ムーディさんが授業を見学したいそうです。
追記:16年3月8日、誤字報告により修正しました。
金曜の午後。『闇の魔術への防衛術』の教室には案の定、ムーディが同席した。教室の隅に持たれかかり、ルーピンの講義と生徒を交互に見渡す視線が突き刺すように痛い。
畏怖による緊張でクローディアの手も微かに震える。パドマも顎に力を入れ、絶対的に重い空気に耐える。リサはほとんど半泣き状態だ。サリーは興奮して笑みが絶えない。マンディは見えないように教科書を凝視する。セシルは堂々と振り返り、義眼を眺めていた。アンソニーなどの男子生徒は有名な『闇払い』の存在に粋がって緊張した。
ルーピンは普段と何ら変わらない穏やかな雰囲気のまま授業を行う。
(顔色もいいし、ちゃんと薬は飲んでるみたいさ)
終業の鐘が鳴り、生徒はムーディの視線から逃れる為、席を立つ。
「待った!」
床に杖の先端が叩きつけられる音、ムーディの制止の声が緊張を高める。
「どうかしましたか、マッド‐アイ?」
丁寧に訊ねるルーピンに返事をせず、ムーディは生徒を見渡す。青い義眼がクローディアを捉えている。
「この時間まで、お前たちの防衛術を見てきた。学年に見合った知識を学んでいる。満遍なくな……。だが! それは怪物との対決のみに有効だ! 魔法使い同士の防衛については非常に遅れておる」
「この子達は4年生ですよ」
笑みの中に強い警告を含めたルーピンがムーディの熱弁を遮る。
ムーディがルーピンを一瞥するが、義眼はクローディアに釘付けだ。
「わしが敵との戦い方を教えてやる。気まぐれだ。1回しか教えん。興味があるものは、わしの下へ来い。リーマス、不安なら見張りに来るがいい」
『敵との戦い』の部分にクローディアは魅了される。自然と身震いした。姿を消したクィレルに、元『死喰い人』カルカロフ、それ以外の脅威と戦える力かもしれないという期待感が生まれた。彼女の表情の変化に気づいたムーディがほくそ笑んだ気がする。
重大な報告らしき緊迫感を残し、ムーディは教室を去っていく。途端に生徒達はルーピンへと駆け寄った。
「これも授業の一環なのでしょうか? 校長先生はお許しになっているのですか?」
「良いですよね? 俺達ムーディが教えるところ見に行ってもいいですよね?」
生徒を宥めるルーピンを尻目にクローディアだけは教科書を手にして教室を出た。急ぎ足でムーディを追いかける。
意外と早足のムーディにクローディアが声をかける。予想通りだと彼は歪むように笑う。
「やはり、教えを乞いに来たな? おまえだけが物欲しそうであった。敵と戦う術を求めておる。良いぞ、実に良いぞ。明日、リーマスの教室を借りる。午前11時だ」
クローディアとムーディが話しこむ様子を生徒達が遠巻きに見ていた。
「他に知りたい者がいれば来い! 明日の午前11時だ」
ムーディが呼びかけると、驚いて逃げていく者もいれば、興味深そうにしている者もいる。だが、周囲の反応などクローディアには無関係だ。拳に力を入れ、想いを言葉にする。
「必ず、行きます」
クローディアの断言を聞き、ムーディは気難しい笑みを見せた。
ムーディと別れ、クローディアは寮へと向かう。その後ろから、一部始終見ていたスーザンが心配そうに声をかけてきた。
「クローディア、どうしたの? ムーディに何かされた?」
「明日の11時に『闇の魔術の防衛術』の教室で、ムーディが教えてくれるってさ」
通りすぎようとしたチョウが耳聡く聞き取り、クローディアに駆け寄る。
「マッド‐アイが何を教えてくれるの?」
「敵との戦い方、気まぐれだからさ。1回だけさ」
その部分に惹きつけられるように生徒がクローディアへと集まる。皆が口ぐちに質問しては驚きの声をあげる。廊下が生徒と幽霊で密集してきた。
「廊下で集まって、何をしているのですか! 通行の邪魔です!」
マクゴナガルの一喝、蜘蛛の子を散らすように全員が逃げていく。
夕食までの僅かな時間、ムーディの講義が城中に広まった。大広間には教師の姿が一切、見受けられない。おそらく、ムーディと口論していると思われる。教師に代わり、フィルチと各寮の幽霊が無礼な生徒を咎める。
ミートスパゲティーを啜るクローディアにロジャーが執拗に語りかけてくる。
「クローディアも行くんだろ? ムーディの教えなんて、すっごく興味深い」
「きっと、イカれてるんだろうな。いつも親父がムーディのこと話してくれるんだ」
突然現れたジョージがロジャーを押しのけてクローディアに声をかける。彼女は気にせず、スパゲティーで汚れた口元をナプキンで拭う。その間、彼らは隣の席でお互いを押しのけあう。
「自分の寮席に行けよ。ウィーズリー!」
「誰のことかな? ウィーズリーは他にもいるぞ!」
暖かい紅茶を飲み干し、クローディアはロジャーとジョージに振り向く。
「2人はいつから、そこまで仲良しさ?」
至って真剣な態度のクローディアにロジャーとジョージはお互いを見やり、否定する。
「「仲良くなんかない!!」」
「ジョージ、いつまで遊んでるんだ。談話室に戻って仕上げてしまおう」
いつになく真剣な表情のフレッドが遠慮なくジョージのローブを掴んで連行する。
ジョージは途端に難しい表情に変わった。双子の様子にクローディアは気にかかり席を立つ。
「フレッド、ジョージ。何か問題さ?」
ビクンッと肩が痙攣した双子はクローディアに目だけ振り返る。ジョージが躊躇いながら口を開こうとするが、フレッドが先に答える。
「これは僕らの問題なんだ」
ジョージの背を押し、フレッドは進む。簡単にあしらわれたクローディアは双子の背中が遠くに見える。いつも笑顔で悪戯ばかりしているお調子者でクィディッチ好き。それ以外の彼らを見た気がした。
何故だが、クローディアの胸中に微かな風が吹くのを感じた。
それが寂しいという感情だと認めたくなかった。
自室に戻ったクローディアにドリスから手紙が届く。クラウチとカルカロフへの警戒についての返事が来たのだ。コンラッドの筆跡で綴られたのは意外にも彼らを擁護する内容だ。
【バーティ=クラウチは『死喰い人』によって家族と名誉を失った男だ。ある意味で『死喰い人』を最も憎んでいる。イゴール=カルカロフは己の自由の為に仲間を売った。『死喰い人』にとって忌むべき男だ。闇の帝王が復活したとしても、待ち受けるのは制裁という名の死だ。2人に共通するのは闇の帝王の脅威を恐れているということだ。そういう意味では平穏を最も望んでいるといっても過言ではない。だが、警戒すべきに越したことはない コンラッド】
読み終えた手紙がクローディアの手の中で燃えていく。熱さを感じない火を見つめていると、ベッロが首に巻きついてきた。灰となった手紙をベッロの小さな舌が舐めていく。
(可能性がなくても、警戒するな? お父さんの言い回しって時々、わかんないさ)
楽譜の音符が逃げ出し、悪戦苦闘しているリサを眺めている。突然、クララがノックもなしに入ってきた。
「クララ、ノックするさ」
「良いじゃない。女同士なんだから、それよりフリットウィック先生から集合命令、談話室に集まりなさい」
何事かとクローディアとリサは首を傾げる。
談話室では就寝に備えて寝巻き姿の生徒が多かった。フリットウィックが生徒を見渡し、咳払いする。
「皆も知っての通り、明日、アラスター=ムーディ氏の特別授業が行われます。ムーディ氏は生徒の参加を自由としていましたが、我々はそうは行きません。ここに制限を設けます。1年生は一切の参加を禁じます。2年生から5年生までは昨年度の学年1位・2位・3位までとします。6・7年生は『闇の魔術への防衛術』の授業を取得している生徒のみです」
当然の事ながら、条件を満たさない生徒から不満の声が上がる。金切り声を上げたフリットウィックが皆に静粛を求めた。
「校長先生並びに教頭先生の最大の譲歩です。わかりましたね? はい、就寝!!」
仏頂面で言い放ち、フリットウィックは皆を自室に追いやった。文句を呟き、それぞれが部屋に帰っていく。ロジャーやクララ、ザヴィアーなどの生徒は意気込んでおいたが、取得損ねていた生徒は悔しそうに顔を歪めていた。
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マクゴナガルからの連絡事項に不満を覚えたのはハリーだけでない。寝台に寝転んだロンは寮監について罵詈雑言を並べ立て、シェーマスとディーンも同意した。ネビルは考え込むように黙りこくり、布団を被っていた。この部屋の5人は明日のムーディの特別授業に参加できない。各々が不満を抱えたまま、それでも眠りは訪れる。
ハリーは睡魔の心地よさに身を委ねていた。しかし、僅かに物音がする。意識が朦朧としたまま覚醒し、眼鏡をかけた。
視界には部屋を出ていくネビルの後ろ姿が見える。彼にしては珍しいことだ。好奇心に似た興味から、ハリーも部屋を出た。
火の無い暖炉の傍にネビルはいた。
「どうしたんだ、ネビル?」
ハリーに声をかけられても、ネビルは手振りを返しただけで何も答えない。
「座ってもいい?」
ハリーがネビルの隣に腰をかけても、頷くだけだ。深刻な雰囲気を纏い、その視線は暖炉ではない別を見据えていた。
ネビルの様子に、ハリーは覚えがあった。それは吸魂鬼により母の声を聞いた時だ。誰にも理解されない感情が身体中を支配し、二度と安らぎを得られないという絶望に駆られていた。
何故、ネビルがそんな頃の自分と重なるというのだろうか疑問する。そうして沈黙していると、ついに彼の口が動いた。
「明日のムーディの授業、僕、どうしても見に行きたくて、でも条件に入ってないから……」
ハリーは返事をせず、曖昧に頷く。しかし、続けたネビルの言葉に驚かされた。
「どうにかして、参加したいなって」
強い語尾でネビルは言い放つ。引っ込み思案な性格なのに珍しく意欲的である。彼は自ら行動を起こす事が少ない。今回の特別授業も参加でないなら、すぐに諦めるのが常だろう。
不意にハリーは『透明マント』を思い返す。あれなら、皆の目を誤魔化せる。それで授業見物に行きたい。だが、ロンを差し置いてネビルと行ってもよいものだろうか? 3人で行くとしても、シェーマスとディーンを除け者にしているのは、気が引ける。しかし、男子5人も『透明マント』に入りきらない。
「興味本位じゃない……あの……僕の両親が『闇払い』だったんだ……、それで……その……知りたいんだ。『闇払い』の人が何を知っているのか……」
ハリーはネビルの両親が『闇払い』であったことに驚く。
思えば、ネビルから両親の話を聞いたことがなかった。いつも祖母の話ばかりだ。そして、歯切れの悪い物言いの中、決してハリーを見ていない。暗闇に両親の顔でも浮かべているかもしれない。
もしも、そうならハリーは胸が痛い。その痛みがネビルに『透明マント』を貸すべきだと訴えかけてきた。
「ネビル……、ひとつ提案があるんだけど」
我知らずとハリーは口走っていた。
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特別授業が待ち遠しいクローディアは簡単に朝食を済ませる。期待に胸躍らせたハーマイオニーと共に教室へ一番乗りした。最前列の席を陣取り、2人は僅かに緊張しつつも腰かける。
「ちょっと早かったわね」
「後3時間さ。その間【ホグワーツの歴史】の改訂版でもやるさ」
クローディアは鞄から走り書きした草案の束を取り出す。予想していなかったハーマイオニーは草案を眺めて驚く。
「本当に作るの? いままで作っていてくれたの?」
「勿論さ。まさか、本気にしたのは、私だけさ?」
少々、思い上がりすぎたとクローディアの頬が赤く染まる。ハーマイオニーは頭を振り、目を輝かせた。
「すごく嬉しい、2人で完成させましょう」
その言葉だけで、胸中は嬉しさで満たされた。急に授業はどうでも良くなっていた。
愉悦に満ちたクローディアの表情に、教室に現れたフレッドとジョージは気味悪がっていた。
時間が来れば、教室は生徒でごった返していた。いつの間にか、同じ学年のセオドールが来ていた。つまり、彼は学年3位ということだ。意外な人物にハーマイオニーは吃驚していた。
そんな中、教室で引率する教師はルーピン1人だけだ。
「(ムーディが皆、追い返しちゃったんだよ。ウルサイから)」
クローディアの隣に座ったルーナが小声で伝えてきた。昨晩のフリットウィックの態度から、その言葉通りと推察できる。
教室の扉が開き、ムーディが現れると私語が消えた。私語どころか、姿勢を正して身動きひとつしない生徒もいる。
義足と杖の音が教室に響き、教壇まで歩くムーディの義眼が生徒を1人1人確認している。挨拶もなく、黒板のチョークを手にする。義眼ではない彼の目が生徒を見渡す。
「まずは、質問しよう。『許されざる呪文』について知っている者はいるか?」
緊張の場で、いつも通りハーマイオニーは挙手する。ムーディは解答を許した。
「ある3つの呪文を総称です。あまりの惨酷さゆえに、1717年、人間に対して使った者はアズカバンで終身刑を受ける法が成立しました」
ハーマイオニーの説明を全て黒板に書き込むムーディは満足げだ。
「宜しい! では、ディゴリー!」
頷いたムーディの義眼がセドリックを見つめ、呼ぶ。指名された彼は反射的に立ち上がった。
「『許されざる呪文』には何がある?」
「……『服従の呪文』です」
躊躇いながら答えるセドリックにムーディは着席を命じた。
「その通り、魔法省が散々、てこずった呪いだ」
懐に手を入れたムーディが取り出したのは手足の細い蜘蛛を入れた瓶だ。瓶を開け、掌程の蜘蛛を皆に見せるため、杖を向けて肥大させた。顔程も大きくなり、よく見える。
そして、一呼吸置き、呻く。
「インペリオ! (服従せよ)」
見た目は何も変わらず、蜘蛛はムーディの手から離れた。セドリックの席へと移動した蜘蛛は踊るような仕草をする。まるで、そこに求愛すべき対がいるかのような踊りだ。その動きに皆は笑い出す。
ムーディとルーピンには一切の笑みがない。生徒ではルーナだけが笑わなかった。
「わしがお前たちに同じことをしても、笑えるか?」
途端に蜘蛛は黒板の上にと移動する。板の端を歩き、落ちるか落ちないかを繰り返す。そして、蜘蛛はそのまま糸も吐かず、床に落ちた。それを自分の姿に置き換えた生徒達の口が閉じる。
「このように完璧な支配だ。まさに思いのままだ」
蜘蛛を拾い、ムーディは自分の目で生徒を見渡した。
「多くの魔法使いが、自分は『服従の呪文』によって『例のあの人』に無理強いされたと証言した。それを証明する術はない。何故なら、見分けがつかないからだ。この呪文と戦うことは出来る。そのやり方を教える前に他の呪文を知るものはいるか?」
ハーマイオニーが勢いよく挙手する。その隣でクローディアはムーディの手にある蜘蛛を見るとはなしに見つめていた。不意に耳に入る声を聞いた。
「(『磔の呪文』)」
何処から聞こえたのか突き止めようと、クローディアは周囲を見渡す。その前にムーディの義眼と目が合った。
「クロックフォード、なんだ?」
そんなつもりはなかったクローディアはビクッと肩を揺らす。
「……『磔の呪文』ですか?」
頷くムーディは蜘蛛をクローディアの目の前に置く。気味悪く動く蜘蛛が近く、少しだけ引いた。
「クルーシオ!(苦しめ)」
杖を向けられた蜘蛛は、生命の危機を察知し、脚を激しく動かしてもがき始めた。微かな泣き声は、悲鳴だ。
この呪文をクローディアは知っている。ワールドカップの騒動で、誰かが唱えていた。彼女は難なく避けたが、もし命中していれば……この蜘蛛と同じ苦痛を与えられていた。
脳髄が真っ白になり、胃が逆流する。咄嗟にクローディアは自分の口を塞ぐ。異変を察したハーマイオニーが彼女の背を擦り、ムーディを不安げに見上げた。
ムーディが杖を外すと蜘蛛は緊張を解いたようにグッタリしていたが、微かに痙攣している。
「では最後の呪文を知るものはいるか?」
ムーディの義眼がセオドールを捉える。彼は知られたくない秘密を暴露されたような焦りを露わにし、必死に首を横に振って回答を拒んだ。
代わりにルーナが浮つきの消えた口調で口を開く。
「『死の呪文‐アバダ ケダブラ』」
全員の目がルーナに集中する。ムーディは彼女を一瞥し、蜘蛛を教壇に乗せた。
「アバダ ケダブラ! (息絶えよ)」
眩い緑の閃光が走ったと同時に蜘蛛は痙攣をする間もなく、命尽きた。
――明確な死。
焦燥、不安、恐怖、悲嘆。
死の瞬間を目にした。
脳が認識した情報に応えるようにクローディアは嗚咽する。ハーマイオニーが肩を撫でてくれるが、痙攣は治まらない。ただ呆気なく、死んだ蜘蛛を凝視する。
「この呪文には逃れる術がない。防ぐことなど、出来ようはずもない。しかし、生き残った者がただ1人だけいる」
不意に義眼が誰もいない場所を捉えていた。
死を逃れられるはずがない。どんな生物も静物もいずれは朽ちて死ぬ。死を抗う魔法があるならば、それは魔法界の常識からも外れた『別の物』だろう。そう、あのニコラス=フラメルも『命の水』で生きながらえていたにすぎない。
「さて、反対呪文がないなら、なぜ見せたか? それはお前たちが知っておかねばならないからだ! このような事態に遭遇するな! 油断大敵!」
危機感における重要性を説明したムーディは、蜘蛛の屍骸を瓶に詰める。
「さて、『死の呪文』には反対呪文はないが、この魔法は3つの呪文の中で最も難しい。絶対的な殺意とそれに見合う魔力が必要になる」
ペネロピーが質問する。ムーディは許した。
「呪文を受けたとしても、効果が発揮されないということですか? それが『死の呪文』の致命的欠点ということですか?」
「油断大敵!!」
ムーディが声を張り上げ、ペネロピーは驚く。
「その通り! 仮に貴様らがわしに『死の呪文』を使ったとして、気絶すらもさせられんぞ。だからこそ、油断してはならん! そして、これを使う者も己の命を賭けることになる。ある魔法使いが『死の呪文』を使おうとしたが、一瞬の躊躇いによって、自らが呪いを被ったという。呪文を唱えるだけで、我が身への反動も大きいのだ。使う者も油断大敵!」
人の死を願う者は報いを受ける。まさに人を呪わば、穴二つだ。
青ざめたペネロピーは口を閉ざす。それを合図に誰も質問しない。質問する気力が失せたと言ってもよいだろう。フレッドとジョージもずっと黙っている。
「『服従の呪文』、『磔の呪文』は抵抗できる。屈せぬ精神力こそが、反対呪文なのだ。誰か、手本になるものはいないか?」
知りえたばかりの呪文に抗える自信はなく、誰もがムーディから目を背ける。痙攣するクローディアの身を案じたハーマイオニーが違う意味で挙手する。
「医務室に行ってもいいですか?」
「ダメだ」
即答。
不安げ眉を寄せるハーマイオニーを見ず、ムーディはクローディアの目の前に立つ。
「逃げ道はない。何処にもな、なればこそ! 戦わねばならんのだ! 違うか? クロックフォード!」
呼ばれたクローディアは無理やり吐き気を押さえ込む。胃の痙攣を自覚しつつも、ムーディに頷く。
クローディアの腕を掴んだムーディは、無理やり教壇の前に彼女を導く。心配したハーマイオニーがルーピンを振り返る。
視線を受けてもルーピンは、黙っている。
「クロックフォード、よく聞け」
ムーディは懐から刃のない柄を取り出し、クローディアに放り投げた。何かを察したルーピンは流石にとめようとしたが、無視された。
「今から、わしがクロックフォードに『服従の呪文』をかける。これでわしを刺せと命じる。刃は除けてあるが、ある場合を想像しろ! 抗って見せろ!」
女子生徒の何人かが悲鳴を上げる。ルーピンが口を開く前に、ムーディは無遠慮にクローディアへと杖を向けて唱えた。
「インペリオ! (服従せよ)」
クローディアは、肉体の痙攣が治まるのを感じた。
脳髄の奥が溶解する感覚が心地よい。視界も手の感覚も普段どおりなのだが、至福の高揚感と満足感が意識を支配している。脳髄の奥から、声がする。
――目の前の男を刺すのだ――
そこにいるのは誰なのか、思考が働かない。声に従えば幸福になれる。今以上の幸福が約束されている。手にした柄を男に向ける。後はただ進むだけだ。
――刺すのだ――
何故か、足に痛みが走る。見下ろすと足首に赤い蛇が噛み付いている。脳の一部が幸福から醒め、情報を伝える。目の前にはムーディがいる。クローディアの手には刃のないナイフがある。これでムーディを刺せと命じている。
違う。誰も刺さない。誰にも従わない。従ってはいけない。
――刺せ! 刺すのだ!――
今度は利き腕を襲う鈍い痛みに柄を手放す。柄が床に落ちる音が耳に響く。ようやく脳髄に纏わりついていた感覚が消えた。同時に脱力感に襲われ、床に膝をつく。ルーピンがクローディアの前に跪き、彼女の頬に手をあてる。
「よく頑張ったね。ちゃんと抗えたんだよ」
駆け寄ったハーマイオニーがクローディアに抱きついてきた。
「医務室、行ってきます」
ハッキリとした口調のルーナがムーディに告げ、クローディアはハーマイオニーに支えられながら歩く。見かねたロジャーが席を立つ。
身を屈めて背中を提供するロジャーに、ハーマイオニーは素直に甘えてクローディアを彼の背に預けた。
4人が教室からいなくなると、ムーディはより低い声で警告した。
「クロックフォードを見て、自分ならもっと抗えると考えている者がいるなら、それは正解だ! 想像しろ! 自分が敵に抗う姿を! それは決してなくしてはならん!」
そんな説法が行われているなど、医務室にいる者には知る由もない。
マダム・ポンフリーは、クローディアに一晩の入院を言い渡した。原因はベッロに噛まれたことによる毒防止のためだ。すっかり忘れていたが、シマヘビであるベッロは毒ではなく、菌を持っている。
「噛まれたおかげ、呪文に抗えたから、別にいいさ」
寝台で寝転ぶクローディアの呟きに呆れたハーマイオニーはデコピンしてきた。
ルーナはデコピンされた額を撫でたが、ロジャーは更に強いデコピンをクローディアに食らわせた。
「呪文に逆らうために、噛まれちゃ意味ないだろ?」
「それもそうだね」
同意したルーナがデコピンの構えを取ったので、クローディアは布団の中へ避難した。
多くの生徒が惰眠を貪る日曜日。
退院したクローディアが寮に帰れば、生徒達からの質問攻めに襲われた。無論、昨日のムーディの講義についてだ。昨晩から、この話題が尽きないとロジャーに伝えられた。ペネロピーは質問の波に耐えかね、昨晩から行方不明になっていた。
クローディアも押し寄せてくる生徒に体調不良を訴えて逃げ回った。
自室に閉じこもったクローディアはパドマとリサには講義での出来事を説明した。『許されざる呪文』をかけられた事に2人は心底同情し、ベッロを褒めるように撫でまわした。
昼食の時間が過ぎ、小腹が空いたクローディアはベッロを首に巻いて大広間を目指す。背後に迫る気配に振り返る。
完全に驚かす姿勢だったフレッド、ジョージと目が合った。不服そうに双子は口を尖らせる。
「振り向いちゃダメだよ。空気読んでよ」
「そうだ、そうだ。気づいても、驚くフリしないと。クローディア、もう一回!」
「うるさいさ」
一蹴するクローディアに代わり、ベッロが双子に威嚇の姿勢を見せる。双子はわざとらしい悲鳴を上げ、廊下を走る。それをベッロが追いかけるため、彼女から離れ床を這いつくばっていった。
嘆息したクローディアはさっさと大広間へ向かう。振り向いた先にスネイプが立っていた。睨む視線は普段の通りだが、不機嫌だ。
「おはようございます。スネイプ先生」
「医務室で寝ていなくてよいのかね? 明日からの授業に差し障るようなことがあっては、ムーディ氏に申し訳がない。我が校の生徒が軟弱と捉えかねない。良いかな? 万全の体調で授業に臨みたまえ」
吐き捨てたスネイプはローブを翻し、大広間へ歩いていく。その背を見つめ、クローディアは疑問する。
(ムーディさんに申し訳ないっていいながら……、軟弱に思われたくないって……矛盾してるさ……)
クローディアが心配なら、素直に言えば良いのだ。
再び嘆息すれば、視界の隅に件のムーディが歩いていくのを捉える。1人ではなく、スプラウトとネビルがいた。
(どういう組み合わせさ?)
不思議に思いながら、クローディアは大広間に着こうとした。
「おはよう、クローディア。ちょっと一緒に来て」
突然現れたハーマイオニーに攫われた。
校庭に連行されたクローディアは沈んだ表情のハリーと対応に戸惑うロンが待ち構えていた。嫌な予感よりも確信が強い。
昨日のムーディの講義にハリーは『透明マント』を被って参加していた。それにネビルまで加わっていたのだ。
ネビルはその後から様子がおかしいとハリーは告げる。今朝も早くにムーディに呼び出されたらしい。
ハーマイオニーの説明にクローディアは呆れた。
否、半分だけ呆れた。もう半分はヴォルデモート絡みでないことに安心した。
「全く、すぐにそういうことするさ。『透明マント』、没収されてしまえば良かったさ」
「賛成だわ。いますぐマクゴナガル先生にところに行く?」
冷たく言い放つハーマイオニーに、ハリーはビクッと肩を跳ねさせた。
「折角、ベッロが取ってきてくれたんだ。そんなこと出来ないよ」
少し表情を暗くしたハリーは顔色が良くない。目の下にも若干クマがある。ハリーが寝不足だと察し、彼への態度が些か冷たすぎたと反省した。
それでも、もうひとつの疑問をクローディアは口に出さない。
(なんでロンじゃなくて、ネビルだったさ?)
ロンが城に向かって手を振る。3人が振り返るとルーピンがこちらに歩いてくる。
「おはようございます。ルーピン先生」
ハーマイオニーとハリー、ロンは既に挨拶が終わっているらしく、簡単に手を振っていた。
「おはよう、クローディア。とは言っても、もう昼だけどね。ベッロに噛まれた脚はもう大丈夫かい?」
「はい、マダム・ポンフリーのお陰で、バッチリです」
ローブを捲り、クローディアは脚だけ見せる。ルーピンは脚を一瞥し、穏やかに微笑む。
「マッド‐アイには校長先生と私からよ~く釘を刺しておいたから、もうあんな目に遭わないよ」
ルーピンの視線がハリーを捉えていた。彼は視線を受け流し、空を飛ぶフクロウ便を眺めて誤魔化していた。
不意にクローディアはルーピンに対する質問を思い出す。
「祖父は日本に帰ってしまったんですが……薬どうなるのですか?」
「ここ半年分は既に頂いているから、問題ないよ。私の心配よりも、フィルチさんに叱られないようにすることを考えたほうがいい。他校からの賓客予定で、すごくピリピリしてる」
冗談っぽい口調にロンが噴出した。
「お薬が足りているなら、私たちが心配することないわね」
ハーマイオニーがクローディアの腕を軽く掴み、視線で言葉の意図を伝えてくる。コンラッドとシリウスに、カルカロフを危惧する手紙を送ったことをルーピンに知られたくない。ハリーなら、ボロを出す可能性が高い。
「そうさ。ルーピン先生のことは何の心配もいらないさ。それで、ハリーとロンは宿題終わったさ?」
少しわざとらしく明るい声を出すクローディアがハリーとロンに話を振る。2人は焦りの汗を流して目を泳がせていた。その態度で彼らの宿題状況が丸わかりだ。
「私は一切、手伝わないわよ!」
ハーマイオニーは鼻を鳴らして顔を背ける。そんな彼女をロンは無視する。
「昨日の『許されざる呪文』もすごかったんですけど、『守護霊の呪文』はいつ授業で教えてもらえますか?」
興味津々なロンにルーピンは爽やかな笑みを返す。
「今学期は7年生にしか教えないつもりだよ。会得できる生徒は少ないだろうがね」
残念とロンは肩を落とす。苦笑したクローディアはハリーを振り返る。
「ハリー、ロンと宿題やってくるさ」
渋々とハリーはロンを連れて図書館へ向かった。
閲覧ありがとうございました。
皆も、蛇に咬まれないで下さいね。