色い瞳に涙を浮かべたウィンキーの姿が脳裏に浮かぶ。酷い目に合っていないことを祈るだけだ。
「もし、ウィンキーがクビにされたら、私、クラウチさんを幻滅するわ。だって、ウィンキーは高所恐怖症なのに、あんな高い所の席を守っていたんですから! 言いつけだからって!」
「それ、パーシーの前で言うなよ。パーシーの崇拝する上司なんだから」
パーシーは念願の魔法省勤務が叶い、仕事が楽しくて仕方ないらしい。『国際魔法協力部』のクラウチは、規律、規則に厳格で容赦がなく、仕事もそつなくこなす。
そこにパーシーは憧れている。ロン曰く、兄は恋する乙女の状態だ。
「僕なら、バグマンがいる部署にするな。そのほうが楽だよ、絶対」
「けどロンが行方不明になっても、バクマンさんは探してくれないよ」
ハリーがロンに冗談を言う。笑ったロンを見て、クローディアは急に思い返す。
「バーサ=ジョーキンズ……」
ドリスとマデリーンが彼女の話をしていた。
「ええ、聞いたわ。バグマンさんの部下なんですって、休暇で旅行に行ったっきりらしいわ。キャンプ場で、バグマンさんにウィーズリーおじさんがバーサ=ジョーキンズを探すように言ってたけど、聞く耳を持たなかったわ」
あのお喋り魔女が行方不明、非常に不吉な予感がする。
〝いつか、命を落とすだろうね〟
脳髄の奥でコンラッドの声が囁いてきた。
急に黙り込んだクローディアに向かい、ハリーは躊躇うように声をかける。
「実は君に言ってないことがあるんだ。その……ワールドカップが始まる3日前に、……額の傷が痛んだんだ」
傷が痛むなど、久しぶりだ。『賢者の石』の件以来といえる。あの時から、今日までハリーの傷が痛んだ話はなかった。尚のこと、ジョーキンズの消息が気がかりだ。
「あの『死喰い人』の中に、クィレルもいたと思うさ?」
「それは……わからない……」
煮え切らない態度でハリーは返答を渋った。
「ルシウス=マルフォイは絶対いたぜ。あのドラコ=マルフォイが自分の父親がいるように言ってもん。マルフォイの奴、ハーマイオニーも襲われたらいいみたいに言ってたぜ」
「OK。次にマルフォイの顔を見たら、一発パンチさ」
クローディアはロンと親指を立てて誓う。
「ねえ、クローディア。『闇の印』が出た時、『死喰い人』達はすごく驚いていたって言ったわよね? どうして、彼らは驚いたのかしら?」
ハーマイオニーに指摘され、クローディアはハリー、ロンと顔を見合わせる。
「予定外とか?」
何となくロンは意見する。その意見を踏まえ、クローディアはもう一度、あの日を思い出す。『死喰い人』に杖で迫られた時、ウィンキーが助けてくれた。1人は飛ばされた。まだ残り4人がいた。母が走り出した後、『闇の印』を放つ呪文を聞きとった。あいつらとは逆の方向からだ。だが、そこには誰もいなかった。
「……騒ぎに便乗して、他の『死喰い人』が放ったということさ? まさか、クィ……」
急に戸がノックされる。
「クローディア、帰る時間だって」
「いま、行きます」
ビルに答えてから、クローディアは真剣な眼差しでハリーを見る。
「次に傷が痛んだときは、ベッロを護衛にさせるさ」
「うん、任せるよ」
真摯に受け止めたハリーは頷いた。
休暇を終えた新学期だ。あの『闇の印』から、1週間経った。
一昨日にハリー達と話し、クローディアの眠りが浅い。時計を見れば、夜明け前だ。無理して目を瞑ったが、時計の針の音が煩い。
仕方なく顔を洗い、衣服を着替えた。朝食を摂りに下りると、既に起床していたドリスとトトが彼女の早起きぶりに驚く。
「もう少し寝ていなくてよろしいの?」
「うん、お祖母ちゃん。なんだが、目が覚えて眠れないさ」
「具合が悪いのではあるまいな。寝る子は育つぞ」
トトの心配する態度が少しだけクローディアの気に障る。眠りたくても、脳が活性化して眠れないのだ。その理由に『闇の印』やクィレルが絡んでいるなど、言えるはずもない。
「リータ=スキーターったら、もう少しマシな記事が書けないものかしら」
ドリスは【日刊預言者新聞】を読みながら、悪態つく。近頃、彼女は苛立っている気がした。
〔納豆にはネギさ〕
5人が食卓を囲む光景も一週間もすれば、慣れてしまう。しかし、クローディアは新学期が始まるため寮生活に戻り、母とトトは日本へ帰国する。5人が揃うのは最低でも来年になる。少し淋しい気持ちに駆られたの心情を余所にコンラッドが問う。
「マッド‐アイ・ムーディを知っているね?」
勿論、クローディアは知識としてその魔法使いを確認している。
歴代の『闇払い(オーラー)』で最も偉大な魔法使い。現役時代は豊富な知識と洞察力によって多くの闇の魔法使いを更なる闇に葬り、生き残れた者は全てアズカバンに投獄させた。しかし、『闇払い』として優秀すぎたムーディは被害妄想と人間不信によって引退したと【黒魔術の栄枯盛衰】に記されていたはずだ。
呑気に卵を割る母の隣で、コンラッドは薄ら笑いを浮かべる。
「シリウス=ブラックの保護観察だったが、任を解かれた」
反射的にクローディアは眉間にシワを寄せる。不意にダイアゴン横丁で目にしたことを思い返した。シリウスの傍にいた異質な義眼の魔法使い、間違いなくムーディその人だ。推察通り、保護観察者だった。
「後任は誰さ?」
「おまえの知らない人だよ」
「クローディア、時間があるから少し横になっていなさい」
わざとらしく咳払いしたドリスが、クローディアを2階へ追いやった。
追いやられ、床に這い蹲り、耳を澄ませ会話を聞き取ろうとする。ドリスが不機嫌にコンラッドを責めているが、トトが仲裁している。
「保護観察者のことはいずれ、わかることじゃ。問題は何処までブラックの行動を抑制できるかじゃな?」
「ブラックは堪え性のない男です。私も面会を増やして行きますが、効果は期待できません」
「勝手な行動はダンブルドアの信頼を傷つけることになります。いくら、ブラックが愚かといえど、そこまで間抜けでは救いようがありませんわ」
〔醤油、忘れたさ〕
簡単に盗み聞きしたクローディアは、シリウスへの不愉快さに奥歯を鳴らす。
シリウスの無実が証明された時、新聞の扱いが哀れだと思いはした。しかし、『叫びの屋敷』で植えつけられた嫌悪感は拭いきれない。それがただの偏見だと指摘されようが、決してシリウスに好意など持たない。
不快な思いを誤魔化そうと、トランクの中を改めだした。必要な衣服と教科書を詰め込む。スパッツを畳んでいるとき、妙な膨らみに気づく。手を入れて確認すると、硬貨が出てきた。
しかし、ただの硬貨でなく。レプラコーンの金貨だ。
全身に高揚のざわめきが駆け巡る。
(幻の金貨さ……)
手の中に感触を確かめ、クローディアは金貨を指で弾いた。
身支度も終え、ベッロを入れた虫籠とトランクを抱えて玄関口に立つ。普段のようにドリスが駅まで見送りに来る。
はずだったが、見送りはドリスだけでなく、コンラッド、トト、母もいる。トトと母が見送りに来たがるのは、クローディアでも理解できる。しかし、彼まで着いてくるのは、これが初めてで意外だ。
「お父さんも見送りさ?」
訊ねるクローディアに、コンラッドはいつもの機械的な笑みで答える。
「そうだよ。嬉しいかい?」
「うん」
素直に答えるクローディアに何故か母が照れる。不思議とこれが金貨の効果なのかと、自身に問いただした。偶然でも、家族が揃って自分を見送る。
素直にただ嬉しい。
余裕を持つのは良い事。毎年1時間前にキングズ・クロス駅9と3/4番線に到着し、紅の機関車を時間たっぷり眺める。眺めているのはクローディアではなく、母だ。手にしたカメラでホーム中を撮りまくっている。
正直、恥ずかしい。
〔お祖父ちゃん、やめさせてさ〕
〔気が済むまでやらせてられい〕
気恥ずかしそうにトトも、母から目を背ける。
ホームに現れたペネロピーに、クローディアは挨拶する。誇らしげな彼女の胸には『首席バッチ』が飾られていた。
「ワールドカップのパンフレット、ありがとう。そういえば、会場でジュリアに会ったわよね?」
「ペネロピー、ジュリアを覚えてるさ? 彼女、すっごく大人っぽくなってたさ」
その時の状況を説明し、ペネロピーは頷く。
「ジュリアと私、お向かいさんだものよ。しかも、小さい頃から私に対抗心を燃やしてたの」
意外な真実だが、ジュリアがペネロピーに必死に対抗している姿が容易に想像できる。
「じゃあ、ジュリアとジョージの話も知ってるさ?」
「ええ、冬の休暇で帰省したときに、散々自慢されたわ。ジュリアも私がパーシーと付き合っていたこと知ってるから」
嘆息するペネロピーはパーシーとの交際を過去形にした。故にクローディアは追求しない。
「ところで、あそこで写真撮ってる人。クローディアにソックリだと思うけど、家族?」
正面から汽車を撮る母をペネロピーは親指で指差す。
「え~と、日本から来てるお母さんさ。英国は初めてでさ……」
機関車に近寄りすぎた母が線路に落ちそうになり、コンラッドが助けた。
「お父さん、お母さん。友達、紹介するさ。ペネロピー=クリアウォーターさ」
ペネロピーに両親を紹介し終えたとき、ルーナがホームに到着した。
ルーナはコンラッドを目にし、瞬きせずに凝視する。視線をモノともせず、彼は彼女に微笑みかける。
「君がルーナ=ラブグッドかい? いつもクローディアの面倒を見てくれてありがとう」
目を輝かせたルーナはコンラッドへ頷き返す。
(私が面倒見られてるさ)
ルーナが嬉しそうに口元を緩ませているので、クローディアは口を挿まない。
汽車に乗り込み、コンパートメントに荷物を積む。その隣でルーナが囁いた。
「クローディアのお父さんって、お父さんって感じじゃないね。クローディアみたい」
「え? 私がお父さんに似てるさ? よくお母さんに似てるって言われるさ」
窓の向こうで、ラブグッドがドリスへ一方的に『闇の印』の話をする。その隣では、母はコンラッドとフクロウを指差し、何か話し込んでいる。
「クローディアはお母さんとは全然、違うよ」
「私とお父さんが似てるさ、そうかな? なんか、嬉しいさ。ありがとうさ」
悪い気がしないクローディアは満面の笑みでルーナの頭を撫でる。
クローディアの手の下で、ルーナは深刻そうに目を細めていたことに彼女は気づかない。
「あ、いたいた。クローディア! 元気だったかい!」
コンパートメントにロジャーが飛びこもうとしたが、セドリックが引き止めてくれた。
「やあ、おはよう。クロックフォード。父さんから聞いたけど、大丈夫だった? 魔法省ではルシウス=マルフォイが騒ぎの首謀者だって皆、噂しているらしいよ」
「……ディゴリーのお父さんも魔法省さ?」
意外思いながら、クローディアは「エイモス=ディゴリー」の名を思い返す。あれがセドリックの父親とは、わかりにくい。
「こいつの親父さんは『魔法生物規制管理部』だよ」
「ハグリッドの大敵だね」
ロジャーが説明すると、つま先立って背筋を伸ばしたルーナが声を上げる。2人は彼女に気がついていなかったらしく、驚いていた。
「どうして、ルシウス=マルフォイは、……逮捕は無理でも、任意で取り調べとかできないさ?」
「ファッジ大臣が彼を庇っているからだよ。ルシウス=マルフォイは先日、聖マンゴ魔法疾患傷害病院に多額の寄付をしたんだ。そんな仁徳のあるマルフォイ閣下がマグル苛めなんてするわけないって、ファッジ大臣は本気で考えている」
悲痛そうにセドリックは、ロジャーを振り返る。同調したロジャーも肩を落とす。
「『例のあの人』が倒れた時のことをファッジはまるで御伽話のように昔のことだと思ってやがる。いまでも『死喰い人』が残した犠牲者がいるって、忘れているんだ」
忌々しげにロジャーは吐き捨てた。
「犠牲者……ってさ?」
クローディアが聞き返した時、ドラコがいつもの取り巻きと通りすぎた。
各コンパートメントから、ドラコ達をこっそり盗み見る者が多いが、彼は物ともしていない。寧ろ、堂々とした態度で歩いていた。まるで自分が騒ぎの首謀者であるかのような態度だ。
「『闇の印』!」
そのドラコ達に向かい、ルーナは叫ぶ。慌てたロジャーとセドリックが彼女の口を押さえた。ドラコはクローディアを振り返ったが、不可解なモノを見る目つきを向けただけで何も言わなかった。
ホームが魔法使いで埋め尽くされた頃、ハーマイオニー達も到着した。いつも彼らは時間ギリギリだ。窓から身を乗り出したクローディアは自分の居場所を教える。彼女達は人混みをかき分けて汽車に乗り込んだ。
クローディアはハーマイオニーを呼びに廊下へ出ようとした。
窓の向こうから、コンラッドに呼び止められる。周囲が騒がしいため、クローディアは窓から身を乗り出す。母は行儀が悪いと抗議してきた。
〔今年も静かな年を送るといいさ。バジリスクに石とかは、もうゴメンさ〕
無理やり頭を撫でてくる母はクローディアがルーピンに噛まれたことを知らない。知れば、こんな態度では済まない。笑顔を取り繕い、母に手を振るう。
〔よいか、寝る前に5分は浮く練習をするんじゃぞ〕
トトが背伸びし、クローディアに念を押した。
汽笛が鳴り、汽車が走り始めた。
安全の為、クローディアは座席に腰かける。ルーナと共に己の家族に手を振る。見送りの家族達がホームから手を振る姿は、遠くなり見えなくなった。
「「おはようクロックフォード。……やあ、ラブグッド」」
コンパートメントに荷物を運んできた双子にクローディアは顔を歪める。
「「そんな顔してどうしたいんだい? クロックフォード?」」
「ハーマイオニーが来るのを期待しただけさ」
冷たく言い放つクローディアに双子はわざとらしく泣きべそを掻く。双子を無視し、ジニーが遠慮がちに入ってきた。
「おはようルーナ。休暇は楽しかった?」
「『闇の印』以外は快適だよ」
瞬間に、コンパートメントの空気が重くなった。
「制服に着替えるから、男子は出た出たさ!」
フレッド、ジョージを追い出したクローディアはルーナ、ジニーと制服に着替えこむ。
突然、虫籠が暴れだしたのでクローディアは紐を解く。ベッロは虫籠から這い出て、コンパートメントを飛び出していった。廊下から、甲高い悲鳴が響く。
「ちょっとベッロ、捕まえてくるさ」
廊下に出たクローディアはフレッドとジョージに声をかけてから、怯えた新入生達をすり抜けていくベッロを追いかける。
「クローディア! 無事だったのね」
コンパートメントから、チョウが朗らかに声をかけてきた。
「両親から、あなたの話を聞いたわ」
「マルフォイが疑わしいって皆、噂しているわよ」
マリエッタとミムも顔を出し、微笑んできた。
「私はこの通りさ……ところで」
自然とクローディアは、3人の胸元を見やる。誰も『監督生』のバッチがない。その視線に気づいた3人はそれぞれが恥ずかしそうに苦笑いした。
可哀想なので話題を変える。
「チョウ、新しい箒は用意したさ?」
「……今学期は必要ないの」
何故だが、チョウはマリエッタ、ミムと悪戯っぽい顔をした。また廊下の向こうから、新入生の悲鳴が聞こえた。
ベッロは尻尾を器用に使い、コンパートメントの戸を開く。
「あら、ベッロ。おはよう」
ハーマイオニーの声にクローディアはすぐにコンパートメントに乱入する。ハリー、ロンが驚いた表情で彼女を出迎えた。
「おはようさ、ハーマイオニー。やあ、ハリーにロン」
遠慮なく、ハーマイオニーの隣に腰かける。意気揚々としているクローディアを一瞥したハリーは慎重な様子で戸の施錠を確認した。
「クローディアに話さなきゃならないことがあるんだ」
大事なことだと理解したクローディアは口元を引き締める。
「傷のこと、シリウスに手紙を出したんだ。そしたら、昨日返事が来て、もう一度、傷が痛むことがあったら……校長先生に相談しろって、きっと、『闇の印』について何かを感じ取ってるだろうって」
躊躇いながら説明するハリーは辛そうに眉を寄せる。シリウスを快く思っていないクローディアに出来るだけ気を遣っているのだ。
「いい判断さ。その夢の話は校長先生にとって貴重な情報さ」
真摯な態度の中、クローディアの口元が皮肉っぽく曲がる。嫌悪する相手が的確な助言をしたことが気に入らないからだ。
「ブラックの保護観察だったアラスター=ムーディって、元『闇払い』が任を降りたらしいさ」
「わお! マッド・アイがシリウスの保護観察だったの!?」
ロンが嬉しそうに声を弾ませる。それをハーマイオニーが視線で咎めた。
「すごく厳しい人だって聞いたよ。でも、それだけの人がわざわざシリウスの保護観察を降りなきゃいけない事態って……」
「多分、ただ事じゃないだろうさ」
真剣にハリーは頷く。
「ロン。ウィンキーがどうなったかわかったさ?」
「あ~、それなんだけど……。怒らないで聞いてよ。ウィンキーはクビになったんだ。パパもね、すっごく説得したんだよ。何せ、君のママを助けたんだから……」
一大事だ。
クラウチの代わりにクローディアはロンを睨む。
「だから、怒らないでってば! 僕がクビにしたわけじゃないだろ」
「クラウチさんって、本当に酷いわ!」
頬を膨らませたハーマイオニーが一緒になって、ロンを睨んだ。
「勘弁してくれよ。それより『闇の印』の話だろ。トレローニーのインチキ予言が関わっているって、本当に信じてんのか?」
「ええ、残念だけど……これは予兆なのよ」
怒りを消したハーマイオニーが残念そうに言葉を吐く。
「ふふふ」
ハリーが唐突に笑い声をあげる。その視線の先は、ベッロだ。つられて3人も、ハリーの足元で摺り寄せているベッロを見やる。
「一緒にいるから、心配するなって」
穏やかなハリーは、ベッロを膝に乗せる。ハリーの膝に乗り切らないベッロの尻尾が、ロンに膝を占領した。先客のピッグウィジョンが不機嫌に羽根を動かしていた。
豪雨のため、日中にも関わらず汽車内灯が点けられる。昼食の時間になれば、車内販売の魔女が廊下を歩き出す。空腹のロンがすぐに飛びついた。
他愛ない話をしている内に、ワールドカップの話題になる。
「トトさん、ブルガリア魔法省大臣と握手してたんだ。まるで、友達みたいだった。本当、ファッジ大臣も驚いていた。すごいなあ、トトさんって」
大鍋ケーキを食べながら、ハリーがクローディアに問いかける。
「トトさんは、やっぱり日本の魔法学校で学んだのかな?」
「お祖父ちゃんはダームストラング専門学校さ」
突然、ロンが口にした杖型飴を噴出した。
「嘘でしょう……。だって、マルフォイが入学し損ねた学校よ。あそこは」
ハーマイオニーは思わず、クルックシャンクスの毛を乱暴に掴んだ。クルックシャンクスはその痛みに耐えた。一番、驚いていたのはハリーだ。その拍子にベッロを肘で殴ってしまった。怒ったベッロは尻尾で彼の頭を叩いて仕返しする。
「ゴメンよ、ベッロ」
「噂じゃ、『闇の魔術』に力を入れて、マグル生まれは絶対入学させないって! トトは何者なんだ!?」
またロンの口から、杖型飴が飛び散る。汚いし、行儀悪い。
「正真正銘のマグル出身者さ。お祖父ちゃんが入学できたのは後見人の推薦があったからさ。その後見人がダームストラングを首席で卒業したOBだったから、入学できたようなもんだってさ」
感心したハーマイオニーが、好奇心で身体を揺らす。
「すごいわ。今度、聞いてみましょうよ。どんな学校だったのか」
「いいね、それでマルフォイに言ってやろうよ。大好きなダームストラングにもマグル出身者が入学したってさ」
服に付いたアメカスを払いながら、ロンがぶっきらぼうに呟く。
「バーノン叔父さんにお気に入りのテムカーさんが魔法使いだけでなく、ダームストラング生だったって言っても、よくわからないだろうね」
「……テムカー?」
ハリーの発音をハーマイオニーが不思議そうに瞬きする。
「ハリー、もしかして『日無斐(ひむかい)』って言いたいの?」
「……え?」
今度はハリーが不思議そうにクローディアを見やる。視線を受け、彼女は無意識に髪を掻きあげる。
「何度も言ったろうさ。テムカーじゃなくて、ひ・む・か・い!」
クローディアが一語、一語、ハッキリとした唇の動きを見せる。
「ひ・む・か・い……ひむかい」
「ひぃむかーい?」
汽車が着くまで、ハリーとロンの発音講座が行われた。
閲覧ありがとうございました。
ウィンキー、クビにしてゴメンネ。