こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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追記:17年3月8日、19年5月3日、誤字報告により修正しました。


19.ホグズミード

 課題以降、チョウはレイブンクローで有名人になった。

 人質にされたことは、勿論だが、セドリックの大切な人として注目されたのだ。冷やかしを受けたチョウは、ただ真っ赤になって逃げ出すしかない。

 ロジャーは不機嫌極まった。

 フラーとクリスマスで踊り明かした仲だというのに、人質に選ばれなかったからだ。彼女の愛が足りないと煩わしい程、ボヤいた。

「親父が学徒の頃、一時期『暴れ柳』を使った肝試しが流行ってたらしい。親父も仲間と挑戦したら、片目を奪われかける程の大けがを負った! お袋は親父を死ぬ程、心配したんだ。それがきっかけで、結婚するなら、親父しかいないって思ったらしい。そんな感じで……僕とフラーも……」

「はいはい、良いお話ですこと」

 クローディアがどんなにあしらっても、ロジャーはしつこく愚痴る。

「君だって、ハリーの人質に選ばれなかったんだ。僕の気持ちがわかるだろ?」

「わかんないさ。フラー=デラクールにとって、妹が大事だってことさ。あんたも、シーサーが人質にされたら助けに行くさ?」

 目の前を通りかかったシーサーがロジャーとお互いの顔を見合わせる。

「俺なら、こんな弟、どさくさに紛れて息の根とめるな」

「奇遇ですね。僕もこんな兄に助けられるくらいなら、自力で逃げます」

「仲良いさ、あんたら」

 兄弟の漫才を見学し、クローディアは棒読みで返した。

 そして、ハーマイオニーは最悪に気が立っていた。

 原因はビクトールだ。彼はワールド・カップの選手、チョウよりも強くからかわれたのだ。ハーマイオニーの前で、ビクトールや第二の課題を口にしたら、その生徒は原因不明の寒気に襲われた。

 3月に入った途端、冬が終わり季節の変わり目を示すように空気が乾燥した。

 男女問わず肌荒れに襲われ、医務室は多忙であった。

 

 明日にホグズミードを控えた金曜日。『古代ルーン文字学』の教室に向かおうとしたクローディアをハーマイオニーが引き止めた。

「明日、シリウスと会うんだけど、貴女はどうする?」

 寒中水泳の折に、ハリーから聞いていた。それでも、クローディアは露骨に嫌な顔をする。

「ハリーの邪魔になるから、私は遠慮するさ」

「やっぱりね。ダメよ、貴女もハリーの友達なんだから、一緒に来てシリウスに挨拶してよ」

 絶対に譲れないとハーマイオニーが迫ってくるので、クローディアはしばらく呻き声をあげてから、渋々と小さく頷いた。

 

 シリウスに会う。

 これがクローディアの機嫌をすこぶる悪くした。『古代ルーン文字学』の授業中、ずっと顔を顰めて授業課題を訳した。リサとマンディを随分と心配させた。バブリングから、体調不良なら医務室に行くよう勧められたが、断った。

(私は気持ちが顔に出るさ。平常心、平常心さ)

 表情は取り繕えても、クローディアの雰囲気が恐ろしくピリピリしていた。

 『薬草学』の時間、ドラコでさえそれを悟ったのか、ちょっかいを出してこなかった。滅多に送れない平穏な授業だ。

 昼食前、クローディアは寮へ教科書を置きに来た。談話室に入った瞬間、奇妙な視線を感じ取る。その場にいる皆から哀れむような視線がこちらに向けられていた。

「どうしたさ?」

 声をかけても、誰も何も返さない。

「大変よ、クローディア! コレ読んで!」

 女子寮から降りてきたサリーが【週刊魔女】という雑誌を片手に、クローディアに駆け寄ってきた。

「サリー、これがどうしたさ?」

「リータ=スキーターがまたデタラメな記事を書いたの。ここよ」

 慌てふためいたサリーが急いでページを捲り、問題の記事を見せ付けた。

 ハリーの写真がある。写真の中で、隠れられる場所を探していた。写真の下には【ハリー=ポッターの密やかな胸の痛み】と題されていた。

【どんなに有名であろうと、彼は少年である。両親の愛を知らぬまま育った14歳の少年は同級生のマグル出身・ハーマイオニー=グレンジャーという恋人によって安らぎを得ていた。しかし、ミス・グレンジャーは平凡な女子でありながら、野心家であった。

 ビクトール=クラムの登場により、ミス・グレンジャーは狙いをクラムに定めた。その企みは、成功し去年のホグワーツ城でのクリスマスパーティーでダンスパートナーに選ばれた。そして、クラムに夏の休暇のお誘いを受けたのだ。

「こんな気持ちを他の女子に感じたことはない」とクラムは愛の告白さえ告げた。

 振られてしまったハリーを慰めたのは同級生のクローディア=クロックフォードであった。お世辞にも魅力的とは言えぬ女子が傷心したハリーにはミス・クロックフォードが世界一麗しく思えたのも仕方ない。しかし、ミス・クロックフォードには致命的な欠点がある。彼女の父親は裁かれなかった『死喰い人』なのだ。ハリーから両親を奪った『例のあの人』を崇拝した者の娘であることをハリーは知らぬ。彼女の父親は『例のあの人』が倒れたと同時に行方不明になり、『死喰い人』狩りを逃れた卑怯者だ。

 ああ、真実を知ったときのハリーの痛みを思えば、我々は身が裂かれ……】

 文章は続いていた。しかし、クローディアは内容に耐え切れず、雑誌ごと引き裂いた。吃驚したサリーが宥めようとする前に、その手に握りしめた【週刊魔女】が真っ赤な炎を上げて炭屑と化した。

 その光景に、誰かが緊張で唾を飲み込んだ。

「私、ちょっとリータ=スキーター探しに旅に出てくる」

「ちょ……、何言ってるの! クローディア!」

 引き止めるサリーを無視し、クローディアが談話室を出ようとする。ザヴィアーがクララと協力し、魔法で足止めする。

 その間に、サリーがペネロピーを呼びに行った。

 監督生全員で仕掛けた魔法の縄で、クローディアは大人しくなり、部屋に連行された。

 ペネロピーはサリーから事の顛末を聞き、威厳のある態度でクローディアを叱る。

「いいこと? スキーターは嘘だらけの記者。相手にしてはいけないわ。相手にしたら、記事が真実だと周囲に認識させるだけ!」

「アイツは、ハーマイオニーを侮辱した記事を書いた」

 腹の底から絞り出た低音に、ペネロピーの背筋に寒気が走る。

「絶対に許せん。二度と記事が書けない様にしてやる」

 一通り恨み言を呟いたクローディアは、縄を腕力だけで引きちぎった。無表情な赤茶色の瞳が怒り心頭に輝いている。ペネロピーとサリーに目もくれず、彼女は昼食の為に大広間へ向かった。

 無残な姿と化した魔法の縄を目に、ペネロピーは絶対にクローディアの敵になるまいと誓った。

 

☈☈☈☈

 『魔法薬学』、地下の廊下に下りたハーマイオニーは薄ら笑いを浮かべたパンジーに【週刊魔女】を投げつけられた。理由がわからず、彼女を問いただす前に、スネイプが教室から扉を開いて入室を促した。

 教室の一番後ろに座り、ハーマイオニーはハリーとロンの間を陣取る。机の下で【週刊魔女】の折られたページを開いた。

【ああ、真実を知ったときのハリーの痛みを思えば、我々は身が裂かれてしまう。校長たるアルバス=ダンブルドアは残酷な愛憎劇に、救いの手を差し伸べる義務がある。我々としては、ハリーにはもっと相応しい相手に心を捧げることを願うばかりである】

 「あちゃ~」とロンは、自分の顔を手で覆う。

「クローディアがリータ=スキーターを馬鹿にするから、仕返ししたんだ……」

「(仕返しですって? これが!? クローディアのお父様が『死喰い人』なんて、デタラメもいいとこだわ。全くくだらない)」

 奥歯を鳴らし、必死に声を抑えたハーマイオニーは【週刊魔女】を握り締めた。パンジー達スリザリン生が彼女の様子を窺っている。平静を装い、わざとらしく満面の笑顔で手を振り返した。

「クローディアは……記事を読んだのかな?」

 この記事をドリスが目にすれば、悲しむかもしれない。それを思うハリーはスキーターを本気で嫌いになった。胸中に渦巻く怒りで、授業に集中出来ない。

 『頭冴え薬』を調合する為、乳鉢にタオシガネを入れて乳棒で押しつぶす。その作業中、ようやく頭が冴えてきたハーマイオニーは記事のことを脳内で読み返す。そして、浮かんだ疑問を口にした。

「どうして知ったのかしら……、ビクトールが私に言ったこと」

「え? そこは、本当に言われたことなのか?」

 過敏に反応するロンから顔を背け、ハーマイオニーは続ける。

「湖から引き上げてくれたすぐ後だったわ。誰にも聞かれないように、私に囁いてきたのよ。夏の休暇に入ったら、ビクトールの実家に来ないかって……」

「なんて答えたんだ?」

 ロンの問いを無視し、ハーマイオニーは脳内で検証する。

「私が知る限り、リータ=スキーターの姿はなかったわ。なら、『透明マント』かしら? それとも……まさか非公式の『動物もどき』?」

「それで、なんて答えたんだ?」

 語調を強めたロンは乳棒で机を叩く。そのせいで机が揺れ、そこだけがへこんだ。彼の態度にハーマイオニーは口ごもりながら答えようとした。

「我輩の授業で、随分個人的な話で盛り上がっているようですな?」

 闇色の声が耳につき、ハーマイオニーは教室を見渡す。誰もが自分達、3人に注目していた。

「その上、授業に関係のない雑誌を持ち込み読み漁るとは……合わせて20点減点」

 椅子に適当に置いてあった【週刊魔女】を手にし、スネイプは問題の記事を目する。小気味よい笑みを浮かべ、朗読し出した。

 だが、記事を読むにつれてその笑みが消え、目が見開かれていく。最後まで黙読したスネイプは雑誌を丸める。

 怒りを込めた視線で、教室の生徒を見渡した。

 全員、心臓が凍る恐怖を味わう。

「今後、この記事を話題にしたものは減点ではすまさん! そして、リータ=スキーターのインタビューを受けることも固く禁ずる! 我が寮のスリザリン生でも同じだ! わかったか!!」

 教室の壁に反響したスネイプの怒声が、生徒の耳を何重も打った。

 

☈☈☈☈

 夕食後、ハーマイオニーに連れられたクローディアは図書館へ赴いた。

 クローディアを目にした途端、ハリーはぞっと寒気に襲われる。既に【週刊魔女】の記事は、彼女に読まれていると踏んだ。それだけ、恐ろしい雰囲気を感じ取った。

 しかし、ハリーの話は別だ。先程の授業中、挙動不審なカルカロフが現れ、スネイプを待ちわびていた。

 授業後、机の影に隠れたハリーがスネイプとカルカロフの会話を盗み聞きした。

「クリスマスのときにも、スネイプ、先生はあの茂みでカルカロフと話していたんだ。カルカロフの奴、スネイプ、先生を「セブルス」って呼んでた。左腕の裾を捲って、何かを見せてたよ」

 ハリーの話を一通り聞いたクローディアは椅子に深く腰掛ける。遠い天井を見上げてから、頷く。

「元『死喰い人』がスネイプ先生に相談さ。その意味が何になるか、うちのお父さんに聞いてみるさ」

 予想外の発言に、驚いたロンが椅子から落ちそうになった。

「クローディア? 君の親父さんが『死喰い人』……いや、リータ=スキーターの記事なんて僕は信じてないぞ」

 口走るロンに対し、クローディアは頭を振るう。

「あの記事を信じてないし、どうでもいいさ。それに調べが足りない穴だらけの記事だったさ。お父さんの名前も載らなかったしさ。その辺は本当にどうでもいいさ。……ついでに、その分も足しておくさ」

 物騒な口調にハーマイオニーはわざとらしく咳き込む。

「そうそう、記事を読んだスネイプ先生がすごく怒っていたわ」

「あれは、吃驚したよな。スリザリン生でも容赦しないって!」

 ロンは肘でハリーを突き、話題の提供を求めた。その前に、クローディアは窓の外を見やる。

「お父さんが記事にされたからじゃないさ? スネイプ先生にとっても、お父さんは今でも友達さ。友達が悪く書かれて怒らないはずないさ。本当に……」

 段々、語尾が重くなっていくクローディアに、ハリーは慌てて取り繕うとした。

「ええ……と、僕は、クローディアと話題にされても嫌じゃないよ。だって、僕らはただの友達だし」

「そうなの?」

 4人以外の声が足元から、聞こえた。

「ミム……、何してるさ?」

 ぶっきらぼうにクローディアが呟くと、机の下からミムがひょっこりと顔を出す。ハリーは吃驚し、ハーマイオニーとロンはお互いの口を塞いで悲鳴を殺した。

「ごめんなさい。ほら、週刊誌の真相を聞けないかと思って、あら、ハリー=ポッター、ロナルド=ウィーズリー、御機嫌よう。私はミム=フォーセットよ。マトモに話すのは初めてね」

「『年齢線』を誤魔化そうとしたレイブンクロー生?」

 何気なくハリーが聞くと、ミムは表情を強張らせた。羞恥心のせいか、顔が赤く染め上がる。真っ赤にしたまま、彼女は図書館を走り去った。

 苦笑したクローディアが息を吐く。

「ハリー、もうちょっと言葉選ぶさ」

「僕が悪いの?」

「誰だって、お婆さんにされたの? なんて聞かれたくないわ」

「フレッドとジョージは喜ぶけどな」

 双子と一緒にされても、ミムも困るだろう。

 談話室に戻ると、『クローディアとハリーは、付き合っていません』という羊皮紙がばら撒かれていた。筆跡から見て、ミムの仕業だ。こんな羊皮紙では、逆に恋人関係を怪しまれる。ささやかな復讐というわけだ。

 案の定、パドマが問いつめてきた。

「実際、クローディアはハリーとどうなのよ?」

「何もにないさ。ただの御友達さ」

 クローディアはベッロを虫籠に入れてから、寝巻きに着替え出す。ベッロが雄だと知り、見られるのが恥ずかしいからだ。

「まあ、あのハリーじゃねえ。恋愛より友情って感じだし、……ふふ」

 シヴァを抱き上げ、パドマは苦笑する。

「でしたら、貴女がリータ=スキーターに怒る理由はなんですの?」

 キュリーにブラシをかけるリサに問われ、クローディアは不機嫌に眉を寄せる。

「ハーマイオニーのことを平凡で野心家だと書いたさ。彼女は天才で努力家、それに可愛い。向上心や好奇心はあっても、野心なんてこれぽっちもない!」

 乱暴に髪を靡かせ、クローディアは断言する。淀みもなく、照れも恥じらいもない。あるのは、怒りただ一点だ。その気迫を受け、パドマとリサは呆気に取られた。

 そして、如何にもクローディアらしいと納得した。

 

 

 冬の終わりを伝える快晴でも、多少の肌寒さはある。しかし、着込むには暑い。ホグズミードへの道のりが軽いのはハリーだけだ。

「私、【日刊預言者新聞】と【週刊魔女】を定期購読することにしたわ。またパンキーソンから記事を投げつけられたくないもの」

「それは良い方法さ」

 クローディアはわざとゆっくり歩こうとしたが、ハーマイオニーに急かされた。

 変わらず生徒で埋め尽くされた道をハリーは必死で周囲を見渡す。

「昼ごろに『三本箒』で待つって、まだ早いよね?」

「時計を見る限りは1時間前さ。少し時間ある……あれ?」

 腕時計を見たクローディアは通行人の中に見慣れた魔女を発見する。人を探すように生徒を見渡しているのはドリスだ。

 ドリスもクローディアに気付いて、突進してきた。

「クローディア! ああ、ハリー! ハーマイオニー、ロン。こんにちは、御元気?」

 満面の笑顔でドリスは、4人に挨拶する。

「ドリスさん、どうしてここに?」

「ええ、今日がホグズミードだと知っていましたから、我慢できずに来ました」

 何処かそわそわして、ドリスはクローディアとハリーを見比べる。隠しているつもりかもしれないが、興味津々の態度が丸わかりだ。

「ドリスさんも【週刊魔女】を読んだんですね」

 ハーマイオニーの指摘に、ビクッとドリスの肩が跳ねる。

「……料理のページを読む為ですよ……。それで、……どうなの?」

 緊張気味にドリスは4人に問うた。

「「ただの友達」」

 クローディアとハリーが同時に答えると、ドリスは安堵の息を吐く。

「ああ、良かった……。いえ、ハリーがクローディアに合わないとかじゃありません。モリーがカンカンになって、怒鳴りこんできたんです。もう、恐ろしいのなんの……、ごめんなさい。ロン」

「いいえ、僕こそ、ママがすみません」

 羞恥心でロンは耳まで赤く染まる。わざとらしく、ドリスは咳払いした。

「とにかく、これで私もハッキリと対応が出来ます」

「あの、ドリスさん。その、クローディアのお父さんは」

 遠慮がちにハーマイオニーがドリスに聞こうとする。ハリーとロンは一気に緊張した。

 クローディアは興味がない。眠気に勝てず、欠伸が出た。

「あれですか? とんだデタラメですとも、リータ=スキーターも落ちたモノです。怒る気にもなれません」

 のほほんと言い放つドリスに、ハリーは安心した。ハーマイオニーとロンも嬉しそうだ。

「さて、折角の外出を邪魔してごめんなさい。楽しんできて、頂戴」

「お祖母ちゃん、もう帰るさ? 一緒にブラックに会わないさ?」

 ドリスは目を見開き、笑顔のまま硬直する。否、足の先から頭の天辺まで氷漬けになったのだ。そして、痙攣による振動から、氷が解けた。

 他者からの魔法かと思ったが、ドリスは動揺のあまり氷漬けになったようだ。大げさすぎるし、かなり吃驚した。

「クローディア、お祖母ちゃんは行きますからね。ハリー、またね。ロン、モリーによろしく。ハーマイオニー、クローディアと仲良くね」

 3人がドリスと握手し、クローディアが片手を上げて挨拶をする。

「またさ、お祖母ちゃん」

 4人を見渡してから、ドリスは『姿眩まし』した。見送りが終わり、クローディアはハリーを振り返る。

「まだ時間あるけど、ネビルに『エラ昆布』のお礼を買うっていうのは、どうさ?」

「あ……」

 今更、ハリーは気づいたらしい。恩知らずと、ハーマイオニーが彼の後頭部を平手打ちした。

「ネビルは『薬草学』の影響で植物が好きだから、その手の本とか、植木でもいいわね」

「服でもいいんじゃないか?」

 ロンが『グラドラグス・魔法ファッション店』を指差したとき、クローディアは『ダービッシュ・アンド・バンクス店』からセシルが出てくるのを目にした。

 セシルは、人型が豆だらけに膨れた奇怪な形をした植木鉢を大事そうに抱えていた。

「セシル。その面白い植物は、何さ?」

「マンドレイクと『花咲き豆』の種子を配合したもの。スプラウト先生の指示で引き取りに来たの。ご褒美として、枝を分けてもらえる」

 セシルは上機嫌に配合植物を見せ付ける。クローディアは『ダービッシュ・アンド・バンクス店』でネビルの好みそうな苗を選んでもらった。

 ネビルとセシルは親しくないが、スプラウトの趣味がわかる。そこを基準にしてくれた。結果、唇のような蕾を持つ苗を渡された。

 苗を見たハリーは曖昧な表情で、セシルに礼を述べた。

 『ハニーデュークス菓子店』でネビルを見つけたハリーは、苗を渡した。

「わお! これ何? 帰ったら、早速、調べてみるよ!」

 ネビルは幸せそうな顔で苗を受け取り、ハリーに何度も礼を述べた。

「ルーピン先生には、お礼どうしよう?」

「お菓子でいいさ。あんまり、高いヤツとか選ぶとスネイプ先生が勘繰るさ」

 ハリーは早速、新作のお菓子を買う。そのまま急ぎ足で『三本箒』に向かう。

「ハリー、待って!」

 ハーマイオニーとロンが走り、クローディアは悠長に歩いた。

 我先にとハリーは酒場に入り、ハーマイオニーとロンも飛びつくようにそれに続く。クローディアは、失礼ながら憂鬱の一歩手前な気分だ。

(友達として……挨拶さ)

 渋々、酒場の戸に手をかける。視界の隅に、ルーピンを発見した。路地裏へ続く細い通路で、彼はしゃがみ込んでいた。自然に足をそちらへ向け、様子を覗き込む。

「ルーピン先生、どうしたのですか?」

「ああ、クローディア。いや、この……犬と話があったんだ」

 しゃがんだルーピンの向こうを覗くと、毛先がボサボサの黒い犬がお座りしている。垂れ目だが、円らな瞳でクローディアを見上げ、愛想良く舌を出して尻尾を機嫌よく振るう。

「この犬、前もいませんでした?」

 去年の記憶を回想していると、黒犬はクローディアの足元まで近寄り、座り込んだ。

「吼えないんですね。賢いさ」

 行儀の良い黒犬の頭を撫でようと、クローディアは身を屈めて手を伸ばそうとした。だが、指先が犬の毛先に触れた瞬間、全神経を異様な不快感が走り抜けた。思わず、撫でるはずの手で黒犬を平手打ちした。

「ギャン!」

 突然、叩かれた黒犬は驚いて甲高い悲鳴を上げた。慌てて、ルーピンの背後へ逃げ込む。 

「何をしているんだい!?」

 流石のルーピンも驚いた。クローディアは黒犬を睨まない程度に凝視し、笑顔を取り繕う。

「いえ、犬は好きですよ。ええ、でも、この犬を見ていたら……急にイラッとしまして」

 拳を握り締め、段々と腸が煮えくり返ってきた。

 半笑いでルーピンは黒犬の頭を優しく撫でる。何故だろうか、慰められる黒犬がムカつく。

「クローディア、それでもいきなり殴るのはよくないよ」

「はい、ルーピン先生」

 眉間にシワを寄せたままクローディアは、微笑んで黒犬を睨んだ。睨まれた黒犬は、怯えたようにルーピンの背へ完全に隠れた。

「クローディア! 『三本箒』にいないと思ったら、ルーピン先生と何を話しているの」

 酒場からの扉から、ハーマイオニーが小走りで駆け寄ってくる。不意に彼女は、ルーピンの背にいる黒犬を目にし、手を振る。

「ハリーが中で待っていますよ」

 丁寧なハーマイオニーに声をかけられた黒犬は、親しみを込めて吠えた。すると、『三本箒』からハリーが慌てて飛び出してきた。ハリーとロンは、周囲を見渡す。集まっているクローディア達に気づいて走りよってきた。

 黒犬がハリーの前まで近寄ると、彼は懐かしむように唇を伸ばして屈んだ。

 ルーピンが黒犬の頭に手を乗せ、ハリーに優しく微笑んだ。

「ハリー、後は彼が案内するから着いていきなさい」

「はい、ルーピン先生。あ、これ。新作のお菓子です」

 ハリーは何故、渡すのか理由を言わなかった。胸中で「エラ昆布をありがとう」と呟く。まるで、聞こえたようにルーピンは笑ってお菓子を受け取った。ただ、お菓子が嬉しかっただけかもしれない。

 クローディア達に軽く手を振り、ルーピンは『ハニーデュークス菓子店』の方角に歩いていった。

 

 黒犬は尻尾を振りながら、路地裏への小道へ歩き出した。ハリーが後を追うので、クローディアは疑問を口にせず、着いていく。

 路地裏の向こうは住宅地があり、黒犬は一軒の家へと入っていく。他の家と同じ外装だが、人が住む気配を感じなかった。だが、黒犬は前足で扉を開け、クローディア達を招く。ハリーが迷わず進むので、取りあえず、服の中に忍ばせた杖を握り締めた。

 家の中は外見とは違い、清掃が行き届いていた。絨毯も巨大な熊の毛皮を使い、装飾を施された椅子と机、銀色の燭代が暖炉に飾られている。

 暖炉の傍で、黒犬が尻尾を激しく振るうと同時に変じた。真っ黒い髪、黒い革服を着込んだシリウスの姿だ。

 変身を目の当たりにしたクローディアはシリウスが犬の『動物もどき』であることを思い出した。

 犬の姿の折に蹴ればよかったと後悔し、胸中で舌打ちする。

「やあ、ハリー。よく来てくれた」

 無邪気に微笑んだハリーはシリウスに飛びついた。

「シリウス、いまここに住んでるの?」

「今日だけ、借りたんだ。誰にも邪魔されず、ハリーに会いたかったからな」

 嬉しそうに微笑みあうハリーとシリウス、クローディアには異常に不愉快だ。心情を感じ取ったらしくハーマイオニーが横腹を肘打ちしてきた。

 もう少し、ハリーの気持を察してやれという意味だ。唇の動きだけで「わかった」と返した。

「さて、食事の前に、きな臭い話を済ませておこう」

 笑みを消し真剣な表情でシリウスは机に日付の違う【日刊預言者新聞】を大量に広げた。

「バーサ=ジョーキンズは、いまだ行方不明のままだ。私の保護観察者が仕入れてくれた情報でも、捜索部隊は難儀している。マグル側にも協力を依頼し、身元不明の遺体が発見される度に調べさせて貰っているそうだ」

「そんな大事になって……ジョーキンズさん、発見されるといいですね。その……生きたまま……」

 悲しげにハーマイオニーが新聞に触れる。クローディアが彼女を慰めようと、その肩に触れようとした。しかし、シリウスの視線に気づく。睨むわけでもない強い眼差しを向けられ、手を止める。

「ハリーからの手紙で君が襲われた話を知った。その日のことを皆の口から、聞きたい」

 急に場の空気が張り詰めた。緊張とは違い、何処か刺々しい雰囲気をハーマイオニーとロンが発した。困惑するクローディアを余所に、ハリーは真剣に考えを纏める。

「シリウスもクローディアが襲われたことを誰かからの警告だと思う?」

「察しがいいな、ハリー。私もそう考えている。クローディアへの個人的な恨みならば、常日頃に行動すればいい。わざわざ、教員の目が緩慢になる宴の席にやる必要はない」

 褒められたとハリーは喜び、食い入るようにシリウスを見返した。

「私、ずっと大広間にいたから、大体の人の流れはわかるわ。クローディアがいなくなる前後に、大広間を抜けたのは……」

「カルカロフかな? スネイプ……先生と中庭にいたぜ。後は……マダム・マクシームとか……」

 得意げなハーマイオニーの説明がロンに遮られる。説明を邪魔され、不機嫌になった彼女は語調を強くした。

「ルード=バグマンとバーティ=クラウチもいなかったわ。クラウチさんはハリー達が戻ってくる前に帰ってきたけど、バグマンさんはずっと帰ってこなかったもの。あの人、ゴブリンとも何か揉めていたし、怪しいわ」

 バグマンの悪口に、今度は苛立ちでロンが頬を痙攣させる。

「それだと、バグマンがクローディアを襲ったみたいじゃないか?」

「うわ……絶対、嫌さ」

 能天気そうなバクマンに殴られるなど、侮辱だ。クローディアは思わず、悪態つく。しかし、マダム・マクシームは除外だ。あれだけの大柄な女性が目立たないはずがない。

 ハーマイオニーは口を八の字にし、ロンを睨んだ。

「でも、ウィンキーもバグマンは悪い魔法使いだって、言っていたわ」

「もしかしたら、素行が悪いっていう意味かもしれないだろ。あのクラウチ氏が吹きこんだんだから」

 口論する2人に構わず、シリウスはハリーにウィンキーの説明を求めた。

「ウィンキーはクラウチの『屋敷しもべ妖精』だったんです。ワールド・カップのときに、クビにされて……。たけど、今はホグワーツで働いているんだよ」

 その部分に関心を持ったらしく、シリウスは目を鋭く光らせた。

「どうして、クビにしたんだ?」

 クローディアはシリウスの目を見ずに、ワールド・カップのことを話して聞かせた。

「妙だな、奴らしくない……。ただの命令違反など、特に不名誉というわけでもないはずだ。クラウチの学校での様子はどうだ?」

「部屋に籠って、書類の整理をしているわ。バグマンさんと違って、働き者よ。けど、酷いの。クローディアの大事な部室を自分の部屋にしちゃったの」

「ハーマイオニー、褒めるか貶すかどっちかにしろよ」

 うんざりだと、ロンが吐き捨てる。

 一通り話を聞いたシリウスは無言で机の周りを歩く。情報を頭で整理している様子だと察したクローディアは確認の意味で彼に問うた。

「クラウチ氏の息子さんが『死喰い人』だったってことを気にしてるさ? クラウチ氏自身も『死喰い人』かもしれないってわけさ?」

 足を止めたシリウスは急に表情を暗くする。顎に手を当てたまま4人を見渡した。

「その可能性は、絶対にない……。何故なら」

 一旦、区切ったシリウスは力を込めて告げる。

「私をアズカバンに送れと命令したやつだ。裁判もせずにな」

「「ええええええ!!?」」

 ハーマイオニーとロンは驚いて声を張り上げ叫んだ。驚愕したハリーは呻き声で返す。無論、クローディアも衝撃を受け、それでも脳の一部が冷静になる。

「アズカバンに囚人を送れる権限がある職にあったってことさ? なら……、クラウチ氏は自分の息子もアズカバンに……送ったってことさ?」

 口にしながら、クローディアは胸中が詰まる感覚で気持ち悪い。シリウスは頷き、机に指を這わせた。

「クラウチは当時、『魔法執行部』の部長だった。あの頃の奴は次の魔法省大臣と噂されているほどの素晴らしい魔法使いだ。闇の陣営には、はっきりとした対抗を示し、多くの人々が彼を支持した」

「でも、裁判もせずにシリウスをアズカバンに送るなんて」

 不満を口にするハリーをシリウスが窘めた。

「あの頃は、ヴォルデモートのせいで誰が敵で味方かわからず、多くの魔法使いやマグルが死んでいった。魔法省も碌に手を打てず、大混乱だ。その時、クラウチが立ち上がった。暴力に暴力で返す特例を認めた。『闇払い』に殺害権利を与え、私のように裁判なしでアズカバンに送られることが、その例だ。冷酷と思えるだろうが、当時はこの強引なやり方が正しいとされていた。ヴォルデモートが倒れたとき、誰もがクラウチの魔法大臣就任を願った」

 今でさえ、規律に厳しいパーシーから尊敬の念を抱かせる。

 当時は、それ以上の若者がクラウチを支持していたに違いない。そして、魔法省大臣になれば、厳格な規律により安全が保障されるはずだった。

「でも、『死喰い人』狩りでよりにもよって息子さんが逮捕された。大勢の人がクラウチ氏を失望した。家族と名誉を同時に失った……。だから、『死喰い人』を最も恨んでいる」

 暗い声でクローディアは、誰に言うわけでもなく呟く。

 実の息子を守らない。それを納得できないハーマイオニーが悲痛に問う。

「どうして、クラウチは息子を無実にしようと思わなかったの?」

「権力欲しさだよ。あいつの本性は出世によって最高の職に就くことだ。その為には、息子を裁判にかけて、己の正義を証明するしかなかった。クローディアの言う通り、クラウチは『死喰い人』を恨んでいる。なんせ、魔法省大臣の席に就けず、『国際魔法協力部』などという傍流に押しやられたのだからな」

 軽蔑と嘲笑を込めたシリウスはクラウチをせせら笑う。

「クラウチの息子はまだアズカバンにいるの?」

 ハリーの問いにシリウスは首を横に振る。

「牢に入れられてから、約1年後に死んだ。19歳かそこいらでは、アズカバンの暮らしに耐えられなかったんだ。クラウチは遺体も引き取りに来なかったよ。ただ、死ぬ前に奥方と共に面会には来た。その奥方も息子の逮捕がきっかけで、精神的にまいったんだろう。息子の後を追うように亡くなったらしい」

 

 ――獄死。

 

 クローディアの心臓が悲痛に跳ねる。自分にとって害なす者は、家族でも殺す。その考えが恐ろしく、手先が震えた。

「面会は希望があれば誰にでも可能なんですか?」

「いいや、魔法省でも高官だけが訪問を許される。クラウチは重要人物だったから、面会が可能だったにすぎん。そもそも、行きたがる人もいない場所だ」

 息苦しい沈黙が流れる。

 最初に口を開いたのは、ハリーだ。

「昨日の『魔法薬学』の授業中、カルカロフがスネイプ、先生に相談を持ちかけたんだ。どういう意味だと思う?」

「カルカロフがスネイプに相談した?」

 目つきを鋭くしたシリウスは、一度、クローディアに視線を向ける。

 視線が絡んだクローディアは、思わずシリウスから目を逸らす。ハリーを見ずに、吐き捨てた。

「ハリー、そのことはお父さんに聞こうって話さ」

「シリウスの意見が聞きたいんだ」

 強い口調で返したハリーは、クローディアから目を逸らす。2人を交互に見た後、シリウスはより言葉を重くする。

「何故、ダンブルドアがスネイプを雇ったのか、不思議でならなかった。スネイプは学生時代から闇の魔術に魅入られていて、そのことで有名だった。スリザリン生の中で、後にほとんどが『死喰い人』になった連中がいた。スネイプもそのうちの1人だ。ロジエール、ウィルクス……2人はヴォルデモートが失墜する前に、『闇払い』に殺された。レストレンジ夫婦はアズカバンだ。エイブリーは、『服従の呪文』にかかっていたと言って罪を免れた。だが、私が知る限りスネイプが『死喰い人』だと非難されたことはない」

「クローディアのお父様は、違うの?」

 縋るようにハーマイオニーがシリウスに問いかけ、ロンの視線がクローディアを捉える。

 クローディアはシリウスを真っ直ぐ見据えた。

「私に遠慮することないさ。ブラックの知っていることを聞かせて欲しいさ」

 若干、挑発的を含んだクローディアをシリウスは微かな緊張を込め、唇を軽く噛んだ。

「クロックフォードは私達に対しては暴力的な子供だった。しかし、他の生徒に対しては違った。寮生を問わず、礼儀を重んじ、いつもうまく立ち回っていた。さっき言った『死喰い人』の連中にも組していた。……卒業して間もなく、奴の母親が騒ぎ立てたんだ。『息子が帰って来ない。誰か何か知らないか』とね。知り合い中に手紙を出して息子を探そうとした。結局、全ての知人をあたっても息子が見つからず、母親が旅にまで出た。大袈裟と思うかもしれないが、その頃から魔法界ではヴォルデモートの陣営が暗躍を続けていて、不安になるのも当然だ。そして、息子を探しに旅に出た後、家が火事になったそうだ」

「「「ええ!? 火事?」」」

 3人は仰天して叫んだ。

 クローディアは絶句した。そして、初めて会った頃のドリスとの会話を思い返そうとする。細かい内容は思い出せないが、コンラッドは行方不明、彼が育った家は古いので処分。深く考えたことはないが、それなりの理由があるとは思っていた。しかし、火事とは予想外だ。

「なんで家が燃えたさ?」

「わからん。『死喰い人』か、それとも『闇払い』か……誰にもわからない。去年、ルーピンに聞くまでクロックフォードが生きているなど想像もしなかった。ましてや、父親をしているなど、学生時代には予想……」

「今はスネイプ先生とクローディアのお父様が『死喰い人』に関係しているかどうかの話よ」

 話が脱線しようとしたシリウスをハーマイオニーが厳しく咎める。自らの非を認めた彼はわざとらしく咳き込む。

「そうだったな。もしも、スネイプがヴォルデモートの為に働いたことがあるなら、ダンブルドアがホグワーツでの職を与えるはずがない。クロックフォードも……悔しいが、マッド‐アイと取引が出来る程度には信用されている」

「つまりは2人が『死喰い人』のはずがないってことよ」

 今度こそ、得意げにハーマイオニーが締めくくった。

 何の前触れのなく、ロンの腹が豪快に鳴り出した。羞恥心でロンの顔が真っ赤に染まる。腕時計を目にしたクローディアが、わざとらしく咳払いする。

「この話は、ここまでにするさ。なんだかんだと……一時間も話してるさ」

「そうだな、長々と話してすまなかった。さあ、奥においで。昼を用意してある」

 奥への扉を開いたシリウスの手招きで、ハリーとロンは喜び勇んで進んでいく。外の天候を確認しようとクローディアは窓を見やった。

 塀の向こうで、見慣れた双子の片割れが周囲を見渡していた。

「あれって、フレッドとジョージ、どっちさ?」

「え? あ、本当だわ。何してるのよ」

 ハーマイオニーも外を指さし、困惑する。双子の片割れは向かいの家をノックし、住人と話した。住人が頭を振ると、非礼を詫びて敷地を出る。今度はこちらの家に来た。

「私があいつを連れ出すから、後はお願いさ」

「ええ、頼んだわよ」

 急いでクローディアが扉を開く。案の定、ノックの構えをした双子の片割れがいた。

「クローディア、こんなところにいたのか。探したぜ」

 驚きと嬉しさを混ぜ、ジョージは笑う。クローディアは外に出て後ろ手で扉を閉めた。

「何か用さ?」

「いいや。おまえらを着けていたら、見失ったってとこだ。他の連中は?」

 悪びれなくジョージは答える。面倒だと思いながら、クローディアはどうにか笑い返す。

「大事な用事さ。その辺、一緒に歩くさ?」

「いいぜ。マダム・ロスメルダから摘まめるもん貰ったから、ピクニック気分だ」

 紙袋を見せつけ、ジョージは上機嫌だ。用意周到なところを見ると、クローディア達を是が非でも探し出すつもりだったのだろう。恐ろしい執念である。しかも、用もないとは意味不明だ。

 2人は住宅地を抜け、山の麓まで歩く。剥き出しの岩肌がいくつもあり、適当な場所に腰かけた。

「店の準備はどうなっているさ?」

「う~ん、正直、厳しいな。売上は順調なんだが、結局、新作の費用で消えるし、儲けまでには届かないって感じ……。時々、臨時収入はあるけど、この調子だと卒業までには間に合わないかもしれねえ」

 紙袋から取り出したサンドイッチをクローディアに渡し、ジョージは深刻に嘆く。本当に彼は己の夢に一直線だ。何とも羨ましく、感心してしまう。

「いいさ、やりたいことがあってさ」

「おまえだって、バスケがあるだろ。それとも、他にやりたくても出来ないことがあるのか?」

 ジョージの言葉が重く、クローディアの背を押しつぶす。

 真っ先に浮かんだのは、クィレルとの決着だ。だが、何を持って決着させるか、全く思いつかない。クラウチJrの話を聞き、死という決断だけは避けたい。それだけは、自分自身が拒絶する。

「食べないのか?」

 気付けば、折角のサンドイッチが空気に触れて乾いていた。

「食欲……ないさ。うぐ」

 クローディアの口に、コップと繋がったストローが突っ込まれた。吸ってもいないのに、コップの液体がストローを通じて口に運ばれた。これは、無理やり飲むしかない。

 恨みがましい視線を向けると、ジョージは真剣な顔つきだ。

「飯は食べられる時に、食べる。これが鉄則だ。ちゃんと食え」

 叱られたクローディアは、不承不承とパサパサとなったサンドイッチを貪る。紙袋の中が空になるまで、随分と時間がかかった。服に付いたカスを叩き、岩から立ちあがる。 

「私は学校に帰るさ。あんたは、どうするさ?」

 その質問に、上品な笑みを浮かべたジョージは恭しく頭を垂れる。

「お姫様が、迷子にならないようにお城までご同行致しましょう」

 芝居くさい口調。

 笑いの神経をくすぐられたクローディアは、噴出すように笑みを溢す。肩まで痙攣させ、腹が捩れる。今日初めて心の底から、笑えた気がした。

「お姫様はいないけど、見習いの魔法使いならここにいるさ」

「なら、見習いさん。先輩魔法使いが、お城まで連れて行って差し上げましょう」

 ジョージは片目を閉じてウィンクする。手を差し出されたとき、クローディアは渦巻いていたはずの悩みが消えて行くのを実感した。

「お言葉に甘えてましょう、先輩魔法使いさま」

 微笑んだクローディアは、ジョージの手を握る。意外そうに目を見開きながら、彼は手を強く握り返す。大きくて硬い皮膚で出来た彼の掌が、頼りがいのあるモノに思えた。

「ジョージ、日本の漢字に『笑』という文字があるさ」

 杖で宙に『笑』の字を書いたクローディアは、片手を大きく振り上げる。

「漢字には、必ず由来となる意味が存在するさ。この『笑』は、踊っている女の姿を元にしているんだそうさ」

 宙に書いた『笑』を吹き消したクローディアに、ジョージは頬を寄せた。

「確かに、クリスマスの時、君はよく笑っていたよ」

「その通りさ」

 手を取り合ったまま、何処にも寄り道せず、2人は城まで歩いた。

 




閲覧ありがとうございました。
スキータの記事を考えるのは、なかなか難しかったです。
読み返すと、シリウスは自分の学生時代を棚に上げて、スネイプの事を言いたい放題だなあと思います。
そして、クローディアを探すために、民家を一軒一軒ノックするジョージ。君、勇気あるよ、本当に。
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